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★Act1

 父様と出会ってから、もう2年が過ぎ、2度目の春を迎えました。


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 唐突に、430さんがつっこみます。
「父様って誰だよ、おい」
 私は思わず、テーブルに突っ伏しました。
 最初から話の腰を折られたのは、生まれて初めてです。
 私は萎えた気力を振り絞って、なんとか起き上がります。
「……話の最初でいきなりつっこまないでよね、430さん。
 私がパシリの時、当時はご主人様だった彼をそうに呼んでいたの。
 勿論、彼と二人だけの時にね」
「一番最初はパパだったからなぁ……」
 ルドがポツリと言うと、はたと手を打った430さん。
「ああ、思い出した、私がこいつと初めて出会って、帰りがけのこいつの背中に張り紙した時か。
 あの時は、お前のことをパパとか呼んでたから、大笑いしたっけ」
 彼に向かって、にやにやと笑いながら当時を振り返る430さん。
 それでピンと来たのか、私に視線を向けてくる彼。
 しまった、あの時のバツ1個分、今になって思い出されてしまった。
 じ、時効にしてくれ……ないかなぁ……
「まぁ、話を続けてくれ、それと、今の話は後でな」
「あぅ、分かりましたよぅ……」
 とほほ、時効は無さそうです。

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 イルミナスの騒ぎが静まってから、私はとっても幸せな毎日を送っています。
 機会があるとミッションやあちこちの出先に連れて行ってもらえるし、なにより甘えまくっても怒られません。
 とは言っても、ちゃんとやる事はやってますけどね、家事とか。
 今日は、GBRも終わった『東方より来るもの』の、S3ランクミッションを二人だけでやってみました。
 一応、A評価は貰えましたけど、私の立ち回り方が下手なせいで私が何度も戦闘不能状態になってしまい、父様を心配させてしまいました。
 私、もっとがんばらないと。
 その後、ミッションランクを下げて、サムシング・スイーツ狩りに切り替えました。
 ぢつは、セレブ・ケーキとセレブ・ショコラを作る材料がすっかり無くなっちゃったので、ガーディアンズの特権を使って現地で集めるのが、本当の目的だったりします。
 何故なら、マイショップの検索で……

「父様ぁ、一番安くて、サムシング・スイーツが5k、基板が50k以上ですけど」
「……勘弁してくれ、何だその値段は」

 ……とまぁ、こんな感じなんです。
 お菓子作りは私と父様の趣味なんですけど、いくら報酬が良くなってお金があっても趣味は趣味、出来るだけ自前でやるのが私達のスタイル。
 とりあえず、暫く部屋を留守にするつもりで用意をして、ニューデイズまで出かけました。
 まぁ、父様も仕事はマメにこなしているので、緊急ミッションが来なければ平気でしょう、多分……
「さて、どれだけ集まるか……」
「大丈夫ですよ父様、『星霊運留守ログ』を見たら、今日の男性ヒューマンは超星霊だって。集まり易いはずです」
「そうだな、気楽に行こう。
 帰りにクゴ温泉まで足を延ばして、汗を落としてから帰るか」
「え?本当ですか?!」
「ああ、たまにはいいだろう。最近は人気も無いし、貸切状態だろうからのんびり出来るだろうさ」
「わーい、温泉♪温泉♪」
「……メインは材料だからな?」
「わかってますよぅ♪」
 父様は、温泉と聞いて浮かれてる私を見て、何も言わずに肩をすくめたのでした。

 高ランク、低ランクをあわせて10回くらいはミッションを回ったでしょうか。
「……、あれ?父様?」
 気がつくと、父様がいません。
『ロザリィ、何やってる?とっくに次のブロックだぞ』
 パーティ回線から聞こえてきた、父様の声。
 あやや、置いていかれちゃったのか。
 さっき、オルアカ追い掛け回しちゃったのが悪かったのかも。
「は~い、すぐ行きますぅ」
『こっちは片が付いているから、待ってるぞ』
 やれやれ、急がないと。
 走りにくいのでレイピアをしまい、2、3歩助走した時。
 急に嫌な予感がした私は、首を左に傾け、そのまま飛び込み前転。
 ヂッという嫌な音と共にイヤーパーツをかすめ、黄色いフォトンの刃が通り過ぎていきました。
 同時に、小さな舌打ちの音。
 すかさず、私は走り始めました。
 ざっと見ましたが、既に視界にそれらしいものは無く、レーダー系には何の反応もありません。

