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使い手 その2 - (2007/09/02 (日) 00:06:10) のソース

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―――それから数週間、彼らは非凡性の欠片もない平凡な日常生活を送っていた。

のび太はしっかりトレーナーズスクールに通い、ジャイアンやスネ夫と共に日々を過ごしている。
それに当時こそ大きかったドラえもんの不安も、この頃には少し薄れていた。
平凡な毎日の繰り返しは、彼らに確かな安心を与えていた……


トレーナーズスクール。
「それでは、今から実戦の授業を開始する!」
何やら熱そうな先生が必死に熱弁している。
この日の暑苦しさも相俟って、生徒たちにとってはかなり鬱陶しいのだが、
今回がはじめての実戦の授業とあって、皆真面目に話を聞いていた。

―――実戦の授業は、1組2組3組4組と4つのクラスがある中、2組合同で行われる。
パターンは1組と2組、もしくは3組と4組の2つ。
本来それはどうでもいい事なのだが、のび太にとってはそうとも言えなかった。
何故なら、のび太の1組と合同で授業をする2組には……

「先生、時間が迫ってきてますけど大丈夫ですか?」
発言したのは1人の少年。
この少年の名は、出木杉英才。
のび太の小学生時代の同級生であり、のび太が常にライバル視していた少年。
勉強やスポーツの才があるだけでなく、容姿にも恵まれている彼は、「天才」と称するに相応しい少年だった。
そんな出木杉と対照的なのび太が、彼に好感を持つはずがない。

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「よし、それじゃあ説明も終わったし、そろそろ実戦に入るとするか!
お前ら、1人1匹ずつそこのボールを取れ」
先生が促し、生徒たちはそれぞれボールを手にとる。
しかし、次の先生の一言は生徒が予想していたものとは違っていた。
「あ、でももう時間がないな……仕方ない、1組と2組からそれぞれ代表を選べ
その2人が勝負をして今日は終わりだ
やるだけでなく、見ることも大切な勉強だぞ!」

1組と2組はそれぞれ1つの場所に固まり、相談する。
2組の方はすぐに決まったようだ。
「おっ、2組は出木杉か! これは面白くなりそうだ
さて、1組は……?」

すぐに決まった2組とは反対に、1組は誰も名乗り出ずなかなか決まらなかった。
本来ならジャイアン辺りが「俺様がやる!」などと言いそうなものだが、
運の悪いことに、彼はいま腹痛でそれどころではなかった。
それに、相手があの出木杉とあって首を横に振る生徒が大多数だ。しかし……

「僕がやるよ」
そう言ったのは、意外にものび太だった。
あまりにも意外で意外な意外すぎる発言にその場の生徒、そして先生までもが唖然としていた。
皆の目線が、出木杉と対峙するのび太に向けられる。

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「野比くん……お手柔らかに頼むよ」
「そっちもね」
両者、手に取ったボールを見つめる。
それが放たれたのは、バトル開始の笛が鳴ったときだった。
出木杉のボールからはヒトカゲ、のび太のボールからはポッチャマが出てくる。

―――のび太がこのような行動に踏み切ったのには、当然わけがあった。
皆の前で出木杉を倒し、赤っ恥をかかせたい……ただそれだけ。
これは筆記テストじゃなくて実戦なんだ! なら僕だって出木杉に勝てる! 大方そんなところだろう。
無論、勝算などありはしなかったが、たまたま相性では有利に立っている。
現に今ののび太の顔は自信に満ち溢れ、笑みを浮かべてさえいた。

「ポッチャマ、泡攻撃!」
「避けろヒトカゲ!」
ポッチャマがあわを放ち、ヒトカゲが素早い動きでそれを避ける。
本来なら、ある程度の信頼関係がないとポケモンはトレーナーの命令を聞かないのだが、
スクール専用のポケモンは例外だ。
「ちょこまかと……ならばこれはどうだい? バブル光線!」
今度はさっきの泡より弾数が多く、それでいてスピードの速いバブル光線がヒトカゲに襲いくる。
この瞬間、のび太は勝ちを確信した。だが……
「ヒトカゲ、穴を掘れ!」
「……なっ」
ヒトカゲが穴を掘り、地中に姿を隠す。

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小さいバトルフィールドの外では、生徒たちと先生がその様子をじっと見ていた。
「なるほど、穴を掘るで攻撃を避けたか……さすがだな、出木杉」
先生が出木杉のバトルセンスを賞賛し、他の生徒もそれに似たようなことを言う。
フィールドののび太にとっては、それが面白くなかった。

