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「シンオウ冒険譚 その1」(2008/02/12 (火) 16:48:24) の最新版変更点
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ドアを開けて最初に見上げた空には、雲一つなかった。
そこに広がっていたのは、一面の青。
めったに拝めないこの絶景は、いま旅立とうとしている僕を祝福しているように感じられた。
突然いてもたってもいられなくなり、駆け出した。
『この先で、夢のような冒険が待っている。』
頭の中で夢のような光景を描きながら、ひたすら街の中を駆け抜けていく。
いま僕の目に映っているは、希望という“光”だけだ。
その裏に潜んでいる“闇”には、気付くこともできない……
―――これは、希望を追い続けたあるポケモントレーナーたちの冒険譚である。
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家を出てから、どれほどの時間が経ったのだろうか?
振り返ってみると、昨日まで住んでいた辺りはかなり小さくなっていた。
普段は巨大に感じたナナカマド博士の研究所も、掌に収まるくらいだ。
ましてや自分の家など、もはやどこにあるのかも分からなかった。
―――僕は今日、故郷であるマサゴタウンを旅立った……ポケモントレーナーだ。
名を、のび太という。
僕には小さい頃から夢があった、『ポケモンマスター』になることだ。
ポケモントレーナーにとって最高の名誉であるその称号を夢見始めたのは、いったいいつごろのことだっただろうか……
ふと立ち止まって考えてみたが、答えは出てこなかった。
小さい頃からポケモンが大好きで、テレビでいつもポケモンバトルを見ていて……
気が付けば、いつのまにかそれが夢となっていた。
両親は少し前まで、僕が旅立つことに反対していた。
まだ若干10歳、安心して一人旅をさせられるような年齢ではなかったからだ。
でも、どうしても旅に出たかった。
シンオウ中に名を轟かしている有名なトレーナーたちは、みな自分くらいの年で旅に出ていた。
だから自分も、いまから夢を追い求めなければいけないと焦っていた。
そして何度も話し合い、僕の熱意を感じた両親は旅に出ることを許可してくれたのだ。
そして今日、僕はついに旅立ちの日を迎えた。
両親との別れは辛かったが、涙は必死で堪えた。
こんなことで泣いていたら、これからの旅に耐えることなどできないと思ったからだ。
……いろいろなことを思い出しながら歩いていると、いつのまにかマサゴタウンの出口まで来ていた。
これから進んでいく先には、未知の世界が広がっている……
そんな期待に、胸が高鳴った。
----
――202番道路――
マサゴタウンとコトブキシティを繋ぐこの道には、野生のポケモンが出現する。
丸腰では危険だと感じ、腰につけたモンスターボールを取り出した。
ボールの中から出てきたソイツは、いつものように無邪気な笑みを浮かべている。
「やあヒコザル、今日も元気そうだね」
僕が話しかけるとソイツ……ヒコザルは明るい笑みを浮かべてきた。
「野生のポケモンがきたら頼むよ、ヒコザル」
僕が頼むと、ヒコザルは任せておけという風に拳を突き出す。
「ははは、頼もしいね」
そう言って、ヒコザルといっしょに歩み始めた。
―――ヒコザルと出会ったのは、一年前のことだった。
最初はその腕白さに手を焼き、恨めしく思うこともあった。
でも日々を共に過ごすに連れて絆は深まり、いまでは大切なパートナーであり親友だ。
ヒコザルの笑顔は、いつも僕に元気をくれる。
彼の存在は、僕にとってかけがえの無いものなのだ。
「ピイイイイ!」
突然背後から、ムックルが鳴き声を上げながら襲い掛かってきた。
だが、攻撃は届かない。
ヒコザルが、引っ掻くでムックルを撃破したからだ。
「ありがとうヒコザル、かっこよかったよ!」
僕がそう告げると、ヒコザルは照れくさそうに頭を掻いた。
―――こいつと一緒なら、きっとポケモンマスターにだってなれるさ。
そんな自信が、湧きあがってきた。
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しばらく202番道路を歩いていると、1人の少年が目に入った。
年は僕と同じくらいに見えるが、僕よりだいぶ利口そうな顔をしている。
この辺りにいるということは、もしかして僕のように旅立ったばかりのトレーナーかもしれない。
しばらく悩んだ末、彼に話しかけてみることにした。
「やあ、もしかして君も新人トレーナーかい?」
僕が尋ねると、少年はこちらを向いて返答してくれた。
「ああ、そうだよ」
素っ気無い感じがする返事だった。
「僕はマサゴタウンののび太……君は?」
「フタバタウンの出木杉だ、よろしく」
名前を尋ねてみると、やはり短い返事が返ってきた。
何か話したかったが、この少年、出木杉とはあまり会話が続きそうに無い。
「うーん、どうしようか……」
僕が悩んでいると、出木杉は僕に背を向けて歩き始めた。
「ま、まって!
……僕と、ポケモンバトルしようよ!」
引きとめようとして、思わずそう言ってしまった。
出木杉が振り返り、こちらを見る。
どうせ断られるだろうと思っていた、が……
「いいよ、やろう」
意外にも、出木杉からは了承の返事が返ってきた。
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勝負を始めるために、すこし下がって出木杉と距離をとる。
すると出木杉は早速、ポケモンを出して来た。
「ミ、ミニリュウだ!」
出木杉の出したポケモンを見て、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
シンオウにはほとんど生息せず、海外でもかなり希少なミニリュウ。
そんなポケモンが、まさかいきなり出てくるとは思わなかったのだ。
「こっちはヒコザル、君に任せたよ!」
僕が声をかけると、さっきまで僕の背中に?まっていたヒコザルが前方へ飛び出していく。
「……ヒコザル、か……」
ヒコザルを見た出木杉が、何か思いつめるように呟いた。
―――その顔はなんだか、寂しそうに見えた……
ミニリュウはなかなか動かない、こちらから仕掛けてくるのを待っているのだろうか?
ならば遠慮なく、こちらからいかせてもらうだけだ!
「ヒコザル、引っ掻くだ!」
僕が命令すると、早速ヒコザルがミニリュウに飛び掛っていく。
決まった……ミニリュウに接近するヒコザルを見て、そう確信した。
だが、その考えは甘かった。
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「ミニリュウ、電磁波」
ヒコザルがミニリュウの直前まで迫ったそのとき、ミニリュウが体から電撃を放った。
電撃を浴びたヒコザルの動きが、麻痺によって鈍る。
「巻きつくだ」
ヒコザルの爪より速く、ミニリュウがヒコザルの体を包み込み、締め付ける。
「えっ! ヒ、ヒコザル……がんばって脱出して!」
予想外の展開に戸惑い、中身の無い愚かな命令を下してしまった。
でもヒコザルは必死で暴れ、ミニリュウに己の体を開放させた。
ヒコザルは一度、ミニリュウと距離をとる。
……いまヒコザルは麻痺で動きが鈍っている、接近戦では少々不利だ。
「なら遠距離戦を挑めばいい、火の粉だ!」
「……竜巻だ」
ミニリュウの竜巻は火の粉をかき消し、そのままヒコザルに直撃した。
ヒコザルは2メートルほど吹き飛ばされ、立つことができない。
確認するまでもなく、すでに戦闘不能状態だということが分かった。
「ヒコザル! 大丈夫!」
慌ててヒコザルに駆け寄り跪く僕に、出木杉は冷たく一言言い放った。
「大したこと無いね」と。
出木杉はそれ以上は何も言わず、ミニリュウを回収して去って行く。
よく見れば、彼のミニリュウは無傷だった。
その瞬間に気付かされた、自分が完敗したんだということに……
心の中が悔しさで満ち溢れていく。
拳を振り上げ、地面を殴りつける。
当然手が痛かったが、いまはそんなことは気にならなかった。
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「待てよ、出木杉!」
去り行く彼を、再び呼び止める。
「僕は確かに、まだまだ弱くて情けないトレーナーだ。
……でも、これから僕は強くなってみせる!
君を越え、ポケモンリーグに出て……ポケモンマスターになってやる!」
気が付けば、そう叫んでいた。
「そうかい、楽しみにしているよ」
出木杉はそう返答し、去って行った。
彼が去った後、さきほどまで倒れていたヒコザルがようやく立ち上がった。
その顔には、悔しそうな表情が浮かんでいる。
「ヒコザル、もっともっと強くなろう!
