ドラえもん・のび太のポケモンストーリー@wiki

フェイル その1

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akakami

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「みんな、準備はいい?」
ドラえもんが確かめた。

ここはテンガンざんの頂上。
ドラえもんの他に五人の少年少女が集結していた。
「ま~ったく大変な目にあったよ」
すっかりくたびれた様子の丸眼鏡を掛けた少年、のび太が溜め息混じりに言う。
「ホントだよ、ドラえもん! 突然壊れちゃうような使えない道具、何で出したんだ!」
そうトゲトゲしく怒鳴ったのは、髪型もトゲトゲしく背の低い少年、スネ夫。
「しょうがないだろ。
 未来デパートからのお試し秘密道具だったんだから、期待はしてなかった」
眉を顰めて、ドラえもんが肩をすくめる。
「僕は使うのに反対したんだ。
 それなのにのび太君が『面白そう!』って勝手にみんなを集めて始動しちゃうからだよ」
「……つまりのび太のせいか! この野郎!」
短気で大柄なガキ大将、ジャイアンが拳をのび太に向けた。
「ま、待ってよジャイアン!」
のび太が慌てて弁明を始める。
「だって好きなゲームの世界に入れるなんて、楽しそうじゃない!
 それに、そっちだってノリノリだったじゃないか!」
「そうよ、武さん」
と割り込んできたのは、おさげをした五人中唯一の少女、静香だ。
「のび太さんを怒る必要は無いわ。
 とにかく、今は元の世界に早く戻りましょうよ」
強気に説得する静香を見て、のび太の頬が紅潮する。
「し、しずちゃぁん……」
のび太の言葉は相当頼りなかった。



「ほら、剛田君も手を降ろして」
突然声を掛けられて、ジャイアンは振り向いた。
声の主は優等生と称される好少年、出木杉。
「……ちぇ、わかったよ」
ジャイアンは不服そうに呟きながら拳を解いた。
「さて、今度こそ良いね?」
ドラえもんが再度確かめる。
反対するものはいない。みんな『早く帰りたい』という思いは同じなのだ。
「じゃあ、しずちゃん、出木杉君」
ドラえもんが呼び掛けた二人は、頷いてモンスターボールを投げた。
地面にぶつかったボールは赤い光を放つ。
次第に光が広がり、大型の生物が現れた。
『神』――この二体はこの世界でそう称されている。
片方は、黒い体に煌く青い筋が巡る生物。胸には煌くダイヤがある。
片方は、白い体に煌く赤い筋が巡る生物。両肩には煌く真珠がある。
「パルキア、僕らを元の世界に行かせてくれ」
出木杉は白い生物に命令した。
パルキアは一声唸り、力を溜め始める。
「パルキアの『あくうせつだん』が始まるよ。これで元の世界に行ける」
「よくやってくれた、出木杉君。
 さあ、静香ちゃんも早くして。『あくうせつだん』の前に時間を戻さなきゃ」
ドラえもんが黒い生物を一瞥し、静香を見る。
「ディアルガ、お願い。時間を戻して」
静香は指示を出した。
ところが、ディアルガは反応を示さない。



「どうしたの?ディアルガ」
静香は不思議そうにディアルガを見つめた。
「しずちゃん、まだかい?」
ドラえもんの声色には、焦りの色がちらついていた。
「ディアルガ、もう一度言うわよ。時間を戻して」
――ディアルガは首を横に振った。
「おいやばいぞ。もうすぐ『あくうせつだん』が発動されてしまう!」
出木杉が叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。
 確か空間だけ移動しても、時間が戻っていなくちゃダメなんじゃないの?」
のび太がドラえもんに質問した。
「うん。空間だけだと、この世界にいた間の時間が消滅しない。
 僕らが旅した間、元の世界では僕らはいなくなっていたことになっちゃうんだ。
 だから時間も戻さないと、現在どころか未来まで大きく変えてしまうかもしれない」
「じゃ、じゃあどうするのさ!?」 「早く時間を戻さないとじゃんか!」
スネ夫とジャイアンが大慌てで捲くし立てる。

「……ディアルガ、ひょっとしてあたしと離れたくないの?」
静香は語りかけた。
ディアルガは小さく唸り、それから静香を見つめる。
そんな姿を見て、静香はディアルガにそっと手を触れる。
「聞いて、ディアルガ。あたしたちはここにいてはいけないの。
 だから元の世界に戻る。
 そのために貴方の力が必要なのよ。
 だから……お願い。時間を戻して」