「今だヒトカゲ! 穴を掘る!」
出木杉が指示し、ヒトカゲが地中から出てきてポッチャマを突き上げる。
体重の軽いポッチャマは、容易く宙に浮かぶ。
「どうやら僕の勝ちのようだね……野比くん
ヒトカゲ、龍の怒りで決めろ!」
ヒトカゲが口から強力な炎をはきだす。
それは空中で身動きのとれないポッチャマに直撃した。
「ポ、ポッチャマ!?」
のび太が慌てて墜落したポッチャマの方へ駆け寄っていく。
その体は傷ついており、瀕死状態になっていた。
授業終了のチャイムが鳴ると同時に、先生が大声で言う。
「勝者、出木杉。これにて今日の授業は終わりだ!」

生徒たちがぞろぞろと教室に戻っていく中、のび太は肩で風を切りながら教室とは別の方向へ向かっていく。
―――タイプ相性では有利なのに、負けた。
それも、絶対に負けたくなかった出木杉に。
今の彼にとって、これほど屈辱的なことはなかった……

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気がつくと、のび太は屋上にいた。
ここはのび太のお気に入りの場所で、ジャイアンたちと食事をとるのもここにしている。
それは、彼にとってここが1番心が落ち着く場所だからだ。
もっとも、傷心の彼に落ち着く場所などないのだが……

「はぁー……」
落ち込むのび太の溜息は尽きない。
彼の髪は屋上の風に吹かれ、どこか切なげに靡いた。

―――彼がが極度に落ち込んでいる理由は、バトルの勝敗云々とは少し違っていた。
もちろん負けたことが原因なのだが、それによって、ある人物の前で恥をかいたことがたまらなく苦痛だったのだ。
その人物は、彼と同じ1組に属する源静香。
成績優秀で男子生徒からの人気もある彼女に、のび太は小学生の頃から好意を抱いていた。
しかし、彼女のそばにはいつも出木杉が居た。
そうしてさっき、のび太は静香の目の前でその出木杉にやられたのだ。
彼が落ち込むのも納得できる。

時計の短針は、すでに1を指していた。
本来ならもう昼食時なのだが、未だに消えない羞恥心がのび太をこの場に留めていた。
そして、彼が5度目の溜息を吐いたとき……
「あ、のび太さん……」

「え……静香……ちゃん?」
心配そうな表情で駆け寄ってくる静香を見て、のび太は思わずそう漏らした。

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「のび太さん……大丈夫?」
静香が傷心ののび太に優しく声をかける。
「だ、だ、だ、大丈夫だよ静香ちゃん……」
のび太は緊張して、上手く話せない。
それも無理はないだろう。
今のび太は、自分が思いを寄せている静香と肩を並べているのだから。

「さっきの勝負……残念だったわね」
「え? あ、うん……」
フォローを入れたつもりの静香だったが、のび太の浮かない顔を見て反省する。
そんな彼の顔を見て可愛そうだと思ったのか、静香は再び切り出す。
「で、でも……のび太さんは凄かったわよ
だって、誰も名乗り挙げなかったのにのび太さんが名乗りあげたんだもん
私、驚いちゃったな。私じゃ絶対に出来なかった」
「え、そ、そうかな……」
静香に微笑みかけられて、のび太の頬が紅潮していく。
「まだ最初なんだから、あまり気にすることないわよ
……あ、それじゃあそろそろ授業5分前だから、私行くね
のび太さんも早く来ないと、遅刻するわよ!」
そう言い残して、静香は屋上から出ていく。
その後姿を眺めていたのび太の顔は、まさに幸せの絶頂といった感じだった。

―――しかし、のび太が余韻に浸る暇はなかった。
それからすぐに授業の開始を告げるチャイムが鳴って、彼は慌てて教室へ戻る。
彼が教室に入ると、先生の目線が痛かった。

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のび太が着席すると、先生が話し始める。
「よーし、今日からいよいよテスト1週間前となった!
トレーナーズスクールでは、テストごとに3つのクラスに分けられる
上から順にA、B、Cの3クラスで、振り分けられるのはテストの直後だ
ちなみに、今回はないが、Cクラスの中で成績の悪かったものは退学処分もありえるからな
というわけで、上のクラス目指して頑張るんだぞー!」
そう言い残して、先生は去っていった。

