病期に応じた糖尿病治療

6月の講演会では、糖尿病治療の基本事項が多かったのですが、おさらいとしてまとめてみました。

<2型糖尿病の分類と治療>
・ 2型糖尿病は、過食・運動不足・肥満・加齢などの環境因子増大によるインスリン抵抗性に、
     遺伝的な要因のインスリン分泌低下が加わり、高血糖や糖毒性の悪循環が生じて発症に至るとされる。
 ・ 2型糖尿病では、インスリン抵抗性とインスリン分泌不全を評価。
 ・ インスリン抵抗性の指標:HOMA-R、BMI、インスリン需要量。
 ・ HOMA-R(空腹時血糖値FPG mg/dl×空腹時インスリン値IRI μU/ml÷405)
 ・ HOMA-Rの正常値1.0、>1.6でインスリン抵抗性の傾向あり、>2.5でインスリン抵抗性あり。
 ・ インスリン分泌能の評価は、入院時の蓄尿での尿中C-peptide(尿中CPR)、
      空腹時血中C-peptide(F-sCPR )、SUIT index、空腹時血中IRI(5~20μU/ml)、75gOGTTによる
      Insulinogenic index。
 ・ 尿中CPR(正常50~100μg/日)はプロインスリン→インスリン変換時に産生される
     C-peptide(半減期24時間)がほぼ全量尿中排泄することを利用して、インスリン分泌量/日を把握。
 ・ F-sCPRは正常1.0~2.0ng/mlで、≦0.5ng/mlはインスリン依存状態として1型糖尿病を疑う。
 ・ 京大の膵島移植研究から出されたSUIT index (F-sCPR ng/ml×1500÷(FPG-63))は、
     約50で内服薬治療が可能、約20でインスリン治療が必要とされる。
 ・ Insulinogenic indexは、IRI(30分値-0分値)÷血糖値(30分値-0分値)で、≧0.4が正常。

<2型糖尿病の要因を踏まえた治療>
 ・ まず、インスリン分泌低下が強い場合は一般的にスルホニル尿素(SU)薬で治療し、 さらに著しい場合はインスリン治療。
 ・ グリベンクラミドは高齢者で低血糖の頻度が高いことや膵疲弊をきたしやすいため、グリクラジドや
     膵外作用のあるグリメピリドを推奨。
    「ADA(American Diabetes Association)およびEASD(European  Association for the Study of Diabetes)
    による2型糖尿病の最新治療コンセンサス2009(ADA/EASD 2009)」
 ・ 一方、インスリン抵抗性が強い場合は、ビグアナイド薬・チアゾリジン誘導体薬を使用。
    ただし、インスリン需要が非常に多ければ、やはりインスリン治療が必要。
 ・ ビグアナイド薬の特徴
    ①インスリン分泌を促進することなく、空腹時と食後の血糖値を降下させる
    ②血糖値を生理的レベル以下に下げない
    ③体重増加を起こさない等
    (肥満を伴った新規発症2型糖尿病患者を対象としたUKPDS34で、メトホルミンが体重を増やすことなく
       糖尿病関連合併症、糖尿病関連死などを抑制したことからその有効性を高く評価)
 ・ ADA/EASD 2009では、UKPDS34や欧米人で肥満が多いことから、新規2型糖尿病患者のHbA1c
    (グリコヘモグロビン)を<7%にコントロールするために、検証された中核的治療法として
     初期治療に「生活習慣の改善+メトホルミン」を推奨
     ↓
    目標を達成・維持できない場合は基礎インスリンかSU薬を追加。
     ↓
    不十分であれば、強化インスリン療法に移行。
 ・ チアゾリジン誘導体薬やインクレチン関連薬は、十分に検証されていない第2段階薬として分類
 ・ 肥満が少なくインスリン分泌低下型の多い日本人への適応は難しいが、示唆された考え方は参考になる。
 ・ FPG正常で食後過血糖の軽症糖尿病(耐糖能異常含む)も動脈硬化発症のリスクとなるため、
    食後過血糖改善剤(α-グリコシダーゼ阻害薬・グリニド)を使用。
 ・ 基本的に食後過血糖改善剤の効力は弱く、FPGが上昇しHbA1c>7.5%の症例には単独では無効とされている。

