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[[前へ>トキワ英雄伝説 その11]]     #25「疑問」 「勝者、『フロンティアブレーンズ』リラ選手!」 審判の声が、コロシアム中に響き渡る。 いまは準々決勝第二試合、ちょうど『フロンティアブレーンズ』が『ナナシマ連合』を破ったところだ。 フロンティアブレーンズの次の相手は、先に勝利を収めたドラーズだ。 「やっぱり、次の相手はフロンティアブレーンズかぁ……」 スネ夫が不安そうに呟く。 「誰が相手だって関係ないさ! ここまで来たら勝つだけさ!」 のび太の言葉が、みんなを活気付ける。 そして次、第三試合の選手たちが出てくると会場の空気が一変する。 片やMr.ゼロのチームの一つ、クイーンズ。 片や一回戦で意外な実力を発揮した、レジスタンス。 形こそ似ているが、黒と白という正反対の色のローブで身を隠す2つの選手。 対極に位置する両チームの激突を、ここまで残った選手たちが緊張した面持ちで見守る。 「それではダブルバトル、試合開始!」 審判が、平然とした様子でバトル開始を告げる。 重苦しい雰囲気の中、ついに試合の火蓋が切って落とされた…… ---- ―――「ウインディ、神速」 その声が響いた瞬間、ウインディが目にも止まらぬ速さで敵に当て身を食らわせる。 攻撃を受けたケンタロスは、力なく崩れていった。 「よしっ! 行けるぞ!」 ジャイアンが嬉しそうな声を上げる。 今行われているのは2試合目の、3対3のシングルバトルだ。 いまレジスタンスのリーダー、フォルテがウインディで敵の2体目を倒したところだ。 レジスタンスはすでにダブルバトルに勝利している、ここで勝てば彼らの勝ちだ。 敵は残り1体、対するフォルテはまだ3体のポケモンを残している。 彼(もしくは彼女)の勝ちはもう、すぐそこまで来ていた。 「いいぞ、がんばれ!」 そして、のび太たちはそんな彼らを応援していた。 正直、彼らの正体はいまだに不明、まったく見当もついていない。 もしかしたら……敵かもしれない。 でもいまは信じたかった、Mr.ゼロの手下と必死に戦っている彼らを。 「こうなったら……こいつを使うしか……」 対戦相手、9thの様子に、昨日カナズミスクールの子供たちを甚振っていた余裕は見られなかった。 そして追い詰められた彼は、ついに切り札を投入する。 「あ、あれは……」 コロシアムにいる全員が息をのむ。 空間を司るというそのポケモンの名前は、パルキア。 「亜空切断!」 9thが命令とともに、パルキアが空間を捻じ曲げてウインディを攻撃する。 すでに2回の戦闘をこなし、疲労していたウインディはあっさりと倒れてしまった。 「こいつがいる限り、俺は負けない! フハハハハ!」 9thの高笑いがコロシアム中に響き渡った。 ---- フォルテはウインディを引っ込め、代わりにアブソルを繰り出した。 「次の獲物はそいつか……亜空切断!」 「まもるだっ!」 アブソルはまもるを使い、なんとかパルキアの攻撃を避けた。 「いくら時間を稼いだって無駄だぜ、もう一度亜空切断!」 今度は無防備な状態のアブソルに、パルキアの攻撃が襲い掛かる。 「耐えてつじぎ……」 フォルテの言葉はそこで途切れた。 アブソルはすでに、全ての体力を奪われていたのだ。 「亜空切断が急所に当たったのさ。 運が無かったな!」 9thはもう、自分の勝利が決まったかのような余裕を浮かべている。 「まずいよ……残り一匹で、あのパルキアを倒さなきゃいけないなんて……」 心配するのび太とは対照的に、フォルテはこの状況でも冷静さを崩さない。 「行け、カイリュー」 そして手元のボールから、最後の1匹であるカイリューを出現させた。 「よりによってドラゴンタイプとは……一発でしとめてやるよ!」 9thが会場に響き渡るほどの大声で、亜空切断を宣言する。 ……だが、パルキアは亜空切断を出さなかった。 突然ヤケになったかのように、暴れだしたのだ。 「こ、これは……亜空切断じゃ……ない?」 意外な展開を目の当たりにし、9thが驚きの声を上げる。 一方、フォルテは相変わらず様子を全く変えないまま喋りだす。 「……その技の名は悪あがき、戦う術を無くしたポケモンが最後に出す哀れな技だ」 ---- 「悪あがき……だと?」 明らかに焦りだす9thを気にとめず、フォルテは話を続ける。 「亜空切断のPPは全部で5回。 3回の攻撃と、アブソルのプレッシャーでさっき0になっちまったのさ。 お前のパルキアが、“拘りスカーフ”を持っていたのは見抜いていた。 だから、『スカーフを持たせているときに技のPPが切れると悪あがきしか出せない』ってのを利用させてもらったよ。 これでお前のパルキアは悪あがきしかできなくなった……俺の勝ちだ!」 フォルテが己の勝利を宣言するとともに、カイリューが逆鱗でパルキアを攻撃する。 効果抜群のこの一撃は、悪あがきの反動ダメージもあったパルキアの体力を奪い切るのに充分な威力を備えていた。 ゆっくりと崩れ落ちていくパルキアを、9thは呆然と眺めていた。 そしてその体が地に着いたとき、突然頭を抱えてうずくまる。 「馬鹿なあああ! 俺が……俺のパルキアがあああ……」 一方観覧席のジャイアンたちは、レジスタンスの健闘を拍手で讃えていた。 「やった! Mr.ゼロのチームが負けた!」 「これで奴らも残りはあと1チームだけ……ざまあみろ!」 歓喜に沸く仲間たちの中で、のび太は1人、疑問を浮かべていた。 「あのカイリュー、似てる……」 ―――選手控え室 ここで次の試合の準備をしていたホウエンチャンピオン・ダイゴの耳に吉報が届いた。 『レジスタンス』がMr.ゼロのチームである『クイーンズ』を破ったという知らせだ。 これで残っているMr.ゼロのチームは、いまから自分たちと戦う『ジョーカーズ』のみ。 あとは彼らを破ることができれば、選手の命は助かるのだ。 「僕たちがあいつらに勝てば、全ての選手を救うことができる。 みんな、絶対に勝とう!」 ダイゴは仲間たちに喝を入れると、フィールドへ足を踏み入れた。 ---- ――― 「そ、そんな……」 そう呟いた選手たちの心は、絶望で満たされていた。 『ホウエン四天王連合』と『ジョーカーズ』の試合が始まってから数分、早くもダブルバトルが終了した。 勝ったのは『ジョーカーズ』、圧倒的な実力差を見せ付けた。 「四天王が、あんなにあっさりと……」 彼らの驚異的な力に、のび太たちも驚きと不安を隠せない。 「このままじゃ……四天王が負けちゃうよ……」 不安なのは、今からシングルバトルに出場するゲンジも同じだった。 自分たちが負けたら、他の3チームもおそらく奴らには勝てない。 今の状況で、負けることは絶対に許されないのだ。 『でも、自分ごときの力で奴らを倒せるのだろうか?』 先程見せ付けられた敵の力に、すっかり恐れをなすゲンジ。 そんな彼に、対戦相手の2ndは突然言った。 「喜べ、お前に勝利を譲ってやろう」 2ndの発言に疑問を持ちつつ、ゲンジは己のボールからフライゴンを放つ。 それに対して2ndは、意外なポケモンを選択する。 そのポケモンを見たゲンジの頭に血が上っていく。 「貴様、わしを馬鹿にしているのかああああ!」 ゲンジが怒るのも無理は無い。 2ndが選んだポケモンは……世界最弱と言われるコイキングだったのだから。 「ドラゴンクローだっ!」 フライゴンの爪を浴びたコイキングは、あっさりと力尽きていた。 この後も2ndのポケモンは、コラッタとポッポという雑魚っぷり。 結局ゲンジは一発も攻撃をくらわずに勝利を収めた。 だがゲンジは素直に喜べない、むしろ苛立っているぐらいだ。 「こんな勝ち方、納得できん! 貴様、何故手を抜いたっ!」 「今は抑えてくれ、ゲンジ。 奴らを倒してみんなを救う、今はそれが先決だ」 苛立つゲンジを諭し、ダイゴはフィールドへと上がっていった。 ---- 「カイリキー、爆裂パンチ」 1stの命令を受けたカイリキーが、その激しい拳をメタグロスに振るう。 攻撃を受けたメタグロスは、いつまでたっても立ち上がらない。 「そんな……チャンピオンのこの僕が……」 ガクリと膝をつき、絶望するダイゴ。 「キングドラで2匹倒し、残り4匹をカイリキー一匹で……」 たった2匹でダイゴに勝利した1stの凄まじい力に、圧倒されるのび太たち。 部屋へ戻る帰路の中で、スネ夫が呟く。 「あれが、Mr.ゼロの部下で最強のチームの力か。 凄いな……」 その言葉のあと、しばらく沈黙が続く…… 「……でも、諦めたりはしないよね?」 突如、のび太が仲間の3人に問いかける。 