後ろの方の席では、ただ呆然としているのび太が居た。
今、彼の頭の中では「テスト期間」「Cクラス」「退学」などという悪いイメージの言葉ばかりが反芻されている。
「おい、のび太。次治癒の授業だろ?」
脳内すっからかん状態ののび太に声をかけてきたのはジャイアン。
我に返ったのび太は、既に教室もすっからかんになっているのを確認する。
「ああ、ごめんジャイアン。僕達も行こう」
「ったくお前はボーっとしすぎなんだよな……」

のび太とジャイアンが息を切らせながら授業場に行くと、もう皆は集まっていた。
どうやら遅れたようで、のび太はまたもや先生の痛い視線を浴びる。
ちなみに、治癒の授業を担当するのは美人な女性の先生なのだが、怒るとかなり怖い。
普段はその綺麗な容姿を彩る化粧も、今ののび太にはどこか恐ろしいものに感じられた。

「…………まぁ、今度からは遅刻しないでね。 わ か っ た わ ね ?
……それじゃあ、授業を始めましょうか。まず2人組を作ってちょうだい」
先生が醸し出す異様なオーラを感じながらも、生徒たちは行動を開始した。

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思い思いに相手を選び、2人組を作る生徒たち。
しかし、その中で1人ポツンと立っている少年が居た。
それは他でもない、ついさっき先生の逆鱗に触れたのび太である。
(ジャイアンはスネ夫とだし、静香ちゃんは女子とやってるし……
もしかして、僕やる人いない?)
ほとんどの生徒が2人組を作る中、孤立したのび太は目に涙を浮かべる。
そんな時、1人の少年がのび太に救いの手を差しのべた。
「僕とやろうよ、のび太くん」
「ミツル……くん?」
その少年の名は、ミツル。
大人しい性格でよく本を読んでいて、頭が良い……そうのび太は記憶していた。
微笑んでくるミツルに、のび太は笑って答える。

「どうやら全員2人組になれたようね
今からやるのは、激痛で暴れているポケモンの治癒よ
1人がポケモンを取り押さえて、もう1人がキズぐすりを塗るの
それじゃ、私がポケモンを渡していくわ」
先生が暴れているポケモンを生徒たちに手渡し、それぞれ作業を開始していく。
暴れるポケモンに悪戦苦闘するのび太とミツルだったが、何とかキズぐすりを塗ることが出来たようだ。
「のび太くん、顔泥だらけじゃないか……あはは!」
「はは、そういうミツルくんも服汚れてるよ?」
お互いを見て笑い合うのび太とミツル。

やがて授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、生徒たちは教室に戻っていく。
帰り支度を終えたのび太とミツルは、仲良く談笑しながら帰路についた。

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その日から、のび太とミツルは行動を共にするようになった。
大人しい性格が似ているからか、2人はすぐに仲良くなったのだ。
そして、今日も2人はのび太の席で楽しそうに談話している。
「ところでのび太、昨日テスト勉強やった?」
「全然……やる気が出なくてさ」
「今のうちにやっといたほうがいいよ? ちなみに、僕は昨日3時間やったんだ」
「3時間!? 凄い……」
ミツルの勉強時間を聞いて焦りを覚えるのび太だが、一向にやる気は出ない。
彼の辞書には、テスト勉強などという単語はありはしない。
もっとも、彼自身が現実逃避をすることによって消し去っているだけなのだが。


―――そうしてのび太がダラけているうちにも、テストの日はどんどん迫ってくる。
ただ時間だけが過ぎ、怠惰なのび太を取り残していく。
気がつくと、テスト当日になっていた。

テストは2日あり、1日目は筆記で2日目は実技となっている。
筆記は実戦と治癒を除く5教科で、実技は実戦と治癒の2教科。
それぞれ100点満点で、合計700点満点。
その中で優秀な順にクラスを振り分け、最下層のCクラスで成績下位の数人が退学となる。
しかし、今回は最初ということもあってそれは適用されない。
そのため生徒たちのプレッシャーは幾分か軽減されるのだが、やはり教室では重い空気が漂っていた。

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先生の始めの合図で、生徒たちは一斉に取りかかる。
静かな空間に、カリカリという鉛筆の音だけが聞こえる。
そして定時になると先生がテストを回収し、また次の教科のテストを配る。
こういったことの繰り返しで、テストはスムーズに進んでいく。


