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トキワ英雄伝説 その5

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akakami

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   #6 「静香」

「それではB会場最後の試合、『ドラーズ』対『ヤマブキ格闘道場』の試合を開始します
源静香、タケノリ両選手はステージへ上がってください」
名前を呼ばれた静香がゆっくりとステージへ向こう。

審判の合図でお互いがボールからポケモンを出す。
静香はテッカニン、タケノリはサワムラーだ。

一方観客席では、仲間2人が静香の様子を不安げに見守る。
「大丈夫かな、静香ちゃん……」
のび太はボソリと呟く。
「相手が悪すぎるんだよなあ、俺でも勝てるかどうかわかんねえ
本人は必ず勝つ、なんて言ってたけどなあ……」
ジャイアンも溜息を漏らす。

最終戦の相手『ヤマブキ格闘道場』とは、名前の通りヤマブキにある格闘家たちが集う道場である。
数年前にとなりにある現ヤマブキジムとの対戦に敗れ、今でこそただの道場だ……
だが昔はこの道場こそがヤマブキジムだったのだ。
そして静香の相手をしているのは敵のリーダー、道場師範のタケノリだ。
かつてジムだった場所のトップ、つまりタケノリはジムリーダーに匹敵する力を持っているのだ。

そんな相手に静香が勝てるのか、2人の胸は不安でいっぱいだ。
正直言って2人の見解では、静香の勝算は30%にも満たない。
とその時、いままで黙り込んでいたスネ夫が口を開いた。

「大丈夫、静香ちゃんが負けることはまず無いよ……」



スネ夫の言葉を聞いた2人は絶句する。
かなり楽観的なタイプだと自覚している自分たちでさえ、静香の勝利は望み薄いと思っている。
それなのに、どちらかと言えば悲観的なタイプであるスネ夫が、静香の勝ちを確信しているのは何故なのか?
「まあ、見てれば分かるよ……」
スネ夫が落ち着いた調子のままで言う。

1ターン目、タケノリのサワムラーはブレイズキックを仕掛けてきた。
対する静香のテッカニンはまもるを使い、攻撃を無力化した。
「時間稼ぎか? そんな行動、やるだけ無駄だ!」
タケノリが余裕たっぷりの笑みを浮かべる。

続く2ターン目、テッカニンは剣の舞で攻撃力を上げる。
対するサワムラーは再びブレイズキック、今度はテッカニンにダメージを与えた。
気合の襷を持っていたテッカニンは、何とかこの攻撃を耐え抜いた。
だが残り体力はわずか1、もはや虫の息である。

そして3ターン目、ブレイズキックにまもるという1ターン目と全く同じ光景が繰り返された。
「何がしたいのか? 諦めて素直に倒されるべきだと私は思うぞ」
せせら笑うタケノリに静香は軽く微笑みかけ、テッカニンに命じる。
「テッカニン、バトンタッチよ」
テッカニンに変わって出てきたエルレイドのサイコカッターが、一撃でサワムラーを仕留めた。
加速3ターン分に剣の舞、それらを引き継いだエルレイドの能力は尋常ではない。
タケノリの顔はすっかり青ざめていた。

「馬鹿だなあ、加速の特性は知らないし、テッカバトンも読めないのか? 
そんなんだからお前はジムリーダーを降ろされたんだよ」
観客席ではスネ夫が冷静さを崩さぬまま、タケノリを嘲笑っていた。



「お、おいスネ夫! 一体どうなってるんだよ?
何なんだ、あの静香ちゃんの強さは?」
ジムリーダークラスの男を圧倒する静香の姿に、ジャイアンはすっかり動転していた。
「別にどうもなってない、あれが彼女の本来の力だよ」

スネ夫は静香から目を逸らさないまま説明する。
「静香ちゃんの得意とする戦略は、積み技を可能な限り使って能力を上げる戦略。
特に加速の特性をいかしたテッカバトンは彼女の十八番だよ。」
「で、でも! 修行のときはそんなに強くなかったような……」
ジャイアンが口をポカンと開けながら言う。
「静香ちゃんは修行の時もあの戦略は使ってたよ、“極まれに”だけどね
彼女が本気を出したことは修行中一度も無い、最後の先生との戦いの時も力をセーブしていたよ
だから君たちは気付かなかったさ、彼女の真の実力に……」
スネ夫の目は依然として、静香を見据えていた。

