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その町では騒動が起きている。
突然地震が起きた――始め、人々はそうだと思っていた。
でも、震源地と思われる環境省地下での調査が行われたことで、災害は犯罪へと変貌した。
環境省地下研究所が壊され、極秘の『何か』が盗まれ、そして警備員が一人死んだ。
最も、最後の事柄を『殺人』だとはっきり知っているのは二人だけ。
殺した本人と、それを目撃した少年――のび太。

7月21日――
「あの、貴方ポケモントレーナーになるんですか?」
「はい」
「貴方の年齢は?」
「10歳です」
「……許容範囲ね。一応。
 じゃあ、登録するから住所と名前と――」
少年は全ての欄を出鱈目に書き、受付の人に紙を渡した。
入れ替わりに、受付の人がバッジケースとリュック一つを差し出す。
「はい、これが旅立つのに必要なもの。
 簡単な食べ物から、テントや寝袋も入っているわ。
 モンスターボールも入っているから好きなポケモンを捕まえて」
説明を聞き終えると、少年はリュックを肩にかける。
急激に体力が落ちた体でも十分に持てるほど軽い。
「どうもありがとう」
少年は礼を言って振り返り、出口へ向かって歩いていく。
「ねえ、貴方本当に大丈夫? 服がブカブカよ?」
受付の人に指摘され、その少年、のび太はドキッとする。
(く……服も買っておかないと)
そう判断するやいなや、逃げるようにその場から出て行った。



のび太がポケモントレーナーになった理由。
一つはポケモンを自由に使えるからだ。
ポケモンが繁殖しているこの世界なら、ポケモンの需要は自ずと高まるはず。
もう一つは、ポケモンセンターに泊まれることだ。
ポケモンセンターはトレーナー用に宿を貸し出している。
衣食住全てが欠けているのび太にとって、これほどありがたい施設は無い。
(衣……そうだ服を探さないと)
改めて今の自分の格好を確認し、のび太は服屋へ向かった。

――環境省地下に開いた穴は下水道へ繋がっていた。
のび太はそこから工事用の梯子を使い、道端のマンホールから這い出てきたのだ。
夜中だったのが幸いし、誰にも怪しまれること無く今に至る。
思えばタイムふろしきを被ったことはかなりの得策だった。
環境省は警察を使い、例の地下室での事件を洗いざらい調べている。
恐らくドラえもんとドラミにも捜査の手が届いているだろう。
二人がのび太のことを話すことは察しがつく。
どんな状況にせよ、のび太はあの場にいた。
それなら警察が一番に怪しむのも確実にのび太だ。
例え誤解でも、今のび太は逮捕などで時間を食いたくは無かった。
あのドサイドンを使っていたトレーナー。
彼を自分の手で捕まえたい――いつの間にかのび太はそう考えていた。
この世界にポケモンを現させたのは自分。でも人殺しをしたのはあのトレーナーだ。
自分だけに罪悪が圧し掛かるのは耐えられない。
だからのび太は具体的な犯罪者を捕らえることで罪を軽減しようと考えたのだ。
10歳の体になって暫くは捜査の手を逃れ、自分の目標を目指せる。



黄色いシャツ、紺の短パン。
全く意識していないのに、のび太はその色合いの服を選んでいた。
10歳のころ良く着用していた服の色合いだ。
「ふぅ、やっと落ち着いた。
 さて、これからどうしよう……」
河川敷で、のび太は佇んでいた。
周りで小さな子供たちが、ポケモンと一緒に遊んでいるのが見える。
次第に暮れていく空。
子供たちの遊び声はだんだんと遠ざかっていく。
ポッポたちが巣に帰り、ヤミカラスたちが飛び交っている。
のび太は気持ちよさそうに目を閉じた。

水しぶきが立つ音が聞こえて、のび太は顔を上げる。
ホーホーたちの鳴き声が聞こえてくる。
辺りはすっかり暗くなり、月が空に上っていた。
ようやく自分が寝ていたことに気づき、のび太は立ち上がった。
そして、先ほどからバシャバシャと音を立てているものを見つける。
小さいポケモンのようだ。
川に体を浮かせて手足をバタつかせているが、移動する気配は無い。
(溺れているのかな……)
のび太は一瞬そう考えて、すぐに笑い飛ばした。
そのポケモンは川から5mほどのところで浮いている。
(まさか、あんなところで溺れるポケモンなんて――)
と、高を括っているのび太の目の前でそのポケモンは急に沈んでいった。
あまりにも急な動作で、のび太は目を見開く。
「お、おい!」
慌ててのび太は川の中に手を伸ばした。



