不眠症治療のポイント

「不眠症は睡眠の障害に加えて日中の活動性の低下がみられるもの」とされていますが、
困っている方が多いのも実際。そして、薬剤師もよく出くわす症例。
しかも、睡眠不足は生活習慣病に影響を及ぼす可能性も示されているようです。

そこで、不眠症について、不眠を引き起こす疾患の病態とその治療について、まとめてみました。
特に、不眠の治療に関しては、薬物治療だけでなく睡眠衛生の指導も重要とされているようですので、
生活習慣の改善にも焦点を当ててみたいとい思います。

● 不眠症の定義
米国国国立衛生研究所(NIH)
   1983年の定義: 「不眠症は原発性障害ではなく症状である」
  治療の基本方針:「睡眠薬は短期間のみ原則使用」
   2005年の定義: 「不眠症は障害(症候群)であり、他の疾患と合併することも多い」
  治療の基本方針:「睡眠薬の使用による不眠症の改善は他の疾患の改善につながる場合がある」


● 睡眠不足は健康上、問題?
・良質であれば5~6時間睡眠で良いと考える人も多いが、睡眠不足は健康上大きな問題を生じる
  可能性があることが明らかになっている。
・ 睡眠不足の重要性は医療でも十分に認識されていない。
・1980年にBreslow and Enstrom の「7つの健康習慣」ですでに、睡眠衛生について記述あり。
   ①タバコは吸わない
   ②定期的に運動する
   ③飲酒は適度かしないか
   
④1日7-8時間睡眠を守る
   
⑤適正体重を保つ
   ⑥朝食は食べる⑦間食はしない
    ※ 「1日7-8時間睡眠を守る」に関しては、7つの習慣を守った対象者に比べて、
         3つ以下しか守らなかった対象者は、9.5年後の死亡率が43%有意に減少したため
・日本でも1960年代までは22時までに入床割合は約70%。
     2005年は約20%(平均睡眠時間約7時間20分)
・子供の睡眠時間の減少も、親の睡眠時間の減少が大きな影響を与えている。
・昔は3才児の90%が22時までに入眠、現在では約半分以下、5%は24時以降も起きている。
  ⇒ 供の睡眠不足はキレル子供や神経発達障害に影響する可能性あり?
・  1960-90年代の動物の断眠実験によると、一般的に動物では食べても体重が減少し、感染症を
  起こして死ぬ。ラットの長期間断眠実験でも海馬の萎縮が報告されている。
・ヒトの断眠実験(ギネスブックに断眠時間で挑戦した高校生)の研究
 11日間バイタルサインと脳波を測定した結果、生命的には問題なし。
 72時間を越えると、健康な人でも幻覚や性格の変化など精神的変調を生じる。
  (精神的な変調は可逆的で眠ると回復)
・ 睡眠不足と糖代謝の関連について 
Spiegel KLancet.1999 Oct 23;354(9188):1435-9.
   (対象)  若い健常者
   (方法)各6晩、4時間睡眠時間→その後12時間睡眠。5日目に経静脈糖負荷試験を行った
   (結果)ブドウ糖消失係数は睡眠時間制限時には睡眠が十分な時に比べ40%↓。
  (考察)インスリン非依存性の糖利用能の30-40%↓、血糖上昇時の追加インスリン分泌30% ↓      
         が推測された。睡眠不足が自律神経系のバランス、生体ホルモン分泌の悪化を生じ、
         短期間に耐糖能障害を引き起こす可能性が示唆された。
・以上のような耐糖能障害が原因と考えられる生活習慣病の悪化や、加齢性の変化の促進の
   可能性を疑う報告が多数ある。

 Ayas NT, et al. Arch Intern Med2003:睡眠時間と虚血性心疾患
            Nurses’Health Study(ハーバード大学公衆衛生学部が1976年に始めた)では、 
            45-65歳の健康女性を対象に睡眠時間と虚血性心疾患の関連について調べた。
            8時間睡眠群に比べて5時間以下睡眠群は虚血性心疾患が有意に多い
             (Odds比1.39 95%CI 1.05-1.84)。
Cappuccino FP, et al. Hypertension2007:睡眠時間と高血圧
Gangwisch JE, et al. Hypertension2006
:睡眠時間と高血圧

Ferrie JE, et al. Sleep2007:睡眠時間と死亡率
Gangwisch JE, et Sleep2005:睡眠時間と肥満(体重 or BMI)