パルキアの体が光り始める。
「おい、出木杉! 技発動させんな、バカ野郎!」
ジャイアンが怒鳴り散らした。
「パルキアにちゃんと耐えろって指示したさ!」
出木杉が大声で説明する。
「だけど我慢には限界があるんだ! 限界点を突破したら発動してしまう!」

「ディアルガ、安心して」
静香は顔を上げて、ディアルガの目を見つめた。
「きっとまた会えるわ。
 今と全く同じ姿じゃ無くても、元の世界で会えるかもしれない。
 貴方が今、あたしたちを救ってくれたらきっと――」
やがて、ディアルガは頷いた。
体中から青い光が染み出している。

「ドラちゃん、みんな! 『ときのほうこう』発動するわ!」
静香が吉報を伝えてきた。
「おっしゃぁ!」「やったぜ、しずちゃん!」
歓喜の中、ドラえもんは静香と出木杉を手招きする。
「時間を遡る間、何が起こるかわからないんだ。
 だからこっちで一塊になって! しずちゃん、出木杉君!」
静香と出木杉はドラえもんたちと手を繋いだ。
「ディアルガ、今よ!」
声高に、静香が発動の許可を出す。

時空を揺さぶる『ときのほうこう』が、テンガンざん頂上に響き渡る。
時間の遡上が始まった。



――彼らが来ていたのは『ポケットモンスター ダイヤモンド・パール』の世界。
未来デパートから配達されたお試し版『ゲーム世界入り込み機』を使用したのだ。
時期は丁度ポケモンの新作が出た頃。
当然の如く、みんなが行きたいと思ったゲームの世界は、ポケモンの世界だった――

時間は戻った。
まだテンガンざんの頂上――時間はドラえもんたちがこの世界に来た時。
「僕らが作った時間はここまでだ。
 あとは空間移動だけ……出木杉君!」
ドラえもんが合図を出す。
「パルキア、いけぇ!」
出木杉の声。
パルキアは呼応すると、ドラえもんたちのすぐ前を切り裂いた。
空間が切断され、黒い紡錘状の穴が宙に浮かぶ。

――『ゲーム世界入り込み機』は出たい時にボタンを押せばすぐ元の世界へ戻るはずだった。
ところが、どうやら故障していたらしく、元の世界へは帰らなかった。
そこでドラえもんたちは計画したのだ。
ディアルガ、パルキアを利用して元の世界に帰る計画を――

「タイムマシンみたいなものだよ。
 中は異次元で繋がっている。さあ、閉じる前に行こう!」
先導するドラえもん、それに続く子供たち。
最後尾の静香は一瞬後ろを振り返った。
ディアルガは力を尽くした様子でよろめく。
それでも、静香をしっかり見つめている。
その目線をしっかり受け取り、静香は穴へと入っていった。



全員が出てきたのは、のび太の部屋だった。
静香が降り立つと、切断された空間は元通りになり、跡形も無くなった。
「やっと戻ってこれた~」
のび太が万歳をして喜ぶ。
「いやはや、長い旅だったね」
ドラえもんはそう言うと、畳の上の『ゲーム世界入り込み機』を手に取る。
「全くもう……急いで返品してやる」
「でも、そんなに悪くなかったよな」
ジャイアンが笑いながら語りだす。
「やっぱ自分の力で育てるのはいいもんだぜ!」
「ふふ、戦うときもかなり迫力あって楽しかったよね!」
スネ夫が話に乗ってきた。
そうして、みんなはそれぞれの思い出を語っていく。

夕暮れ時、ようやくみんなは帰り始めた。
「じゃあな、のび太!」「いろいろと楽しかったよ!」
ジャイアンとスネ夫はそう言って手を振り、のび太の家を後にする。
「僕を呼んでくれてありがとう!
 いい思い出になったよ、のび太君。ドラえもんも」
出木杉は無邪気に礼を言うと、夜の迫る外へと出て行った。
「……じゃあ、また学校で会いましょう。のび太さん」
最後に、静香が扉を開けた。
のび太とドラえもんは顔を見合わせて、微笑み合う。
「大変だったけど、いい冒険だったね」

