鋼の雫-Advanced
A.M.02:32分
-パルム中央街軍研究施設入り口-
幾つもの建築物が山のように所狭しと並んでいる。
ある建築物は政府の為に。
ある建築物はGRMの為に。
そして…この建築物は-軍の研究の為に。
真夜中だと言うのに、その建物の周りには凄い数の警備兵が居た。
どの警備兵もヘルメットを被りガスマスクを着け、防弾チョッキを着てライフルを構えている。
きっと彼らの装備はGRMが開発した最新の武器と防具だろう。
私達の使用している武器、防具は既に一般の物として流通されている…。
正面から戦ったら勝ち目は先ず無いだろう。
それに加え、私達と警備兵では数に圧倒的な差がある。
私達は2人。それに比べて警備兵達は…何人居るのだろうか?
もしかしたら外には少量しか配置されてないのかもしれない。
-だけど、そんな事を考えている暇は無い。
-”あの日”から既に2ヶ月が経った。
私とアギトさんで練るに練った、”ご主人様救出計画”。
実行に移すなら今日しかない。
何より私は早く-ご主人様に逢いたい。
アギトさんが裏で入手した最新の隠密装備”ラインシールド・ステルスver”。
コレが無かったら、今頃大変な花火騒ぎがこの研究施設の入り口で起きて居ただろう。
私とアギトさんは、足音を立てず、警備兵達に触れず、光学プロテクトに気をつけて裏口に回った。
「…ふぅ。…はっきり言って、非常に心臓に悪いぞ…これは」
「アギトさん…静かに…見つかってしまいますよ…!」
「す…すまん…」
裏口に設置された一つのコンソール。
アギトさんはそれに目をやる。
「ふむ……やはり128ではなく256のプロテクトを使っているな」
「え…256!?」
「何を驚く必要があるんだ?軍の研究施設だぞ?
それぐらいのセキュリティシステムを使っていても不思議じゃないだろう?」
「そ…そうですけど…。解けるんですか?」
「別に俺が解く訳じゃない……俺も一応、クラッカーとして場数は踏んではいるが流石に256のプロテクトなんて解除出来ん」
「じゃ、じゃあ…誰が…?」
「俺の仲間だ。本名かどうかは定かではないが”クラウド9”と呼ばれている。…名前はどうでもいいな」
ナノトランサーから小さなコンパネを取り出すと、設置されたコンソールにそれをつなげ始めるアギトさん。
クラッカー等の違反行為に疎い私は、それを見守る事しか出来なかった。
いくら最新のラインシールド・ステルスと言っても連続で使用していれば限界が来るだろう-。
そう思った私は、静かにナノトランサーから武器を取り出し、いつ襲われてもいい様に構えていた。
ふと、武器を取り出して思いつく-。
-クレアダブルス……、ご主人様が私にくれた、大切な…武器。
-今助けに行きます。
私は心のそこでそう誓った。
「おい、ステラ?」
「はいっ-!何でしょう?」
「何をボーっとしているんだ?ドアのロックは解除したぞ。早く中へ入ろう」
「えっ-!?もうですか!?」
「あぁ……恐ろしい奴だ、クラウド9…」
-ガチャッ。ゆっくりと扉を開ける。中へ続く一本の通路。
-さてさて、吉と出るか凶と出るか。
-今日の精霊運お御籤じゃ、俺は最高にツイてない日らしいが。
-こう言う日に限って、当たらないで欲しいものだな。
「…どんな人なのでしょうね…クラウド9と言う人」
「…さぁ、な…256のプロクトをものの数十秒で破ってしまうんだ…ヒューマン…ではない事は確かだな」
「キャストでしょうかね…?」
「脳味噌とコンピューターを結合してるヒューマン、だったりしてな」
「それってキャストじゃ……」
「使うコンピューターが違う。おっと、おしゃべりしている時間は無い」
「-っ!そうでした!早くご主人様を助けに行かないと!」
「静かに……な。声デカイぞ」
「ご、ごめんなさい!」
「全く…………」
ステラは確かにいい子なんだが…ハンクの事になると視点が真っ直ぐになってしまうのがな-。
俺達は、薄暗い通路の中を一歩一歩、静かに歩いて行った。
A.M.03:08分
-パルム軍研究施設1F-
ひたひたひた-私達の歩く音だけが聞こえる。
どうやら私の思い過ごしだったみたいだ。内部に警備兵は殆ど居ない。
どうやらアギトさんが見つけた情報は嘘物では無かったようだ。
-3ヶ月に一回。
-一部の警備員をのぞいて、軍研究施設の関係者達がごっそりと居なくなる日があるらしい。
-何故その様な事が起きるのか解らないが-、この日に賭けてみるか?
