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[[前へ>虹色 その1]] ここはウツギ研究所。ワカバタウンのシンボルともいえる場所だ。 ポケモンの回復サービスも行っていて、界隈のトレーナーは結構お世話になる場所でもある。 「のび太くん、回復終わったよ」 若くて華奢なウツギ博士は、小さな顔とは不釣合いなメガネの奥にある目をふっとほころばせて言った。 博士の言葉を聞くや否や、研究所内の椅子に腰掛け、声を殺して泣いていた少年の表情がぱっと変わる。 「わぁ! ウツギ博士、ありがとうございました! よかった、ウパー!」 少年は先ほどまでとは打って変わって手放しで喜んでいる様子だ。 いやいや、どういたしまして、のび太くん、と返すウツギ博士の心は久しぶりに和んでいた。 ここまでポケモンに対して親身になれるというのも珍しいものだ。 また、のび太の様子はポケモンが好きで仕方のなかった自分の少年時代と重なって見える。 懐かしいな、思えばポケモンが好きという気持ちだけでここまでやってきたんだっけ…… 十数年前の想い出が1つずつ現れてはシャボン玉のように消えていった。 ---- ウツギ博士が思い出にふけっている目の前で、のび太はたまらずボールから出てきたウパーをその胸へと抱きとめていた。 「ウパー、ごめんね……ぼく、もうお前をこんな目に遭わせたりしないから!  ……そうだ、ウパー、一緒にチャンピオン目指さないか? 大丈夫! ぼくはもう絶対に負けないって決めたんだ!  協力してくれるよね?」 ウパーは喜びの声を上げてのび太の腕から飛び出し、尻尾を上げてガッツポーズのような動きをした。 「よし、決まった。じゃあ、行こうか! あ、博士、お世話になりました!」 目の前の少年がポケモンチャンピオンを目指すという。 それを聞いたウツギ博士はある決心をした。 「いや、水を差すようで悪いがのび太くん、ちょっと待ってくれないか」 そういいながらウツギ博士は研究室の方へ行くと、しばらくして卵のようなものを持ってきた。 普段は絶対に通りがかりの少年に仕事を頼んだりはしないが、ウツギ博士はのび太にどこか愛着のようなものを感じていたのだった。 それに、将来のチャンピオンならば育成の腕も申し分ないだろう。この少年からはなんともいえない将来性のようなものを感じるのだ。 「のび太くん、これはどうやらポケモンのタマゴなんだけど、どんなポケモンかまだ分かってないんだ。  ヨシノシティの先に住んでいる変なお年寄り―――ポケモンじいさんって言うんだけど―――が見つけてきたものなんだけどね。  君を信用して、これを預けたいんだ。いいね? もしも孵ったときのために電話教えとくから何かあったら連絡して?」 ウツギ博士の真剣さに若干気圧されながらのび太はタマゴを受け取った。 「じゃあ、頼んだよ。それと、期待してるからね、チャンピオン」 「はい! あ、今度こそ、お世話になりました!何かあったら連絡しますので!」 ウツギ博士の返事も待たずにのび太は研究所を飛び出していった。 春の空は蒼く澄み渡っている。 満開の桜の木さえもその新たな旅立ちを見送っているかのようだった…… ---- のび太の旅立ちから2時間ほど経った。 ここはヨシノシティ。街の西には花が咲き乱れ、東に行けば海が見られるという大変美しい街だ。 この街にはフレンドリィショップと隣接してポケモンセンターがあり、いつもは観光客やトレーナーで大いに賑わっているのだ。 だが……今日のセンター内は閑散としている。いったい何故であろうか? ―――その理由を語るものはセンター内のソファーで眠りこけていた。 青い狸ともダルマとも取れぬ生物だ。いや、生物かどうかさえも定かではない。 数時間前に血相を変えて突然入ってくると「ネズミ怖い……」と一言つぶやき、寝入ってしまったのだ。 ほとんどの客は驚いて出て行ってしまった。また、残りの客さえも用を済ませるとさっさと帰ってしまっている。 客がこの青狸一匹になったのは1時間半くらい前だ。 センターのスタッフはこの不気味な生命体の処理に困っていた。ソファーに化け物が寝入っているのではトレーナーに気軽に利用してもらえないではないか。 1時間前に勇敢な若いスタッフが起こそうと近づいていったが、突然「のび太くーん!!」と絶叫したため驚いて退散してしまった。 今思えば寝言だったのだろうが、怪しすぎる。のび太くんとはいったい誰なのだろう…… スタッフの間では旧ロケット団の幹部、チャンピオンワタルの弟など冗談交じりの仮説が乱れ飛んでいた。 また、あまりの不気味さに女性スタッフのうち一人が倒れてしまっていた。本当に迷惑な客だ。 ---- そんなとき、突然センターの自動ドアが開いた。 「あれ?誰もいないんだ。おかしいなぁ。あれ?ドラえもん?」 一人の少年がコツコツと足音を響かせながらセンター内に入ってくる。よく見るとなかなかの美少年だ。 カウンターにポケモンを預けると、美少年はなんとあの化け物のところへ近づいていった。化け物の体をゆすりながら叫んでいる。 「ドラえもん、ドラえもん!こんなところで何やってるの?」 「んー……ムニャムニャ……あれ?出木杉くん」 「あれ?って……しかし悔しいなぁ。僕が一番乗りだと思ってたよ」 「あぁそうか、ぼくはネズミが怖くて……」 出木杉は仕方ないか、というとポケモンを受け取りに行った。ドラえもんはまだ寝ぼけているようだ。 「じゃあ僕は買い物して先を急ぐから。僕だって負けるのはイヤだからね!」 ドラえもんに別れを告げると出木杉はセンターを出て行った。フレンドリィショップに行くようだ。 「……はっ!そうか!ポケモンの世界に来て、ネズミが出てきて……  道路にでてきたらまたネズミがいっぱいいて怖くてここまで走って来ちゃったんだ!  途中で何匹もポケモンをなぎ倒しちゃった気がするけどどうしよう……  あっ!それよりも!」 ドラえもんはスタッフにすればわけの分からないことを長々と口走ると「のび太くんが気がかりだ!」と叫んで慌てて出て行った。 本当に最初から最後まで不気味な化け物だった、とドラえもんはヨシノポケモンセンターのスタッフの記憶に深く刻み込まれてしまった。 ちなみに、倒れたスタッフは3日間休んだようである。 当のドラえもんはしばらくして深夜ラジオへの投稿でその存在が全国に知れ渡ることになろうとはまだ知らない。 ---- 歩き始めて数時間。ジャイアンこと剛田武は未だ29番道路にいた。 早い話、道に迷っているのである。 おかげでパートナーのワニノコもずいぶんと成長したが、先に進めないのではその強さも全く意味がない。 歩き始めたばかりの頃は唄を歌いながら、まさに行進といった感じで歩いていたのだが・・・・・・。 