――冒険は終わり、何の変哲も無い日常が戻ってきたのだ。
たった五年間の平和が――



未来――2126年。
ドラえもんは未来デパートから出てきた。
「……おかしいなぁ。確かに未来デパートからだと」
「お兄ちゃぁん!」
空から黄色い二頭身、ドラえもんの妹であるドラミがタケコプタ―を使って降りてきた。
「やぁ、ドラミ。よく僕の居る所がわかったね」
地に降り立つドラミに、ドラえもんは声を掛けた。
「うん。航時局の人がタイムマシンを点検しに来て、その時たまたま聞いたの!
 お兄ちゃんがこっちに来てるって。いったい何があったの?」
「未来デパートにちょっと用が……でも変なんだ。
 『ゲーム世界入り込み機』って道具のお試し版が僕の所に来ていたんだけどね。
 未来デパートはそんなもの配達させていないし、そんな道具も無いって言うんだ。
 とりあえず欠陥があったから処分してもらったけど」
「あぁ~、じゃあまたお兄ちゃん、のび太さんたちに迷惑掛けちゃったんだ」
ドラミの言葉に、ドラえもんはムッとする。
「僕のせいじゃ無いよ!
 のび太君が勝手に始動させたから……全くあいつはいつも、何やっても――」
『また始まった』という様子で、ドラミは肩を竦めた。

「じゃあ、僕は帰るけど、セワシ君にもよろしく!」
ドラえもんはタケコプターを取り出す。
「伝えとく。暇が出来たらまたこっちに遊びに来てね!」
妹に見送られながら、ドラえもんは宙へ浮かんだ。

――丁度同じ頃だ。
この国の環境省が、南極で異常な生体反応を確認したのは――



のび太たちがポケモンの世界で冒険した記憶は、徐々に薄れていた。
みんな日常を満喫する中で、非凡な日々は遠のいていったのだ。
やがて、月日は流れていく。
気がつけば5年の歳月が経っていた。
そうして今――野比のび太14歳。

中学校の体育館裏。
のび太は思い切りど突かれて尻餅をついた。
「おい、のび太。どういうことだよ!」
目の前に倒れこむ友人を見下ろしながら、ジャイアンが怒鳴る。
「俺らともう付き合わないって!?」
すると、のび太はキッとジャイアンを睨みつけた。
追い詰められた小動物が見せる必死の目つきとよく似ている。
「あぁ、そうだよ。ジャイアン!
 僕ももう中三なんだ。遊んでいる暇なんか無い」
その気迫に押されながら、ジャイアンは少したじろいた。
「で、でもよぉ。別に絶交する意味はねえだろうが」
「いーや、そうはいかない! 僕の意志は固いんだぃ!
 僕はこれから必死で勉強する。君らがいると鬱陶しいんだよ!」
「な、何だとこの――」
再び殴りかかろうとするジャイアンを、後ろから手が出てきて抑える。
「ふふ、やめてあげなよ。ジャイアン」
そう言って出てきたのは、頭髪検査など気にもせずリーゼントヘアを通すチビ、スネ夫。
「どうせのび太のことだから、三者面談で何か言われたんでしょ。
 『今の学力じゃ、どこにも入れません』って――」
スネ夫とジャイアンの笑い声が響く中、のび太は肩で風を切りその場を去った。



ジャイアンかスネ夫が、のび太を貶してくる。
これは逃れられないスパイラルだった。
だから、のび太は決心したのだ――ジャイアンとスネ夫から離れようと。
そのため勉強を始めようとするが、当然うまくはいかなかった。
それがのび太の特性、学校のテストで順位が常に一番大きな数である事実は覆らない。
三者面談もボロボロ。先生から薦められたのは県下最低ランクの高校のみ。
だがダメだ。そこには――ジャイアンが来る。
いっその事私立に入る手もあった。レベルの低いとこならきっと。
だがダメだ。そこには――スネ夫が来る。
それ以前に親が反対してきた。『そんなお金無いから公立で我慢しろ』って。
こうして、運命はのび太を縛り付けていた。

夕暮れ時。
「ただいま~……」
のび太は自宅の扉を開けた。
返事は無い。代わりに台所から調理の音が聞こえている。
恐る恐る、のび太は台所の扉を開いた。
丁度その時、のび太のママ、玉子が振り向く。
「あら、帰ってたの? のびちゃん」
玉子は優しく微笑みかける。
そのおっとりとした表情に、のび太は一抹の期待を感じた。
(この様子はなかなか良さそうだ。今ならきっと……)
「あ、あのさママ。志望校をさ、せめて私立の方に」
ジャイアンよりスネ夫の方がマシ、そんな等式がのび太を愚かな行為に走らせた。
途端に変貌する玉子。その顔には鬼神が乗り移ったかのようだ。
「じょ、冗談だよ! ママ!」
のび太は急いで階段を駆け上る。



