ドラえもん・のび太のポケモンストーリー@wiki

挑戦者 その16

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陽光が東から空を染め上げる。
深い藍色が淡く――

ユリとハヤトは町のゲートに着いた。
「ここが、どうやら最後のジムのある町らしいな」
ハヤトがゲートを見上げながら言う。
だけど、ユリの返事はない。
ハヤトは首を傾げる。
「どうした?ユリ」
「……うん、ちょっと。
 あのさ、ハヤト」
ユリは顔を上げ、溜め息をつく。
「どうしてボクたちこんな旅しているんだっけ?」
一瞬、ハヤトは眉を吊り上げる。
「そんなもの……ドラえもん殿に頼まれたからだろう。
 俺は、自分の敵だった奴らが相手にいるから旅している。
 そしてお前は本物ののび太殿として旅に出るように頼まれたと」
「でも、別にボク一人いなくても、ドラえもんたちは大丈夫なんだよね」
思いつめた様子で、ユリは話していた。
「のび太はドラえもんが探すって言ってたし。
 ボクが旅をする意味なんてもう」
「どうしたんだ?ユリ。お前らしくない」
さすがに心配になってきたハヤトが声を掛ける。
「……ボク、そろそろ降りていいかな。この旅から」
口を挟もうとするハヤトを無視して、ユリは告げる。
「ここ、ちょうど……ボクのいた町だから」



町へ入っても、二人の間は間隔が空いていた。
「なぁ、どうしてそんなこと思うようになったんだ?」
ハヤトはなるべく明るく話しかけた。
「今までそんなこと思わずに、普通に旅してきたじゃないか!
 それなのになんで」
「ボクさぁ、そろそろ家に帰りたいんだ」
話を折られたハヤトは、決まり悪そうに口を噤む。

ハヤトも話だけは聞いていた。
ユリがドラえもんに頼まれてのび太の代わりをやらされていたこと。
その頃は、ユリも好奇心でものまねしていた。
けど、いきなり親元を離れて旅に出ることになったのだ。
当然悲しくもなってくるだろう。

「それなら家に帰ってみればいい」
ハヤトの言葉に、ユリは耳を疑った。
「え?」
「その代わり、絶対戻って来いよ。
 ジム戦を終えることが、ドラえもん殿との約束だからな」
ユリは暫く呆然としていた。
だんだんと、その顔に笑みがこぼれる。
「ありがと!」
軽快にユリは駆け出していく。
ユリの背中を見ながら、ハヤトは自然と微笑んでいた。



のび太たちの町――
ドラえもんはようやく、のび太の家に到着する。
「ふぅ~、キャモメがこんなに遅いとは思わなかった」
ぐったりとしたキャモメをボールに収め、ドラえもんは玄関を開ける。
「ただいま~」
返事は無い。
(……当然か。この家にはもう誰もいない。でも、何か引っかかるなぁ)
ドラえもんは暫し唸り、やがて気づく。
ハッとして振り向く町並みは、とても静か。
いや、静かすぎるのだ。
(町の……町の人たちは!?)
ドラえもんは大慌てで飛び出した。
人っ子一人見当たらない町へ。

どっと疲れた様子で、ドラえもんは家に戻る。
(そんな、誰も残っていないなんて……
 いったいみんなどこに?どこに消えたんだ!?
 まさかポケモンに……いや、だったら町も破壊されているはず)
あれこれ考えている内に、のび太の部屋に到着する。
その時、とある機械がドラえもんの目に映る。
タイムテレビが、部屋の隅に置かれていた。
「!!そうだ。これに何か映っているのかも?」
ドラえもんは希望を持って、タイムテレビを起動する。



ドラえもんは、タイムテレビを『モテ夫の帰った日』に合わせる。
その時点では町に人々がいたはず。
モテ夫には、『もし町に人がいなかったらすぐに戻ってくるように』と約束しておいたからだ。
「これで……よし!」
タイムテレビが映像を映し出す。