何しろ何時間も歩き続けることに耐えられる性格では決してないジャイアンである。歩き疲れてかなりイライラしていた。 自分の歌によって失神してしまったポケモンたちの屍の山を乗り越えてジャイアンはまだ八つ当たりをしながら進む。 「ホントにどうなってやがんだ・・・・・・ドラえもんのヤツ!今度あったらギッタギタにしてやるからな!」 道に迷っているのは実際はジャイアンが悪いのであるが、自分が悪いなどと認めているようではガキ大将の名が廃る。 母ちゃん以外のものには負けない、自称天下無敵の男がジャイアンなのだ。 ジャイアンはなおもわき目も振らずに適当な方向に歩いていくのだった。 ---- まだ着かない。 出発してからどれくらい時間がたったのだろうか、もうそろそろ日が沈もうとしている。 その夕日を見ていると、ジャイアンはどっと疲労が押し寄せてくるような気がした。 ジャイアンは彼らしからぬ足取りでとぼとぼと歩く。流石に疲れきっているのである。 そんな状況であるから、途中でリュックのきのみを落としたのにも気が付かなかった。 「おい、そこの子供、きのみ落としたぞ」 不意に後ろから声がした。ジャイアンが振り向くと、男が一人、きのみを持って立っている。 背はあまり高くない。しかもやせており、若干骨ばって見えるほどだ。 だが、ワイルドさというのだろうか、体型の頼りなさを補って余りあるほどインパクトのある風体をしている。 細い肢体を甚平で包み、はだけた胸からは雑草のような体毛がのぞく。 脚にはぼうぼうとスネ毛が生え、顔の髭もしばらく剃っていないようだ。 ただ、よく見るとその豪快な特徴の割には意外に若い。20代半ばといったところだろう。 いまどきテレビでも見たことがないような男だった。 ---- さらに、近寄ってくると虫除けスプレーと男自身の体臭が混ざり合って、なんともいえぬ強烈な臭いがするのである。 「ほら、きのみ。どうしたんだ?こんな時間にこんなところで。子供は家に帰る時間だろ」 「ああ・・・・・・」 やたら子供子供といってくるのが気になるが、ジャイアンには言い返す元気もない。 「なんだ?礼くらい言えよ? お前、ものすごく疲れてるようだけど何かあったのか?」 「道・・・・・・」 「ん?」 「道を教えてくれ・・・・・・」 ジャイアンはうつむいた顔から搾り出すようにそう言った。 すると、男は快活にカラッと笑い、面白がっているような顔を近づけてきた。やはり臭い。 「な、何だよ・・・・・・?」 「道を教えてくれって、お前、腕には何がついてんだ?ん?」 見ると、腕にはポケギアがついていた。そういえばこれには地図機能がある。 地図など読めるはずがないことをすっかり忘れて、ジャイアンはポカーンとしている。盲点を突かれた。 「ハッハッハ、やっぱり気づいてねぇんだなwしかたがねぇ、ヨシノシティまで行くんだったら送ってやるよ。ついてこい」 「あ、え・・・・・・」 「なんだ、いやなのか?お前、このままじゃ野宿だぞ?」 「ん・・・・・・いや、ありがとうございます」 「最初からそうすりゃいいんだよ、じゃあ行くぞ」 結局、ジャイアンはこの男に連れられてヨシノシティまで行くことになった。 以前スネ夫が言っていた「地獄に仏」という言葉をジャイアンが思い出したのはこのときである。 男は名前を「シン」というらしい。どうも、名前と見た目が合ってないような気がする。 ジャイアンに語ってくれたところによると、シンは仕事でこの辺りに来ていたらしい。 ポケモンを捕まえる代行をする仕事だそうだ。 ジャイアンが駆け出しトレーナーだと聞いて、シンは捕獲のテクニックを事細かに語ってくれた。 内容が難しくて、ジャイアンにはほとんど理解できないことばかりであったが、それでも、感心して聞くことが出来た。 シンの仕事に対する情熱が良く理解できたからだ。 ---- ヨシノシティまでほんの30分。たったそれだけの間でもジャイアンはシンの豪快で兄貴肌な性格が気に入ってしまっていた。 ポケモンセンターまで送ってもらった後、ジャイアンは泣いてシンに礼をいったのだった。 「ありがとう、俺はこの恩は一生忘れない!」 「おいおい、大げさなこと言うなよ。じゃ、俺は仕事の続きあるから」 「待って、何か俺にできることは」 「残念だけど、ない。それに、仕事に一日中歩き回ったようなヤツを連れて行くことは出来ないから。  じゃあな、タケシ。またいつか会ったときにな」 シンはそういうとジャイアンに背を向けて歩き出し、しばらくすると見えなくなった。 気が付くと日はすっかり沈み、頭上には一面の星空が広がっていた。 「いい人だったなぁ~」 ジャイアンは独り言を言うとポケモンセンターで回復を済ませ、そのままセンターの簡易宿泊施設で一泊した。 ポケモンの世界での第一日目は苦あり楽あり、ジャイアンにとって思い出深い日となったのだ。 ベッドに入ると忘れていた疲労がどっと溢れ出し、思い出に浸る暇もなくジャイアンは大きないびきをかきはじめたのだった。 ---- ここはキキョウシティ。 1000年以上も前から存在したことが確認されている歴史ある街だ。 そのせいか、街の北東にはマダツボミの塔がそびえ、古風な建物もちらほらと見受けられる。神社や寺が多いのも特徴だ。 その中でもいくつかは全国的に有名で、行楽シーズンには観光客が押し寄せるのであった。 ただ、普段はのどかな街であり、住人たちはのんびりと日々を過ごしている。 今夜は月が美しい。マダツボミの塔の奥でうさぎが餅をついている。 もう真夜中近くだというのに月明かりで灯がなくても十分外を出歩けるくらいだ。 月明かりに包まれたキキョウシティ。街の中心にあるポケモンセンターで少年が一人、宿泊の手続きをしていた。 小柄で奇妙な髪型。緑色のポロシャツに黄土色のハーフパンツ。 もちろん骨川スネ夫である。 ワカバタウンの空き地でジャイアンに敗れたスネ夫は今日一日いったい何をしていたのか。 少し振り返って見てみることにしよう。 ---- のび太とドラえもんの視線を背に受け、ブツクサ言いながら旅立ったスネ夫。 その心のうちには小さな炎が宿っていた。復讐心である。 そもそも普段からスネ夫はジャイアンのことが気に入らなかった。 あいつは現実世界でも常にボクの物を勝手に持って行っては「永久に借りておく」といったり、軍事利用可能としか思えない歌を聞かせたり。 普段は「長いものには巻かれろ」ということであいつに従っているが、結果、毎日小さなフラストレーションがたまっていくばかりである。 そのたまったフラストレーションはたまにドラえもんが出す道具で発散していた。 だが、塵も積もればなんとやらだ。 もう我慢できない。なんとか策を張り巡らせてあいつに一泡吹かせてやる。 このように考えていた矢先、ポケモン世界での冒険の話が来た。 