「ん、やぁおかえり」
のび太の部屋でごろ寝していたドラえもんは、上半身を起こす。
のび太は返答せずに、机に向かった。
「ドラえもん、何も聞かないでくれ!
 これから僕は勉強するんだ。僕の人生を素晴らしくするために!」
「……何も聞いてないけど。まぁ頑張りなよ」
そう答えると、ドラえもんは漫画を取り出す。
「くぅ~、ロボットは気楽で――おっと、僕もやらなきゃ!」

「ドラえも~ん」
机に突っ伏したのび太が、憐れな声を出す。
「僕を勉強出来る体にしてぇ~」
「……無理だね」
さらりと流され、のび太は膨れた。
やがて、ゆっくりと上半身を机から起こす。
のび太の目線はドラえもんに向けられた。
そこで一つの疑問が、突然浮かんでくる。
「あのさ、ドラえもん。君って……いつまでここにいるの?」

急にその場の雰囲気が沈み込む。
「その気になれば、今すぐにでも帰れるけど」
ドラえもんははっきりと言った。
「どうする、もういなくなってほしい?」
「な……そんなんじゃないよ! ただふと思っただけだって」
急いで首を横に振るのび太だが、だんだんその顔も俯いてくる。
「ただ、いつまでも君に甘えていちゃいけないなって思った」



ドラえもんは立ち上がり、のび太の方へ歩み寄った。
やけに真剣な顔つきでいる。
「どいて。のび太君」
「? どうしたんだい。ドラえもん」
「未来の世界に帰るのさ」
途端にのび太が顔を歪ませる。
「な、なに言ってんだよ。ドラえもん!
 僕はいなくなれなんて一言も喋ってないし、思っても」
その言葉を切って、ドラえもんが首を横に振った。
「君の言うとおりなんだ。
 僕がいつまでもここに居るわけにはいかないよ。
 君も、今度の8月で15歳なんだ。僕がいなくてもやっていけるはずだよ」
長年ドラえもんと行動を共にしてきたのび太だからわかる。
今話したことは全て、ドラえもんの本心だと。

「……絶対に帰らなくちゃなの?」
のび太は縋る思いで、ドラえもんに質問した。
ドラえもんは素直に頷く。
「出会いがあれば、必ず別れがあるものなんだ。
 僕が君に、永遠に尽くすことは出来ないからね」
「じゃあ、少し待ってよ」
そう言うと、のび太はドラえもんの目を見つめた。
「せめて、僕が高校に入学するまで居てくれないかな。
 その代わり、僕頑張るから。
 自分でやれば出来るって、君に証明したいからね」
すると、ドラえもんの顔が次第に綻んだ。
「うん」



「のびちゃーん、静香ちゃんが来てるわよー!」
階下で、玉子が呼んでいる。
のび太は首を横に傾げた。
「こんな時間になんの用だろう?」
兎に角、のび太は階段を降りていく。

玄関で、静香は待っていた。
「やぁ、しずちゃん。どうしたの、こんな時間に」
「のび太さん、大変よ!
 今日の帰り道、たまたま武さんにあったの。相当怒っていたわよ、貴方に」
その言葉を聞き、のび太の顔が蒼ざめていく。
「お、怒っていたって……どのくらい?」
「そりゃぁもう、金属バット振り回して『あいつをスクラップにする練習だ』って言うくらい。
 どうするの? 貴方多分――明日が命日ね」
静香の宣告が、のび太の心でこだまする。
「しずちゃん……教えてくれてありがとう。
 久々に、ドラえもんの道具をつかう事にするよ」



階段を登りながら、のび太はふと考えた。
(……僕、またドラえもんを頼りにしてるな。
 これじゃドラえもんの言った通りだ)
次第にのび太の足が重くなる。
(やっぱり、そろそろドラえもんと別れなきゃなのかな。
 そうしないと、僕は本当に自分で頑張れない……)
気がつくと、扉の前。
のび太は一呼吸ついて、扉を開いた。
「ドラえもん、ちょっと――」
「のび太さん! 丁度良かったわ、一緒に来て!」
突然、ドラえもん以外の声がのび太を呼び掛ける。
その声の主は机の引き出しから半身を出していた。
「ド、ドラミちゃん!?」
息を飲むのび太の前で、ドラえもんが立ち上がる。
「うん。のび太君も来たほうが良い。
 たった今ドラミが来たところなんだ。
 話は後でするよ。未来が大変なことになっているから」
そういうと、ドラえもんは引き出しへ向かう。
「さあ、のび太君も早く!」
ドラえもんに促され、のび太はついて行った。
引き出しの中には超空間が広がっている。
板の上に機材を乗せた簡素なタイムマシンが一つ。
そしてその隣にチューリップ型のタイムマシン。
そのチューリップが、ドラミの乗ってきたタイムマシンだった。
三人はドラミのタイムマシンに乗り込む。