濡れた毛が腕にひっついてくる。
のび太が力を入れて引っ張ると、そのポケモンの大きな耳が水面から突き出す。
顔、胴、そして足が持ち上げられて茶色い姿があらわになる。
「イ、イーブイ!?」
目の前でじたばたするイーブイは何かを咥えていた。
段ボール箱のようだ。

陸地にイーブイを立たせると、イーブイは身を震わせて水を飛ばす。
「ぉ、おいやめろよ! 水がかかるって」
そう抵抗したが、すぐにのび太の服は濡れてしまった。
「あ~あぁ、買ったばっかりなのに……たく」
むくれながら、のび太は段ボール箱に手を掛けた。
こちらもぐっしょり濡れているが、文字は油性ペンで書いてあり読める。
――『ボックスがいっぱいなのでもう要りません。誰かもらってやって下さい』――
だんだんと、のび太は顔を強張らせる。
イーブイを見て、また文字を見て、そうしてゆっくりとイーブイを確かめた。
「お前、捨てられたのか?」
すると、イーブイはあどけなく首を横に傾げる。
その様子からして、このイーブイにはまだ幼さが残っている。
「生まれてすぐ捨てられたの?」
のび太が質問すると、やはりイーブイは首を横に傾げた。
(まだ言葉が良くわからないんだな……)
のび太は辺りを見回し、モンスターボールが無いことに気づいた。
「ボールが無いぞ? どこかで落としたのか?」
改めてのび太はイーブイを拾ったところを見る。
岩が突き出していて、その周辺だけ流れが急だ。
恐らくこのイーブイが入ったボールは、あの岩に当たって中身を出し、流されていったのだろう。



「参ったな。僕がもらうしか無いのか?」
面倒そうな顔をしながら、のび太はふと考えた。
「まてよ、ポケモントレーナーなんだからポケモンは持っていたほうがいいのか」
自分で納得すると、のび太はイーブイを抱えようとする。
だがイーブイは弾けるようにその場から飛びのいた。
「ま、待って! 今から、お前は、俺の、ポケモン――」
一文節ごとに飛び掛るのび太だが、イーブイは嘲るようにすり抜けていった。
「この……ちょこまか逃げやがってぇぇえ」

「はぁ、はぁ……もうダメだ……」
河川敷の草原で、のび太はへたり込んだ。
体力の低下具合は相当激しかったのだ。
何せ4年間で培ってきたそれを、たった数秒で消し去ってしまったのだから。
「はぁ、くそ……あのチビ」
すっかり憔悴しきり、のび太は仰向けに寝転がった。
都会だからだろう、空に星はあまり見えない。
ぼうっと明るい町の明かりに囲まれ、月だけが遥か遠くから光を放っている。
その月を見つめていると――突然温かい感触がした。
右頬に何かが当たっている。何度も何度も……
「お前……」
ゆっくりとのび太が顔を向けると、イーブイがいた。
舌で頻りにのび太の右頬を舐めている。
一心不乱なその様子に、のび太は言葉を失った。
イーブイを見ているのが辛くなって、目のやり場を探す。
やがてイーブイの首に掛かった筒を見つけた。
興味をそそられ、のび太がその筒を掴んで、蓋を開けると中から手紙が出てきた。
上半身を起こし、驚くイーブイを気にせずのび太はその手紙を読んだ。
「8月20日、私のジムへ――なんだこれ?」



環境省地下室――
事件から一日立ち、だいたいの瓦礫は片付けられた。
それでも、未だ『関係者以外立ち入り禁止』となっている。
ドラえもんとドラミは入ることを許された。
この事件の最重要容疑者である少年の『関係者』として。
「……やっぱり、何か大きな力が作用しないとこうはならないわね」
ドラミが辺りを見回しながら呟いた。
未来の技術でかなり修復されているものの、大きなひびや穴は完全に消えていない。
環境省そのものを揺らした力の大きさを物語っていた。
(こんな大きな力出せるのは、ポケモンだけだろう)
顔をしかめながら、ドラえもんは溜め息をつく。
(のび太君……事態はどんどん悪化しているというのに。
 いったい今、君はどこにいるんだい?)

