・本邦では高齢化が急激に進み、10年後の認知症患者数は300万人に達するとされる。
・また、5歳年齢が増すと認知症患者数が倍増するという報告もあり、65歳以上では10人に1人、
85歳以上で3~4人に1人が罹患している。
→ 都市・近郊部の団塊世代の高齢者の増化は、認知症の介護の受け皿不足などの社会問題化。
・認知症には、
中核症状 (記憶障害、見当識障害などの認知機能障害)
周辺症状 (幻覚、妄想、不安、うつ状態等の精神症状や徘徊、譫妄、睡眠障害、性的逸脱行動、
常同行動、不潔行為等行動的障害)がある。
・認知症の周辺症状(behavioral and
psychological symptoms of dementia:BPSD)は、
介護者にとってむしろ大きな負担。
認知症の原因疾患と病態
・認知症をきたす疾患はアルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease:AD)が最も多い。
・3大認知症:
AD、血管性認知症(Vascular
dementia:VaD)、レビー小体型認知症(Dementia with
Lewy bodies:DLB)
・合併する混合性認知症も存在する。
・この他の認知症:前頭側頭葉変性症・ピック病等、タウオパチー(タウの異常蓄積)起因認知症など。
・ADの特徴的な病理変化:
①大脳皮質(海馬や側頭葉)の著しい萎縮
②老人斑や神経原線維変化と神経細胞の脱落
③神経細胞死にともなう神経伝達物質の異常
・臨床症状は近時記憶障害が特徴的で遠隔記憶は比較的保たれている。
・典型的なADは行動異常・軽い物忘れから始まり、精神症状や物忘れがひどくなり、
中等度で錯乱・焦燥性興奮が出現し、高度に進展すると運動機能障害・痙攣などから入院や施設介護が必要。
・危険因子は、加齢、女性(若干多い)、糖尿病、肥満等である。
・VaDは脳血管障害(無症状の多発脳梗塞)に関連して出現した認知症の総称。
・まだら認知症(夜間譫妄・鬱状態・感情失禁・その他の神経局所症状)が階段状に悪化していく。
・VaDとADはしばしば合併し、MRIでは脳梗塞とともに脳萎縮がみられる。
・VaDの危険因子は加齢、男性、高血圧、糖尿病、喫煙など。
・初老期や老年期に発症するDLBは、進行性の認知機能障害とパーキンソニズム、視覚性幻覚など特有の精神症状を
示す認知症。
・臨床症状は幻視、REM睡眠異常(悪夢や寝言など)が特徴的で、興奮や無気力状態を繰り返す。
・パーキンソン病(Parkinson’s disease:PD)との合併も多く、転倒によるADL(activities of daily living)低下
で寝たきりとなることも多い。
・タウオパチーの前頭側頭葉性変性症(frontotemporal lobar
degeneration:FTLD)はタウが神経細胞封入体を形成して
脳に蓄積し、前頭葉と側頭葉が萎縮する。
・
FTLD の3つの臨床サブタイプ
前頭側頭型認知症(frontotemporal
dementia:FTD)
進行性非流暢性失語症(progressive non-fluent aphasia: PNFA)
意味性認知症(semantic dementia:SD)
・タウ関連認知症には、
運動障害が合併するPD関連疾患の進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy:PSP)
失行症状(麻痺などの運動機能障害はないが動作遂行能力が障害される状態)
脳の萎縮の左右差が出現する大脳皮質基底核変性症(corticobasal
degeneration:CBD)
高齢者に多い嗜銀顆粒性認知症(argyrophilic grain
disease:AGD)
脳の石灰化を伴う神経原線維変化型認知症(diffuse neurofibrillary tangles
with calcification;DNTC)
パーキソニズム認知症複合病(Parkinsoinsm-dementia
complex)など。
異常蛋白蓄積症としての認知症
