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※お知らせ又は作者の挨拶
 ここにパパと412編の最終話を書き下ろしで掲載させていただきます。
 最終話はプロローグ、前後編、エピローグという構成になっています。
 前後編から戻る際はブラウザの『戻る』をご利用下さい。
 また、ページ数をケチるために、例によって前後編部分が長くなってしまいました。
 読みにくくなったかと思いますが、どうかご容赦下さい。
 外伝を書く可能性は十分ありますが、パパと412編はこれで最後となります。
 稚拙な文章と厨房な内容にお付き合い下さり、ありがとうございました。
 では、最終話『想いの果てに』、ご拝読下さいませ。

                  パパと412作者 2009/8/16著

想いの果てに

★プロローグ

 私が店番をしていると、マイショップのドアが開きました。
「――よぅ!久しぶりにお茶しに……」
 片手を挙げて入ってきた見知らぬGH430さんが、入り口を入ってすぐの場所で硬直しました。
 そして、その体勢のまま、2歩、3歩と後ずさり、部屋に掛かっているネームプレートを確認し、今度は腕組みして戻ってきました。
「部屋は間違って無いよなぁ……
 あいつは412だけど、ここに居るのは451……
 ――お前、もしかして、EXデバイスでも使ったのか?」
 首をかしげながら暫くブツブツと呟いた後、知り合いみたいな感じで、私に質問してくる430さん。
「いいえ、私は最初からこの姿です」
「ふんふん、最初から……最初からだぁ?!」
 彼女は驚いたかと思うと、あっという間に私の側に来て、肩を思いっきり掴んで前後に揺らします。
「どんな事情があるにしろ、そんなパシリは試作機くらいだぞ?!
 んなテメェがここに居るって事は、前にここにいたパシリはどうしたぁ!!」
 私の頭はすごい勢いで、前後にかっくんかっくんと、揺らされます。
「前って、前任の、ロザリオさん、のこと、ですかぁ?」
「知ってるなら、さっさと教えやがれ!」
 さっきより激しく、肩を揺さぶられる所為で、く、首が……
「その、まえに、そのてをとめてぇ~」
 流石に私の頭部内にあるバランサーも補正が限界らしく、視界が変に波打っています。
「あ……ごめん」
 いきなり彼女が手を離したので、私はショーケースに後頭部をぶつけた後、ふらふらと座ってしまいました。
 首筋がずきずきするし、後頭部は痛いし、酷い眩暈がします。
「はぅ~、首がいたい~、頭がいたい~、部屋が揺れるよぅ~」
「わりぃ、やりすぎた」
 後ろ頭を片手でゴリゴリと掻きながら、430さんは私の前にしゃがみます。
「それで、あいつは一体どうしたんだ?」
 あいつというのはロザリオさんの事だと、さっきの事から推測できます。
 やっと眩暈が治まってきたので、右手で後頭部を押さえながら、その質問に答えます。
「えと、聞いている話では、私のマスターと同行したミッションにおいて、大破、消失した、と」
「嘘だっ!!」

 びきっ!ぼっ!

 私の左側頭部を、430さんの右拳が通過しました。
 背後から、『絶対に割れない』と言われているショーケースの硝子にひびが入る音と、遅れて風切り音が聞こえます。
 同時に、私の頭が勝手に左へ傾き、左の聴覚センサーが一時的に麻痺しました。

 風切り音が後から来るって……音速出ていたのですか?今のパンチ……

「あいつは、簡単にくたばる奴じゃない!」
「ですけど、ここに居ないという事実は確かですよ?」
「!」
 430さんは、ぎりっ、っと歯を食いしばると、拳を引いて立ち上がります。
「テメェのマスターは、今何処だ!」
「えと、えと……研修生の実地訓練で、朝早く出て行きましたから、そろそろ戻って……」