そしていつか、あいつを見返してやろう!」
僕の呼びかけに、ヒコザルは大きく頷いた。
あのトレーナーを、出木杉を越える。
早速新たな目的ができた、このまま立ち止まっていられない。
僕は立ち上がり、再び202番道路を歩き始めた。
―――この旅路の先に、何が待っているかはまだ分からない。
それでも僕は歩いて行く、希望だけを夢見て……
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――???――
「それではただいまより、裁判を始めたいと思います」
黒い服を纏った裁判官が、木槌の音を法廷に響かせる。
僕はずっと顔を俯け、その音を聞いている。
「被告人、ドラえもんのやったことは、かなりの重罪です。
いかなる事情があったとしても、許されるべきことではないはずです……」
いまは検察官が、自分の罪について長々と語っていた。
それを聞いていると、胸が締め付けられるような思いになる……
―――確かに、僕のやったことは許されるべきことではない。
罰を受ける覚悟は、とうの昔にできていた。
唯一つ、彼らのことだけが気がかりだった。
自分のせいで、“あんなこと”になってしまった彼らが……
できれば、もう一度会いに行きたかった。
でもそれは敵わない、僕はこの罪から逃れることはできないから……
「ごめんね、みんな……」
決して届かない言葉を、ひっそりと呟いた。
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現在の状況
・のび太 202番道路
手持ち ヒコザル ♂ LV9
・出木杉 ???
手持ち ミニリュウ ♂ LV13
他不明
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――クロガネゲート 出口付近――
「エレキッド、炎のパンチだああぁ!」
洞窟内に響き渡る大声と共に、振り下ろされるエレキッドの炎を纏った拳。
草タイプで、しかもレベルが低いエルがそれに耐えられるはずが無かった。
「大丈夫か、エル!」
エレキッドの攻撃の後、慌ててエルに駆け寄る僕。
エルと名付けられた僕のパートナー、ナエトルは僕にか弱い返事をした。
バトルに負けてボロボロになったその姿を見ると、胸が苦しくなる。
「……い……おい! 聞いてんのかっ!」
エルを抱える僕の上に、突如怒気の篭った声が浴びせられた。
嫌な予感を抱えつつ、声の主――先程までバトルをしていたトレーナーを見上げる。
オレンジ色のシャツを着た、大柄な少年……
顔つきは自分と同年代くらいだが、その迫力は自分の数十倍もあった。
「お前……たしかスネ夫、だったかな?
たしかバトルの前に、言ってくれたよなぁ……
『君みたいなゴリラが、この天才である僕に勝てるのかな』、なんてことをよぉ!」
少年が叫び声を上げつつ、僕の胸ぐらを掴む。
なんで僕はバトル前に、あんな挑発をしてしまったのだろうか……
自分の力を過信していた。
相手がここまで強いとは思っていなかった。
相手の威圧的な態度が気に食わなかった……など理由はいろいろあった。
でも、いまさらそんなことを考えたって仕方ない。
時すでに遅し……今頃後悔したところで、この状況を変えられるはずなどないのだ。
----
「本来ならバトルに勝っても賞金以外は獲らないんだが、てめぇはそれだけじゃ済まさねぇぜ!
……一発、キツイのをお見舞いしてやるよ!」
少年が僕を持ち上げ、拳を振り上げる。
僕は慌てて目をつぶり、歯を食いしばる。
だがそのとき、彼の拳が降ろされる前に……僕のベルトからモンスターボールがこぼれ落ちた。
彼は僕を掴んでいた手を放し、その手で落ちたモンスターボールを拾う。
全身に、悪寒が走った。
「……うーん。 よし! お前を殴るのは、よしてやるよ!
……その代わり、このモンスターボールは頂いていくぜ!」
彼はそう言うと、屈託のない笑みを僕に見せた。
ただし僕には、悪魔が笑っているようにしか見えなかったが……
「ま、待ってよ!
殴られるのは我慢するから、それだけは勘弁して……」
このままでは、僕のポケモンが彼に奪われてしまう。
それだけは何としても阻止せねばならないと思い、彼の足にしがみついた。
「うるせぇ! 敗者の分際で勝者に逆らってんじゃんねぇよ!」
だが彼はそう言い、しがみついてくる僕の手を蹴り飛ばした。
手に激痛が走る。
「じゃあ俺は行くぜ、アバヨ!」
彼は最後にそう言うと、まだ痛みに苦しんでいる僕の前から姿を消した。
洞窟に残された1人残された僕は、しばらくその場に呆然と座り込んでいた。
そしてその後……奪われたポケモンへの思いと、先程の少年への悔しさに揺り動かされ――涙を流した。
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――コトブキシティ――
「着いた……コトブキシティだ……」
コトブキに着いたとたん、口から感嘆の声が漏れた。
家を出て数時間、僕はようやくコトブキに辿り着いたのだ。
ここコトブキシティは、シンオウ地方一の大都会と言われている。
その名に恥じぬよう、街中には10階を超える高さのビルがいくつも並んでいた。
少ししか離れていないのに、なんで故郷マサゴタウンとここまでの格差があるのだろうか……
「えっと、ポケモンセンターは……」
先程購入した町の地図を広げ、ポケモンセンターへの順路を確認する。
この町には両親と何度か来たことがあるが、1人で来るのは初めてだ。
たしか来るたびに僕は、迷子になって泣いていた。
今日こそは迷わないようにと、地図を見ながら慎重に進む。
もし迷ってしまったときに、自分を探してくれる両親はもういないのだから……
しばらく街中を歩いていると、ようやくポケモンセンターの象徴である赤い屋根が見えた。
と同時に、僕は駆け出した。
202番道路では出木杉との戦いの後も、何度か野生ポケモンとの戦闘があった。
傷薬も全て使い果たしたが、ヒコザルの体はもう限界なのだ。
一刻も早く、センターで休ませてあげたかった。
やがて見えてきた入り口のドアに、全速力で飛び込む。
その瞬間、ドアのところに人影見えた。
「危ない!」
口ではそう言えても、足はすぐに止まってくれない。
まずい、このままじゃあぶつかる…………
次の瞬間、僕の全身に衝撃が降りかかった。
----
「いてててて……あ!」
ドアの前で倒れていた僕は、ゆっくりと身を起こした。
そのとき僕の目に飛び込んできたのは、自分と同じように倒れている同い年くらいの少女の姿。
そう……自分はさっき、この少女と衝突したのだ。
「ご、ごめん! 大丈夫?」
慌てて誤り、彼女のもとへ駆け寄る。
彼女はゆっくりと立ち上がると、こちらを見てニッコリと微笑んだ。
「私は大丈夫よ。
それより、あなたは大丈夫なの?」
「え……あ、うん。 全然平気さ!