ジャイアンものび太も完全に言葉を失っていた。
高い実力を持ちながらもそれを隠していた静香、それに気付いていたスネ夫。
どちらにも驚きがたえないようだ。

「でも静香ちゃん、何で実力を隠したりするんだろうね?」
のび太が不思議そうな顔をする。
「さあな、俺にはわかんねえよ」
ジャイアンものび太と同じような表情を浮かべる。


一方、静香を見つめているスネ夫は小さく歯軋りし、小さく言葉を漏らす。
「それだけの実力があるのに、なぜ上を目指そうとしない……」
自分が手を伸ばしても決して届かないバトルの才能、それを持っている静香がトレーナーを志さないことがスネ夫にとっては屈辱だったのだ。

―――彼女がどんなに苦しみながら戦っているかは、スネ夫にも見破ることが出来なかったようだ。



タケノリの2番手、エビワラーもサイコカッター一撃で沈んでしまった。
攻撃を受けて吹っ飛び、ダメージに苦しむエビワラー。
その姿を見ていた静香の頭に、ふとある光景がよぎる。

それはまだ、彼女が10歳だったときの記憶……

圧倒的に勝っているというのに、静香はギリギリまで追い詰められたかのような顔をしていた。
息遣いが荒くなるに連れて、静香の頭には昔の回想シーンが流れていく。

『私、ポケモントレーナーになりたい!』
―――娘の静香がそう言ったときの両親の顔は幸福に満ちていた……
源静香の両親は、かつてポケモントレーナーを志していた。
だが2人には決定的な“素質”が欠けていた。
結局2人は夢のポケモンリーグ出場を果たせぬまま、引退することになってしまった。
だから娘の静香がポケモントレーナーになると宣言した時は、言葉では言い表せないほどの喜びがあった。
娘が自分の夢を引き継いでくれる、親ならだれもが夢見る光景だろう。

だがその時6歳だった静香は、この先に待っている苦しみなどと想像もしていなかった。

「ポケモントレーナーを目指すなら、やっぱりトレーナーズスクールに通わなきゃな」
両親は高い学費など全く苦にせず、静香をスクールに入学させた。
実を言うとこの時の静香は、普通の小学校にも興味があった。
でも幸せそうに入学手続きをする両親の顔を見ると、そんなことを言い出せるわけが無かった。



トレーナーズスクールに入ってから、静香は順調に学年を上げていった。
一度4年生の昇級試験に落ちたが、それぐらいは誰にだってあること。
静香の能力は、確実に平均より遥かに上を行っていた。

静香が10歳、4年生のときの担任は家庭訪問でこんな事を言った。
「源さんの才能は素晴らしい、磨けばまだまだ伸びるはずです
うまくいけば将来は、ポケモンリーグ入賞も夢じゃないですよ!」
その日の両親は、この世で一番幸せそうな顔をしていた。
この日夕飯に出された赤飯を美味しそうに食べる静香……

この笑顔がこの数日後曇り始めることなど、この時誰が予想しただろうか

このころ、彼女は少しバトルを素直に楽しめないでいた。
優しい性格の彼女は、ポケモン同士で傷つけ合うバトルを肯定することが出来なかったのだ。
でも、両親をもっと喜ばせたいからがんばろう……
健気で親思いな静香は、そう思うことでバトルフィールドに上がることができた。

だが彼女の心に根付いた小さなバトルへの嫌悪感の種……
それはある事件を境に急成長して立派な大樹へと成長し、彼女の心に深く根を張るのだった。

―――7年前、静香は今のチームメイトとともにある事件の調査をした。
事件の名は『ポケモン消失事件』、この事件がなければドラーズが結成されることもなかっただろう。
ひょんなことから、4人は犯人がスクール内にいることを突き止めた。
そして向かった科学室の地下、そこで事件は起こった。

