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「シンオウ冒険譚 その2」(2008/02/25 (月) 22:55:27) の最新版変更点
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現在の状況
・のび太 203番道路
手持ち ヒコザル ♂ LV11
・静香 203番道路
手持ち ペンちゃん(ポッチャマ) ♂ LV12
ムーちゃん(ムウマ) ♀ LV13
・スネ夫 ???
手持ち エル(ナエトル) ♂ LV8
・出木杉 ???
手持ち ミニリュウ ♂ LV14
他不明
----
――203番道路――
「ヒコザル、睨みつけろ!」
ヒコザルの鋭い眼光を浴びた敵のビッパに隙が生まれる。
「いまだっ! 引っ掻く!」
強烈な一撃が、見事に炸裂した。
ビッパはもう、立ち上がれそうにもない。
「ちぇ、僕の負けだな」
対戦相手の短パン小僧、トモキが悔しそうに頭を掻いた。
「凄いわのび太さん、これで三連勝じゃない!」
静香の拍手を受け、僕も恥ずかしそうに頭を掻いた。
「へへ、僕なんてまだまだだよ。
ポケモンマスターになるためには、こんなところで立ち止まって何ていられないしね」
調子に乗って、ちょっと見栄をはってみた。
すると、静香は意外な返答をしてきた。
「そういえばのび太さん、ポケモンマスターになりたいって言ってるけど……」
「ん、何?」
「どうやったらポケモンマスターになれるのか、知ってるの?」
静香の顔は、冗談を言っているようには見えなかった。
「ば、馬鹿にしないでよ!
僕だって、それくらいは知ってるさ!」
さすがに、僕だって何も知らずに旅に出たわけじゃない。
幼い頃から、ずっと夢見てきたことなのだ。
ちゃんと、そのぐらいは勉強してきたさ。
----
―――ポケモンマスター、それは全ての戦うトレーナーたちの頂点だ。
その称号を得るには、厳しい戦いを潜り抜けなければならない……
まずは、シンオウ各地にある8つのジムを回り、ジムリーダーを倒してバッジを手に入れる。
バッジを全て揃えたら、一年に一度開かれるトレーナーフェスティバルに出場できる。
そのフェスティバルで優勝した者だけが、チャンピオンのいるポケモンリーグに挑戦できるのだ。
そして四天王とチャンピオンを倒した時、ついにポケモンマスターの称号が贈られる……
ちなみにポケモンマスターになった者は、新チャンピオンになる権利ももらえる。
だが、それは決して強制されるものではない。
チャンピオンにならずに旅を続ける人もいるし、中にはポケモンマスターになった瞬間引退する人だっているのだ。
……まあ今の僕にはまだ、ポケモンマスターになった後のことは考えられないけど……
以上が、僕がポケモンマスターについて知っている全てだ。
……それにしても、静香ちゃんは僕をそんなことも知らないと思っていたのか。
「ちょっと、ショックだなぁ」
彼女に聞こえないように、こっそりと呟いた。
----
「あ、そういえば……」
先へ進もうとした僕らを、トモキが呼び止めた。
「最近クロガネゲートに、強いルーキー狩りが出るって噂だぜ。
お前も気をつけろよな、最近じゃあポケモンを取られた奴までいるそうだぜ」
「ルーキー狩り、って何?」
初めて聞く言葉だが、悪い奴だということくらいはわかった。
「旅に出たばかりのトレーナーを狙って経験値稼ぎをする悪質なトレーナーよ。
でも別に違法じゃないから、止めることができないのよね……」
静香が、不安そうな表情を浮かべる。
その顔を見たとき、僕の意志は決まった。
「許せない……」
「え?」
「初心者ばかりを狙い、あげくにはポケモンを取り上げるなんて、絶対に許せない!」
口に出すと、ますます腹が立ってきた。
だから、僕がやることは一つだ。
「僕がそのトレーナーを、倒してみせる!」
----
――クロガネゲート 出口付近――
「う、嘘だろ……」
思わず漏れたその声は、焦りなのか、それとも――
『恐れ』なのか……
「ミニリュウ、止めの竜巻だ」
目の前にいる少年は、顔色一つ変えずに命令を下す。
竜巻で吹き飛ばされた俺のエレキッドは、ピクリとも動かなくなった。
「そ、そんな……
この俺が、ルーキーなんぞに……」
思わず、地面に膝をついてしまった。
そんな俺を見下しつつ、少年は冷めた声で言い放つ。
「この辺りで強いルーキー狩りが出るって評判だったから、どんなのかと予想してたけど……
……どうやら、初心者を狩って満足しているだけの小者だったみたいだね」
「てめぇっ!」
この少年を、思い切り殴りたい。
そんな衝動に駆られたが、結局俺は動くことができなかった。
これ以上何をしても、惨めなだけだと気付いたからだ。
「もう勝負はすんだんだし、さっさと消えてくれない?」
少年にそう言われた俺は、素直に立ち上がって出口の方へ歩いて行った。
「チクショオ!」
道の途中、そう叫びながら壁に拳を叩きつけた。
----
「す、凄い……」
2人の少年のバトルを見ていた僕は、思わずそう呟いていた。
―――数分前
昨日屈辱的な敗北を喫した僕は、再びクロガネゲートを進んでいた。
昨日はあの敗戦のショックで我を忘れ、クロガネに行きそびれてしまったのだ。
洞窟を進む途中、僕は思わず足を止めた。
昨日僕からポケモンを奪った、あのルーキー狩りの姿が見えたからだ。
僕は岩陰に隠れ、彼がその場を立ち去るのを待つことにした。
取られたポケモンを取り返すこともできない、自分の無力さを呪いながら……
しばらくすると、ルーキー狩りの前を凛々しい少年が通って行った。
ルーキー狩りはさっそく凛々しい少年を呼びとめ、バトルを挑んだ。
凛々しい少年は顔色一つ変えず、素直に挑戦を受け止めた。
そして、さっきのバトル―――
本当に、凄いとしか言いようがなかった。
昨日僕を圧倒したあのルーキー狩りを、凛々しい少年は完璧に叩きのめしたのだ。
見た目は僕と同年代くらいだろうが、その風格は僕より数段上のものだった。
……だから、僕は――
「あの、すみません……」
岩陰から出て、恐る恐る少年に声をかけた。
----
「なんだい?」
少年はこちらを振り向き、そう尋ねてきた。
「あの、さっきのバトル見ました。
凄かったです!」
先程のバトルの感想を、素直に述べた。
「そう、ありがとう」
そう答えた彼の表情は、とても嬉しそうには見えなかった。
「じゃあ、僕はもう行かせてもらうよ」
少年は、僕との会話をめんどくさがっている。
どうやら、さっさと先に進みたいようだった。
「ま、待ってください!」
場を去ろうとする彼を、慌てて呼び止める。
「僕は、昨日あのルーキー狩りにやられて、ポケモンまで奪われました……」