 ぷしゅ~

「あ、お帰りなさい、マスター」
 部屋に入ってきたのは、男性ヒューマンである私のマスターと、女性ヒューマンで研修生でもあるマスターの奥様。
「おう、ただいま。
 ――よぅ、430、久しぶりだな」
 帰宅の挨拶の後、430さんにすぐに気づいたようで、軽く片手を挙げて挨拶します。
「よぅ、じゃねぇ!
 テメェ、いつも偉そうな事を言っときながら、ロザリオ一人守れねぇのかよ!!」
 怒り心頭、いきなりマスターに殴りかかった430さん。
 しかも、ありえない事に、彼女が踏み込んだ足元の床が、軽く陥没しています。
 そんな勢いで繰り出された彼女の拳を膝で蹴り上げ、勢いを上に流すと、すかさず左手で握り止めてしまったマスター。
「……どんな話を聞いたのかは知らんが、とにかく落ち着け、430」
「落ち着いたら、あいつに会えるとでも言うのかよ!」
 真っ向からマスターを睨みつける430さん。
 それに応じるように、マスターも彼女を真っ直ぐ見ています。
「……会わせてやってもいい。
 ただ、お前の都合はどうだ?それなりに時間がかかるんだが」
 ちらりと奥様に視線を送った後、430さんに確認するマスター。
 怪訝な表情になった430さんは拳を引き、それでも少し考え込んでから、頷きます。
「まぁ、ご主人様が帰って来るまでには時間があるから……」
「決まりだな。
 ――リカ、お茶の用意を頼む」
「はは~い」

 自己紹介が遅れました。
 私……ええっと……あれ?……あれ?あれ?これ、マスターの台本だ、私のはどこだろ?……
(なにやらガサゴソとマイクを擦る音が聞こえ、その後に遠くから彼女の声が聞こえる)
(「マスター、覚書した私の台本が見当たらないよぅ」)
(「さっき、『なくさないように』とか言って、自分のナノトランサーに放り込んだろうが」)
(GH451は、自分のナノトランサーをしばし検索中……)
(「あ、ありましたぁ。
  作者様、すみません、後で編集……え?面倒だから、このまま?……は~い、続けますよぅ」)
 ――コホン、私、型式GH451、製造ロットPMGA03R.O.S.-Xn11、識別名称はアンジェリーケ・ザリル、愛称はリカです。
 GRM社PM研究部門の研究主任お手製、しかも、主任の趣味丸出しで作られた、次世代型ブレインコア量産試作機搭載の実働試験機です。
 何処が趣味丸出しかと言いますと、躯体に使われているパーツの実に65%強が特殊機体専用リペアパーツによって構成されている、何とも実運用に困るボディを造り、そこに新型コアを搭載したのです。
 これを趣味丸出しと(ry
 ともあれ、色々な経緯がありまして、今はこの部屋の主であるマスターと一緒に暮らしています。
 自己紹介はここまでにして、話を戻します。