その場にいたのは、義雄、ズル木、金尾、そしてモテ夫。
どうやらモテ夫は何か反抗している様子だ。
そんなモテ夫の前で、義雄たち三人は各々武器を取り出し――

「ぅゎぁ……」
ドラえもんは思わず口を手で抑える。
ロボットに『吐く』ことは出来ないが、人間に似せて造られているためにそんな動作をしたのだろう。
人間なら誰でもその動作をしてしまうほど、その光景は凄惨だった。

血飛沫が飛び交い、悲鳴が轟き、骨が砕ける音。肉がはがれ、そして断末魔の叫びは消える。

ドラえもんの開いた口が塞がらない。
(ああ、どうしよう!どうしよう!
 死人が出ちゃったぁぁ、僕の道具で……ぁあ、 やっぱり僕は今ここでおっちんで清算を……
 あれ、そういえばここは僕の道具が創った世界だったな。
 ……!!そうか、まだ希望はある!!
 現実の世界に戻ってタイムマシンを使って道具の発動を止めればいい!!)
次々と表情を変化させていったドラえもんは、最終的に困った顔で留まる。
「でも、いったいどうやって……モテ夫君が死んだと言うことは……
 のび太君。そうだ、やっぱりのび太君を探すのか。それしかないんだ」
ドラえもんは溜め息をつき、再び画面に没頭する。



タイムテレビを何日か進めると、また例の三人が現れた。
困り果てた様子だ。顔も幾分痩せこけている。

(そういえば町に置いてきたグルメテーブルかけとかの道具は数が少ないからな。
 なかなかみんなに行き渡らせるのは難しいことだったか)
ドラえもんが暫く危惧している内に、事態は急変する。
「な、何だ!?何だ!?」

画面に映ったのは、のび太の部屋の窓から入る男。
アカギだ。
アカギは三人と話している。
その内容は、『この町の住人をギンガ団に招待する』というもの。
最後にアカギは『出木杉』の名前をあげる。
義雄、ズル木、金尾の歓喜の声。
三人は急いで階下に降り、アカギも窓からドンカラスに乗る。

「空間移動、空間移動っと」
ドラえもんはタイムテレビを操作し、空き地を映す。

『G』の紋章が入った飛行艇。
それに乗り込む子供たちの大群。

ドラえもんは全てを察した。
この町の子供たちは自らギンガ団の所へ行ったのだと。



ハヤトはポケモンセンターで一休みしていた。
ユリはまだ戻っていない。
「ユリめ、ばっくれたな……」
ハヤトが椅子にもたれながら愚痴を呟いていた時だった。
「やぁ、あんちゃん!」
不意に声を掛けられハヤトは振り向く。
顎鬚をたんまり蓄えた大柄の男。
「確かユリちゃんと一緒にこの町に来たよね」
男は愛想良く話しかけてきた。
ハヤトは警戒を解かないまま頷く。
「いや、なに。ワシはユリちゃんの両親と仲がよくてね。
 よくユリちゃんとも話していたんだ」
男はハヤトの隣に腰を降ろす。
強烈な体臭に、ハヤトは顔をしかめる。
「……何のようがあるんです?
 ユリは今いませんが」
「ああ、礼を言おうと思ってね。ユリをこの町に連れ戻してくれて」
ハヤトは首を傾げる。
「どういう意味です?」
すると、男は少し目を見開いた。
「おんや、聞いてなかったのか。ユリから……まああの年頃の娘はそんなもんか」
男の曖昧な言い方が、ますますハヤトの不安を募らせる。
「いったい何があったんです!?どうしてユリを連れ戻して感謝され」
「お、落ち着けあんちゃん!放してくれたら話してやる、なんちって。
 いや、本当に話すから、話すから!」
男は慌ててハヤトの手をどけると、咳払いする。



ユリはこの町で『ものまね娘』として人気者だった。
ユリはそれが気に入っていて、よく人々を楽しませていた。
だけど、ユリの両親はそれを快く思っていなかった。
ある日、ユリは両親と喧嘩して、家を飛び出した。
それ以来ユリは姿を見せていなかった。