「へぇ……ポケモンを奪われたトレーナーって、君のことだったのか」
少年の関心が、少しだけこちらに向いたような気がした。
「はい。 でも僕は、奪われたポケモンを取り返すこともできませんでした。
それに引きかえあなたは、いとも簡単にあの男を倒して……
本当に、凄いって思いました。 だから―――」
彼のもとへ一歩近寄り、決意の一言を述べる。
「僕を、あなたの弟子にしてください!」
----
「断る」
即答だった。
「弟子なんていても、邪魔になるだけだ」
少年の声は、相変わらず冷めている。
「お願いします、僕はどうしても強くならなければいけないんです!」
そう、僕には強くならなければいけない理由がある。
だから、どうしてもこの少年の弟子になりたいのだ。
土下座までして、少年に頼み込んだ。
すると、少年は突然こちらを凝視し始めた。
いままでは、全く興味がなさそうだったのに……
少年はしばらく考え込んだ後、言った。
「いいよ、僕についてくるといい。
僕は出木杉……君は?」
「え、あ……スネ夫です!」
突然の了承に、嬉しさ半分、戸惑い半分の返事がこぼれた。
なぜ彼は突然、考えを変えたのだろうか。
……まあいいか、認めてくれたことに変わりはないんだから。
「よし、じゃあ行こうかスネ夫」
「はい、出木杉さん!」
少年――出木杉が光り差すクロガネゲートの出口へと歩いて行く。
彼の背中にもまた、眩しいほどの光が差している。
僕はその背中を、ただひたすら追い続けた。
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現在の状況
・のび太 203番道路
手持ち ヒコザル ♂ LV11
・静香 203番道路
手持ち ペンちゃん(ポッチャマ) ♂ LV14
ムーちゃん(ムウマ) ♀ LV14
・スネ夫 クロガネシティ
手持ち エル(ナエトル) ♂ LV10
・出木杉 クロガネシティ
手持ち ミニリュウ ♂ LV16
他不明
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――203番道路――
「ハァ、ハァ……静香ちゃん、そろそろ休まない?」
コトブキシティを出発してから、数時間が経った。
そろそろ、僕の疲労も限界に近づいてきた。
情けないと思いつつも、静香に休息を懇願する。
「しっかりしてよ。
もうすぐコトブキゲートに着くから、それまでがんばりましょう?」
静香は、僕と違ってまだまだ元気そうだ。
……ここは男として、もっとがんばらなきゃな。
そんな決意を固め、再び歩き始める。
そして――
「見えてきたわ、あれがコトブキゲートよ!」
静香が指差す先に、コトブキへの道となる洞窟の姿が見える。
「それじゃあ、そろそろ一休みしましょうか」
洞窟を見た彼女が、ようやく休憩を促す。
洞窟の入り口が、だんだん天国への門のように見えてきた。
洞窟近くの草むらに、風呂敷を広げて食事を取る。
人間には静香が作った弁当、ポケモンたちには木の実とポケモンフーズ。
少し早い、夕食の始まりである。
----
「おいしい、おいしすぎるよ静香ちゃん!」
弁当のおにぎりや卵焼きをほおばりつつ、その味を褒め称える。
今自分は、世界一幸せかもしれない……
弁当を眺めながら、そう思った。
ふと、ふいに近くの草むらが揺れた。
「野生のポケモンかしら?」
慌てて、戦闘体勢を整える僕たち。
そこに飛び込んできたのは、星模様の尻尾を持つ青い獣……
ここへ来る途中に一度見かけた、コリンクというポケモンだ。
コリンクは僕たちの正面に立つと、その体に電気を溜め始め――
そして、いきなり倒れた。
……………………
「病気でも、持ってるのかしら?」
静香が傷薬を吹きかけてみても、コリンクはちっとも元気になる兆しを見せない。
何か苦しそうに呟いているが、人間の僕たちには何を言っているのかさっぱりだ。
「うーん、一体どうすれば……」
僕と静香は、揃って頭を抱える。
苦しそうなこのコリンクを、助けてあげたかった。
でも、どうすればいいのか分からない。
ここから一番近いクロガネシティのポケモンセンターには、急いでも2・3時間はかかる。
それまでに、死んでしまう可能性もあるのだ……
----
僕たちはしばらく、どうすればいいのか悩んでいた。
するといきなり、ヒコザルがコリンクに食べ物を与え始めた。
「ちょっとヒコザル、勝手にそんなことしたら……」
僕が止めようとしても、ヒコザルはなおもコリンクに食べ物を与える。
――すると突然、コリンクが起き上がった。
コリンクは先程までの醜態が嘘だったかのように、元気に動き回っている。
「もしかして、お腹が空いてただけなのかしら?」
静香が、呆れたように呟く。
そして僕たちは、同時に溜息をついた。
先程まで慌てふためいていたのが、なんだか馬鹿らしかったから。
「しかし、よく食べるなあ……」
僕たちが用意した食べ物を、コリンクはどんどん胃袋の中に吸い込んでいく。
特にモモンの実がお気に入りのようで、そればかり食べていた。
「もう、モモンの実が無くなっちゃうじゃない。
代わりに、こっちの方を食べてよ」
静香はそう言って、チーゴの実を差し出す。
コリンクはチーゴの実を口の中に含むと、直後に顔を歪める。
そして、すぐさま静香の手の上に吐き出した。
どうやら、この実は好みに反していたらしい。
コリンクは再び、顔をモモンの実へと近づけていた。
「もう、好き嫌いはいけないわよ!」
静香は頭にきたのか、モモンの実を取り上げた。
すると、コリンクはいきなり大声で泣き始めてしまった。
「あ、ご、ごめんなさい……」
静香は慌てて、再びモモンの実を差し出す。
コリンクは瞬く間に笑顔を浮かべ、モモンの実を食い尽くした。
----
腹がいっぱいになったコリンクは、すやすやと心地よく眠っている。
僕と静香ちゃんは、その寝顔を満足そうに見ていた。
「ねえ、のび太さん……」
突然、静香が話しかけてきた。
僕は「何?」と尋ねてみる。
「このコリンクのことなんだけど……」
静香は、神妙な面持ちで話を続ける。
僕は黙って、彼女の話の続きを聞き続けた。
「あのね、この時期のコリンクって、みんな群れで行動するのよ」
静香に言われて、思い出した。
ここに来る途中に見たコリンクは、確かに20匹くらいの集団を作っていたのだ。
でもこのコリンクは、たった一匹で行動している。
「……と、いうことは……」
「そう、たぶんあのコリンクは群れからはぐれたのよ」
寂しそうな声で、彼女は言った。
まだ、このコリンクは幼い。
それなのに群れから、両親からはぐれてしまって一人ぼっちだ。
このわがままで泣き虫なポケモンが、これからたった1匹で生きていけるのだろうか?
