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[[前へ>フェイル その2]] スネ夫は目の前に置いた卵を凝視していた。 卵は時折揺れては止まることを繰り返す。 何度も期待を裏切られながら、スネ夫はまだ諦めなかった。 ポケモンの卵――育成所にあったのだから、ポケモンの卵と見て間違いは無い。 そう思い当たると、スネ夫は自然と好奇心が湧いた。 ポケモンの生まれる瞬間に立ち会えるという興奮。 ゲーム画面を介して見てきたことが、現実として起きる。 一度でいいから見ておきたい。 その想いに駆られてスネ夫はその瞬間を待つと決めたのだ。 「……あっ!」 思わず声を上げるスネ夫。 卵が一際大きく揺れだしたのだ。 スネ夫は手を伸ばして、卵を掴もうとする。 あと少しで卵に触れる……ほんの数センチでスネ夫の手が卵に触れる。 だが、突然卵の揺れは止まった。 直後に大きな音が育成所内に響き渡る。 爆発のような衝撃音、そして地響きを伴う振動。 「な!? なんだこの揺れはー!」 スネ夫は叫びながら咄嗟に、卵に抱きついた。 ---- ジャイアンと静香は振動に気づいた。 「お、おい何だこりゃぁ!?」 狼狽するジャイアンの横で静香も当惑していた。 「わからない。でも、きっと近くで大きな力があったのよ!」 その時、育成所の扉が勢いよく開く。 見ると石蕗会員の一人が立っていた。 「おい、お前ら早く屋上へ来い!  会長が客人に襲われたんだ。とっとと相手を殺りに行くぞ!」 会員はそう叫ぶと駆け出していく。 残されたジャイアンたちは暫く呆然としていた。 まず動き出したのはジャイアン。 「何かよくわかんねーが、会長って白髪の爺さんのことだよな?」 問いかけられた静香はたじろき、そして頷いた。 「あの爺さんは、絶対悪い人じゃない。俺はそう感じた。  見ず知らずの俺たちをわざわざ運んできたんだ」 「……牢屋だけどね」 少し離れたところから声が聞こえたので見ると、スネ夫が卵を抱えて膝をついていた。 「それに僕らは侵入者として捕まったんだ。  あの様子じゃなかなか逃げられそうにないけど、この混乱に乗じればどうだい?  今なら簡単に逃げられ」 「ふざけんな、この野郎!」 ジャイアンは足元の卵を掴んでスネ夫に投げつけた。 かなりのスピードで飛んだ卵はスネ夫の顔面に激突する。 ---- 「ん、何すんだよジャイアン!!」 卵を払いのけ、鼻を覆いながらスネ夫は怒鳴った。 「逃げるなんてできるかよ! 俺たちは世話になってんだぞ」 「ふん。だからそれは捕まっただけだって言ってんだろ!」 スネ夫は先ほど投げつけられた卵をジャイアンに投げ返した。 放物線を描いて、卵はジャイアンの手に収まる。 「それでも、俺たちにタイムマシンの事故を教えてくれた。  状況がわかってない俺たちにいろいろ説明してくれただろ!」 再び、ジャイアンは卵を投げ返す。 卵は真っ直ぐスネ夫に向かって飛んでいく。 「くだらねぇ」 スネ夫は飛んできた卵を叩き落とし、そのまま立ち上がる。 「僕は逃げるよ。そんなことをするほど感謝した覚えは無い」 そう告げると、スネ夫は歩いて扉へ向かう。 「……待てよ。スネ夫」 ジャイアンは口調を抑えて話し出す。 「もし、あの爺さんが俺たちを連れてこなかったら、俺たちはどうなっていた?」 その問いかけに、スネ夫の体が止まる。 「わけわからねぇまま、野生のポケモンに襲われてとっくに死んでた。そうだろ?  お前だってわかるよな。  だいたい、何でこんなことで争ってんだよ」 ジャイアンはスネ夫に近づく。スネ夫はゆっくりと振り返り、ジャイアンを見据えた。 「こんな状況だ。