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ミュウ その18 - (2008/03/02 (日) 17:08:08) のソース

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ジンが本来の姿、ミュウツーに戻った衝撃。
その衝撃に、試合を見ていた誰もが驚きを隠せずに居る。
だが、のび太だけは何か納得する様な顔をして、ジンを見ていた。
 
「もっと驚くと思ったが……冷静だな。
 メガネ、お前最初から俺に何か違和感を感じてたな?」
 ジンの言葉に、笑みで答えるのび太。
そして言った。
「そう、僕は前から何かおかしいと思ってたんだ。
 ようやく…その何かに気付いたよ。
 どうしてあの時、しずかちゃんは腕輪を付けていなかったか、ってことにね」
ジンが苦い顔をする。
あの時…のび太がしずかに大怪我を負わされた時。
あの時から感じていた違和感が、確信に変わっていく。
「もし、しずかちゃんが操られていたとしたら、腕輪が外れてる訳が無い。
 お前がしずかちゃんに変装するにしても、腕輪は見逃さないはずだ。
 だったら答えは一つしかない。
 お前は……しずかちゃんの体だけをコピーしたんだ」
のび太がそう言った瞬間、ピクリとジンの表情が歪んだ。
どうやら、のび太の推測は的を獲ていたようだ。
「フン、女だからと言って服以外は取らなかったのが間違いだったか…
 メガネはメガネでも、メガネ猿くらいの知能はあるようだな」
それだけ言うと、ジンは前に手を突き出した。
 
「じゃあそろそろ……始めるぞ!」

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「ちっ、何だよ。この胸騒ぎは……」
ジャイアンは、息を切らしながら裏山に向かっていた。
どうしてかと理由を聞かれても答えられない。
だが、ジャイアンは感じていた。
自分が必要とされているという、確信のある直感を。
 
「のび太、絶対負けんじゃねぇぞ!」
 
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「はぁ…はぁ!ハッサム、メタルクロー!」
 
ハッサムの一撃は、何も無い砂の中へ叩き込まれた。
勿論ジンにダメージは与えられない。
そして、ジンの声が辺り一帯へ響き渡った。
「メガネ…どうした? さっきまでの威勢は?
 もうそろそろトドメを刺してやろうか?」
『くっ、クソッ…どうなってるんだ!?
 どうしてミュウツーが変身を使うんだよ!?』
のび太が予想していたジンの正体はミュウ。
黒いミュウの弟の存在も考え、自在に変身が使えるミュウだろうと予想していた。
だが、正体はミュウツー。
わざわざ変身を覚えさせなくてもかなりの戦力になるはずだ。
それなのに、出木杉はわざわざミュウツーに変身を覚えさせている。
「ガァーッ!」「くっ!」
混乱しているのび太を下からカバルド…いや、ジンが襲ってきた。
不意を突かれ、避けることが出来ないのび太。
咄嗟に、ポケットのガスガンをジンの口に放り込んだ。
「グォォオォ…」
いくら固い表皮を持つカバルドンでも、喉がつまれば死ぬ。
大きな喉に異物を突っ掛えたカバルドンは、堪らず暴れだした。
 
『…違う!』
だが、すぐのび太は気付いた。
そのカバルドンがジンの擬態じゃないことに。

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「ハッサム、注意するんだ」
のび太は警戒を促し、汗も拭わず辺りの様子を見渡す。
だが、ジンは現れない。
精神が焦り、乱れる。この様な状態では考えがまとまる訳も無い。
のび太は完全に、ジンのペースに飲み込まれてしまっていたのだ。
『クソクソクソクソ!ジンは一体何に化けてるんだ!?』
「クックッ、良い顔だよ。メガネ」
すると、そんなのび太の心を読んだかの様にジンが話を始めた。
必死でのび太は声に注意を払い、声の出所を探す。
「この砂嵐が強い場所でそんなことしても無駄だ。
 俺はいつでもお前を殺せる。
 そこで……だ。一つゲームをしようじゃないか」
「ゲーム……だと?」
顔をしかめるのび太に、ジンは説明を始めた。
ルールは簡単。ジンがのび太の周り四方位のどれかに隠れる。
それを当てればジンは変身を解き、のび太達の前に姿を現す。
外せば攻撃され、死亡。
生存率25%の、まさに命懸けのゲームだ。
「当たったら、絶対に出てくるんだろうな?」
「フン、わざわざ自分から提案したゲームのルールを破る奴なんて居ないさ。
 ただし、お前もルールを守れ。
 外せば死だ。ポケモンはボールに戻しておけ」
のび太は条件を飲み、ゲームに同意した。
だが、この時彼は重大なミスに気付いていなかったのである。
もし、仮に今ジンがのび太を攻撃したとする。
すると、ハッサムがのび太を守るか、攻撃を避けるか、避けきれず死ぬことになる。
だが、それぞれの確率の比はせいぜい5:3:2が妥当だろう。
そうなると生存確率は約80%。
比べるまでもなく、これはのび太側に不利なゲームだ。
のび太は焦りと不安を利用され、底無し沼の中に引きずり込まれたのだった。

