吸入療法における医薬連携 ~COPD、喘息を中心に~

COPD(Chronic Obstructive Pulmonary Disease:慢性閉塞性肺疾患)や気管支喘息の吸入療法ではデバイスの多様化に伴い、
その吸入手技の正確な指導と定期的なフォローと医療連携が必須のため、

財団法人田附興風会医学研究所北野病院 呼吸器センター長 福井 基成 先生のご解説をまとめました。

 
COPDの基礎知識
・ COPDは日常接している患者の中に多く潜んでおり、かつ密かに進行している
・ 2004年の40歳以上2343例によるCOPDの大規模疫学調査NICE(Nippon COPD Epidemiology)試験で、日本人のCOPD有病率は8.6%、推定患者数は500万人以上、診断・治療を受けているCOPD患者数は22.3万人で推定患者数の5%に満たない
 (Fukuchi Yら; Respirology 2004)。
・ プライマリケアにおけるCOPD患者の発見は公衆衛生上極めて重要。
・ 2008年の厚生労働省人口動態統計では、COPDの死亡順位は10位(男性7位、女性16位)
・ 米国の各種疾患死亡率の推移(1965~1998年)COPDのみ増加(Pauwels RAら; Lancet 2004)
・ 2030年にはCOPDが全世界死亡原因で3位とWHOは予測(WHO; World Health Statistics 2008)。
 
COPD診療のコツ
・ 日本呼吸器学会は2009年に「COPD診断と治療のためのガイドライン第3版(以下、第3版)」を発行。
COPD「タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入暴露することで生じた肺の炎症性疾患である。呼吸機能検査で正常に復すことのない気流閉塞。気流閉塞は末梢気道病変と気腫性病変様々な割合で複合的に作用すること起こり、進行性。臨床的には徐々に生じる体動時の呼吸困難や慢性の咳・痰を特徴とする。」と定義。
・ 第3版では喫煙者の1/5がCOPDを発症するとされるため、第2版と比べてタバコ煙の有害性をより強調した内容に改変
・ COPDは肺気腫と慢性気管支炎が種々の割合で並存しているとされるが、日本人のCOPDでは気腫性病変が多い。
・ COPDは全身の炎症性疾患
栄養障害、骨格筋機能障害、心・血管疾患、
骨粗鬆症、抑うつ、糖尿病、睡眠障害、貧血などの全身併存症が疾患の重症度や
QOL(Quality of Life:生活の質)、生命予後に影響を及ぼすため、その予防と治療が必要。
 
1.診断と病期
・ 第3版でCOPDを疑うの喫煙歴があり、慢性に咳・喀痰・体動時呼吸困難がみられる患者。
・ 気管支拡張薬投与後のスパイロメトリーで
1秒率(FEV1%=1秒量[FEV1]/努力肺活量[FVC]×100) 70%未満・・・COPDと診断
他の気流閉塞を来しうる疾患を除外して確定診断。
・ COPDの病期分類
予測1秒量に対する比率である対標準1秒量(%FEV1=FEV1実測値/FEV1予測値×100)を用いる。
Ⅰ期:軽度の気流閉塞(%FEV1≧80%)
Ⅱ期:中等度の気流閉塞(50%≦%FEV1<80%)
Ⅲ期:高度の気流閉塞(30%≦%FEV1<50%)
Ⅳ期:極めて高度の気流閉塞(%FEV1<30%、あるいは%FEV1<50%かつ慢性呼吸不全合併)」
・ COPD患者は必ずしも呼吸器科を受診するわけではなく、内科開業医を受診している70~79歳の生活習慣病男性では、喫煙者の39%がCOPDに罹患していたという報告あり
・ 早期発見に以下があれば、COPDを強く疑うことが重要
①喫煙歴の確認(喫煙期間、喫煙本数、受動喫煙の有無喫煙開始年齢)
②慢性の咳・痰(朝に色のついた痰が見られることが多い)、労作時の息切れがあればである。
・ 胸部X線や動脈血ガス分析などの異常はかなり重症化しないと顕在化しない
・ 40歳以上で重喫煙歴がある患者には症状が乏しくても専門医に紹介し、スパイロメトリーによる肺機能検査を年1回行うように勧めるただし、呼吸機能検査における気流閉塞の程度と重症度は必ずしも一致しない。
・ 重症度決定因子のうち、気流閉塞、体動時呼吸困難の程度、運動耐容能、栄養状態予後に影響すると言われる。
・ 治療、管理の観点からは慢性の咳・痰の症状、気道可逆性、増悪の頻度、全身併存症の有無も重要
 
