鋼の雫-05
「何か飲みたい物はある?」
「あ……いえ、お構いなく…」
「ん、そう?必要ないなら良いけど」
アギトさんは冷蔵庫を閉じ、私の前の椅子に座った。
ちょっとだけ、沈黙。
「…で、何が知りたいんだっけ?出来れば”ハンク”に対しての質問はやめて欲しいな」
「…、それではアギトさんの所に来た意味が在りません」
「…、だよな」
フゥー、とアギトは深い溜息を一つ付くと、ステラに一つ質問をした。
「質問を質問で返すようですまないが、何故君はハンクについて知りたいんだ?」
「……、少し、私の身の上話をお話しなければいけなくなりますが」
「構わないよ」
「それでは失礼します」
私はそう言って、私がご主人様と出会った時から今までの経緯を話した。
-
「……、成る程ね」
「はい」
アギトは、眉間に皺を寄せて非常に難しそうな顔をした。
「……これは難しい問題だな」
「…え?」
「……、聞くだけ聞いておいてすまないが-、君は彼の過去を知らない方が良い」
「…それはどう言う意味でしょうか」
「君が本当にハンクに対して、パートナーマーシナリーの仕事を全うしたいのなら
彼の過去は知らない方が良いということだ」
「……、何故でしょうか」
「君がハンクの過去を知ってしまったら、あいつは一生、君の事を許さないだろう」
「……、秘密にしておけば-」
「無理だな。君は素直すぎる。嘘を付けばすぐに顔に出る。それに、君がハンクの
過去を知ってしまったら、逆に彼と接しにくくなるよ」
「…そんな…、それ程、ご主人様は酷い過去をお持ちなのですか?」
「酷い、と言うレベルで済ませられれば良いがな」
「……絶対に約束は護ります。アギトさんから聞いたことは絶対に他言しません」
「無理だな」
「……では、教えてくれるまで此処を動きません」
「な-…」
ステラちゃんの目は本気だった。どうやら俺は彼女を甘く見すぎていたようだ。
俺は”ハンクに嫌われる”と言う言い方をすれば諦めて帰って行くと思ったのだが
どうやら逆効果の様だった…。
「…本気なのか?」
「…ご主人様の過去を勝手に知る事が悪い事だと言うのは百も承知です」
「…、解っているならどうしてそこまで粘る必要がある?」
「……、私は、どうしてもご主人様の力に成りたい。
その為にも何故ご主人様がキャストを嫌うのか知りたいのです」
「ハンクに嫌われてもか?」
「……それは」
「……………ならばこう言えば良いのだろうか」
「…?」
アギトさんは眼鏡を中指でクィッ、と押し戻しながらこう言った。
「君が今すぐにこの場を立ち去れば、俺が今日君と会ったと言うことはハンクには黙っていよう。
だがもしもすぐに出て行かなければ-」
「出て行かなければ-?」
「-、非常に不本意だが、力ずくでも出て行って貰う」
「そんな………!」
「悪いが、俺にあいつの過去を勝手に喋る権利は無い」
「お願いです……、絶対に-」
「駄目だ」
「そんな……」
これで良かった。良かったんだ。なにより、俺はハンクとこのまま親友でありたい。
確かにハンクもステラちゃんを嫌いでは無い様だが、これは好きとか嫌いとかでまとめられるほど簡単な問題じゃないんだ。
「……ひとつ質問をしようか」
「…はい」
「君は、ハンクの過去を知った所で彼を本気で幸せに出来るのか?本気で彼の力に慣れるのか?」
「……」
ステラちゃんは少し考え込むように俯いた。
そして、少ししてこう答えた。
「-、わかりません。もしかしたら、私はご主人様の力になれないかもしれない」
…俺にとって、非常に不意を突かれた回答だった。
どうせ”絶対に力になってみせます!”と安直な答えを言ってくると思ったのに。
彼女はキャストとしての思考では無く本当に一人の女性として、ハンクの力になりたいと思っているのか…?