ドラミが操縦桿を握り、タイムマシンが始動する。
「目標……2126年っと」



轟々と音を立てて、タイムマシンが動き出す。
「……ふぅ、久しぶりだな。タイムマシンに乗り込むのも。
 ところで、そろそろ話してくれないかな?」
のび太はドラえもんとドラミに向き合った。
「未来が大変なことになってるって?」
「えぇ、そうよ。
 未来である事件が起こってしまったの。しかもそれにはのび太さんたちが絡んでいるわ」
ドラミが淡々と説明した。
のび太は首を傾げるばかり。
「事件? 何で僕が絡んでいるのさ」
「ほら、10歳の頃だよ。僕らがポケモンの世界で旅した時」
ドラえもんが話をする。
「あの時、僕らはディアルガとパルキアを使って元の世界に戻った。
 『ゲーム世界入り込み機』は処分したけど、もうその時に問題は起きていたんだ。
 僕らが道具で作り出したポケモンの世界は、まだ残っていたんだよ。
 当然、ディアルガとパルキアも生きていた。
 そして来たんだ――こっちの世界に」
途端に空気が張り詰める。
「そ、それってつまり……」
のび太は恐る恐る目線を泳がし、ドラえもん、そしてドラミへ向ける。
「そう、未来でポケモンが発生しているのよ」
ドラミが事件の全容を語りだした。



「南極で氷付けにされた未確認生物が発見されたの。
 日本の環境省が最初に発見して、博士たちが日本へ運んだ。
 いろいろ研究されていたみたいだけど、その間にまた事件が起きた。
 ディアルガとパルキアのいた南極から、生物が次々と発生したのよ。
 その生物たちは異常な繁殖力で南極に住み着いた。
 さらにその生物は環境適応力が凄まじく、どんな場所でも住むことが出来るとわかった。
 ここまでわかる?」
ドラミは一旦言葉を切り、のび太を見つめた。
「う、うん。
 つまりその生物がポケモンなんだね」
「そういうこと。それで」「ま、待ってよ!」
話を続けようとするドラミを急いでのび太は制した。
「まだよくわからないんだ。どうしてディアルガとパルキアがそこに?」
「君も覚えているだろう? その二体の能力を」
ドラえもんが答える。
「『時間転移』と『空間転移』――これが二体の能力だ。
 これはタイムマシンにも備わっているって前に話したことあるよね?
 同じように考えれば良い。 ディアルガとパルキアは超空間を通って南極に来たんだ。
 時間と空間を越えてね。 だけど、恐らく出た場所が南極の永久凍土の中だったんだ」
「未来の博士たちもそれに気づいたの」
ドラミが話を取り次いだ。
「ディアルガとパルキアに備わった『タイムマシンに似た能力』。
 そこから仮説を立てて、さらに続々と発生する新たなポケモンにも結論付けた。
 彼らは凍土の中の穴を通ってこっちへ来てしまったのよ」



「……じゃあ、未来はどうなっちゃったの?」
のび太が質問する。
「今のところ、まだポケモンたちはそんなに繁殖していないわ。
 あたしがこっちへ向かう時、各国でポケモンの適応力に注目が集まっていたけど。
 そうやって世界中にポケモンが移り住んでも完全に広まるまで4~5年は掛かるはずよ。
 だから今ならまだ間に合うの」
「間に合うって……まさかポケモンを全て戻す気じゃ」
のび太は不満げな顔をして、ドラえもんに目を移す。
「僕の持っていた『ゲーム世界入り込み機』がわかればいいんだ。
 それを見れば、作られたポケモンの世界を消すことが出来る。
 ポケモンたちは存在出来なくなり、これ以上増えることは無い。
 その後は地道に減らしていくか、保護していくかはまだわからないけど――
 とにかく僕らは『ゲーム世界入り込み機』の情報を伝えに行くわけさ」
「もし見つからなかったら?」
素直なのび太の質問が、ドラえもんを翳らせる。
「探すか、デパートの処分履歴を見てもう一度作るしかない。
 で、でも安心して! 時間は掛かってもタイムふろしきとタイムマシンで元に戻れるから。
 ところでドラミ、どうして僕らの世界に来たんだい?」
「……ぇ? どういう意味?
 お兄ちゃんたちがポケモンの世界を作ったのは7月20日でしょ?
 この前こっちに機械を処分しに来たときそう教えて――」
「ま、待てよドラミ。いつの話をしているんだ?
 ポケモンの世界を作ったのは4年前の7月20日だぞ」