 私が小走りにキッチンへと向かうと、後から奥様がやってきました。
 奥様は何も言わずに、手早くポットへお湯と茶葉を入れて加熱レンジに乗せ、同時にミルクを温めます。
 私はというと、昨日の内に奥様が作っておいた、ミル・ク・レープを保冷庫取り出して切り分け、小皿に乗せていきます。
 その間にも、居間の方からは、マスターと430さんの会話が聞こえてきます。
「お前、暢気に指導教官なんてやってていいのか?」
「暢気、って、お前なぁ……
 ああ、そうか、お前にゃ言ってなかったな。
 諜報部なら、とっくにクビだ」
「はぁ?!クビ?!お前がか?!」
「ああ、もう4ヶ月以上になるぞ」
「……長官、何考えてんだ?」
「そう言うなよ、色々と事情があっての事だからな」
 気づくと、お茶のいい香りがキッチンに溢れていました。
 不意に肩を叩かれて振り返ると、私の目の前にはティーカップが4つ乗せられたお盆があり、反射的にそれを持ちました。
 顔を上げると、さっきまでお盆を持っていた奥様が軽く頷くので、私はそれを持って居間へ向かいます。
 慎重にテーブルまで運び、430さんとマスターの前へ置いていきます。
「どうぞです、430さん、マスター」
「ありがとう」「すまんな」
 その後、残った二つのカップを奥様と私の席へ置いてから、私も椅子に座ります。
「しっかし、私の監視役を辞めさせるって、どういう風の吹き回しだろうな……
 あ、もしかして、私もお役御免になったとか?」
「それは無いぞ。
 諜報部は辞めたが、お前の監視役までは辞めさせてくれなかったからな。
 第一、失った手駒の穴は大きいんだ、それこそお前の代わりでも見つけないことには、お前がお役御免になる事も無いだろうな」
「ちぇっ」
 430さんが残念そうに舌打ちすると、そんな態度がほほえましいのか、薄っすらと笑みを浮かべたマスター。
「いいじゃないか、諜報部に居た頃から比べたら、今のお前は、天国に暮らしているようなもんだろう?」
 マスターが指摘すると、一瞬、きょとんとした後、柔らかい微笑を浮かべた430さん。
「……そうだな、それもそうか」
 430さんの言葉と同時くらいに、奥様がキッチンから出て来ます。
 そして、居間に入ってくると、手に持ったお盆から、フォークとミル・ク・レープの乗った小皿を、テーブルの各席に置いていきます。
「――はい、どうぞ召し上がれ」
 奥様が430さんに声をかけながら、彼女の前にミル・ク・レープを置くと、430さんが一瞬硬直します。
 そして、恐る恐る奥様の方へ視線を向けていきます。
 更に、奥様の顔を見て硬直してしまいました。
「どうかしましたか?」
「え、い、いや、なんでも、ないです」
 さっきとは反対に、素早い動作で視線を外すと、フォークを手にしてミル・ク・レープを切り分け、一口入れます。
「……!これ、あいつの作ったケーキと同じ味」
 今度はマスターに視線を向け、表情だけで訊ねています。
「そりゃそうだ、ロザリオが昨日、作ってくれた奴だからな」
 それを聞いて、また怪訝そうな顔になった430さん。
 そして、押し黙ると、パクパクとミル・ク・レープを食べ、その後に、カップに入ったミルクティーを一口。
「……これも、あいつがよく淹れてくれたミルクティーの味だ」
「だろうな」
 さも当然といった顔で、さらりというマスター。
「――そろそろ、タネを明かせよ」
 むっとした表情で、430さんがマスターをにらみます。
「ミル・ク・レープのお代わり、どうかな?
 口の悪い430さん?」
 奥様が意地悪そうな笑みを浮かべて楽しそうに言うと、再び硬直してしまった430さん。
 そして、ギギギギと、錆びた音が立ちそうな、固い動きで奥様に顔を向けました。
「ありえない、似てるとは思ったけど、んな馬鹿なこと……だけど、私の事をそう言うのは、あいつしか居ない……」
 呆然とした表情で、奥様の顔に視線が固定されている430さん。
「『常識は常識だが、それが覆される事もある。
  有り得ないは、有り得ない。
  故に、冷静に状況を見極め、物事を判断しろ』
 ……公安部の、とある班長さんの言葉だそうよ。
 頭がおかしくなりそうだろうけど、認めてもらえないかな?
 私がロザリオ・ブリジェシーだ、って」
 そう言って、奥様が微笑みます。