そこにいた犯人にして教師だった男、彼は4人に気付かぬまま“ある行動”を起こす。

―――おそらくここで起こったことを、静香は生涯忘れることは無いだろう。
それほどこの出来事は静香のトラウマとなり、彼女を苦しめ続けてきたのだから……



その翌日、『ポケモン消失事件』はドラえもんと出木杉を加えた6人によって見事解決した。
だが彼女の心から、トレーナーになって両親を喜ばす夢は消え去っていた。

―――そして時は経ち、静香は無事トレーナースクールの卒業式を迎える。
自分たちより一足早く卒業した彼女を、のび太たちも祝福した。

この先にどんな失望が待ち構えているか分からない、でも言わなければいけない……
静香は覚悟を決め、両親に告げた。
「私、もうトレーナーにはなりたくない! ハイスクールでは医学科に入ることにする!」
両親はすぐに理由を問うてきた、でも静香には『バトルが嫌いになった』としか答えられない。
両親はそれ以上追求をせず笑顔で言う、
「医学科でもがんばれよ」と。
子供の希望を最優先するのは親として当然のことだ、だから両親は何も言わなかった。
でもその顔にはやはり、どこか残念そうな雰囲気が残されていた。

両親は失望しただろうか、己の夢を引き継いでくれなかった自分に……
静香は1人苦悩していた。
どうせなら全て打ち明けてしまいたかった。
でもあの事件のことは国家機密、たとえ相手が親であろうと喋ることはできない。

『私、ポケモントレーナーになりたい!』
世界のことなどまだ何も知らず、ただ両親を喜ばせたい一念だけでそう言った6歳の自分。
……あの時、あんなことさえ言わなければこんなに苦しむことは無かった!
普通の小学生になって、普通の中学生になって、楽しい毎日を送ることが出来た!
無邪気で汚れの無い心を持っていた幼い自分を恨む。
でも過去は二度と取り戻せない、運命はどう足掻いても変えられない……

静香の心から『希望』の光は失われていく。

そしてその代わりに、『絶望』が生まれていく……



―――それから数ヶ月の時が経つ、静香は医学科に入り充実した生活を送っていた。
勉強熱心な彼女は組の中でもトップクラスの成績を取り、みんなの憧れの的となっていた。

『ポケモンを傷つけることはできなくも、護ることならできる』
ポケモンを治療する医者は、優しい性格の彼女にはうってつけの職業だった。
医者になるという新たな夢を見つけた静香の心には希望が取り戻されつつあった。
だがそんなある日、希望は再び打ち砕かれる。

バトル科の実技授業で事故が起こり、ある生徒のピジョンが怪我を負った。
その日は休日の補習日であまり人がおらず、静香の組の担任教師がピジョンの治療を引き受ける。
1人では厳しいと判断したその教師は、優秀な静香に助手を頼んだ。

今まで育んできた知識を活かせば大丈夫、静香はそう思っていた。
だが、現実はまたもや彼女を苦しめる。
ピジョンの腹部から流れる真っ赤な血、それを見た静香の脳裏に『7年前のあの事件』の光景が写る。

犯人の男が、フーディンにサイコキネシスを命じる。
フーディンのサイコキネシスによってラムパルドの首が吹き飛ぶ。
吹き出す大量の血の赤色は、この世の地獄を象徴しているようだった。
そして空中を舞う鮮血は静香にも降りかかり、その身を地獄へといざなう……
その『悪夢』を思い出した静香の心が狂う。

『イ、イヤアアァァァァ!』

静香の甲高い悲痛な叫びが、校舎中に響き渡った。

いくら知識を身につけても医者にはなれない、静香には血を見ることが出来ないのだから。
「両親の期待を裏切ってまでしてここに来たのに、私は今ここで何をしているんだろう?」
―――いくら呟いてみても、静香の問いに答えてくれるものはいなかった。



そして今静香は、もっとも嫌っていた戦いの場に身をゆだねている……

野比家の事情を知ったからには、絶対に断ることはできない。
心優しき静香に彼を見捨てるようなことはできないのだ。

「のび太さんのため、のび太さんのため、のび太さんのため……」
呪文を唱えるように呟き、自分がポケモンを傷つけている現実から目を背けようとする。

でも彼女の手で倒されたポケモンの姿が、叫びが、彼女と現実を向き合わせる。
そしてそのたびに流れてくる、7年前のあの光景……
もう2度とあんな光景を見たくない、ポケモンが傷つく姿を見たくない。
でも、のび太を救うためには戦わなければならない。
友情と願望の間で揺れる彼女の心はすでに限界を迎えていた。