Gangwisch JE, et al. Sleep2007:睡眠時間と糖尿病                                       
Hasler G, et al. Sleep2004:睡眠時間と青年の肥満
 Patel SR, et. al. Sleep2004:睡眠時間と女性の死亡率
Taheri S, et al. PloS Med2004:睡眠時間と食欲抑制(レプチン)増進因子(グレリン)・・・過食?
SpiegelらAnn Intern Med 2004 :睡眠時間と食欲抑制(レプチン)増進因子(グレリン)
 Yaggi HKらDiatets care 2006:睡眠時間と糖尿病の発症率・・・7時間睡眠を底辺にU字型カーブを描いた
Tasali E, et al. PNAS2008:睡眠構築と糖尿病
Hall MH, et al. Sleep2008:睡眠時間とメタボリックシンドローム

Kripke D.F らArch.Gen. Psychiatry2002 :睡眠時間と死亡率
                 いずれの報告も適正な睡眠時間があり、短時間の睡眠では病態が悪化する。
                  短時間睡眠を対象としているため、不眠症に適用できるかは?

・ 不眠症は短時間睡眠者と同じではない。
・ 不眠症患者は眠れないと訴えても、家族は眠っていると指摘することも多い。
   “覚醒と睡眠”のサイクルで成り立つ睡眠を、慢性不眠症患者は「覚醒」に注目し、
  「睡眠」を過少評価(睡眠状態誤認)する傾向あり。
・不眠症に関するChien-Shan Community cardiovascular Cohort study   Chien KLらSleep 2010
   (対象)台湾の地域住民35歳以上3430名
   (方法)ライフスタイルと睡眠習慣に関する質問表に回答
           睡眠時間か不眠の重症度と、心血管イベントか全死亡リスクとの関連性を15.9年調査。
   (結果)不眠の頻度が増す毎に心血管イベントも全死亡とも段階的に増え、
           ほぼ毎日不眠の対象者では有意な増加を示した
・生活習慣病治療のために睡眠薬による治療介入が有効かは?
・不眠症は苦痛で困っている患者が多く、その発症原因は不明であることが多いので、睡眠薬で対応。
 
● 不眠の原因と治療
・ 不眠症発症の主な原因: 原発性睡眠関連疾患(二次性不眠)・・・原因疾患を治療することが重要
                                        何らかの身体疾患によって起こる不眠症
                                        加齢に多要因が加わった不眠症

Ⅰ原発性睡眠関連疾患(二次性不眠)
・ 主に、睡眠時無呼吸症候群(SAS:sleep apnea syndrome)と(Restless legs syndrome:RLS)。
・ SASは生活習慣病の一つ、有病率は成人男性3~4%、女性1%。
・ 睡眠ポリグラフ(PSG:polysomnography)施行後に、それぞれ1時間あたりの無呼吸(Apnea)と
 低呼吸(Hypopnea)を足した無呼吸低呼吸指数(AHI:Apnea-Hypopnea-Index)≧5回でSASと診断。
・ この診断基準は精度が悪く成人男性では3~4割が該当するが、AHI≧30回になれば治療対象。
・ SASの最も多い症状は昼間の眠気。
  夜間のみ尿量が増えてトイレ回数が増える夜間頻尿の訴えあり (昼間は正常)。
・ SASの多くは上部気道の閉塞による閉塞型睡眠時無呼吸症候群(OSAS:Obstructive SAS)。
  心血管系疾患の合併が問題になっている。
    →
睡眠時無呼吸の症状と関連する生活習慣病
・ 重症OSASでは睡眠中に低酸素血症・ 低酸素後の酸素化(reoxygeneration)・
   高二酸化炭素血症・短期覚醒・睡眠(量)不足・ 睡眠構築(睡眠の質)の悪化を来たす。
・ この夜間低酸素発作時には、交感神経活動性亢進・血管内皮機能障害・脈管系への酸化ストレス・
  炎症や凝固亢進・代謝異常などが起こり、これらが複合的に関与して
“non-dipper型”の
  夜間高血圧や早朝高血圧を引き起こす。

・ 若年者の高血圧ではOSASが原因であることが多く、その治療は重要。
・ OSASと高血圧との関連について 、
Peppard PEらNEJM 2000
  (対象)ウイスコンシン睡眠コホート研究参加者のうち709例
   (方法)4年間の睡眠時呼吸障害・血圧・体質および健康歴を調査
   (結果)高血圧発症の補正Odds比は、AHI=0群に比べて、0.1<AHI<4.9群で1.42倍、
          5.0<AHI<14.9群で2.03倍、AHI≧15群で2.89倍といずれも有意に上昇。
・ OSASと心血管疾患率との関連について、
Marin JMらLANCET 2005
 (対象) PSG施行で分けた無治療の重症(AHI>30)群、軽~中等症(5<AHI<30)群、
             いびき症(AHI<5)群、 経鼻陽圧気道換気療法施行の重症群、
             重症例と年齢・肥満度を一致させた健常群
 (方法)約12年間追跡し、新規心臓血管イベント発症累積数を観察した
 (結果)重症OSAS群では非OSAS郡に比べて、致死的心血管イベントも非致死的心血管イベントも、
         ともに発症リスクが有意に高い。
         ここでも、若年者でOSASの影響がみられ、65歳以上ではみられなかった。