ポケモン世界に来てまでジャイアンのいいようにされてしまった今、ついにスネ夫の復讐心に火がついたのだった。 ボクの恐ろしさをとくと思い知らせてやろう。 待ってろよ、ジャイアン。 薄ら笑いを浮かべ、スネ夫は早足でワカバタウンを後にしたのだった。 こうしてようやく29番道路に出てきたスネ夫。 やはりゲームとは縮尺がまるで違う、というのが道路を見ての彼の感想であった。 手元のポケギアによるとヨシノシティまで15km。普通に歩けば3時間ほどで到着だ。 その先は……キキョウシティまではおよそ30kmとある。 現在時刻は昼の1時。頑張れば日付が変わるまでには着くだろう。 (現実世界での疲れを感じないところを見るとどうやら時差ボケは自動修正らしい、流石は22世紀だ) 大人でも徒歩旅行は一日30kmを目安にするという。 半日で45kmなんて無謀にも程があるが、スネ夫はなんとしても早く前に進みたかったのだった。 無論、誰よりも早く力をつけてジャイアンを見下すために、だ。 こうして簡単に計画を立てたスネ夫はヒノアラシとともに目の前の草むらへと踏み出したのだった。 その腕のラジオからは「ポケモンこもりうた」が流れていた。 ---- このような過程を経、歩くこと正味9時間弱という大強行軍を達成したスネ夫はここ、キキョウシティで宿泊の手続きをしているわけだ。 道行く野生のポケモンはヒノアラシで薙ぎ払い、道行くポケモントレーナーはヒノアラシで蹴散らし進んできた。 戦うヒノアラシの背中の炎はスネ夫の心を映すかのようであった。 だいたい復讐という動機がなければ1日45kmどころか10km歩けるかどうかすら怪しいスネ夫だ。今の彼には炎が似合う。 しかしいくら燃えていても所詮は小学4年生だ。 宿泊の手続きを終えたスネ夫は部屋に上がると、ベッドを見つけるなりそこに倒れこんで糸が切れたように眠ってしまった。 窓から入る月明かりがスネ夫の青白い顔をさらに青白く照らしている。 一瞬、月明かりをさえぎるものがあったが当然スネ夫は気づくことはなく、気持ちよさそうに寝返りをうった。 窓の外では一陣の風が吹き、草むらのマダツボミを身震いさせた。 ---- いわゆる「現実世界」からやってきた6人の駆け出しトレーナーはそれぞれ第一日目の夜を明かした。 永遠に続くかような星たちの時間もやがては終わりを告げ、第二日目の朝日が昇る。 午前9時。 昨日、ウパーと共に元気よく出発したのび太は、ヨシノシティにいた。 「のどかだなぁ」 空を仲良く飛んでいるポッポを見るとこの言葉を言わずにはいられなかった。 春の日差しは柔らかく、小川のせせらぎとあわせて人を心地よい気分へと誘う。 のび太は大きな伸びを一つすると、30番道路の方角へ足を向けたのだった。 3時間ほど歩いて、30番道路も後半に差し掛かったところで時刻は正午になった。 のび太はちょうどいい石に腰掛け、ポケモンセンターで売っていたおにぎりをつまみながら休憩を取ることにした。 「ふう、ごちそうさま。そういえばしずちゃんはどこにいるのかなぁ……」 10分後、おにぎり3つ(味はシャケ、ツナマヨ、梅だった)を早くも平らげたのび太はこうつぶやいた。 朝ジョーイさんに聞いたところによるとしずかは自分より一時間ほど早くヨシノシティを出発したそうだ。 ポケモンフーズを食べ終えて近くの水辺で遊んでいるウパーを眺めながら、のび太はぼんやりとしずかに思いを馳せるのであった。 ---- のび太が石の上に座ったまま眠るというお約束を始めようとしたそのとき、突然瞑った眼の中に火花が見えた。 とはいっても実際の火花ではない。ウパーが水辺で拾った石を投げつけてきたのだ。 「痛い! ウパー、お前は……! ……あれ?」 ウパーは尻尾で石をもてあそんでいる。よく見ると石は均整の取れた球形をしており、すべすべしていてとてもきれいだ。 川からでも拾ってきたのだろう。こんなきれいな石をそのままにしとくのはもったいないな。 どうせ捨てるんだったら、しずちゃんにでもあげよう。どうせリュックは四次元ポケットみたいなもんだし。 『頭の悪いぐうたらな男の子』、のび太の思考回路は決してさび付いているわけではない。こういうときだけとっさに回るのだった。 「ま、いいや。ウパー、石をちょうだい。そしたら許してあげるよ。」 思考中だったのび太をきょとんと見ていたウパーは石をのび太に投げてよこした。 ……のび太はそれをエラーした後、ウパーをボールに戻して石を拾った。 しばしぼやいた後、のび太はキキョウシティに向かって旅を再開するのだった。 ボールに戻す一瞬だけ、ウパーがはじめて呆れ顔をしたような気がしたのはおそらく気のせいなのだろう。 ---- のび太が自分へのプレゼントをエラーしたとは知らず、しずかはサンドイッチ(ハム玉子)を口へ運んでいた。 昨日の出発から丸一日。かわいいピンプクとの楽しい旅は続いている。 あとここをまっすぐ5kmほど進めばキキョウシティの入り口が見えるそうだ。 ここは暗闇の洞穴の前。少し先には、どことなく寒そうな雰囲気の穴がぽっかりと口をあけている。 そこから吹き出してくるひんやりとした風に時折身震いをしながら、しずかは先ほどから食事を摂っているのである。 しばらくして、まったりと食事を終えたしずかは、洞窟の外壁にもたれかかって瞼を閉じ、ラジオを聴いていた。 番組は「ポケモンミュージック」だ。今日は「ポケモンマーチ」が流れていた。 曲が終わり、ふと眼を開いたその瞬間、しずかはキャッと小さな悲鳴を上げていた。 それはしずかの目線の辺りにふわふわ浮かんでいる。 薄い紅色の球体から小さな手足が4本と耳、さらにその上にはタンポポの葉のようなものが2枚。 わたくさポケモン、ハネッコだった。 「あら、かーわいい」 悲鳴を上げるほど怖いものでもなかった。 しずかが興味を持って近寄っていくと、ハネッコは鳴き声を上げながら、からかうようにふわふわと流れていく。 「そうだわ、ゲットしなくちゃ。」 それがこの世界の法則だ。しずかの決心はもう固まっていた。しずかはモンスターボールを構える。 「ピンプク!はたくよ!」 飛び出したピンプクはジャンプしてハネッコの不安定な動きを捉え、一撃を放った。 ハネッコはバレーボールのように勢いよく地面へ落ち、バウンドした。完全に無防備だ。 チャンスは今。 そう直感したしずかはモンスターボールをハネッコ目掛けて投げつける。 空中で開いたモンスターボールはハネッコに命中した。それはそのまま地面へと落ちる。 ボールが揺れる……一度……二度……三度目の揺れを見ることなく、ボールは静止した。 「よろしくね、ハネッコ」 しずかの言葉はボールの中へ確かに届いたようだった。 ---- こちらも時を同じくして30番道路。ポケモンじいさんの家の近所でドラえもんが目を覚ましていた。 