「……と、何日もたって、あんちゃんがユリちゃんと共にこの町にきた。
 だからあんちゃんにお礼を言っているわけよ。ユリを連れ戻してくれてありがとうって。
 ……おい、あんちゃん!?きいてるのか?」
男には悪いが、ハヤトは呆然としていた。
ユリの話と違うが別に隠していてもおかしくは無い。
「ユリちゃん、家に向かったんだってな。
 多分両親に謝ろうと思ったんだろう。かわいそうに」
途端に、ハヤトが反応する。
「『かわいそう』?何で?」
「なんでぇなんでぇ、そんなことも知らないで――おい、ひげを掴むな!話すから!
 ……ユリの両親は、ユリがいなくなった後に死んだんだよ。
 ロケット団らしきマフィアに殺されて」
ハヤトの耳の奥で、言葉が反芻される。
考えるより速く、ハヤトはセンターを出ようと駆けt
「おーい、あんちゃん!」
ハヤトの後方で、男が叫ぶ。
「ユリちゃんの家はショップの真裏だよ!」
ハヤトはその言葉を一気に頭の中にいれ、センターを飛び出した。



息を切らせて、ハヤトはユリの家につく。
呼吸を無理やり抑えて、中に入る。
玄関の扉は開いていた。
震える手で、ハヤトは電灯をつける。
パッと、光に満たされた室内には、誰もいなかった。
ハヤトは奥へ進み、リビングへ到着すると「あっ」と息を飲む。

床一面が黒の斑で染められている。
それは鼻を突く生臭い匂いを発していて――血痕だと、ハヤトはようやく理解した。
テーブルの上にピッピ人形や、他にも色々置かれていて
その全てがバラバラにされてある。
散らばり、砕け、千切れ、割れ――おぞましく思える。
壁にも、床にも傷がついてある。
この家の住人が抵抗したのだろう。少なくとも、暴れていたのは確か。

ハヤトは言葉を失った。
やがて開いていた口を噤むと、家を出る。
気持ちを落ち着かせるように深呼吸をして、道行く人に尋ねる。
「あの、すいません。ユリを見ませんでしたか?ここの家に住む」
「ああ、ユリちゃんね!知ってるわ!」
話しかけられたおばさんは、今のハヤトの心情とは不釣合いに大きく朗らかな声質で答える。
「さっき墓地のほうへ行くのを見たわよ。きっとお参りするのね」
ハヤトは礼をいい、再び駆け出す。

辺りは暮れなずむ夕日に照らされ、血のように赤く輝く。



墓地へ着く頃には日は沈んでいた。
月と星に照らされる世界は、昼間と比べるとあまりに青白く、儚く見える。

「ユリ!」
ハヤトは墓地に入ると叫んだ。
ユリを探して、キョロキョロと辺りを見回す。
呼びながら歩いていると、ユリはすぐ見つかった。
墓の前で体育座りしている。
その顔は悲しんでいるとも、微笑んでいるともつかない表情。
何も無い、無表情だと言ってしまえばそれで終わってしまう。
でも本当はあまりにも多くのことをしまいこんでいるような表情。
「ユリ……すまん」
ハヤトは頭を下げる。
「俺、お前のことをあまり考えていなかった。
 お前が両親と喧嘩していたことも知らなかった。
 もし、俺がお前ともっと話していれば、お前一人家に行かすことはなかったと思う。
 お前一人だけで……その、辛いことを背負わせることにさせて、それで」
「ボクのお父さんはね……」
おもむろにユリが語りだす。
「昔はとっても優しかった。
 ボクのものまねを見て、いっつも笑ってくれたの。楽しんでくれたの。
 でも、なかなか会えなかったんだ。仕事が忙しくて。
 ……だからボクは自分のことを『ボク』っていうことにした。
 いつでもお父さんのものまねをしている、そう考えると気持ちが安らいだんだ~」
ユリは少し首を上げ、墓を見上げる。
両親の墓を。