俺たちは一緒に巻き込まれた仲間だろ。  少なくとも、のび太を見つけるまでは絶対死ぬわけにはいかないよな」 ジャイアンの言葉は、スネ夫の耳にしっかり届いた。 スネ夫は短く溜め息をつく。 「しょうがない……行こうか!」 ---- 「武さん、スネ夫さん!」 静香が声を掛けて走ってきた。 後ろに数体のポケモンを連れてきている。 「客に来た人はポケモンを使って襲ったに違いないわ。  でなきゃあんな振動が起こるはずないもの。  さぁ、相手がポケモンを使っているんだから、こっちもポケモンで応戦よ!」 そう意気込むと、静香は後ろに連れたポケモンを振り向く。 その中からストライクを引っ張り出すとジャイアンに押し出した。 「武さんにはこの子がぴったりだと思うわ」 ジャイアンはそのストライクをしげしげと眺めた。 「なぁ、しずちゃん。これってさっき俺をぶった斬ろうとした奴じゃ」 「ええ、ちょっと血の気が多いの。  でも大丈夫。バカみたいに速く走るしバカみたいに力が強いのよ、この子。  ホント、バカが使っても攻撃してりゃ十分戦えるのよ! あなたにぴったりでしょ?」 何か喚いているジャイアンを無視して、静香はスネ夫にもポケモンを押しやる。 「ほら、スネ夫さんにぴったりなのはこの子よ」 黒い羽で空中に浮かぶそのポケモンは、ズバットだった。 「うわ……ズバットかぁ。懐かしいな。  でもどうして僕にぴったりなの?」 「ええ、この子は『さいみんじゅつ』を覚えてるし『どくどく』の技マシンも使ったの。  『ちょうおんぱ』も使えたはずよ。混乱させ、眠らせ、毒浴びせるのがあなたの戦法だったじゃない!」 スネ夫は遠い記憶を思い出した。 攻撃しか出来ないのび太やジャイアンをノーダメージで潰す自分。 手も足も出ない相手を嘲る自分の高らかな笑い声。 「そうか。そういえばそうだった。  ふふ、ありがとう。しずちゃん。僕らしさを思い出したよ」 微笑みあう二人に対して、ジャイアンはさらに恐れを感じるのであった。 ---- ジャイアン、スネ夫、静香はそれぞれのポケモンを従え、一際騒がしい部屋へ突入した。 応接室――扉にはそう書かれていた。 粉塵が巻き起こり、三人は足を止める。 怒声や喚き、唸りが一度に鼓膜を貫く。 「お、おい! あれは」 スネ夫は上空を指す。 どうやら破壊されたらしい天井から、鋼の羽と青年の姿が望めた。 堂々とした顔立ちの青年が、青の髪を靡かせエアームドの上に佇む。 その目からは明らかな侮蔑が感じられた。 「バブルこうせん!」 ---- 室内にいた会員の一人が自分のポケモンに指示した。 無数の泡が噴出されて鋼煌めくエアームドに接近する。 だが、青年は動じなかった。 泡はエアームドの装甲に突撃し、虚しく破裂を繰り返す。 「き、効いてない!?」会員の絶望的な叫びが響く。 「いや、攻撃は届いているよ。ちゃんと……でもね」 青年は含み笑いで顔を歪める。本性が垣間見えた瞬間だった。 「弱すぎるんだよ。全員。 ……相変わらず温いな」 青年が見下す先には、会長の白髪がある。 ---- 会長は床で横になっていた。 相当負傷した様子で、青年を見上げるのも辛そうだった。 もっとも、外面的な事情のみでは無いのかもしれない。 「ストライク、あの鳥切り裂け!」 ジャイアンは感情の赴くまま叫ぶ。 目の前で倒れる恩人の姿が、ジャイアンの心の衝動となったのだ。 微かな振動音、そして緑の疾駆が銀色めく怪鳥へ迫る。 ジャイアンの目は、鎌がエアームドに届く瞬間を捕らえ―― 「ぇ……?」 これもまた『瞬間』。 ---- 「ジャイアン!」「武さん!」 二人の叫びが聞こえる。 ジャイアンは恐る恐るめを開けた。 