敵の最後の1匹であるオコリザルが倒れる、またあの光景が頭をよぎる。
激しい眩暈と吐き気に襲われ、立っているのさえ苦しくなる。

「勝者、『ドラーズ』源静香選手!」
審判が静香の勝利を告げた、自分たちが本選出場権を手にしたのだ。
歓喜に沸く仲間たちとは対照的に、静香は沈んだ心もちでステージを出た。

観客席へ行く途中のトイレに駆け込み、何度も嗚咽を漏らす。

どう足掻いても、7年前のあの光景は容赦なく自分を襲ってくる。
残酷な運命からは、決して逃れることができない。

「私は一体、どうしたらいいの……」
嗚咽にまぎれて、一筋の涙が静香の頬を伝った。



 #7 「決意」

最終試合が終了し、順位は以下のようになった。
1位 『チーム・コトブキ』  4勝0敗
2位 『ドラーズ』      3勝1敗
3位 『ヤマブキ格闘道場』  2勝2敗
4位 『ウォーターボーイズ』 1勝3敗
5位 『ラブ・インセクト』  0勝4敗

本選出場が敵わなかった下位3チームは帰ってしまった。
会場に残されたのは残り2チームの選手と、大会関係者の数人だけとなった。

「それではいまから、本選についての説明を行います」
大会関係者の1人が淡々とした口調で本選のことを告げる。
「本選の開始は3日後、開催場所にはクチバシティの港に集まってから移動します
ちなみに、大会のルール等は現地で伝えます
ポケモンは何匹持っていっても構いません、技マシンも持ち込み可能です
ただし会場に行けるのは選手のみです、応援の方などは入ることができません
では、何か質問があったらどうぞ」

大会関係者の男が説明が終えると、スネ夫がただ1人手を挙げていた。
どうやら何か質問があるようだ、男がスネ夫の発言を許可する。
「ずっと前から気になっていたんですが、この大会の開催者は一体誰なんですか?
そもそも応援が禁止だったり、開催場所がいまだに不明だったり……この大会にはおかしい点が多すぎます!」
スネ夫が今まで胸に秘めていた疑問をぶつけたが、男たちは答えることができなかった。
彼らが言うには、『自分たちも金を払って雇われただけで、詳しいことは何も知らない
大会の運営や進行方法などについては、全て雇い主から送られてきたマニュアルにそってやった』とのことだ。

様々な疑問を残したまま、大会関係者たちはその場を去っていった。



「じゃあ、俺らもそろそろ帰ろうぜ」
『チーム・コトブキ』の1人、金髪の少年が言う。
他の仲間もそれに賛同し、彼らが会場から出て行こうとする……

「おい、待てよ出木杉!」

会場内にジャイアンの声が響き渡った。
出木杉はジャイアンに背を向けたまま言う。
「悪いけど、君たちと話すことは何も無いよ……」
出木杉はわめくジャイアンを無視し、仲間と共に会場を去っていった。

会場にはのび太たち4人だけが残された。
「出木杉のやつ、どうしちゃったんだろうな……」
ジャイアンが物寂しげに呟く。
「あいつ、『僕はもう君たちのしっている出木杉英才じゃない』なんて言ってたよ……」
のび太もなんだか虚しそうな表情を浮かべる。

何ともいえぬ気まずい雰囲気、それを打ち破ったのは静香の一言だった。
「出木杉さんが変わっちゃった理由…… 
あの人なら知っているかもしれないわ!」
早速4人は、静香が提案した人物のもとへ向かった。

トキワトレーナーズスクール、のび太たち4人の母校である。
そしてそこの職員室にいる先生のもとを彼らは訪れた。
職員室に他の先生や生徒の姿は見えない、ここはいま5人だけの空間になっていた。
のび太たちは早速先生に予選突破の報告をした。
それを聞いた先生が弟子を見守る師のような笑顔を浮かべ、彼らを祝福する。
早く話を切り出さなければ、そう思ったのび太がさっそく本題に入る。

「先生、実は今日の予選会場にあいつ……『出木杉英才』がいたんです」
わずか一瞬だが、確かにのび太の目は捉えていた。
『出木杉』、その言葉を聞いた瞬間先生の顔色が曇ったことを。