 まずい、非常にまずいです。
 恐らく、私を攻撃してきた『何か』はフォトンミラージュか何かで姿を隠したうえで、エネミーセンサーをかく乱させています。
 ……という事は、何処かの暗部と考えるのが正解のはず。
 なら、格の違いを見せ付けても問題は無いでしょう、殲滅してしまえば。

 私は、わざと水辺に近い張り出した場所まで移動しつつ、リアクターのリミッターを解除します。

 リアクターリミッター解除。“コマンド実行。フォトンリアクターのリミッター解除、通常稼動を開始します”

 一瞬の間が空いて、私の躯体から高エネルギードライブ特有の音が漏れ始めました。
 私は特殊能力型のワンオブサウザンドなので、躯体側への出力は低いほうですが、それでも通常のパシリに比べたら倍近くあります。
 出力が増した膂力で一気に加速して場所を確保し、来るであろう『何か』を迎撃する為に身構えます。

 パペットシステム起動、通信帯域をマイクロ波長にセット、範囲を半径1kr(1kr=1000Rp≒10m)にセット、最高出力、全方位無差別放射、待機。
“パペットシステム起動、マイクロ波長に固定、範囲限定半径1kr、出力Max、ターゲット指定なし、放射範囲確定、セット”

 いつものパシリコントロールではなく、通信波長を強引に攻撃に転化する、荒っぽいやり方で待ち構えます。
 かさり、という小さな音がかろうじて聞こえました。
 だけど、まだ我慢。
 いきなり首筋がちりちりする感覚を覚え、すぐさま右足を踏み出し、半身に構えて右手で左側の空間を掴みます。
「なっ?!」
 何も無いはずの場所から、男性の声と何かを掴んだ手ごたえ。

 今だ!実行!
“レディ、ファイア”

 私を中心に、半径1krほどが、一拍の間を空けた後、一瞬にして燃え上がります。
「ぐおっ!」「ぎゃぁっ!」「うわっ!!」
 3人分の、人の形で燃え上がる炎。
 私は、すぐ側に現れた炎の人型から手を離し、ハンゾウを構えます。
「まっ、待てっ!我わ…」
「はは~い!」
 私は思いっきり、スピニングブレイクを繰り出しました。
 問答無用に襲ってきた連中の話を聞くイヤーパーツなんて、持ってません!

 ---隣のエリア---

 その頃、俺は蹴散らした原生生物を尻目に休息していた。
 とは言っても、肉体的に疲れている訳ではない。
 大体、今行っているミッションランクはBで、今の俺の認定レベルは172。
 こんな所に出るヤツは敵と認識するのも馬鹿らしいのだが、セキュリティの都合上、倒さないと次へのゲートが開かないのだから、面倒とはいえ仕方が無い。

 そろそろ、ロザリオが追いつく頃なんだが……

 そう思い、座っていた場所から立ち上がる。
『はザッ…い!』
 唐突に、ノイス交じりのあいつの声が通信装置越しに聞こえた。
「何やってる?原生生物でも残っていたか?」
 だが、返事は返ってこない。 
 一体、何をしているんだ、あいつは。
 ろくでもない事を起こしていても困るので、俺は足早に元来たルートを戻り始めた。

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「とうっ!」
 私の繰り出したライジングストライクが炎の人型を宙に舞い上がらせ、人型は重い音をたてて草の上に落ちてきました。
「ぐ…げほっ」
 呼気が漏れる音と同時に、私の頬に生暖かいものが飛んできました。
 左手の甲で拭って見てみると、鮮血がべっとりとついています。
 よく見ると、服にも多少飛び散っていました。
「あ~もう、お洗濯するの大変なのに……」
 私がしかめっ面で言うと、目の前の人型は妙なスーツを身に着けたヒトの姿に成りました。
 やっぱりフォトンミラージュ・スーツです。
「う……ふ、ふざけた野郎、だ……」
「私、女ですよ?パシリだけど」
 私が言うと、そいつは喉に溜まったらしい血反吐を吐き出し、鈍い動きながらセイバーを構えて立ち上がろうとします。
 私はおもむろに脚を上げ、まだセイバーを握っているそいつの腕を思いっきり踏みつけました。
 シールドライン越しにみしっ、っといい音が聞こえ、そいつは苦痛の声を噛み殺します。