新規糖尿病治療薬~インクレチン関連薬>
 ・ インクレチンは食物を経口摂取すると小腸細胞から分泌される消化管ホルモンの総称
 ・ インクレチンは、膵β細胞でインスリン分泌を増加、膵α細胞でグルカゴン分泌を抑制。
 ・ 主なインクレチンに:
      グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(glucose-dependent insulinotropic polypeptide, GIP)
      グルカゴン様ペプチドホルモン-1(glucagon-like peptide-1, GLP-1)
 ・ インクレチン効果とは同量のブドウ糖を経口摂取すると静脈投与に比べて血中インスリン濃度が上昇する現象。
 ・ グルカゴン分泌の無い膵全摘症例の血糖コントロールでは低血糖を来たしやすく、グルカゴンも血糖調節に重要な役割あり。
 ・ GLP-1の2型糖尿病患者への持続点滴による投与は、インスリンを上昇させ、血糖値が正常域に近づくと
    インスリンを元のレベルに戻し、グルカゴンを上昇させ、血糖値を正常化させる。
 ・ GLP-1はグルコース依存的な作用が特徴で、さらに食欲減退による体重減少や基礎研究では膵β細胞の増殖促進も示唆。
 ・ GLP-1はDPP-4(dipeptidyl peptidase-4)で速やかに分解されるため(半減期数分)。
 ・ GLP-1類似ペプチド(DPP-4により不活化し難い)の注射製剤や、内服のDPP-4阻害薬として開発。
 ・ DPP-4阻害薬使用の注意として、単独使用では低血糖の危険はないと考えられるが、他の経口血糖降下薬(特にSU薬)
    との併用の際には効果を増強。
 ・ SU薬で治療中にDPP-4阻害薬を追加投与する場合、SU薬の減量が望ましい(グリメピリドなら2mgまで)。

<インスリン治療のポイント>
 ・ 膵臓からのインスリン分泌は、24時間ほぼ一定量が出続ける基礎分泌と食事などの血糖上昇に対応して出る追加分泌。
 ・ これらのインスリン作用により血糖値は正常では80~120、130mg/dlくらいの間に調節。
 ・ 夜間絶食中、正常人では基礎インスリン分泌により肝臓でのグリコーゲン分解、糖新生が抑制され、正常に血糖値が保たれる。 
 ・ インスリン分泌がない状態では血糖値は上昇し続ける。
 ・ 持効型 / 中間型インスリンは、眠前の基礎インスリンの補充・・・血糖値や食事量に関わらず、通常通りに打つのが基本。   
 ・ インスリン治療の固定打ち: 強化インスリン療法、従来型インスリン療法、
BOT(Basal-insulin supported Oral Therapy)。
 ・ 強化インスリン療法は、各食前に(超)速効型を、眠前に中間型か持効型を打ち、生理的インスリン動態に近いインスリンの
    補充により、血糖値の正常化と合併症の発症・進展防止を行う方法。
 ・ 強化インスリン療法で1日4回血糖測定すると、 朝食前の血糖値は眠前のインスリン量が、昼食前の血糖値は朝のインスリン量
    が、夕食前の血糖値は昼のインスリン量が、眠前の血糖値は夕のインスリン量が規定・・・責任インスリンの考え方。
 ・ 早朝空腹時血糖高値を抑制しようとして眠前の中間型インスリンを増量すると、かえって早朝空腹時血糖値が上昇することあり。
    ・・・ Somogyi効果を疑う。
 ・ Somogyi効果は中間型インスリンの過量投与により、夜中~早朝の低血糖に反跳的にカウンターレギュラトリーホルモン
    (グルカゴン、成長ホルモン、コルチゾール、カテコールアミン)が分泌され、早朝に高血糖を起こす状態。
    ・・・持効型インスリンの使用で起こり難い。
 ・ Somogyi効果(AM3時頃に低血糖後にFPG上昇)が確認されれば、眠前の中間型インスリンを減量。
 ・ 暁現象はインスリン分泌の全くない1型糖尿病患者で、早朝におこるインスリン需要量の増大に、眠前に打った中間型 or 
    持効型インスリンの効果が追いつかず、早朝に高血糖となる状態。
 ・ 従来のインスリン治療ではこの暁現象に対応できず、1型糖尿病患者の血糖コントロールが困難である一つの要因であった
 ・ 持続皮下インスリン注入療法(CSII)は、基礎インスリン注入量を事前にプログラム制御できるため、暁現象に対応可能。
 ・ 従来型インスリン療法は、中間型か混合製剤の朝夕2回で打つ方法・・・昼が打てない患者などに適応。
 ・ 昼食後の血糖を下げられず、HbA1c≦7%を目指すのは難しい。
 ・ 従来型インスリン療法でのインスリン量の調節も、責任インスリンの考え方で行う。
    ・・・夕食前の血糖値の調節に朝のインスリンを増量すると、昼食前に低血糖が出現 → これ以上のコントロールは難しい。
 ・ BOTはSU薬を含む内服治療を継続したまま、持効型インスリンを1日1回追加する方法。
    ・・・自己インスリン分泌がある程度保たれていて、複数回インスリン注射が難しい患者や外来でのインスリン導入に有用。