それと……本当にごめんなさい!」
本当はまだちょっと体がクラクラしていたが、強がってみせた。
そんなことよりいまは、彼女に謝ることが先決だ。
「いいのよ、あなたが無事でよかったわ……」
彼女はまるで、自分のことのように喜んでれた。
悪いのは完全に自分なのに、彼女はむしろ自分のことを心配してくれている。
……なんだか、申し訳ない気持ちで胸が一杯になった。
しばらくして、ようやく僕は落ち着きを取り戻した。
それと同時に、ヒコザルのことを思い出す。
「あ! い、急がなきゃ……
今日はホントにゴメン! さようなら!」
少女にまたまた頭を下げ、センターの中へ駆け込んだ。
----
「じゃあ、たしかにお預かりしますね」
ヒコザルを受け取ったジョーイさんは、暖かい笑みを浮かべた。
僕はその笑みに安心感を覚え、ロビーのソファーへ戻って行く。
ヒコザルの回復には、1時間程度かかるそうだ。
この間に町での用事を済ましたり、観光をしたりすることもできる。
だが、どうせならヒコザルと一緒に町の中を歩きたかった。
だからヒコザルが回復するまでは、ここでテレビでも見ながらゆっくり過ごすことにしよう……
…………………………
「……あのー」
…………………………
「……………………あのー!」
…………………………
「ちょっと、起きてくださいよ!!!」
突然耳元に、大きく甲高い声が鳴り響いた。
----
……どうやら僕は、先程まで眠っていたらしい。
いまの大声で意識が戻り、そのことに気付かされた。
大声のせいか、ロビーの人たちが皆、こちらを見ている。
「……んー? だ、だれ……」
眼鏡を外して眠い目をこすり、再び眼鏡をかけて声の主を凝視する。
「き、君は!」
驚きを、隠せなかった。
そこにいたのは、先程衝突したあの少女だったのだ。
「呼んでるわよ……ジョーイさんが、あなたを」
「え……あ、はい!」
少女に促され、慌ててジョーイさんのもとへ向かう。
どうやら、すでにヒコザルの回復は終わっているらしい。
「ご、ごめんなさい!」
ジョーイさんに頭を下げ、ヒコザルを受け取る。
……なんだか今日は、頭を下げてばかりだ。
ヒコザルを受け取り、少女のもとへ戻った。
「あなたがなかなか起きてくれないから、つい大声を出してしまったわ……」
「ご、ごめん!」
少女が開口一番にそう愚痴ったので、またまた謝ってしまった。
「……えっと、僕はのび太っていうんだ。 君は?」
とりあえず、自己紹介をしておく。
「私は静香よ。 よろしくね、のび太さん」
少女――静香はそう言い、僕に再び笑顔をみせた。
----
それからはセンターを出て、町を歩きながら静香といろいろな話をした。
彼女もまた、先程センターにポケモンを預けていたらしい。
まず一度ポケモンを預け、外に出た時に僕と衝突。
それからポケモンを受け取って帰ろうとした時、ジョーイさんに呼ばれても熟睡している僕を見つけ、起こしたという具合だ。
そのことを聞いたあと、静香にこう尋ねられた。
「そういえば、のび太さんはなんであんなに急いでいたの?」
「え……ヒコザルがだいぶ傷を負っていたから、早くセンターに連れて行ってあげなきゃって思って……」
僕がそう答えると、静香は、
「へえ、のび太さんって優しいのね」
と言って微笑んだ。
……いま顔が真っ赤になっているのが、自分でも分かった。
―――よく見ると、静香はかなり可愛らしい顔つきをしていた。
少なくとも、僕が知っている同年代の女の子にこんな可愛い子はいない。
そんな彼女と話している自分は、最高の幸せ者だとまで思っていた。
思えばこのとき、僕はすでに静香に惹かれていたのだろう。
……いわゆる、『一目惚れ』って奴だろうか……
----
その後も静香と、いろいろな話をした。
主に自分が質問し、彼女が答えるといった感じだ。
その中で、分かったことが3つある。
まず一つ目は、彼女はやはり自分と同い年だということ。
二つ目は、彼女がなんとあのコトブキトレーナーズスクール(以降KTS)の生徒だということ。
KTSといえば、多くの有名なトレーナーを輩出していることで有名だ。
いわゆる、エリート学校という奴である。
そして三つ目は、彼女の夢もまたポケモンマスターだということ。
現チャンピオンであり初の女性チャンピオンである、あのシロナのようになりたいとか……
「実は僕の夢も、ポケモンマスターになることなんだ!」
僕が自慢げに話すと、静香は僕に問うてきた。
「ずっと聞きたかったんだけど……もしかして、のび太さんは旅をしているの?」
「うん、そうだよ」
僕が肯定の返事をすると、静香は突然黙り込んだ。
そしてしばらく何か考え事をした後、僕に言った。
「実は私も、今日旅に出るところなの……」
…………………………
「ほ、ほんとに!?」
しばらく空白の時間を置いてから、気の抜けた返事をする。
まさか彼女もまた、自分と同じく今日旅立つだなんて……
もしかして、これは運命という奴じゃないのか?
……一瞬、そんなくだらない妄想をした。
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静香が今日旅に出るという話を聞いてから、ずっと悩んでいた。
彼女に、自分と一緒に旅をしないかと誘いたかったのだ。
1人より2人で旅する方が楽しいし、あのKTSの生徒ともなればいろいろなことを吸収できるかもしれない。
……当然、かわいい子と一緒に旅ができるなんていう下心もあったのだが。
誘いたい……けど誘うのが恥ずかしく、いま一歩踏み出せないでいたのだ。
だが、自分の気持ちに嘘はつけない。
『勇気をだすんだ、のび太!』
自分にそう言い聞かせ、僕はついに彼女を誘う決心をした。
「あ、あの……も、もしよかったら……僕と旅を……「待って!」
僕の精一杯の勇気は、彼女の言葉に遮られてしまった。
彼女は、正面にある一軒家を指差している。
「いまあの部屋の窓から、だれかが侵入してた。
たぶん泥棒だわ、捕まえないと……」
彼女はそう言い、腰につけたモンスターボールを取り出す。
そして、正面の家へ向かった駆けて行った。
「ちょ、ちょっと待って!」
僕は慌てて、遠ざかる彼女の背中を追いかけた―――
----
――コトブキシティ とある民家――
「待ちなさい、あなたたち!」
先に家の中へ入って行った静香の、啖呵を切る声が聞こえる。
その後に続いて、僕も部屋の中に突入した。
「な、なんだ……」
「な、何者だ、お前たち!」
部屋に入った瞬間、2人の男の声が聞こえた。
どちらも、白と黒の二色で彩られた変わったデザインの服を着ている。
……正直ちょっと、かっこいいと思っていたりする……
突然乗り込んできた僕たちを見て、2人とも目が点になっていた。
「それはこっちのセリフよ。
あなたたち、人の家で何やってるの!」
静香が相手を睨みつけ、モンスターボールを構える。
その姿は、男の僕より断然かっこよかった。
「やる気かぁ? なら、容赦はしないぜ!
ガキの分際で大人に刃向かうってことがいかに愚かなのか、思い知らせてやるよ!」
敵の2人も、モンスターボールを取り出す。
どうやら向こうも、ポケモントレーナーのようだ。
「敵は2人……ダブルバトルよ、のび太さん!」
ふいに静香がこちらを向き、僕に呼びかける。
「え……バト、ル……」
いつの間にか、僕の脚は震えていた。
----
「どうしたの、のび太さん?
早く、ポケモンを出して!」
静香にそう言われても、僕はなかなかボールを取り出すことができない。
だって――
「その、僕、実はまだ、ポケモンバトルに勝ったことがなくて……
それに、ダブルバトルなんてやったことがないし……」
怯えながらそう喋る僕の声は、間違いなく震えていたのだろう。
――202番道路での出木杉との戦いの後、僕は一度もトレーナー戦をしていなかった。
別に、戦う機会がなかったわけではない。
確かに何度か、トレーナーを見かけることはあったのだ。
でも、でも僕は彼らと戦おうとはしなかった。
それどころか、むしろ見つからないようにしていた……避けていたのだ。
ヒコザルが傷ついていたから、戦ったら自分は不利だった。
確かに、そんな理由付けをすることもできる。
……でも、心の底にはたぶん“恐れ”があったのだ。
出木杉のミニリュウに、一撃もくらわせないまま完敗した屈辱。
あのときのように、また惨めな負けを喫するのではないか。
そんな恐れのせいで、僕は戦うことから逃げていたのだろう……
そしてそれは、いまこのときも同じだ。
----
「何だアイツ、怖気づいてるじゃねえか」
敵の内の片方が、僕を見てゲラゲラと笑っている。
その嘲笑を聞いて、頭の中がカッと熱くなる。
そして、この場から逃げ出したいという衝動に駆られる。
彼らと戦うのが、怖い。
彼らは泥棒―――つまり、悪人。
幼い頃テレビで見た悪役は、いつも強くて……何より恐ろしかった。
その身から放たれる、圧倒的な恐怖のオーラ。
こんな空き巣という小悪党でも、今の僕には確かにそのオーラが感じられた。
「ダメだ……やっぱり僕には無理だよ……」
口から、そんな弱気な声が漏れる。
顔を下げ、自分の足に目を向ける。
脚の震えは、まだ止まらない……
「……顔を上げて、のび太さん」
静香の声が聞こえる。
その声には、いままでない重みがあった。
「あなたが勝ったことがないのなら、私が勝たせてあげる」
彼女はハッキリと、そう言い切った。
「だから勇気を出して、のび太さん。
一緒に、戦いましょう」
彼女の小さな背中が、何よりも頼もしく見えた。
―――いつのまにか僕は、モンスターボールを握り締めていた。
----
「お、やる気になったのか?」
「どっちにしろ、ガキ如きが俺たちには勝てねえよ!」
2人組みがポケモンを場に放つ。
ワンリキーとズバット、どちらも生で見るのは初めてだ。
「頼んだわ、ペンちゃん!」
「い、行け、ヒコザル!」
対する僕たちも、ポケモンを繰り出す。
僕はヒコザル、静香はペンちゃんと名付けられたポッチャマだ。
「ズバット、噛み付くだ」
「ワンリキー、空手チョップ!」
敵の命令とともに、2体のポケモンが迫ってくる。
「ペンちゃん、ワンリキーにつつく!」
ペンちゃんはつつくで、向かってくるワンリキーを迎撃した。
つつくはワンリキーに効果抜群、的確な命令だ。
「のび太さん、ズバットがきてるわよ!」
「えっ?」
静香の方を見ていて、気付かなかった。
彼女の声を聞いたときには、すでにズバットがヒコザルに噛み付いていた。
「わ、わわわ、ヒコザルが!」
「しっかりしてのび太さん。
ペンちゃん、ズバットに泡!」
ペンちゃんの口から、物凄いスピードで泡が放たれる。
それを受けたズバットは吹っ飛ばされ、なんとかヒコザルは噛み付くから逃れられた。
----
「ふぅ、助かった……」
噛み付くから逃れたヒコザルを見て、僕は安堵の溜息をつく。
「ありがとう静香ちゃ……う、後ろ!」
慌てて、静香に呼びかける。
ペンちゃんの後ろに、忍び寄る影が見えたのだ。
「甘いんだよ、てめぇらは!」
男の声と共に、ペンちゃんに襲い掛かるワンリキーの空手チョップ。
ペンちゃんが地面に叩きつけられる。
「僕のせいだ……」
ペンちゃんの苦痛に歪む顔を見て、胸が痛くなる。
こちらのフォローに回ったがために、ペンちゃんはワンリキーの奇襲を受けた。
僕がもっと、1人で戦えるくらいしっかりしていれば……
そんなふうに自分を責めていると、再びズバットがヒコザルに迫ってきた。
静香はワンリキーと戦っている、フォローを期待するわけにはいかない。
僕がやるしかないのだ。
僕が1人で、あのズバットを倒すしか……
「ヒコザル、火の粉だ」
ヒコザルが口からいくつもの火の玉を吹き出す。
だがズバットは、それを華麗な動きでかわしながら近づいて来る。
「くそ、もっと火の粉を放て!」
僕が何度命令しても、やはり火の粉はズバットに当たらない。
このままじゃだめだ、一体どうすれば……
「のび太さん、ただ攻撃するだけじゃあだめ。
ヒコザルには、補助技だってあるはずよ!」
僕が困っているところに、静香のアドバイスが飛んできた。
----
「補助技……補助技……」
静香のアドバイスを、頭の中で何度も反芻する。
いままで僕は、引っ掻くや火の粉で攻撃することしか考えていなかった。
でも、ヒコザルにはまだ他にも技があるのだ。
静香の言葉を聞いて、そのことに気付かされた。
ズバットがヒコザルのすぐ近くまで迫ってきた。
仕掛けるなら――いまだ!