「誰も……いませんね…?」
「そうだな。俺達にとっては好都合だ。早い所ハンクを救い出してオサラバしよう。
-、最下層へ続くエレベーターはこっちだな」
先刻取り出したナノトランサーをアギトさんは未だに操作している。
室内でネットに繋げて大丈夫なのかな…?まぁ、私が心配するほどアギトさんは抜けてない-か。
未だに武器を手にしている私-。今私が持っているのはご主人様の形見…レールガンだ。
本来ならばGH410である私はレールガンを使用できる許可を持っていない。だけどそんな事私には関係ない。
レールガンが鈍く光る。-え?光る?
「-チッ……どうやら限界が来てしまったみたいだな…」
苛立だしく舌打ちをするアギトさん。-どうやらステルスに限界が来てしまったようだ。
微かなノイズを鳴らしながら、徐々に露になって行く私達の身体。
「-ど、どうしましょう…?」
「-焦るな。焦ったらその瞬間から勝機を逃がす事になる。幸い、エレベーターは目の前だ。
-先ずは落ち着いて監視カメラを探せ」
「は、はいっ」
お互い背を預け、180度ずつの視界を使い監視カメラを探す。
-監視カメラは…エレベーターの前に2つ…。
「これなら…何とかなりそうだな」
アギトさんはそう言うと、ナノトランサーから小型の手榴弾のようなものを取り出す。
私は慌てて、アギトさんに質問した。
「あ、あの……まさか爆破させる気ですか?」
「…は?」
私の質問に呆気を喰らったのか、”何を言ってるんだお前は”みたいな顔をするアギトさん。
-だって手榴弾って言ったら…爆発しか…。
「……コレは電子妨害爆弾(チャフグレネード)だ…。…ステラ、知らないのか?」
「……すいません…PMなのに機械に疎い、とか言わないでください…」
しょぼん、とする私。
「まぁ…知らないのも無理はない…。もう半世紀以上も前の道具だからな…」
「はぁ……そうですか…」
「…コレが爆発したらすぐにエレベーターの中に駆け込むぞ」
「はいっ-!」
カチッ-。アギトさんがチャフグレネードの安全ピンを抜く。
3-, 2-, 1-.......0
パスッ-と小さな音が響くと、あたり一面に一瞬にして銀色の薄い箔の様な物が散布された。
「さぁ、今だ!走れ!」
「はいっ!」
私達は直ぐにエレベーターの▽ボタンを押す。少し鈍い音がして、エレベーターの扉が開いた。
すかさず中へ入り、B2Fへのボタンを押し、扉を閉める。
「-…………」
「ふぅ、何とかなりましたね-アギトさん?」
「……あ、あぁ、そうだな」
「どうしたんですか?難しそうな顔をして…」
「いや、気にしないでくれ。多分ただの杞憂に終わる事だろう」
「はぁ……そうですか……」
もの凄いスピードで下って行くエレベーター。まるで、奈落の底まで落ちているみたいだ。
A.M.03:21分
-軍研究施設・詰め所-
沢山のディスプレイが表示されている-ここは警備室詰め所。
2,3人のキャスト達が、面倒くさそうにキーボードをいじり、作業をしている。
鈍く響く、モーターの稼動音。
「主任」
そう言ったキャストの先には一人の白衣を着たヒューマン。随分と年を喰っている。
証拠としてずりでた腹の贅肉に毛の薄くなった頭-。キャストから見れば滑稽な存在で仕方が無いだろう。
だが、上の存在には逆らえない。-キャストのあがらえぬ性だ。
「どうした」
キャストの呼びかけに答えるヒューマン。
「先程…1Fのエレベーター正面で電子妨害を受けた模様-。恐らく侵入者だと思われます-」
「ふん-やはり来たか…。毎回この時期、数人の侵入者が入ってくるなんて当たり前の事だろう」
「仰る通りですが-今回は電子妨害の仕方が少々、違っていまして-」
「…何だと?」
「はい、報告によれば侵入者は”電子妨害手榴弾”を使用したと-」
「-チャフだと…?ははっ…半世紀以上も前に製造を中止された玩具を使う侵入者か-」
「ご命令を」
「どんな道具を使用しようが侵入者に変わりは無い。深部セクターに侵入される前に捕えろ。
捕える事が不可能ならば殺しても構わない-発砲を許可する」
「了解しました-」
キャストの口元が少し、にやけた。
A.M.03:45分
-パルム軍研究施設B2F-
薄暗い廊下にけたたましく響く警告のアラーム音。赤と黒のコントラストが私達を染める。