「……ものまねを、するときはね。
 それになりきることから始まるの。心をものまねしたいものに切り替える。
 そうすると、どんな人にも、どんなポケモンにもなれて……楽しかった。
 でもね、ある日お父さんが帰ってきたの」
「ユリ……」
ハヤトは口を挟むが、ユリは無視して話を続けた。
「ボクはいつものようにお父さんのものまねをしたの。
 お父さんが帰ってきたときはいつもする行事だった。
 でね、そしたら……お父さん、怒っちゃった。
 『いい加減にしろ!いつまでもそんなことやってるな!』って……」
ユリは瞬きをして顔を膝に埋める。
「……ユリ、もういい」
と、ハヤトは声を掛けたが、ユリはまた話し出す。
「悔しかった……
 いつも楽しんでくれていたお父さんが、急に、急にものまねをするなって。
 ボクは必死で説得したんだ。お父さんに、わかってもらおうとして……
 でも、お、お父さんに怒鳴られた。
 『人の真似ばっかしているのは、いつまでも嘘をついているのと同じだ!
  そんなんじゃ友達とか恋人だってできやしない』って。
 そしたら、何にも言えなくなって……」
「おい、ユリ!もういい、話すな!」
ハヤトはユリの腕を掴むが、ユリはその手を払いのける。
「気がついたら、い、家を飛び出してて……
 道を彷徨ってたら突然、あ、青いダルマみたいなのが飛んできて、それがドラえもんで」
ハヤトは無理やりユリを掴み、引っ張ろうとする。
だけど、ユリは抵抗してきた。
キッと、輝く瞳でハヤトを睨みながら。



「ちょうどよかった。よかったのよ!
 何かよくわからないけどずっと憧れてたポケモントレーナーになれて!!
 適当にのび太ってのをものまねしてたらそれだけで
 あ、あんなムカつくお父さんのことなんかすっかり忘れられて!!
 ……でも、だんだん怖くなって。
 お父さんも、お母さんも、ボクが勝手に家を出て行ったことを怒っているだろうな。
 そう思うと急にいやな気分になった。気持ち悪かった。
 この町に着いたから、謝ろうって急いで家に帰った。
 やっと苦しみから抜け出せるんだって思って嬉しくてそしたら……そしたら」
ユリは言葉を詰まらせる。
嗚咽をもらし、顔を涙でぐしゃぐしゃにして――

ハヤトはもう一度、祈る思いでユリの腕を掴む。
「帰るぞ、ユリ。もうわかったから、お前の言いたいこと」
それでも。やっぱりユリは動かない。
立ち上がってはいるものの、俯いて動かない。
「ハ、ハヤトに……」
ユリは震える声でまた喋りだす。
「ハヤトに何がわかるのよ!!
 ボクがどれほど辛かったか、苦しかったか、悔しかったか……
 その上わけわかんない奴らに両親殺されて!! そんなボクの気持ちをどうして!!」
「いい加減にしろ!」
フッと、ユリの頭を父親の姿が過ぎる。
今のハヤトの姿が、ユリの思い描く父親と重なった。



ハヤトは一呼吸入れて、話し出す。
「人の考えていることなんて誰にもわからないさ。
 ……でも、お前がとんでもなく苦しんでいることくらいわかってる」


ユリはハヤトの言葉を聞いて、ふと思った。
自分はものまねをするとき、苦しんでいた。
自分を隠していることに嫌悪感を感じていた。
表向きは違っても心のどこかでそうだったのかも知れない。
そして、お父さんはそれを知っていたんじゃないか。
知っていたからこそ、自分を叱る事が出来たんじゃないか、と。

気がつくと、ユリがハヤトに抱きついて泣いていた。
口を押し付けて声を潰そうともがいて、でも結局大声が漏れて。
そんなユリを、ハヤトは引き剥がした。
「――?――!?」
「ほら、速く帰るぞ!
 たく、着物を濡らすなっての。高いんだぞこれ!」
そう愚痴をこぼしながら、ハヤトはユリの手を握る。
ユリがぽかんとしている間に、ハヤトはズンズン先導していった。