「ヒコザル、睨みつける!」
僕の命令を受けたヒコザルが、ズバットを鋭く睨む。
その迫力に押されたのか、ズバットの動きが一瞬止まる。
「いまだ、引っ掻け!」
ヒコザルの爪が、ズバットの体を切り裂く。
睨みつけるのおかげで防御が下がっているので、威力はかなりのものだ。
「とどめの火の粉!」
引っ掻くを受け地に落ちていくズバットに、火の粉で追撃する。
炎に包まれたズバットの姿を見て、確信する。
もう、立ち上がることはないだろうと。
「凄いわ、のび太さん!」
静香が、僕を褒め称える。
僕はなんだか照れくさくて、ボリボリと頭を掻いた。
「さて、残るはあと一人だ」
ペンちゃんとワンリキーの方を向き、呟いた。
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「くそっ! 1対2になっちまったじゃねえかぁ!
おいてめぇ、あんなガキ相手になにやってんだ!」
窮地に立たされた敵の1人が、もう1人を責め始めた。
責められた方は、悔しそうに舌打ちをしていた。
「残るはワンリキーか……のび太さん、ヒコザルのレベルは?」
静香は何か考え込んだ後、突然僕に問うてきた。
「えっと……こないだ確認した時は、9レベルだったかな……」
僕の言葉を聞いた彼女は、小さくガッツポーズをとる。
「そのレベルなら、挑発が使えるはずよ」
彼女は、ニヤニヤしながらそう言った。
静香が何を考えているのか分からないが、とにかく挑発を使えということだろう。
ヒコザルがそんな技を覚えていることすら知らなかったが、とにかくやってみるしかない。
「ヒコザル、挑発だ!」
僕が命令すると、ヒコザルは突如敵を指差して笑い出す。
更には敵に何か言ったり、尻を叩いたりして馬鹿にしている。
それを見たワンリキーは、怒り狂って襲い掛かってきた。
「ヒコザル、もう下げていいわよ」
「え?」
突然の言葉に戸惑いつつ、言われた通りヒコザルを回収する。
「よし、あとは任せて!」
静香はそう言うと、ペンちゃんをボールの中に引っ込める。
そして、代わりに新たなポケモンを放った。
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場に現れたそいつは、紫がかった黒色の体を持ち、宙にプカプカと浮かんでいる。
僕はそいつを、昔買ったポケモンの図鑑で見たことがあった。
「ムウマ、だと……」
敵の男はそいつの名を呼ぶと、ガックリと膝をついた。
「え、どういうこと……」
すでに勝利を諦めたような敵の姿に、僕は戸惑いを隠せない。
「まあ、見ていればわかるわ」
静香にそう言われ、真剣に勝負の流れを見守る。
ムウマは常に、サイコウェーブを放ってワンリキーにダメージを与えている。
ワンリキーはそれに対し、ひたすら攻撃を繰り出して抵抗する。
だがそれらは全て、ムウマの体をすり抜けていった。
「挑発を受けたポケモンは、攻撃技しか出すことができない。
そしてワンリキーの攻撃は全て、ゴーストタイプのムーちゃんには通用しない。
……つまりもう、あちらに勝ち目はないのよ」
静香が笑顔でそう言うと同時に、ワンリキーがゆっくりと崩れ落ちた。
敵にはもう、ポケモンは残っていない。
と、いうことは……
「……やった。 僕たち、勝ったんだ!」
僕はしばらく呆然とした後、拳を天に突き上げて咆哮した。
そして思わず静香の手をとり、小躍りした。
―――これが僕の、生まれて初めての勝利だった。
[[次へ>シンオウ冒険譚 その2]]
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ドアを開けて最初に見上げた空には、雲一つなかった。
そこに広がっていたのは、一面の青。
めったに拝めないこの絶景は、いま旅立とうとしている僕を祝福しているように感じられた。
突然いてもたってもいられなくなり、駆け出した。
『この先で、夢のような冒険が待っている。』
頭の中で夢のような光景を描きながら、ひたすら街の中を駆け抜けていく。
いま僕の目に映っているは、希望という“光”だけだ。
その裏に潜んでいる“闇”には、気付くこともできない……
―――これは、希望を追い続けたあるポケモントレーナーたちの冒険譚である。
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家を出てから、どれほどの時間が経ったのだろうか?
振り返ってみると、昨日まで住んでいた辺りはかなり小さくなっていた。
普段は巨大に感じたナナカマド博士の研究所も、掌に収まるくらいだ。
ましてや自分の家など、もはやどこにあるのかも分からなかった。
―――僕は今日、故郷であるマサゴタウンを旅立った……ポケモントレーナーだ。
名を、のび太という。
僕には小さい頃から夢があった、『ポケモンマスター』になることだ。
ポケモントレーナーにとって最高の名誉であるその称号を夢見始めたのは、いったいいつごろのことだっただろうか……
ふと立ち止まって考えてみたが、答えは出てこなかった。
小さい頃からポケモンが大好きで、テレビでいつもポケモンバトルを見ていて……
気が付けば、いつのまにかそれが夢となっていた。
両親は少し前まで、僕が旅立つことに反対していた。
まだ若干10歳、安心して一人旅をさせられるような年齢ではなかったからだ。
でも、どうしても旅に出たかった。
シンオウ中に名を轟かしている有名なトレーナーたちは、みな自分くらいの年で旅に出ていた。
だから自分も、いまから夢を追い求めなければいけないと焦っていた。
そして何度も話し合い、僕の熱意を感じた両親は旅に出ることを許可してくれたのだ。
そして今日、僕はついに旅立ちの日を迎えた。
両親との別れは辛かったが、涙は必死で堪えた。
こんなことで泣いていたら、これからの旅に耐えることなどできないと思ったからだ。
……いろいろなことを思い出しながら歩いていると、いつのまにかマサゴタウンの出口まで来ていた。
これから進んでいく先には、未知の世界が広がっている……
そんな期待に、胸が高鳴った。
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――202番道路――
マサゴタウンとコトブキシティを繋ぐこの道には、野生のポケモンが出現する。
丸腰では危険だと感じ、腰につけたモンスターボールを取り出した。
ボールの中から出てきたソイツは、いつものように無邪気な笑みを浮かべている。
「やあヒコザル、今日も元気そうだね」
僕が話しかけるとソイツ……ヒコザルは明るい笑みを浮かべてきた。
「野生のポケモンがきたら頼むよ、ヒコザル」
僕が頼むと、ヒコザルは任せておけという風に拳を突き出す。
「ははは、頼もしいね」
そう言って、ヒコザルといっしょに歩み始めた。
―――ヒコザルと出会ったのは、一年前のことだった。
最初はその腕白さに手を焼き、恨めしく思うこともあった。
でも日々を共に過ごすに連れて絆は深まり、いまでは大切なパートナーであり親友だ。
ヒコザルの笑顔は、いつも僕に元気をくれる。
彼の存在は、僕にとってかけがえの無いものなのだ。
「ピイイイイ!」
突然背後から、ムックルが鳴き声を上げながら襲い掛かってきた。
だが、攻撃は届かない。
ヒコザルが、引っ掻くでムックルを撃破したからだ。
「ありがとうヒコザル、かっこよかったよ!」
僕がそう告げると、ヒコザルは照れくさそうに頭を掻いた。
―――こいつと一緒なら、きっとポケモンマスターにだってなれるさ。
そんな自信が、湧きあがってきた。
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しばらく202番道路を歩いていると、1人の少年が目に入った。
年は僕と同じくらいに見えるが、僕よりだいぶ利口そうな顔をしている。
この辺りにいるということは、もしかして僕のように旅立ったばかりのトレーナーかもしれない。
しばらく悩んだ末、彼に話しかけてみることにした。
「やあ、もしかして君も新人トレーナーかい?」
僕が尋ねると、少年はこちらを向いて返答してくれた。
「ああ、そうだよ」
素っ気無い感じがする返事だった。
「僕はマサゴタウンののび太……君は?」
「フタバタウンの出木杉だ、よろしく」
名前を尋ねてみると、やはり短い返事が返ってきた。
何か話したかったが、この少年、出木杉とはあまり会話が続きそうに無い。
「うーん、どうしようか……」
僕が悩んでいると、出木杉は僕に背を向けて歩き始めた。
「ま、まって!