ハアッ-ハアッ-。アギトさんは息を上げながら、両手でロッドを抱えながら走っている。
「……どうしてばれちゃったんでしょうね…?」
「俺が知るか…!…ハァッ-ハァッ-…そこの通路を…右だ!」
「はいっ!」
-行き止まり。否-通路と通路を隔てる為のシャッターが閉まっていた。
「…行き止まり…ですね」
「…チッ-まずった……」
通路の奥から、響いてくる足音。-ガシャンガシャンガシャン。
それは奈落の底から這い上がってくる悪魔の足音-。
この足音の数からして1や2と言う事は無いだろう。-少なくとも5以上は居る。
「どどどどど、どうしましょう!?」
「落ち着け!今考えている!」
-これはやりたくなかったが仕方ない…。
「はッ!」
俺は気合を入れ、ロッドにフォトンを集中させた。
ロッドの先端についているフォトンの色が見る見る内に紅色に変わって行く。
「アギト…さん!?」
「クソッ……熱いぜ……畜生!」
-そろそろかな。
今にも爆発しそうなロッドを大きく振り上げ-俺は叫んだ。
「ラ・フォイエッ!」
振り下ろされたロッドから放たれる爆炎の矢。
その爆炎の矢は、目の前にあるシャッターを一瞬にして蒸発させた。
辺り一面に立ち込める異臭と煙。
「す…凄い!凄いですよアギトさん!シャッター、一瞬で無くなっちゃいました!」
「ハァ…ハァ…、この技はロッドのフォトンを全部使うから、正直やりたくは無かったんだが-ッ!?」
「…どうしました?」
「ステラッ!後ろだ!」
「-!?」
煙が晴れて行くにつれて見えてくる4体のシェルエット。-ライフルを構えた4体のキャスト。
シャッターの向こう側で、万が一、の時を考えて待機していたのだろう。
キラリ、と銃口が鈍く光る-無機質な笑い声。
それは狩人が獲物を仕留めた時のそれに似て居た。
-4発のフォトンの弾丸がアギトに向かって発射される。
「殺られるッ-!」
-その時のステラの速度は最早音速を超えて居ただろう。
-4体のキャストが俺に向かって銃口を向けている事を察知したステラは、キャストが
ライフルの引き金を引く前に俺の前に移動し、ダブルセイバーを起動させ-…。
-そのダブルセイバーについた両刃で2発ずつ…飛んできた弾丸を弾き返したのだ。
-それも、ご丁寧にキャストの頭へ。
バチュンバチュンバチュンバチュン!
フォトンがキャスト達の頭で炸裂する。
いくらキャストと言えども、フォトンの弾丸を直接頭に喰らえば-…。
その刹那、4体のキャストはその場に力なく打っ倒れた。
「大丈夫ですか!?アギトさん!」
ステラが俺の方へ駆け寄ってくる。
「俺は…大丈夫だ-それより急ごう-早くしないと奴らに追いつかれる」
「はい!」
再び俺達は走り出す-。
「待て!そっちじゃない!こっちだ!」
「え!?」
「エレベーターは既に封鎖されている可能性が在る!階段を使うべきだ!」
「は、はいっ!」
俺達はB3Fに向かって階段を降りた-。もうすぐだ。
A.M.04:08分
-軍研究施設・詰め所-
「何…だと…?警備兵が-ほぼ壊滅-?」
「はい…侵入者が2人だと思って甘く見ていました-」
キャストが告げた報告に驚きを隠せない老人-。
額には青筋が所々でピクピクと動いている。
「その侵入者の詳細は!?」
「はっ-一人は身長170cm程の、栗色の髪をしたニューマン。
-もう一人はガーディアンズに支給されているPM/GH410です。
-識別信号が発信されて無い所を見ると、あのGH410は既にあのニューマンによって買い取られていると思われます」
「まさか-…そのGH410は-千の刻印を持つ者…なのか!?」
「いえ-このGH410は……唯のPMの様ですが……」
「そ、そうか-」
「如何致しましょう」
「全く!コレだからこの日は嫌いなんだ-…!」
ガンッ-!とキーボードを叩く老人。
「-命令を」
「………を許可する」
「-もう一度お願いします」
「ブリザードクイーンの使用を許可する…!」
「-正気ですか?主任、彼女を解放したらどうなるか-」
「私に口答えをするな!許可すると言ったら許可するんだ!」
「…かしこまりました」
「ははは-忌々しい侵入者達め…コレで貴様らも-お終いだ!」
老人の狂った様な瞳が、数あるディスプレイの内の一つを見据える。
そのディスプレイの先には-一つのコールドカプセルが在った。