「寝過ごしたぁぁぁぁ!!! ぼくのバカ! バカ!! バカぁ!!!」 ドラえもんはデンデンハウスから脱出するや否や、自分の頭をポカポカ殴りながら大慌てで文字通り右往左往していた。 昨夜(ゆうべ)はのび太を捜してここまで来たが、いつまで経っても見つからないので時間を見てそのまま野宿したのだった。 よく見るとデンデンハウスには「猫ドラ君」「ドライマン」などと落書きがしてあったが、ドラえもんにはそれを見る余裕もない。 「どうしていつもぼくはこうなんだ! ……のび太くーん!」 自分が落ち着かないのは周りがコラッタだらけだからだ、ということをこのロボットは自覚しているのだろうか。 ドラえもんは急いでデンデンハウスをしまうと30番道路を一直線へ駆けていった。 こちらの方向が行き止まりだと分かり、冷静にドラえもんが「たずね人ステッキ」を取り出すのはこの30分後であった。 ---- のび太がキキョウシティに着く頃にはもう西日が影を伸ばし始めていた。 時刻は午後4時を過ぎたところだ。 のび太はポケモンセンターで半刻ほど休み、キキョウジムへと向かうことにした。 現在の戦力はウパーLv11。張り切って戦っていたせいでかなりレベルは高めだ。 これなら、勝てるかもしれないな。 のび太はそのような甘い期待を抱きながらキキョウジムの門を叩いた。 「やれやれだ……今日は挑戦者がホントに多い……しかも負けてばかりで……」 「はじめまして、ハヤトさん。挑戦しに来たんです」 ブツクサ文句を言っているハヤトをよそに、のび太は礼儀正しくあいさつし、会釈した。 「あぁ、はじめまして。分かっているよ」 ハヤトも軽く会釈を返した。 「時間無制限の一発勝負でお互いの手持ちがなくなるまでの総力戦だ。いいかい?  ジムに来るからにはそれなりの実力なんだろうね。じゃないと張り合いがないからね」 ハヤトは簡単な説明の後に一言付け加えるのを忘れなかった。これがジムリーダーの余裕という奴だろうか。 無論、このような脅しで屈するようではチャンピオンなど目指せない。 のび太は口元だけでにやりとすると、モンスターボールを構えた。 「よし、行きますよ、ハヤトさん!」 「いい度胸だな。じゃ、始めるか」 ---- 「行けっ、ウパー!」 「まずはポッポ、頼むぞ!」 同時に投げられた2つのモンスターボールから2匹のポケモンが飛び出す。バトル開始だ。 「ウパー、水鉄砲!」「ポッポ、風起こしだ!」 ―――数分後、ウパー対ポッポの勝負は水鉄砲の二発で簡単に決まってしまった。 よく育てた甲斐があったというものだ。 しかし、ウパーの遅さが災いして、風起こしを2発受けてしまった。 この時点で、ウパーの残り体力は3分の1ほど。次のポケモンはいったいなんなのだろうか…… 場合によっては厳しいかもしれない。 ---- のび太がポケギアのバトルガイドを見ながら冷静に思案しているところに、ハヤトの「次のポケモン」は現れた。 勇ましい鳩のような外見をしているそのポケモンは、ポッポの進化系・ピジョンである。 「さあ、君はまだそのウパーで戦うのか?」 のび太だって本当はウパーに薬でもつけてやりたいが、バトルはそんなに甘くはない。薬など使えばそのスキにやられる―――。やるしかないのだ。 のび太は無言で頷くと、空元気交じりにこう啖呵を切った。 「いくらそのピジョンが強くても、絶対倒してやるぞ!」 「言ったな。忘れるなよ……ピジョン、燕返し!」 ウパー目掛けてピジョンが飛んできた。非常に直線的な動きだ。 これならかわせる、というのび太の判断どおり、ウパーはきれいにそれをかわし……てはいなかった。 次の瞬間、ウパーは後頭部をつつかれて前へとつんのめり、そのまま二転三転してしまった。 ピジョンは直線的な動きと見せかけてウパーの目の前でいきなり高速かつイレギュラーな動きをし、不意を完全についたのである。 規則性のない、しかも超高速の動きは誰にも見切れない―――このことが、燕返しが「必中技」たる所以である。 そのようなことはつゆとして知らぬのび太。一撃でレッドゾーンに突入したウパーの体力を見て冷静など吹き飛んでしまっていた。 大ピンチへと追い込まれ、のび太はもう正しい判断など出来なくなっていた。破れかぶれだ。 「絶対倒すって言ったくせにその程度か!? ピジョン、もう一度燕返しでトドメだ!」 「あわわわわ……ウ、ウパー! 泥遊び!」 のび太は慌てているにしても最悪の選択をしてしまった。ハヤトにしてみれば儲けものだろう。 2人のトレーナーの眼前には2匹のポケモンがそれぞれの技をぶつかり合わせていた。 しかし……体力満タンのピジョン対皮一枚で繋がっているウパー。燕返し対泥遊び。あまりにも優劣の差がありすぎる。 もはや勝負は決まってしまった。そう思ったハヤトは2匹の様子を見てカラカラッと勝ち誇ったような笑い方をした。 ---- だが……『勝負は最後まで分からない』という格言、これはなかなか侮れないものだった。 次の瞬間、予想外のことが起こったのである。 ピジョンが空中で慌てている―――目を疑うハヤトと我に返るのび太。我に返ったのび太の行動は素早かった。 「ピジョンの羽へ目掛けて水鉄砲!」 別のことに必死になっているピジョンには避ける暇などない。 急所の羽へと攻撃を食らったピジョンの体力はゼロとなり、ゆっくりとジムの床へと落ちていった。 「ウパー、よくやったな」 「ピジョン、お疲れ様。悪かったな……  しかし、…あー……のび太くんだったか?いったい何が起こったのか説明してくれないか?」 「…あ、はい。実はぼくが慌てて泥遊びを指示した後……」 ピジョンは燕返しを指示され、一直線にウパーへと向かってきていた。 目標物が迫り、急激な方向転換をしようとしたそのとき、ウパーがここで予想外の泥遊び。ピジョンもあまりに特殊な状況に驚き、一瞬動きが止まった。 そのただ一瞬のスキに、泥が羽をはじめとした体の各所にかかったのである。 泥で羽が動かしづらいのと体重が不自然に増えたのとでうまく飛べず、ピジョンは慌てていたのだった。 ウパーの身長が非常に低いこと、泥遊びを始めるタイミングで2匹が非常に接近していたこと、飛行タイプのピジョンは今まで泥など浴びたこともなかったこと。 これら多くの不確定要素が重なり、のび太は勝利したのだ。 「こういうわけなんです。一時はどうなることかと……あ、ハヤトさん、ありがとうございました」 「ああ、いい試合だったよ。俺もどんな相手が来ても勝てるようにしておかなくてはな。」 運も実力のうちなんだな。 そう言ってハヤトはウイングバッジをのび太に手渡し、さよならを言って別れた。 「さあ、ヘコんでいる暇はない……今から修行だな……」 そういってハヤトはやれやれとばかりに頭をかいたのだった。 ---- [[次へ>虹色 その3]]