「やぁ、ドラえもん!」
入り口で誰かが声を掛けたので、二人は振り向いた。
白衣を着た男が手を振っている。
実はのび太が地下室で見た男なのだが、まだドラえもんたちはそれを知らない。
でも別の理由で、ドラえもんは彼を知っていた。
「ああ、お久しぶりです。博士」
博士が駆け寄ってきたので、ドラえもんは軽く会釈する。
その様子を見て、ドラミは首を傾げた。
「ねえお兄ちゃん、この人だれ?」
するとドラえもんは思い出す。
「あぁ、確か話したこと無かったね。
 彼は出木杉博士――のび太の時代にいる『出木杉英才』の孫の孫に当たる人物だよ」



「僕がのび太の世界に来た時、いろいろと許可を取って回ってね。
 過去を変えてしまうことに関連してだけど。
 その時に、出木杉博士と出会ったんだ」
「ふふ、いきなり過去を変えてしまうと言われたときには驚いたよ」
出木杉博士は苦笑する。
「でも過去の僕はいい気になりすぎていたからね。
 少しくらい懲らしめないと」
「懲らしめるって?」
再びドラミは兄に質問をした。
「ほら、始めのび太君はジャイ子と結婚するはずだっただろ?
 それで、出木杉君は静香ちゃんと結婚するはずだった。
 のび太の結婚相手を静香に摩り替えて、未来に支障が無いよう遺伝子を継がせるには……
 いや、こんな話をしにきたんじゃないんだ。出木杉博士、昨日ここへ来ましたか?」
やや不機嫌そうな顔をするドラミを無視して、ドラえもんは博士を見据える。
「なんでそう思うんだい?」
「だって、博士はここの関係者だからこの地下室のことも知っていたでしょう?」
納得したように、出木杉博士は頷いた。
「うん。ここへ来た事はある……でも、昨日の夜は来てなかったよ。
 ここを見張らせていた警備員はいたけどね。
 まさか……二人とも殺されるなんて、ひどいことするものだ」
出木杉博士は憤りの様子を見せた。

この事件では、警備員の遺体が二体見つかった。
始めに見つかった遺体が撤去された後。
下水道の中で二体目の警備員の遺体が発見されたのだ。



時代を遡って――
静香はのび太の家の玄関先で待っていた。
少し前、のび太はドラえもんの力を借りると言って部屋へ戻った。
あれからすぐ後、静香はやはり心配になり、戻ってきたのだ。
一応のび太が何を考えているのか知るために。
「あ、やぁしずちゃん……」
不意に後ろから声を掛けられ、静香は振り返る。
「た、武さん! スネ夫さんも」
静香が唖然とする中、武ことジャイアンは頭を掻いた。
「実はよぉ、謝りに来たんだ。
 なんだかんだいって、のび太は今一番辛いんだろうって思って」
「くく、いっつも0点だったからね。
 今のままのあいつじゃ、入れる高校なんて無いんだよ」
スネ夫は嘲笑したが、すぐに真顔になる。
「だから……僕らがあいつを救わなきゃだと思ってさ。
 だって、あいつんとこのドラえもんにはいつも世話になってたし」
「まあたまに変なことやらかしてたけどな――って」
ジャイアンはいきなり静香に腕を引っ張られて息を呑んだ。
「早くのび太さんのとこへ行くわよ!」
そう告げると、二人に有無を言わさず静香は玄関を開けた。
呆然とする玉子を無視して、三人は二階へ上っていく。
扉を開けてのび太の部屋へ侵入したが、そこには誰もいなかった。
「あ、あれ? のび太さんは?」
静香は首を傾げてジャイアンを掴む手を話した。
「どうしたの? のび太は?」
ジャイアンとスネ夫も全く状況が飲み込めないでいた。



「あ、引き出し!」
スネ夫が指したのは、のび太の机。
引き出しが開け放たれていた。
「俺覚えてるぞ……確かあそこは」
「そうよ! タイムマシンの入り口だったわ!」
静香は引き出しを覗き込んだ。
「ドラちゃんのタイムマシンが残ってる。
 でもここが開いてるんだから、のび太さんとドラちゃんは時代を移動したのよ。きっと」
そういうと、静香は押入れの方へ歩いていった。
どうやら押入れの中の何かを探しているようだ。
「じゃあ、いったいどうすれば――ってしずちゃん!?」
先陣切って、静香は引き出しへと入っていった。
残された二人は顔を見合わせて、それから引き出しへ突入する。