・認知症を呈する神経変性疾患の発症メカニズムは、
「蛋白コンフォメーション異常を起点とする蛋白凝集と線維化」と考えられている。
・
Aβ、タウ、α-シヌクレイン(α-syn)、TDP-43などは認知症を起こす異常蓄積蛋白とされ、
これらの関連遺伝子と、その変異の存在も同定され、家族性認知症との関連が強く示唆されている。
・ ADの特徴的な病理変化は、老人斑と神経原線維変化。
・老人斑の原因蛋白Aβ過剰産生や代謝障害による脳組織中への蓄積が、
Aβ線維形成の促進・シナプス伝達障害・神経細胞死をもたらす。
・一方、タウがリン酸化等の修飾を受けると線維性封入体(神経原線維変化:NFT)を形成するが、その過程で
産生される中間毒性体(オリゴマー)が神経細胞死を引き起こす。
・神経細胞脱落は海馬、海馬傍回などの側頭葉内側から始まり、辺縁系や大脳皮質全体に広がり、シナプス減少や
脳萎縮を経て認知症に至ると考えられている(アミロイドカスケード仮説)。
・ DLBでは、α-syn(シナプス小胞の機能維持や神経可塑性に関与するシナプス前蛋白)がリン酸化を受け、
線維を形成し神経細胞内封入体として蓄積凝集しレビー小体が形成。
・レビー小体は嗅球、腸管、心臓の交感神経節などの自律神経末端から上行し、
隣接神経細胞(脳幹、中脳、大脳辺縁系など)から、さらに大脳皮質全体に徐々に広がり、
病理の進行に伴って神経細胞が脱落する。
・クロイツフェルトヤコブのプリオン、Huntington病の神経細胞核内封入体、筋萎縮性側索硬化症のTDP-43、SOD1も
異常蛋白の蓄積が疾患発症に起因する。
認知症の診断
・認知症の心理学的スクリーニングには、改訂版長谷川式簡易知能評価スケールが、本邦で汎用される。
国際標準は、認知機能検査(Mini-Mental
State Examination:MMSE)
・ その他の尺度:
ADの程度や経過観察:認知機能低下位尺度(ADAS-cog)、
FTDなどの前頭葉機能低下の判断:前頭葉機能検査(FAD)、
日常生活の全般的重症度評価を目的:CDR(介護者から情報を得た後に被験者に問う)、
認知症患者の中核症状とBPSDを下位尺度で評価:CIBIC-plus-J。
・スクリーニング検査で認知症の可能性が高い場合→画像診断。
・脳MRIは脳萎縮など形態的変化の描出に優れているが、早期診断は難しい。
脳MRIの画像を処理し統計解析するシステムのVSRAD® で、ADの脳萎縮初期に特徴的な扁桃体海馬の内側にある
海馬傍回の萎縮の程度と他の部位の萎縮の程度と比較解析し、初期ADの補助診断として用いられている。
・脳MRIに加えて、
萎縮など形態異常の出現前に機能異常を早期診断できる脳血流シンチ(SPECT)、
脳血流低下出現前に脳の糖代謝機能異常の出現を検出するFDG-PET、
AD脳内で沈着するAβをPIB-PETで可視化するアミロイドimagingも用いられる。
・脳波検査も有用で、認知症初期は正常だが次第にα波の徐波化やθ波の混在や増加がみられ、
末期には遅い波だけになり、やがて平坦な波形になる。
・昨今、認知症前駆段階の軽度認知障害(mild cognitive
impairment:MCI)での対応が注目されている。
・MCIから年間16%が認知症に進行し、8.5%がADに進展する上、症状はMMSE値と相関するため。
・特に脳脊髄液(CSF)Aβ42の低下とCSFリン酸化タウの上昇は、ADの早期診断バイオマーカーとして期待される。
・早期ADも萎縮のないMCIの段階から、FDG-PETによる後頭葉や頭頂後頭葉の糖代謝の低下や、
血液量や酸素消費量の低下、PIB-PETによるAβの沈着がみられる。
・一方、DLBは進行するまで脳萎縮が認められないが、後頭部の後部帯状回の脳血流量が落ちる。
・なお、現段階でPIB-PET検査の保険適用はない。
ADの治療薬
・ AD脳では前脳基底部のマイネルト核でコリン(Ch)作動性神経細胞の顕著な脱落が見られ、アセチルコリン(ACh)
やコリンアセチルトランスフェラーゼやアセチルコリンエステラーゼ(AChE)が減少する。