3人は顔を見合わせると、声をそろえて言う。 「ああ、勿論さ!」 ――― 「そういえばさ……」 部屋に戻って休んでいたところで、のび太が再び突然喋りだした。 仲間たちに目を向けられ、のび太は話を続ける。 「あの『レジスタンス』って人たちのリーダーが使ってたカイリューが……」 「カイリューがどうかしたのか?」 スネ夫問いかけると、のび太が意外なことを口走る。 「似てたんだよ、僕のカイリューと!」 同種族のポケモンでも、1匹1匹ずつ容姿に違う特徴を持っている。 だが自分のカイリューと彼のカイリューは、かなり容姿が似ていた。 そう言うのび太を、スネ夫は「偶然じゃないのか?」と言って冷やかす そんな会話を繰り広げているときだった、 「あああああああ!」 ……突然、ジャイアンが叫び声を上げたのは。 ---- いきなり大声を上げたジャイアンに、仲間たちは驚く。 だが寧ろ彼ら以上に、ジャイアンの方が驚き、落ち着きをなくしていた。 「どうしたんだよジャイアン、ビックリしたじゃないか?」 スネ夫がジャイアンを落ち着かそうとするが、ジャイアンはまだ落ち着かない。 「いま気付いたんだよ! 似てるっていやあ……ほら、あの1stって野郎も!」 「あいつがどうかしたのかい?」 スネ夫が問うと、ジャイアンもやはり意外な事を口走る。 「あいつも似てた……先生に……」 「先生?」 意外な人物の出現に、仲間たちはキョトンとする。 「だってあいつが使ってたキングドラやカイリキーは、先生も使ってたし……」 ジャイアンが相変わらず落ち着かないまま言った。 「手持ちは確かに被ってたけど、そんなのただの偶然でしょ? 第一、先生がこのコロシアムにいるはずが無いじゃないの。 それに、先生がMr.ゼロの手下になるわけがないわ!」 静香に力説されると、ジャイアンはそれ以上何も言えなくなってしまった。 その後は夕食を済まし、明日の作戦会議を始めた。 「明日も試合があるんだし、今日はもう休もうか?」 会議が終わったところでのび太が言うと、皆が寝床につく。 「ホントに、偶然だったのかなあ……」 ベッドの中で、いまだ納得がいかないジャイアンが呟いた。 ----        #26「5人目の仲間」 一晩明け、準決勝の日がやってきた。 「もうすぐ、準決勝が始まるね」 試合を一時間後に控え、のび太が言う。 いつもなら彼らはここでかなり緊張し、まともに喋ることさえ困難だった。 だが今日は、今までで一番平常を保っていた。 彼らは成長したのかもしれないし、ただこの状況に慣れただけなのかもしれない。 でも、大会前とは明らかに変わっていることだけは明白だ。 「ちょっと僕、出かけてくるよ」 試合まで残り10分というところで、突然スネ夫が部屋を出て行く。 行き先はトイレ、先程急に尿意を催したのだ。 「もうすぐ試合だ、早く帰ってこいよ!」 「わかってるって」 ジャイアンの忠告に頷き、スネ夫は廊下を駆けていった。 ―――4階、男子トイレ 「ふぅー、すっきりした……さて、早くいかなきゃ間に合わないな」 用を足し終えたスネ夫が、手を洗いながら呟いた。 彼が手を洗い終え、顔を上げたその時だった。 自分の背後に立った人物が、鏡越しに見えたのは。 その手には、トイレに置かれてあった花瓶が握られていた。 スネ夫が振り返る前に、その人物は花瓶を振り上げる。 そして、それをスネ夫の頭目掛けて振り下ろした。 音一つ無い静かなトイレ内に、花瓶が割れる音が響き渡る。 と同時に、スネ夫は頭から血を流しながら崩れ落ちていった。 「これで、ドラーズも終わりだな。 ハハハハハ!」 その人物はそう吐き捨てると、奇妙な笑い声を上げながらトイレを出て行った…… ---- 「遅い、遅すぎるぞっ!」 ジャイアンの苛立ちが段々増していく。 試合開始まで残り3分を切った。 だが、スネ夫がまだ帰ってこないのだ。 「早く帰って来い、スネ夫!」 ジャイアンの怒りが限界を迎えたその時…… 『ドラーズの選手たちは、早く試合会場に入場してください』 ついに、入場を促すアナウンスが入った。 対戦相手は数分前に入場している、これ以上待たすわけにはいかない。 「とりあえず入場して、審判に事情を説明してみましょうよ」 静香の考えに賛同し、3人はようやく試合会場へと足を踏み入れた。 ようやく入場してきたドラーズ一行に、審判が注意を入れようとする。 「遅い! 待ちくたびれたぞ……あれ? 一人足りないようだが……」 審判がスネ夫がいない事に気付くと、静香が慌てて事情を説明する。 話を聞き終えた審判は、急いでその事をMr.ゼロに報告しに行った。 現在の状況に対する判断を聞くのだそうだ。 そして数分後、上の方の広場にMr.ゼロと司会の人物が現れた。 最後にその姿を選手たちに見せたのを決勝トーナメント説明会の時、3日ぶりの登場だ。 司会の人物は、まるで感情が無いような機械の声で言い放った。 「いかなる事情があろうとも、選手が欠けている状態で試合をすることはできません。 あと20分以内に彼が帰ってこなければ、ドラーズは強制的に不戦敗となります」 「そんな……ここまで来て不戦敗だなんて……」 ジャイアンが、その場にガクリと膝をつく。 『早く来てくれ、スネ夫!』 のび太はそう心に念じ、スネ夫を待ち続ける。 来れるはずが無いスネ夫を…… ---- ―――地下、敗者の部屋 「おいおい、あいつらなんだかヤバそうだぜ?」 『チーム・コトブキ』の1人、バクが出木杉に話しかける。 試合に敗れたものたちが送られるこの地下室には、なぜか試合会場を映した巨大なモニターが設置されている。 いまそこには、不戦敗寸前になっているドラーズの姿が映されていた。 「なんとかならないの、英才」 ヒカリに問いかけられた出木杉はしばらく考え込んだあと、あることを思いつく。 (彼らが試合に出るためには、選手が4人揃えばいい……) 「……僕に、考えがある」 出木杉はそう言うと、部屋の隅にいる監視役の男に目をやる。 彼は携帯電話のようなもので、外との連絡をとっていた。 仲間の3人を集め、出木杉はコッソリと作戦を告げる。 「このコロシアム内では、全ての電話が圏外になって使えない。 でもあの電話は、なぜか外と通じているみたいだ。 今からあれを奴から奪い取って、使わせてもらうんだ」 「なるほど。 電話で助けを呼んで、大会そのものを潰しちまおうって考えか。 でも電話が通じたとしても、警察があの得体の知れない電話でこの場所を特定できるのか?」 コウジが意義を唱えると、出木杉は意外な言葉を発する。 「電話をする先は、警察じゃないんだ。 わるいけど、いまは説明してる時間が無い…… とにかくあいつから電話を奪い取ってくれ! お願いだ!」 その言葉に、コウジたちは驚きを隠せない。 出木杉が自分たちを頼るのは、初めてのことだった。 嬉しかった。 出木杉が自分たちを必要としていることが。 自分たちが、出木杉の力になってやれることが。 「なんだかよく分からないけど、俺たちはお前を信じるよ。 任せとけ、あの電話を必ず奪い取ってやる!」 そう誓った次の瞬間、コウジたちは監視役の男に向かって駆け出していった。 ---- 突然コウジたちが飛び掛ってきたので、監視役の男は驚き、その場で固まっていた。 その隙にコウジとバクが男を取り押さえ、ヒカリが素早く電話を奪い取る。 ヒカリから電話を受け取った出木杉は、早速どこかに電話をかけ始める。 電話は予想通り、目的の場所に繋がった。 あとは相手が出るのを待つだけだ。 『早く……早く出てくれ!』 焦る出木杉の気持ちを察したかのように、相手はツーコール目で電話に出た。 出木杉は相手の声を聞くと、安心して会話を始める。    「もしもし、お義父さんですか?」 ちょうど出木杉が会話を終え、電話を切った時だった。 ついでに警察にも連絡をしておこうと思った出木杉の行動は、阻止されてしまった。 ついに、必死に抵抗していた監視役の男が拘束から逃れた。 男はポケットから緊急時用のスイッチを取り出し、素早く押した。 するとすぐに、部屋にたくさんの男がワープしてきた。 男たちはあっという間に出木杉たちを取り押さえた。 ついでに警察にも連絡をしておこうと思った出木杉の行動は、阻止されてしまった。 彼らは出木杉から電話を取り上げ、4人を縄で縛ろうとする。 ……とその時、突然出木杉がとんでもないことを言い出した。 「僕に取り上げられたポケモンを返してもらいたい。 そして、僕をこの部屋から出して欲しい」 出木杉を取り押さえていた男は、覇気のこもった声で言い返す。 「んなことできるわけねぇだろうが! 馬鹿にしてるのか!」 