「それじゃ、テスト回収。これにて今日の筆記テストは終わりだ
明日の実技も頑張れよ~」
先生が生物学のテストを回収し、生徒たちは重い体を動かし始める。
「おいのび太、出来はどうだったんだよ」
スネ夫が帰り支度をしているのび太に聞く。
「……全然」
弱々しい返事をしたのび太は、その場から逃げるようにして教室を出ていった。

「のび太」
のび太が帰ろうとすると、不意に誰かに呼び止められた。
ミツルだ。
「ミツルくん……その顔を見ると大体わかるよ。出来たんだろ?」
「うん、良かったよ。のび太は……駄目だったみたいだね」
「よくわかったね……」
その後のび太はミツルと別れ、家につくなり自分の部屋にいって寝転ぶ。
精神的に疲れているせいか、彼が眠りにつくのにそう時間は掛からなかった。

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翌日の実技テストでも、天は完全にのび太を見放していた。
先生とポケモンバトルを行う実戦のテストでは緊張のあまりミスを連発し、
ポケモンの傷を癒す治癒の授業では薬の塗り忘れがあったりして、俗に言う「終わっている」状態だった。

そして、テストが終わったあとのホームルーム。
「皆、テストはできたかー?
テストは明日一気に返ってくるから、筆記テストの問題用紙を忘れないように
それと……この地域ではないが、最近ポケモンを悪事に使ったりする集団が現れているらしい
お前達も1度は聞いたことがあると思うが……その組織の名前は『ロケット団』だ
数年前に解散したはずなのだがな……とにかく、お前達も十分な注意を払ってくれ
以上だ。気をつけて下校しろよー」

気分が晴れないのび太は、1人で帰ることにした。
(ロケット団か……僕には関係ないよな)
少し気になる話だが、今の彼にとっての1番の障害はテストだ。
もっとも、少しでも勉強していればもう少し足掻くことが出来ただろうが、
彼は勉強しよう、成績を上げようと試みてすらいない。

―――トボトボと歩いていく彼の背中は、いつものそれより随分寂しそうに見えた。

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のび太が実技テストで大失態を犯している頃、ドラえもんは新聞を読んでいた。
その1面には大きく[ロケット団、復活の恐れ]と書かれてあった。

[ロケット団、復活の恐れ
 最近、Rの服を身に纏った者が、ポケモンを悪事に使う事件が多発している。
 Rの服、悪事といった単語を聞くと数年前に解散したロケット団が真っ先に思い浮かぶが、
 その者達の正体は未だ完全には割り出されてなく、密かに政府公認の組織も動き出し―――]

そこまで読んで、ドラえもんは無造作に新聞を放り投げた。
その表情は、それを読む前と比べて少し曇っているように見える。

「何事も無く、治まればいいんだけど……」
弱々しいドラえもんの呟きは、静かな空間に吸い込まれていった。

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その翌日、トレーナーズスクール。

「よし、それじゃあテストを一気に返すぞー」
先生が生徒1人1人に筆記テスト、実技テストの結果が載っている紙を渡す。
中には期待の目でそれを見る生徒も居たが、
いい成績をとれる余地のない生徒―――即ちのび太のような生徒には恥辱を受ける苦痛の時間でしかない。
「おい、野比」
「あっ、はい!」
不意に先生に呼びかけられ、焦るのび太。
それは単に急な出来事だったからではなく、先生の顔がいつもと違って怖かったからだ。
「……お前……これは……酷いとしか言い様がないぞ……
今回は退学処分はないが、次回からはもっと勉強するように……」
先生がそう言ってのび太に紙を手渡す。
そこにはこう書かれていた。

 野比 のび太

 筆記……戦術12 育成14 地理9 歴史5 生物学10
 実技……実戦18 治癒18

 7教科合計86/700  クラスC  学年90/90位

「な、なんだってええええええええええええええええ!?」
教室内に悲痛なのび太の声が木霊した。

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成績に期待の余地がないこと、Cクラスになる事は自覚していたのび太。
しかし、まさか学年で最下位になるとは思ってもみなかった。
「くぁwせdrftgyふじこlp;@:「」
のび太は奇声を発し、死人のように机に突っ伏す。
そうして少し経ったところで、休み時間を告げるチャイムが鳴った。