・ その他OSASとの関連の可能性が報告されている主な疾患:
うっ血性心不全(収縮機能障害・拡張機能障害)
不整脈(徐脈・房室ブロック・心房細動)
虚血性心疾患(冠動脈疾患・心筋梗塞・夜間ST低下・夜間狭心症)
脳血管障害
・ レストレスレッグズ症候群(Restless legs syndrome:RLS)RLSでは非常に重症な不眠症。
・ 軽症者では睡眠薬で改善することも多いが、重症ではほぼ効果がない。
・ 診断基準は
   ①不快な感覚をもつじっとしていられない強い衝動(Urge to move)が主として下肢に出現
   ②安静時あるいは休息時に出現および悪化
   ③動かすと軽減
   ④夕方および夜間にかけて悪化である。
・ RLSの診断には以上4つの条件全てを満たすことが必要だが、診断困難な症例も増えている。
・ RLSの治療にはプラミペキソール塩酸塩水和物やロピニノール塩酸塩水和物(本邦適用外)など。
・ プラミペキソール塩酸塩水和物はパーキンソン病標準使用量の1/10 (0.125mg)から開始し漸増。
  服用初期に認められた効果が持続せずに、症状が重症化するaugmentationを防ぐため
・ RLSの症状が定刻に開始するため、服用時刻は症状開始時刻前後に設定。
・ 若年者や子供では鉄不足が原因でRLSを発症。
・ 血清フェリチン値が基準値以内の50 ng/mL程度でもRLSは症状がでる。
 鉄剤が著効することが多く、海外では鉄の吸収を補うとされるV.Cの同時服用を奨める記載もみられる。
・ クロナゼパム、ガバペンチン、カルバマゼピン、コデインリン酸塩水和物、安定剤などが有効である場合もある。
 
Ⅱ 加齢に多要因が加わった不眠症
・ 不眠症は加齢による量と質の変化が関わっている。
・ 体力的に元気な高齢者は睡眠も若い頃の量と質を求める傾向にある。
・ 一般に深い睡眠は約40歳から徐々に減るため、高齢者の睡眠の量的質的up を図るのは難しい。
・ 睡眠の量的質的変化は、患者が記録した睡眠日誌(総臥床時間と睡眠時間を記入)から、
  睡眠効率(=総睡眠時間/総臥床時間×100%)や行動環境的な要因を確認。
・ 一般に不眠症では総臥床時間の延長による睡眠効率の低下例が多い。
・ 睡眠効率≧80%を目指して、患者に総臥床時間を減らすように提案すると、
  逆に患者から総睡眠時間の 延長を望まれるが、納得していただくよう指導を続ける。
・ 昼寝が不眠の原因になっている時は昼寝の中止も提案する。

・短時間の昼寝の有用性については
  20分以下の昼寝は心筋梗塞の発生を抑制(Campos &Silesら2000)
  男性勤労者の昼寝は心疾患の死亡率を有意に低下(Naskaら2007)
  1時間未満の昼寝はアルツハイマー病を60%発症抑制し30分以下の昼寝は84%抑制
                                                   (Asadaら, 2000)
・ 長時間の昼寝の影響については
  1時間以上の昼寝は死亡率が2倍以上上昇(Bursztynら2002)
  45分以上の昼寝は心筋梗塞になりやすい(Campos&Silesら 2000)
  1時間以上の昼寝はアルツハイマー病になりやすい(Asadaら2000)
 
● 不眠症の薬物療法
・ 実際の不眠症の治療にあたってはその原因を鑑別。
・まず。非薬物療法(睡眠衛生、認知行動療法)
・ 改善しないか早急な改善が必要な場合は薬物療法へ
・ 睡眠薬に対する恐怖感や認知症になるなどの誤認や不安や抵抗感が強い。
  → 薬物療法が必要な場合が多いので、適切な情報提供と不安を軽減するような指導を
・ 適切な薬剤の選択(第一選択は超短時間、非BZ系睡眠薬orラメルテオン)
・ 最小有効量や適切な服用時間の設定
・ 短期間の服用期間(状況に応じて3-4週以内か1ヶ月以上、–軽症であれば、間歇的に服用)
・ 常に再評価と再調整して処方することが大切
 