だが出木杉は全く屈せず、冷静な口調で言う。 「……いや、あなたたちは僕をここから出さざるをえないんですよ。 なぜなら……」 ---- 一方、試合会場では…… 「残りあと、1分だ!」 審判の声が響き渡る。 (スネ夫さん、早くきて!) (早くきてくれ、スネ夫……) 「早くこいーーー! スネオオオオオ!」 必死に願い続ける静香とのび太、叫び続けるジャイアン。 だがその願いは、いつまでたっても届かない。 「残りあと、三十秒!」 ついにのび太たちが諦めかけた、その時だった。    「待った!」 突如フィールドに現れた人影を、のび太は凝視する。 「あれはスネ夫? ……いや、違う……」 しだいにその人物が近づいてきて、顔が見える距離まで近づいてきた。 そしてその顔を見たとき、コロシアムにいる誰もが目を疑った。 「そんな、馬鹿な……」 ―――そこにいたのは、この場にいるはずが無い人物。 「なぜ、君がここに……」 のび太がその人物に問いかける。 「勿論、僕が君たちの『仲間』だからさ……」 ―――その人物、出木杉英才が微笑んだ。 ---- 地下室にいるはずの出木杉を見た瞬間、Mr.ゼロが初めて椅子から立ち上がった。 「馬鹿なあああ! 何故貴様がここにいる!」 無機質な機械の音声でも、あきらかに彼が慌て、感情が高ぶっているのが分かる。 それに対し、出木杉は落ち着いた様子で言い放つ。 「僕がここにいる理由、それは僕が『ドラーズ』の一員だからさ」 「な、なんだとっ!」 ざわめく会場の様子をみて、出木杉は溜息をつく。 「……どうやら、説明が必要みたいだね」 会場の全員が、出木杉の言葉に耳を傾ける。 「実は僕は、このチームの補欠選手なんだ。 だから骨川君の代わりに試合に出るため、地下室から出る権利があったのさ。 ……前にドラーズの選手一覧を見て驚いたよ。 この僕の名前が、補欠選手の欄に書かれていたんだからね」 「補欠選手……あああああ!」  出木杉の言葉を聞いたジャイアンが、ドラーズを結成した日のことを思い出す。 ―――あの時、ジャイアンは補欠選手の欄に、スクール時代の同期生全員の名前を書き込んだのだ。 『とにかく、たくさん書いておいた方がいいだろ!』などと言って。 そしてそこには、出木杉の名も含まれていたのだ。 「お前が『ドラーズ』の補欠選手……フハハハハ!」 突如、Mr.ゼロが勝ち誇ったような高笑いを浮かべた。 「残念だが、お前は『チーム・コトブキ』の選手としても登録されている。 他のチームに属している選手の名を書き込むのは違反……つまり、不可能なのだ。 おそらくチェックした者が見落としていたのだろう。 とにかく、これでお前の出場は不可能。 残念ながら『ドラーズ』は不戦……」 そこでMr.ゼロはおもわず口を閉じた。 ……出木杉が、依然として笑みを浮かべていたからだ。 ---- 「僕が違反……残念ながら、そういうわけにはいかないんだよ」 「どういうことだ!」 出木杉の余裕に、Mr.ゼロがうろたえる。 「『チーム・コトブキ』に登録されている僕の名は、“結城英才”。 でも『ドラーズ』の方は“出木杉英才”という名で登録されているのさ。 幸いにも、野比君たちは僕の名字が変わっているのを知らなかったからね。 “出木杉英才”はさっきまで存在しない人物だった。 だから彼と“結城英才”は別人になるはずだよね」 「し、しかし! それならばお前はやはりこの試合に出場することができない。 お前の名は“結城英才”だ、“出木杉英才”としてドラーズに加わることはできないはず!」 Mr.ゼロがすかさず反論するが、勿論出木杉はこの言葉も見通していた。 「……さっき、ちょっとした手を使ってシンオウの叔父に頼み事をしてきた。 “僕の名字を再び、【出木杉】に戻して欲しい”とね。 今の僕の名は“出木杉英才”、ドラーズの一員だ!」 「そんな馬鹿な! 認めないぞ、こんなことは!」 苛立ちながら退場していくMr.ゼロを尻目に、出木杉はドラーズのもとに駆け寄っていく。 「ありがとう、出木杉。 僕たちのために、名字まで変えるなんて……」 のび太が頭を下げると、出木杉は頭を上げろと言う。 「仲間の危機を助けるのは当然のことさ、感謝する必要はないよ。 それに、それに君たちは奴らの優勝を阻止できる最後の希望なんだ。 何があっても、君たちをここで消させるわけにはいかない……」 出木杉の言葉を聞き、のび太は微笑む。 「“希望”か……なら、絶対に負けるわけにはいかないね。 今日の最初の試合は、僕たちのダブルバトルだ。 行こう、出木杉! この試合に勝って、決勝に進むんだ!」 ―――のび太と出木杉、ライバルの2人が再びフィールドに上がっていく。 今度は敵同士ではなく、仲間として…… ----       #27「共闘」 フィールドの上で、4人の選手が互いを見詰め合っている。 片や『フロンティアブレーンズ』のヒースとダツラ。 片や『ドラーズ』の野比のび太と“出木杉”英才。 試合が始まる直前、出木杉がのび太に耳打ちする。 「相手の試合は前に一度見ているんだ。 彼らはお互いの役割をはっきりと分けている。 ヒースは強力なアタッカーで攻撃役を務め、ダツラはおもに補助系の技でそのサポートをする。 でもそのせいで、ダツラのポケモンはかなり攻撃力が低いんだ。 だからなるべくヒースの方を先に狙おう、ダツラは1人になればいっきに弱体化するはず……」 のび太は彼の言葉を聞き終えると、小さく頷いた。 出木杉の立てた作戦は、先日スネ夫と立てた作戦によく似ていた。 やはり彼は、スネ夫と同程度……いや、それ以上の頭脳を持っている。 ……でも、本当に彼との自分のコンビはうまくいくのだろうか? 何の打ち合わせもなく、突如ともに戦うことになった2人。 しかも、相手はフロンティアブレーンときている。 いくら出木杉が実力のあるトレーナーといえど、さすがにこの試合に勝つのは不可能なのではないか? ……そんな考えが、のび太の頭を過ぎった。 ―――でも、いまは信じるしかないのだ。 彼となら、出木杉とならきっとうまく、と。 そう、共に戦った7年前のあの時のように…… ---- 審判が試合開始を宣言すると、4人がそれぞれのポケモンを繰り出す。 ヒースはラグラージ、ダツラはシャワーズ、のび太はギャラドス、出木杉はガラガラだ。 避雷針の特性を持つガラガラは、ギャラドスと相性がいい。 そう思ってガラガラを繰り出した出木杉は、自分以外全員が水ポケモンというこの状況に舌打ちをする。 「……仕方ない。 このターンは勝負を捨てるしかないみたいだ」 出木杉の指示に従い、のび太はこのターンは龍の舞を積ませる。 攻勢に出るのは、次ターンからだ。 「龍の舞か……でもこいつをくらっちまえば意味がなくなっちまうんだよなぁ」 ダツラがシャワーズに命じたのは、凍える風。 せっかく龍の舞で上げたギャラドスの素早さは、元通りに戻されてしまった。 「じゃあ、止めを刺してあげようか。 ラグラージ、波乗り!」 ラグラージの波乗りが、ドラーズ側のポケモンに追撃を加える。 効果抜群の攻撃を2発も浴びたガラガラは、何もできないまま倒れてしまった。 「おいおい、1ターン目からかなりやばそうな感じだな」 ジャイアンが不安の一言を漏らす。 結局このターンのこちらの成果は、ギャラドスの攻撃力が一段階上がっただけだ。 彼が不安になるのも無理はない。 「いまは、のび太さんと出木杉さんを信じるしかないわね」 そう諭す静香の顔も、あまり穏やかではなかった。 ガラガラを倒された出木杉は、次にムクホークを繰り出した。 「ムクホークとギャラドス…… 同じだね、7年前のあの時と」 のび太が出木杉に微笑みかける。 その笑顔を見たとき、出木杉はほんの少し肩の荷が下りたような気がした。 そしてふと、7年前ののび太とともに戦ったときのことを思い出す。 あの時、自分たちはあのフジツーを倒すことができた。 だから、今度もきっと勝てるはずだ。 そう信じることで、自信が湧いてきた。 これからだ、天才と呼ばれた出木杉英才が本領を発揮するのは。 ---- 「さっきも言った通り、ヒースを集中攻撃するよ」 出木杉とのび太はもう一度作戦を確認しあう。 そして、2人はさっそくポケモンに命令を下す。 「ムクホーク、ブレイブバード!」 「ギャラドス、滝登り!」 二匹の強力な技が、ラグラージ1匹を目掛けて放たれる。 それを受けたラグラージは、もう戦うことなどとてもできなかった。 「くっ……シャワーズの手助けが無駄に終わったか……」 シャワーズに手助けを命令していたダツラが舌を鳴らす。 ヒースは次に、またもや強力なアタッカー、メタグロスを繰り出す。 