「のび太、どうだったんだよ」
スネ夫が嫌らしい顔で聞いてくる。
「教えたくないよ」
のび太がそう言うと、スネ夫は自慢気に話し始めた。
「僕は学年で34位、つまりBクラスの上位だよ
ま、当然といえば当然だけど僕ならAクラスにいってもおかしくなかったんだけどね~
どうせのび太はCクラスの最下位だろうけど、精々がんばりなよww」
ありったけの嫌味をぶつけて去っていくスネ夫。
その言葉は、少なからずのび太の心に刺さっていた。

その後も、のび太は屈辱を受け続けることになる。
ミツル、静香、出木杉の3人は当然の如くAクラスの上位で、中でも出木杉はトップに位置するらしい。
ジャイアンは筆記テストこそのび太とどんぐりのせいくらべ状態なのだが、
実技の点数が優秀なのでCクラスの上位。

―――澱んだ空を覆う黒雲は、今ののび太の心を映すかのようだった。

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次の日から、新しく編成されたクラスでの授業が始まった。
「えー、ということでポケモンの特性を生かすことが――」
戦術の授業、のび太は先生の言葉がまったく耳に入らないでいた。
それは当然昨日のショックによるものだと、本人も自覚している。

―――のび太が落ち込んでいるのは、学年最下位になったという理由だけではない。
もちろん原因はそれなのだが、それに伴ってのび太を襲う屈辱があった。

凄まじい劣等感とでもいうのだろうか。
のび太は自分の身近にいる人間が皆自分より遥か上にいるために、
いつの間にかそれを感じていたのだ。
もっとも、今まで落ちこぼれや劣等性の烙印を押され続けてきたのび太なのだが、
今回ばかりはすぐに立ち直れない。
周囲の身近な人間のほとんどは優等生、しかし自分は劣等性。
残酷な現実は、のび太を苦しめ続けていた。

そして、その日の帰り道。
「のび太、気にしなくていいよ。次頑張ればいいじゃん」
ミツルが陽気に声をかけてくる。
「うん……」
弱々しく返事をするのび太を見て、唐突にミツルが切り出す。
「ねえのび太。君にとって1番大切な人って、誰?」
「え? うーん……ドラえもんかなぁ。なんでも22世紀から来た猫型ロボットなんだ」
何故こんなことを聞いてきたのか、疑問に思いながらのび太は答える。
「へえー、そうなんだ。じゃあ、僕はここで」
ミツルの質問の意図を、のび太はすぐには理解出来なかった。

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家に帰ったのび太は、ちょうど外に出るドラえもんと入れ違いになった。
「どこいくの? ドラえもん」
「ちょっとドラ焼きを買ってくるんだ」
短い会話を終え、2人はすれ違っていった。


「……おかしい」
夕飯を食べ終わったのび太が、部屋で腕組みをしながら言う。
おかしいというのは、まだドラえもんが帰ってこない事に対してだ。
あれからかれこれ2時間は経っている。
もうとっくに帰ってもいい時間だ。

「のび太ー、電話よー」
不意に、下から玉子の声がする。
のび太は面倒臭そうに立ち上がった。
「誰からー?」
「同じクラスの三木隆(みきたかし)君だってー」
「……え?……」

のび太が驚くのも無理はない。
何故なら、のび太のクラス……いや、のび太の通うトレーナーズスクールにさえ、
三木隆などという名前の生徒は居ないからだ。
(まさか……ドラえもんのことと関係が)
体中に悪感が走るのを感じながら、のび太はゆっくりと受話器をとった。

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「……もしもし」
『野比のび太か?』
「えっ、あ、はい……」
恐らく声質を変える機械などを使っているのだろう、相手の声は掠れた機械音とよく似ている。
こういった手段を使うのは、大体自分の正体が悟られたくない時だ。
のび太の脳が一気にフル回転し、直感でおおよそのことを悟る。

『落ち着いて聞け。今俺はドラえもんを預かっている
返してほしくば、今すぐ1人トレーナーズスクールの屋上に来い。俺はそこで待っている
ただし、この事を他の誰かに漏らしたらドラえもんの命はないと思え』

そこまで言って、相手は電話を切った。
のび太も受話器を置き、しばらくその場に立ち尽くす。

「ドラえもん…………行かなくちゃ!」
急いで靴を履き、家を出るのび太。
そのまま肩で風を切りながら、夜道を駆け抜けトレーナーズスクールに向かっていく。
街灯の微弱な明かりで照らされるその顔には、ある決意が見え隠れしていた。
(待っててね、ドラえもん…………今、助けに行くから)

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