先生はやはり何か知っている、そう確信したのび太は質問を続ける。
「6年前、あいつは突然僕らの前から姿を消しました……
先生は僕らが何度聞いても『転校』としか教えてくれなかった
でもあいつの性格なら別れを隠したりしない、絶対に僕たちに何か告げてくれたはずです
それに今日あったとき、あいつは変わっていました
何というかこう、暗くなったというか、恐ろしくなったというか……
それに名字も変わっていました『結城』、だったかな?」
「もしかして、離婚とか?」
スネ夫が付け足すように呟く。

しばらく沈黙が続き、突然先生が深く溜息をついた。
そして、暗い表情で呟く。
「『離婚』か……こんな言い方をするのもなんだが、離婚くらいならまだましだったよ
6年前に彼が負った傷、それは君たちが想像しているよりはるかに深い……」
のび太が興奮して先生を問い詰める。
「やっぱり6年前、何かがあったんですね! 一体何があったのか、教えてください!
僕たちはあいつの友達だった、だからあいつの傷を知っておかなければならないんです!」

再び先生は深い溜息をつき、暗い表情を浮かべた。
「そうだな、君たち出木杉の一番の友達だった
それに、7年前にあの事件で一緒に戦った仲間でもある
君たちには彼の身に起こったことを、知る権利があるはずだ……」
長い沈黙の後、先生は言った。
「わかった、教えよう……6年前の『あの事件』について……」
全員の間に緊張が走る。

声一つしない静かな空間に、先生の語りだけが響きはじめた。

「あれはそう、とてもよく晴れた日のことだった……」



―――6年前……出木杉英才は当時11歳だった。

その日はよく晴れていて休日だったので、出木杉の父は息子をシロガネ山登りに誘った。
かつてポケモンリーグで準優勝した名トレーナーの父。
悪の秘密結社、『ロケット団』との戦いで活躍し、英雄として讃えられた父。
そんな父は出木杉の目標にして憧れだった、その父が誘ってくれた山登りを、出木杉が断るはずが無かった。
―――だがこの後、悲劇は起こってしまった……

シロガネ山の中間当たりまで登ったときのことだった、突然リングマが目の前に現れたのだ。
襲い掛かってこれば危険、そう思った父は早速腰にあるモンスターボールに手をかけた。
だがこのリングマは父の予想を遥かに上回るスピードで近づいてきて、彼との距離を詰めた。
このままでとモンスターボールを取り出す間にやられる、そう判断した父は息子に言う。
「早く逃げるんだ、英才!」

一方その言葉を聞いた出木杉はパニック状態に陥っていた。
自分の憧れの父が、このままでは殺されてしまうかもしれない!
あのリングマさえどうにかできれば……
でもムクバードのボールは家に置いてきた、ましてや非力な自分がリングマに立ち向かえるわけがない。

何もできず立ちつくす出木杉、その時彼の足に何かの感触がする。
恐る恐る拾い上げてみると、それは確かに『銃』だった。
それも、極めて殺傷性の高い……
リングマに視線を向けていた父は、息子が凶悪な文明の利器を手にしていることに気付かない。
『あのリングマをこの銃で殺して、父を助けるんだ!』
そんな考えが出木杉の頭をよぎる。
銃の使い方などしらない、普段の冷静な出木杉ならここで銃を投げ捨てることだろう。
でもパニックで気が動転していた彼は、その引き金に手をかけてしまう。

―――次の瞬間、シロガネ山に二つの銃声が響きわたった。



銃を撃った衝撃で後ろに吹っ飛ぶ出木杉。
地面に身を打ちつけた痛みに堪えながら恐る恐る目を開けると、そこには衝撃的な光景が待ち構えていた。

血を流し、横たわるリングマと……父。
どちらもすでに息をしていなかった。

「う、うわああああああ!」
出木杉の叫びとともに、1人の男が驚いた顔をして現れた。
赤色の長い髪が特徴的な彼は、動揺しながらどこかへ電話をかける。
数分後、警察がその場に駆けつけた。

警察署では恐るべき真実が出木杉を待ち構えていた。
赤髪の男の職業は猟師、出木杉が手にした銃は彼が落とした物だった。
父とリングマが死んだ瞬間、赤髪の男と出木杉は同時にリングマ目掛けて引き金を引いた。
そして赤髪の男の弾はリングマに、出木杉の弾は狙いを外して父に命中した……