「ムクホーク、インファイト!」  「ギャラドス、滝登り!」 早速ドラーズのポケモン2体がメタグロスに襲い掛かるが…… 「メタグロスの耐久力を舐めてもらっちゃ困るねぇ、その程度では倒れないよ。 今度はこちらの番だ、ギャラドスに雷パンチ!」 メタグロスの拳が雷をまとい、ギャラドス目掛け放たれる。 だが、ギャラドスは倒れない。 「よし、なんとか雷半減の実で耐え……」 のび太がガッツポーズを取ろうとした瞬間、ギャラドスが崩れ落ちた。 「俺を忘れてもらっちゃ困るねえ……」 ダツラが余裕の笑みを浮かべて言う。 彼のシャワーズの凍える風が、虫の息だったギャラドスに止めを刺したのだ。 さらにいまの一撃で、ムクホークの体力も限界近くまで削り取られてしまった。 状況は依然として、フロンティアブレーンズ有利だ。 ---- のび太の二匹目は、切り札のカイリュー。 頭には拘り鉢巻を巻いて、攻撃力を増加させている。 「いくぞ、地震だっ!」 フィールドを激しく揺れ、地上にいるメタグロスとシャワーズを襲う。 この一撃で、メタグロスは戦闘不能に陥った。 (ここはシャワーズに追撃をするべきか……いや、たぶんまだ倒せないから返り討ちにあう。 ムクホークはまだ失うべきではない、ここは……) 「ムクホーク、シャワーズにとんぼ返り!」 出木杉は瀕死寸前のムクホークを、一度ボールに戻す道を選んだ。 最後にシャワーズが再び凍える風を放ち、カイリューと、ムクホークの代わりに入ったゲンガーにダメージを与える。 「頼むよ、リザードン!」 早くも最後の1匹まで追い詰められたヒースが、祈るようにしてリザードンを繰り出す。 リザードンは出てくると、すぐに剣の舞を積み始める。 「よし、あいつさえ倒せば僕たちの勝ちは決まったようなものだよ!」 出木杉がのび太に呼びかける。 (……とはいえ、のび太君のカイリューはリザードンに当たらない地震しか使えないんだよな。 しかたない、ここは……) 「ゲンガー、リザードンに催眠術」 剣の舞を積み、危険な存在となったリザードンを封じようとする出木杉。 だが不幸なことに、催眠術は外れてしまった。 「クソッ、この失敗は痛いな……」 出木杉が思わず舌打ちをする。 その後、のび太のカイリューが再び地を揺らす。 この一撃で、長い間フィールドに居座っていたシャワーズがついに倒れた。 ついにこの試合で初めて、残りポケモン数でドラーズが優位に立った。 ---- 倒されたシャワーズの代わりに、ダツラはピクシーを繰り出す。 このターン、先手を取ったのはリザードンだった。 ゲンガーとカイリューは、凍える風で素早さを下げられていたのが痛手となった。 「リザードン、岩雪崩!」 ヒースが命令を下すと、フィールドに無数の岩が降り注ぐ。 先程の凍える風ですでに弱っていたカイリューは、この一撃で瀕死となった。 「やはり、あのリザードンを野放しにするわけにはいかないな。 ゲンガー、リザードンに催眠術……?」 出木杉がこの試合で初めて、驚く様子を見せる。 ゲンガーの催眠術は、何故かピクシーに向けられていたのだ。 「ピクシーが、“この指とまれ”を使っていたのさ」 ダツラがまたもや勝ち誇った顔を浮かべる。 「な、なら先にピクシーを眠らせてやる!」 「おっと、そういうわけにはいかないぜ」 うろたえる出木杉を、ダツラはさらに追い詰めていく。 「ピクシーは持たせている火炎球ですでに火傷状態になっている、状態異常技は効かないぜ。 ……あ、もちろん火傷のダメージは特性の“マジックガード”で無効化してあるがな」 その言葉を聞いた出木杉は、顔を俯けて黙り込む。 (どうやら、諦めちまったかな?) 出木杉の様子を見て、ダツラはそう考える。 (ま、無理もないか。 剣の舞で強力になったリザードンと、それを庇うピクシー。 対する奴は倒れかけのゲンガーにムクホーク、おまけにゲンガーは催眠術が効かないときている。 眼鏡の方の最後の1匹は知らないけど、この状況を打開できるほどの奴じゃないだろう。 この状況なら、誰だって負けを確信す……) ダツラは突如、目を丸くした。 ようやく顔を上げた出木杉は、笑っていたのだ。 彼は言う…… 「状況は絶望的、か………面白い。 僕たちはどんなに絶望的な場面だろうと、決して諦めないよ。 この状況も、絶対に跳ね返してみせるっ!」 ---- 「頼んだよ、この状況を打開できるのは君しかいない」 のび太が祈るようにして最後の一匹、ドンファンを出した。 「ピクシー、この指とまれ」 ダツラの命令で、ピクシーは再び攻撃を自分に集中させる。 さらに敵のターンは続く、今度はリザードンの岩雪崩だ。 この一撃で、ゲンガーは力尽きた。 そして最後にドンファンのターンが来た時、のび太は不敵に微笑む。 「ピクシーが邪魔で、リザードンに攻撃を当てられない。 ……でも、一つだけリザードンに攻撃を当てる方法がある。 ドンファン、こっちも岩雪崩だ!」 のび太が選んだ技は、2体両方に攻撃を加える岩雪崩。 これならば、リザードンにも攻撃を当てることができる。 しかも岩雪崩は、リザードンに4倍のダメージを与えることができるのだ。 「この一撃で、リザードンを葬るっ!」 のび太が祈るように叫ぶ。 ……だが祈りは届かない、リザードンはまだ立っている。 「ヨロギの実を持たせていた……詰めが甘かったね」 ヒースが安堵の溜息を漏らす。 その表情からは、微かな焦りが覗いていた。 そしてそれを、彼が……出木杉英才が見逃すはずがなかった。 「野比君。 次のターン、賭けに出てみないかい?」 出木杉がのび太の耳元で、ひっそりと囁いた。 ---- 「もう少しだけ、戦ってもらうよ」 出木杉が最後のポケモンである、傷だらけのムクホークを繰り出す。 このターン、一番最初に動き始めたのはリザードンだった。 (……ということは、このターンピクシーはこの指とまれを使用していない!) 出木杉が賭けの成功を予感し、思わずガッツポーズを取りそうになる。 そして次のヒースの言葉で、その予感は確信へと変わる。 「リザードン、ドンファンにフレアドライブ!」 ―――出木杉は言った、『敵は次のターン、勝負をしかけてくる』と。 「先程のドンファンの岩雪崩で、敵は確実に恐怖を感じたはずだ。 早くあいつを倒さないと、唯一のアタッカーであるリザードンをつぶされる。 そのためには岩雪崩ではだめだ、もっと強力な、一撃で敵を倒せるような技じゃないとならない。 ……敵はおそらくそう考える、そして、このターンで勝負を決めにくる。 これまでの岩雪崩+この指とまれという型を崩して、ね。 たぶんリザードンでドンファンに大技をくらわし、ピクシーでムクホークに止めを刺すって感じだろうか。 だから君は一言、こう命令すればいい……」 のび太は出木杉の言葉を思い出し、高らかに宣言する。 「ドンファン、まもるだっ!」 ドンファンは不思議な壁を作り出し、リザードンのフレアドライブを防いでみせた。 そして…… 「いまだ! ムクホーク、リザードンにブレイブバード!」 ムクホークが己の身の危険を省みず、リザードンに飛び掛っていく。 反動ダメージでムクホークは力尽きたが、その代償に見合うだけの成果を上げることができた。 ついに、リザードンを撃破したのだ。 ---- この後のバトルは、実にあっさりとしたものだった。 その後、ピクシーの凍える風は失敗に終わり、このターンは終了を迎えた。 そして次のターン、ダツラは最後の1匹ハピナスを繰り出す。 だが出木杉の予想通り、ダツラのポケモンの攻撃力は微々たる物だった。 2体がかりでも食べ残しを持つドンファンの体力を半分も削れない。 そしてドンファンの反撃、地震で2体のポケモンはあっさりと沈んだ。 「勝者、『ドラーズ』野比のび太・出木杉英才ペア!」 審判がのび太たちの勝利を宣言する。 その瞬間、のび太と出木杉は無言でハイタッチを交わした。 「勝っちまったよ……あのフロンティアブレーンに」 「凄い……急造コンビなのに、あそこまで強いなんて……」 静香とジャイアンが唖然とする。 と、ちょうどその時、のび太と出木杉が仲間たちのもとへ帰ってきた。 「お疲れ様、すばらしいバトルだったわ」 「よくやった! さすがは俺の仲間って感じだな!」 さっそく2人から褒め称えられ、のび太は照れくさそうに頭を掻く。 「さて、次は剛田君だったね。 ここで勝てれば僕たちの勝ちだ、頼んだよ」 「おう、まかせとけ!」 出木杉の言葉に、ジャイアンは胸を叩きながら答える。 そして、堂々とフィールドへ上がっていく。 相手はフロンティアブレーン最年長、パレスガーディアンのウコンだ。 ----