翌日
ユリはジムリーダーのイブキと戦った。
そこでピッピの『ゆびをふる』が、奇跡の氷技三連発を繰り出し、ドラゴンポケモンを潰して見事勝利した。
イブキから渡されたバッジを手に、ユリはハヤトと共に町中を行く。
これで四つ目のジムバッジをゲットした。
これでしばらくは休養してもいいのだろう。



ロケット団支部――
「出木杉さま~、三人目です~」
メソウが慌しくモニター室に駆け込んでくる。
「へえ、今度は誰だ?」
出木杉は待ちわびた様子で質問した。
どうやらすっかり楽しみになっているようだ。
「え~、今度はユリって女の子です~。
 残ってるのは剛田武だけです~」
「そうか、ついに終わりか。くく、長かった」
出木杉は含み笑いを堪えて、メソウを退室させる。
「……しかしサカキが警察に捕まったことは痛いな」
少し残念そうな顔をしながら、出木杉は指の爪を噛む。
「あのポケモンのことをまだ聞いていなかった。
 だが僕がいくのも面倒だ。さて、どうするか……
 ……や~めた。考えるの面倒だ」
出木杉は伸びをしてモニターをつける。
映し出されたのはアカギ。
「は、出木杉さま!突然何用で?」
「準備は整っているのかい?」
間髪いれない質問に、アカギは暫く考えてから頷く。
「できてはいます。関係者の方々もすぐに賛同してくれましたから」
それからも計画の進み具合を幾つか確かめ、出木杉はモニターを切る。
一人、出木杉は笑っていた。
「くく、祭りが始まるよ……」



まだ日が昇って間もない時頃。
辺りの草には霜が降り、地面は白く染められている。
空気は冷やされ、霧が微かに漂っていた。

ジャイアンはテントから出て、伸びをする。
「~~っ、さ、さみ~!! 
 どうなってんだ?進む度に寒い場所へ近づいているみてぇだ……」
震えながら、ジャイアンはテントからココドラを担ぎ出す。
‘!?ぅお、寒、さ――何しやがる兄貴!!’
訴えかけてくる目つきのココドラを無視して、ジャイアンはココドラを地面に落とす。
「さ、さあ走るぞ!ココドラ!!」
ガチガチと歯を鳴らしながら、ジャイアンは意気込んだ。

そうしてジャイアンとココドラがランニングに行った後。
思いつめた表情のスズナが、テントから出てきた。
紙を持ったままジャイアンのテントへ入る。
……暫くして出てきたスズナは、辺りを見回した。
霧が立ち込めているが、見える限り誰もいない。
それを確認して安堵したスズナは、そっとその場を後にする。
だんだん歩調を速め、駆けて行くスズナの背中は震えていた。



ジャイアンはランニングの最中、ゲートに辿り着いていた。
「……ここが次の町か」
大分暖まったジャイアンは、ココドラと共にゲートを潜る。

雪が積もる真っ白な山々に、囲まれた町。
道には霜が張り、建物の屋根にも雪が積もり――
目に映るものはほとんど純白に彩られていた。
静かで、どこか寂しい風景。
まだ早朝だからだろうか、人々の姿は見当たらない。

ジャイアンは辺りを眺め回しながら先へ進む。
時々地面に張った霜を踏むと、心地よい音が微かに響く。
その音が妙に気に入り、ジャイアンは歩を進めていった。
「……おぅい、あんた!」
ふと声を掛けられ、ジャイアンは右を向く。
民家の扉を開けて、老人が手招きしていた。
「あんた、何という格好でこの町にいるんじゃ。寒いじゃろう!
 ほれ、早く家に入れ」
「へ?」
ジャイアンは首を傾げる。
「着る物をあげると言うとるんじゃ!」
そう言うと、老人は節くれだった手でジャイアンを掴む。
引っ張られるままにジャイアンは家へと入っていく。
‘お、家の中だ。やった’
寒さで震えていたココドラは意気揚々とジャイアンの後を追う。