<病態に応じたインスリンの調節方法>
 ・ インスリン量の調節は、各場面に最適な方法で!
 ・ 普通食患者で血糖コントロール目的での入院では、責任インスリンの考え方で調節。
 ・ 術後など食事量が不安定な患者や初めてのインスリン治療で使用量が決定していない患者には、
    スライディングスケールで調節。 
 ・ スライディングスケールでの調節は、血糖値が不安定化しやすい。
    ・・・食事量が加味されないことや責任インスリンの考え方と逆になるため
 ・ 連日昼食前に高血糖が認められるなど一定の傾向が認められるようになったら、責任インスリンの考え方に移行すべき。
 ・ 術前術後などで経口摂取できない糖尿病患者へは、経静脈的なインスリン投与
    ・・・点滴中のブドウ糖量に応じてインスリンの単位を決めるグルコース/インスリン比(GI比)を利用。
 ・ GI比は患者の病態や併用薬で異なり、GI比8程度から始めて除々にインスリンの量を増やし、GI比を下げていく。
 ・ インスリン抵抗性が強いとGI比が1~2になることもある。
 ・ インスリン投与の方法には、
          ①
速効型インスリンを点滴ボトルに混ぜる方法
          ②インスリン液をシリンジポンプで側管投与する方法
 ・ ①の例では、維持輸液500mlに速効型インスリンを4~6単位を入れると、多くの2型糖尿病症例で血糖値を150mg/dl程度に
    することが可能。
 ・ インスリン約2単位がボトルに吸着することを考慮。
 ・ ②の例では、高カロリー輸液(ブドウ糖120g)×2本/日(ブドウ糖10g/時間)をGI比5で調整する場合、
    まず、50mlシリンジに生理食塩液50ccと速効型インスリン50単位を入れて1単位/mlのインスリン液とする。
    これをシリンジポンプにセットし側管につなぎ、2ml/hrの速度に設定する。
 ・ 糖尿病患者にブドウ糖の入った点滴や高カロリー輸液を投与する時は、必ずインスリンを加える。
 ・ 高カロリー輸液による大量のブドウ糖負荷は、医原性の糖尿病性昏睡を起こし、非常に危険な状態になることがあるので、
    全ての患者で血糖値のモニターが必要。
 ・ 血糖コントロールの目標値は、術前・術後の場合、感染などの合併症の発生を抑えるために下げるが、
    低血糖も考慮して100~150mg/dlの範囲にコントロールするよう努める。
 ・ 外科ICU患者では、80~110mg/dlにすると予後がよいという報告があった(NEJM 2001;345:1359)。
 ・ 内科ICU患者では予後は変わらず低血糖が多かったという報告もあり(NEJM 2006;354:449)。
 ・ 現在は厳しいコントロールに関して否定的な意見が多い。
 ・ 経腸栄養や術後食事開始後に食事摂取量が安定しない患者の血糖コントロールは難しく、点滴にインスリンを入れ、
    スライディングスケールでインスリン皮下注を併用して調節。

<インスリン治療の注意点>
 ・ 自己インスリン分泌の低下したインスリン使用患者の外来での血糖測定は、インスリンを打って朝食後に検査するのが好ましい
    と考える。
    ・・・朝はインスリン拮抗ホルモンの影響とインスリンの効果切れで、絶食時でも血糖値が上昇してくる。
 ・ 4回打ちの患者さんが、検査などで朝食絶食の指示下に、朝のインスリンを打って来院した場合は、主治医の指示を必ず仰ぐ。
 ・ 2型糖尿病患者の場合、インスリンを一時的に使用して糖毒性の状態を解除すると、内服薬が効くようになることが多く、
    インスリン中止症例は多い。
 ・ 心血管疾患を持つ2型糖尿病患者を対象としたACCORD試験や血管疾患の危険因子を持つ2型糖尿病患者を対象とした 
    ADVANCE試験では、強化血糖コントロールの大血管障害への有効性が証明されなかったことから、高齢者で長い病歴で
    合併症のある患者にはマイルドな血糖管理を行うことが多くなっている。
 ・ シックデイでも感染症や外傷の時には、インスリン需要量がむしろ増加。
 ・ 1型糖尿病患者や内因性インスリン分泌の少ない2型糖尿病患者は、インスリンを継続。
 ・ 食事が摂れなくても食前インスリンは半量、眠前インスリンは(原則)通常量を注射。2
 ・ 2型糖尿病患者でも食事が摂れない時に全くインスリンを打たないと、高血糖昏睡をきたすことあり。
 ・ インスリン固定打ちの患者で食事量が不安定になる場合は一時的にインスリンを食後打ちとし、食事量に併せたスケールで
    インスリン量を増減する場合多い。
 ・ インスリン需要量の少ない患者で食べられない場合には、インスリンをスキップする症例もあり。

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最終更新:2010年08月02日 13:28