 直後、430さんの頭から、一瞬ですが、湯気が吹きました。

 椅子から落ちなかったものの、一種のオーバーヒートを起こした430さん。
 そんな彼女を、奥様が膝の上に抱き抱え、濡れたタオルで頭を冷やしています。
 古典的ですけど、ヒトに似せて作られている所為か、結構有効な冷却手段だったりします。
「刺激が強すぎたかな?」
 奥様が、430さんの頭から、乾きかけている濡れタオルを外すと、心配そうに掌を額に当てます。
「……再起動は終了してる……良かった、意識体は混乱していない……
 あ、そろそろ起きる」
「……ぁ、ロザリオ……私、一体……」
 奥様が言った通りに、430さんは目を覚ましました。
「気がついたみたいね。
 ごめんね、びっくりさせちゃって」
「やっぱり、夢じゃねぇ……
 びっくり、なんて、一言じゃすまねぇけどよ……心底驚いた。
 お前がキャストだったなら、こんなに驚きゃしねぇよ」
 430さんが、そのちいさな左手を奥様の豊かな胸へと伸ばし、遠慮なく触ります。
「前からでけぇとは思ってたけど、ヒトサイズになると、更にでけぇな」
「でかいって言わないでよ、もう」
 今度は、奥様のみぞおち辺りに手を当てます。
「……この鼓動、心臓だな。それに、リアクター特有の振動も」
「今の私は、両方持ってるから」
「やっぱ、信じられねぇ……」
「あ~、そういう事言うんだ~。
 第3形態の時の私に、くすぐり倒されて廊下におっぽり出したの、再現しようか?」
 奥様が、さっきまで430さんの額に当てていた手を、くすぐるみたいにわきわきと動かします。
「それは勘弁しろよぉ」
 苦笑いを浮かべながら、奥様の膝の上で起き上がり、そろそろと床に下ります。
「分かった、信じるよ、お前がかつてGH412だった、ロザリオだって。
 だから、話せよ、その姿になったときの事」
「うん、話すわね。
 長くなるから、席に座って」
 430さんが席に着くと、私も初めて聞く、奥様とマスターのお話が始まりました。



