鋼の雫-08
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将来永遠に逢わぬと誓った筈だった。
たとえ何が起きたとしても。
俺はもう誰も信じない-そう心に誓った筈だった。
俺にもっと憎しみを-俺にもっと恐怖を-
俺に残された砂は-あと少し-
いかなる力を持つものでも-
いかなる知を持つものでも-
砂時計の砂は止められない。
もう、思い残す事は無い-
最後の-悪足掻きだ。
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俺の部屋には人形がある。別に俺が好みで買った訳ではない。俺に人形を集める趣味は無い。
輝きを失った人形は力なくその場に倒れ込み、埃を被っている。
-あれから半年が経った。
-俺はステラを進化させた事を後悔している。
今の俺は-醜い。
あれから俺は-毎夜毎夜、今まで以上の恐怖を味わう事になった。
あれから俺は-毎日毎日、他人を憎む日々を過ごす事になった。
任務も受けず、上官からの呼び出しも無視-
挙句の果てには、目に入った気に入らない人間を片っ端から打っ潰していた。
「………」
薄暗い部屋の中-、俺は片手にナノトランサーを握りながら動かない人形に目をやった。
「-美しき…もの」
死人の様な声を出しながら俺は、呟いた。
ナノトランサーをその場に置くと、俺は中から様々な工具を取り出す。
「-今ならまだ、彼女を蘇らす事ができる」
ふと、半年前のアギトの言葉が俺の脳裏に蘇った。
-解ってる、もう、ステラは動かない。
今ならまだ-裏を返せば、あの時彼女を修理しなかった今、彼女を蘇らす事は出来ない。
-解ってる、もう、彼女は動かない。
-黙れ
俺はステラに被っていた埃を手で払う。
そこで俺はステラが手に何かを握っている事に気づいた。
「……何だ?」
俺はそれを手に取る-いつから持っていた?
「……手紙?」
埃を被ってボロボロになった手紙。
俺は静かに封を破り、目を通した。
”やっと、素直に成れたみたいだな”
俺はすぐにステラに目をやる。
半年前俺が彼女に付けた傷-。
「-治って…る」
俺はその場にしばらく、棒になったかのように立ち尽くした。
半年前-俺が部屋を出た後-アギトは-ステラを治してくれた-。
今動いていないのは-エネルギーが無いだけ…。
「はは……馬鹿…やろう……」
俺は-最悪だ-。
俺は喧嘩後、即座にアイツをブラックリストに入れていた。
もう、親友でも何でも無いと思い込んでいた。
だけどアイツは-。
「………………馬鹿野郎」
俺はナノトランサーからムーンアトマイザーを取り出し、封を破く。
-シュンッ……アトマイザーの輝き。
-それに続く、プログラムの起動音。
-彼女が-目を覚ます。
「んっ………」
懐かしい声-星は再び、蘇った。
「ステラ……?」
俺の呼び声に気づいた彼女は、きょとん、とした目で俺を見る。
「ご主人……様…?」
「ステラ………」
俺は今すぐステラに抱き付きたかった。
だが-俺にその権利は無い。
「あ、あの…私はどれぐらい眠っていたのでしょうか……?」
-何でだよ。
「………半年だ」
「はっ…半年も!?」
「ステラ」
「はいっ…!」
「話がある……黙ってついて来てくれ」
「-…ご主人……様……?」
-
パルムの郊外にある廃墟の群集。今日もここは静かだった。
輝く星屑達-神秘的な光を放つ月。-俺の事を夜風が静かに叩く。
「-あの……ご主人様?」
「……ステラ」
「はい、何でしょうか?」
「-受け取れ」
「えっ-?わっわっ-!」
俺はそう言うと、ステラに向かって俺の愛用していた銃-レールガンを放り投げた。
ガシャン-レールガンが床に落ちる。ステラはそれを、静かに拾い上げた。
「-あの…ご主人様?こんな物を私に渡して…どうするおつもりですか?」
疑問の目で、ステラは俺を見据えた。
「その銃で-俺を撃て。俺が半年前-お前を撃った時の様に。出力は最大にしてある。
頭を撃てば、いくら死神の俺でも即死は免れないだろう」
俺はそう言うと、両手を広げ”さぁ、撃て”と言う体形をとる。
「え-?」
俺の言った事を巧く聞き取れなかったのか-。
それとも聞き取れは出来たのだが理解が出来ないのか-。
「あの…ご主人様…?仰っている事が…良く理解できないのですが-?」
俺は再びステラに向かって、口を開いた。
「俺を撃て-。俺は半年前、お前の事を撃った。お前には俺を撃つ権利がある」
口をぽっかり開け絶句するステラ。
「-それは、冗談ですよね?」
「-冗談でこんな事を言う奴が居るか?」
「…………」
再びステラは絶句した。-二人の間に流れる沈黙。
俺は未だに両手を開き、先刻からの体形を維持している。
ステラは逆に頭を垂らし、沈黙を保っている。
「-俺は今、生きている価値が無い。何より俺は醜い。俺が居ない方が世の為だ。
だからステラ-お前が俺に止めを刺してくれ」
「……嫌です」
「-何だと?」
「聞こえなかったのなら、何度でも言わせてもらいます。-嫌です」
そう言うとステラはレールガンを窓の外へ放り投げた。-何故?