そのことを思うと、胸が痛んだ。
そして、ある決意が頭を過ぎる。
「僕が、このコリンクを連れて行くよ」
はっきりと、静香にそう告げた。
----
「本当にいいの?」
静香が、僕の決意を確かめるように聞く。
先程の彼女とコリンクのやりとりを見る限り、コリンクはなかなか手が焼けるポケモンだ。
そして僕はまだ初心者で、自分のことすらろくに面倒を見切れない。
僕が本当にコリンクの面倒を見切れるのか、静香は心配なのだろう。
だが、考えを変えるつもりはない。
「大丈夫だよ、どうにかしてみせるさ。
それに僕もヒコザルも、手持ちが1匹で寂しかったんだ。
旅は、多いほうが楽しいじゃない」
僕がそう言ってクスリと笑うと、静香もつられて笑った。
ちょうどその時、コリンクが目を覚ました。
食事をしていた時の笑みはどこにいったのか、寂しく怯えているような目をしている。
やはり、1人で寂しいのだろう。 だから――
「なあコリンク、僕と一緒にこないかい?」
僕の誘いに、コリンクはうろたえている。
「ほ、ほら……一緒にきたらモモンの実もたくさん食べさせてやるからさ……」
慌ててそう言うと、コリンクの顔が途端に明るくなる。
そして、僕の脚に擦り寄ってきた。
どうやら、あっさりと一緒に来ることを決めてくれたようだ。
----
「全く、本当にお前はモモンの実が好きなんだな」
呆れたような、嬉しいような声が漏れる。
ふとその時、とある考えが浮かんだ。
「そうだ! お前のニックネーム、“モモン”にしよう!」
「モモン……ちょっと変わった名前だけど、のび太さんらしくていいと思うわ」
静香が笑う。
僕も笑う。
そして、コリンク――モモンも笑みを浮かべてくれた。
「さて、じゃあ行きましょうか」
静香が弁当などを片付け、出発の支度をする。
「うん、そうだね」
僕もそう言って、立ち上がる。
「じゃあ行こうか。 ヒコザル、モモン」
僕が呼びかけると、二匹とも笑みを返してくれた。
クロガネゲートの入り口は、もうすぐそこだ。
そして、その先にあるクロガネシティも。
僕は歩いて行く、ヒコザルやモモンとともに……
----
現在の状況
・のび太 203番道路
手持ち ヒコザル ♂ LV12
コリンク ♂ LV9
・静香 203番道路
手持ち ペンちゃん(ポッチャマ) ♂ LV14
ムーちゃん(ムウマ) ♀ LV14
・スネ夫 クロガネシティ
手持ち エル(ナエトル) ♂ LV12
・出木杉 クロガネシティ
手持ち ミニリュウ ♂ LV16
他不明
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――クロガネジム――
いまジムのフィールドでは、2体のポケモンが向かい合っている。
一方はジムリーダー、ヒョウタのズガイドス。
一方は僕の師匠的な存在である、出木杉のユンゲラー。
「じゃあ、こちらから行かせてもらおうか」
ヒョウタはそう言うと、指を鳴らす。
するとズガイドスは、ユンゲラーに向かって走りながら突っ込んでくる。
相手に突撃した衝撃でダメージを与える技、“突進”だ。
「テレポート」
ユンゲラーは間一髪のところでテレポートを成功させ、攻撃を回避した。
「ズガイドス、もう一度だ!」
ヒョウタの命令を受け、ズガイドスは再びユンゲラーに向かって行く。
ユンゲラーは再びテレポートをして、なんとかそれをかわす。
そんな光景が、この後も3回くらい繰り返された。
その様子を見ているうちに、ふとあることに気付いた。
「ユンゲラーの動きが、だんだん鈍くなってる……」
ユンゲラーのテレポート発動までの時間が、序々に長くなっているのだ。
そのせいで、ズガイドスの突進がだんだん当たりそうになってきた。
……僕のような、駆け出しトレーナーでもそのことに気付いたのだ。
ジムリーダーのヒョウタが、そのことに気付かないはずがない。
彼の口元が、少し綻んでいるように見えた。
----
「ズガイドス、次は長めに助走をとれ!」
ヒョウタが、活きのいい声で命令する。
ズガイトスは先程より長い助走をとってから、駆け出した。
そのスピードは、いままでより倍くらい速かった。
「やばい、いまのユンゲラーじゃこんなの避けられない!」
思わず、そう叫んでいた。
だがズガイトスが駆け出した時には、すでにユンゲラーの姿は消えていた。
いつのまにかテレポートを決め、ズガイトスの後ろに回りこんでいたのだ。
「まずい! 止まれ、ズガイトス!」
ヒョウタが慌てて叫ぶ。
だがかなりのスピードで走るズガイトスは、すぐには止まれない。
その勢いのまま、ジムの壁に激突してしまった。
「いまだ、念力」
フラフラと立ち上がるズガイトスに、ユンゲラーが背後から追撃を加える。
ズガイトスはあっさりと倒れる、もう立ち上がることはできそうにない。
「あちゃー、うまくしてやられちゃったな」
ヒョウタは頭を掻きながら、ズガイトスを回収する。
ユンゲラーの動きは、鈍ってなどいなかったのだ。
だが出木杉はわざとそう演じさせ、ヒョウタにそう思い込ませたのだ。
そして僕もまた、彼に騙されてしまった。
見事、としか言いようがない。
―――やはり、この人のもとに弟子入りしたのは正解だったんだ。
ふと、そんなことを考えていた。
----
――クロガネゲート――
ここを歩き始めてから、数十分が経過した。
僕たちはくだらないことをベラベラと喋り合いながら、クロガネへと進んでいる。
「でさー、僕が7歳の時……イテッ!」
ふと、僕の体が何かにぶつかった。
見上げてみると、そこには僕と同い年くらいの少年が立っていた。
「あ、すみません」
少年は僕よりだいぶ体が大きい。
なんとなく怖くなって、慌てて敬語で謝った。
だが、彼の目にはまだ怒りの色が篭っていた。
そして、そのままの調子で叫ぶ。
「おいてめぇ! 謝ってすむと思ってんのか!」
「ホントにすいません、許してください!」
「ふざけんな、誰が許すか!」
何度謝っても、あっさり突き放される。
それどころか少年は、僕の胸ぐらに掴みかかってきた。
「ちょっと待って! のび太さんはきちんと謝ったでしょう。
ぶつかっただけなんだから、許してあげてよ」
静香の静止で、なんとか僕は解放された。
その代わりに、少年は眼光を静香の方に向けている。
静香はその睨みに屈することなく、言い放った。
「この辺りで話題になっているルーキー狩りって、あなたのことね」
----
「この人が、ルーキー狩りだって!?」
驚きの声を上げた後、よーく少年の姿を見てみる。
10歳くらいの顔つき、大柄な体格、オレンジ色のシャツ。
確かに、短パン小僧のトモキから聞いた情報と一致している。
そう――この男が、あの憎きルーキー狩りなのだ。
「知っているなら話は早い、俺と勝負してもらうぜ!」
同時にボールを構える、静香と少年。
「待って!」
だがその静香を、僕は制する。
困惑する彼女に、僕は言う。
「ルーキー狩りとのバトルは、僕にやらせてほしいんだ」
噂を聞いたときからずっと、彼をこの手で倒したいと思っていた。
その願いが、叶うときがきたのだ。
無謀な挑戦であることは分かっている。
それでも、挑まずにはいられなかった。
「わかった。 がんばってね、のび太さん」
静香は少し考えた後、身を引いた。
「おもしれえじゃねえか、ぶっ殺してるよ!」
僕たちの様子を見ていた少年はそう言い放ち、モンスターボールを放り投げた。
中から出てきたのはエレキッド――だいぶ鍛えられているように見える。
でも、それでも僕は戦わなくちゃいけないんだ。
足を震わせている自分にそう言い聞かせる。
そして、ヒコザルのモンスターボールを放った。
----
「エレキッド、雷パンチだっ!」
開始早々、少年は攻撃を命令する。
その次の瞬間、エレキッドはすでにヒコザルの正面にきていた。
「まずい! 避けろヒコザル!」
僕がそう命令した時には、エレキッドの渾身の一撃が炸裂していた。
ヒコザルが、2メートルほど吹っ飛ばされる。
「あのエレキッド、凄い……」
思わず、そう呟いていた。
スピードも、パワーも、今まで戦ってきた敵とは段違いだったのだ。
たった一発で、ここまで実力の差を示されるとは……
「のび太さん、やっぱり無茶よ!」
後ろで、静香のそんな声が聞こえる。
『そうか、そうだよな。
僕なんかが、このルーキー狩りに勝てるわけがなかったんだ』
僕が諦めかけたその時、後ろで声がした。
振り返ると、ヒコザルがエレキッドに向かって咆哮していた。
そして、何か訴えかけるような目でこちらを見てくる。
そうか、ヒコザルはまだ戦う気なんだ。
……それなのに、トレーナーが逃げてどうするんだ。
僕は、戦わなくちゃいけないんだっ!
まだ足は震えているけれど、僕は戦う決意を固めた。
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現在の状況
・のび太 クロガネゲート
手持ち ヒコザル ♂ LV12
モモン(コリンク) ♂ LV9
・静香 クロガネゲート
手持ち ペンちゃん(ポッチャマ) ♂ LV15
ムーちゃん(ムウマ) ♀ LV14
・スネ夫 クロガネシティ
手持ち エル(ナエトル) ♂ LV12
・出木杉 クロガネシティ
手持ち ミニリュウ ♂ LV16
ユンゲラー ♂ LV17
他不明
704 名前:シンオウ冒険譚 ◆AoT8KYCnWo [sage] 投稿日:2008/02/16(土) 00:19:42 ID:???