2.安定期の管理
・ 安定期COPDの管理指針を 
・ COPD増悪繰り返しは、気流閉塞が進行し死に至ることもあり。
この
ため、安定期の管理と増悪の予防が大切
禁煙タバコ煙からの回避は最優先課題)・ワクチン接種・全身併存症の管理が重要
・ COPD発症後は禁煙後も加齢によるFEV1低下は防ぐことができない
COPDの進行を遅せるには1日でも早い禁煙の開始が望まれる(Fletcher Cら;BMJ 1977)。
・ 軽度の肺の閉塞性障害を有する5887例を対象としたLung Health試験
通常のケア群と比較して禁煙介入プログラム実施群では、14.5年間の追跡で全死因死亡率は有意に15%低下した(Anthonisen NRら; Ann Intern Med 2005)。
・ 北野病院における2008年6月~2009年1月の禁煙補助薬の成功率は、
ニコチンパッチで55%、バレニクリンでは68%。
・ バレニクリンはニコチン離脱の症状を軽くしタバコをおいしいと感じにくくする効果あり
むかつきが生じた場合には減量を考慮。
・ 最近、バレニクリン服用患者が意識障害によって自動車事故に至った例が数例報告
バレニクリン服薬後の自動車運転を避けるように注意喚起が必要。
・ 禁煙サポートには、薬剤師も積極的に関わるべき
・ 診療のたび喫煙状況確認、禁煙の難しさ患者との共感、楽に禁煙できる方法の提示、
禁煙後の再喫煙の有無の確認などは多種職の関与が非常に有効。
・ COPD患者には、喫煙歴が全くな受動喫煙が原因とみられる症例がまれにある。
家庭内や公共の場での受動喫煙のリスクについての啓発が重要。
・ インフルエンザワクチンCOPD増悪による死亡率を50%低下させ(Nichol KLら; NEJM 1994)、全てのCOPD患者に接種が推奨。
・ 肺炎球菌ワクチンは65歳以上のCOPD患者及び65歳未満で%FEV1<40%のCOPD患者に接種が勧められている(Jackson LAら; NEJM 2003)。
なお、肺炎球菌ワクチンは5年毎に接種が可能となった。
・ COPD薬物療法はCOPD患者の症状の改善、増悪の予防、QOLや運動耐用能の改善に有用。
・ 安定期の薬物療法の中心は気管支拡張薬、抗コリン薬・β2刺激薬・メチルキサンチンがある。
・ 投与経路は吸入が最も勧められ長時間作用性抗コリン薬の吸入療法が長期管理の基本。
・ 中等度以上のCOPD患者5993例を対象に4年間観察したUPLIFT試験では、
プラセボ投与群と比較してチオトロピウム投与群では主要評価項目のFEV1低下率/年に
有意差はなかったが、FVC・QOL・増悪頻度に改善がみられた(Tashkin DPら;NEJM 2008)。
・ チオトロピウムは単剤の効果比較では長時間作用性β2刺激薬(LABA:long acting β2agonist)よりも優れているとされるが、2011年7月に発売されたLABAのインダカテロールはチオトロピウムと同等以上に呼吸機能を改善するとの報告もある
・ LABA/吸入用ステロイド配合薬はそれぞれの単剤使用よりも効果が優れているとされる。
・ 中等度以上のCOPD患者6184例を対象に3年間観察したTORCH試験では、
プラセボ投与群、サルメテロール単独投与群、フルチカゾン単独投与群と比較して、
サルメテロール50μg/フルチカゾン500μg配合薬投与群は、主要評価項目の全死因死亡率については有意差がなかったが、年間増悪率・QOL・FEV1に改善がみられた。
ただし、フルチカゾンを含む投与群の有害事象として肺炎の頻度が高かったことには注意を要する(Calverley PMら;NEJM 2007)。
・ これらの吸入薬で治療効果が不十分な場合には多剤併用が勧められる。
中等度以上のCOPD患者449例を対象に1年間検討した試験では、チオトロピウム+プラセボ投与群は、チオトロピウム+サルメテロール投与群、チオトロピウム+サルメテロール/フルチカゾン配合薬投与群と比較して、主要評価項目である急性増悪率はそれぞれ62.8%、64.8%、60.0%と有意差はなかったが、チオトロピウム+サルメテロール/フルチカゾン配合薬投与群は、チオトロピウム+プラセボ投与群と比較して、肺機能とQOLを有意に改善し、入院回数を有意に減少させたと報告されている(Aaron SDら; Ann Intern Med 2007)。
・ 喀痰調整薬(N-アセチルシステイン(Hansen NCら; Respir Med 1994)
カルボシステイン(Zheng JPら; Lancet 2008)
アンブロキソール(Malerba M; Pulm Pharmacol Ther 2004))
はCOPDの増悪頻度と増悪回数を有意に減少との報告がある
(Poole PJらsystematic review; BMJ 2001)。
・ マクロライド系抗菌薬の少量長期投与はCOPDの増悪頻度を抑制するとされている。
国内8施設における後向き研究で、気管支拡張薬にエリスロマイシン及びクラリスロマイシンを追加内服することによってCOPDの増悪回数及び入院回数が減少したという報告がある(Yamaya Mら; J Am Geriatr Soc 2008)。
・ Albert RKら(NEJM 2011)によるCOPD患者1142例を対象として1年間追跡した試験では、
COPDの初回増悪までの時間の中央値は、
標準治療+アジスロマイシン250mg/日投与群で266日(95%CI;227-313)、
標準治療+プラセボ投与群で174日(95%CI;143-215)。
COPD急性増悪発生/人・年も、アジスロマイシン250mg/日投与群では有意に低下
(ハザード比;0.73[95%CI;0.63-0.84])。
・ マクロライド系抗菌薬の少量長期投与は抗菌活性を狙ったものではなく、慢性気道炎症抑制効果
・ 安定期の呼吸リハビリテーションの目的は、
COPD 患者の日常生活を心身にわたり良好な状態に保つように改善すること。
薬物療法への上乗せ効果を期待
・ 中核となる運動療法では、下肢トレーニングによる健康関連QOLやADL(Activitiesof Daily Living:日常生活動作)の改善、上肢トレーニングや呼吸筋トレーニングによるQOLや入院日数・回数の減少報告あり
・ 作時の呼吸苦を減らすには、口すぼめ呼吸と呼気時中心の動作を指導する
・ COPDが進行すると吸入療法による改善は乏しい。
・ 呼吸不全に陥った場合は、
在宅酸素療法(Home Oxygen Therapy:HOT在宅人工呼吸療法(鼻マスク人工呼吸など)が適用。
・ 呼吸リハビリテーションの継続が望ましいが在宅療養中の継続課題。
・ 鍼治療呼吸困難感の軽減などに有効とされる
 