「――その後、私はガーディアンズ訓練校へ正式に入学して、無事に卒業。
 こうして機動警備部へ入ったって訳」
 そこでやっと話が終わり、奥様はすっかり冷めてしまったお茶を含み、乾いた口の中を潤します。
「なるほどね、大体は分かったよ。
 でさ、いくつか訊いていいか?」
「何かな?」
 ニヤニヤしながら、430さんが奥様とマスターを交互に見ます。
「途中で言ってた約束、どうなったんだ?」
「約束……ああ、キスの続き?
 勿論、ちゃんと『した』わよ、ねぇあなた?」
「ああ、約束だったからな。
 何だお前、俺達の枕事情が訊きたいのか?」
 二人があまりに当たり前のように言った所為か、反対に顔を真っ赤にした430さん。
「き、興味があるから訊いたんだよ、悪ぃか!」
「別に悪くは無いが、遠慮はして欲しいな。
 大体、夫婦の営みを覗きたいって……まさかお前、あの小ビーストのご主人様から何処かの男へ鞍替えする気か?」
 マスターが不思議そうに聞き返すと、更に顔を真っ赤にする430さん。
「私はご主人様一筋だってぇの!!
 ただ、まだ防御が固いから、どうやって攻め落とそうか……と……ん?」
 そこまで言って、首を捻った彼女。
「お前、今、『夫婦』って言ってなかったか?」
「ああ、言ったが、どうした?」
「夫婦って、誰が?」
「当然、俺とロザリオに決まってるだろう。
 式はしなかったが、籍はちゃんと入れたぞ」
 一瞬、間が空いて、あっけにとられた顔になる430さん。
「お前が結婚?こいつと?マジ?」
「430さん、それって侮辱ととっていいよね?」
 奥様が冷ややかな視線を向けると、慌てて両手を振る430さん。
「い、いや、そうじゃなくて、意外すぎて想像つかなかったんだって!
 だってこいつ――」
 マスターを指差し、
「――女に手を出せるほど、甲斐性があるように見えねぇ!」
 そう言われた途端、大笑いしたマスター。
「わははははっ、か、甲斐性無しか、確かにそうかもなぁ、くはははははっ」
「ちょ、何笑ってるのよ、あなたってば!
 430さん、思いっきり侮辱してるのよ?!」
 奥様が思わず立ち上がって詰め寄ると、マスターは「まぁ、落ち着け」と言って席を立ち、彼女の背後に回ると両肩に手を掛け、椅子に座らせます。
「甲斐性も無くて当然だろうさ、俺はヒトと関わる事を極力避けて生きて来たんだ。
 自分が、いつか自然にこの世から消えていくまで、ただ生きていく事しか頭に無かった時期だってある。
 親しくなった相手は、気がつけば老い、死んでいく。
 一体、どれだけの死を見なければならないのか、想像も出来なかったし、その恐怖に耐えられなかった。
 だけど、そんな事を考えるようになったのは、前の女房が死んだ時だ」
「女房?お前、既婚者だったのか?」
 驚きというよりは困惑している様子の430さん。
「ああ、もう――200年以上前だよ、1年そこらの夫婦だったが、結婚していた事に違いは無い」
「にっ?!――お前、今年でいくつだよ!!
 っつーか、お前、ほんとにヒューマンか?!」
 驚きすぎたのか、テーブルの上に飛び乗り、マスターを指差して怒鳴る430さん。
「お前も落ち着けよ、430。
 ――皿、踏んでるぞ?」
 彼は冷静にそれだけを言うと、彼女の腋の下に両手を挿しいれ、テーブルの上から下ろして、椅子に座らせます。
「そのままで居ろよ、靴にベリーのソースがついてるからな」
 430さんに言い含めると、雑巾を取りにドレッシングルームへ行ってしまいました。
「536歳」
「は?」
 奥様がマスターの年齢を言ったのですが、それを理解出来なかったらしく、妙な顔になる430さん。
 私も最初はその意味が分かりませんでした。
「だから、彼の今の年齢よ、536歳って。
 私が初めて出会った時が534歳で、それから2年経ってるからね」
「……」
「一応、生まれはヒューマン。
 ただし、さっき話したみたいに『グランツ』の影響で簡単に死ねないし、おまけに極端に老化が遅い身体に変質しちゃってるから、厳密にヒューマンと言えるかどうか分からないわ」