「……ほれ、これ」
老人はクローゼットから黒いコートを取り出す。
「お、おう、ありがとう」
ジャイアンは戸惑いながらコートを受け取った。
「……なぁ、おっさん。
 どうしてコートなんかくれるんだ?」
ふと疑問に思ったジャイアンがコートを羽織ざまに質問した。
「なーに、簡単なことじゃ。
 この町には子供が少ないからよ、子供は大切にせにゃならん。
 オレらの風習じゃ。そげに気にせんでもええ。
 ほれ、そこに椅子があろう。少し休んでいくとええ」

暖炉に火が焚かれると、ココドラが真っ先に近寄ってくる。
‘あ~、暖けぇ~’と言うふうに、ココドラは目を細めた。
「……ところで、あんたは何でこんな町に来たんじゃ?」
老人はきせるを吹かしながらジャイアンに話しかけた。
「ああ、俺はジムに挑戦しに来たんだ!」
すっかり温まって元気を取り戻したジャイアン。
「ジム……ああ、あそこのことか。
 ……じゃが、確かジムリーダーは不在と聞いとるが?」
「え!?」
ジャイアンは驚いて声をあげる。
「じゃ、じゃあジムリーダーはどこへ行ったんだ?」
「あぁ、確かポケモン収集に行ったきりじゃった。
 いつものこと何だがよ。あの元気のええ娘っ子には」



「娘っ子……てことは、ジムリーダーは女なのか」
「そうじゃ。髪を二つに編んでおってな。
 それを引っ張ると血相変えて暴れだすんじゃ。ほんに元気のいい」
「な!?……」
ジャイアンは唖然として口を挟む。
その脳裏に映った姿を、頭を振って消し去ろうとする。
「ど、どうしたんじゃ?あんた。いきなり――」
「あ、ああ悪いおっさん。俺、もう行くよ」
ジャイアンは笑いを作り、ココドラを抱える。
‘も、もうお戻りですかい?!’
動揺するココドラを抑え、ジャイアンは駆けて行く。

霧は晴れたようだ。
でも陽光は雲に遮られて、僅かしか地面に届かない。

息を切らせて、ジャイアンはテントへ戻ってきた。
暫し呼吸を整えて、ココドラを降ろす。
‘突然なんだよ兄貴。いったい何を’
ココドラは非難の目を向けていたが、ふと息を呑む。
その間にジャイアンがスズナのテントに入っていった。
‘……ああ、兄貴。ついに強行手段に出たか。
 まあ確かにスズナの容姿は魅力的で麗しくてさらに’
「くそ、いねえ!」
ジャイアンが舌打ちしながらテントから出てくる。
‘残念だったな!’
と言うような慰めの目を向けるココドラには目もくれず、ジャイアンは自分のテントへ入る。



‘……兄貴出てこないなぁ’
しばらくジャイアンを待っていたココドラだが、耐えかねてテントへ入っていく。

ジャイアンはテントの中であぐらをかいていた。
その手には紙が握られている。
‘……兄貴何してんだ?なんか微妙に震えているような……ん?あれは?’
ココドラの目線の先で何かが煌いた――

ジャイアンの持っていた紙には、スズナからのメッセージが書かれていた。
それを読み終えると、ジャイアンは溜め息をついて紙を置く。
ボーッとしているジャイアンの元へ、ココドラは寄って来る。
ココドラは何かをくわえていた。
‘兄貴~これ落ちてたよ’
素朴な目でココドラはジャイアンを見つめる。
そしてジャイアンの手に、ポロリとそれを置く。

ジャイアンは自分の手に置かれたものを見た。
――バッジだ。
空虚な目で、ジャイアンはそれを見ていた。

ココドラは首を傾げながら、ふと、ジャイアンの置いた紙に目をやる。

[武へ。
 今まで黙っていたけど、あたしはこの先の町のジムリーダーなの。
 だけど、あたしはあんたとは戦いたくない。
 バッジは置いておくから受け取って。
 そうすれば、ジム戦をする必要なんて無くなるから。
                              スズナより]



