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No.013『PAY MONEY TO MY PAIN』

サイクリングロードは、カントーでは有名な自転車専用道路であり、平日はトライアスリートやチャリンコ暴走族らの憩いの場となっている。
通常、その中は自転車無しでは入れない。
しかし、今回は試験の為に特別に貸し切りで使えるようにしている。まぁ、これもポケモン協会の権力のなせる業だろう。

とまぁ、とりあえず無駄話はここまでにして、コースの説明でもしよう。
サイクリングは全長10キロの坂からなる真っ直ぐなセキチクとタマムシを結ぶ道路である。
参加者は通常下り専用であるその角度25度を誇るここを、逆に登らなければならない。

今回のコースはこうだ。
まず、最初の登り坂5キロ。早い人はここでポケモンが孵化する。
それから、間にある湖でこれまた2キロの水泳、そしてまた3キロの登り坂という道を通ってゴールである。

ちなみに、以前ここをロードレーサー(競技用自転車)で逆走した勇者は
「もう嫌だ」
と言って倒れ、自転車を引退したらしい。
まぁ、精々参加者の方々には頑張って貰いたいものである。



レースが始まって10分。

サイクリングロードの約1キロ地点では、数多の先頭集団達が壮絶なトップ争いを繰り広げていた。

その顔触れを見ると、トライアスリート等の、比較的体の完成した人々がその集団の割合の多数を占めている。
肉体系ならまかせろ!と言わんばかりの驚きの走りっぷりだ。

しかし、驚く事はこれだけではない。
その先頭集団の中に、なんとのび太と同じ位の歳の少年がいるのだ。
それを聞いて、読者の皆さんはさぞマッチョな少年や、出○杉の様なスポーツ万能少年を思い浮かべた事だろう。
だが、彼は紛れもなく普通の学校に通う、少々小太りな、体力も至って平均的な普通の少年である。
ただし、常に小さく「お金!お金!お金!お金!お金!お金!お金!お金!」と呟いている事を除けば―――


彼の名前は、金尾ためる。のび太と同じ小学校に通う小学5年生だ。
彼の趣味は貯金、座右の銘は貯金、好きな野球選手は元近鉄の金田、好きなバンドは『PAY MONEY TO MY PAIN』、道端に1000円が落ちていたらどうするかという問いに対し、
「貯金します」
と即答した事もある。
これを見て分かる様に彼の金に対する執着心は異常と言えるほど凄まじい。



元から、彼はお金を貯めるのが趣味だったが、罰金鳥によって十万という大金を取られてから(コミックス参照)というものその習性はエスカレートし、身を削って貯金をする様になった。
ちなみに、彼が試験を受験すると決めた背景にもお金が絡んでいる。

この物語の冒頭でも語ったように、公式にトレーナーとして認められると様々な特権を得る事が出来る。

ポケモンの捕獲についてや、危険区域の進入についての特権等があるが、彼はその中の『ポケモンセンター等の宿泊施設を無料で利用出来る』という特権に目をつけた。

「宿泊施設がタダということは、ポケセンでの飲み食いもタダ。ということは、家賃、食費がタダ、ということはその分を貯金出来るということじゃないか!!
ビルゲイツやっほい!」
とまぁおかしい日本語を吐きつつ彼は、
「絶対トレーナーになってやるぞ!金の為に!」
と、トレーナー試験の参加を決めたのだった。



―――――
そして、話はレースに戻る。
先頭集団が坂の2キロ地点に差し掛かった所で、流石のためるも疲労を感じてきた。ジリジリと先頭集団から離脱し始める。
「ハァ、ハァッ、ハァ、ハァ、ハァ、ウッグ」
息が乱れて呼吸が辛い。脚の乳酸も半端じゃない。こんなに辛いのは、以前交通費を浮かす為に、自転車でディズニーランドまで遊びに行った時以来だ。
「君、顔色悪いよ。大丈夫?」
隣を走る人が話しかけてくる。
しかし、応対することが出来ない。なんせ肺がヤバくて、呼吸がほとんど出来ないから。
頭もフラフラしてきた。
喉が渇いてしかたないが、支給された水を飲もうとしても、呼吸に邪魔されて飲めない。
そして、先程指摘された顔の色、それは確かに脱水症状のそれを示していた。

このままでは、命に関わる。

しかし、彼は止めない。
「金……金……金……金」
あくなき金への執念が、彼のリタイアを許さない。
しかし、気力で走れても、気力で力は出ない。
前方と絶望的に差が開いてゆく。