「――あんまり歳の事を言わないでくれ、ここで暮らすのが大変になる」
 雑巾を手に、マスターが戻ってきました。
 そして、430さんの靴を丁寧に拭くと、また行ってしまいました。
「とにかく、彼と私の事について、他で喋らないで。
 もし、誰かに知られたのが分かったら、私と彼は、それぞれの責任に置いて、あなたの口を塞ぐ事になる。
 永久に、完全に。
 彼があなたに色々と喋るのは、あなたを信用しているからよ?」
「分かった――いや、分かってる、そういう奴だもんな、あいつは」
 そこで大仰に溜め息をつき、頭をガシガシと掻く430さん。
「あまりに突拍子も無い事言われたんで、なんつーか、自制っての?効かなくなっちまったんだ」
「――もっと知りたいか?」
 タオルで手を拭きながら、マスターが戻ってきて、席に着きました。
「そうだな……お前が喋ってくれる範囲でなら」
 つまり430さんは、彼が喋る以上の事を追求しない、と、暗に言っているのです。
 それを了承したという事を頷きで示し、口を開いたマスター。
「前の女房と結婚したのは、向こうからプロポーズされたからなんだ。
 あの頃はまだ、生きる気力があったから、それを受け入れられた。
 だが、1年ほどであいつが――前の女房が、BC兵器が原因で病気になっちまって、それが元であいつは死んだ。
 現代なら特効薬もある病気なんだが、当時は無くてね。
 八方手を尽くしたけど、駄目だった。
 その後、あいつが死んだ事で暫くは自暴自棄になったんだが、大戦終了後はモトゥブの辺境に移り住んだ。
 この身体のせいで奇異に見られるし、そんな世間が疎ましくてな」
「なるほどね」
「他にも訊きたいんだろ?」
「そうだな……『ナックルズ』はそれからどうなった?」
「無事に再起動したよ。
 後遺症やAIPTD(人工知性心的外傷症候群)も今の所無いって話を、ジュエルズから伝え聞いたよ。
 今日も何処かで任務に明け暮れてるだろうさ。
 他には?」
「え?う~ん……ああ、そうそう、これは絶対聞こうと思ってたんだっけ。
 話に出てきた副班長とかいうニューマンの身体、どうやって治したんだ?」
 その質問を受けて、ちょっと考え込んだマスター。
「簡単に言うと、話の中で出てきた『グランツ』を使って、局部的に復活させた。
 復活とか気軽に言ったが、術者である俺にそれなりの知識が無かったんで、苦労したよ」
「……つまり、お前を常時再生させてるのと似たようなことをして、腕や胸を生やしたのか」
「理解が早いな、その通りだ」
 マスターが肯定すると、感心する430さん。
「へぇ、そいつはすげぇ。
 医者なんていらねぇな、お前が居れば」
「だから、同じ術でも術者によって出来る事が限られるから、そんなに万能じゃ無いんだって。
 望んで叶う奇跡もあれば、叶わない奇跡だってあるんだ」
 マスターは腕を組んで、目を伏せてしまいました。
「奇跡も万能じゃ無い、か……」
 テーブルに頬杖をついて、溜め息をこぼした430さん。
 そして、ふと、何かを思いついたのか、私に視線だけを向けます。
「お前、この話を知ってたのか?」
「え、えと、全部は知りませんでした。
 奥様が元パシリなのは知っていましたけど、後は殆ど知りません。
 あ、でもちょっとは教えてもらいましたよ、マスターはカリフラワーが食べられないとか、奥様はパシリの頃からナメタケアレルギーだとか」
 私がそれを言った途端、奥様がお茶を噴き出し、咽返りました。
「ケホッ、ケホッケホッ、リ、リカ、それはちょっと、ケホッ、違うとケホッ、思うの」
「大丈夫か、ロザリィ」
 目を開けて腕踏みを解くと、隣に座る奥様を気遣い、背中をさするマスター。
「ち、違うんですか?」
「ちょっと方向性がずれてる、が、いい事を聞いたぞ。
 まさか、お前がカリフラワーを食えないなんて、知らなかったなぁ」
 430さん、意地悪な笑みを浮かべてマスターを見ています。
「それで俺をからかうのは勝手だが、そうなった理由を聞いてまで出来るかな?」
 そう言って、一瞬だけ私に目配せした後、不敵な笑みを浮かべたマスター。