‘……読めねぇ’
ココドラは肩を落とした。
すると、その視界にジャイアンの手が入る。
今しがたココドラがバッジを置いたほうの手。
それはバッジを包み込み、拳となっていた。
微かに震えていて、怒っているような、悲しんでいるような――

ジャイアンが勢いよく立ち上がる。
弾みでココドラが転げ落ちた。
何か訴えかけてくるココドラを一瞥して、ジャイアンはリュックを持つ。
まず、自分のポケモンを確認する。

元はジャイ子のポケモンだったテッカニン。
元はゲンのポケモンだったリオル。
そして、ココドラ。

ジャイアンは歯噛みして、道具を確認する。
そうしていると、大きな袋に気づいた。
買い溜めしてあった回復用の道具。
(……そう、あいつが)
ジャイアンは舌打ちして、袋を持つ。
「ココドラ、行くぞ!」
一声告げると、ジャイアンはテントを出て行く。
肩で風を切りながら、ココドラを連れて。



ジムの前では人ごみが出来ていた。
久々にジムリーダーに帰ってきたことが理由だ。
人ごみの中心で、スズナは会釈をしていた。
まっすぐ自分のところに向かってくる人物など、気づかずに――

ハッと、スズナが気づいて振り向いた時にはもう遅く
スコォン――と音がして、スズナがのけぞる。
「いっ……た?!」
目をパチクリさせながら、スズナは額を抑える。
民衆の間がザワザワとどよめく。
「へへ、投手の腕は落ちてないな」
満足そうな笑いと共に歩み出た名投手、ジャイアン。
その脇には並んで、ココドラがいた。
多くの人の視線がジャイアンに 向けられる。
「な、なんであんたがここに!?」
スズナはジャイアンの姿を見て動揺する。
「か、帰ってよ!もうあんたがここに来る意味は」
「悪いけどな、スズナ」
スズナの話を切り、ジャイアンが宣告する。
「俺はそんなものをもらうためにジム戦しているんじゃないんだ」

きょとんとしていたスズナだったが、すぐに足元に落ちているものを見つける。
バッジ――ジャイアンが言うところの『そんなもの』
スズナは屈んでバッジを拾う。
民衆の目がスズナの手を追っていった。
そして、その目線はジムへ向けられる。
スズナがジムを指したからだ。
「ジムへ入って。ここじゃ話したくない」
そういうと、スズナはジムの扉を開ける。
「……行って良いってことだな」
ジャイアンはそう呟くと、ココドラと並んで入っていく。
ぽかんとしている民衆を残して、ジムの扉は閉まる。



ジムの中には氷が張っている。
コート越しからでも、ジャイアンには寒さが伝わってきた。
(まさに氷の、氷による、氷のためのジムってことか)
薄っすらと笑みを浮かべるジャイアンをよそに、スズナが定位置につく。
「それで?」
早速、スズナが質問してきた。
「何が?」
「何が、じゃないわよ!
 どうして人が折角ジム戦しなくても済むように配慮しておいたのに
 それを台無しにしてここへ乗り込んでくるわけ?」
「さっきも言っただろ。俺はバッジ欲しさに戦っているわけじゃないって」
「格好つけてないで!バッジがあればリーグに参加出来るはず。
 だからそれがあればもう、あんたはあたしと戦う意味なんて」
「そうじゃねえよ!
 俺は強くなりたいんだ。だからジム戦をしたいんだ!」
ジャイアンの怒声が、ジムの中で反響する。
その勢いが、スズナの口を紡がせる。
「……な、何言ってるのよ?
 あんたはもう何回もジム戦や、トレーナーと戦って十分強くなって」
「い~や、そんなことはねぇ」
ジャイアンは首を横に振る。
「俺はいつも助けられてばっかだったよ。いつだって」