「それで? いったいどうするの、しずちゃん」
タイムマシンの上で、三人はひしめきあっていた。
「大丈夫。これさえ使えばね!」
静香が見せた手には、四次元ポケットの代用、スペアポケットが握られている。
それはドラえもんの寝床の枕元に忍ばせてあるのだ。
静香はそのポケットからメガホンを取り出す。
「これは『無生物催眠メガホン』よ。
 無生物に意思を持たせるの。まあ見てて」
静香はメガホンをタイムマシンに向けた。
「タイムマシン、お願いだからあたしたちをドラちゃんとのび太さんがいる時代に連れてって。
 なるべく速くね!」
タイムマシンは呼応するようにライトを点灯させた



「お、おい揺れだしたぞ」
スネ夫が慌てだす。
「起動したのよ。もうすぐ出発するわ」
やけに楽しそうな様子の静香。
「大丈夫か? ホントにその道具を信用――」
ジャイアンの心配の言葉は、一瞬で掻き消された。
髪が逆巻くほどの物凄いスピードでタイムマシンが進みだしたのだ。
「な、なんでこんなに、速いのさぁああ!!」
スネ夫は必死でタイムマシンにしがみつく。
「きっと従順なのよ! このタイムマシン!」

より先の時代へ、タイムマシンは進んでいく。
「ねえ、タイムマシンの行き先は『2130年』だって!
 パネルに出てきたわ! 二人は未来にいるのね」
「そ、そんなことより……しずちゃん。
 なんか変な感じしないか?」
ジャイアンが身を屈めながらきいた。
「? そういえば周りが歪んできたような――」
突如、タイムマシンから警報が鳴り響く。
「ねえ、『この先乱流あり。危険!』って書いてあるよ!」
スネ夫が叫ぶ。
「乱流? なんだそ……ぉお?」
「なんか、体が変な感じに」
その後、タイムマシンを激震が襲った。
乗組員たちはあまりの衝撃に気を失い、暴走するタイムマシンに運ばれていく。
時空の乱れを無事乗り切ったタイムマシンは、目的地へと到着した。
その『乱れ』をもろに受け、少し幼くなった三人を穴の外へ出す。



舞台は戻り、環境省地下室――

「博士……今なんと言いました?」
ドラえもんは首を傾げながら、目を真っ直ぐ出木杉博士に向けて言った。
「? どうしてだ。私は知ってることを言ったまでだよ」
そう静かに言いながら、博士は一歩ドラえもんに近づく。
尚もドラえもんは目線を動かさず、話し続けた。
「しかし、それじゃ変ですよ。だって、あの事件で死んだ警び――」
いきなり、博士の手がドラえもんの前に出される。
ドラミはその様子を見て息を呑んだ。
「お兄ちゃ――」「しっ! 静かに!!」
出木杉博士は唇の前に人差し指を立てて、短く息を吹く。
反対側の手では、二つのボールを持った手がドラえもんに向けられていた。
「奴らに聞こえたらまずいんだ。静かにしてくれ」
必死の形相で、博士はドラミとドラえもんを睨みつけた。
「受け取れ、ドラえもん。それにドラミちゃん。
 ポケモンがいれば、ロボットでもトレーナーになる許可が降りる」
ドラえもんは二つのボールを受け取ると、ボールに仕舞い込んだ。
「それでは、教えてください……奴らって誰のことです? 博士」
すると、真剣な顔つきで、博士は頷く。
「私の研究を手伝ってくれた資産家だ。
 まずは簡単に言っておこう。ここ4年間のポケモン騒動は……私が原因なのだ」