本来ならば、彼はここで脱落するハズだった。
だが、世の中には福の神と呼ばれるものでもいるのだろうか、彼を神は見捨てはしなかった。

ピシッ。

突然彼は、何かがヒビ割れた様な音を聞いた。



――その頃――――

「よし、乗ってみろ!」
「手ッ、手を離さないでね」
「分かってるよ、さあ乗れ」
「よいしょっと!」
「お、スゲー、のび太、お前やれば出来るじゃねえか。
よし、手を離すぞ」
「え?ジャイアン手はまだはや…………ブシュラ!」
「…………………」

ためる達先頭集団が1キロ地点に差し掛かっていた丁度その頃、のび太とジャイアンは今だスタート地点であくせくしていた。
理由はただ一つ。のび太が自転車に乗れないからである。
「いいか、のび太。自転車に乗るコツは、ガッと乗ってギッと漕いでシューだ。分かったな、ガッ、ギッ、シューだ。やってみろ」
「分かったよ!ガッ、ギッ、シューだね!
よーし。
ガッ、ギッ、シュ………ぶげら」
転んだ。

独自の長嶋的理論を繰り広げるジャイアン。
そして絶望的な運動神経を持つのび太。こんな二人が師弟関係を結んでも、上手くいくハズが無く時間だけが過ぎてゆく。

練習開始から、既に時間は10分を刻んでいた。
先頭集団とはさぞかし凄い差がついている事だろう。
ジャイアンの顔も焦りとイライラで歪み始める。

そしてのび太が30回目の転倒をしたその時、
「あー!もう嫌だ!
全然成長しねーよ、コイツ。
もう待ってらんねー!」
とうとうジャイアンはキレた。



「えっ!?」
この言葉にのび太は驚く。

(待ってらんねー?もう嫌だ?
それって…………


僕を見捨てるって事じゃないかァーッ!)

これは大変な事になった。
もし、自転車の乗れない自分が、コーチ役であるジャイアンに見捨てられたら、自らの脱落は最早目に見えているではないか。

まぁ、運動神経が無かったのは認める、成長の兆しを見せなかったのも認めるし、時間内に自転車に乗れない可能性が高いのも認める。でも、これは酷い。っていうか酷い。

でも、どうにかして練習に付き合って貰わないと破滅は目に見えている。

のび太はそう思い、ジャイアンにしがみつき、泣き付いた。
「捨てないでー!ジャイアーン!お願いだよォーッ!」
しかし、ジャイアンの返答は意外なものであった。
「は?見捨てる?何言ってんの?お前」
「へ?」
のび太は間抜けな声を上げる。ジャイアンはそんなのび太を見やりつつも、話を続ける。



「まさか、お前……さっきの俺の言葉を聞いて勘違いしたのか?」
のび太は目を丸くし、コクリと頷く。そんな様子を見ながら笑い、ジャイアンは答えた。
「ハハハハハハハ。俺様が心の友を見捨てる訳がねえじゃねえか!
俺が言いたかったのは時間がないから……」
ジャイアンは自らの自転車をバンと叩く。そして言った。
「俺のチャリの後ろにお前を乗せてやるってコトだよ」
これまた意外な発言にのび太は驚く。
「いいの?」
「ああ、早く乗れ、時間がねえんだ。さ、急げ急げ」

そしてのび太はお言葉に甘え、ジャイアンの自転車の後ろにチョコンと乗る。
のび太から見てジャイアンの背中は何故かいつもより安心出来る物を感じた。
一瞬でも疑ったりしてごめん、のび太は小さく呟いた。
「しっかり捕まってろよ」
「うん」
「よーし、行くぜぇ!ヌォォォーーーーーーーッ!」
「ウパァーーッ!」
妙な奇声を上げると、ジャイアンはもの凄い勢いで自転車を漕ぎ出した。
二人で試験を突破する為に。

超高速で自転車を漕ぐジャイアンが、のび太には少し格好よく見えた。



ジャイアンがのび太を乗せてスタート地点を離れてから15分。
ジャイアンは先頭集団のトップよりも5分以上速いペースで2キロ地点を通過し、坂を爆走していた。
「凄い!凄いよジャイアン!」
その走りは後ろののび太も感嘆の声を漏らす程。流石、実家の雑貨屋の配達で鍛えた自転車捌きは並じゃない。
グングンと周りの人々を抜き去ってゆく。
そしてあっという間に2,5キロ地点を超える。
「先頭集団はまだかぁぁぁぁーーッ!のび太ぁぁぁーーッ!」
ジャイアンは叫ぶ。
「ちょっと待って………あの人に聞くから……。すみませーん」
のび太は近くを走るトライアスリートに話しかける。
「先頭集団はどこらへんですか?」
すると、トライアスリートはすぐ前方を指さした。