つまり、出木杉は自らの手で父を殺してしまったのだ。

結局この事件は事故として扱われ、出木杉が罪を問われることは無かった。
まだ小さな彼の将来を重視し、この事件が表ざたになることは無かった。
赤髪の男は銃を落としたことから厳重な注意を受けていたが、彼にも処分はなかった。
だが出木杉は父を失ってしまった、そして悲劇はさらに続く……

『自分の子が夫を殺した』その現実に耐えられなくなった出木杉の母が、自殺したのだ。

一度に両親2人を失った出木杉は遠いシンオウ地方コトブキタウンの親戚、結城家に引き取られることになった。
そうして出木杉英才はトキワトレーナーズスクールから姿を消した。

その心に、いまも深い傷を残しながら……



「……これが、私の知っていることの全てだ」
先生から出木杉の過去を聞かされた4人の表情は暗い。
おそらくいまごろ自分の元気な両親のことを思い出して、彼の痛みを痛感しているのだろう。

先生は初めて4人に頭を下げて言った。
「頼む、出木杉を救ってやってくれ!
彼がどれだけ傷ついているか分かっているのに、私は何もしてやれなかった……
でも、君たちなら彼の力になってあげられるかもしれない! 
だからお願いだ、彼を……出木杉、いや結城英才を……」
4人は無言で頷き、職員室を後にした。

「じゃあ3日後、クチバシティで会おうぜ!」
ジャイアンが言うと、4人はそれぞれの家へと向かっていった。

のび太は家へ帰る前に、ある場所へと向かった。
シロガネ山……ついこの間まで自分たちが修行を行っていた場所。
そして6年前、出木杉が父を自らの手で殺めたところ……
高くそびえる山を見上げ、のび太は出木杉のことを考えてみる。

父の会社が倒産して大量の借金を背負い、母は倒れてしまった。
だから自分は世界で一番不幸な少年だなどと思いこんでいた。
でもそれは違った、身近にもっと深い傷を負うものがいた……

努力しだいでどうにもなる自分の状況とは違い、出木杉はもう幸せな過去を取り戻すことはできない。
消えてしまった命は、二度と戻ってこないのだから……
わずか11歳でその痛みを背負った出木杉、彼の傷は自分の何倍も深いはずだ。

のび太は思う、そんな彼を救いたいと。
たとえ救う方法が分からなくても、のび太の心はすでに決まっていた。



家に帰ったのび太は、両親に予選通過を報告する。
両親は涙を流しながら喜んでくれた、とくに母は
「今夜はのびちゃんの好きなもの作らなきゃね」
と、まだ不安が残る体に無理をおしてがんばっている。

出木杉の両親の死を知ったいま、のび太は改めて家族がいてくれることの幸せさに気付いていた。
2人と食卓でかわす一つ一つの他愛ない会話が、自分の心を揺さぶる。

のび太は声を震わしながら言う。
「あのね……パパ、ママ」
毎日自分のために働いてくれた、どんな日も欠かさず家事を頑張ってくれた。
高い学費に文句を言わず、トレーナーズスクールに通わせてくれた。
自分が悪いことをした時には厳しくしかりつけてくれた。
悩んだ時は励ましてくれた、嬉しい時は一緒に喜んでくれた……
このとめどなく溢れる感謝の気持ちを両親に伝えたかった。
言いたいことは山ほどあった、でも結局言葉にできたのはこれだけだった。

『いままで育ててくれて、ありがとう』

自分の部屋に戻り、のび太は考える。
心に深い傷を持つ出木杉を救いたい。
自分を育ててくれた家族を救いたい、と。
「そのためにはとりあえず、このトーナメントで優勝しなきゃいけないな
だからこの3日間でもっとポケモンのレベルを上げなきゃ
よーし、明日からまた修行再開だ! そのためにも今日は、ゆっくり休もう……」

トーナメント優勝を心に誓うのび太の目には、固い決意が宿っていた。



#8 「コロシアム」

某日午前8時30分、クチバシティにのび太が到着した。
「おせーぞのびたぁ!」
一番にここへ来て、のび太を何十分も待っていたジャイアンが怒る。
「4人揃ったことだし、早く港へ行きましょうよ」
静香の提案に賛同し、4人はクチバ港へと向かう。