[[前へ>トキワ英雄伝説 その11]]     #25「疑問」 「勝者、『フロンティアブレーンズ』リラ選手!」 審判の声が、コロシアム中に響き渡る。 いまは準々決勝第二試合、ちょうど『フロンティアブレーンズ』が『ナナシマ連合』を破ったところだ。 フロンティアブレーンズの次の相手は、先に勝利を収めたドラーズだ。 「やっぱり、次の相手はフロンティアブレーンズかぁ……」 スネ夫が不安そうに呟く。 「誰が相手だって関係ないさ! ここまで来たら勝つだけさ!」 のび太の言葉が、みんなを活気付ける。 そして次、第三試合の選手たちが出てくると会場の空気が一変する。 片やMr.ゼロのチームの一つ、クイーンズ。 片や一回戦で意外な実力を発揮した、レジスタンス。 形こそ似ているが、黒と白という正反対の色のローブで身を隠す2つの選手。 対極に位置する両チームの激突を、ここまで残った選手たちが緊張した面持ちで見守る。 「それではダブルバトル、試合開始!」 審判が、平然とした様子でバトル開始を告げる。 重苦しい雰囲気の中、ついに試合の火蓋が切って落とされた…… ---- ―――「ウインディ、神速」 その声が響いた瞬間、ウインディが目にも止まらぬ速さで敵に当て身を食らわせる。 攻撃を受けたケンタロスは、力なく崩れていった。 「よしっ! 行けるぞ!」 ジャイアンが嬉しそうな声を上げる。 今行われているのは2試合目の、3対3のシングルバトルだ。 いまレジスタンスのリーダー、フォルテがウインディで敵の2体目を倒したところだ。 レジスタンスはすでにダブルバトルに勝利している、ここで勝てば彼らの勝ちだ。 敵は残り1体、対するフォルテはまだ3体のポケモンを残している。 彼(もしくは彼女)の勝ちはもう、すぐそこまで来ていた。 「いいぞ、がんばれ!」 そして、のび太たちはそんな彼らを応援していた。 正直、彼らの正体はいまだに不明、まったく見当もついていない。 もしかしたら……敵かもしれない。 でもいまは信じたかった、Mr.ゼロの手下と必死に戦っている彼らを。 「こうなったら……こいつを使うしか……」 対戦相手、9thの様子に、昨日カナズミスクールの子供たちを甚振っていた余裕は見られなかった。 そして追い詰められた彼は、ついに切り札を投入する。 「あ、あれは……」 コロシアムにいる全員が息をのむ。 空間を司るというそのポケモンの名前は、パルキア。 「亜空切断!」 9thが命令とともに、パルキアが空間を捻じ曲げてウインディを攻撃する。 すでに2回の戦闘をこなし、疲労していたウインディはあっさりと倒れてしまった。 「こいつがいる限り、俺は負けない! フハハハハ!」 9thの高笑いがコロシアム中に響き渡った。 ---- フォルテはウインディを引っ込め、代わりにアブソルを繰り出した。 「次の獲物はそいつか……亜空切断!」 「まもるだっ!」 アブソルはまもるを使い、なんとかパルキアの攻撃を避けた。 「いくら時間を稼いだって無駄だぜ、もう一度亜空切断!」 今度は無防備な状態のアブソルに、パルキアの攻撃が襲い掛かる。 「耐えてつじぎ……」 フォルテの言葉はそこで途切れた。 アブソルはすでに、全ての体力を奪われていたのだ。 「亜空切断が急所に当たったのさ。 運が無かったな!」 9thはもう、自分の勝利が決まったかのような余裕を浮かべている。 「まずいよ……残り一匹で、あのパルキアを倒さなきゃいけないなんて……」 心配するのび太とは対照的に、フォルテはこの状況でも冷静さを崩さない。 「行け、カイリュー」 そして手元のボールから、最後の1匹であるカイリューを出現させた。 「よりによってドラゴンタイプとは……一発でしとめてやるよ!」 9thが会場に響き渡るほどの大声で、亜空切断を宣言する。 ……だが、パルキアは亜空切断を出さなかった。 突然ヤケになったかのように、暴れだしたのだ。 「こ、これは……亜空切断じゃ……ない?」 意外な展開を目の当たりにし、9thが驚きの声を上げる。 一方、フォルテは相変わらず様子を全く変えないまま喋りだす。 「……その技の名は悪あがき、戦う術を無くしたポケモンが最後に出す哀れな技だ」 ---- 「悪あがき……だと?」 明らかに焦りだす9thを気にとめず、フォルテは話を続ける。 「亜空切断のPPは全部で5回。 3回の攻撃と、アブソルのプレッシャーでさっき0になっちまったのさ。 お前のパルキアが、“拘りスカーフ”を持っていたのは見抜いていた。 だから、『スカーフを持たせているときに技のPPが切れると悪あがきしか出せない』ってのを利用させてもらったよ。 これでお前のパルキアは悪あがきしかできなくなった……俺の勝ちだ!」 フォルテが己の勝利を宣言するとともに、カイリューが逆鱗でパルキアを攻撃する。 効果抜群のこの一撃は、悪あがきの反動ダメージもあったパルキアの体力を奪い切るのに充分な威力を備えていた。 ゆっくりと崩れ落ちていくパルキアを、9thは呆然と眺めていた。 そしてその体が地に着いたとき、突然頭を抱えてうずくまる。 「馬鹿なあああ! 俺が……俺のパルキアがあああ……」 一方観覧席のジャイアンたちは、レジスタンスの健闘を拍手で讃えていた。 「やった! Mr.ゼロのチームが負けた!」 「これで奴らも残りはあと1チームだけ……ざまあみろ!」 歓喜に沸く仲間たちの中で、のび太は1人、疑問を浮かべていた。 「あのカイリュー、似てる……」 ―――選手控え室 ここで次の試合の準備をしていたホウエンチャンピオン・ダイゴの耳に吉報が届いた。 『レジスタンス』がMr.ゼロのチームである『クイーンズ』を破ったという知らせだ。 これで残っているMr.ゼロのチームは、いまから自分たちと戦う『ジョーカーズ』のみ。 あとは彼らを破ることができれば、選手の命は助かるのだ。 「僕たちがあいつらに勝てば、全ての選手を救うことができる。 みんな、絶対に勝とう!」 ダイゴは仲間たちに喝を入れると、フィールドへ足を踏み入れた。 ---- ――― 「そ、そんな……」 そう呟いた選手たちの心は、絶望で満たされていた。 『ホウエン四天王連合』と『ジョーカーズ』の試合が始まってから数分、早くもダブルバトルが終了した。 勝ったのは『ジョーカーズ』、圧倒的な実力差を見せ付けた。 「四天王が、あんなにあっさりと……」 彼らの驚異的な力に、のび太たちも驚きと不安を隠せない。 「このままじゃ……四天王が負けちゃうよ……」 不安なのは、今からシングルバトルに出場するゲンジも同じだった。 自分たちが負けたら、他の3チームもおそらく奴らには勝てない。 今の状況で、負けることは絶対に許されないのだ。 『でも、自分ごときの力で奴らを倒せるのだろうか?』 先程見せ付けられた敵の力に、すっかり恐れをなすゲンジ。 そんな彼に、対戦相手の2ndは突然言った。 「喜べ、お前に勝利を譲ってやろう」 2ndの発言に疑問を持ちつつ、ゲンジは己のボールからフライゴンを放つ。 それに対して2ndは、意外なポケモンを選択する。 そのポケモンを見たゲンジの頭に血が上っていく。 「貴様、わしを馬鹿にしているのかああああ!」 ゲンジが怒るのも無理は無い。 2ndが選んだポケモンは……世界最弱と言われるコイキングだったのだから。 「ドラゴンクローだっ!」 フライゴンの爪を浴びたコイキングは、あっさりと力尽きていた。 この後も2ndのポケモンは、コラッタとポッポという雑魚っぷり。 結局ゲンジは一発も攻撃をくらわずに勝利を収めた。 だがゲンジは素直に喜べない、むしろ苛立っているぐらいだ。 「こんな勝ち方、納得できん! 貴様、何故手を抜いたっ!」 「今は抑えてくれ、ゲンジ。 奴らを倒してみんなを救う、今はそれが先決だ」 苛立つゲンジを諭し、ダイゴはフィールドへと上がっていった。 ---- 「カイリキー、爆裂パンチ」 1stの命令を受けたカイリキーが、その激しい拳をメタグロスに振るう。 攻撃を受けたメタグロスは、いつまでたっても立ち上がらない。 「そんな……チャンピオンのこの僕が……」 ガクリと膝をつき、絶望するダイゴ。 「キングドラで2匹倒し、残り4匹をカイリキー一匹で……」 たった2匹でダイゴに勝利した1stの凄まじい力に、圧倒されるのび太たち。 部屋へ戻る帰路の中で、スネ夫が呟く。 「あれが、Mr.ゼロの部下で最強のチームの力か。 凄いな……」 その言葉のあと、しばらく沈黙が続く…… 「……でも、諦めたりはしないよね?」 突如、のび太が仲間の3人に問いかける。 3人は顔を見合わせると、声をそろえて言う。 「ああ、勿論さ!」 ――― 「そういえばさ……」 部屋に戻って休んでいたところで、のび太が再び突然喋りだした。 仲間たちに目を向けられ、のび太は話を続ける。 「あの『レジスタンス』って人たちのリーダーが使ってたカイリューが……」 「カイリューがどうかしたのか?」 スネ夫問いかけると、のび太が意外なことを口走る。 「似てたんだよ、僕のカイリューと!」 同種族のポケモンでも、1匹1匹ずつ容姿に違う特徴を持っている。 だが自分のカイリューと彼のカイリューは、かなり容姿が似ていた。 そう言うのび太を、スネ夫は「偶然じゃないのか?」と言って冷やかす そんな会話を繰り広げているときだった、 「あああああああ!」 ……突然、ジャイアンが叫び声を上げたのは。 ---- いきなり大声を上げたジャイアンに、仲間たちは驚く。 だが寧ろ彼ら以上に、ジャイアンの方が驚き、落ち着きをなくしていた。 「どうしたんだよジャイアン、ビックリしたじゃないか?」 スネ夫がジャイアンを落ち着かそうとするが、ジャイアンはまだ落ち着かない。 「いま気付いたんだよ! 似てるっていやあ……ほら、あの1stって野郎も!」 「あいつがどうかしたのかい?」 スネ夫が問うと、ジャイアンもやはり意外な事を口走る。 「あいつも似てた……先生に……」 「先生?」 意外な人物の出現に、仲間たちはキョトンとする。 「だってあいつが使ってたキングドラやカイリキーは、先生も使ってたし……」 ジャイアンが相変わらず落ち着かないまま言った。 「手持ちは確かに被ってたけど、そんなのただの偶然でしょ? 第一、先生がこのコロシアムにいるはずが無いじゃないの。 それに、先生がMr.ゼロの手下になるわけがないわ!」 静香に力説されると、ジャイアンはそれ以上何も言えなくなってしまった。 その後は夕食を済まし、明日の作戦会議を始めた。 「明日も試合があるんだし、今日はもう休もうか?」 会議が終わったところでのび太が言うと、皆が寝床につく。 「ホントに、偶然だったのかなあ……」 ベッドの中で、いまだ納得がいかないジャイアンが呟いた。 ----        #26「5人目の仲間」 一晩明け、準決勝の日がやってきた。 「もうすぐ、準決勝が始まるね」 試合を一時間後に控え、のび太が言う。 いつもなら彼らはここでかなり緊張し、まともに喋ることさえ困難だった。 だが今日は、今までで一番平常を保っていた。 彼らは成長したのかもしれないし、ただこの状況に慣れただけなのかもしれない。 でも、大会前とは明らかに変わっていることだけは明白だ。 「ちょっと僕、出かけてくるよ」 試合まで残り10分というところで、突然スネ夫が部屋を出て行く。 行き先はトイレ、先程急に尿意を催したのだ。 「もうすぐ試合だ、早く帰ってこいよ!」 「わかってるって」 ジャイアンの忠告に頷き、スネ夫は廊下を駆けていった。 ―――4階、男子トイレ 「ふぅー、すっきりした……さて、早くいかなきゃ間に合わないな」 用を足し終えたスネ夫が、手を洗いながら呟いた。 彼が手を洗い終え、顔を上げたその時だった。 自分の背後に立った人物が、鏡越しに見えたのは。 その手には、トイレに置かれてあった花瓶が握られていた。 スネ夫が振り返る前に、その人物は花瓶を振り上げる。 そして、それをスネ夫の頭目掛けて振り下ろした。 音一つ無い静かなトイレ内に、花瓶が割れる音が響き渡る。 と同時に、スネ夫は頭から血を流しながら崩れ落ちていった。 「これで、ドラーズも終わりだな。 ハハハハハ!」 その人物はそう吐き捨てると、奇妙な笑い声を上げながらトイレを出て行った…… ---- 「遅い、遅すぎるぞっ!」 ジャイアンの苛立ちが段々増していく。 試合開始まで残り3分を切った。 だが、スネ夫がまだ帰ってこないのだ。 「早く帰って来い、スネ夫!」 ジャイアンの怒りが限界を迎えたその時…… 『ドラーズの選手たちは、早く試合会場に入場してください』 ついに、入場を促すアナウンスが入った。 対戦相手は数分前に入場している、これ以上待たすわけにはいかない。 「とりあえず入場して、審判に事情を説明してみましょうよ」 静香の考えに賛同し、3人はようやく試合会場へと足を踏み入れた。 ようやく入場してきたドラーズ一行に、審判が注意を入れようとする。 「遅い! 待ちくたびれたぞ……あれ? 一人足りないようだが……」 審判がスネ夫がいない事に気付くと、静香が慌てて事情を説明する。 話を聞き終えた審判は、急いでその事をMr.ゼロに報告しに行った。 現在の状況に対する判断を聞くのだそうだ。 そして数分後、上の方の広場にMr.ゼロと司会の人物が現れた。 最後にその姿を選手たちに見せたのを決勝トーナメント説明会の時、3日ぶりの登場だ。 司会の人物は、まるで感情が無いような機械の声で言い放った。 「いかなる事情があろうとも、選手が欠けている状態で試合をすることはできません。 あと20分以内に彼が帰ってこなければ、ドラーズは強制的に不戦敗となります」 「そんな……ここまで来て不戦敗だなんて……」 ジャイアンが、その場にガクリと膝をつく。 『早く来てくれ、スネ夫!』 のび太はそう心に念じ、スネ夫を待ち続ける。 来れるはずが無いスネ夫を…… ---- ―――地下、敗者の部屋 「おいおい、あいつらなんだかヤバそうだぜ?」 『チーム・コトブキ』の1人、バクが出木杉に話しかける。 試合に敗れたものたちが送られるこの地下室には、なぜか試合会場を映した巨大なモニターが設置されている。 いまそこには、不戦敗寸前になっているドラーズの姿が映されていた。 「なんとかならないの、英才」 ヒカリに問いかけられた出木杉はしばらく考え込んだあと、あることを思いつく。 (彼らが試合に出るためには、選手が4人揃えばいい……) 「……僕に、考えがある」 出木杉はそう言うと、部屋の隅にいる監視役の男に目をやる。 彼は携帯電話のようなもので、外との連絡をとっていた。 仲間の3人を集め、出木杉はコッソリと作戦を告げる。 「このコロシアム内では、全ての電話が圏外になって使えない。 でもあの電話は、なぜか外と通じているみたいだ。 今からあれを奴から奪い取って、使わせてもらうんだ」 「なるほど。 電話で助けを呼んで、大会そのものを潰しちまおうって考えか。 でも電話が通じたとしても、警察があの得体の知れない電話でこの場所を特定できるのか?」 コウジが意義を唱えると、出木杉は意外な言葉を発する。 「電話をする先は、警察じゃないんだ。 わるいけど、いまは説明してる時間が無い…… とにかくあいつから電話を奪い取ってくれ! お願いだ!」 その言葉に、コウジたちは驚きを隠せない。 出木杉が自分たちを頼るのは、初めてのことだった。 嬉しかった。 出木杉が自分たちを必要としていることが。 自分たちが、出木杉の力になってやれることが。 「なんだかよく分からないけど、俺たちはお前を信じるよ。 任せとけ、あの電話を必ず奪い取ってやる!」 そう誓った次の瞬間、コウジたちは監視役の男に向かって駆け出していった。 ---- 突然コウジたちが飛び掛ってきたので、監視役の男は驚き、その場で固まっていた。 その隙にコウジとバクが男を取り押さえ、ヒカリが素早く電話を奪い取る。 ヒカリから電話を受け取った出木杉は、早速どこかに電話をかけ始める。 電話は予想通り、目的の場所に繋がった。 あとは相手が出るのを待つだけだ。 『早く……早く出てくれ!』 焦る出木杉の気持ちを察したかのように、相手はツーコール目で電話に出た。 出木杉は相手の声を聞くと、安心して会話を始める。    「もしもし、お義父さんですか?」 ちょうど出木杉が会話を終え、電話を切った時だった。 ついでに警察にも連絡をしておこうと思った出木杉の行動は、阻止されてしまった。 ついに、必死に抵抗していた監視役の男が拘束から逃れた。 男はポケットから緊急時用のスイッチを取り出し、素早く押した。 するとすぐに、部屋にたくさんの男がワープしてきた。 男たちはあっという間に出木杉たちを取り押さえた。 ついでに警察にも連絡をしておこうと思った出木杉の行動は、阻止されてしまった。 彼らは出木杉から電話を取り上げ、4人を縄で縛ろうとする。 ……とその時、突然出木杉がとんでもないことを言い出した。 「僕に取り上げられたポケモンを返してもらいたい。 そして、僕をこの部屋から出して欲しい」 出木杉を取り押さえていた男は、覇気のこもった声で言い返す。 「んなことできるわけねぇだろうが! 馬鹿にしてるのか!」 だが出木杉は全く屈せず、冷静な口調で言う。 「……いや、あなたたちは僕をここから出さざるをえないんですよ。 