3.増悪期の管理
・ COPDの増悪とは、管理中に呼吸困難・咳・喀痰などの症状が日常の生理的変動を超えて急激に悪化し、安定期の治療内容の変更を要する状態
他疾患心不全・気胸・肺血栓塞栓症などの合併によ増悪を除く
・ 増悪原因の多くは呼吸器感染症と大気汚染、約30%の症例は原因不明(Sapey Eら; Thorax 2006)。
・ 病期が進行るほど増悪の頻度も増え、年間増悪はⅡ期で2.68回、Ⅲ期で3.43回
(Donaldson GCら; Thorax 2002)。
・ 換気補助療法が必要となった患者の死亡率は1年間で40%、3年後は半数が死亡(Esteban Aら; JAMA 2002)
・ COPDは増悪による気流閉塞進行生命予後を悪化させるため、増悪予防が重要
・ 増悪の薬物療法の基本は、ABCアプローチ
(抗菌薬:Antibiotics、気管支拡張薬:Bronchodilators、ステロイド:Corticosteroids)(Rodriguez-Roisin R; Thorax 2006)
・ 増悪時の呼吸器感染症はその起炎菌にインフルエンザ菌・モラキセラ・肺炎球菌が多いので、
治療には最初から強力な抗菌薬(ペニシリン系やニューキノロン系薬を用いる。
・ 呼吸困難の増悪に対する第一選択薬は短時間作用性β2刺激薬の吸入
・ (Celli BRら; Eur Respir J 2004)
・ COPD増悪で救急診療部を受診し帰宅した147例を対象とした試験では、
プラセボ投与群と比較して経口プレドニゾン40mg/日を10日間追加投与した群は、
30日以内の再発率が低かった(27%対43%)(Aaron SDら; NEJM 2003)。
→  ステロイドの全身性投与を躊躇しないことが重要。
PSL30~40mg/日7~10日間の使用が一般的である。
・ 急性増悪時の患者が発熱や咳・痰の増加とともに意識障害や脈圧の増加を来すことがある。
皮膚を触りじっとりした発汗があるときには、高炭酸ガス血症(CO2ナルコーシス)を疑って
直ちに病院受診
が必要。
SpO2酸素飽和度)が下がっている場合は酸素を低流量から開始
SpO2は88~90%を目標とし、酸素流量は0.25~0.5L/分から開始。
血中CO2濃度が上昇しているCOPD患者が筋弛緩作用の強い睡眠薬(トリアゾラム、エチゾラムなど)を服用すると、血中CO2濃度がさらに上昇しCO2ナルコーシスに至ることがあるので十分注意する。
 