「何故だ?お前は俺に殺された-お前は俺の事が憎い筈だ。
-俺を殺したくて仕方が無い筈だ。-そうだろう?」
-。
「-……私は一度として、ご主人様を憎んだ事はありません」
「……そうか、お前は俺の事を恨んでいないのか」
皮肉交じりに俺は言った。
「はい。むしろ半年前、私が撃たれた事は至極普通な事だと思います。
-私はご主人様のプライバシーを侵害し-ご主人様の信頼を裏切った-撃たれて当たり前です」
「………………」
残っているもう一丁のレールガンを俺は再びナノトランサーから取り出す。
「-そうか。だがな、例えお前が俺の事を恨んでいなくても-撃ってくれ。
俺はこの世に居てはいけないんだ-。どうせ死ぬなら、お前に殺されたい」
-ガシャン。再び俺はステラの足元にレールガンを投げた。
だが、ステラはそれを拾わない。
「-ご主人様……どうして貴方は…そんなに死を急いでいるのですか……?」
「お前が知る必要は無い。黙って俺の指示に従え。さぁ、撃て」
「嫌です-。たとえご主人様の命令でもそれは出来ません」
-ったく面倒な野郎だ。
「そうか。では、こうしよう-」
俺はそう言うとステラの元に歩いて行き、落ちていたレールガンを手に拾う。
そして、それを、レールガンの銃口をステラの額に突き付けた。
「-お前が今”Yes”と言わなければ主人に逆らったと言う事で俺は再びお前を処分する。
-次に目覚める事は二度と無いだろう。だが俺を撃てばお前は晴れて自由の身だ。
俺はお前を既に、ガーディアンズから買い取った。-10秒チャンスをやる。考えろ」
チャッ-俺はレールガンの引き金に手を掛けた。
「-お時間を頂く必要は在りません。何と言われようと-私の答えは変わりませんから」
「-と言う事は?」
「嫌です」
固まる二人-。
-何でだよ。何ですぐに撃ってくれないんだよ。
「……………」
「ご主人様-」
「…………何だ」
「何故…ご主人様はそんなに死を急いでおられるのですか?
-私が口を出すべきでは無いのでしょうが…言わせて下さい」
「…………」
「確かにご主人様は辛い過去をお持ちです。キャストによって殺され、キャストによって無理矢理蘇生され、
キャストによって毎晩悪夢を見る…。私はご主人様ではないから、それがどれだけ辛いか判らない…。だけど-」
私は一呼吸置いて、言った。
「例え-どれだけ辛い過去を持とうと、どれだけ辛い現在(いま)を持とうと-命を投げ出そうとしないでください…。
ご主人様は自分の事を生きていてはいけない存在と言いました。だけど-……。
-…この世に、生きていてはいけない命なんて…ありません………」
「…………はは-」
不気味な笑い声-不幸そうな笑い声-。
ご主人様が何を思っているのか私には解らない。
「ご主人様……?」
「はは……、機械の分際でそこまで言えるなんて上出来だよ…はは…面白い面白い…はは」
-バシュッ!威嚇射撃としてレールガンの引き金を俺は引いた。
発射されたフォトンの弾丸がステラの頬をかすり、紅い筋を一本作る。
だが、ステラは微動だにしない。
「俺はもう-疲れたんだよ-。寝ている時も起きている時もキャストを憎み続ける事に。
だからと言って恨む事を止めれば俺は死ぬ…確実に-。逃れようの無い恐怖-。お前にそれが解るか?ステラ」
「……解りません……私は-ご主人様では無いので」
「……………」
そして俺は深く深呼吸して、ゆっくり、口を開いた。
「ステラ-本当にお前が俺の事を思ってくれるのならば-俺を救うと思って俺を殺してくれ-頼む…」
カタカタと震えるレールガン。ご主人様は、怒っているんじゃない。恐れているんだ。
キャストを憎み続ければ生き続けることは出来る…。だけど毎晩、キャストに追われる。
逆にキャストを憎む事を止めれば、逃れ様の無い死がやって来る。
どちらを選んでも-ご主人様に安息は訪れない。最悪のジレンマ。
だからご主人様は…そのどちらでもない、一瞬で死ねる選択を選んだのだろう。
「……御免なさい。私には-出来ません……」
お願いですご主人様…そんな悲しそうな顔をしないでください-。
「何でだよ…何でだよ…何でお前はいつも俺が言う事と逆の事をするんだよ…。
頼むよ-俺を殺してくれよ-もう嫌なんだよ-これ以上、恐怖したくないんだよ…頼むよ…なぁ!」
「-…………御免なさい」
私には謝る事しか出来なかった。-謝ったとしても事態が進展するわけではないのに-。
でも、私に出来る事なんて無い-。私は結局、ご主人様の力には成れないんだから-。
「どうしろって言うんだよ……ちくしょう…ちくしょう……何でだよ…何で俺がこんな目に遭わないといけないんだよ…
俺が何をしたって言うんだよ……ちくしょう…ちくしょう………。誰か…助けてくれよ…」
ガシャン-。レールガンが床に落ちた。それと同時に、ご主人様も力なくその場にへたれ込む。
「どうしろって言うんだよ……ちくしょう……」
「あの、ご主人様-」
-ちくしょう-ちくしょう……。
私は口を開いた。何故こんな事を言おうと思ったのか、私には解らない。
だけど私は、これが一番ご主人様の求めている事だと思った。
「とりあえず……泣いてみては……どうでしょうか…?」
「-………ステラ?」
「あの…以外と…すっきりしてしまう物ですよ?思い切り泣くって-。
その-人並み以下ですけど……私の胸でよければ…お貸ししますし-…」
私はそう言うと、ご主人様に向かってゆっくり歩き始める。
「-…うっ……う……」
-私は、ご主人様の事をゆっくり、抱擁する。
-そして、ご主人様も、それを受け入れる。
「うっうっ………ちくしょう…ちくしょう…!!!」
-夜空に輝く星屑達。
-今日私は、初めてご主人様の力に成れた気がした。