-俺もあいつの親友として、あいつには幸せになってもらいたい。
きっと、そんな考えを持っていたからなんだろうな。
だから、ハンクを本気で助けたいと思っているステラちゃんに賭けて見たくなったのだろう。
「……、解った。そこまで言うなら、話そう」
「……えっ…?」
「気が変わった、ハンクの過去を教えてやる」
「どうして…急に?」
「理由を言わなければいけない必要性は無いだろう?それとも聞きたくないのか?」
「いえっ!そんな事は…!」
「なら、黙ってそこに座って、俺の話を聞いてくれ」
「……有難う御座います」
「……礼を言うのは、俺の話を聞いてからにするんだな。後悔しても知らないぞ」
「……はい」
そう言うと俺は、一呼吸入れて口を動かし始めた。
-
-2ヶ月前、パルムで殺人事件が起きた。
4人組の家族を暴走したキャストが惨殺すると言う何とも惨たらしい事件だ。
殺された死体が肉片に成るほどバラバラにされていた為、完全な身元は特定できなかったが
細胞の構成具合などから
44歳男性ヒューマン
34歳女性ヒューマン
12歳女性ヒューマン
と言うことだけが判明できた。そう、もう既に解っていると思うが一人足りない。
18歳男性ヒューマン
この青年だけは、殺されるには殺されたが完全な肉片には成っていなかった。
バラバラにされる前に、駆けつけた警官達によって保護されたからだ。
-その後、その青年は身元を調べるために病院に送られる筈だった。
-だが、警察が「軍には病院より、より良い設備が整っている。病院よりも軍に送るべきだろう」
と言い出した為、病院では無く軍に送ることに成った。
-何故、政府の関係者や軍の関係者でもない、一般の警官が言った事を軍は了承したのか。
-君なら解るだろう。
勿論、軍は死体の身元を特定する為に少年の死体を引き取ったわけでは無い。
軍は、今極秘に進めているプロジェクトのプロトタイプと成る器が欲しかったのだ。
何故、死体なのか、それはこれから話そう-。
-
対SEED掃討ヒトガタ兵器-通称「死神」
そう、青年は軍によって人体改造を受け、ヒトでもキャストでも無い”サイボーグ”と言う中途半端な存在として生き返った。
蘇生後、生前の記憶を持ったまま蘇らせられ、SEED掃討兵器として様々な訓練が行われた。
死神-圧倒的な破壊力を持つヒトガタ兵器。
レベル1~50のバーチャルシュミレーションによる模擬戦闘を行った結果、古代兵器スヴァルタスを150匹までなら1人で相手に出来る。
それもガーディアンの依頼に時たま紛れ込んでくる”危険度A”級のスヴァルタスを-な。
この圧倒的な出力と持続力は死神が持つ特殊なインバーターによる物だ。フォトンなど比ではない。
-恐怖と憎しみ。それが死神を強くする。
-恐怖による生への渇望
-憎しみによる生者への嫉妬
青年は見事に"殺される時の極限の恐怖”と”家族を殺したキャストへの憎しみ”の両方を持っていた。
だから、青年はプロトタイプとして選ばれたのだろう。
青年が、生前の記憶を持ったまま蘇生させられたのも、それが原因だ。
キャストを憎む事により、その力を維持し続けることが出来る。
だが、いずれ色あせていくだろうキャストへの憎しみを防ぐために青年にはもう一つ施された秘密のプログラムが在った。
通称-ノイズ。
十分なデータは取れた。
そしてその後青年は”SEEDの仕事を請け易い”と理由でガーディアンに入隊する事に成った。
勿論偽名を使って。正式には死んだ事になっているのだから。
勿論、キャストの名声を護る為に、引き起こされた事件は公にはされず、誰一人としてその事件を知らないまま
その青年と家族は姿をこの世から消した。
-
「……その、青年と言うのが…」
「…言うまでも無い、今のハンクだ」
「ご主人様は一度、死んで…軍の欲望の為だけに、無理矢理蘇生されたと言うのですか…!?」
「そうだ。毎夜あいつがうなされている夢も、軍による強制的に夢を見るプログラムのせいだ。極めてタチの悪い、な」
「ご主人様は毎朝、起床する度に何かに恐れている様子でしたが…まさか…」
「そう-、ハンクは毎夜、夢の中でノイズに追われているんだよ」
-、一度自分を殺したキャストにな
「ハンクが恐れれば恐れるほど、彼の生命力は高くなる」
「……酷い-」
「酷いとかそう言うレベルでは無い、と言った筈だ」
「……、ご主人様がキャストを恨む事を止めたら…どうなるのでしょうか」
「……、さぁな。俺には解らんが」
-憎しみがあいつを動かしているとするならば
-キャストを憎む事を止めた時が
「やめて……っ!」
私はそう言うと、耳を両手で多い塞ぎ込んだ。
アギトさんが言おうとしている事はなんとなく理解できる。
「話してくれ、と言ったのは君だろう」
「………っ!」
私は、もう我慢が出来なかった。
そう気づいた途端、私の足は地を力強く踏み、アギトさんの部屋を後にしていた。
ご主人様の元へ行かなきゃ。
-行ってどうする?
わからない、でも、謝らなきゃ。
-謝ってどうする?
わからない、でも、ご主人様の元へ行かなきゃ…。
-………。
「なッ……!!!!おいッ!ステラッ!……くそッ!」
ステラちゃんの後を追っかけて俺も自室を後にした。
こりゃ-、嵐が来るな。とてつもない嵐が。