……僕と、ポケモンバトルしようよ!」
引きとめようとして、思わずそう言ってしまった。
出木杉が振り返り、こちらを見る。
どうせ断られるだろうと思っていた、が……
「いいよ、やろう」
意外にも、出木杉からは了承の返事が返ってきた。
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勝負を始めるために、すこし下がって出木杉と距離をとる。
すると出木杉は早速、ポケモンを出して来た。
「ミ、ミニリュウだ!」
出木杉の出したポケモンを見て、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
シンオウにはほとんど生息せず、海外でもかなり希少なミニリュウ。
そんなポケモンが、まさかいきなり出てくるとは思わなかったのだ。
「こっちはヒコザル、君に任せたよ!」
僕が声をかけると、さっきまで僕の背中に?まっていたヒコザルが前方へ飛び出していく。
「……ヒコザル、か……」
ヒコザルを見た出木杉が、何か思いつめるように呟いた。
―――その顔はなんだか、寂しそうに見えた……
ミニリュウはなかなか動かない、こちらから仕掛けてくるのを待っているのだろうか?
ならば遠慮なく、こちらからいかせてもらうだけだ!
「ヒコザル、引っ掻くだ!」
僕が命令すると、早速ヒコザルがミニリュウに飛び掛っていく。
決まった……ミニリュウに接近するヒコザルを見て、そう確信した。
だが、その考えは甘かった。
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「ミニリュウ、電磁波」
ヒコザルがミニリュウの直前まで迫ったそのとき、ミニリュウが体から電撃を放った。
電撃を浴びたヒコザルの動きが、麻痺によって鈍る。
「巻きつくだ」
ヒコザルの爪より速く、ミニリュウがヒコザルの体を包み込み、締め付ける。
「えっ! ヒ、ヒコザル……がんばって脱出して!」
予想外の展開に戸惑い、中身の無い愚かな命令を下してしまった。
でもヒコザルは必死で暴れ、ミニリュウに己の体を開放させた。
ヒコザルは一度、ミニリュウと距離をとる。
……いまヒコザルは麻痺で動きが鈍っている、接近戦では少々不利だ。
「なら遠距離戦を挑めばいい、火の粉だ!」
「……竜巻だ」
ミニリュウの竜巻は火の粉をかき消し、そのままヒコザルに直撃した。
ヒコザルは2メートルほど吹き飛ばされ、立つことができない。
確認するまでもなく、すでに戦闘不能状態だということが分かった。
「ヒコザル! 大丈夫!」
慌ててヒコザルに駆け寄り跪く僕に、出木杉は冷たく一言言い放った。
「大したこと無いね」と。
出木杉はそれ以上は何も言わず、ミニリュウを回収して去って行く。
よく見れば、彼のミニリュウは無傷だった。
その瞬間に気付かされた、自分が完敗したんだということに……
心の中が悔しさで満ち溢れていく。
拳を振り上げ、地面を殴りつける。
当然手が痛かったが、いまはそんなことは気にならなかった。
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「待てよ、出木杉!」
去り行く彼を、再び呼び止める。
「僕は確かに、まだまだ弱くて情けないトレーナーだ。
……でも、これから僕は強くなってみせる!
君を越え、ポケモンリーグに出て……ポケモンマスターになってやる!」
気が付けば、そう叫んでいた。
「そうかい、楽しみにしているよ」
出木杉はそう返答し、去って行った。
彼が去った後、さきほどまで倒れていたヒコザルがようやく立ち上がった。
その顔には、悔しそうな表情が浮かんでいる。
「ヒコザル、もっともっと強くなろう!
そしていつか、あいつを見返してやろう!」
僕の呼びかけに、ヒコザルは大きく頷いた。
あのトレーナーを、出木杉を越える。
早速新たな目的ができた、このまま立ち止まっていられない。
僕は立ち上がり、再び202番道路を歩き始めた。
―――この旅路の先に、何が待っているかはまだ分からない。
それでも僕は歩いて行く、希望だけを夢見て……
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――???――
「それではただいまより、裁判を始めたいと思います」
黒い服を纏った裁判官が、木槌の音を法廷に響かせる。
僕はずっと顔を俯け、その音を聞いている。
「被告人、ドラえもんのやったことは、かなりの重罪です。
いかなる事情があったとしても、許されるべきことではないはずです……」
いまは検察官が、自分の罪について長々と語っていた。
それを聞いていると、胸が締め付けられるような思いになる……
―――確かに、僕のやったことは許されるべきことではない。
罰を受ける覚悟は、とうの昔にできていた。
唯一つ、彼らのことだけが気がかりだった。
自分のせいで、“あんなこと”になってしまった彼らが……
できれば、もう一度会いに行きたかった。
でもそれは敵わない、僕はこの罪から逃れることはできないから……
「ごめんね、みんな……」
決して届かない言葉を、ひっそりと呟いた。
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現在の状況
・のび太 202番道路
手持ち ヒコザル ♂ LV9
・出木杉 ???
手持ち ミニリュウ ♂ LV13
他不明
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――クロガネゲート 出口付近――
「エレキッド、炎のパンチだああぁ!」
洞窟内に響き渡る大声と共に、振り下ろされるエレキッドの炎を纏った拳。
草タイプで、しかもレベルが低いエルがそれに耐えられるはずが無かった。
「大丈夫か、エル!」
エレキッドの攻撃の後、慌ててエルに駆け寄る僕。
エルと名付けられた僕のパートナー、ナエトルは僕にか弱い返事をした。
バトルに負けてボロボロになったその姿を見ると、胸が苦しくなる。
「……い……おい! 聞いてんのかっ!」
エルを抱える僕の上に、突如怒気の篭った声が浴びせられた。
嫌な予感を抱えつつ、声の主――先程までバトルをしていたトレーナーを見上げる。
オレンジ色のシャツを着た、大柄な少年……
顔つきは自分と同年代くらいだが、その迫力は自分の数十倍もあった。
「お前……たしかスネ夫、だったかな?
たしかバトルの前に、言ってくれたよなぁ……
『君みたいなゴリラが、この天才である僕に勝てるのかな』、なんてことをよぉ!」
少年が叫び声を上げつつ、僕の胸ぐらを掴む。
なんで僕はバトル前に、あんな挑発をしてしまったのだろうか……
自分の力を過信していた。
相手がここまで強いとは思っていなかった。
相手の威圧的な態度が気に食わなかった……など理由はいろいろあった。
でも、いまさらそんなことを考えたって仕方ない。
時すでに遅し……今頃後悔したところで、この状況を変えられるはずなどないのだ。
----
「本来ならバトルに勝っても賞金以外は獲らないんだが、てめぇはそれだけじゃ済まさねぇぜ!
……一発、キツイのをお見舞いしてやるよ!」
少年が僕を持ち上げ、拳を振り上げる。
僕は慌てて目をつぶり、歯を食いしばる。
だがそのとき、彼の拳が降ろされる前に……僕のベルトからモンスターボールがこぼれ落ちた。
彼は僕を掴んでいた手を放し、その手で落ちたモンスターボールを拾う。
全身に、悪寒が走った。
「……うーん。 よし! お前を殴るのは、よしてやるよ!
