潰瘍性大腸炎(Ulcerative colitis:UC)の薬物療法を始めるにあたり、病態の理解と病期・
病変範囲・重症度の的確な把握が重要とされているため、病期に応じたUCの薬物療法の新たな展開について
まとめてみました。
【潰瘍性大腸炎の疫学】
・
潰瘍性大腸炎(UC)は、非特異性腸炎の中でクローン病(Crohn’s disease:CD)とともに
狭義の炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease:IBD)に位置づけられている。
・ UCの登録患者数は現在10万人を超え、厚生労働省特定疾患治療研究事業対象45疾患の中では
最も多い。 欧米で多くみられた疾患であったが、日本でも1970年代以降急激に増加。
・ UC発症年齢のピークは若年者であるが、CD とは異なり、高齢発症のセカンドピークも
見られるのが特徴で、 高齢者の治療には若年者とは違った配慮を要する。
・
UCの病因は、まだ全てが解明されてはいない。消化管に慢性の持続性の炎症が起こる背景には、
免疫学的異常があり、
炎症性サイトカインと抗炎症性サイトカインのバランスが崩れている。
・ 免疫学的異常には、遺伝的因子・環境的因子・腸内細菌などが関与していると考えられている。
・ 遺伝的因子は、欧米とアジアでは疾患に関係する遺伝子が異なる。
・ 環境因子については、感染・NSAIDs・ストレス・喫煙などによる粘膜防御機能の変化や
腸内細菌叢の変化など、様々な因子が発症の引き金となる。
・ 喫煙はUCに関しては症状を改善する傾向にある。
・ 腸内細菌は、無菌状態では免疫反応を活性化させないが、常在細菌存在下では活性化して腸炎を
発症することが知られている。
【潰瘍性大腸炎の病期・分類】
・ UCは、活動性により活動期と寛解期に分類される。
・ 活動期は、臨床的には血便を訴え、内視鏡的に血管透見像の消失・易出血性・びらんまたは
潰瘍などを認める状態。
・ 寛解期は、臨床的には血便が消失し、内視鏡的には活動期の所見が消失し、血管透見像が
出現した状態。
活動期を抑えて寛解期へと導く寛解導入と、寛解期を長く維持させるための寛解維持を治療の
目的とする。
・ 病変範囲により、直腸炎型・遠位大腸炎型・左側大腸炎型・全大腸炎型に分類される。
・ 炎症の面積が広範囲になるほど重症度が高くなり、重症度が増す可能性が高くなる。
・ 臨床的重症度分類→
表1
・ 最も特徴的な症状は粘血便であり、その他、主な腸管外合併症としては、関節炎・虹彩炎・
結節性紅斑・壊疽性膿皮症・原発性硬化性胆管炎・アフタ性口内炎・血栓塞栓症疾患など。
・ 臨床経過による分類は、再燃寛解型・慢性持続型・急性電撃型・初回発作型に分類され、
再燃寛解型が最も多く、慢性持続型は特に治療が困難である。
・ 病期・病変範囲・重症度、そして腸管外合併症が治療選択の重要な根拠となる。
【潰瘍性大腸炎の診断】
・
UCの診断の基本は、臨床所見の適切な把握と内視鏡検査。
・ 持続性・反復性の血性下痢・粘血便の主症状と、最近の海外渡航歴・服薬・喫煙・家族歴等の
病歴や身体所見(貧血・体重減少の徴候・腹部診察・直腸診察)を確認する。
・ 鑑別診断(血液検査・腹部X線等の一般検査、細菌学的・寄生虫学的検査)で、感染性や薬剤性腸炎
などの他疾患を除外する。
・ UCの診断は内視鏡検査が最も重要であり、内視鏡的寛解を治療の目標とする。
・ 臨床的寛解は必ずしも内視鏡的寛解と一致しないため、自覚症状のみの判断で、投与薬剤を
減量することはでき得る限り避けるべきと考えている。
・ UCは、治療の進歩により重症・劇症例でも手術を回避できる症例が多くなっているが、その結果、
強い炎症に暴露された腸管が体内に残されることになる。
・ 炎症の持続によって、大腸癌発症のリスクが高くなることが今後の一つの課題である。
・ 特にUCに合併する大腸癌は、通常の大腸癌と比べ病理学的に悪性度が高く、予後不良の場合が
多い。
肉眼的には平坦・扁平で境界が不明瞭であり、異型上皮(dysplasia)を癌の周辺または離れた
部位に高率に伴うことなどが特徴とされる。
・ UCに合併する大腸癌の発生率を検討したメタ解析では、
UC全症例中の大腸癌合併頻度は 3.7%(95%CI〈confidence intervals:信頼区間〉:3.2~4.2%)、
全大腸炎型に限ると5.4%(95%CI:4.4~6.5%)であった(Eaden JAらGut 2001)。