「雷パンチだ!」
再び響き渡る、少年の声。
またエレキッドが、拳に雷を纏って襲いかかってきた。
正面からの対決では勝てない、ならば……
「後ろに回りこめ、ヒコザル!」
ヒコザルは素早い動きで、エレキッドの背後を取ろうとする。
だがそれよりも更に早く、エレキッドがヒコザルの背後に立った。
「そんな、ヒコザルがスピードで負けるなんて!」
思わず、そう漏らしてしまった。
振り下ろされる、エレキッドの拳。
だがヒコザルは、それを間一髪のところでかわした。
「やった!」
そう叫んだ矢先、もう一方の拳が迫っていた。
「甘いんだよ!」
少年の声と共に、迫り来る二つ目の拳。
避けられないと直感したヒコザルは、両手でそれを受け止める。
それでもヒコザルは、またまた吹っ飛ばされてしまった。
防御しても、吹き飛ばされるほどのパワーを持った雷パンチ。
あのパンチがある限り、正面から真っ向勝負を挑むのは無謀すぎる。
……でも、スピードで敵の裏を取ることもできない。
いままでは、ヒコザルは持ち前の身軽さとスピードで戦ってきた。
なのに、今回はそれすらも敵に劣っている。
『一体、僕はどう戦えばいいんだ……』
705 名前:シンオウ冒険譚 ◆AoT8KYCnWo [sage] 投稿日:2008/02/16(土) 00:20:37 ID:???
「おらおらぁ! 逃げてばっかりじゃ話にならないぞ!」
少年の怒声と共に、何度も繰り出されるエレキッドの雷パンチ。
ヒコザルは、戸惑いつつ必死でそれを避ける。
だが、スピードのある雷パンチをいつまでも避けられるわけがない。
雷パンチが、ヒコザルの頭をかすめる。
バランスを崩し、転倒するヒコザル。
そこに、もう一撃雷パンチが迫る。
「危ない!」
ヒコザルは後ろ向きに転がり、なんとかその一撃をかわした。
「よし、いいぞヒコザ……」
開いた口を、思わず閉じてしまった。
立ち上がったヒコザルの顔には、かなり疲労の色が見える。
これ以上、雷パンチを避け続けるのは不可能だ。
……このままでは、負ける。
何か、この状況を抜け出すための何かを見つけ出さなければならない……
改めて、頭の中でヒコザルの能力を整理する。
技は基本的な技だけ、特に期待することはできない。
なら長所……ヒコザルの長所はスピードと身軽さ。
スピードは、エレキッドには叶わない。
ならば身軽さ、ヒコザルの体重はエレキッドよりだいぶ軽いはずだ。
身軽さをいかして、何か……勝つ方法を……
その時ふと、ある方法が頭に浮かんだ。
706 名前:シンオウ冒険譚 ◆AoT8KYCnWo [sage] 投稿日:2008/02/16(土) 00:22:20 ID:???
「ん、何ニヤけてんだ?
まあいい。 雷パンチッ!」
またまた、雷パンチが迫る。
その刹那、僕は叫ぶ。
「ヒコザル、飛べぇぇ!」
決して高くはないこの洞窟の限界の高さまで、ヒコザルは飛び上がる。
「火の粉だ!」
そしてその状況から、地上のエレキッドに向けて火の粉を放つ。
そんなヒコザルに、エレキッドは抵抗するわけでもなくただ逃げ惑う。
その姿を見て、僕は確信の笑みを浮かべる。
――敵のエレキッドは、先程から雷パンチばかりを試用している。
それは、あのエレキッドが物理攻撃に特化しているという証拠。
さらに僕のヒコザルは、身軽さゆえの驚異的な跳躍力を兼ね備えている。
……それなら、エレキッドの攻撃が届かないところで攻撃をすればいい。
それが、僕の作戦だった。
「クソッ、こざかしい真似しやがって!
……なら、降りてきたところに雷パンチだ!」
苛立つ少年の一言に、僕はまた笑みを重ねる。
「残念ながら、そうはさせないよ」
勝ち誇ったように、そう宣言する。
そして、上方を見上げる。
そこには、壁に掴まって炎を吐き続けるヒコザルの姿があった。
707 名前:シンオウ冒険譚 ◆AoT8KYCnWo [sage] 投稿日:2008/02/16(土) 00:23:20 ID:???
「クソッ、降りて来い!」
少年がギャーギャーとわめき続けている。
だが僕は全く気にせず、火の粉を命令し続ける。
ヒコザルは壁に掴まったままで、全く落ちる気配をみせない。
そんな姿を見て、旅に出る前ヒコザルと遊んでいた時のことを思い出した。
―――あの時のヒコザルは、本当に凄かった。
どんなに大きな木も、どんなに険しい岩壁も、楽々と登って行った。
そんな記憶が、まさかいま役に立つなんて……
思わず、笑みがこぼれた。
「降りてきて戦え、この野郎!」
少年は、いまだにわめき散らしている。
エレキッドの顔がだんだん苦しそうになってきたのを見て、焦りだしたのだろう。
イラついた声で、こう叫んでくる。
「正々堂々戦え、卑怯だぞ!」
“卑怯”
なぜかその言葉が、やけに胸に響いた。
「卑怯なんかじゃないさ、これも戦略の一部だよ」
そう言い切れる自信はあった。
……あったはずなのに、何故か言うのを少し躊躇ってしまった。
708 名前:シンオウ冒険譚 ◆AoT8KYCnWo [sage] 投稿日:2008/02/16(土) 00:24:08 ID:???
―――昔憧れていた者たちは、皆真っ向から立ち向かって行った。
初めてテレビで見たチャンピオンは、華麗な技で観客を魅了した。
テレビアニメの主人公は、豪快な技で悪役を蹴散らしていった。
それに比べて、今自分がやっていることはどうなのだろうか。
とても、真っ向勝負と呼べるものではないのかもしれない。
……でも、僕が勝つにはこうするしかないんだ。
こうするしか……
「おい、降りてきやがれ! この卑怯者!」
少年は、しつこく叫んでくる。
それにしても、なんでこんな奴に卑怯者呼ばわりされなきゃならないのだろうか。
初心者を狙って経験値を稼ぎ、挙句の果てには他人のポケモンを取り上げた。
『卑怯者は、お前の方だろう』
そう、心の中で何度も毒づいた。
だんだん胸の奥が、ムカムカしてきた。
よく見ればエレキッドは、もうフラフラで倒れそうだった。
これならもう、一撃加えるだけで勝てそうだ。
「降りてこい」少年はまだそう叫んでいる。
僕は、薄ら笑いを浮かべて言う。
「ああいいさ、直接攻撃で決着をつけてやるよ」
どうせもう勝ちは決まってるんだ、お前の望む形で倒してやる。
「ヒコザル、引っ掻くだ!」
半ばやけになって、そう命令した。
「挑発に乗っちゃだめよ、のび太さん!」
静香の声が聞こえてきた。
だが僕もヒコザルも、もう止まることはできない。
敵対する少年の顔には、笑みが戻っていた。
709 名前:シンオウ冒険譚 ◆AoT8KYCnWo [sage] 投稿日:2008/02/16(土) 00:24:55 ID:???