……その代わり、このモンスターボールは頂いていくぜ!」
彼はそう言うと、屈託のない笑みを僕に見せた。
ただし僕には、悪魔が笑っているようにしか見えなかったが……
「ま、待ってよ!
殴られるのは我慢するから、それだけは勘弁して……」
このままでは、僕のポケモンが彼に奪われてしまう。
それだけは何としても阻止せねばならないと思い、彼の足にしがみついた。
「うるせぇ! 敗者の分際で勝者に逆らってんじゃんねぇよ!」
だが彼はそう言い、しがみついてくる僕の手を蹴り飛ばした。
手に激痛が走る。
「じゃあ俺は行くぜ、アバヨ!」
彼は最後にそう言うと、まだ痛みに苦しんでいる僕の前から姿を消した。
洞窟に残された1人残された僕は、しばらくその場に呆然と座り込んでいた。
そしてその後……奪われたポケモンへの思いと、先程の少年への悔しさに揺り動かされ――涙を流した。
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――コトブキシティ――
「着いた……コトブキシティだ……」
コトブキに着いたとたん、口から感嘆の声が漏れた。
家を出て数時間、僕はようやくコトブキに辿り着いたのだ。
ここコトブキシティは、シンオウ地方一の大都会と言われている。
その名に恥じぬよう、街中には10階を超える高さのビルがいくつも並んでいた。
少ししか離れていないのに、なんで故郷マサゴタウンとここまでの格差があるのだろうか……
「えっと、ポケモンセンターは……」
先程購入した町の地図を広げ、ポケモンセンターへの順路を確認する。
この町には両親と何度か来たことがあるが、1人で来るのは初めてだ。
たしか来るたびに僕は、迷子になって泣いていた。
今日こそは迷わないようにと、地図を見ながら慎重に進む。
もし迷ってしまったときに、自分を探してくれる両親はもういないのだから……
しばらく街中を歩いていると、ようやくポケモンセンターの象徴である赤い屋根が見えた。
と同時に、僕は駆け出した。
202番道路では出木杉との戦いの後も、何度か野生ポケモンとの戦闘があった。
傷薬も全て使い果たしたが、ヒコザルの体はもう限界なのだ。
一刻も早く、センターで休ませてあげたかった。
やがて見えてきた入り口のドアに、全速力で飛び込む。
その瞬間、ドアのところに人影見えた。
「危ない!」
口ではそう言えても、足はすぐに止まってくれない。
まずい、このままじゃあぶつかる…………
次の瞬間、僕の全身に衝撃が降りかかった。
----
「いてててて……あ!」
ドアの前で倒れていた僕は、ゆっくりと身を起こした。
そのとき僕の目に飛び込んできたのは、自分と同じように倒れている同い年くらいの少女の姿。
そう……自分はさっき、この少女と衝突したのだ。
「ご、ごめん! 大丈夫?」
慌てて誤り、彼女のもとへ駆け寄る。
彼女はゆっくりと立ち上がると、こちらを見てニッコリと微笑んだ。
「私は大丈夫よ。
それより、あなたは大丈夫なの?」
「え……あ、うん。 全然平気さ!
それと……本当にごめんなさい!」
本当はまだちょっと体がクラクラしていたが、強がってみせた。
そんなことよりいまは、彼女に謝ることが先決だ。
「いいのよ、あなたが無事でよかったわ……」
彼女はまるで、自分のことのように喜んでれた。
悪いのは完全に自分なのに、彼女はむしろ自分のことを心配してくれている。
……なんだか、申し訳ない気持ちで胸が一杯になった。
しばらくして、ようやく僕は落ち着きを取り戻した。
それと同時に、ヒコザルのことを思い出す。
「あ! い、急がなきゃ……
今日はホントにゴメン! さようなら!」
少女にまたまた頭を下げ、センターの中へ駆け込んだ。
----
「じゃあ、たしかにお預かりしますね」
ヒコザルを受け取ったジョーイさんは、暖かい笑みを浮かべた。
僕はその笑みに安心感を覚え、ロビーのソファーへ戻って行く。
ヒコザルの回復には、1時間程度かかるそうだ。
この間に町での用事を済ましたり、観光をしたりすることもできる。
だが、どうせならヒコザルと一緒に町の中を歩きたかった。
だからヒコザルが回復するまでは、ここでテレビでも見ながらゆっくり過ごすことにしよう……
…………………………
「……あのー」
…………………………
「……………………あのー!」
…………………………
「ちょっと、起きてくださいよ!!!」
突然耳元に、大きく甲高い声が鳴り響いた。
----
……どうやら僕は、先程まで眠っていたらしい。
いまの大声で意識が戻り、そのことに気付かされた。
大声のせいか、ロビーの人たちが皆、こちらを見ている。
「……んー? だ、だれ……」
眼鏡を外して眠い目をこすり、再び眼鏡をかけて声の主を凝視する。
「き、君は!」
驚きを、隠せなかった。
そこにいたのは、先程衝突したあの少女だったのだ。
「呼んでるわよ……ジョーイさんが、あなたを」
「え……あ、はい!」
少女に促され、慌ててジョーイさんのもとへ向かう。
どうやら、すでにヒコザルの回復は終わっているらしい。
「ご、ごめんなさい!」
ジョーイさんに頭を下げ、ヒコザルを受け取る。
……なんだか今日は、頭を下げてばかりだ。
ヒコザルを受け取り、少女のもとへ戻った。
「あなたがなかなか起きてくれないから、つい大声を出してしまったわ……」
「ご、ごめん!」
少女が開口一番にそう愚痴ったので、またまた謝ってしまった。
「……えっと、僕はのび太っていうんだ。 君は?」
とりあえず、自己紹介をしておく。
「私は静香よ。 よろしくね、のび太さん」
少女――静香はそう言い、僕に再び笑顔をみせた。
----
それからはセンターを出て、町を歩きながら静香といろいろな話をした。
彼女もまた、先程センターにポケモンを預けていたらしい。
まず一度ポケモンを預け、外に出た時に僕と衝突。
それからポケモンを受け取って帰ろうとした時、ジョーイさんに呼ばれても熟睡している僕を見つけ、起こしたという具合だ。
そのことを聞いたあと、静香にこう尋ねられた。
「そういえば、のび太さんはなんであんなに急いでいたの?」
「え……ヒコザルがだいぶ傷を負っていたから、早くセンターに連れて行ってあげなきゃって思って……」
僕がそう答えると、静香は、
「へえ、のび太さんって優しいのね」
と言って微笑んだ。
……いま顔が真っ赤になっているのが、自分でも分かった。
―――よく見ると、静香はかなり可愛らしい顔つきをしていた。
少なくとも、僕が知っている同年代の女の子にこんな可愛い子はいない。
そんな彼女と話している自分は、最高の幸せ者だとまで思っていた。
思えばこのとき、僕はすでに静香に惹かれていたのだろう。
……いわゆる、『一目惚れ』って奴だろうか……
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その後も静香と、いろいろな話をした。
主に自分が質問し、彼女が答えるといった感じだ。
その中で、分かったことが3つある。
まず一つ目は、彼女はやはり自分と同い年だということ。
二つ目は、彼女がなんとあのコトブキトレーナーズスクール(以降KTS)の生徒だということ。
KTSといえば、多くの有名なトレーナーを輩出していることで有名だ。
いわゆる、エリート学校という奴である。
そして三つ目は、彼女の夢もまたポケモンマスターだということ。
現チャンピオンであり初の女性チャンピオンである、あのシロナのようになりたいとか……
「実は僕の夢も、ポケモンマスターになることなんだ!」
僕が自慢げに話すと、静香は僕に問うてきた。
「ずっと聞きたかったんだけど……もしかして、のび太さんは旅をしているの?」
「うん、そうだよ」
僕が肯定の返事をすると、静香は突然黙り込んだ。
そしてしばらく何か考え事をした後、僕に言った。
「実は私も、今日旅に出るところなの……」
…………………………
「ほ、ほんとに!?」
しばらく空白の時間を置いてから、気の抜けた返事をする。
まさか彼女もまた、自分と同じく今日旅立つだなんて……
もしかして、これは運命という奴じゃないのか?