「そ、それホント!?」
ドラミが口調を荒げる。
「ホントだよ、ドラミちゃん。
 あれは確かに4年前の今日……あれ、もしかして連れてくる人、というか僕らを間違えた?」
「そんなわけ無いわ! タイムマシンにはちゃんと入力したもの。
 それについ最近点検があったばかり……ね、お兄ちゃん覚えているでしょ?」
ドラミはドラえもんに振り向いた。
その期待の目線に反して、ドラえもんは首を横に振る。
「僕の記憶だと、それも4年前だね。
 丁度僕が機械を処分した日に、ドラミの方から話してきた」
「そう、その後お兄ちゃんと別れて、それで家に帰ったの。
 そうしたら環境省から連絡が入ってお兄ちゃんを連れてくるように言われて」
「つまり君は――」
ドラえもんがドラミの言葉を切って結論する。
「4年前の僕と出会ったんだ。
 ここにいるのは4年後の僕とのび太君だよ。
 ほら、のび太君も中学三年生なんだ。背が伸びてるでしょ。顔はあまり変わってないけど」
「ふん、どうせ童顔だよ!」
のび太はムッと一言吐き捨て、それからドラミに向き合う。
「それで、いったいどうして僕らの世界にくることになったの?」
「それは……まだよくわからないけど」
何度もタイムマシンの設定画面を確認しながら、ドラミは言った。
「もしかしたら超空間自体が歪んだのかも――! 着いたわ!」
空気が抜け出るような音が、辺りに響く。
光が包み、タイムマシンは超空間を抜けた。



出てきたのは、セワシの部屋。
高層ビルの一室だ。
降り立った三人は真っ暗な室内を見回す。
「セワシさーん!」
ドラミが叫ぶが、返事は無い。
「どうやら留守のようだね」
ドラえもんが赤外線の入った目で辺りを探った。
「変ねぇ、暇なときはいつもそこらへんで寝ているんだけど……」
ふとドラミが呟いた言葉に、のび太の血筋が端的に現れていた。
(全く、しっかりしろよ。僕の子孫)
ふてくされて、のび太は窓の外を見つめる。
その時――見えた光景によってのび太は口をあんぐりと開けた。
「ね、ねぇドラえもん! あれ見てよ!」
慌しく、のび太が窓の外を指差した。

夜の外では、カラスが飛び交っている。
しかもただのカラスではない。
頭の羽が、草臥れた山高帽の形をしている。
その体も普通のカラスとはかなり違っていた。
「あ、あれはヤミカラスだよ! ポケモンの!」
「ちょっと待って!」
そう一声告げ、ドラミは窓へ近寄る。
右から左へゆっくりと目を向け、やがて顔をしかめる。
「そんなバカな……」
そう呟くと、ドラミは二人の方を向いた。
「おかしいとは思ったけど、タイムマシンは目標より4年進んだ世界へきたみたい。
 ここは私の世界から4年後――もうポケモンが日本まで侵食してるわ」



環境省内――
ここは一日中開いている。
「じゃ、のび太君はここに居てね。僕らは奥で話しつけてくるから……」
ドラえもんはそう言い残すと、のび太を広間に残してドラミと共に行ってしまった。
ポケモンが繁殖してしまったことはさておき、例の道具について話してくるらしい。
最も、この世界では4年前の話。通じるかどうかは賭けだが。

椅子に座ってぼんやりしているのび太の目に、ちらほらと色んなものが見えてきた。
ポケモンたちが人に連れられて省内を歩いている。
のび太と同じようにぼんやりとして動かないポケモン、逆に忙しなく動いているポケモン。
今まで架空の世界の住人であったものが、現実として現れている。
改めて、のび太はぞっとした。
(僕は……大変なことをしてしまったんだ。
 そう、歴史を変えてしまうくらいの大事を……)
にわかに湧いてきた罪悪感から逃げるように、のび太は目線を動かす。
やがてそれはドラえもんたちの向かった通路に向けられた。
(あれ?)
黄色い体が一瞬見えて、通路の脇に消えた。
(ドラミちゃん……かな?)
だけど、少しのび太は考えた。
ドラミとドラえもんは少し前に通路へ向かったはず。
それなのにまだ通路にいるはずがない。
そう結論がつくと同時に、奇妙な感覚を感じた。
無邪気な探究心が、体中を駆け巡る。
好奇心に駆られ、のび太はその通路へと吸い込まれるように向かっていった。