鋼の刃が自分の喉元の寸前で静止している。 まるで時間が止まったようで、僅かに塵が舞っているだけ。 沈黙が痛い。 「う、ぅわ!」 ジャイアンは慌てて腰を抜かし、尻餅をつく。 その時何かが右手に触れ、怯えからの瞬発力で振り向いた。 「ス、ストライ……ク」 さっきまでジャイアンの背後にいたそれは、四肢と羽を無造作に広げて倒れていた。 ---- 僅かに息をしているものの、動く気配はない。 もはや虫の息なのだろう。 「……ふん。ガキか」 エアームドの上では青髪の青年がジャイアンを見据えていた。 「おい、爺さん! ここはいつから育児所になったんだ?」 青年の言葉が室内に響き渡る。 会長は少し呻いただけだった。 「会長!」 なす術が無く右往左往していた会員達が、急いで会長に駆け寄る。 それを見て、青年はなお嘲笑した。 じゃあな、爺さん。もう用は無い」 ---- エアームドは羽ばたき、青年を連れて浮上する。 スネ夫は飛び立つ背中に向けてズバットを向かわせようとしたが、脇から手が出る。 静香がスネ夫を制したのだ。 「な、何だよ。しずちゃん! 早く追わなきゃ」 「ダメよ。何となくだけどわかるでしょ?」 遠ざかる青年を静香は青い顔をして見つめた。 「小賢しい手を使っても無駄よ。 あの人にはとても……勝てないわ」 スネ夫は反駁を加えようとしたが、言葉が無かった。 静香の言葉が事実だからだ。 ----
[[前へ>フェイル その2]] スネ夫は目の前に置いた卵を凝視していた。 卵は時折揺れては止まることを繰り返す。 何度も期待を裏切られながら、スネ夫はまだ諦めなかった。 ポケモンの卵――育成所にあったのだから、ポケモンの卵と見て間違いは無い。 そう思い当たると、スネ夫は自然と好奇心が湧いた。 ポケモンの生まれる瞬間に立ち会えるという興奮。 ゲーム画面を介して見てきたことが、現実として起きる。 一度でいいから見ておきたい。 その想いに駆られてスネ夫はその瞬間を待つと決めたのだ。 「……あっ!」 思わず声を上げるスネ夫。 卵が一際大きく揺れだしたのだ。 スネ夫は手を伸ばして、卵を掴もうとする。 あと少しで卵に触れる……ほんの数センチでスネ夫の手が卵に触れる。 だが、突然卵の揺れは止まった。 直後に大きな音が育成所内に響き渡る。 爆発のような衝撃音、そして地響きを伴う振動。 「な!? なんだこの揺れはー!」 スネ夫は叫びながら咄嗟に、卵に抱きついた。 ---- ジャイアンと静香は振動に気づいた。 「お、おい何だこりゃぁ!?」 狼狽するジャイアンの横で静香も当惑していた。 「わからない。でも、きっと近くで大きな力があったのよ!」 その時、育成所の扉が勢いよく開く。 見ると石蕗会員の一人が立っていた。 「おい、お前ら早く屋上へ来い!  会長が客人に襲われたんだ。とっとと相手を殺りに行くぞ!」 会員はそう叫ぶと駆け出していく。 残されたジャイアンたちは暫く呆然としていた。 まず動き出したのはジャイアン。 「何かよくわかんねーが、会長って白髪の爺さんのことだよな?」 問いかけられた静香はたじろき、そして頷いた。 「あの爺さんは、絶対悪い人じゃない。俺はそう感じた。  見ず知らずの俺たちをわざわざ運んできたんだ」 「……牢屋だけどね」 少し離れたところから声が聞こえたので見ると、スネ夫が卵を抱えて膝をついていた。 「それに僕らは侵入者として捕まったんだ。  あの様子じゃなかなか逃げられそうにないけど、この混乱に乗じればどうだい?  今なら簡単に逃げられ」 「ふざけんな、この野郎!」 ジャイアンは足元の卵を掴んでスネ夫に投げつけた。 かなりのスピードで飛んだ卵はスネ夫の顔面に激突する。 ---- 「ん、何すんだよジャイアン!!」 卵を払いのけ、鼻を覆いながらスネ夫は怒鳴った。 「逃げるなんてできるかよ! 俺たちは世話になってんだぞ」 「ふん。だからそれは捕まっただけだって言ってんだろ!」 スネ夫は先ほど投げつけられた卵をジャイアンに投げ返した。 放物線を描いて、卵はジャイアンの手に収まる。 「それでも、俺たちにタイムマシンの事故を教えてくれた。  状況がわかってない俺たちにいろいろ説明してくれただろ!」 再び、ジャイアンは卵を投げ返す。 卵は真っ直ぐスネ夫に向かって飛んでいく。 「くだらねぇ」 スネ夫は飛んできた卵を叩き落とし、そのまま立ち上がる。 「僕は逃げるよ。そんなことをするほど感謝した覚えは無い」 そう告げると、スネ夫は歩いて扉へ向かう。 「……待てよ。スネ夫」 ジャイアンは口調を抑えて話し出す。 「もし、あの爺さんが俺たちを連れてこなかったら、俺たちはどうなっていた?」 その問いかけに、スネ夫の体が止まる。 「わけわからねぇまま、野生のポケモンに襲われてとっくに死んでた。そうだろ?  お前だってわかるよな。  だいたい、何でこんなことで争ってんだよ」 ジャイアンはスネ夫に近づく。スネ夫はゆっくりと振り返り、ジャイアンを見据えた。 「こんな状況だ。俺たちは一緒に巻き込まれた仲間だろ。  少なくとも、のび太を見つけるまでは絶対死ぬわけにはいかないよな」 ジャイアンの言葉は、スネ夫の耳にしっかり届いた。 スネ夫は短く溜め息をつく。 「しょうがない……行こうか!」 ---- 「武さん、スネ夫さん!」 静香が声を掛けて走ってきた。 後ろに数体のポケモンを連れてきている。 「客に来た人はポケモンを使って襲ったに違いないわ。  でなきゃあんな振動が起こるはずないもの。  さぁ、相手がポケモンを使っているんだから、こっちもポケモンで応戦よ!」 そう意気込むと、静香は後ろに連れたポケモンを振り向く。 その中からストライクを引っ張り出すとジャイアンに押し出した。 「武さんにはこの子がぴったりだと思うわ」 ジャイアンはそのストライクをしげしげと眺めた。 「なぁ、しずちゃん。これってさっき俺をぶった斬ろうとした奴じゃ」 「ええ、ちょっと血の気が多いの。  でも大丈夫。バカみたいに速く走るしバカみたいに力が強いのよ、この子。  ホント、バカが使っても攻撃してりゃ十分戦えるのよ! あなたにぴったりでしょ?」 何か喚いているジャイアンを無視して、静香はスネ夫にもポケモンを押しやる。 「ほら、スネ夫さんにぴったりなのはこの子よ」 黒い羽で空中に浮かぶそのポケモンは、ズバットだった。 「うわ……ズバットかぁ。懐かしいな。  でもどうして僕にぴったりなの?」 「ええ、この子は『さいみんじゅつ』を覚えてるし『どくどく』の技マシンも使ったの。  『ちょうおんぱ』も使えたはずよ。混乱させ、眠らせ、毒浴びせるのがあなたの戦法だったじゃない!」 スネ夫は遠い記憶を思い出した。 攻撃しか出来ないのび太やジャイアンをノーダメージで潰す自分。 手も足も出ない相手を嘲る自分の高らかな笑い声。 「そうか。そういえばそうだった。  ふふ、ありがとう。しずちゃん。僕らしさを思い出したよ」 微笑みあう二人に対して、ジャイアンはさらに恐れを感じるのであった。 ---- ジャイアン、スネ夫、静香はそれぞれのポケモンを従え、一際騒がしい部屋へ突入した。 応接室――扉にはそう書かれていた。 粉塵が巻き起こり、三人は足を止める。 怒声や喚き、唸りが一度に鼓膜を貫く。 「お、おい! あれは」 スネ夫は上空を指す。 どうやら破壊されたらしい天井から、鋼の羽と青年の姿が望めた。 