のび太はそれに歓喜する。
「ジャイアン!あそこだよ!あそこが先頭集団だよ!」
のび太がはやしたてる。
ジャイアンはそれを見て言う。
「なんだ?あいつら遅いなあ。まだあそこかよw
あれならすぐに抜けるぜ」
ジャイアンは自転車のペースを上げた。先頭集団との差はグングンと縮まってゆく。
そして30秒後にはジャイアンは完璧に先頭集団の後続を捕えていた。
「凄い!もう追い付いたよジャイアン!」
のび太はそれを見て、更に喜びの声を上げる。
このまま一気にトップに踊り出ようかと、のび太が思った瞬間だった。
突如、ジャイアンのそのペースがガクッと落ち、先程の走行がまるで嘘であるかのようにスローになった。



「ジャイアン!どうしたの?」
のび太が心配そうに聞く。
このペースの落ち方から察するに、何か尋常じゃない事が起こったに違いない。
そして案の定ジャイアンは苦しそうな表情を浮かべ、言った。
「風が……風が強くて前に進まねえ……」

「風だって!」
のび太は急いで辺りを見回す。
すると、周りトライアスリート達の服が、まるで台風の中を走っているかの様に後ろにたなびいているのが見えた。
恐らく自分はジャイアンに風を遮られているから分からなかったのだろう。
そしてジャイアンは言う。
「この風……不自然だ……」
「なんだって!」
不自然?どこが?
のび太の脳裏に疑問が浮かぶ。ジャイアンは続ける。
「おかしいんだよ……先頭集団に入った瞬間にこの風……
それに、最もおかしい点はこのコース外には風が吹いてねえコトだ」
「えっ!?」
のび太は驚き、コースの外を見る。
サイクリングロードの外は海になっているのだが、その水面には波一つ立っていない。こんな強風が吹いているのに。
「これは先頭の奴が人為的にやったモンの可能性が高えな……のび太、俺の代わりにちょっと前を見てくれ」

頼まれたのび太は身を乗り出し、前方を見る。

すると、何を見たのかのび太はすっとんきょうな声を上げた。
「あれは……………あれは金尾ためる君じゃないか!」



「なんだって!」
のび太の声を聞き、ジャイアンは驚く。
あの小太り少年のためるがまさかトップに…いや、試験を受験しているなんて、思ってもみなかった。

「とにかく、あれは本当にためるなんだろうな?」
「うん、間違い無いよ」
のび太はきっぱりと答える。

この状況から判断して、恐らくためるのポケモンは既に孵化していて、風はきっとそれが吹かせてくれてるんだろう。
でなければ、この風の理由も、ためるがトップに立っている理由も説明できない。
あの野郎、俺様に手を煩わせやがって。ぶん殴ってやる。

ジャイアンがそんな事を考えていると不意にのび太が呟いた。
「でも、ラッキーだな。あれがためる君で。」
「どういうことだ?」
ジャイアンは訊く。
「だって僕達知り合いだからさ、上手くいけば僕達だけ助けてくれるんじゃない?」
のび太はあっけらかんと答えた。

成程。そういう考えもアリかも知れない。ポケモンがまだ孵化してない自分らにとって、ためるのポケモンを利用出来るのは大きなアドバンテージだ。しかも、ためるとは知り合いだから、そのよしみで力を貸してくれるかも知れない。

そこまで考え、ジャイアンは言った。
「よし、今からためると会話できる距離まで近づく、しっかり捕まってろ」
「うん」
ジャイアンはペダルに更に力を込め、強い向かい風の中を二人は先に進んでいった。



No.014『Over Drive』

30秒後、のび太とジャイアンはためるとの距離を後10m程に縮めていた。ジャイアンが呟く。
「奴に近づけば近づく程、風が強くなっていってやがる……。
しかも、奴の後ろで鳥っぽい奴が羽ばたいてるしな。ありゃあ、ポッポか?つーことは、やっぱ、アイツがこの風の発生源か」
ジャイアンの言う通り、ためるの背後にはなんだか小さな鳥の様なポケモンがいる。そして、また彼の言う通り、それはポッポと呼ばれるポケモンだった。恐らく、ためるが孵化させたものだろう。