港にはすでに沢山の人が集まっていた。
どこを見てもとにかく人、人、人……
「これはすごい……500人くらいいるんじゃないのか?」
スネ夫が口をポカンと開けて言う。
自分たちはここにいる参加者たちの頂点に立とうとしているのだ。
本当にそんなことが出来るのだろうか、彼らの心が折れ始める。

「弱気になっちゃだめだよ! 何人いようが関係ない、僕たちは勝つんだ!」

以外にもそう言ったのはのび太だった。
「そ、そうだよな! 俺たちはどんな奴にも絶対負けねえもんな!」
ジャイアンも多少慌てながらのび太に賛同する。
「うん、そうだよジャイアン! 
あ、そろそろ船がくるらしいよ! もっと近くに行って見にいこうよ」
のび太が人ごみの中を掻き分けて奥へ向かう。
仲間の3人は立ち尽くしてそれを見ている。

「あいつ、変わったよな……」
「うん」
ジャイアンの問いかけに2人が気の無い返事をする。
3人とも、3日前からののび太の変化にただ驚くことしか出来なかった。



「見ろ、船が来たぞ!」
人ごみのどこかで声がする。
その声を聞いた選手全員の目が船に注がれる。

「あれ?」
のび太が驚いたように呟く。
「どうしたんだ、のび太?」
「いや、なんか思ってたのと違うなって……」
のび太の想像では、サントアンヌ号の倍くらいあるような巨大で豪華な船が来るはずだった。
でも実際にきたのは小さくはないが、サントアンヌ号の半分くらいの大きさの船だった。
「こんなのに全員乗せれるのかなあ?」
そんな疑問を抱きつつ、のび太は船に向かう。

船の乗組員に誘導されて選手たちが向かったのは、一つの巨大な部屋。
船の面積のほとんどをこの部屋が占めているのだから、かなりの大きさだ。
学校の体育館くらいの大きさ、といったところだろうか。
たしかにこれなら全ての選手を会場まで連れて行くことは可能だろう。
しかし、これから敵になる選手たちが皆同じ部屋にいるというのはなんとも居心地が悪いものである。

会場に着くまでの間、ドラーズの面々は3日間のことについて話す。
やはり4人ともポケモンをさらに鍛えていたようだ、控えのポケモンを育成した者もいる。
4人の会話が盛り上がってきたところで、突如アナウンスが流れる。

『皆様、ただいまから試合会場への移動を開始します、その場を動かないでください』

「え? すでに試合会場に移動中なんじゃあ……」
スネ夫が疑問を漏らすと同時に、大量のケーシィが部屋の中に送り込まれてきた。
驚いたのび太は一度目をつぶる。

―――そしてもう一度目を開けたとき、そこはもう船の中ではなかった。



「……な、何だよこれ……」
最初に口を開いた者の発した言葉が、選手全員の驚きを表していた。
今彼らがいる場所こそ、まさに試合会場そのものであった。
のび太たちがTVでしか見たことが無いポケモンリーグの会場、その5倍はあろうかという広さだった。
ここなら500人どこらか500万人、いやもっと沢山の人間が収容できるだろう。
その大きさに選手たちはとにかく圧倒されていた。

「おい、俺たちは船の中にいたはずじゃなかったのか?」
「多分、さっきのケーシィたちがテレポートを使ったんでしょうね」
ジャイアンの疑問に静香が答える。
「それにしても、なんでこんな方法を使ったのかな?」
スネ夫がもっともな疑問を唱える。
テレポートで移動するのなら、なぜ途中まで船を使ったのだろうか?
会場のいたるところで似たような会話が繰り広げられていた。

会場の中央奥、その一番上に設置された時計の針が12時を示す。
それと同時に、時計の下にある広間に2人の人物が現れた。
特に目に付くのは中央にいる椅子に座った者、おそらくこの大会の主催者だろう。
そして主催者らしき者から少し離れたところにもう1人、こちらは立っているようだ。
2人とも黒いローブで全身を隠していて、その姿を見ることは出来ない。