 私は咄嗟に聴覚の入力を遮断、聞こえないのは分かっていますが、イヤーパーツも両手で押さえます。
 奥様も私と同様に耳を塞いでいます。
 淡々と語るマスター、その話を聞き続けるうちに段々と顔色が悪くなっていって、終いに悶絶する430さん。
 そして、430さんが小さな白旗を振ったところで、私は聴覚を復帰させました。
「私までカリフラワーが駄目になりそうだ……」
「……喋っているこっちまで気分が悪くなってきた……つーか、なんでこんな話になったんだ?」
 マスターまで顔色が悪くなってます。
「ごめんくだしあ~、マスター来てませんかぁ、教官~」
 マイショップの方から、誰かの挨拶する声が聞こえてきました。
 この声と『教官』という言葉から考えると、奥様の所の430さんかな?
「あ、ジャスミンかな?」
 ジャスミンとは、奥様の430の名前です。
 マスターも奥様も、私達の名前を花の名前からつけています。
「そのようだな」
 席を立ち、店側に出て行くマスター。
「あ、教官」
「あいつなら、居間にいる……どうした?ジャスミン」
「どうもこうも、お腹空きました。
 マスターが帰りがけにおやつ買って来てくれるとか言っていたので、ずっと待っていたんですけど、予定時刻を過ぎても一向に帰って来ないので、探しに来たのです」
「いっけない、ジャスミンのおやつ、すっかり忘れてた!」
 奥様が慌てて立ち上がると、時間を確認して更に慌てます。
「わ、もうこんな時間?!晩御飯の支度しないと、みんな帰ってきちゃう!」
 それを聞いて、430さんも時間を確認して、席を立ちます。
「それじゃ、私はそろそろ帰るよ。
 夕食の買出しして帰らないとだし」
「ごめんね~、長くなっちゃって」
「いいって、お前が無事なのが分かったんだ。
 ――ケーキ、ご馳走様、相変わらず美味かったよ」
「ありがと――あ、ちょっと待ってて」
 慌ててキッチンへ入っていったかと思うと、さして経たずに出てきます。
「はいこれ、お土産。
 さっき出したのと同じケーキが入っているから、あなたのご主人様と食べてね」
「ありがとう――じゃ、またな」
 奥様とマスターがマイショップまで見送りに出たので、私も一緒に見送ります。
「バイバイ430さん、今度は私の部屋に遊びに来てね」
「じゃぁな、430。また遊びにおいで」
 二人が別れの挨拶をすると、通路まで出てからくるりと室内へ振り返り、こくん、と首を縦に振る430さん。
「はい、ミスタ、ミズ。
 機会があれば伺わせていただきます。
 今日は、お茶とお菓子までいただいた上に、長々とお邪魔致しました。
 それでは、これで失礼します。
 御機嫌よう、皆様」
 丁寧な口調で挨拶した後に、優雅に一礼した430さんは、おしとやかな足運びで去っていきました。
 それを見て、私とジャスミンはぽか~んとした表情で固まっています。
「どうした、お前ら?」
 マスターが不思議そうに私達を見ています。
「あなた、この子達は430さんのギャップについていけてないのよ」
「なんだ、それか」
 奥様が説明すると、明らかに、どうでもいいや、といった表情になり、ぼりぼりと頭を掻きながら居間へ入っていくマスター。
「私も彼も慣れっこなんだけど、430さんって、二面性が激しいの。
 彼女がぞんざいな口調で喋る相手って、親しい旧知の間柄か、敵対者くらいだから、その事を殆どの人って知らないのよね」
 苦笑しつつ、私達に説明してくれた奥様。
「納得はできませんけど、理解しました」
 私が言うと、ジャスミンも同じ気持ちなのか、同じように頷きます。
「――ただ今戻りました。
 ……皆さん、店先で何をなさっておいでですか?」
 ルビーねぇが帰ってきました。
「お帰り、ルビーねぇ。
 今ね、お客様をお見送りしたの」
「あら、そうでしたか。
 それで、何方がいらっしゃったのですか?」
「えと……口の悪い430さん」
 私が言うと、一瞬固まったルビーねぇ。
「もう、お帰りになられたのですね、それは良かった。
 私、どういう訳か、あの方が苦手です」