[[前へ>虹色 その1]] ここはウツギ研究所。ワカバタウンのシンボルともいえる場所だ。 ポケモンの回復サービスも行っていて、界隈のトレーナーは結構お世話になる場所でもある。 「のび太くん、回復終わったよ」 若くて華奢なウツギ博士は、小さな顔とは不釣合いなメガネの奥にある目をふっとほころばせて言った。 博士の言葉を聞くや否や、研究所内の椅子に腰掛け、声を殺して泣いていた少年の表情がぱっと変わる。 「わぁ! ウツギ博士、ありがとうございました! よかった、ウパー!」 少年は先ほどまでとは打って変わって手放しで喜んでいる様子だ。 いやいや、どういたしまして、のび太くん、と返すウツギ博士の心は久しぶりに和んでいた。 ここまでポケモンに対して親身になれるというのも珍しいものだ。 また、のび太の様子はポケモンが好きで仕方のなかった自分の少年時代と重なって見える。 懐かしいな、思えばポケモンが好きという気持ちだけでここまでやってきたんだっけ…… 十数年前の想い出が1つずつ現れてはシャボン玉のように消えていった。 ---- ウツギ博士が思い出にふけっている目の前で、のび太はたまらずボールから出てきたウパーをその胸へと抱きとめていた。 「ウパー、ごめんね……ぼく、もうお前をこんな目に遭わせたりしないから!  ……そうだ、ウパー、一緒にチャンピオン目指さないか? 大丈夫! ぼくはもう絶対に負けないって決めたんだ!  協力してくれるよね?」 ウパーは喜びの声を上げてのび太の腕から飛び出し、尻尾を上げてガッツポーズのような動きをした。 「よし、決まった。じゃあ、行こうか! あ、博士、お世話になりました!」 目の前の少年がポケモンチャンピオンを目指すという。 それを聞いたウツギ博士はある決心をした。 「いや、水を差すようで悪いがのび太くん、ちょっと待ってくれないか」 そういいながらウツギ博士は研究室の方へ行くと、しばらくして卵のようなものを持ってきた。 普段は絶対に通りがかりの少年に仕事を頼んだりはしないが、ウツギ博士はのび太にどこか愛着のようなものを感じていたのだった。 それに、将来のチャンピオンならば育成の腕も申し分ないだろう。この少年からはなんともいえない将来性のようなものを感じるのだ。 「のび太くん、これはどうやらポケモンのタマゴなんだけど、どんなポケモンかまだ分かってないんだ。  ヨシノシティの先に住んでいる変なお年寄り―――ポケモンじいさんって言うんだけど―――が見つけてきたものなんだけどね。  君を信用して、これを預けたいんだ。いいね? もしも孵ったときのために電話教えとくから何かあったら連絡して?」 ウツギ博士の真剣さに若干気圧されながらのび太はタマゴを受け取った。 「じゃあ、頼んだよ。それと、期待してるからね、チャンピオン」 「はい! あ、今度こそ、お世話になりました!何かあったら連絡しますので!」 ウツギ博士の返事も待たずにのび太は研究所を飛び出していった。 春の空は蒼く澄み渡っている。 満開の桜の木さえもその新たな旅立ちを見送っているかのようだった…… ---- のび太の旅立ちから2時間ほど経った。 ここはヨシノシティ。街の西には花が咲き乱れ、東に行けば海が見られるという大変美しい街だ。 この街にはフレンドリィショップと隣接してポケモンセンターがあり、いつもは観光客やトレーナーで大いに賑わっているのだ。 だが……今日のセンター内は閑散としている。いったい何故であろうか? ―――その理由を語るものはセンター内のソファーで眠りこけていた。 青い狸ともダルマとも取れぬ生物だ。いや、生物かどうかさえも定かではない。 数時間前に血相を変えて突然入ってくると「ネズミ怖い……」と一言つぶやき、寝入ってしまったのだ。 ほとんどの客は驚いて出て行ってしまった。また、残りの客さえも用を済ませるとさっさと帰ってしまっている。 客がこの青狸一匹になったのは1時間半くらい前だ。 センターのスタッフはこの不気味な生命体の処理に困っていた。ソファーに化け物が寝入っているのではトレーナーに気軽に利用してもらえないではないか。 1時間前に勇敢な若いスタッフが起こそうと近づいていったが、突然「のび太くーん!!」と絶叫したため驚いて退散してしまった。 今思えば寝言だったのだろうが、怪しすぎる。のび太くんとはいったい誰なのだろう…… スタッフの間では旧ロケット団の幹部、チャンピオンワタルの弟など冗談交じりの仮説が乱れ飛んでいた。 また、あまりの不気味さに女性スタッフのうち一人が倒れてしまっていた。本当に迷惑な客だ。 ---- そんなとき、突然センターの自動ドアが開いた。 「あれ?誰もいないんだ。おかしいなぁ。あれ?ドラえもん?」 一人の少年がコツコツと足音を響かせながらセンター内に入ってくる。よく見るとなかなかの美少年だ。 カウンターにポケモンを預けると、美少年はなんとあの化け物のところへ近づいていった。化け物の体をゆすりながら叫んでいる。 「ドラえもん、ドラえもん!こんなところで何やってるの?」 「んー……ムニャムニャ……あれ?出木杉くん」 「あれ?って……しかし悔しいなぁ。僕が一番乗りだと思ってたよ」 「あぁそうか、ぼくはネズミが怖くて……」 出木杉は仕方ないか、というとポケモンを受け取りに行った。ドラえもんはまだ寝ぼけているようだ。 「じゃあ僕は買い物して先を急ぐから。僕だって負けるのはイヤだからね!」 ドラえもんに別れを告げると出木杉はセンターを出て行った。フレンドリィショップに行くようだ。 「……はっ!そうか!ポケモンの世界に来て、ネズミが出てきて……  道路にでてきたらまたネズミがいっぱいいて怖くてここまで走って来ちゃったんだ!  途中で何匹もポケモンをなぎ倒しちゃった気がするけどどうしよう……  あっ!それよりも!」 ドラえもんはスタッフにすればわけの分からないことを長々と口走ると「のび太くんが気がかりだ!」と叫んで慌てて出て行った。 本当に最初から最後まで不気味な化け物だった、とドラえもんはヨシノポケモンセンターのスタッフの記憶に深く刻み込まれてしまった。 ちなみに、倒れたスタッフは3日間休んだようである。 当のドラえもんはしばらくして深夜ラジオへの投稿でその存在が全国に知れ渡ることになろうとはまだ知らない。 ---- 歩き始めて数時間。ジャイアンこと剛田武は未だ29番道路にいた。 早い話、道に迷っているのである。 おかげでパートナーのワニノコもずいぶんと成長したが、先に進めないのではその強さも全く意味がない。 歩き始めたばかりの頃は唄を歌いながら、まさに行進といった感じで歩いていたのだが・・・・・・。 何しろ何時間も歩き続けることに耐えられる性格では決してないジャイアンである。歩き疲れてかなりイライラしていた。 