博士は体勢を戻し、遠くを見る目つきで話し出した。
「私の実家は、ボランティア団体によって植えられた森の中に佇んでいてね。
 ドラえもん、君の時代にいた出木杉英才の活躍で得た資金により、なかなか大きな屋敷を構えていたんだ。
 ある日、私は英才の遺したものを見つけた。タイムカプセルの中に入っていたんだ。
 極限まで腐食を抑えた方法で埋められていたそれは、一枚のノートだった。
 彼は、自分が将来やりたいことをそこに書き留めていたんだ。いろいろとアイデアが詰まっていた。
 そのほとんどにはチェックがついていたけど、一つだけ、何もマークされていないものがあった。
 『ポケモンの世界を自分の手で作りたい』――これがその文字だ」
ドラえもんはハッとした。
「ひょっとして、それは出木杉君の夢。
 チェックがついてないってことは……実現できなかったたった一つの夢なんじゃ」
「ああ」
博士は微笑みながら頷く。
「恐らく、そのカプセルを埋めたのは晩年なのだろう。
 今までの自分のアイデアを書き留めたノート。実現できたらチェックをいれていたんだろう。
 そして、実現できなかった夢をいつか叶えてほしい、僕はそう受け取った。
 自分では出来なかったそれを英才は伝えたかったんだ。
 だから……私はそのとき決心したんだ。私が見つけたんだ。私が実現してやろうと」
「じゃ、じゃあまさか」ドラミが目を丸くする。
「お兄ちゃんが持ってきたあの道具は――博士が?」
「その通り。あれは私が送りつけたものだ。
 図書館で過去のゲーム作品を調べ、ダイヤモンド・パール発売の直後の時代を特定した。
 そしてわざと道具に欠陥を作り、君たちがディアルガとパルキアを使って戻ってくると見越してね」



「道具の世界は残されるように工夫しといたのですね?
 そうすれば、いつか残されたディアルガとパルキアが自分の技でこの世界に現れると」
ドラえもんが目を細めながら確認した。
コクリと頷く博士を見て、ドラえもんは口を開ける。
「そんな無茶な……もし出てくる時代がここと違ったらどうする気だったのですか!?」
「今の技術で、超空間はもうほとんど自由に操れるからね。
 突然超空間に現れた裂け目を永久凍土の中へ誘導したんだ」
事も無げに博士は言った。
それでも、ドラえもんは首を横に振る。
「ありえないよ。そんなことを仕出かすには莫大な資金と、人材と、タイムパトロールも黙らせられる権力がなけりゃ」
「それを可能にしたのが、僕の言う『奴ら』だよ」
博士は真剣な顔つきになり、ドラえもんたちと顔が合うまで体を屈める。
ドラえもん、ドラミの双方の顔を見て、出木杉博士はその名を言った。
「榊グループだ」
途端に、ドラえもんたちの顔が驚きへと変わった。

榊グループ――2130年の現在、最も大きな資産家だ。
それが、ドラえもんとドラミも知っている、この時代の常識だった。

「で、でもそれだけじゃ権力面では十分じゃないぞ!
 大資産家ではあるけど、タイムパトロールを黙らせられるほどじゃ」
「奴らの裏の顔を知っているか?」
ドラえもんの必死の抵抗を、博士の言葉が切断した。
「奴らの凄さは表だけではない。
 裏の顔。犯罪組織、マフィアの顔――『六越団』としての顔だ」



「私は奴らの正体を知った。
 それをダシにすることで、私は奴らの資金を簡単に手に入れられた。
 やっとのことで、計画が成功した矢先――浮かれすぎていたんだ。油断した。
 私は息子を人質に取られたんだ。
 お手上げさ。抵抗すれば息子は死ぬ。私は奴らに服従しなければならなかった。
 それでも、諦めなかった私は、ディアルガとパルキアを使って全てを戻そうとしたが……それが昨日の事件だ。
 私は察したよ。あの事件を起こしたのは六越団だ。
 信頼していた警備員が一人、殺された。ポケモンの力で。
 そして、奴らは逃げ出そうとする私を見つけ、提案をしてきた。
 『まだ生かしておいてやる。だが、今度やらかせばもう一人の警備員のようになる』
 今日の昼頃だ。昨晩連れて行った二人の警備員、その生きていたほうも遺体となって見つかったのは」
博士が話を終えると、静寂が耳を突き抜ける。
痛いほど静かな空間が、三人を包んでいた。

星空が広がっている。
街の明かりでぼやけているけれど、それは確かに光っていた。
そんな幽かな光の下、ドラえもんとドラミは歩いていた。
「お兄ちゃん……」
ドラミが不意に声を掛ける。
「安心しろ、ドラミ。やることはわかっている。
 僕らの手で、六越団を調査する。その後は、博士に言われたとおり。
 僕らがディアルガとパルキアを使い、全てのポケモンを元の世界に返すんだ」
これが、二人の去り際に博士に言われたことだった。