 くぅ、きゅるるるるるる……

 突然、誰かのお腹が鳴る音が聞こえました。
 さっき、お腹が空いたと言っていたジャスミンかと思って彼女を見ると、首を横に振ります。
 奥様も同様に首を横に振ります。
 勿論、私でもありません。
 と、いう事は……
「は、はしたない事をして、申し訳有りません」
 そう言って、恐縮したルビーねぇ。
「ごめんルビーナ、晩御飯の仕度、まだなの。
 まだ時間あるし、ジャスミンと一緒におやつでもどう?
 今日のお菓子はミル・ク・レープなんだけど」
 奥様が言った途端。

 くぅ、きゅるるるるるる……

 今度は確実にジャスミンからです。
「おやつ、下さい、マスター」
「はいはい、すぐに用意するからね。
 ――リカ、二人がおやつ食べている間に、晩御飯の買出しに行くから、一緒に来て」
「はーい」


 買い物へと向かう道すがら、私は奥様に訊ねました。
「ねぇ、ロザリオさん」
 何故名前で奥様を呼ぶのかというと、外で奥様を呼ぶ時は必ず名前で呼ぶようにと、二人から散々忠告されているからです。
「何?」
「マスターとご結婚されて、幸せですか?」
「な、何よ唐突に」
「私、どうにも分からないんです。
 さっき話してもらった内容だけだと、マスターを好きになる理由がさっぱり」
 すると、苦笑して、私の頭を撫でる奥様。
「誰かを好きになるのなんて、ちゃんとした理由がある事なんて、まず無いのよ。
 私は彼のいい所、悪い所、全部ひっくるめて好きなの。
 確かに、改めて欲しい事もあるけど、それとは別だしね。
 でも、そうね、あえて理由を挙げるとするなら……」
 ちょっと考え込んでから、私に視線を向けます。
「いつでも真っ直ぐ、私の目線で話をしてくれるから、かな」
「?」
「やっぱり、分かりにくい?」
「はい」
 う~ん、と、唸ってしまう奥様。
 暫くしてから、言葉を選びつつ喋りだします。
「彼はね、私を色眼鏡で見ることが一度も無かった。
 成功したら成功した分だけ褒めて、失敗したら失敗した分だけ注意や忠告をしてくれる。
 それに、真面目な話をする時は、私の目線と同じ高さまでしゃがんで、ちゃんと目を合わせてくれたの。
 絶対に見下ろして、なんて事が無かったんだ。
 いつでも私を対等に扱ってくれるヒト。
 多分、彼も気づいてないと思うけど、いつの間にか私を……ちゃんと一人の女性として扱ってくれてたの」
 ちょっとだけ空いた間には、『パシリとしてじゃなく』という言葉を飲み込んだのでしょう。
「私が怒ったり泣いたりするとご機嫌をとるし、私が喜んだり楽しかったりすると一緒になって喜んだりしてくれる。
 それに、私から望むまで一度も手を出さなかったし、事ある毎に、要所要所でこっそりエスコートしてくれてたの。
 そんな些細な事から、だんだんと彼が好きになっていって、最後にはどうしても彼のお嫁さんに――違うわね、彼の『もの』になりたくなった」
 ニュアンスがいまいち分かりませんでしたけど、その感覚は、私がマスターに完全に支配されたいという想いの更に上を行く何かだと、私はそう感じました。
「そして、その願いはちょっとだけ叶ったの。
 だから、幸せよ。
 でもね、まだ私達はスタートに立ったばかり。
 まだまだ、これからよ」
 道の途中、往来が途絶えた場所に来ると、奥様が歩みを止めました。
「どうかしたのですか?」
 私が訊ねると、奥様はおもむろにしゃがんで、私を手招きします。
「リカ、こっちに来て、掌を真っ直ぐ上に上げてくれる?」
「えと、こうですか」
 言われた通りに掌を奥様に向けて、真っ直ぐ頭上に上げます。

 パンッ!

 私の掌を、奥様は自分の掌で軽く叩きました。
「はい、バトンタッチ♪」
「え?」
「私は、彼の人生のパートナーになったから、パシリはもう卒業。
 これからは彼の妻として、いずれは母親としてがんばらないといけないの。
 だから、あなたにバトンタッチ。
 今度はあなたが彼のパシリなんだから、頑張ってね」
 そう言うと、私にウィンクする奥様。
「!、はい、頑張ります!」
 私が宣誓すると、二人で笑いあいました。
「さ、早いとこ買出しして、晩御飯作ろうか」
 立ち上がりながら、奥様が私に言います。
「そうですね、でも、何がいいのかな?」
 私が手を伸ばすと、それが当たり前のように、私の手を握って歩き出す奥様。
「そうね――パスタはどうかな?」
「あ、いいですねぇ」
「なら、簡単に作れるスープスパにでもしよっか」
「材料は何を……」
 料理の話をしながら、私達は日の傾き始めた道を歩き出しました。

 私はこの日、奥様から、マスターのパシリとしてのバトンを受け取りました。
 私はパシリ、奥様は一人の女性として、新たなスタートを誓った瞬間です。
 私の道は果てしなく長く、見えていないゴールへと続いています。
 その途中で、マスターと奥様の間にお子様が生まれ、その面倒を私が見ることになるかもしれません。
 それは、パシリとしてはちょっと寂しい事かもしれませんが、嬉しい事だと思います。
 そう遠くない未来、きっと出会える新しい命。
 その命と出会う日まで、私はマスターと、奥様と、そして、ジャスミンやジュエルズの姉様達と一歩ずつ歩いてきます。
 まだまだ未熟で、昔の奥様とは違う立ち位置の私ですが、頑張ってマスターをしっかりサポートして行くつもりです。
 だって私は、マスターと共に在る――

 パートナーマシナリー

 ――なんですから。




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