自分の歌によって失神してしまったポケモンたちの屍の山を乗り越えてジャイアンはまだ八つ当たりをしながら進む。 「ホントにどうなってやがんだ・・・・・・ドラえもんのヤツ!今度あったらギッタギタにしてやるからな!」 道に迷っているのは実際はジャイアンが悪いのであるが、自分が悪いなどと認めているようではガキ大将の名が廃る。 母ちゃん以外のものには負けない、自称天下無敵の男がジャイアンなのだ。 ジャイアンはなおもわき目も振らずに適当な方向に歩いていくのだった。 ---- まだ着かない。 出発してからどれくらい時間がたったのだろうか、もうそろそろ日が沈もうとしている。 その夕日を見ていると、ジャイアンはどっと疲労が押し寄せてくるような気がした。 ジャイアンは彼らしからぬ足取りでとぼとぼと歩く。流石に疲れきっているのである。 そんな状況であるから、途中でリュックのきのみを落としたのにも気が付かなかった。 「おい、そこの子供、きのみ落としたぞ」 不意に後ろから声がした。ジャイアンが振り向くと、男が一人、きのみを持って立っている。 背はあまり高くない。しかもやせており、若干骨ばって見えるほどだ。 だが、ワイルドさというのだろうか、体型の頼りなさを補って余りあるほどインパクトのある風体をしている。 細い肢体を甚平で包み、はだけた胸からは雑草のような体毛がのぞく。 脚にはぼうぼうとスネ毛が生え、顔の髭もしばらく剃っていないようだ。 ただ、よく見るとその豪快な特徴の割には意外に若い。20代半ばといったところだろう。 いまどきテレビでも見たことがないような男だった。 ---- さらに、近寄ってくると虫除けスプレーと男自身の体臭が混ざり合って、なんともいえぬ強烈な臭いがするのである。 「ほら、きのみ。どうしたんだ?こんな時間にこんなところで。子供は家に帰る時間だろ」 「ああ・・・・・・」 やたら子供子供といってくるのが気になるが、ジャイアンには言い返す元気もない。 「なんだ?礼くらい言えよ? お前、ものすごく疲れてるようだけど何かあったのか?」 「道・・・・・・」 「ん?」 「道を教えてくれ・・・・・・」 ジャイアンはうつむいた顔から搾り出すようにそう言った。 すると、男は快活にカラッと笑い、面白がっているような顔を近づけてきた。やはり臭い。 「な、何だよ・・・・・・?」 「道を教えてくれって、お前、腕には何がついてんだ?ん?」 見ると、腕にはポケギアがついていた。そういえばこれには地図機能がある。 地図など読めるはずがないことをすっかり忘れて、ジャイアンはポカーンとしている。盲点を突かれた。 「ハッハッハ、やっぱり気づいてねぇんだなwしかたがねぇ、ヨシノシティまで行くんだったら送ってやるよ。ついてこい」 「あ、え・・・・・・」 「なんだ、いやなのか?お前、このままじゃ野宿だぞ?」 「ん・・・・・・いや、ありがとうございます」 「最初からそうすりゃいいんだよ、じゃあ行くぞ」 結局、ジャイアンはこの男に連れられてヨシノシティまで行くことになった。 以前スネ夫が言っていた「地獄に仏」という言葉をジャイアンが思い出したのはこのときである。 男は名前を「シン」というらしい。どうも、名前と見た目が合ってないような気がする。 ジャイアンに語ってくれたところによると、シンは仕事でこの辺りに来ていたらしい。 ポケモンを捕まえる代行をする仕事だそうだ。 ジャイアンが駆け出しトレーナーだと聞いて、シンは捕獲のテクニックを事細かに語ってくれた。 内容が難しくて、ジャイアンにはほとんど理解できないことばかりであったが、それでも、感心して聞くことが出来た。 シンの仕事に対する情熱が良く理解できたからだ。 ---- ヨシノシティまでほんの30分。たったそれだけの間でもジャイアンはシンの豪快で兄貴肌な性格が気に入ってしまっていた。 ポケモンセンターまで送ってもらった後、ジャイアンは泣いてシンに礼をいったのだった。 「ありがとう、俺はこの恩は一生忘れない!」 「おいおい、大げさなこと言うなよ。じゃ、俺は仕事の続きあるから」 「待って、何か俺にできることは」 「残念だけど、ない。それに、仕事に一日中歩き回ったようなヤツを連れて行くことは出来ないから。  じゃあな、タケシ。またいつか会ったときにな」 シンはそういうとジャイアンに背を向けて歩き出し、しばらくすると見えなくなった。 気が付くと日はすっかり沈み、頭上には一面の星空が広がっていた。 「いい人だったなぁ~」 ジャイアンは独り言を言うとポケモンセンターで回復を済ませ、そのままセンターの簡易宿泊施設で一泊した。 ポケモンの世界での第一日目は苦あり楽あり、ジャイアンにとって思い出深い日となったのだ。 ベッドに入ると忘れていた疲労がどっと溢れ出し、思い出に浸る暇もなくジャイアンは大きないびきをかきはじめたのだった。 ---- ここはキキョウシティ。 1000年以上も前から存在したことが確認されている歴史ある街だ。 そのせいか、街の北東にはマダツボミの塔がそびえ、古風な建物もちらほらと見受けられる。神社や寺が多いのも特徴だ。 その中でもいくつかは全国的に有名で、行楽シーズンには観光客が押し寄せるのであった。 ただ、普段はのどかな街であり、住人たちはのんびりと日々を過ごしている。 今夜は月が美しい。マダツボミの塔の奥でうさぎが餅をついている。 もう真夜中近くだというのに月明かりで灯がなくても十分外を出歩けるくらいだ。 月明かりに包まれたキキョウシティ。街の中心にあるポケモンセンターで少年が一人、宿泊の手続きをしていた。 小柄で奇妙な髪型。緑色のポロシャツに黄土色のハーフパンツ。 もちろん骨川スネ夫である。 ワカバタウンの空き地でジャイアンに敗れたスネ夫は今日一日いったい何をしていたのか。 少し振り返って見てみることにしよう。 ---- のび太とドラえもんの視線を背に受け、ブツクサ言いながら旅立ったスネ夫。 その心のうちには小さな炎が宿っていた。復讐心である。 そもそも普段からスネ夫はジャイアンのことが気に入らなかった。 あいつは現実世界でも常にボクの物を勝手に持って行っては「永久に借りておく」といったり、軍事利用可能としか思えない歌を聞かせたり。 普段は「長いものには巻かれろ」ということであいつに従っているが、結果、毎日小さなフラストレーションがたまっていくばかりである。 そのたまったフラストレーションはたまにドラえもんが出す道具で発散していた。 だが、塵も積もればなんとやらだ。 もう我慢できない。なんとか策を張り巡らせてあいつに一泡吹かせてやる。 このように考えていた矢先、ポケモン世界での冒険の話が来た。 ポケモン世界に来てまでジャイアンのいいようにされてしまった今、ついにスネ夫の復讐心に火がついたのだった。 