出木杉博士はガランとした地下室で、一人佇んでいた。
「あ、博士。いたんですか」
ふと、扉が開けられて白衣の青年が入ってくる。
博士はその青年を『新人の科学者』として記憶していた。
「やぁ、どうしたんだい。こんな――」
直感が、博士の体を巡る。
違う――博士が身構えると、青年は立ち止まった。
「気づくのが、早かったね。あ~ぁ、やっぱまだまだだな」
青年は大げさに溜め息をついて肩を落とした。
その声はさっきの『新人の科学者』の時とは違っている。
「お前……どうしてここに」
博士は愕然とした。
「あれ、嬉しくないの? 久しぶりに会ったのに」
口端を吊り上げながら、青年は喋る。
「仕方ないか。僕のこと何も知らないからね。
 さっきの話聞いてたけど、一つ間違ってるよ。父さん」
青年はボールを取り出した。
「僕は人質として捕まったんじゃない」
「じゃ、じゃあ何で――」
繰り出されたポケモンが、博士の体を動かなくさせる。
「自分から進んでだよ。
 僕ももう『六越』の一人さ」
高笑いをしながら、青年は顎の下を摘んだ。
血筋だろう。現れたその顔は、どこと無く出木杉英才に似ていた。



場面は変わり――
まず起きたのはジャイアンだった。
「……ん、ぁれ?」
辺りを見回したが、真っ暗でよく見えない。
「何だぁ、ここ。暗くてよく見えな……うゎ!」
立ち上がった途端、体のバランスがおかしいことに気づく。
体がやけに重い――いや、ちょっと前まで持ち合わせていた筋力が無くなっているのだ。
背丈もおかしい。いつもより足りない。まるで縮んだように。
「うわぁああぁぁあああ!!」
いきなり近くで叫び声が上がり、ジャイアンは息を呑む。
弾む息を落ち着かせながら、思考が何かをはじき出した。
「スネ夫!? 今の声は……スネ夫!」
「ジャ、ジャイアン!?」
それは確かにスネ夫の声だ。
ジャイアンは手探りで声の元を探す。
「スネ夫! 今そっちに行く――?」
ふと、床を滑らせていたジャイアンの指先が液体に触れる。
不思議に思いながら、ジャイアンはその臭いを嗅いだ。
つーんと嫌な臭いが鼻を突く。
「う、臭ぇ……!! スネ夫! お前まさか」
「だって怖かったんだもん!」
「このやろぉぉぉおお!!!」
怒りに任せて振るったジャイアンの拳が、何かに激突した。
それは「むぎゃ!」と声を立ててばたりと倒れた。
「あ、当たったのかスネ夫! おい、起きろ!」
ジャイアンは倒れこむその人を手探りで抱えた。背丈は縮んでいたが、特徴的な尖がり頭だ。
それはスネ夫である紛れも無い証拠だった。



パッと明かりが付けられた。
目を眩ませながら、ジャイアンは自分がサイズの合わない服を着て、サイズの合わない服を着たスネ夫を抱えていることを確認した。
「起きたか、お前ら」
その声の主の方を、ジャイアンは睨みつけた。
「何だ、お前いったいどうして俺らを」
ジャイアンは小さく息を呑んだ。 
相手は格子越しに立っている――いや、自分が格子の中にいるのだ。
ここは牢屋だった。
ますますジャイアンの拳に力が入っていく。
「おい! 何で俺たちはこんなとこに居るんだよ! てめぇいわねえと」
「おちつけ」
相手はやれやれといった顔つきで、牢の錠に手を掛ける。
チャカチャカと音が立ち、牢の扉が開けられた。
「ついてこい。会長がお呼びだ」
短く言葉を出す相手に、ジャイアンは不可思議な思いを募らせた。
「ちょ、ちょっと待てよ! まだいろいろ話したいことが」
「それを会長が話す。いいから黙ってついて」
「だから、会長ってだれだよ!」
相手を思いっきり睨みながら、ジャイアンは声を荒げた。
すると、相手は肩を竦める。
「俺らのボスだ。ここ、石蕗会のな」