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「さぁ…考えろ……」
 
砂嵐が吹き続ける中に声が響き、ゲームの開始を告げた。
 
まず、のび太が試みたのは周囲の状況を確認。
それは、ジンがしてしまったかもしれない、僅かな綻びを見つけるため。
生き残る確率を0.1%でも上げたいがための足掻き。
だが、もちろんそんなラッキーにすがって勝てる程戦いは甘くない。
辺り一辺、ただ一つの変化も見つけることは出来なかった。
 
『……大丈夫、確率は4分の1。きっと当てられる!』
そう自分に言い聞かせてみる。
だが、のび太の体はなかなか言うことを聞いてくれない。
体は感じているのだ。
自分の身に迫っている、確かな死の恐怖を。
「悩んでるな?メガネ」「!?」
ジンは突然のび太に話しかけた。
もちろん、声の出所は分からない。
「俺に驚かなかった所を見ると、兄貴のことを知っているようだな?
 一体、お前はどこで兄貴のことを知った?」
突然の質問にのび太は焦った。
だが、冷静になり考えると、これはチャンスである。
上手く会話をすれば、ジンの隠れ場所や、出木杉の情報を知れるかもしれないのだから。
 
『やってやる…!』
のび太は焦る思考を落ち着かせ、このやり取りに集中し始めた。

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「あぁ、ミュウには色々な情報を教えて貰った。
 お前がミュウの弟であることも、薄々感付いていたよ」
「フン、やはりそうか。
 じゃあ兄貴はまだ自我を保っているのか?」
「……お前も見ていたろう?
 ミュウは僕とパパの為に出木杉を裏切った。
 そして、それが出木杉の怒りに触れて…」
「完全な出木杉の操り人形にされてしまった…って訳か」
 
ジンの声に明らかな変化がある。
やはり、自分の兄のことになると少し落ち着きを無くすようだ。
「洗脳を解く方法は分からないのか?」
「それは分からない。でも手がかりならある。
 洗脳能力を持っているのはデオキシスで、完全に操れるのは一体だけ。
 支配する対象が多くなれば多くなる程、その支配力は低下するんだ」
「なるほど……だが、この可能性も考えられないか?」
「えっ?」
「そのデオキシスの洗脳能力はもっと強力で、他にも支配されてる奴が居るって可能性さ」
「!?」 心臓が跳び跳ねたかの様な衝撃を、のび太は受けた。
確かにそうだ。
のび太達が知っている洗脳対象者は二人だけ。
だが、もし……他にも洗脳された者が居るとしたら。
デオキシスの洗脳能力の強さは、計り知れない物となってしまう。

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「フン、どちらにせよ、俺は出木杉の全てを破壊するだけだ。
 洗脳能力など俺の敵ではないからな。それじゃあゲームの続きを…」
「ま、待て!お前に一つ聞きたいことがある!」
「あぁ? メガネ猿に話すことなんて無い。
 と言いたい所だが、俺もお前から情報を貰ったからな。
 まぁ、一つくらいなら聞いてやらなくもない。話せ」
質問出来るのは一つだけ。
のび太は考えた。一つで、より多くの情報を知れる質問を。
そして言った。
 