「おーい、ためる君!僕だよ、のび太だよ!」
と、のび太が呼び掛ける。
「……………」
しかし、ためるは気付かないのか、全く返事をする気配が無い。
「おい!ためる!聞こえてんのか!?返事くらいしろ!」
「……………」
依然、ためるはジャイアンの呼び掛けにも全く反応を示さない。
「あの野郎……いい気になって無視してやがる……」
「いや、落ち着いてよ、ジャイアン。
もう少し近づいてみようよ、ひょっとしたら本当に気づいていないだけかも……」
のび太の言葉にジャイアンはがなりたてる。
「気づいて無い訳ねえだろ!俺とためるとの距離は10mもねえんだぞ!」
ジャイアンの声が大音量で響く。
その時、先程から沈黙を守っていたためるが不意に口を開いた。
「……さいな……」



「ためる君!ジャイアン聞いた!?ためる君が今反応したよ!」
ためるが反応してくれた事が嬉しかったのか、のび太は少しテンションが上がったような声を上げる。
「ためる君!僕だよ、野比のび太だよ!」
「ためる!ジャイアンだ!
聞こえてんだろ!早く風を止めやがれ!」
しかし、風は一向に止む気配を見せない。

限界スレスレ、破裂しそうな筋肉の中ジャイアンは必死に叫ぶ。
「ためるゥゥーーッ!
聞こえてんだろォォーーッ!もう一度言う!早く風を止めやがれぇぇーーッ!」
ジャイアンの悲痛な声が響く。
「ためる君!早く風を止めて!」
のび太も必死だ。

そしてためるは必死な級友二人を見て、そっけなく呟いた。
「全くうるさいな…。」
「ためる、今なんて…」
「ポッポ、吹き飛ばせ」
ためるの非情な指示がポッポに伝わると、もともと強かった風の勢いが更に強まり、それは容赦なくジャイアンとのび太を襲う。
「うぉぉぉぉぉぉーーッ!
何しやがるんだためるぅぅーーッ!」
「なんで……なんで、ためる君…」
風に押され、苦しむジャイアン。級友の冷徹な行動が信じられず、戸惑うのび太。
それを見てためるは冷たく言い放つ。



「全く……救えないな……、救えないよ。
君達、君達が僕にした事を覚えてるかい?
ずっと僕はそれで君らを恨んでるんだ」
「なんのこと?」
のび太は首を傾げる。
ためるは続けた。
「ははははは、忘れたのかい。
そうか、そうか忘れたのかい」
ためるが自嘲気味の笑みを浮かべる。
しかし、次の瞬間、ためるの態度は急変した。
「君達が……僕から……僕が汗水垂らしてッ!
お菓子も我慢してッ!DSも買わず、好きなCDも買わずにラジオで我慢してッ!
やっとの思いで貯めた10万円を、あの訳の分からない機械で奪っていったじゃないか!
許さない……僕の努力の結晶を……許さない……絶対に……」
ためるの丸々の健康そうな顔が次第に赤みをおびてゆく。
ジャイアンとのび太はそれをただ唖然と見ている。
「のび太、覚えてるか?」
「ううん、覚えてない」
残念ながら二人はすっかりそれを忘れていた。だってもともとためるって、そんな濃いキャラじゃなかったし。

そして憐れなためるは叫んだ。
「君達が覚えていようが、いまいがどうでもいいッ!
これは神さまがくれた復讐のチャンスだ!
お前ら絶対に許さないぞッ!僕の風で吹き飛ばしてやるッ!ポッポ、やれッ!」
ためるが指示を出すと、今までの倍はあろうかと思える風力エネルギーが二人を襲った。



「な……なんて風だ……」
苦しむジャイアン。風圧のせいで顔がかなり不細工な物になっている。それは醜い豚といったところか。
「あははははは、ジャイアン醜い豚みたいだよ、あははははは」
ためるが笑う。正直、五十歩百歩だ。

豚が豚を笑った直後、ふと後ろを振り返ったのび太は恐ろしい物を見た。

人がガラガラと音を立てて、坂を転がっている。

一言で言えばそんな光景。文字にしたら間抜けに見えるかも知れない。
しかし、ここで少し考えて欲しい。この坂の傾斜は20約度以上。そしてこのレースは1000人以上の人が参加している。
こんな状況で先頭の何人かが転倒したらどうなるだろう。
たとえ転んだのが一人でも、そいつが他人を巻き込み……起こるのは大惨事だ。
現にそれはのび太の目の前で起こっていた。