Ⅰベンゾジアゼピン(BZ)系・非BZ系睡眠薬
 ・
バルビツー系睡眠薬の後登場したBZ系睡眠薬では過量服用でも非致死的で使いやすい。
・ 弱いながらも耐性・習慣性・依存性あり。
・ 服用継続(3週間程度)後に中止すると、反跳性不眠が起こり、特にこれが問題!
・ 薬理学的なActions(催眠・抗不安・筋弛緩・抗けいれん)とSide effects(鎮静•前向性健忘•ふらつき
  や転倒・呼吸抑制•耐性や依存や乱用)が切り離せないが、非BZ系やGABA-A受容体のω1受容体
  選択性睡眠薬では、これらの副作用は幾分軽減。
・ 「BZ系・非BZ系睡眠薬の使用が転倒・骨折のリスクを増やす」という報告があり懸念されている。
        短時間型・長時間作用型のBZ系薬剤の転倒リスクは小さいながら増加Morin CMJAMA 1999
   RCTにおいてBZ系などの向精神薬の減量で転倒の相対リスク↓(Campbell AJJ Am Geriatr Soc 1999)
   高齢者における長時間作用型の睡眠薬が有害な転倒や大腿部頸部骨折リスクを有意↑
          (Ray WAらNEJM 1987、Cameron AMらAm J Epidemiol 1997、Kelly KDらAge Ageing 2003)
   高齢者においてzolpidemの転倒リスクは他のBZ系薬剤と同等に増加(Wang PSJ Am Geratr Soc 2001)
・ 逆に、「BZ系・非BZ系睡眠薬の使用が転倒・骨折のリスクを増やさない」という報告
    BZ系睡眠薬の影響よりも年齢・視力障害・聴力障害・体重減少や栄養障害が転倒および
    大腿骨頸部骨折のリスクに影響する(Pierfitte CBJM 2001)
    老健施設において未治療の不眠が日中の眠気・認知障害や精神運動の能力の低下を引き起こし
    転倒・骨折のリスクとなる(Avidan AYJ Am Geriatr Soc 2005)
・ 睡眠薬と転倒骨折の関連性に一致した結論は出ていない
・ 転倒骨折しそうな患者への睡眠薬の投薬は注意を要する。
・ zopicloneでは、ふらつきと転倒は高齢者では血中濃度の影響(腎・肝機能差による代謝能の影響)
  が関連(村崎ら2001)。
  → BZ系・非BZ系睡眠薬の添付文書上の血中濃度半減期は目安
  → 睡眠薬の薬物動態に関する報告が非常に乏しいのが現状。
 
 
Ⅱメラトニン受容体作動制の薬について
・ メラトニンはサーカディアンリズム(概日リズム:1日>24時間周期)を1日24時間に調節する
   体内時計を担う分子の一つとされている(他の体内分子・光・社会的因子によっても調節)。
・ 日中明るい時にはメラトニンはほとんど分泌されないが、夕方以降暗くなってくると分泌量が増える。
・ メラトニンの夜間血中濃度は加齢により減る。
・ 睡眠・覚醒のメカニズムはバランスにより成り立っていて、通常は、覚醒の持続が睡眠を促す。
   → BZ系・非BZ系睡眠薬や抗ヒスタミン剤やアルコールは、覚醒を抑制し睡眠を促す。
   → メラトニンはバランスの支点を調節。
・ メラトニンの催眠作用は時刻依存性で、生理的分泌量の少ない人ほど効果がある(Legerら, 2004)。
・ サプリメントのメラトニンの有効性については、相反する報告。
    催眠作用として効果がなかった(Buscemiら, 2006)
    生理的分泌量の少ない高齢者では効果を認めた(Brzezinskiら, 2005)
    視覚障害者への投与でサーカディアンリズムへの同調(Sackら, 2005)
  夕方投与での睡眠覚醒リズムの前進作用(Scheerら, 2005)
・ ラメルテオンで有用と考えられる対象者:
    高齢者
    光を浴びる機会の少ない患者
    睡眠薬の副作用を心配する患者
 
( 気付き & これから memo )
♪  睡眠不足やOSASに関する疫学データについて、知識不足でした。
    特にOSAS は、もう少し学ぶ必要があります。
♪  睡眠薬と転倒やふらつき、骨折などへのリスク・・・こちらももう少し学ぼう
 
ヾ(*'-'*)
最終更新:2011年02月21日 10:05