ジャイアンとスネ夫は、守衛のついた一室に案内された。
牢から引導してきた男が黒い扉を開けると、二人の目の前には白髪の老人が立っていた。
「二人の少年以外は退室してくれ」
老人が命令すると、ジャイアンとスネ夫を残して他の者はさっさと退室してしまう。
ポツンと立ち尽くす二人は、老人と顔を見合わせた。
老人は微笑んでいたが、表情はどことなく悲しげであり、物憂げだった。
白髪や、顔に刻まれた皺がくたびれた印象を与えてくる。
けれども同時に、引き締まった黒いスーツ姿が逆らい難い雰囲気を出している。
もっともそんな雰囲気、この少年の前には無意味だったが。
「おい、お前がさっきの奴らの親玉なんだな!?」
ジャイアンは怒鳴り声で質問する。
横ではスネ夫がビクッと肩を竦めた。
「ちょ、ちょっとジャイアン。まずいよそんな声だしちゃ……」
スネ夫の声はどんどん尻すぼみになっていった。
それと反比例して、ジャイアンの声が荒げられていく。
「いったいどうして俺たちを牢屋に閉じ込めたりなんかしたんだ!
 俺たちは何もした覚えはねぇし、お前らが誰なのかも知らねぇぞ!!」
すると、老人は眉間に皺を寄せた。
「なんと……わしら石蕗会のことを知らないのか?」
「あぁ! んなもん聞いたことねぇ。そんなことより何で俺たちが連れてこられたのか教え」
「まぁ、待て。静かにしてくれ」
老人はここでようやくジャイアンを制した。
「わしらがお前たちを連れてきたのではないぞ。
 お前たちの方から……やってきたのだ。空からな」



「へ?」
ジャイアンとスネ夫の声が一致する。
「で、でもおかしいじゃんか。俺らここへ来る理由なんて無いし。
 ……何で?」
ジャイアンの視線がスネ夫へと移った。
「そ、そんなこと急に振られたって……ぁ」
ふと、スネ夫はタイムマシンでの事故を思い出した。
手を筒にしてジャイアンの耳を包む。
「ほら、ジャイアン。きっとあれだよ。
 僕らタイムマシンに乗ってて、それで乱流に巻き込まれたんだよね?」
こそこそとした喋り声がジャイアンにだけ届く。
「乱流のせいで、僕たち気を失ったんだ。
 それでもタイムマシンは到着して、僕らをこの時代、この場所に落としたんだよ」
「! そうか、それで――」
咄嗟に大声を出したジャイアンは、老人に見据えられて口を噤む。
「何かわかったのかね? お前たち」
しどろもどろしているジャイアンの隣で、スネ夫が咳払いする。
「どうやら僕たちは、タイムマシンの事故でたまたまここへ来てしまったようです。
 なのでコレといった用件はありません。帰れと言われたらすぐに帰りますので――」
流れるような調子で、スネ夫がすらすらと言葉を並べていく。
いろいろと飾っているが、要はここから帰らせてくれということらしい。
ジャイアンにもそのことが理解出来てきたところで、老人は首を横に振った。
「残念だがそれは出来ない。例え子供でも無理だ。
 それが石蕗会のルールだからな」



「子供って……僕らはもうすぐ高校生ですよ!?
 タイムマシンを動かすことも出来ますし、何も心配されることは」
「そういう問題ではない」
笑い飛ばそうとするスネ夫の言葉を切り、老人ははっきりと言う。
「石蕗会のルールだと言ってるのだ。
 誰であろうと、この組織の中に入ったものを開放するわけにはいかない。
 それに、どうやら君たちは気づいていないようだな」
老人はそういうと、部屋の隅に置かれた大きな鏡を指した。
ジャイアンとスネ夫はそれを見て、目を見開く。
そこに映っていたのはどう見ても、小学生の頃の自分たちだった。
「恐らく君らは時空の乱流に巻き込まれたのだろう。
 その影響で体が時を遡り、今の姿になったのだ」
老人の説明は二人の耳を貫通していた。
二人はただ愕然と、鏡に映る自分たちの姿を見つめている。
「――そうだ、君たちに一つ言うことが」
その時、突然扉が開かれた。
「石蕗会長! 客人が来ています」
入ってきた男に対し、老人こと石蕗会長は顔を向ける。
「後には回せないのか? 今はこの子らに話があるのだが。
 誰が来たのか言ってくれ」
「えぇ、それが」
男は一瞬戸惑った。
「つわ――いえ、榊ダイゴ様で」
途端に会長の顔色が変わる。
「すぐにいく。この子らを育成所に案内してやれ」
会長は素早く歩き出し、扉のところで身を翻した。
「さっき言おうとしたことだ。育成所にはお前たちの仲間がいるぞ」