「……お前は、どうしてそんなに出木杉を憎むんだ?」
 
その質問を聞いた瞬間、周りの砂地が唸り始めた。
「どうして…だと?」
砂嵐が強まり、視界を覆い尽くす。
そして爆音が響いた。
「そんなの決まってる! 出木杉が俺の全てを奪ったからだッ!」
堪らず座り込むのび太。
この嵐じゃあ、普通なら周りの様子など見ては居られない。
「俺は…俺達は……静かに暮らしたかっただけなんだよ!」
 
その声と共に、大きな砂の波がのび太を襲いかかった。
ジンは言ってない。
ゲーム中、のび太への攻撃をしないとは。

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俺がまだ小さい頃の話。
 
物心つく頃には、俺達には家族が既に居なかった。
兄貴が言うには、人間って生き物が自然を壊すかららしい。
俺は納得が行かなかった。
何故なら、自然って物は地球に生きる全ての共有物。
たった一種類の生物が破壊して言い訳ないのだ。
俺はいつも言っていた。
「大きくなったら、俺は必ず人間に復讐する!」
だが、その度に兄貴は言うのだ。
「だったら私は、全力でお前を止めるよ」
兄貴は優しい。優し過ぎる。
こんなワガママな俺を大切にしてくれるし、困ってる奴を絶対見放さない。
俺は、そんな兄貴が大好きだった。
正直、兄貴が居るなら、他の仲間が居なくても良いと思っていた。
一生兄貴が居てくれるなら……
 
だが、そんな些細な願いさえ、神様は許してくれなかった。
そう、出木杉。出木杉が俺の幸せを奪ったのだ。
目を覚ますと、俺は兄貴と一緒の檻の中に居た。
隣の兄貴を揺すってみたが、絶対に起きない。
何か薬を盛られているようだ。
「ヒャッヒャッヒャッ!
 いやー、出木杉様の頭脳には本当に頭が下がりますなー」
「!?」 俺は素早く寝たふりをした。
「こんな薬を短時間で作り出すなんて、俺でも無理ですよー」

----

薄目を開ける。
そこには、小さな子供と凶悪な顔をした四角い何かが居た。
その四角い何かの手には、怪しい液体が入った突起状の物がある。
「ポケモンと言えど、生き物。
 他の生物との合成は難しいが、細胞の変化や活性化など簡単だ。
 なんせ……俺の頭脳には、ありとあらゆる知識が詰め込まれてるからな」
俺は直感で気付いた。
あの液体はヤバい、絶対に体に入れてはいけない物なのだと。
「じゃあ、早速……この細胞変化薬をミュウに投与しますかw
 これさえ使えば、ミュウは触れた物ならどんな物にだって化ける事が出来ますよ。
 ヒヒヒw早くこの長ーい針を血管にチクッとしたくて堪りませんw」
「……やれ」
変態が近付いてくる。その手にあの薬品を持って。
「雷電、その薬は強いからなるべく心臓から離れた所に射てよ」
「クヒッw分かってますよぅw」
!? まさか…狙いは兄貴!?
兄貴は眠っている。あれを避けることは出来ない。
「ハァハァwぶっすりイカせて貰いますよー」
突起状の物が近付いてくる。
幸せが……壊されてしまう。
「止めろ!!!」 「なっ、貴様ぁ!?」
俺は液体を持った腕を必死で押さえた。
だが、体が痺れてなかなか思うように動けない。
「この雷電様の体に触れるんじゃねぇよ、このド糞がぁ!!!」
 
ドスッ…… 「!?」
 
胸に、何かが突き刺さる感触がして…俺の意識は消えた。

----

「出…杉…ま……すい…せん…」
「……いい……ミュ…には…代わ……活性…薬…射…」
「こ…ゴミ……捨て……?」
「失…作……の穴…用意……そこ……捨てろ」
 
 
次に目を覚ますと、俺は暗い洞窟の中に居た。
周りには、感情が高ぶり殺し合いをする奴らばかり。
俺は立ち上がり、そいつらに向かっていった。
あのガキ共に、復讐するために……
 
この数ヵ月間、俺は復讐のことばかりを考えてきた。
力が全て。逆らうものは力で屈服させる。
俺は全ての物を屈服させて生きてきた。
この戦いも一緒だ。
俺との力の差を思い知り、絶望し、自らの力の無さを嘆くだけ。
こんな平和ボケしてそうなメガネに、俺が負ける訳ないのだ。
 