通路の奥には大きな引き戸がある。
それだけしか無かった。
(……あれ、でもさっきはここで脇に曲がったような)
のび太は首を傾げて辺りを見回した。
白い壁がのび太を挟んでいるだけ。
ますます不思議に思い、のび太はその壁を確かめた。
触れてみると、ひんやりとした感覚が伝わってくる。
少し押してみたが、びくともしない丈夫な壁だ。
「おっかしいなぁ」
更に調査を続けていくうちに、だんだんとのび太の体は引き戸へ近づいていった。
それでも、諦めの悪いのび太は調べ続ける。
もうじき体が引き戸に辿り着いてしまう、その時。
引き戸が重たい音を立てて開き始めた。
「ま、まずい!」
のび太はついしゃべったと同時に、壁の変な窪みを押す。
途端に壁がくるりと回り、のび太を奥へ引き込んだ。
「う、ぅわ!」
とのび太が慌てふためいているうちに、壁はまた閉じてしまう。
壁の奥の暗闇の中で、のび太はぽつんと佇む。

「ん? 今誰かいたような……気のせいか」
そう呟くと、ドラえもんは引き戸の奥へ向く。
「おい、ドラミ。早く戻ろうよ。
 のび太君が心配しているに違いないからね」
「うん、わかった」
引き戸からドラミが姿を現した。
脇の壁の中にいる人物を求めて、広間へと向かっていく。



徐々にのび太の目が暗闇に慣れてきた。
「階段だ……」
足元を確かめると、そこには地下へ続く段差が見受けられる。
どうやらこの隠し扉の向こうは地下のどこかへ繋がっているらしい。
多少怯えながら、のび太は慎重に階段を降りていった。
足元は暗いためよく確かめないと落ちてしまう。
そのため足取りもゆっくり、おとなしくなっていた。
下るうちに、次第に周りが明るくなってくる。
(この下に……光るようなものがあるのかな?)
思考を巡らしていると、ついに階段が終わった。
目の前には黒い扉があり、隙間から青白い光が漏れている。
取っ手を見つけると、のび太はつばを飲んでそれを握った。
黒い扉は慎重に開かれる。

その部屋には誰もいなかった。
奥の壁には大きなコンピューターがあるが、それ以前にのび太の目を引くものがあった。
「ディ、ディアルガ……それにパルキアも!?」
のび太は急いで、二体が入っている管に駆けて行く。
二体は緑色の液体に入れられ、目を閉じたままぴくりとも動かない。
その威圧感のある体をのび太は恍惚して見ていた。
そ~っと、その管に触れてみる。
温かい、生物に触れたような感覚が掌に広がる。
「まだ生きてるんだ……」
のび太は直感した。
南極に4年間も氷付けにされて、それでもなお生き続けていたのだ。
嬉しさに似た気持ちをのび太は感じる。



名残惜しそうに、のび太は管から手を離した。
(そろそろ戻らなくちゃ)
そう思ってのび太は出口を振り返る。
だが、そこに丁度誰かがやってきた。
のび太は気づいたが、隠れる間も無く黒い扉が開かれる。
出てきたのは白衣の男一人と警備員らしき男二人。
「だ、誰だ君は!?」
白衣の男が声を荒げた。
何とか対処しようと、のび太は口を動かす。
「あ、あのそのこれは――」
「おい警備員! 捕らえろ!」
のび太の努力空しく、白衣の男は警備員を使役する。
警備員の一人は前に出て赤と白のボールを投げた。
(あ! モンスターボールじゃないかぁ)
羨ましそうにのび太が目を向けているうちに、橙色のポケモンが繰り出される。
「ガーディ! あの少年を捕らえるんだ!」
片方の警備員が指示を出す。
呼応するように吠えて、すぐにガーディはのび太の方へ駆け出してきた。
「う、うゎああ!」
すっかり動揺して叫びながら、のび太は管の方へ走ろうとした。
しかし、突然の騒音が行動を止まらせる。
何かのブザーが鳴り、室内が赤く照らされた。
ふとコンピューターを見ると文字が書かれていた。
――侵入者――と。
一瞬自分のことかとのび太は思ったが、すぐに違うとわかった。
地下室の壁が爆音と共に砕かれたからだ。