堂々とした顔立ちの青年が、青の髪を靡かせエアームドの上に佇む。 その目からは明らかな侮蔑が感じられた。 「バブルこうせん!」 ---- 室内にいた会員の一人が自分のポケモンに指示した。 無数の泡が噴出されて鋼煌めくエアームドに接近する。 だが、青年は動じなかった。 泡はエアームドの装甲に突撃し、虚しく破裂を繰り返す。 「き、効いてない!?」会員の絶望的な叫びが響く。 「いや、攻撃は届いているよ。ちゃんと……でもね」 青年は含み笑いで顔を歪める。本性が垣間見えた瞬間だった。 「弱すぎるんだよ。全員。 ……相変わらず温いな」 青年が見下す先には、会長の白髪がある。 ---- 会長は床で横になっていた。 相当負傷した様子で、青年を見上げるのも辛そうだった。 もっとも、外面的な事情のみでは無いのかもしれない。 「ストライク、あの鳥切り裂け!」 ジャイアンは感情の赴くまま叫ぶ。 目の前で倒れる恩人の姿が、ジャイアンの心の衝動となったのだ。 微かな振動音、そして緑の疾駆が銀色めく怪鳥へ迫る。 ジャイアンの目は、鎌がエアームドに届く瞬間を捕らえ―― 「ぇ……?」 これもまた『瞬間』。 ---- 「ジャイアン!」「武さん!」 二人の叫びが聞こえる。 ジャイアンは恐る恐るめを開けた。 鋼の刃が自分の喉元の寸前で静止している。 まるで時間が止まったようで、僅かに塵が舞っているだけ。 沈黙が痛い。 「う、ぅわ!」 ジャイアンは慌てて腰を抜かし、尻餅をつく。 その時何かが右手に触れ、怯えからの瞬発力で振り向いた。 「ス、ストライ……ク」 さっきまでジャイアンの背後にいたそれは、四肢と羽を無造作に広げて倒れていた。 ---- 僅かに息をしているものの、動く気配はない。 もはや虫の息なのだろう。 「……ふん。ガキか」 エアームドの上では青髪の青年がジャイアンを見据えていた。 「おい、爺さん! ここはいつから育児所になったんだ?」 青年の言葉が室内に響き渡る。 会長は少し呻いただけだった。 「会長!」 なす術が無く右往左往していた会員達が、急いで会長に駆け寄る。 それを見て、青年はなお嘲笑した。 じゃあな、爺さん。もう用は無い」 ---- エアームドは羽ばたき、青年を連れて浮上する。 スネ夫は飛び立つ背中に向けてズバットを向かわせようとしたが、脇から手が出る。 静香がスネ夫を制したのだ。 「な、何だよ。しずちゃん! 早く追わなきゃ」 「ダメよ。何となくだけどわかるでしょ?」 遠ざかる青年を静香は青い顔をして見つめた。 「小賢しい手を使っても無駄よ。 あの人にはとても……勝てないわ」 スネ夫は反駁を加えようとしたが、言葉が無かった。 静香の言葉が事実だからだ。 ---- ジャイアンは飛び去っていくエアームドの姿をぼんやり見つめていた。 足元のストライクはぴくりとも動かない。 (死んだんだ……俺のせいで) ジャイアンは愕然とし、虚ろな目で亡骸を見下ろした。 (俺がここへ来なければ……こいつは死ぬことはなかった) ジャイアンは戦うためにここへ来た。 その心には好奇心――ポケモンを使役して戦うことができるという考えがあった。 いろいろと言葉で飾ったが、本心はそれだけだ。 恩返しとかそんなのよりもまずはただ楽しそうだから来たのだ。 今、その代償をジャイアンは感じた。 屈みこみ、震える手でストライクの体を包む。 もう冷たくなっていた。 「……ごめんよ。ストライク」 ジャイアンの言葉もまた、震えていた。 罪悪感がジャイアンの体に圧し掛かった。 ストライクを包む腕が一層力を増す。 (俺が、ここへ来なければ……こいつは死ななかった) ほどなくして、スネ夫と静香が寄ってきたが、状況は変わらなかった。 