・一方、AChE阻害薬(AChEI)やニコチンによる脳内Ch系神経伝達の促進は、学習記憶を含む認知機能に
深く関係しているため、AChEIが実用化された。
・ADではグルタミン酸(Glu)神経系の機能異常も生じており、過剰なGluによるN-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体
の活性化が興奮毒性による神経細胞障害を引きおこすとされる。
・ NMDA受容体の活性化は記憶や学習に深く関与する長期増強(LTP : Long-term potentiation)の形成に欠かせない
が、持続的なNMDA受容体の活性化でLTP形成が障害される。
・ NMDA受容体拮抗剤は過剰なGluによる神経細胞興奮毒性及びLTPの形成障害を抑制し、記憶・学習障害などの
症状抑制に繋がることを期待され開発された。
・現在日本でADに使用できる薬剤は、AChEIのドネペジル塩酸塩(以下ドネペジル)とガランタミン臭化水素酸塩(以下
ガランタミン)とリバスチグミン、NMDA受容体拮抗剤のメマンチン塩酸塩(以下メマンチン)である。
・アミロイドカスケード仮説とAD治療薬の位置づけを図1に示す。
・ドネペジルは、唯一、軽度から高度ADの進行抑制に適応がある。
現段階では、高度アルツハイマー型認知症に関しては後発品の保険適用はない。
・ガランタミンはヒガンバナ科のマツユキソウ由来のアルカロイドで、AChE阻害作用とニコチン性受容体(nAChR)へ
のAPL作用(Allosreric
Potentiating Ligand;シナプス前膜でACh放出増強と後膜でのnAChR感受性を上げ、
シグナル伝達を増強させる)を併せ持っている。
・特徴は、他剤に比べて夜間睡眠障害が少ないこと。
・ AD患者(MMSEスコア9~18)を対象としたGAL-GBR-2Studyでは、ガランタミン24mg/日vsドネペジル10mg/日を
無作為に割付けMMSEの推移を52週間で評価。(Drugs Aging2003)。
→ 結果:MMSEのスコアはベースラインと比べてガランタミンは同等、ドネペジルは1,5ポイント有意に下げた。
ドネペジルに比べガランタミンは長期の認知機能維持効果を期待できると考えられている。
・投与の開始時期については、2000年M.A.Raskindらによると、
ガランタミン24mg/日の早期投与群は、6か月開始遅延群に比べて高い認知機能維持が認められたため、
早期治療開始が重要とされる。
・Aβから生じたGluの神経細胞毒性の増強が神経細胞死に関与するとされている。
・
Kihara,Tらは、神経細胞にAβとGluを加え、ガランタミンを添加し培養するとAβとGluによる細胞生存率低下が
ガランタミンにより抑制され、神経保護効果が示されたとしている(Biochem.Biophys.Res.Commun.2004)。
・ADモデルマウスにガランタミンを継続投与するとミクログリア(脳内局在Aβを貪食)が活性化し、
Aβ貪食能が有意に増強しAβ沈着を抑制した。このAβ貧食促進がAPL結合部位に対するモノクロナール抗体FK1に
より抑制されるため、ガランタミンはAPL作用によるミクログリア活性化を介してAβを除去する可能性を示した(Takata
KらJ.Biol. Chem 2010)。
・AD未治療患者では3年半で70%が施設入所となるが、ガランタミンを3年半続けると入所者は50%に減少するとの
報告もある。
・症例:
71歳でAD発症の女性にドネペジル5mgを開始後、Aβ抗体療法の治験に参加し一旦は改善した。
その後病状が悪化し10mgに増量したが徐々に病状が進展したため、ガランタミンに変更した結果、
MMSE値が再度改善された。ドネペジルからの切り替えがうまくいった例である。
・リバスチグミンはAChEIとブチルコリンエステラーゼ(BChE:ACh分解酵素の一つ)阻害作用も併せもつ。
・ AChEは神経細胞に発現するが、BuChEは神経細胞の他、グリア細胞や血管内皮細胞にも発現する。