「この、ココドラを捕まえた時だ」
ジャイアンは足元のココドラに目を向ける。
「こいつは元いた工場を離れようとしなかった。
 俺はそれがわからなくて、途方に暮れていて……
 スズナ、お前と出会ってなければ、俺はずっと工場にいた。
 こいつの母ちゃんを助けることも出来なかった」
「……大袈裟よ。
 いつかは出られたでしょ。例えば、あんたがココドラを諦めるとかして」
‘いや~、この兄貴がそんなことするわけ’
「そうかもしれねえ」‘えぇ!?’
「俺はあのままだったら、ココドラを諦めて別のポケモンを探していたかもしれねえ」
‘嘘だ、嘘だ!俺、あのままだったら兄貴に無理やり連れて行かれたよ!ホントだよ!脅されたよ俺!’
独り騒ぎ出すココドラ。
それを見て、ジャイアンがココドラを撫で始める。
「……安心しろ、ココドラ。俺はお前と旅が出来てよかったから」‘あ……あ、そう。ならいいや’
ココドラが素直に静まると、ジャイアンは再び喋り出す。
「ナタネとのジム戦でもだ。
 テッカニンが『どくのトゲ』にやられたとき、助けてくれたのはお前の知識だった。
 モモンの実がどくけしの効果を持っているなんて俺は知らなかったからな。
 それから暫くして、フスリに着いた。
 でも、俺はそこではずっと気絶していて、一回も戦わなかった。
 結局俺は足手まといになっただけだった。
 ……ここまで旅してきたけど、俺はちっとも強くなれた気がしねえ。
 俺のメンバーになってから進化した奴は一匹もいない。それが証拠だな。
 だから、最後のジムでは思いっきり戦おうって思ってた」



ジャイアンは定位置に着いた。
「準備は出来ている。ジム戦、やってくれるよな?」
すると、スズナは溜め息をつく。
「……ジム戦しなきゃてこでも動かないって顔してるわね」
「あ、ああ。そんな顔してるか?いや、ジム戦してくれるなら」
「いや」
「……へ?」
一瞬間が開いて、そして――
「いやって言ってるの!!
 あたしはあんたとジム戦したくない。あんたがいくらジム戦したくてもあたしは」
「ど、どうしたんだよ。スズナ!なんで怒ってるんだ?」
ジャイアンが焦りながら声を掛ける。
スズナは歯噛みして、俯いた。
「……あたしは、別にあんたを助けていたわけじゃない。
 工場であった時だって、たまたまあんたがジム戦しているって話していたから……」
スズナはそこで言葉を切った。
その表情は悔しそうに震えていて――

「俺をこのジムへ誘導していたんだろ?」
ジャイアンの言葉が響く。
スズナは、ハッと顔を上げる。
「知ってたの?」
「薄々は気づいていたんだ。
 お前が実はジムリーダーで、タウンマップを誤魔化した理由は、俺の手の内を探るためだろうって」
唖然として、スズナは目を見開く。



「い、いつ気づいたの?」
「う~ん、勘だな、勘。
 野球をしていると、相手の手の内を読むときがあるんだ。
 そうしているうちに……えっと、なんていうんだっけか。ケーサツ力だかドーナツ力だか」
「……洞察力?」
「そうそう、それ。それが知らないうちについちまうんだよ。
 だから、何となくだけど、お前がそのことを明かすことを躊躇っているのも気づいていた。
 前の町を出てから、ずっとお前の様子がおかしかったからな」

少しの間、沈黙が訪れた。
「……なあ、もういいだろ?」
ジャイアンがおもむろに言う。
「で、でもあたし。
 ずっと、自分の正体隠してまであんたと一緒に旅していて……
 始めはすぐわかれるつもりだったのに、あ、あんたがあまりにも頼りないものだからつい着いてって。
 それでもあんたと旅しているうちに打ち解けていって。それで、打ち明けづらくなって……」
「なら、別にいいじゃんか!」
ジャイアンが元気よく話し出す。
「今はもう知っちまったんだ。お前がジムリーダーだってことも。
 だったら、隠す必要が無くなったってことだ。
 ジムリーダーとして、俺と戦えるってことだ!そうだろ?」

見開いたスズナの目に映るジャイアンは、単純な男だった。
スズナにとって、気持ちいいくらいに単純な男が、ジム戦したいと言っている。
――断る意味はもう、どこにも無かった。
「うん!」
ジム戦が始まった。



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