ボクの恐ろしさをとくと思い知らせてやろう。 待ってろよ、ジャイアン。 薄ら笑いを浮かべ、スネ夫は早足でワカバタウンを後にしたのだった。 こうしてようやく29番道路に出てきたスネ夫。 やはりゲームとは縮尺がまるで違う、というのが道路を見ての彼の感想であった。 手元のポケギアによるとヨシノシティまで15km。普通に歩けば3時間ほどで到着だ。 その先は……キキョウシティまではおよそ30kmとある。 現在時刻は昼の1時。頑張れば日付が変わるまでには着くだろう。 (現実世界での疲れを感じないところを見るとどうやら時差ボケは自動修正らしい、流石は22世紀だ) 大人でも徒歩旅行は一日30kmを目安にするという。 半日で45kmなんて無謀にも程があるが、スネ夫はなんとしても早く前に進みたかったのだった。 無論、誰よりも早く力をつけてジャイアンを見下すために、だ。 こうして簡単に計画を立てたスネ夫はヒノアラシとともに目の前の草むらへと踏み出したのだった。 その腕のラジオからは「ポケモンこもりうた」が流れていた。 ---- このような過程を経、歩くこと正味9時間弱という大強行軍を達成したスネ夫はここ、キキョウシティで宿泊の手続きをしているわけだ。 道行く野生のポケモンはヒノアラシで薙ぎ払い、道行くポケモントレーナーはヒノアラシで蹴散らし進んできた。 戦うヒノアラシの背中の炎はスネ夫の心を映すかのようであった。 だいたい復讐という動機がなければ1日45kmどころか10km歩けるかどうかすら怪しいスネ夫だ。今の彼には炎が似合う。 しかしいくら燃えていても所詮は小学4年生だ。 宿泊の手続きを終えたスネ夫は部屋に上がると、ベッドを見つけるなりそこに倒れこんで糸が切れたように眠ってしまった。 窓から入る月明かりがスネ夫の青白い顔をさらに青白く照らしている。 一瞬、月明かりをさえぎるものがあったが当然スネ夫は気づくことはなく、気持ちよさそうに寝返りをうった。 窓の外では一陣の風が吹き、草むらのマダツボミを身震いさせた。 ---- いわゆる「現実世界」からやってきた6人の駆け出しトレーナーはそれぞれ第一日目の夜を明かした。 永遠に続くかような星たちの時間もやがては終わりを告げ、第二日目の朝日が昇る。 午前9時。 昨日、ウパーと共に元気よく出発したのび太は、ヨシノシティにいた。 「のどかだなぁ」 空を仲良く飛んでいるポッポを見るとこの言葉を言わずにはいられなかった。 春の日差しは柔らかく、小川のせせらぎとあわせて人を心地よい気分へと誘う。 のび太は大きな伸びを一つすると、30番道路の方角へ足を向けたのだった。 3時間ほど歩いて、30番道路も後半に差し掛かったところで時刻は正午になった。 のび太はちょうどいい石に腰掛け、ポケモンセンターで売っていたおにぎりをつまみながら休憩を取ることにした。 「ふう、ごちそうさま。そういえばしずちゃんはどこにいるのかなぁ……」 10分後、おにぎり3つ(味はシャケ、ツナマヨ、梅だった)を早くも平らげたのび太はこうつぶやいた。 朝ジョーイさんに聞いたところによるとしずかは自分より一時間ほど早くヨシノシティを出発したそうだ。 ポケモンフーズを食べ終えて近くの水辺で遊んでいるウパーを眺めながら、のび太はぼんやりとしずかに思いを馳せるのであった。 ---- のび太が石の上に座ったまま眠るというお約束を始めようとしたそのとき、突然瞑った眼の中に火花が見えた。 とはいっても実際の火花ではない。ウパーが水辺で拾った石を投げつけてきたのだ。 「痛い! ウパー、お前は……! ……あれ?」 ウパーは尻尾で石をもてあそんでいる。よく見ると石は均整の取れた球形をしており、すべすべしていてとてもきれいだ。 川からでも拾ってきたのだろう。こんなきれいな石をそのままにしとくのはもったいないな。 どうせ捨てるんだったら、しずちゃんにでもあげよう。どうせリュックは四次元ポケットみたいなもんだし。 『頭の悪いぐうたらな男の子』、のび太の思考回路は決してさび付いているわけではない。こういうときだけとっさに回るのだった。 「ま、いいや。ウパー、石をちょうだい。そしたら許してあげるよ。」 思考中だったのび太をきょとんと見ていたウパーは石をのび太に投げてよこした。 ……のび太はそれをエラーした後、ウパーをボールに戻して石を拾った。 しばしぼやいた後、のび太はキキョウシティに向かって旅を再開するのだった。 ボールに戻す一瞬だけ、ウパーがはじめて呆れ顔をしたような気がしたのはおそらく気のせいなのだろう。 ---- のび太が自分へのプレゼントをエラーしたとは知らず、しずかはサンドイッチ(ハム玉子)を口へ運んでいた。 昨日の出発から丸一日。かわいいピンプクとの楽しい旅は続いている。 あとここをまっすぐ5kmほど進めばキキョウシティの入り口が見えるそうだ。 ここは暗闇の洞穴の前。少し先には、どことなく寒そうな雰囲気の穴がぽっかりと口をあけている。 そこから吹き出してくるひんやりとした風に時折身震いをしながら、しずかは先ほどから食事を摂っているのである。 しばらくして、まったりと食事を終えたしずかは、洞窟の外壁にもたれかかって瞼を閉じ、ラジオを聴いていた。 番組は「ポケモンミュージック」だ。今日は「ポケモンマーチ」が流れていた。 曲が終わり、ふと眼を開いたその瞬間、しずかはキャッと小さな悲鳴を上げていた。 それはしずかの目線の辺りにふわふわ浮かんでいる。 薄い紅色の球体から小さな手足が4本と耳、さらにその上にはタンポポの葉のようなものが2枚。 わたくさポケモン、ハネッコだった。 「あら、かーわいい」 悲鳴を上げるほど怖いものでもなかった。 しずかが興味を持って近寄っていくと、ハネッコは鳴き声を上げながら、からかうようにふわふわと流れていく。 「そうだわ、ゲットしなくちゃ。」 それがこの世界の法則だ。しずかの決心はもう固まっていた。しずかはモンスターボールを構える。 「ピンプク!はたくよ!」 飛び出したピンプクはジャンプしてハネッコの不安定な動きを捉え、一撃を放った。 ハネッコはバレーボールのように勢いよく地面へ落ち、バウンドした。完全に無防備だ。 チャンスは今。 そう直感したしずかはモンスターボールをハネッコ目掛けて投げつける。 空中で開いたモンスターボールはハネッコに命中した。それはそのまま地面へと落ちる。 ボールが揺れる……一度……二度……三度目の揺れを見ることなく、ボールは静止した。 「よろしくね、ハネッコ」 しずかの言葉はボールの中へ確かに届いたようだった。 ---- こちらも時を同じくして30番道路。ポケモンじいさんの家の近所でドラえもんが目を覚ましていた。 「寝過ごしたぁぁぁぁ!!! ぼくのバカ! バカ!! バカぁ!!!」 