・ ADの進行に伴う神経細胞の脱落でAChE活性は低下するが、一方でグリア細胞は増生し、AD脳ではBuChE活性が
上昇する。AChE阻害作用だけでなく、リバスチグミンのBuChE阻害作用によりシナプス間隙のACh濃度が上昇する
ことでさらなるAD症状の改善が期待される。
・BChEは扁桃体や海馬、老人斑に存在し、老人斑の成熟にも関与していると考えられている。
・Greig.NHらは、ADモデルラットへのBChE阻害薬投与は濃度依存的にACh濃度を上げ、Aβを減少させ、
認知機能も改善させたと報告している(PNAS 2005)。
・米国ではリバスチグミンは軽・中等度のADに加えて軽・中等度のPD関連認知症にも適応があり、
本邦でも適応追加が期待されている。
・リバスチグミンは貼付剤で消化器系副作用も少なく、皮膚障害がなければ介護者による服薬管理がしやすい。
・症例:
77歳男性、MMSE22点で夜間徘徊などの症状のあるAD患者にリバスチグミン貼付剤4.5mgから開始し増量すると
夜間徘徊もなくなり、車いすから杖歩行に改善し、MMSEは30点(満点)に改善した。
しかし、貼付剤の痒みは4~5時間後に出現し、2日間持続した。
・ NMDA受容体拮抗剤のメマンチンは、過剰なGluによるNMDA受容体活性の抑制や神経保護作用および、
LTP形成障害抑制作用も併せ持ち、易怒性や攻撃性などのBPSDの改善が期待できる。
・
AChEIとも併用可能であるが、副作用として眠気ふらつき、頭痛などがある。
・症例:
老健施設入所中の84歳女性で79歳から物忘れ徘徊などの症状が出てADとされドネペジルで治療を受けていたが、
激高、被害妄想がひどくメマンチンに切り替えた。2週間後に表情が穏やかになり徘徊など消失した。
ただしMMSEは改善されていない。
・この他にBPSDの改善には抑肝散、幻覚等の精神症状にはクエチアピンやリスペリドン等も用いられる。
・現在海外で用いられているADMC
Clinical Consensus Panelの軽度~中等度ADに対する治療アルゴリズム→図2 。
・認知症の早期診断と速やかな治療には、服薬管理の向上が重要。
→これには認知症の進行前に家族を含めた介護者に症状や随伴するBPSDに留意できるように、
薬剤服用の意義を説明することが欠かせないと考える。
AD治療法の開発の現状と展望
・開発中のAD治療薬は、Aβ抗体療法、Aβ凝集抑制剤、Aβ産生抑制剤、タウの凝集抑制・異常リン酸化タウの
リン酸化抑制剤としてのリチウム、βセクレターゼ阻害剤、γセクレターゼ阻害剤、AChEI、バルプロ酸Na、
不飽和脂肪酸などがある。
・ Aβ免疫療法ではヒト化AβのMab226抗体を点滴投与すると、脳内から除去されたAβが速やかに血中に移行すると
される。
・ MCIの段階からAβやタウは蓄積し、神経細胞死が進むため、早期診断と治療開始は必須である。
・新規AD治療薬とのコンビネーションで根本治療を期待したい。
Q:米国は早期AD診断を探索しているが日本は?
A:バイオマーカーやPIB-PETによるMCIからの早期AD診断を目的としたUS-ADNI (Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative)が米国で進んでいる。このUS-ADNIではApoE遺伝子ε4が早期ADに関連するとの重要な結果も示され、その結果が期待されている。日本のJ-ADNIでもMCIから早期AD進展の診断確立法を探索していて近年中に結果が出る予定である。
Q:早期診断による早期治療の効果とその方向性は?
A:AD発症の10~20年前からタウとAβの蓄積は8割型完成されている。早期発見・早期治療が何よりも重要であり、長期治療効果の期待できる治療薬の早期使用は意義があると考えられている。早期治療の結果は3~5年後の認知機能の維持で期待できる。無症状のMCI患者の服薬の医療経済的負担は問題だが、認知症発症後の将来の施設入所費用に比べると負担は軽いと考えられている。さらには若年層の就労者では、服薬による進行抑制は大きなメリットがあると考える。
ヾ(*'-'*)