会員たちが集まり、会長と倒れているポケモンたちを運んでいく。 ジャイアンたちもその後を追った。 ---- 「すまないことをした……」 会長が苦しそうな声を搾り出す。 ここは医務室――部屋の中には三人の人間。 ベッドで寝ている会長、その脇でスネ夫と静香が立っていた。 医務室長は会長の命令で外にいる。 「君たちを巻き込むつもりはなかったんだ。本当に」 「謝る前に、教えてください」 静香が切り込んだ。「いったいさっきの襲撃はなんだったのです?」 「……話さなければなるまい。ところで、大柄な少年はどこへ?」 こちらにはスネ夫が答えた。 「どうも傷心らしくて……外に出ています」 会長は一瞬不審そうな顔をしたが、すぐに思いつめた表情に戻る。 「仕方あるまい。後で彼にも話しておいてくれ。  さっきの青年の名はダイゴ――私の息子だ」 石蕗会には、ずっと対立していた組織があった。 だが石蕗会現会長は相手にある話を持ちかけた――「和平を結ぼう」と。 その証として会長は自分の息子を、相手のグループのボスに養子として出した。 ボスは子供がいなかったため、この証を受け入れた。 ところが、相手は会長が考えているよりずっと狡猾だった。 「奴らはダイゴを完全にコントロールしてしまった。  何故かはわからん。だが、あいつらの持つ何かがダイゴを変えてしまったのだ。  敵組織の名は榊グループ――理由は他にもあるが、我々は奴らを壊滅させなければならない」 既に何かを察したスネ夫と静香にとって、その組織名は聞き逃せるものではなかった。 ---- 「さ、サカキって……」 スネ夫はうっかり口に出す。 「そうだ。表で多くの子会社を所有している大グループだ」 運良く、会長は意味をはきちがえてくれた。 その隙にスネ夫は静香と目をあわす。 静香も驚いた目でスネ夫に目線を向けていた。 (そういえばここの名前も石蕗――ツワブキ。会長の息子はダイゴ) (ポケモンがいる世界だけど、どうしてそんなところまで……) 二人の思考は一致した。 ポケモンの世界の人間が現実世界に干渉している。 これが何を示しているか、二人はまだわからなかった。 「どうしたかね? 二人とも」 会長が訝しげな目を向けてくる。 「あ、あの僕ら」 喋ろうとするスネ夫の前に、静香は手を出す。 「ちょっと……武さんのことが気になっていただけです。  話がよければ、もう行ってもいいでしょうか。武さんのところへ」 会長はゆっくりと頷いた。 「いいだろう。だが、一つだけ話を聞いてくれ」 ---- この建物は岩場で囲まれている。 その外側には森、なかなか入り込みづらい地形となっている。 当然外へ出るのも難しいだろう。 その岩場の真ん中で、ジャイアンは森を見据えていた。 (……俺、どうしてここにいたんだろ) ジャイアンはぼんやり考えていた。 (俺はここにいられないよな。  だって、俺部外者だし、ポケモン死なせちまった……) 森からは野生のポケモンたちの存在を感じる。 木々のゆれ、うなり声、その他にもいろいろな要素があった。 ジャイアンは吸い込まれるように、森へ向かっていく。 「駄目だよ。そっちいっちゃ」 突然声を掛けられ、ジャイアンは振り向いた。 年若な少年だ。背丈はジャイアンの顎ほどしかない。 緑色の髪が木の葉のように靡いていた。 「森にはいっちゃいけないって、いつも会長に怒られるんだ」 少年はジャイアンに歩み寄ってきた。 近くで見るといかに少年の顔が青白いかがわかる。 「おい、お前なんだよ」 ジャイアンは少年を睨みつけ、歯をむき出しにした。 「俺の邪魔すんな! 俺は勝手にここから出て行くんだからな」 「そうもいかないよ。僕はそういう人たちを止めるように言われているんだ。  