「メガネ、早く俺の居る場所を当ててみろ。
 クックック、まぁ、さっきの攻撃で死んじまったかもしれんがな」
もう結果は分かりきっている。
さっきの砂の波の直撃、あのガキに耐えられるはずがない。
俺の頭には、砂の中に倒れるメガネの姿が思い浮かんだ。
砂嵐が弱まる。
だんだんと視界が良くなり、このゲームの勝敗が明らかになった。
 
「なっ…そんな馬鹿な!?」
メガネは立っていた、体を砂だらけにし、多くの擦り傷を負いながらも。
そして、その指は、真っ直ぐ俺の方を指差していた。

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「ジン……お前が居るのはそこだ。
 さっきの砂の暴走、ある一ヶ所を中心に始まっていた。
 つまり、そこがお前の隠れている場所!
 そして、お前が姿を変えた物の正体はこの砂地の一部だ!」
砂地に響き渡る、大声。
俺は、元に姿を戻し、メガネと対峙した。
「あの砂嵐の中、目を瞑らず、僅かな変化を見逃さないとは…
 メガネ、どうしてお前はそこまで強い? 何がお前を強くさせる?
 俺への復讐心か? それとも女への執着心か? 一体なんなんだ」
俺は不思議だった。この男の強さが。
何か強い思いが、こいつを動かしているのは確かだ。
だが、それが分からない。
メガネは答えた。その強い思いの正体を。

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「ジン、僕は凄く弱いんだ。
 誰かが側に居ないと何も出来ないし、いつも逃げてばかり生きてる。
 このバトルも、僕は逃げ出したくて堪らないんだ。
 でも…皆が支えてくれる。
 今まで戦ってきた友達が、家族が、僕の背中を前へ前へと押す。
 僕は、もう後ろへは下がれないんだよ。
 下がるには、沢山の物を背中に負い過ぎた。
 だから僕は前に進む! 例え前に巨大な壁があったとしても!
 僕はお前を越えないといけないんだッ!」
 
メガネは、懐のボールに手を伸ばす。
俺は素早く波動弾を放った。
「くっ!」 横っ飛びしながらも、メガネはホウオウを呼び出す。
ホウオウはメガネを背中に乗せ、俺をギロリと睨み付けた。
「ジン、行くぞ!」
「フン、全力でこい。のび太!」
 
「「お前には負けない!!!」」

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「皆、チャンスは一度だけだ。
 監視員が入ってくる瞬間……その一瞬を狙うぞ」
僕の言葉に、皆はうなづいた。
僕は聞いたのだ
監視員の長だったイマ〇ニ?が土に還ったため、
もうすぐ代わりの監視員がこの労働部屋に呼ばれるという話を。
「スネ夫君、どうして他の監視員を気絶させないんだい?
 ここに隠れている僕達だけでも軽く30人は超す。
 岩だってあるんだ。監視員7人くらいどうってこと…」
「もし監視カメラがあったらどうするのさ。
 それに、監視員がポケモンを持っていて気絶させるのに時間がかかったら、
 本部に連絡されてしまう。そうなったら作戦が潰れてしまうだろ?」
僕がそれだけ言うと、スズは一言謝り後ろに下がった。
皆もう何も言えない。
僕は、この反乱者達の実質的リーダーになっていた。
最初は子供に指図されるのを拒む大人だってもちろん居はしたが、
僕の作戦、そして説明を聞くと皆驚いたような顔で納得していった。
僕は弱い。のび太にもジャイアンにも、敵の幹部にさえ実力は到底敵わない。
「認めるよ…」
僕は自分の弱さを認めた。
自分の弱さを知り、初めて見えてきた活路。
それこそが悪知恵。情報。そしてそれを活かした必勝の策。
これこそが自分の生きる道だと、僕は受け止めていた。
「監視員が入ってきたら、ゆっくりとドアに近付こう。
 監視員がドアの鍵を閉めようと後ろを向いた瞬間を……狙う。
 ドアを出たら右手にあるアイテム倉庫まで走って、ポケモンを回復させるんだ」
辛かった、この道のり。
夜も寝ないで情報を集めた苦労が、今結ばれる。
「ドラえもん、のび太、ジャイアン、しずかちゃん、出木杉…」
僕は祈る様に、6人の名前を呼び続けた。何度も、何度も……