……一瞬、そんなくだらない妄想をした。
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静香が今日旅に出るという話を聞いてから、ずっと悩んでいた。
彼女に、自分と一緒に旅をしないかと誘いたかったのだ。
1人より2人で旅する方が楽しいし、あのKTSの生徒ともなればいろいろなことを吸収できるかもしれない。
……当然、かわいい子と一緒に旅ができるなんていう下心もあったのだが。
誘いたい……けど誘うのが恥ずかしく、いま一歩踏み出せないでいたのだ。
だが、自分の気持ちに嘘はつけない。
『勇気をだすんだ、のび太!』
自分にそう言い聞かせ、僕はついに彼女を誘う決心をした。
「あ、あの……も、もしよかったら……僕と旅を……「待って!」
僕の精一杯の勇気は、彼女の言葉に遮られてしまった。
彼女は、正面にある一軒家を指差している。
「いまあの部屋の窓から、だれかが侵入してた。
たぶん泥棒だわ、捕まえないと……」
彼女はそう言い、腰につけたモンスターボールを取り出す。
そして、正面の家へ向かった駆けて行った。
「ちょ、ちょっと待って!」
僕は慌てて、遠ざかる彼女の背中を追いかけた―――
----
――コトブキシティ とある民家――
「待ちなさい、あなたたち!」
先に家の中へ入って行った静香の、啖呵を切る声が聞こえる。
その後に続いて、僕も部屋の中に突入した。
「な、なんだ……」
「な、何者だ、お前たち!」
部屋に入った瞬間、2人の男の声が聞こえた。
どちらも、白と黒の二色で彩られた変わったデザインの服を着ている。
……正直ちょっと、かっこいいと思っていたりする……
突然乗り込んできた僕たちを見て、2人とも目が点になっていた。
「それはこっちのセリフよ。
あなたたち、人の家で何やってるの!」
静香が相手を睨みつけ、モンスターボールを構える。
その姿は、男の僕より断然かっこよかった。
「やる気かぁ? なら、容赦はしないぜ!
ガキの分際で大人に刃向かうってことがいかに愚かなのか、思い知らせてやるよ!」
敵の2人も、モンスターボールを取り出す。
どうやら向こうも、ポケモントレーナーのようだ。
「敵は2人……ダブルバトルよ、のび太さん!」
ふいに静香がこちらを向き、僕に呼びかける。
「え……バト、ル……」
いつの間にか、僕の脚は震えていた。
----
「どうしたの、のび太さん?
早く、ポケモンを出して!」
静香にそう言われても、僕はなかなかボールを取り出すことができない。
だって――
「その、僕、実はまだ、ポケモンバトルに勝ったことがなくて……
それに、ダブルバトルなんてやったことがないし……」
怯えながらそう喋る僕の声は、間違いなく震えていたのだろう。
――202番道路での出木杉との戦いの後、僕は一度もトレーナー戦をしていなかった。
別に、戦う機会がなかったわけではない。
確かに何度か、トレーナーを見かけることはあったのだ。
でも、でも僕は彼らと戦おうとはしなかった。
それどころか、むしろ見つからないようにしていた……避けていたのだ。
ヒコザルが傷ついていたから、戦ったら自分は不利だった。
確かに、そんな理由付けをすることもできる。
……でも、心の底にはたぶん“恐れ”があったのだ。
出木杉のミニリュウに、一撃もくらわせないまま完敗した屈辱。
あのときのように、また惨めな負けを喫するのではないか。
そんな恐れのせいで、僕は戦うことから逃げていたのだろう……
そしてそれは、いまこのときも同じだ。
----
「何だアイツ、怖気づいてるじゃねえか」
敵の内の片方が、僕を見てゲラゲラと笑っている。
その嘲笑を聞いて、頭の中がカッと熱くなる。
そして、この場から逃げ出したいという衝動に駆られる。
彼らと戦うのが、怖い。
彼らは泥棒―――つまり、悪人。
幼い頃テレビで見た悪役は、いつも強くて……何より恐ろしかった。
その身から放たれる、圧倒的な恐怖のオーラ。
こんな空き巣という小悪党でも、今の僕には確かにそのオーラが感じられた。
「ダメだ……やっぱり僕には無理だよ……」
口から、そんな弱気な声が漏れる。
顔を下げ、自分の足に目を向ける。
脚の震えは、まだ止まらない……
「……顔を上げて、のび太さん」
静香の声が聞こえる。
その声には、いままでない重みがあった。
「あなたが勝ったことがないのなら、私が勝たせてあげる」
彼女はハッキリと、そう言い切った。
「だから勇気を出して、のび太さん。
一緒に、戦いましょう」
彼女の小さな背中が、何よりも頼もしく見えた。
―――いつのまにか僕は、モンスターボールを握り締めていた。
----
「お、やる気になったのか?」
「どっちにしろ、ガキ如きが俺たちには勝てねえよ!」
2人組みがポケモンを場に放つ。
ワンリキーとズバット、どちらも生で見るのは初めてだ。
「頼んだわ、ペンちゃん!」
「い、行け、ヒコザル!」
対する僕たちも、ポケモンを繰り出す。
僕はヒコザル、静香はペンちゃんと名付けられたポッチャマだ。
「ズバット、噛み付くだ」
「ワンリキー、空手チョップ!」
敵の命令とともに、2体のポケモンが迫ってくる。
「ペンちゃん、ワンリキーにつつく!」
ペンちゃんはつつくで、向かってくるワンリキーを迎撃した。
つつくはワンリキーに効果抜群、的確な命令だ。
「のび太さん、ズバットがきてるわよ!」
「えっ?」
静香の方を見ていて、気付かなかった。
彼女の声を聞いたときには、すでにズバットがヒコザルに噛み付いていた。
「わ、わわわ、ヒコザルが!」
「しっかりしてのび太さん。
ペンちゃん、ズバットに泡!」
ペンちゃんの口から、物凄いスピードで泡が放たれる。
それを受けたズバットは吹っ飛ばされ、なんとかヒコザルは噛み付くから逃れられた。
----
「ふぅ、助かった……」
噛み付くから逃れたヒコザルを見て、僕は安堵の溜息をつく。
「ありがとう静香ちゃ……う、後ろ!」
慌てて、静香に呼びかける。
ペンちゃんの後ろに、忍び寄る影が見えたのだ。
「甘いんだよ、てめぇらは!」
男の声と共に、ペンちゃんに襲い掛かるワンリキーの空手チョップ。
ペンちゃんが地面に叩きつけられる。
「僕のせいだ……」
ペンちゃんの苦痛に歪む顔を見て、胸が痛くなる。
こちらのフォローに回ったがために、ペンちゃんはワンリキーの奇襲を受けた。
僕がもっと、1人で戦えるくらいしっかりしていれば……
そんなふうに自分を責めていると、再びズバットがヒコザルに迫ってきた。
静香はワンリキーと戦っている、フォローを期待するわけにはいかない。
僕がやるしかないのだ。
僕が1人で、あのズバットを倒すしか……
「ヒコザル、火の粉だ」
ヒコザルが口からいくつもの火の玉を吹き出す。
だがズバットは、それを華麗な動きでかわしながら近づいて来る。
「くそ、もっと火の粉を放て!」
僕が何度命令しても、やはり火の粉はズバットに当たらない。
このままじゃだめだ、一体どうすれば……
「のび太さん、ただ攻撃するだけじゃあだめ。
ヒコザルには、補助技だってあるはずよ!」
僕が困っているところに、静香のアドバイスが飛んできた。
----
「補助技……補助技……」
静香のアドバイスを、頭の中で何度も反芻する。
いままで僕は、引っ掻くや火の粉で攻撃することしか考えていなかった。
でも、ヒコザルにはまだ他にも技があるのだ。
静香の言葉を聞いて、そのことに気付かされた。
ズバットがヒコザルのすぐ近くまで迫ってきた。
仕掛けるなら――いまだ!
「ヒコザル、睨みつける!」
僕の命令を受けたヒコザルが、ズバットを鋭く睨む。
その迫力に押されたのか、ズバットの動きが一瞬止まる。
「いまだ、引っ掻け!」
ヒコザルの爪が、ズバットの体を切り裂く。
睨みつけるのおかげで防御が下がっているので、威力はかなりのものだ。
「とどめの火の粉!」
引っ掻くを受け地に落ちていくズバットに、火の粉で追撃する。
炎に包まれたズバットの姿を見て、確信する。
もう、立ち上がることはないだろうと。
「凄いわ、のび太さん!」
静香が、僕を褒め称える。
僕はなんだか照れくさくて、ボリボリと頭を掻いた。
「さて、残るはあと一人だ」
ペンちゃんとワンリキーの方を向き、呟いた。
----
「くそっ! 1対2になっちまったじゃねえかぁ!