・ 炎症をコントロールすることが大腸癌発生率を下げると考えられ、そのためにも内視鏡的寛解を
保つことは重要。
・ 大腸癌サーベイランスの方法として、内視鏡と生検を定期的に行うことが推奨される。
・ UCは稀に血栓症などの致死的な合併症を生じる場合がある。
【潰瘍性大腸炎の治療】
・UCの治療目的は、早期の寛解導入、長期の寛解維持、QOLの改善、長期間の安全性。
講師が念頭においている治療は以下。
① 食事制限を含めた全身管理は重症度にあわせて行う。
② 治療の基本は用量依存性の5-アミノサリチル酸(5-ASA)製剤であり、できるだけ5-ASA製剤
のみでのコントロールを目指す。
③
寛解導入に成功した用量を継続して寛解維持。
④ 特に減量せねばならない理由がない限りその用量を2~3年維持し内視鏡的寛解の維持を図る。
⑤ 臨床的寛解でも内視鏡的に活動性が残っている場合は活動性病変の存在部位を考慮し、
可能であれば増量ないし局所療法を追加。
⑥ 原則、サーベイランスを含め年1回内視鏡を行う。
⑦5-ASA製剤が効果不十分な場合にはサラゾスルファピリジン(SASP)への変更を考慮。
⑧ 一度失敗した寛解維持療法は繰り返さない。
・粘膜治癒を目指した治療は手術回避をもたらすと考えられる。
IBD患者を対象としたコホート研究では、1年後の経過において、粘膜治癒の見られないUC患者群
と比較して、粘膜治癒の見られたUC患者群では、その後の手術のリスクは有意に低かった
(p=0.02)(Frøslie KFらGastroenterology 2007)。
・ UCの内科的治療→表2
・ アミノサリチル酸製剤であるSASPと5-ASA製剤は、寛解導入及び寛解維持に広く使用。
・ SASPは活性部位の5-ASAとスルファピリジンがアゾ結合した構造を持ち、体内でアゾ結合が
切れて生じたスルファピリジンが副作用を発現すると考えられている。
・ 寛解維持でSASPの投与量が増えると治療効果UPとともに副作用発現率も上昇したとの報告あり
・ 活動期の寛解導入におけるメタ解析でも、5-ASA製剤と比較して、SASPでは副作用発現率が
有意に高かった。(Sutherland LR らInflammatory Bowel Disease 1997)。
・ SASP単独の副作用は、男性不妊・溶血性貧血・顆粒球減少症。
・ SASPと5-ASA製剤に共通する副作用は、肺胞炎・膵炎。
・ 5-ASA製剤単独の副作用は、腎障害
・ 5-ASA製剤と比較してSASPに発現率が高いとされる副作用は、発疹・発熱・頭痛・悪心・
消化不良・好中球減少・肝炎など。
・ 5-ASA製剤で効果不十分な症例がSASPで効果を表す場合もあり、未だに処方例も多い。
・ アメリカのCCFA(CROHN’S COLITIS
FOUNDATION of AMERICA)にも、
SASPの有効性についての記載がある。
・
5-ASA製剤での寛解導入治療は用量依存性で、必要に応じて活動期に1日4g投与が
認められている製剤もある。
・ 活動期UC患者を対象としたメタ解析では、プラセボ群と比較して、5-ASA製剤は、
2g/日以上の投与量で有効性が認められたと報告された(Sutherland LR らAnn Intern Med 1993)。
・ 直腸やS状結腸などより下部をターゲットとした放出特性を持った5-ASA製剤が、
開発されているが、同投与量であれば効果・安全性は同等と考えられる。
・ステロイド注腸療法群と5-ASA注腸療法群を比較した活動期UC患者を対象としたメタ解析では、
5-ASA注腸療法群で改善が見られた(Marshall JKらGut 1997)。
臨床症状:(POR〈Pooled odds ratios:統合オッズ比〉:2.42、95%CI:1.72~3.41)
内視鏡的所見:(POR:1.89、95%CI:1.29~2.76)
組織学的所見:(POR:2.03、95%CI:1.28~3.20)
・ 5-ASA製剤の経口・注腸併用による寛解導入療法の有効性も報告あり。
・5-ASA製剤(SASP含む)の大腸癌予防効果をみたメタ解析では、UC患者への
5-ASA製剤(SASP含む)の投与は、大腸癌もしくはdysplasiaのリスク低下に関連があったという
報告あり(OR:0.51、95%CI:0.29~0.92)(Velayos FS らAm J Gastroenterol 2005)
→ 継続的な投与が重要か?