なぜなら……」 ---- 一方、試合会場では…… 「残りあと、1分だ!」 審判の声が響き渡る。 (スネ夫さん、早くきて!) (早くきてくれ、スネ夫……) 「早くこいーーー! スネオオオオオ!」 必死に願い続ける静香とのび太、叫び続けるジャイアン。 だがその願いは、いつまでたっても届かない。 「残りあと、三十秒!」 ついにのび太たちが諦めかけた、その時だった。    「待った!」 突如フィールドに現れた人影を、のび太は凝視する。 「あれはスネ夫? ……いや、違う……」 しだいにその人物が近づいてきて、顔が見える距離まで近づいてきた。 そしてその顔を見たとき、コロシアムにいる誰もが目を疑った。 「そんな、馬鹿な……」 ―――そこにいたのは、この場にいるはずが無い人物。 「なぜ、君がここに……」 のび太がその人物に問いかける。 「勿論、僕が君たちの『仲間』だからさ……」 ―――その人物、出木杉英才が微笑んだ。 ---- 地下室にいるはずの出木杉を見た瞬間、Mr.ゼロが初めて椅子から立ち上がった。 「馬鹿なあああ! 何故貴様がここにいる!」 無機質な機械の音声でも、あきらかに彼が慌て、感情が高ぶっているのが分かる。 それに対し、出木杉は落ち着いた様子で言い放つ。 「僕がここにいる理由、それは僕が『ドラーズ』の一員だからさ」 「な、なんだとっ!」 ざわめく会場の様子をみて、出木杉は溜息をつく。 「……どうやら、説明が必要みたいだね」 会場の全員が、出木杉の言葉に耳を傾ける。 「実は僕は、このチームの補欠選手なんだ。 だから骨川君の代わりに試合に出るため、地下室から出る権利があったのさ。 ……前にドラーズの選手一覧を見て驚いたよ。 この僕の名前が、補欠選手の欄に書かれていたんだからね」 「補欠選手……あああああ!」  出木杉の言葉を聞いたジャイアンが、ドラーズを結成した日のことを思い出す。 ―――あの時、ジャイアンは補欠選手の欄に、スクール時代の同期生全員の名前を書き込んだのだ。 『とにかく、たくさん書いておいた方がいいだろ!』などと言って。 そしてそこには、出木杉の名も含まれていたのだ。 「お前が『ドラーズ』の補欠選手……フハハハハ!」 突如、Mr.ゼロが勝ち誇ったような高笑いを浮かべた。 「残念だが、お前は『チーム・コトブキ』の選手としても登録されている。 他のチームに属している選手の名を書き込むのは違反……つまり、不可能なのだ。 おそらくチェックした者が見落としていたのだろう。 とにかく、これでお前の出場は不可能。 残念ながら『ドラーズ』は不戦……」 そこでMr.ゼロはおもわず口を閉じた。 ……出木杉が、依然として笑みを浮かべていたからだ。 ---- 「僕が違反……残念ながら、そういうわけにはいかないんだよ」 「どういうことだ!」 出木杉の余裕に、Mr.ゼロがうろたえる。 「『チーム・コトブキ』に登録されている僕の名は、“結城英才”。 でも『ドラーズ』の方は“出木杉英才”という名で登録されているのさ。 幸いにも、野比君たちは僕の名字が変わっているのを知らなかったからね。 “出木杉英才”はさっきまで存在しない人物だった。 だから彼と“結城英才”は別人になるはずだよね」 「し、しかし! それならばお前はやはりこの試合に出場することができない。 お前の名は“結城英才”だ、“出木杉英才”としてドラーズに加わることはできないはず!」 Mr.ゼロがすかさず反論するが、勿論出木杉はこの言葉も見通していた。 「……さっき、ちょっとした手を使ってシンオウの叔父に頼み事をしてきた。 “僕の名字を再び、【出木杉】に戻して欲しい”とね。 今の僕の名は“出木杉英才”、ドラーズの一員だ!」 「そんな馬鹿な! 認めないぞ、こんなことは!」 苛立ちながら退場していくMr.ゼロを尻目に、出木杉はドラーズのもとに駆け寄っていく。 「ありがとう、出木杉。 僕たちのために、名字まで変えるなんて……」 のび太が頭を下げると、出木杉は頭を上げろと言う。 「仲間の危機を助けるのは当然のことさ、感謝する必要はないよ。 それに、それに君たちは奴らの優勝を阻止できる最後の希望なんだ。 何があっても、君たちをここで消させるわけにはいかない……」 出木杉の言葉を聞き、のび太は微笑む。 「“希望”か……なら、絶対に負けるわけにはいかないね。 今日の最初の試合は、僕たちのダブルバトルだ。 行こう、出木杉! この試合に勝って、決勝に進むんだ!」 ―――のび太と出木杉、ライバルの2人が再びフィールドに上がっていく。 今度は敵同士ではなく、仲間として…… ----       #27「共闘」 フィールドの上で、4人の選手が互いを見詰め合っている。 片や『フロンティアブレーンズ』のヒースとダツラ。 片や『ドラーズ』の野比のび太と“出木杉”英才。 試合が始まる直前、出木杉がのび太に耳打ちする。 「相手の試合は前に一度見ているんだ。 彼らはお互いの役割をはっきりと分けている。 ヒースは強力なアタッカーで攻撃役を務め、ダツラはおもに補助系の技でそのサポートをする。 でもそのせいで、ダツラのポケモンはかなり攻撃力が低いんだ。 だからなるべくヒースの方を先に狙おう、ダツラは1人になればいっきに弱体化するはず……」 のび太は彼の言葉を聞き終えると、小さく頷いた。 出木杉の立てた作戦は、先日スネ夫と立てた作戦によく似ていた。 やはり彼は、スネ夫と同程度……いや、それ以上の頭脳を持っている。 ……でも、本当に彼との自分のコンビはうまくいくのだろうか? 何の打ち合わせもなく、突如ともに戦うことになった2人。 しかも、相手はフロンティアブレーンときている。 いくら出木杉が実力のあるトレーナーといえど、さすがにこの試合に勝つのは不可能なのではないか? ……そんな考えが、のび太の頭を過ぎった。 ―――でも、いまは信じるしかないのだ。 彼となら、出木杉とならきっとうまく、と。 そう、共に戦った7年前のあの時のように…… ---- 審判が試合開始を宣言すると、4人がそれぞれのポケモンを繰り出す。 ヒースはラグラージ、ダツラはシャワーズ、のび太はギャラドス、出木杉はガラガラだ。 避雷針の特性を持つガラガラは、ギャラドスと相性がいい。 そう思ってガラガラを繰り出した出木杉は、自分以外全員が水ポケモンというこの状況に舌打ちをする。 「……仕方ない。 このターンは勝負を捨てるしかないみたいだ」 出木杉の指示に従い、のび太はこのターンは龍の舞を積ませる。 攻勢に出るのは、次ターンからだ。 「龍の舞か……でもこいつをくらっちまえば意味がなくなっちまうんだよなぁ」 ダツラがシャワーズに命じたのは、凍える風。 せっかく龍の舞で上げたギャラドスの素早さは、元通りに戻されてしまった。 「じゃあ、止めを刺してあげようか。 ラグラージ、波乗り!」 ラグラージの波乗りが、ドラーズ側のポケモンに追撃を加える。 効果抜群の攻撃を2発も浴びたガラガラは、何もできないまま倒れてしまった。 「おいおい、1ターン目からかなりやばそうな感じだな」 ジャイアンが不安の一言を漏らす。 結局このターンのこちらの成果は、ギャラドスの攻撃力が一段階上がっただけだ。 彼が不安になるのも無理はない。 「いまは、のび太さんと出木杉さんを信じるしかないわね」 そう諭す静香の顔も、あまり穏やかではなかった。 ガラガラを倒された出木杉は、次にムクホークを繰り出した。 「ムクホークとギャラドス…… 同じだね、7年前のあの時と」 のび太が出木杉に微笑みかける。 その笑顔を見たとき、出木杉はほんの少し肩の荷が下りたような気がした。 そしてふと、7年前ののび太とともに戦ったときのことを思い出す。 あの時、自分たちはあのフジツーを倒すことができた。 だから、今度もきっと勝てるはずだ。 そう信じることで、自信が湧いてきた。 これからだ、天才と呼ばれた出木杉英才が本領を発揮するのは。 ---- 「さっきも言った通り、ヒースを集中攻撃するよ」 出木杉とのび太はもう一度作戦を確認しあう。 そして、2人はさっそくポケモンに命令を下す。 「ムクホーク、ブレイブバード!」 「ギャラドス、滝登り!」 二匹の強力な技が、ラグラージ1匹を目掛けて放たれる。 それを受けたラグラージは、もう戦うことなどとてもできなかった。 「くっ……シャワーズの手助けが無駄に終わったか……」 シャワーズに手助けを命令していたダツラが舌を鳴らす。 ヒースは次に、またもや強力なアタッカー、メタグロスを繰り出す。 「ムクホーク、インファイト!」  「ギャラドス、滝登り!」 