おいてめぇ、あんなガキ相手になにやってんだ!」
窮地に立たされた敵の1人が、もう1人を責め始めた。
責められた方は、悔しそうに舌打ちをしていた。
「残るはワンリキーか……のび太さん、ヒコザルのレベルは?」
静香は何か考え込んだ後、突然僕に問うてきた。
「えっと……こないだ確認した時は、9レベルだったかな……」
僕の言葉を聞いた彼女は、小さくガッツポーズをとる。
「そのレベルなら、挑発が使えるはずよ」
彼女は、ニヤニヤしながらそう言った。
静香が何を考えているのか分からないが、とにかく挑発を使えということだろう。
ヒコザルがそんな技を覚えていることすら知らなかったが、とにかくやってみるしかない。
「ヒコザル、挑発だ!」
僕が命令すると、ヒコザルは突如敵を指差して笑い出す。
更には敵に何か言ったり、尻を叩いたりして馬鹿にしている。
それを見たワンリキーは、怒り狂って襲い掛かってきた。
「ヒコザル、もう下げていいわよ」
「え?」
突然の言葉に戸惑いつつ、言われた通りヒコザルを回収する。
「よし、あとは任せて!」
静香はそう言うと、ペンちゃんをボールの中に引っ込める。
そして、代わりに新たなポケモンを放った。
----
場に現れたそいつは、紫がかった黒色の体を持ち、宙にプカプカと浮かんでいる。
僕はそいつを、昔買ったポケモンの図鑑で見たことがあった。
「ムウマ、だと……」
敵の男はそいつの名を呼ぶと、ガックリと膝をついた。
「え、どういうこと……」
すでに勝利を諦めたような敵の姿に、僕は戸惑いを隠せない。
「まあ、見ていればわかるわ」
静香にそう言われ、真剣に勝負の流れを見守る。
ムウマは常に、サイコウェーブを放ってワンリキーにダメージを与えている。
ワンリキーはそれに対し、ひたすら攻撃を繰り出して抵抗する。
だがそれらは全て、ムウマの体をすり抜けていった。
「挑発を受けたポケモンは、攻撃技しか出すことができない。
そしてワンリキーの攻撃は全て、ゴーストタイプのムーちゃんには通用しない。
……つまりもう、あちらに勝ち目はないのよ」
静香が笑顔でそう言うと同時に、ワンリキーがゆっくりと崩れ落ちた。
敵にはもう、ポケモンは残っていない。
と、いうことは……
「……やった。 僕たち、勝ったんだ!」
僕はしばらく呆然とした後、拳を天に突き上げて咆哮した。
そして思わず静香の手をとり、小躍りした。
―――これが僕の、生まれて初めての勝利だった。
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現在の状況
・のび太 コトブキシティ
手持ち ヒコザル ♂ LV10
・静香 コトブキシティ
手持ち ペンちゃん(ポッチャマ) ♂ LV12
ムーちゃん(ムウマ) ♀ LV13
・スネ夫 ???
手持ち エル(ナエトル) ♂ LV7
・出木杉 ???
手持ち ミニリュウ ♂ LV14
他不明
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「このたびはほんと……何と礼を言えばよいものか……
あの、何かお礼の品を……」
「いえいえ、本当に構わないんですよ」
女性からの感謝の言葉に、静香は遠慮がちな態度を見せる。
―――あのバトルの後、すぐに僕たちは警察に連絡をした。
勿論、犯人を逃げられないように拘束してから、だ。
警察と、それから盗みに入られた家の住人も連絡を受けてすぐに駆けつけた。
(ちなみにこの家の住人は30代くらいの夫婦、子供はいないそうだ。)
警察は犯人の逮捕などで忙しかったので、僕たちには簡単な礼を述べただけだった。
でも後日表彰し、礼金も出すと言ってくれた。
だが静香は、それを断ってしまった。
さらに先程から被害者夫婦が礼をしたいと言うが、それも断っている。
僕は貰えるものは貰っておきたかったのだが、仕方なく諦めることにした。
そうして僕らは何も得ずにその場を去り、一度ポケモンセンターに帰ってきた。
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「のび太さん……その、さっきはごめんなさい」
「え?」
センターのソファーに腰を下ろすと、いきなり静香に謝罪された。
「賞状もお金もお礼の品も、全部私が断っちゃって……」
「別に構わないけど……どうして断っちゃったの?」
先程から引っかかっていたことを、静香に聞いてみる。
静香は、申し訳なさそうに答えた。
「えっと……これは私の完全なわがままだけど……
早く旅に出たくて、賞状やお金なんて待っていられなかったの」
『旅に出たい』……その一言を聞いて思い出した。
先程のバトルの前に、言いかけた言葉を……
もう一度、勇気を振り絞る。
再び彼女に、一緒に旅をしようと誘うために。
それも今度は前のように途切れ途切れではなく、はっきりと言うのだ。
「「……あの!」」
――なんとタイミングの悪いことか……
僕と全く同時に、静香も何かを喋ろうとしたのだ。
「いいよ、さきにそっちから言って?」
まずは、静香の話から聞くことにした。
「その……えっと……」
静香はしばらくうろたえた後、僕に意外な言葉を発した。
「よかったら、私と一緒に旅をしない?」
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「え……え、えええええええぇぇ!」
思わずソファーから立ち上がり、大声を上げてしまった。
まさか……まさか、静香の方から誘われるなんて……
「……何も、そんなに驚かなくても……
それで……のび太さん、答えを聞かせてくれる?」
静香は、真剣な眼差しでこちらを見ている。
彼女に対して僕のするべきことは、真剣に答えることだ。
「勿論、OKだよ。
……改めてよろしくね、静香ちゃん」
僕はそう言って、右手を差し出す。
「よろしく、のび太さん」
静香は笑顔で、僕の手を硬く握り締めた。
「……じゃあ旅支度をしてくるから、ここで待っててね」
静香はそう言って、先にセンターから出て行った。
「……あ、そうそう、さっき何を言おうとしてたの?」
「あ、あれは何でもないから、気にしないで!」
去り際にそう問われ、慌てて返答した。
まさか自分が同じことを考えていたなんて、おそらく彼女は思ってもいないだろう。
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「ごめんなさい、遅くなっちゃった!」
あれから数時間後、静香はようやくセンターに戻って来た。
空はすでに、オレンジ色に染められている。
「いいよいいよ、気にしないで」
口ではそう言ったものの、実をいうとちょっと気になっていた。
ただ旅支度をするだけなのに、なんでここまで時間がかかったのだろうか……
……まあとにかく、いまは旅のことだけを考えていよう。
「よし、じゃあ行こうか!」
「うん!」
僕らは顔を見合わせ、センターを出て歩きだした。
コトブキに、別れを告げる時がきたのだ。
「……そういえばあの空き巣犯、結局何者だったのかなあ……」
街中を歩いていたときに、ふと静香が呟いた。
「さあ、よく分からないよ。
……でも、あの服はかっこよかったなあ……」
「え……いくらなんでもそれはないでしょう」
僕の言葉を受けた静香は突如クスクスと笑い出した。
何が面白いのかよく分からなかったけど、少なくとも彼女が僕に心を開いてくれていることだけは確かだ。
『どうやら、楽しいたびになりそうだな……』
―――このときの僕は、ただ純粋にそう信じていた。
この先にさまざまな試練が僕たちを待ち構えていることなど知らずに……
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――???――
自分1人しかいない、広く静かな部屋。
その部屋に突如、ドアをノックする乾いた音が響く。
「アカギ様、ご報告があります!」
ノックのあとに、声が続く。
「入れ」
短い命令を下すと、青い髪の若い男が部屋に入ってきた。
「で、報告とはなんだ、サターン?」
青い髪の男――サターンに問う。
「それが……先程コトブキシティで、入りたての下っ端が空き巣に入って捕まりました。
しかもどうやら、子供に撃退されたようで……」
「また、か……」
その報告を受け、小さく溜息をついた。
ここ最近、このような報告を受けることが多くなってきた。
少し前まで、自分たちの組織はひっそりと目立たぬよう活動してきたというのに。
……全く、実に情けない話だ。
もう一度、今度は深い溜息をついた。
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「やはり、志願者を全員採用するのはやめた方がいいのでは……」
深刻そうな自分を見て、サターンがそう進言してきた。
確かにいまこの組織がとっている、全員を採用する制度には穴が多すぎる。
もともと、ろくな人間が集まらないのがこの組織だ。
それを全員採用していたようでは、今回捕まったような無能で愚かな者も沢山入ってしまう。
サターンの言う通り、厳選された優秀な者だけを採用した方がいいのかもしれない。
だが――
「いまは人を選んでいる時間はない。
少しでも多くの人間を、かき集めなければいけないのだ」
それがいまの、自分の考えだった。
「例の計画のため、ですか……」
サターンの言葉に、首を縦に振って返答する。
「ああ、その通りだ。
私は三年間、この計画の成功をひたすら待ち続けた。
使える者はなんでも利用する、絶対に失敗するわけにはいけないのだ……」
己の拳を、強く握り締めた。
[[次へ>シンオウ冒険譚 その2]]
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