『皆様、我らがコロシアムへようこそ』
立っている人物のほうが変声機を使った不気味な声で言う。
『こちらがこの大会の主催者で大会長の“Mr.ゼロ”氏でございます』
いかにも胡散臭い偽名で、椅子に座った人物が紹介される。

自分に全員の視線が注がれても、彼もしくは彼女は動揺する様子を全く見せない。
ただひたすら、その身から不気味なオーラを発し続けていた。



選手全員が先程からの驚くべき出来事の連続に動揺していた。
立っている人物はそんな事など全く気にせずに話を続ける、おそらくこの人物は司会なのだろう。

『突然こんな風にお連れして申し訳ありませんでした
もうお気づきだとは思いますが、ここがキングオブトーナメントの試合会場でございます
このコロシアムは本大会のために建設された物で、とある孤島の上に立てられています
あなた方はこの大会が終わるまでの間、コロシアムから出られないようになっております
勿論、負けた人はワープ床でクチバシティまで送りますのでご安心ください
勝った人は負けるまでこのコロシアムに滞在しなければなりませんが、ここには寝室もポケモン回復装置もセットされているので大丈夫です
食事もこちらで用意しました、コロシアム内での生活に決して不自由がないよう最善を尽くしております』
勝ち続ければ、当分はこのコロシアム内で過ごさなければならない。
そして、このコロシアムから出てはいけない。
一風変わった決まりに、選手たちが驚きの声を上げる

『ではつづいて、試合について説明します
いまここには、全部で256のチームがいます
本選はこれを16チームずつの、16のグループに分けて行います。
各グループでトーナメント戦を行い、そこで優勝したチームが決勝トーナメントに進むことが出来ます
そして決勝トーナメントで優勝したチームには、賞金4億円がおくられます』
司会者の言葉を聞いたジャイアンが早速計算を始める。
「えーと、グループ戦が16チーム、それから決勝トーナメントも16チームだから試合数は……」
「8試合だよ、ジャイアン」
計算に苦戦するジャイアンに見かねたスネ夫が口を挟む。

……8試合も勝つのは大変だろうな。
でも4億円をとって家族を救うために、僕は勝ってみせる!
ジャイアンたちの会話を聞いたのび太は1人、闘志を燃やしていた。



司会者の話はまだ続く……
『では続いて、試合のルールについて説明します
まず最初に、2人の選手がダブルバトルを行います
使用ポケモンは1人2体、合計4対4のバトルとなります
つづいてポケモン3匹でのシングルバトルを行います
そしてこの時点で決着がつかなかった場合、最後の選手が同じルールで大将戦を行います
ただし、大将に2試合連続同じ選手を選ぶことは出来ません
尚、ポケモンの交代はシングルバトルのみ、一回だけ許されています
では以上でバトルのルールについての説明を終わります!』
バトルのルールを聞き終えたジャイアンが言う。
「全員出場のチーム戦か……面白いじゃねえか」

『ではただいまより、グループ分けを発表します
そして一時間後、各グループの第一試合を同時に開始します
勝ったチームは部屋の鍵が渡され、負けたチームにはその場で帰っていただきます
あ、それとこの大会には、主催者側からも4チーム出場しております
ではみなさん、決勝トーナメントで会いましょう!』
そう言うと、司会者とMr.ゼロはその場を立ち去った。

しばらくして、会場の巨大なスクリーンにグループ分けが表示される。
ドラーズはDグループの左から2番目、第一試合目だ。
試合順の早さに喜ぶジャイアンとは対照的に、スネ夫はブルブルと身を震わせている。
「ジャ、ジャイアン…… あれを見てみなよ」
スネ夫が指差しているのは同じDグループの右端にいるチーム、名は『カントー四天王連合』。
決勝トーナメントに進むには、カントー四天王チームを倒さなればいけないのだ。
「どうしたスネ夫、そんなに震えて……ビビッてんのか?」
ジャイアンの問いにスネ夫は答える。

「いーや、これは『武者震い』ってやつだよ! 優勝候補をグループ戦で潰せる思うと、震えが止まらなくってね」
「そーか、ならいい! さっさと第一試合へ向かうぞ!」
ジャイアンが豪快に笑い、それに続いて他の3人も笑う……胸に抱えた不安を隠すために。


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