ドラえもんはデンデンハウスから脱出するや否や、自分の頭をポカポカ殴りながら大慌てで文字通り右往左往していた。 昨夜(ゆうべ)はのび太を捜してここまで来たが、いつまで経っても見つからないので時間を見てそのまま野宿したのだった。 よく見るとデンデンハウスには「猫ドラ君」「ドライマン」などと落書きがしてあったが、ドラえもんにはそれを見る余裕もない。 「どうしていつもぼくはこうなんだ! ……のび太くーん!」 自分が落ち着かないのは周りがコラッタだらけだからだ、ということをこのロボットは自覚しているのだろうか。 ドラえもんは急いでデンデンハウスをしまうと30番道路を一直線へ駆けていった。 こちらの方向が行き止まりだと分かり、冷静にドラえもんが「たずね人ステッキ」を取り出すのはこの30分後であった。 ---- のび太がキキョウシティに着く頃にはもう西日が影を伸ばし始めていた。 時刻は午後4時を過ぎたところだ。 のび太はポケモンセンターで半刻ほど休み、キキョウジムへと向かうことにした。 現在の戦力はウパーLv11。張り切って戦っていたせいでかなりレベルは高めだ。 これなら、勝てるかもしれないな。 のび太はそのような甘い期待を抱きながらキキョウジムの門を叩いた。 「やれやれだ……今日は挑戦者がホントに多い……しかも負けてばかりで……」 「はじめまして、ハヤトさん。挑戦しに来たんです」 ブツクサ文句を言っているハヤトをよそに、のび太は礼儀正しくあいさつし、会釈した。 「あぁ、はじめまして。分かっているよ」 ハヤトも軽く会釈を返した。 「時間無制限の一発勝負でお互いの手持ちがなくなるまでの総力戦だ。いいかい?  ジムに来るからにはそれなりの実力なんだろうね。じゃないと張り合いがないからね」 ハヤトは簡単な説明の後に一言付け加えるのを忘れなかった。これがジムリーダーの余裕という奴だろうか。 無論、このような脅しで屈するようではチャンピオンなど目指せない。 のび太は口元だけでにやりとすると、モンスターボールを構えた。 「よし、行きますよ、ハヤトさん!」 「いい度胸だな。じゃ、始めるか」 ---- 「行けっ、ウパー!」 「まずはポッポ、頼むぞ!」 同時に投げられた2つのモンスターボールから2匹のポケモンが飛び出す。バトル開始だ。 「ウパー、水鉄砲!」「ポッポ、風起こしだ!」 ―――数分後、ウパー対ポッポの勝負は水鉄砲の二発で簡単に決まってしまった。 よく育てた甲斐があったというものだ。 しかし、ウパーの遅さが災いして、風起こしを2発受けてしまった。 この時点で、ウパーの残り体力は3分の1ほど。次のポケモンはいったいなんなのだろうか…… 場合によっては厳しいかもしれない。 ---- のび太がポケギアのバトルガイドを見ながら冷静に思案しているところに、ハヤトの「次のポケモン」は現れた。 勇ましい鳩のような外見をしているそのポケモンは、ポッポの進化系・ピジョンである。 「さあ、君はまだそのウパーで戦うのか?」 のび太だって本当はウパーに薬でもつけてやりたいが、バトルはそんなに甘くはない。薬など使えばそのスキにやられる―――。やるしかないのだ。 のび太は無言で頷くと、空元気交じりにこう啖呵を切った。 「いくらそのピジョンが強くても、絶対倒してやるぞ!」 「言ったな。忘れるなよ……ピジョン、燕返し!」 ウパー目掛けてピジョンが飛んできた。非常に直線的な動きだ。 これならかわせる、というのび太の判断どおり、ウパーはきれいにそれをかわし……てはいなかった。 次の瞬間、ウパーは後頭部をつつかれて前へとつんのめり、そのまま二転三転してしまった。 ピジョンは直線的な動きと見せかけてウパーの目の前でいきなり高速かつイレギュラーな動きをし、不意を完全についたのである。 規則性のない、しかも超高速の動きは誰にも見切れない―――このことが、燕返しが「必中技」たる所以である。 そのようなことはつゆとして知らぬのび太。一撃でレッドゾーンに突入したウパーの体力を見て冷静など吹き飛んでしまっていた。 大ピンチへと追い込まれ、のび太はもう正しい判断など出来なくなっていた。破れかぶれだ。 「絶対倒すって言ったくせにその程度か!? ピジョン、もう一度燕返しでトドメだ!」 「あわわわわ……ウ、ウパー! 泥遊び!」 のび太は慌てているにしても最悪の選択をしてしまった。ハヤトにしてみれば儲けものだろう。 2人のトレーナーの眼前には2匹のポケモンがそれぞれの技をぶつかり合わせていた。 しかし……体力満タンのピジョン対皮一枚で繋がっているウパー。燕返し対泥遊び。あまりにも優劣の差がありすぎる。 もはや勝負は決まってしまった。そう思ったハヤトは2匹の様子を見てカラカラッと勝ち誇ったような笑い方をした。 ---- だが……『勝負は最後まで分からない』という格言、これはなかなか侮れないものだった。 次の瞬間、予想外のことが起こったのである。 ピジョンが空中で慌てている―――目を疑うハヤトと我に返るのび太。我に返ったのび太の行動は素早かった。 「ピジョンの羽へ目掛けて水鉄砲!」 別のことに必死になっているピジョンには避ける暇などない。 急所の羽へと攻撃を食らったピジョンの体力はゼロとなり、ゆっくりとジムの床へと落ちていった。 「ウパー、よくやったな」 「ピジョン、お疲れ様。悪かったな……  しかし、…あー……のび太くんだったか?いったい何が起こったのか説明してくれないか?」 「…あ、はい。実はぼくが慌てて泥遊びを指示した後……」 ピジョンは燕返しを指示され、一直線にウパーへと向かってきていた。 目標物が迫り、急激な方向転換をしようとしたそのとき、ウパーがここで予想外の泥遊び。ピジョンもあまりに特殊な状況に驚き、一瞬動きが止まった。 そのただ一瞬のスキに、泥が羽をはじめとした体の各所にかかったのである。 泥で羽が動かしづらいのと体重が不自然に増えたのとでうまく飛べず、ピジョンは慌てていたのだった。 ウパーの身長が非常に低いこと、泥遊びを始めるタイミングで2匹が非常に接近していたこと、飛行タイプのピジョンは今まで泥など浴びたこともなかったこと。 これら多くの不確定要素が重なり、のび太は勝利したのだ。 「こういうわけなんです。一時はどうなることかと……あ、ハヤトさん、ありがとうございました」 「ああ、いい試合だったよ。俺もどんな相手が来ても勝てるようにしておかなくてはな。」 運も実力のうちなんだな。 そう言ってハヤトはウイングバッジをのび太に手渡し、さよならを言って別れた。 「さあ、ヘコんでいる暇はない……今から修行だな……」 そういってハヤトはやれやれとばかりに頭をかいたのだった。 [[次へ>虹色 その3]] ----

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