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「波動弾!」「大文字!」
バトルは砂地を抜け、空中で更に激しさを増していく。
『やっぱり…思った通りだ!』
ミュウツーであるジンの攻撃力は、前の2体と比べて明らかに低い。
それはのび太はこの勝負に勝機を感じさせた。
それには理由がある。
ジンがパートナーにしたポケモンはルカリオのみ。
そして、自分自身を鍛えることが余り出来なかったからだ。
あのルカリオの強さ。
あれは偶然…いや必然というべき結果である。
ジンは洞窟から抜け出した後、
たまたま山登りに来ていた田代 昌志(51)を襲い、トレース(変身)。
その後、正体をバラさずに大会に出るため、パートナーとしてリオルを捕まえた。
リオルを捕まえ、ジンは大会での必勝策を考えた。
そして、行き着いたのが現在の状態。
ルカリオ育成に残された時間のほとんどを費やし、残りの2体の内の1体は自分。
最後の1体は、憎しみの対象である幹部から奪い取るという、ジンだけに可能な状態である。
「クソッ、やはり…真っ向勝負は分が悪いか」
だが、この作戦には弱点があった。
それは自分自身の育成が困難だということ。
ジンは既に死んだ存在。
絶対に出木杉の部下に見つかってはいけない存在であったからだ。
それに加え、経験値を稼ぐ最良の策であるトレーナー戦も不可能。
それ故に、自然とメンバーの中でルカリオが最も強く、ジンは最も弱くなってしまったのだった。

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ジンは地面に降りようと加速する。
「ホウオウ、吹き飛ばしだ!」
だが、のび太がそれを妨害した。
強力な風で体勢を崩されたジンは、思わず目を瞑ってしまう。
「聖なる炎!」「ぐあぁッ!」
強力な炎がジンを襲った。
ジンがあらゆる物体へのトレースが可能でも、触れられる物が無ければ意味が無い。
だからのび太はホウオウを出した。
ジンを無理やり空中戦に引きずり込む為に。
この一撃で、のび太の勝利は完全に決定付けられたかと思われた。
「まだ…立つんだね」
だが、ジンは倒れない。屈しない。
その悪魔にも似た形相で、のび太を睨む。
「ホウオウ、大文字」
ジンへと炎が真っ直ぐ伸びていった。
のび太は決して容赦しない。
それが、実力を認め合ったライバルへの彼流の礼儀なのだ。
だが、ジンはその礼儀を受けとりはしなかった。
何故なら……彼にはまだ最大の策が残されていたのだから。
「…サイコキネシス!」 大文字は軌道を変えた。
大文字は聖なる炎と違い、幅はあっても長さは無い。
軌道を少し変えるだけで簡単に避けられるのだ。
「自己再生」 そして、ダメージが回復する。
ジンは言った。
「出木杉と戦う時まで使いたくなかったが、相手がお前なら仕方がないな」
その手を天にかざす。
「のび太……悪いがお前はここまでだ」
手から目映い光が弾け、その光はこのポケモン世界全域へと拡がった。

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「雷電様、また実験材料を集めてきましたよ」
「ん、何だよ…疾風かよ。そいつを檻に入れてさっさと帰んな」
「はい……」
 
ある日、俺は冷たい鉄の柵の中に入れられた。
周りには俺と同じような顔をした奴らがたくさん居る。
怒りと恐怖が混じった顔。
俺達は必死に叫んだ。必死に柵に噛み付いた。
「ギャーギャーうるさいな。この……実験体どもが!」
無駄なことだとは理解している。でも止めない…いや、止められない。
このまま黙っていても、自分達は死んでいくだけなのだから。
 
「……この部屋だ。この部屋が私の始まり……」
――そんな絶望の中だった。
あの人が現れたのは。
彼女は腰のモンスターボールをいくらか手に取り、俺達の前に置いた。
「出木杉と戦う意志がある奴だけ、このモンスターボールの中に入れ。
 私の指示を聞くのなら、それ以外の自由は約束してやる」
で…き……すぎ? それが俺達を閉じ込めた奴の名前?
なら、悩むことは無い。
俺は真っ直ぐボールへと近づいていった。
「ネズミのくせになかなか決断が早いな。気に入ったぞ」
俺を切っ掛けに、他の奴らも動き出す。
結局、10匹程居た仲間達は全員モンスターボールの中に入ることを選んだ。