・ 吸入療法は喘息やCOPD患者の治療の柱。
患者が正しい吸入を行いアドヒアランスが向上してこそ意義がある。
・ 吸入デバイスが多様化しており吸入手技の正確な指導と定期的なフォローが不可欠。
院内で手技指導・確認を行うには時間が限られるため、
北野病院呼吸器センターと薬剤部が
大阪市北区薬剤師会と連携して2006年9月1日に「吸入指導ネットワーク」を設立。
地域で統一された正しい吸入方法を指導できるシステムを構築した。
・ 「吸入指導ネットワーク」の概要は以下。
①北野病院において年1回調剤薬局の薬剤師向けの吸入手技の講習会(他区薬剤師会所属でも受講可)を開催し、吸入治療に関する最新知識を共有し、正しい吸入指導方法を学んでもらう。講習会の修了者には「吸入指導マイスター(以下、マイスター)」の称号を付与し、2年ごとの更新を課す。②外来診察時、定期的な吸入指導が必要な患者には、医師から吸入指示書、吸入手技の説明とQ&A、手技確認チェックリストが綴じられた吸入手帳と、マイスターリストが渡される。
③調剤薬局では、患者はマイスターから吸入手技のチェックや指導を受け、その指導結果が手帳に記載される。
④マイスターが記載した吸入手帳から、医師は吸入指導の状況を把握し治療の修正を行う。以上のようなシステムで医師と薬剤師の連携を可能とした。
・ ネットワーク導入4年後のアンケート調査の結果
北区の調剤薬局において
吸入指導補助器具(練習器・テスター)の常備(導入前54%→導入後85%)
吸入補助器具の常備(61%→94%)
薬剤師1人当たりの吸入指導回数の月平均(2回→7回)
実演指導(41%→73%)
添付文書のみ配布または指導なし(59%→18%)
2回目以降も指導(43%→80%)
・ その結果、
喘息患者の発作頻度(1.4回→1.0回)
救急受診頻度(0.5回→0.2回)
アドヒアランススコア(4.0→4.2)が有意に改善した。
・ 吸入指導ネットワークは地域調剤薬局薬剤師の吸入指導内容の向上及び、喘息患者の臨床指標改善に寄与している可能性が考えられる。今後、積極的に情報を公開し各地域でノウハウを活用することで、さらなるネットワークの効果を検証していく予定である。
 
Q&A
Q1:日本で、アジスロマイシンの少量長期投与は可能か?
A1:現段階ではアジスロマイシンの使用は保険上難しいと思われる。
エリスロマイシン、クラリスロマイシン、ロキシスロマイシンが一般的と考える。
Q2:受動喫煙によるCOPDリスクはどのくらいか?
A2:受動喫煙の急性毒性については心筋梗塞を増加させるなどのデータがある。
慢性毒性についてはCOPDの具体的なデータはないが、実臨床での症例もあり、受動喫煙防止の啓発が必要である。因みに、夫が1日20本以上喫煙する場合の妻の肺がん死亡リスクは1.91倍と報告。
Q3:複数の吸入薬を投与する場合の順番と間隔は?
A3:長時間作用性吸入薬はすぐには作用発現しないので、順不同で続けて服用OK。
重要なのはアドヒアランスの向上。
服用時点は夕方より朝の方が忘れにくいと思われる。
また、吸入後うがいをする必要があるので薬剤を洗面所に置くよう勧めるのも一法である。
Q4:マクロライド系抗菌薬の少量投与について、副鼻腔炎での投与の目安は6ヶ月といわれるが、COPDではどのくらいか?
A4:COPDの急性増悪は致死的になる可能性が高いため、投与の継続がベターとされる。
また、増悪時に強力な抗菌薬を投与することは耐性化の問題を生じるため、これを防ぐ上でも重症のCOPD患者においては、マクロライドの少量投与の継続がよいと考える。
Q5:COPDではHOTをどの段階で開始するのか?
A5:HOTは酸素低下による肺高血圧とそれに続く右心不全の予防を主たる目的。
また、労作時の呼吸困難による日常生活の制限を解消するためにも有用。
保険適応は、空気吸入下で安静時の PaO2(動脈血酸素分圧)が55 mmHg以下、もしくはPaO260 以下(SpO290%以下)で睡眠時又は運動負荷時に著しい低酸素血症をきたす場合。
 

講師の先生のご著作です。
地域で取り組む 喘息・COPD患者への吸入指導―吸入指導ネットワークの試み(CD-ROM付) 吸入指導ネットワーク、 福井 基成 (単行本(ソフトカバー) - 2012/4/10)

ヾ(*'-'*)

 

最終更新:2012年05月13日 16:09