早速ドラーズのポケモン2体がメタグロスに襲い掛かるが…… 「メタグロスの耐久力を舐めてもらっちゃ困るねぇ、その程度では倒れないよ。 今度はこちらの番だ、ギャラドスに雷パンチ!」 メタグロスの拳が雷をまとい、ギャラドス目掛け放たれる。 だが、ギャラドスは倒れない。 「よし、なんとか雷半減の実で耐え……」 のび太がガッツポーズを取ろうとした瞬間、ギャラドスが崩れ落ちた。 「俺を忘れてもらっちゃ困るねえ……」 ダツラが余裕の笑みを浮かべて言う。 彼のシャワーズの凍える風が、虫の息だったギャラドスに止めを刺したのだ。 さらにいまの一撃で、ムクホークの体力も限界近くまで削り取られてしまった。 状況は依然として、フロンティアブレーンズ有利だ。 ---- のび太の二匹目は、切り札のカイリュー。 頭には拘り鉢巻を巻いて、攻撃力を増加させている。 「いくぞ、地震だっ!」 フィールドを激しく揺れ、地上にいるメタグロスとシャワーズを襲う。 この一撃で、メタグロスは戦闘不能に陥った。 (ここはシャワーズに追撃をするべきか……いや、たぶんまだ倒せないから返り討ちにあう。 ムクホークはまだ失うべきではない、ここは……) 「ムクホーク、シャワーズにとんぼ返り!」 出木杉は瀕死寸前のムクホークを、一度ボールに戻す道を選んだ。 最後にシャワーズが再び凍える風を放ち、カイリューと、ムクホークの代わりに入ったゲンガーにダメージを与える。 「頼むよ、リザードン!」 早くも最後の1匹まで追い詰められたヒースが、祈るようにしてリザードンを繰り出す。 リザードンは出てくると、すぐに剣の舞を積み始める。 「よし、あいつさえ倒せば僕たちの勝ちは決まったようなものだよ!」 出木杉がのび太に呼びかける。 (……とはいえ、のび太君のカイリューはリザードンに当たらない地震しか使えないんだよな。 しかたない、ここは……) 「ゲンガー、リザードンに催眠術」 剣の舞を積み、危険な存在となったリザードンを封じようとする出木杉。 だが不幸なことに、催眠術は外れてしまった。 「クソッ、この失敗は痛いな……」 出木杉が思わず舌打ちをする。 その後、のび太のカイリューが再び地を揺らす。 この一撃で、長い間フィールドに居座っていたシャワーズがついに倒れた。 ついにこの試合で初めて、残りポケモン数でドラーズが優位に立った。 ---- 倒されたシャワーズの代わりに、ダツラはピクシーを繰り出す。 このターン、先手を取ったのはリザードンだった。 ゲンガーとカイリューは、凍える風で素早さを下げられていたのが痛手となった。 「リザードン、岩雪崩!」 ヒースが命令を下すと、フィールドに無数の岩が降り注ぐ。 先程の凍える風ですでに弱っていたカイリューは、この一撃で瀕死となった。 「やはり、あのリザードンを野放しにするわけにはいかないな。 ゲンガー、リザードンに催眠術……?」 出木杉がこの試合で初めて、驚く様子を見せる。 ゲンガーの催眠術は、何故かピクシーに向けられていたのだ。 「ピクシーが、“この指とまれ”を使っていたのさ」 ダツラがまたもや勝ち誇った顔を浮かべる。 「な、なら先にピクシーを眠らせてやる!」 「おっと、そういうわけにはいかないぜ」 うろたえる出木杉を、ダツラはさらに追い詰めていく。 「ピクシーは持たせている火炎球ですでに火傷状態になっている、状態異常技は効かないぜ。 ……あ、もちろん火傷のダメージは特性の“マジックガード”で無効化してあるがな」 その言葉を聞いた出木杉は、顔を俯けて黙り込む。 (どうやら、諦めちまったかな?) 出木杉の様子を見て、ダツラはそう考える。 (ま、無理もないか。 剣の舞で強力になったリザードンと、それを庇うピクシー。 対する奴は倒れかけのゲンガーにムクホーク、おまけにゲンガーは催眠術が効かないときている。 眼鏡の方の最後の1匹は知らないけど、この状況を打開できるほどの奴じゃないだろう。 この状況なら、誰だって負けを確信す……) ダツラは突如、目を丸くした。 ようやく顔を上げた出木杉は、笑っていたのだ。 彼は言う…… 「状況は絶望的、か………面白い。 僕たちはどんなに絶望的な場面だろうと、決して諦めないよ。 この状況も、絶対に跳ね返してみせるっ!」 ---- 「頼んだよ、この状況を打開できるのは君しかいない」 のび太が祈るようにして最後の一匹、ドンファンを出した。 「ピクシー、この指とまれ」 ダツラの命令で、ピクシーは再び攻撃を自分に集中させる。 さらに敵のターンは続く、今度はリザードンの岩雪崩だ。 この一撃で、ゲンガーは力尽きた。 そして最後にドンファンのターンが来た時、のび太は不敵に微笑む。 「ピクシーが邪魔で、リザードンに攻撃を当てられない。 ……でも、一つだけリザードンに攻撃を当てる方法がある。 ドンファン、こっちも岩雪崩だ!」 のび太が選んだ技は、2体両方に攻撃を加える岩雪崩。 これならば、リザードンにも攻撃を当てることができる。 しかも岩雪崩は、リザードンに4倍のダメージを与えることができるのだ。 「この一撃で、リザードンを葬るっ!」 のび太が祈るように叫ぶ。 ……だが祈りは届かない、リザードンはまだ立っている。 「ヨロギの実を持たせていた……詰めが甘かったね」 ヒースが安堵の溜息を漏らす。 その表情からは、微かな焦りが覗いていた。 そしてそれを、彼が……出木杉英才が見逃すはずがなかった。 「野比君。 次のターン、賭けに出てみないかい?」 出木杉がのび太の耳元で、ひっそりと囁いた。 ---- 「もう少しだけ、戦ってもらうよ」 出木杉が最後のポケモンである、傷だらけのムクホークを繰り出す。 このターン、一番最初に動き始めたのはリザードンだった。 (……ということは、このターンピクシーはこの指とまれを使用していない!) 出木杉が賭けの成功を予感し、思わずガッツポーズを取りそうになる。 そして次のヒースの言葉で、その予感は確信へと変わる。 「リザードン、ドンファンにフレアドライブ!」 ―――出木杉は言った、『敵は次のターン、勝負をしかけてくる』と。 「先程のドンファンの岩雪崩で、敵は確実に恐怖を感じたはずだ。 早くあいつを倒さないと、唯一のアタッカーであるリザードンをつぶされる。 そのためには岩雪崩ではだめだ、もっと強力な、一撃で敵を倒せるような技じゃないとならない。 ……敵はおそらくそう考える、そして、このターンで勝負を決めにくる。 これまでの岩雪崩+この指とまれという型を崩して、ね。 たぶんリザードンでドンファンに大技をくらわし、ピクシーでムクホークに止めを刺すって感じだろうか。 だから君は一言、こう命令すればいい……」 のび太は出木杉の言葉を思い出し、高らかに宣言する。 「ドンファン、まもるだっ!」 ドンファンは不思議な壁を作り出し、リザードンのフレアドライブを防いでみせた。 そして…… 「いまだ! ムクホーク、リザードンにブレイブバード!」 ムクホークが己の身の危険を省みず、リザードンに飛び掛っていく。 反動ダメージでムクホークは力尽きたが、その代償に見合うだけの成果を上げることができた。 ついに、リザードンを撃破したのだ。 ---- この後のバトルは、実にあっさりとしたものだった。 その後、ピクシーの凍える風は失敗に終わり、このターンは終了を迎えた。 そして次のターン、ダツラは最後の1匹ハピナスを繰り出す。 だが出木杉の予想通り、ダツラのポケモンの攻撃力は微々たる物だった。 2体がかりでも食べ残しを持つドンファンの体力を半分も削れない。 そしてドンファンの反撃、地震で2体のポケモンはあっさりと沈んだ。 「勝者、『ドラーズ』野比のび太・出木杉英才ペア!」 審判がのび太たちの勝利を宣言する。 その瞬間、のび太と出木杉は無言でハイタッチを交わした。 「勝っちまったよ……あのフロンティアブレーンに」 「凄い……急造コンビなのに、あそこまで強いなんて……」 静香とジャイアンが唖然とする。 と、ちょうどその時、のび太と出木杉が仲間たちのもとへ帰ってきた。 「お疲れ様、すばらしいバトルだったわ」 「よくやった! さすがは俺の仲間って感じだな!」 さっそく2人から褒め称えられ、のび太は照れくさそうに頭を掻く。 「さて、次は剛田君だったね。 ここで勝てれば僕たちの勝ちだ、頼んだよ」 「おう、まかせとけ!」 出木杉の言葉に、ジャイアンは胸を叩きながら答える。 そして、堂々とフィールドへ上がっていく。 相手はフロンティアブレーン最年長、パレスガーディアンのウコンだ。 [[次へ>トキワ英雄伝説 その13]] ----

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