・
5-ASA製剤は、寛解維持療法においても用量依存性で、UCの長期間の寛解維持には、
「アドヒアランス(患者自身の治療への積極的な参加)」が重要であると考えられる。
・ 5-ASA製剤で6ヶ月以上寛解維持しているUC患者を対象として、2年間の服薬状況を調査した試験
では、服薬遵守群(処方量の80%以上服用)と比較して、服薬非遵守群では、UC再燃率は有意に
高かった(HR〈hazard
ratio〉:5.5、95%CI:2.3~13、p=0.001)(Kane
SらAm J Med 2003)。
・ 寛解期UC患者を対象とした複数の試験で、5-ASA製剤1日2回服用群と比較して、5-ASA製剤
1日1回服用群では、寛解維持率が有意に高かったとの報告あり。
この結果から、5-ASA製剤の1日1回投与が検討されている。
・ 5-ASA製剤の経口・注腸併用療法については、寛解期UC患者を対象とした試験において、
経口5-ASA+プラセボ注腸療法群と比較して、経口5-ASA+注腸週2回療法群で、より高い寛解維持
効果が報告された(d’Albasio GらAm J Gastroenterol 1997)
・ステロイドについては、寛解維持を期待するものではない。
→ 重症度に関わらず漫然と投与することは避けるべき。
・ステロイドも用量依存性であり、経口・注腸・坐剤・強力静注療法、動注療法などあり。
・ 厳密なステロイド療法にありながら、プレドニゾロン1~1.5mg/kg/日の1~2週間投与で
効果がないステロイド抵抗例と、ステロイド漸減中に再燃するステロイド依存例の、いずれかの
条件を満たすものは、難治性UCと定義されている。
・ 免疫抑制剤は、難治性UCに対する治療として位置付けられている。
・ シクロスポリン(CyA)持続静注療法やタクロリムス、or 後述の血球成分除去療法を組み合わせて
寛解導入へと導き、アザチオプリン(AZA)、6-メルカプトプリン(6-MP)、5-ASA製剤で
寛解維持を行う。
・ 日本でのAZAの効能・効果は「ステロイド依存性のCDの寛解導入及び寛解維持並びに、
ステロイド依存性のUCの寛解維持」。
・ 初発の重症UC患者でステロイドにより寛解導入した症例では、SASP+プラセボ服用群で
1年後の再燃率が55.6%であったのと比較して、SASP+AZA(2.5mg/kg/日)服用群では、
1年後の再燃率は23.5%であった(Sood AらJ Gastroenterol 2002)。
・6-MPについても、日本での保険適応は認められていない。
→UCに対する寛解維持効果が報告あり(George JらAm J
Gastroenterol 1996)。
・AZAと6-MPの使い分けとしては、白血球数の値の変動が著しい患者には用量調節のしやすい
6-MPを投与している。
・ AZA50mgに対して6-MPは30mgに相当。
・ 投与量は、日本人の通常投与量の半量から開始し、副作用を考慮しながら1~2週間で
通常投与量まで漸増し、以後は経過を観察しながら用量調節する。
・ 白血球数は4,000/mm3を目処。
・ 重症例には、CyAの持続静注療法を用いるが、これも日本での保険適応は認められていない。
・ CyA治療中は血中トラフ濃度を頻回に測定し、腎障害の副作用に注意する。
・ CyAは、寛解導入において高い有効率を示し短期的には手術を回避するが、
長期成績では数年後に再燃し手術が必要となる症例も見られる。
→ 高齢者やサイトメガロウイルス陽性患者には有効率が低い傾向にある。
・ 以上の薬物治療が、いずれも効果を示さない場合には手術適応。
・ 手術の方法は直腸の粘膜をどの程度残すかによって変わるが、基本は大腸を全て切除する方法。
・UCの予後は、重症度が増すほど、病変範囲の広い全大腸炎型ほど、手術率は上昇するとされる。