言い忘れてたね。僕の名前はミツルだよ」 ---- 「僕もね、昔ここから出ようとしたことがあるんだ。  そしたら会長に捕まって説得されて……それで森番になったんだ」 少年は親しげに話しかけてきた。 ジャイアンは眉を吊り上げ、背中を向ける。 「森番だか何だかしらねえが、俺は勝手に出て行くぞ!」 そういうとジャイアンは駆け出した。 (あいつそんなに体力ある風じゃなかった。撒くのは簡単だろ) 勝利に近いものを感じ、ジャイアンは笑い出す。 「楽しそうだね」 すぐ傍で声が聞こえ、ジャイアンはハッと振り向く。 ミツルの顔が目に入った。 「お、お前どうやって――!」 ジャイアンはミツルが跨るものに気づいた。 燃え盛る炎を纏い、ジャイアンを悠々と追い越していく。 「よしよし、早いぞポニータ!」 ミツルの褒め声でそのポケモンの正体がわかった。 「き、きたねーぞ! ポケモン使いやがって」 立ち止まってジャイアンが抗議する。 「? そっちもポケモン使えばいいじゃん」 ポニータが足を止め、ミツルがジャイアンに首を傾げた。 「俺は持ってねえんだよ」 ジャイアンは言葉を吐き捨てた。 「えぇ~!? ポケモンも持たずに逃げようとしたの」 予想以上にミツルが反応する。 ---- 「それはいくらなんでも無理だよ~!」 ミツルが腹を抱えて笑い出す。 「僕が逃げようとした時は3匹くらい連れて行ったんだけど、それでも捕まったんだよ?  それなのに1匹も持たないでなんて……くく」 身を震わせるミツルだったが、不吉な音をきいてた。 『ガシッ』と。 ミツルは恐る恐る背後を見る。 ジャイアンが炎の尻尾を掴んで立っていた。 「よぉ~くも俺様を笑ったなぁああ!!」 ジャイアンの唸りとともに、ポニータが引きずられていく。 「な、おい何で!? ポニータの尻尾は持ち主以外には熱いのに」 怖気づいた声を出すミツル。 「へ、俺を誰だと思ってやがる。俺はジャイアン、ガキ大将だぜぇえ!」 「ほのおのうず」 ミツルの一言で、ポニータの尻尾の火が逆巻き、ジャイアンを包み込んだ。 「ぐぅおわぁあああ!!」 ジャイアンの絶叫が響き渡る。 「あはは、安心しなよ! ポケモンの攻撃で死ぬことは」 『ガシッ』――ミツルの顔が強張る。 炎から突き出た腕が、ミツルの肩を鷲づかみにした。 弾け飛んで消える炎の中から、ジャイアンが飛び出す。 自由な方の腕に拳を作って。 ---- 「お~い、ジャイアン!」 遠くから誰かが呼んでいる。 ジャイアンは動きを止めた。 拳がミツルの顔面の数ミリ前でピタッと停止する。 「スネ夫か?」 大きく手を振ってジャイアンは自分の位置を示した。 その脇でミツルが膝をつき、崩れ落ちる。 「ジャイアン、大切な話があるんだ」 スネ夫は駆け寄ってきた。 「結構大変なことになったよ。僕たちはここを去らなきゃならない」 その言葉をきいて、ジャイアンがため息をつく。 「おい、きけよ。ミツル! 俺は結局ここ出なきゃ――おい、しっかりしろよ」 ジャイアンは地面で息を上がらせるミツルの頭を叩いた。 「……まって、こいつがミツル?」 スネ夫が言う。 ジャイアンはきょとんとして、頷いた。 「ああ。そういやお前らは知らないよな。俺も会ったばかりで」 「そう。でもすぐ知り合いになれるよ。  僕たち、ミツルと一緒に旅に出なきゃなんだ」 ますます首を傾げるジャイアン。 それはミツルも同じだった。 「とりあえずこっち来てよ。しずちゃんが待ってるから」 ミツルがポニータをボールにしまってから、スネ夫が二人を誘導していった。 ----

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