「雷パンチで迎え撃てっ!」
響き渡る、少年の声。
「敵より先に、引っ掻くを叩き込めぇ!」
僕も負けじと、大声をはり上げる。
爪をむき出しにしながら、空中から落下するヒコザル。
それを迎え撃たんと、拳を構えるエレキッド。
二匹の距離が、だんだんと縮まって行く。
3メートル、2メートル、1メートル―――
そして、激突の時が来る。
僕と少年、2人の声が同時に重なる。
「「行けええええええぇぇぇ!!」」
その瞬間、僕は思わず目を閉じてしまった。
そして次に目を開けたとき、僕が見たものは……
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現在の状況
・のび太 203番道路
手持ち ヒコザル ♂ LV11
・静香 203番道路
手持ち ペンちゃん(ポッチャマ) ♂ LV12
ムーちゃん(ムウマ) ♀ LV13
・スネ夫 ???
手持ち エル(ナエトル) ♂ LV8
・出木杉 ???
手持ち ミニリュウ ♂ LV14
他不明
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――203番道路――
「ヒコザル、睨みつけろ!」
ヒコザルの鋭い眼光を浴びた敵のビッパに隙が生まれる。
「いまだっ! 引っ掻く!」
強烈な一撃が、見事に炸裂した。
ビッパはもう、立ち上がれそうにもない。
「ちぇ、僕の負けだな」
対戦相手の短パン小僧、トモキが悔しそうに頭を掻いた。
「凄いわのび太さん、これで三連勝じゃない!」
静香の拍手を受け、僕も恥ずかしそうに頭を掻いた。
「へへ、僕なんてまだまだだよ。
ポケモンマスターになるためには、こんなところで立ち止まって何ていられないしね」
調子に乗って、ちょっと見栄をはってみた。
すると、静香は意外な返答をしてきた。
「そういえばのび太さん、ポケモンマスターになりたいって言ってるけど……」
「ん、何?」
「どうやったらポケモンマスターになれるのか、知ってるの?」
静香の顔は、冗談を言っているようには見えなかった。
「ば、馬鹿にしないでよ!
僕だって、それくらいは知ってるさ!」
さすがに、僕だって何も知らずに旅に出たわけじゃない。
幼い頃から、ずっと夢見てきたことなのだ。
ちゃんと、そのぐらいは勉強してきたさ。
----
―――ポケモンマスター、それは全ての戦うトレーナーたちの頂点だ。
その称号を得るには、厳しい戦いを潜り抜けなければならない……
まずは、シンオウ各地にある8つのジムを回り、ジムリーダーを倒してバッジを手に入れる。
バッジを全て揃えたら、一年に一度開かれるトレーナーフェスティバルに出場できる。
そのフェスティバルで優勝した者だけが、チャンピオンのいるポケモンリーグに挑戦できるのだ。
そして四天王とチャンピオンを倒した時、ついにポケモンマスターの称号が贈られる……
ちなみにポケモンマスターになった者は、新チャンピオンになる権利ももらえる。
だが、それは決して強制されるものではない。
チャンピオンにならずに旅を続ける人もいるし、中にはポケモンマスターになった瞬間引退する人だっているのだ。
……まあ今の僕にはまだ、ポケモンマスターになった後のことは考えられないけど……
以上が、僕がポケモンマスターについて知っている全てだ。
……それにしても、静香ちゃんは僕をそんなことも知らないと思っていたのか。
「ちょっと、ショックだなぁ」
彼女に聞こえないように、こっそりと呟いた。
----
「あ、そういえば……」
先へ進もうとした僕らを、トモキが呼び止めた。
「最近クロガネゲートに、強いルーキー狩りが出るって噂だぜ。
お前も気をつけろよな、最近じゃあポケモンを取られた奴までいるそうだぜ」
「ルーキー狩り、って何?」
初めて聞く言葉だが、悪い奴だということくらいはわかった。
「旅に出たばかりのトレーナーを狙って経験値稼ぎをする悪質なトレーナーよ。
でも別に違法じゃないから、止めることができないのよね……」
静香が、不安そうな表情を浮かべる。
その顔を見たとき、僕の意志は決まった。
「許せない……」
「え?」
「初心者ばかりを狙い、あげくにはポケモンを取り上げるなんて、絶対に許せない!」
口に出すと、ますます腹が立ってきた。
だから、僕がやることは一つだ。
「僕がそのトレーナーを、倒してみせる!」
----
――クロガネゲート 出口付近――
「う、嘘だろ……」
思わず漏れたその声は、焦りなのか、それとも――
『恐れ』なのか……
「ミニリュウ、止めの竜巻だ」
目の前にいる少年は、顔色一つ変えずに命令を下す。
竜巻で吹き飛ばされた俺のエレキッドは、ピクリとも動かなくなった。
「そ、そんな……
この俺が、ルーキーなんぞに……」
思わず、地面に膝をついてしまった。
そんな俺を見下しつつ、少年は冷めた声で言い放つ。
「この辺りで強いルーキー狩りが出るって評判だったから、どんなのかと予想してたけど……
……どうやら、初心者を狩って満足しているだけの小者だったみたいだね」
「てめぇっ!」
この少年を、思い切り殴りたい。
そんな衝動に駆られたが、結局俺は動くことができなかった。
これ以上何をしても、惨めなだけだと気付いたからだ。
「もう勝負はすんだんだし、さっさと消えてくれない?」
少年にそう言われた俺は、素直に立ち上がって出口の方へ歩いて行った。
「チクショオ!」
道の途中、そう叫びながら壁に拳を叩きつけた。
----
「す、凄い……」
2人の少年のバトルを見ていた僕は、思わずそう呟いていた。
―――数分前
昨日屈辱的な敗北を喫した僕は、再びクロガネゲートを進んでいた。
昨日はあの敗戦のショックで我を忘れ、クロガネに行きそびれてしまったのだ。
洞窟を進む途中、僕は思わず足を止めた。
昨日僕からポケモンを奪った、あのルーキー狩りの姿が見えたからだ。
僕は岩陰に隠れ、彼がその場を立ち去るのを待つことにした。
取られたポケモンを取り返すこともできない、自分の無力さを呪いながら……
しばらくすると、ルーキー狩りの前を凛々しい少年が通って行った。
ルーキー狩りはさっそく凛々しい少年を呼びとめ、バトルを挑んだ。
凛々しい少年は顔色一つ変えず、素直に挑戦を受け止めた。
そして、さっきのバトル―――
本当に、凄いとしか言いようがなかった。
昨日僕を圧倒したあのルーキー狩りを、凛々しい少年は完璧に叩きのめしたのだ。
見た目は僕と同年代くらいだろうが、その風格は僕より数段上のものだった。
……だから、僕は――
「あの、すみません……」
岩陰から出て、恐る恐る少年に声をかけた。
----
「なんだい?」
少年はこちらを振り向き、そう尋ねてきた。
「あの、さっきのバトル見ました。
凄かったです!」
先程のバトルの感想を、素直に述べた。
「そう、ありがとう」