石蕗会は『裏』社会の組織。外に広められてはいけない名前だ。
下部組織をいろいろ従えて、『表』の世界には言えない研究や行動をしている。
言ってみればテロリストだ。
今は力を溜めていて、そのうちきっと世界を転覆させるようなことを――
下っ端の理想論を聞きながら、一行は鉄扉にたどり着いた。
『育成所』と看板か掛けられている。
「ここに誰が居るって?」
ジャイアンは改めて下っ端に質問した。
下っ端は鍵取り出しながら首を横に振る。
「名前は知らない。でもお前らと一緒に落ちてきた女の子だ」
女の子――ジャイアンとスネ夫はハッとする。
「も、もしかしてしずちゃんもここに!?」
期待を寄せて二人は、開かれた鉄扉の奥に突入した。
瞬間、辺り様子が一風変わっていることに気づく。
広々とした部屋――いや、むしろ中庭に近い。
下には草地の床が広がり、上には巨大な窓が取り付けられている。
今は夜中らしく、星空が広がっていた。
「な、なんだここ」
突然外に飛び出されたような空間に、ジャイアンが呆然と言った。
その目を足元に向け、何か丸いものがたくさん転がっていることに気づく。
「これは……卵?」
「ひょっとしてポケモンの卵かなぁ」
スネ夫は屈みこんで卵の一つを抱える。
「あ、あれ? ひょっとして」
スネ夫の手のひらの上で、卵が微かに動いた。



「お~い、しずちゃん。どこだ?」
ジャイアンは呼びかけながら、草むらの中を進んでいった。
一際丈が長い草むらに入り、速度は自然と落ちる。
「くそ、進みづらいなぁ」
草を掻き分けていくと、物音がジャイアンの耳に届く。
「しずちゃんか!?」
期待を込めて顔を向けたその時、草むらが動き出す。
素早く切り裂く音と共に草むらが崩れ落ちていく。
ジャイアンに行動を起こさせるよりも早く二本の鎌がジャイアンに降り注ぐ。
「キノココ、しびれごな!」
そんな声が聞こえてきたのは、ジャイアンが恐怖で目を瞑った瞬間だった。
黄色い粉が噴出され、鎌はジャイアンに数センチ上で止まる。
ゆっくりと目を開けたジャイアンはようやく鎌の正体が見えた。
ストライクが体を引き攣らせて立っている。
「な、なんだ? どうして動かないんだ」
「しびれごなで麻痺してるのよ」
冷静な声が聞こえ、ジャイアンは振り向いた。
「目が覚めた? 武さん」
「しずちゃん!」
ジャイアンは驚き、そして笑顔になった。
「よかった。やっと会えたぜ。ホントこんなとこで会うなんて」
突如風を切る音がして、見るとストライクの鎌がジャイアンそばに振り下ろされていた。
「ここから離れましょ。まひ状態でも動くことはあるから」
静香はそういうとジャイアンを手招きする。
額に嫌な汗を掻きながら、ジャイアンは後をついていった。



「あたしはあなたたちより先に目覚めたの」
部屋の中央にある切り株に腰掛け、静香は語りだす。
「会長からいろいろと説明を受けて、その後ここに案内されたわ。
 始めは戸惑ったし、怖かったけど……すぐ慣れちゃったわね」
「へ、へぇ」
ジャイアンは平然としている静香を見て軽く恐怖した。
(俺はまだ戸惑いまくってるっていうのによぉ)
「どうかした? 武さん」
静香に質問され、ジャイアンは首を横に振る。
「いやぁ、別に。
 と、ところでここって何の部屋なんだ?」
「育成所よ。強いポケモンを育成するとこなの。慣れると楽しいわ」
静香は楽しそうに説明を始めた。
「基本はまず卵作りからなの。強いポケモンってのは産まれたときから他と違うのよ。
 ゲームでやったのと同じよ」
ジャイアンは記憶の片隅から、ポケモンを育成した記憶を蘇らせた。
確かスネ夫に教えられて、それから育て屋に通いつめたり、町中を自転車で走りまくった。
やがて単調な作業に飽きてやめてしまったが。
「それってすごい手間がかかるんじゃ無かったっけか?」
ジャイアンがきくと、静香はクスクスと笑う。
「そうね、ゲームだと最強を目指すのは難しいわ。
 でもここは現実の世界。見るのはステータスじゃなく、ポケモンの素質なの。
 天才って奴ね。ここの科学力はすごいから、機械を使えばすぐに――!」
静香の足元の卵が割れ、中から小さなゴニョニョが出てくる。
それを見て、静香はすぐ携帯電話のような機会を取り出してゴニョニョにかざした。
「……チッ、凡骨め」
ゴニョニョをあっさり捨てる静香から、ジャイアンは何か底知れないものを感じた。