地獄画図のような光景を見ながらのび太は悲痛な声を上げる。
「ためる君!早く風を止めて!このままじゃ……」
「知らんよ」
残念ながらその声は復讐に燃え、自らの金欲で動くためるの心には響かなかった。

のび太はそれを見て痛感した。
ジャイアンじゃないが、やはりためるを力づくでも止めなければならない、と。
そして、のび太の無言の決心がジャイアンに通じたのか、彼はのび太に言った。
「のび太、これから俺の言う通りに動け。ためるを止める。お前なら出来る」



**

ためるは満足していた。

最初、基本的に凡庸なポケモンであるポッポを引き当てた時はどうなる事かどうなる事かと思ったが、孵化歩数の少ない事がこれ程までにアドバンテージになってくれるとは。
しかも、復讐したい奴らに復讐でき、更に試験まで突破出来てなんてハッピーなんだろう。

ためるの心は喜びでいっぱいだ。まぁ、貯金の楽しさには及ばないが。
そう思いながらためるは自らのポケットを見る。
その中には貯金箱、いや、ためるBANK(通称TB)が入っている。
トレーナーになれば、この中身も更に肥えることだろう。
まぁ、その前に復讐せねばならない連中が居るが。

ためるはそう思い、ふと後ろを振り返った。
そこにはまだあの暴君豚と眼鏡猿が居る。
全くしぶとい。まるでゴキブリのようだ。
しかし、そうは言っても、そろそろ限界と見える。
ジャイアンの息遣いがここまで聞こえるからだ。
顔は本当に苦しそうだ。
豚は言う。
「ためる……分かった…限界だ…頼む、何でも言うこと聞くから止めてくれ……」
ためるはニヤリと笑いを浮かべると言った。
「駄目」
「どうしても?」
「うん」
「じゃあ手加減しなくていいな、食らえッ!」
そう言うと、ジャイアンが『何か』をこちらに投げつけてきた。



『それ』は直線的な動きでこちらに向かってくる。『それ』は確実にこちらに命中するコースを飛んでいた。
「飛び道具か……そんな物は想定の範囲内さ。
ポッポ、翼でうちおと……いや、待て」
ためるは飛んでくる『それ』を凝視する。
その形は円形、しかし平べったい、そしてその色は金色。
『それ』はまさしく……、
「五百円玉だ!」
ためるの目の色が変わる。

これはキャッチせねば。
なにせよ、10円や、100円じゃない500円なのだ。
日本で流通している硬貨の中で、最も価値の高い500円なのだ。
突然500円もの大金を自分にプレゼントしてくれるなんて、なんて優しい――――


そこまで考えてためるは考えた。
500円もの大金をプレゼントしてくれる?
あのケチで傲慢なジャイアンが?

有り得ない。

これは何かの策に違いない。
そして、ふと後ろを見ると眼鏡猿と豚が居ない。
「何処だ!」
ためるは反射的に横を見る。
そこには、最後の力を振り絞り、ためるの前に進もうとしている二人の姿があった。



成程、恐らくジャイアンが500円を投げたのは自分の注意を引くため。
そして注意を引いたのは、唯一の風の影響外と考えた自分の前に行くための布石であろう。

そこまで考えてためるは呟いた。
「ははははは、考えが浅いね。
風の影響外へ逃げれると思った?甘いよぉぉーーッ!」

甘い、甘いすぎる。
豚は、自分の横に立てばどうなるか分からないのだろうか。
今は他の参加者を押さえる為に下に、しかも広範囲に分散させて風を吹かせていた。しかし、誰かが自分の前に横に立つようなら話は別。
奴らに真横から狭い範囲に集中させて風を吹かせてやる。
横風に抗うことはいかな屈強な力を持つものでも不可能。
可哀想に、奴らがしたこと全ては無駄に終わる。
とりあえず先にこの500円を取ってからするとしよう。


ためるは落下してくる500円玉を見ながら笑う。
「ははははは!
残念だったね!500円、いただ金貨~!」
ためるはそう言い、硬貨に左手を伸ばした。
そして、彼が難なくそれをキャッチした瞬間――――

「今だ!のび太!」
ジャイアンの叫びが響いた。