そう答えた彼の表情は、とても嬉しそうには見えなかった。
「じゃあ、僕はもう行かせてもらうよ」
少年は、僕との会話をめんどくさがっている。
どうやら、さっさと先に進みたいようだった。
「ま、待ってください!」
場を去ろうとする彼を、慌てて呼び止める。
「僕は、昨日あのルーキー狩りにやられて、ポケモンまで奪われました……」
「へぇ……ポケモンを奪われたトレーナーって、君のことだったのか」
少年の関心が、少しだけこちらに向いたような気がした。
「はい。 でも僕は、奪われたポケモンを取り返すこともできませんでした。
それに引きかえあなたは、いとも簡単にあの男を倒して……
本当に、凄いって思いました。 だから―――」
彼のもとへ一歩近寄り、決意の一言を述べる。
「僕を、あなたの弟子にしてください!」
----
「断る」
即答だった。
「弟子なんていても、邪魔になるだけだ」
少年の声は、相変わらず冷めている。
「お願いします、僕はどうしても強くならなければいけないんです!」
そう、僕には強くならなければいけない理由がある。
だから、どうしてもこの少年の弟子になりたいのだ。
土下座までして、少年に頼み込んだ。
すると、少年は突然こちらを凝視し始めた。
いままでは、全く興味がなさそうだったのに……
少年はしばらく考え込んだ後、言った。
「いいよ、僕についてくるといい。
僕は出木杉……君は?」
「え、あ……スネ夫です!」
突然の了承に、嬉しさ半分、戸惑い半分の返事がこぼれた。
なぜ彼は突然、考えを変えたのだろうか。
……まあいいか、認めてくれたことに変わりはないんだから。
「よし、じゃあ行こうかスネ夫」
「はい、出木杉さん!」
少年――出木杉が光り差すクロガネゲートの出口へと歩いて行く。
彼の背中にもまた、眩しいほどの光が差している。
僕はその背中を、ただひたすら追い続けた。
----
現在の状況
・のび太 203番道路
手持ち ヒコザル ♂ LV11
・静香 203番道路
手持ち ペンちゃん(ポッチャマ) ♂ LV14
ムーちゃん(ムウマ) ♀ LV14
・スネ夫 クロガネシティ
手持ち エル(ナエトル) ♂ LV10
・出木杉 クロガネシティ
手持ち ミニリュウ ♂ LV16
他不明
----
――203番道路――
「ハァ、ハァ……静香ちゃん、そろそろ休まない?」
コトブキシティを出発してから、数時間が経った。
そろそろ、僕の疲労も限界に近づいてきた。
情けないと思いつつも、静香に休息を懇願する。
「しっかりしてよ。
もうすぐコトブキゲートに着くから、それまでがんばりましょう?」
静香は、僕と違ってまだまだ元気そうだ。
……ここは男として、もっとがんばらなきゃな。
そんな決意を固め、再び歩き始める。
そして――
「見えてきたわ、あれがコトブキゲートよ!」
静香が指差す先に、コトブキへの道となる洞窟の姿が見える。
「それじゃあ、そろそろ一休みしましょうか」
洞窟を見た彼女が、ようやく休憩を促す。
洞窟の入り口が、だんだん天国への門のように見えてきた。
洞窟近くの草むらに、風呂敷を広げて食事を取る。
人間には静香が作った弁当、ポケモンたちには木の実とポケモンフーズ。
少し早い、夕食の始まりである。
----
「おいしい、おいしすぎるよ静香ちゃん!」
弁当のおにぎりや卵焼きをほおばりつつ、その味を褒め称える。
今自分は、世界一幸せかもしれない……
弁当を眺めながら、そう思った。
ふと、ふいに近くの草むらが揺れた。
「野生のポケモンかしら?」
慌てて、戦闘体勢を整える僕たち。
そこに飛び込んできたのは、星模様の尻尾を持つ青い獣……
ここへ来る途中に一度見かけた、コリンクというポケモンだ。
コリンクは僕たちの正面に立つと、その体に電気を溜め始め――
そして、いきなり倒れた。
……………………
「病気でも、持ってるのかしら?」
静香が傷薬を吹きかけてみても、コリンクはちっとも元気になる兆しを見せない。
何か苦しそうに呟いているが、人間の僕たちには何を言っているのかさっぱりだ。
「うーん、一体どうすれば……」
僕と静香は、揃って頭を抱える。
苦しそうなこのコリンクを、助けてあげたかった。
でも、どうすればいいのか分からない。
ここから一番近いクロガネシティのポケモンセンターには、急いでも2・3時間はかかる。
それまでに、死んでしまう可能性もあるのだ……
----
僕たちはしばらく、どうすればいいのか悩んでいた。
するといきなり、ヒコザルがコリンクに食べ物を与え始めた。
「ちょっとヒコザル、勝手にそんなことしたら……」
僕が止めようとしても、ヒコザルはなおもコリンクに食べ物を与える。
――すると突然、コリンクが起き上がった。
コリンクは先程までの醜態が嘘だったかのように、元気に動き回っている。
「もしかして、お腹が空いてただけなのかしら?」
静香が、呆れたように呟く。
そして僕たちは、同時に溜息をついた。
先程まで慌てふためいていたのが、なんだか馬鹿らしかったから。
「しかし、よく食べるなあ……」
僕たちが用意した食べ物を、コリンクはどんどん胃袋の中に吸い込んでいく。
特にモモンの実がお気に入りのようで、そればかり食べていた。
「もう、モモンの実が無くなっちゃうじゃない。
代わりに、こっちの方を食べてよ」
静香はそう言って、チーゴの実を差し出す。
コリンクはチーゴの実を口の中に含むと、直後に顔を歪める。
そして、すぐさま静香の手の上に吐き出した。
どうやら、この実は好みに反していたらしい。
コリンクは再び、顔をモモンの実へと近づけていた。
「もう、好き嫌いはいけないわよ!」
静香は頭にきたのか、モモンの実を取り上げた。
すると、コリンクはいきなり大声で泣き始めてしまった。
「あ、ご、ごめんなさい……」
静香は慌てて、再びモモンの実を差し出す。
コリンクは瞬く間に笑顔を浮かべ、モモンの実を食い尽くした。
----
腹がいっぱいになったコリンクは、すやすやと心地よく眠っている。
僕と静香ちゃんは、その寝顔を満足そうに見ていた。
「ねえ、のび太さん……」
突然、静香が話しかけてきた。
僕は「何?」と尋ねてみる。
「このコリンクのことなんだけど……」
静香は、神妙な面持ちで話を続ける。
僕は黙って、彼女の話の続きを聞き続けた。
「あのね、この時期のコリンクって、みんな群れで行動するのよ」
静香に言われて、思い出した。
ここに来る途中に見たコリンクは、確かに20匹くらいの集団を作っていたのだ。
でもこのコリンクは、たった一匹で行動している。
「……と、いうことは……」
「そう、たぶんあのコリンクは群れからはぐれたのよ」
寂しそうな声で、彼女は言った。
まだ、このコリンクは幼い。
それなのに群れから、両親からはぐれてしまって一人ぼっちだ。
このわがままで泣き虫なポケモンが、これからたった1匹で生きていけるのだろうか?