「な、なんだいったい!?」
警備員たちも動揺している。
この世界の住人が動揺している中、のび太の思考もただではすまない。
完全に混乱していた。
地下室の壁に出来た大穴には、鎧のような皮膚とドリルを持つポケモン。
ドサイドンが一体だけいる。
(あ、あの一体でこんな大穴を――!?)
のび太が驚くのも当然だ。
地下室の壁はドサイドンの身長の5倍はある。
その高さに及ぶ大きな穴を一体で開けてしまったのだから。
「くそ、ガーディほのおのキバだ!」
警備員が命令し、ガーディがドサイドン目掛けて牙を燃やし突撃する。
一瞬炎が閃き、ドサイドンの腹に橙の炎が舞い上がる。
ガーディは確かに相手の腹に噛み付いていた。
炎が二体を包んで燃え盛る。
やがて、火が消えてガーディは相手と間合いを取った。
その行動に反して、ドサイドンは極めて何事も無かったかのようだ。
「な、ダメージがほとんどない!?」
愕然とする警備員の声。
「ドサイドン、ロックブラストだ」
穴の奥から声が聞こえ、ゆっくりとドサイドンの腕がガーディに向けられる。
ガーディは必死に逃げようとするが、その行く手ごと岩の塊が多数発射された。
風を巻き起こす勢いで、ガーディは岩ごと壁に叩きつけられる。
鮮血がその場に飛び散った。
「ガーディぃぃ!!」
駆け寄る警備員の前で、ガーディはがっくりと項垂れる。



「ストーンエッジ」
再びドサイドンへの指示。
ドサイドンは仰角に岩石を打ち込み、それが白衣の男たちに降りかかる。
白衣の男と一人の警備員は急いで扉から逃げたが、一人は残った。
さきほどガーディに駆け寄った警備員だ。
「ガーディ! しっかりしろガーディ!」
警備員の悲痛の叫びが聞こえてくる。
しかし、岩は勢いをとめることなく警備員に降り注いだ。
あっという間に入り口周辺が岩に埋まる。

のび太は麻痺したかのようにその岩を見つめていた。
先ほどの警備員の言葉が頭の中で反芻する。
さっきまで叫んでいた人が、助けようとしたポケモンが、今は岩の下に埋もれている。
恐らくもう助からない。
(死んだんだ――)
そう考えると、のび太の体に悪寒が走った。

ドサイドンが赤い光に包まれ、穴の奥に消えた。
「サイコキネシス」
穴の奥の人物、ドサイドンを操っていた人物が別のポケモンに命令する。
ディアルガとパルキアの入った管が光り、宙に浮かんだ。
その質量をまるで感じさせず、二本の管は穴へと飛んでいった。
上の空ののび太の横で。



しんと静まり返った室内。
のび太はふと、大きく開けられた穴を見つめた。
(あそこに入ったら、ここから離れられるかな)
今ののび太の考えていることは唯一つ。
ここから離れることだけだ。
ディアルガとパルキアは恐らく極秘に扱われていたのだろう。
それが連れ去られた場にいれば、のび太は間違いなく疑いがかかる。
しかし、そんなことはあまりよく考えていなかった。
ただ、あの岩から離れたい。
あの入り口に山積みにされている、人の命を奪った岩から一刻も早く。
(でも、その岩で人が死ぬ原因を作ったのは――)
負の意識がのび太を蝕む。
自分のせいなのだ。それは言い逃れ出来ない事実。

気がつくとのび太は穴へ入っていた。
徐々に角度がつくところを見ると、どうやら地上にたどり着けるようだ。
でも、のび太の足取りはだんだんと重くなる。
考えがどんどん落ち込み、自分のしでかした失敗が重みとなっていた。
そしてその罪悪感から逃げたい思いも強くなった。
「……?」
急に土じゃない何かを踏んだ感触がして、のび太は下を向いた。
赤い下地に時計の模様が描かれている――タイムふろしきだ。
途端にのび太の脳が、私利私欲のために指令を出す。
欲望のまま、のび太はタイムふろしきを被った。
時の流れはすごいもので、4年もあれば人は変わるものだ。
年を取っても変わるのだから、若返っても変わる。
どうして自分が無事なのか、どうしてタイムふろしきがあるのかは考えなかった。
4歳若返ったのび太がそこにいた。




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