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「な…何なんだ……これは」
のび太の周りをたくさんの影が覆う。
見れば、それはポッポを始めとする多くの飛行タイプのポケモンの群れだった。
「飛行タイプだけじゃないぞ」
ジンが下を指差す。のび太はその指の先を見た。
思わず言葉を無くす……その光景。
そこには、大量のポケモンが犇めきあう、地獄のような光景が広がっていた。
「約2000体と言ったところか…」
ジンはゆっくりとのび太から離れ、微笑む。
「ルールに逸れてはいないだろ?
 3匹というのは手持ちの数。
 野生のポケモンがどんな行動をしようと、それはただの事故だと扱われるんだからな」
のび太は沈黙した。
まるで負けを確信したかのように、その表情を曇らせ、目を瞑る。
「どうした?……卑怯だとでも言いたいのか?」
そうジンが牽制すると、のび太はホウオウに耳打ちをして、言った。
「卑怯だとは言わないよ。
 自分がポケモンであることを活かしたうえ、これ程の仲間達の支持を受けているんだ。
 これはお前の実力……だったら、僕もこの状況を実力で打破するしかないさ」
そう言い終わった。
と同時に、ホウホウが真っ直ぐジンへと突っ込む。
『ゴッドバード…!?』
大群を用いることへの僅かばかりの罪悪感。
そして、それによる攻撃へのためらいの瞬間を、のび太は見逃さなかった。

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「あたしは…助かったの?」
もう二度と見れないと思っていた空。
それが今、あたしの目の前に広がっている。
そう、彼女……いや、人の姿をしている彼が救ってくれたのだ。
実験材料に使われそうだった、あたしのことを。
彼は言った。
「俺は出木杉に捕らえられた他の奴らを救いに行く。
 お前達は、自分の種族を集め、俺の戦いに協力して貰えるよう頼んでくれ」
 
彼は多くを語りはしない。
だけど分かる。彼の決意とその思いの強さ、そして、出木杉から受けた悲しみの深さは。
あたしじゃ彼の力にはなれない。
あたしは弱者。
単独じゃ強者の眼中に映ることさえ稀な、小さな小さな存在。
だからあたしは仲間達の元へ急いだ。
弱者が強者に近付く唯一の方法は……群れを成すこと。
群れれば彼に近付ける。群れれば一緒に戦える。
「皆にお願いがある」
あたしの声は、彼に届くだろうか。
いや、きっと届かないだろう。
あたしの声なんて聴こえなくても良いんだ。
彼の悲しみを少しでも取り除けられるのなら、あたしはどんな苦しみでも受け入れる……

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「お前は…!?」
ピジョンがジンの前で翼を広げる。
ホウホウのゴッドバードは、ピジョットの胸を貫き、その勢いを無くした。
ジンの命令ではない。
ましてやジンが操ったという訳でもない。
ジンは自分を守ってくれたピジョンを、ただじっと見つめた。
「……よくやった」
その言葉を聞いたピジョンは、静かに目を閉じる。
その目から溢れていく涙。
のび太はその姿を、ただ見ていることしか出来ない。
「ジン、ごめん……でも狙ってやった訳じゃ……」
のび太が嘆く。そしてその顔を上げた。
『しまった!?』
戦いに嘆いている暇は無い。
そのことを一瞬、のび太は忘れていた。
既に、近くにジンの姿はない。
のび太が下を向いた瞬間、ジンはポケモンの集団に紛れ、
その集団の内の一体をトレースしたのだろう。
ジンのトレースはほぼ完全。集団から見つけだすことは不可能だ。
 
「全員倒してみろってことか…」
一匹が集団を抜け、のび太に向かって突進する。
それに続き、多くのポケモンがのび太を襲い始めた。
その様子は、まるで餌に群がるアリ。
その集団に飲み込まれ、のび太の姿は消えてしまった。
「死んだか…」ジンはそう言った。
だが本当は分かっている。あの男が、こんなことで死ぬ男ではないことを。
「聖なる炎!」一筋の炎が集団を裂く。
多くのポケモンがその身を焼かれ、力なく地面に落ちていった。
集団は驚き、少しのび太と距離を空けてしまう。
「負ない……どんな辛い状況だって…負けてたまるか!」