そのことを思うと、胸が痛んだ。
そして、ある決意が頭を過ぎる。
「僕が、このコリンクを連れて行くよ」
はっきりと、静香にそう告げた。
----
「本当にいいの?」
静香が、僕の決意を確かめるように聞く。
先程の彼女とコリンクのやりとりを見る限り、コリンクはなかなか手が焼けるポケモンだ。
そして僕はまだ初心者で、自分のことすらろくに面倒を見切れない。
僕が本当にコリンクの面倒を見切れるのか、静香は心配なのだろう。
だが、考えを変えるつもりはない。
「大丈夫だよ、どうにかしてみせるさ。
それに僕もヒコザルも、手持ちが1匹で寂しかったんだ。
旅は、多いほうが楽しいじゃない」
僕がそう言ってクスリと笑うと、静香もつられて笑った。
ちょうどその時、コリンクが目を覚ました。
食事をしていた時の笑みはどこにいったのか、寂しく怯えているような目をしている。
やはり、1人で寂しいのだろう。 だから――
「なあコリンク、僕と一緒にこないかい?」
僕の誘いに、コリンクはうろたえている。
「ほ、ほら……一緒にきたらモモンの実もたくさん食べさせてやるからさ……」
慌ててそう言うと、コリンクの顔が途端に明るくなる。
そして、僕の脚に擦り寄ってきた。
どうやら、あっさりと一緒に来ることを決めてくれたようだ。
----
「全く、本当にお前はモモンの実が好きなんだな」
呆れたような、嬉しいような声が漏れる。
ふとその時、とある考えが浮かんだ。
「そうだ! お前のニックネーム、“モモン”にしよう!」
「モモン……ちょっと変わった名前だけど、のび太さんらしくていいと思うわ」
静香が笑う。
僕も笑う。
そして、コリンク――モモンも笑みを浮かべてくれた。
「さて、じゃあ行きましょうか」
静香が弁当などを片付け、出発の支度をする。
「うん、そうだね」
僕もそう言って、立ち上がる。
「じゃあ行こうか。 ヒコザル、モモン」
僕が呼びかけると、二匹とも笑みを返してくれた。
クロガネゲートの入り口は、もうすぐそこだ。
そして、その先にあるクロガネシティも。
僕は歩いて行く、ヒコザルやモモンとともに……
----
現在の状況
・のび太 203番道路
手持ち ヒコザル ♂ LV12
コリンク ♂ LV9
・静香 203番道路
手持ち ペンちゃん(ポッチャマ) ♂ LV14
ムーちゃん(ムウマ) ♀ LV14
・スネ夫 クロガネシティ
手持ち エル(ナエトル) ♂ LV12
・出木杉 クロガネシティ
手持ち ミニリュウ ♂ LV16
他不明
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――クロガネジム――
いまジムのフィールドでは、2体のポケモンが向かい合っている。
一方はジムリーダー、ヒョウタのズガイドス。
一方は僕の師匠的な存在である、出木杉のユンゲラー。
「じゃあ、こちらから行かせてもらおうか」
ヒョウタはそう言うと、指を鳴らす。
するとズガイドスは、ユンゲラーに向かって走りながら突っ込んでくる。
相手に突撃した衝撃でダメージを与える技、“突進”だ。
「テレポート」
ユンゲラーは間一髪のところでテレポートを成功させ、攻撃を回避した。
「ズガイドス、もう一度だ!」
ヒョウタの命令を受け、ズガイドスは再びユンゲラーに向かって行く。
ユンゲラーは再びテレポートをして、なんとかそれをかわす。
そんな光景が、この後も3回くらい繰り返された。
その様子を見ているうちに、ふとあることに気付いた。
「ユンゲラーの動きが、だんだん鈍くなってる……」
ユンゲラーのテレポート発動までの時間が、序々に長くなっているのだ。
そのせいで、ズガイドスの突進がだんだん当たりそうになってきた。
……僕のような、駆け出しトレーナーでもそのことに気付いたのだ。
ジムリーダーのヒョウタが、そのことに気付かないはずがない。
彼の口元が、少し綻んでいるように見えた。
----
「ズガイドス、次は長めに助走をとれ!」
ヒョウタが、活きのいい声で命令する。
ズガイトスは先程より長い助走をとってから、駆け出した。
そのスピードは、いままでより倍くらい速かった。
「やばい、いまのユンゲラーじゃこんなの避けられない!」
思わず、そう叫んでいた。
だがズガイトスが駆け出した時には、すでにユンゲラーの姿は消えていた。
いつのまにかテレポートを決め、ズガイトスの後ろに回りこんでいたのだ。
「まずい! 止まれ、ズガイトス!」
ヒョウタが慌てて叫ぶ。
だがかなりのスピードで走るズガイトスは、すぐには止まれない。
その勢いのまま、ジムの壁に激突してしまった。
「いまだ、念力」
フラフラと立ち上がるズガイトスに、ユンゲラーが背後から追撃を加える。
ズガイトスはあっさりと倒れる、もう立ち上がることはできそうにない。
「あちゃー、うまくしてやられちゃったな」
ヒョウタは頭を掻きながら、ズガイトスを回収する。
ユンゲラーの動きは、鈍ってなどいなかったのだ。
だが出木杉はわざとそう演じさせ、ヒョウタにそう思い込ませたのだ。
そして僕もまた、彼に騙されてしまった。
見事、としか言いようがない。
―――やはり、この人のもとに弟子入りしたのは正解だったんだ。
ふと、そんなことを考えていた。
----
――クロガネゲート――
ここを歩き始めてから、数十分が経過した。
僕たちはくだらないことをベラベラと喋り合いながら、クロガネへと進んでいる。
「でさー、僕が7歳の時……イテッ!」
ふと、僕の体が何かにぶつかった。
見上げてみると、そこには僕と同い年くらいの少年が立っていた。
「あ、すみません」
少年は僕よりだいぶ体が大きい。
なんとなく怖くなって、慌てて敬語で謝った。
だが、彼の目にはまだ怒りの色が篭っていた。
そして、そのままの調子で叫ぶ。
「おいてめぇ! 謝ってすむと思ってんのか!」
「ホントにすいません、許してください!」
「ふざけんな、誰が許すか!」
何度謝っても、あっさり突き放される。
それどころか少年は、僕の胸ぐらに掴みかかってきた。
「ちょっと待って! のび太さんはきちんと謝ったでしょう。
ぶつかっただけなんだから、許してあげてよ」
静香の静止で、なんとか僕は解放された。
その代わりに、少年は眼光を静香の方に向けている。
静香はその睨みに屈することなく、言い放った。
「この辺りで話題になっているルーキー狩りって、あなたのことね」
----
「この人が、ルーキー狩りだって!?」
驚きの声を上げた後、よーく少年の姿を見てみる。
10歳くらいの顔つき、大柄な体格、オレンジ色のシャツ。
確かに、短パン小僧のトモキから聞いた情報と一致している。
そう――この男が、あの憎きルーキー狩りなのだ。
「知っているなら話は早い、俺と勝負してもらうぜ!」
同時にボールを構える、静香と少年。
「待って!」
だがその静香を、僕は制する。
困惑する彼女に、僕は言う。
「ルーキー狩りとのバトルは、僕にやらせてほしいんだ」
噂を聞いたときからずっと、彼をこの手で倒したいと思っていた。
その願いが、叶うときがきたのだ。
無謀な挑戦であることは分かっている。
それでも、挑まずにはいられなかった。
「わかった。 がんばってね、のび太さん」
静香は少し考えた後、身を引いた。
「おもしれえじゃねえか、ぶっ殺してるよ!」
僕たちの様子を見ていた少年はそう言い放ち、モンスターボールを放り投げた。
中から出てきたのはエレキッド――だいぶ鍛えられているように見える。
でも、それでも僕は戦わなくちゃいけないんだ。
足を震わせている自分にそう言い聞かせる。
そして、ヒコザルのモンスターボールを放った。
----
「エレキッド、雷パンチだっ!」
開始早々、少年は攻撃を命令する。
その次の瞬間、エレキッドはすでにヒコザルの正面にきていた。
「まずい! 避けろヒコザル!」
僕がそう命令した時には、エレキッドの渾身の一撃が炸裂していた。
ヒコザルが、2メートルほど吹っ飛ばされる。
「あのエレキッド、凄い……」
思わず、そう呟いていた。
スピードも、パワーも、今まで戦ってきた敵とは段違いだったのだ。
たった一発で、ここまで実力の差を示されるとは……
「のび太さん、やっぱり無茶よ!」
後ろで、静香のそんな声が聞こえる。
『そうか、そうだよな。
僕なんかが、このルーキー狩りに勝てるわけがなかったんだ』
僕が諦めかけたその時、後ろで声がした。
振り返ると、ヒコザルがエレキッドに向かって咆哮していた。
そして、何か訴えかけるような目でこちらを見てくる。
そうか、ヒコザルはまだ戦う気なんだ。
……それなのに、トレーナーが逃げてどうするんだ。
僕は、戦わなくちゃいけないんだっ!