・ 若年者に発症の多いUCは、妊娠の問題は避けられない。
・5-ASA製剤であれば、妊婦にも比較的安全に用いることができると考えられるが、
SASPでは葉酸の欠乏に注意。
・ 妊娠前の治療を継続し、周産期の病状を安定させることが最も重要という報告もある。
【日本発の潰瘍性大腸炎の治療】
・
日本発のUC治療として、血球成分除去療法が注目されている。
・ 血液を一旦体外に取り出し、カラムに通して血球成分を除去し、その後体内に戻す治療。
・6~7割の有効率を示し、治療回数に依存した効果が得られている。
・ 中等~重症の活動期UC患者を対象とした試験では、1週間に1回の顆粒球・単球除去療法
(Granulocyte and monocyte adsorptive
apheresis:GMA)と比較して、1週間に2回のGMAでは、
寛解維持率は有意に高く(p=0.029)、寛解維持に達するまでの時間も短かった(p<0.0001)
(Sakuraba AらAm J
Gastroenterol 2009)。
・
2009年7月、タクロリムスが、「難治性(ステロイド抵抗性、ステロイド依存性)の活動期UC
(中等症~重症に限る)」に適応追加となっている。
・ タクロリムスを用いる際には、血中トラフ濃度をモニタリングしながら投与量を調節する。
最初の2週間は目標血中トラフ濃度を高トラフ(10~15ng/ml)で寛解導入し、その後は
低トラフ(5~10ng/ml)で維持。
・ 血中トラフ濃度は、食事の影響を受けやすいため測定時には注意が必要。
・ タクロリムスは5~7割の有効率を示すが、腎障害など副作用の発現に注意。
【潰瘍性大腸炎の新しい治療】
・2010年6月18日、抗ヒトTNFαモノクロナール抗体製剤のインフリキシマブが、
「中等症から重症のUCの治療(既存治療で効果不十分な場合に限る)」として適応追加。
→寛解導入と寛解維持療法に使用可。
・TNFαとUCとの関連は解明されてはいないが、UC患者では血清中TNFαが上昇しているために、
インフリキシマブが効果を示すのではないかと考えられる。
・ 中等~重症の治療抵抗性の活動期UC患者を対象とした、ACT1・ACT2試験では、プラセボ投与群と
比較して、インフリキシマブ5mg/kg投与・10mg/kg投与の両群ともに、8週後の臨床反応
(反応の定義は、Mayoスコアの3点以上かつ30%以上の低下)が有意に高かった(p<0.001)
(Rutgeerts PらN Engl J Med
2005)。
・ 国内の臨床試験でも同様の結果が得られたが、高齢者に投与する場合や、他の治療法との併用
では、日和見感染など副作用の発現率が高くなるなどの課題がある。
※5-ASAを可能な限り継続する方がbetterとされているが、継続不可能な患者へのアドバイスは?
どのくらいの期間継続する?
→患者に対しては、UCは慢性疾患であり、治療を継続することにより寛解が望めるが、
治療を中止すると再燃するということを、伝える。
外来診察で服用状況を聞きとりし、服用にばらつきがあると減量を検討することが
難しいため、この点に注意を促す。
服用継続期間は、再発が全くない状態で2~3年様子をみて、問題がなければ減量を検討。
その後の経過を観察し、年1回程度の内視鏡検査を行いながら年単位で減量。
最終的に服用を中止するか否かについては、患者と相談の上で決定し、その後も定期的な
内視鏡検査を続けながら経過観察が必要。
※5-ASA製剤の大腸癌発症抑制効果については、どの程度解明されているのか?
→海外での報告のみ。
日本では大腸癌は増加傾向にあるが症例数も少ないため、研究が困難。
5-ASA製剤など、炎症を抑えて寛解維持をしていく治療の継続が、大腸癌発症抑制に
繋がると考えられている。
ヾ(*'-'*)