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ドーム内は、驚くほど静かな時間が流れていた。
スクリーンに映る一人の男。
観客は無言で、その男の闘いを見つめているのだ。
と言っても、スクリーンの大部分に映っているのはポケモンの群れ。
男はその群れの中心に居る。
その群れに飲み込まれそうになるが、男のポケモンがそれを許さない。
ドームには、ポケモン達の鳴き声を掻き消すほどの男の叫びが響き続けていた。
ある者は拳を握り、ある者は手を合わせて願う。
男の無事と、男の勝利を。
この会場に集まる沢山の者の気持ちが、この一人の男で一つになっていた。
『頑張れ!!!!のび太!!!』
 
 
「あれ…何だ?…目が…」
 
一人の男が異変に気付く。だが、もう遅い。
この時、ドーム内の静けさの原因が一人の男だけではないことに、誰も気付いてはいなかった。

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「うぁッ!」
鋼の翼で腕を切られ、血が吹き出す。
のび太は素早く衣服を破り、それで傷を塞いだ。
ホウオウももう限界に近い。
残ったハッサムは体力は半分も残ってはいない。
限りなく最悪に近い状況だ。
のび太は周りを見渡した。
かなりの数のポケモンを倒したはずである。
実際目に見えてその数は減っているのだ。
『くそッ……せめて、地上の攻撃さえ無かったら…』
だが、のび太は未だ攻撃を避けられずにいる。
その原因は地上のポケモン達の攻撃にあった。
横からの攻撃に集中すれば縦からの攻撃を喰らう。逆もまた然り。
あらゆる角度から一度に狙われて、無傷でいろという方が無茶だ。
フラつく足を両手で押さえ、のび太は顔を上げた。
「あぁ…来るのか」
ゆっくり、ゆっくりとポケモンの大群が近付いてくる。
 
それは偶然だった。
 
混乱する意識、視線の方向、タイミング。
その全てが重なり、次の瞬間のび太はホウオウをボールへと戻した。
当然のことながら、足場を失ったのび太の体は落下を始める。
勝利のための苦渋の選択に、攻撃の対象を失ったポケモン達は混乱した。
『死ぬつもりか!?のび太!』
大群に潜むジンはその行動の真意を掴めず、焦りの色を隠せない。
だがジンの脳裏には、この焦りを利用される光景が色濃く浮かぶ。
ジンはその光景によって、のび太救出を踏み留まったのだった。

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『このままじゃ死ぬな…』
のび太は冷静に腰のボールに手をかけた。
ハッサムを繰り出し、その体に掴まる。
「ハッサム、地面に破壊光線だ…」
両腕からの二本の光線が放たれ、落下の勢いを消した。
目的はそれだけじゃない。
光線は同時に、地面にいたポケモン達の集団を吹き飛ばし、着地を安全な物にしたのだ。
「くっ、問題はここからだ…」
ポケモン達は、のび太の周りを囲った。
さっきのような攻撃では、一時的に退かすことは出来ても倒すことは出来ない。
「くそッ!…後一歩なんだ……この集団させ、いなければ…」
のび太はハッサムを見た。
ハッサムは無言でうなづく。
「うん、分かってる…戦うよ」
何をしても勝機はない。だが、何かをしなくては勝機は生まれない。
響く鳴き声。のび太に襲い掛かる大群。
のび太は拳を握った。
 
「ハッサム!メタル…」「火炎放射だァ!!!」
 
のび太の周りを荒々しい炎が放たれ、多くのポケモンがその身を焼かれる。
上空で響く怒鳴り声。そして、その巨体が目の前に着地した。
「へっ、ボロボロじゃねーか。手助けさせて貰うぜ」
「ど、どうして……こんなことを…」
 
その男は、のび太に背を向けたまま言った。
「良いから黙ってろ。お前はジンと…そして出木杉の戦いに集中すりゃあいいんだ。
 この雑魚共は俺がブッ潰してやっからよぅ。この……ジャイアン様がな!」

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