まだ足は震えているけれど、僕は戦う決意を固めた。
----
現在の状況
・のび太 クロガネゲート
手持ち ヒコザル ♂ LV12
モモン(コリンク) ♂ LV9
・静香 クロガネゲート
手持ち ペンちゃん(ポッチャマ) ♂ LV15
ムーちゃん(ムウマ) ♀ LV14
・スネ夫 クロガネシティ
手持ち エル(ナエトル) ♂ LV12
・出木杉 クロガネシティ
手持ち ミニリュウ ♂ LV16
ユンゲラー ♂ LV17
他不明
----
「雷パンチだ!」
再び響き渡る、少年の声。
またエレキッドが、拳に雷を纏って襲いかかってきた。
正面からの対決では勝てない、ならば……
「後ろに回りこめ、ヒコザル!」
ヒコザルは素早い動きで、エレキッドの背後を取ろうとする。
だがそれよりも更に早く、エレキッドがヒコザルの背後に立った。
「そんな、ヒコザルがスピードで負けるなんて!」
思わず、そう漏らしてしまった。
振り下ろされる、エレキッドの拳。
だがヒコザルは、それを間一髪のところでかわした。
「やった!」
そう叫んだ矢先、もう一方の拳が迫っていた。
「甘いんだよ!」
少年の声と共に、迫り来る二つ目の拳。
避けられないと直感したヒコザルは、両手でそれを受け止める。
それでもヒコザルは、またまた吹っ飛ばされてしまった。
防御しても、吹き飛ばされるほどのパワーを持った雷パンチ。
あのパンチがある限り、正面から真っ向勝負を挑むのは無謀すぎる。
……でも、スピードで敵の裏を取ることもできない。
いままでは、ヒコザルは持ち前の身軽さとスピードで戦ってきた。
なのに、今回はそれすらも敵に劣っている。
『一体、僕はどう戦えばいいんだ……』
----
「おらおらぁ! 逃げてばっかりじゃ話にならないぞ!」
少年の怒声と共に、何度も繰り出されるエレキッドの雷パンチ。
ヒコザルは、戸惑いつつ必死でそれを避ける。
だが、スピードのある雷パンチをいつまでも避けられるわけがない。
雷パンチが、ヒコザルの頭をかすめる。
バランスを崩し、転倒するヒコザル。
そこに、もう一撃雷パンチが迫る。
「危ない!」
ヒコザルは後ろ向きに転がり、なんとかその一撃をかわした。
「よし、いいぞヒコザ……」
開いた口を、思わず閉じてしまった。
立ち上がったヒコザルの顔には、かなり疲労の色が見える。
これ以上、雷パンチを避け続けるのは不可能だ。
……このままでは、負ける。
何か、この状況を抜け出すための何かを見つけ出さなければならない……
改めて、頭の中でヒコザルの能力を整理する。
技は基本的な技だけ、特に期待することはできない。
なら長所……ヒコザルの長所はスピードと身軽さ。
スピードは、エレキッドには叶わない。
ならば身軽さ、ヒコザルの体重はエレキッドよりだいぶ軽いはずだ。
身軽さをいかして、何か……勝つ方法を……
その時ふと、ある方法が頭に浮かんだ。
----
「ん、何ニヤけてんだ?
まあいい。 雷パンチッ!」
またまた、雷パンチが迫る。
その刹那、僕は叫ぶ。
「ヒコザル、飛べぇぇ!」
決して高くはないこの洞窟の限界の高さまで、ヒコザルは飛び上がる。
「火の粉だ!」
そしてその状況から、地上のエレキッドに向けて火の粉を放つ。
そんなヒコザルに、エレキッドは抵抗するわけでもなくただ逃げ惑う。
その姿を見て、僕は確信の笑みを浮かべる。
――敵のエレキッドは、先程から雷パンチばかりを試用している。
それは、あのエレキッドが物理攻撃に特化しているという証拠。
さらに僕のヒコザルは、身軽さゆえの驚異的な跳躍力を兼ね備えている。
……それなら、エレキッドの攻撃が届かないところで攻撃をすればいい。
それが、僕の作戦だった。
「クソッ、こざかしい真似しやがって!
……なら、降りてきたところに雷パンチだ!」
苛立つ少年の一言に、僕はまた笑みを重ねる。
「残念ながら、そうはさせないよ」
勝ち誇ったように、そう宣言する。
そして、上方を見上げる。
そこには、壁に掴まって炎を吐き続けるヒコザルの姿があった。
----
「クソッ、降りて来い!」
少年がギャーギャーとわめき続けている。
だが僕は全く気にせず、火の粉を命令し続ける。
ヒコザルは壁に掴まったままで、全く落ちる気配をみせない。
そんな姿を見て、旅に出る前ヒコザルと遊んでいた時のことを思い出した。
―――あの時のヒコザルは、本当に凄かった。
どんなに大きな木も、どんなに険しい岩壁も、楽々と登って行った。
そんな記憶が、まさかいま役に立つなんて……
思わず、笑みがこぼれた。
「降りてきて戦え、この野郎!」
少年は、いまだにわめき散らしている。
エレキッドの顔がだんだん苦しそうになってきたのを見て、焦りだしたのだろう。
イラついた声で、こう叫んでくる。
「正々堂々戦え、卑怯だぞ!」
“卑怯”
なぜかその言葉が、やけに胸に響いた。
「卑怯なんかじゃないさ、これも戦略の一部だよ」
そう言い切れる自信はあった。
……あったはずなのに、何故か言うのを少し躊躇ってしまった。
----
―――昔憧れていた者たちは、皆真っ向から立ち向かって行った。
初めてテレビで見たチャンピオンは、華麗な技で観客を魅了した。
テレビアニメの主人公は、豪快な技で悪役を蹴散らしていった。
それに比べて、今自分がやっていることはどうなのだろうか。
とても、真っ向勝負と呼べるものではないのかもしれない。
……でも、僕が勝つにはこうするしかないんだ。
こうするしか……
「おい、降りてきやがれ! この卑怯者!」
少年は、しつこく叫んでくる。
それにしても、なんでこんな奴に卑怯者呼ばわりされなきゃならないのだろうか。
初心者を狙って経験値を稼ぎ、挙句の果てには他人のポケモンを取り上げた。
『卑怯者は、お前の方だろう』
そう、心の中で何度も毒づいた。
だんだん胸の奥が、ムカムカしてきた。
よく見ればエレキッドは、もうフラフラで倒れそうだった。
これならもう、一撃加えるだけで勝てそうだ。
「降りてこい」少年はまだそう叫んでいる。
僕は、薄ら笑いを浮かべて言う。
「ああいいさ、直接攻撃で決着をつけてやるよ」
どうせもう勝ちは決まってるんだ、お前の望む形で倒してやる。
「ヒコザル、引っ掻くだ!」
半ばやけになって、そう命令した。
「挑発に乗っちゃだめよ、のび太さん!」
静香の声が聞こえてきた。
だが僕もヒコザルも、もう止まることはできない。
敵対する少年の顔には、笑みが戻っていた。
----
「雷パンチで迎え撃てっ!」
響き渡る、少年の声。
「敵より先に、引っ掻くを叩き込めぇ!」
僕も負けじと、大声をはり上げる。
爪をむき出しにしながら、空中から落下するヒコザル。
それを迎え撃たんと、拳を構えるエレキッド。
二匹の距離が、だんだんと縮まって行く。
3メートル、2メートル、1メートル―――
そして、激突の時が来る。
僕と少年、2人の声が同時に重なる。
「「行けええええええぇぇぇ!!」」
その瞬間、僕は思わず目を閉じてしまった。
そして次に目を開けたとき、僕が見たものは……
[[次へ>シンオウ冒険譚 その3]]
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