 あ、こいつのセイバーのフォトンって黄色い…つまり、こいつが最初に私を攻撃してきたヤツって事か。

「とりあえず、生きていた証拠が残らないくらいにされて死にたい?それとも……」
 レイピアの切っ先で、そいつのナノトランサーの一つをなぞります。
「これ全部壊して、ここに放置プレイがお好み?」
「……聞いていた以上に、性質が悪い……」
 そいつは、私に目もあわせずにぼそりと呟きました。
 その視線を追うと、さっき、私にスピニングブレイクを叩きこまれた二人が、向こうで完全にノビています。
 当たり方は浅かったけど、脳天直撃食らってたし、暫くは動けないでしょ。
「どうせ、私が危険な存在だとか、出来損ないだからとか言われて、壊せって命令受けたんでしょ。
 ああ、それとも強奪しろ、かなぁ?」
 視線を戻すと、そいつが私をじっと見上げていました。
「……」
「ワンオブサウザンドの中でも、個人戦闘能力の一番低い私にここまでされてるようじゃぁ、あなた達も、たかが知れたってものだけど?」
 相手の出方を見るため、わざと自分から正体をバラしてみます。
 そいつは、ひゅっ、っと鋭く呼気を吐き出し、私に踏まれているのとは反対の腕を繰り出してきます。
 予想通りに仕掛けてきたので、私はレイピアを立てて、受けの構えを取りました。
 直後、そいつの手から放たれる、光る何かが一瞬だけ見えましたが、

 カクォクォーン!

 ルビーバレット特有の、しかも双短銃ゆえに起こるツインスクリーミングと同時に、その光が弾き飛ばされ、近くに落ちました。
 ちらりと視線を向けると、半ば壊れていて判別しにくいのですが、金属製の投擲武器のようです。
「ったく、何をやっているかと思えば……」
「あ、ご主人様」
 私が踏みつけたままのこいつに、銃を構えたまま慎重に近づいてくる父様。
 そして、ゆっくりとそいつのナノトランサーを一個外し、裏を確認します。
 同時に、フォトンミラージュ・スーツとシールドラインが解除され、鍛え抜かれた身体つきをした男性ニューマンが現れました。
 金髪に黒い瞳が印象的な、随分と華やかな印象のヒトです。
「この刻印、ハイエナどもか。
 ――俺のPMに手を出すというのは、どういうつもりだ?」
 ハイエナっていうのは、悪評から付けられた公安部衛生処理課の通称です。
 彼らが通った後には死体も残らないから、だそうですが、ハイエナってなんでしょう?
「……、そこまで知っているなら、お前にも分かるだろうが」
 観念したらしく、そのニューマンは痛みを堪えながら、それでも見下したような口調を改めないで言います。
「危険分子は確実且つ完全に排除する。例えそれが、女子供だろうと容赦しない。
 それが、お前らのモットーだったな」
「そうだ、そこの『出来損ない』は、人類にとって危険――がぁっ!!!」
 突然、ニューマンは絶叫しました。
 一体どうしたのかと思ったのですが、父様がニューマンの太股を全力で踏み折ったのです。
 ニューマンの脚が砕ける音は絶叫に消されてしまったようで、ありえない方向に曲がっています。
 はっきり言って、古株のガーディアンズである一線級のヒト達が繰り出す蹴りは、実体砲弾とか、スピードの出ているエアカーとの衝突とか、それ位の威力があります。
 シールドラインが無い状態では、こうなるのも当然です。
「どの口が、ふざけた事言いやがる、ぁあん?
 こいつが、いつ、どこで、誰にとって、危険だと?
 今まで、そんな事をこいつが起こしたか?
 仮に起こしたとしたら、その原因を作るのは、一体誰だと思ってるんだ?
 ちったぁ考えろや、このクソ餓鬼!!」
 能面のような冷たい表情で、バンフォトンみたいに熱い言葉を叩きつけた父様。
「がはっ……、きさまっ、粛清もの、だぞっ」
「出来るものならしてみろ、ハイエナの餓鬼が」
「憶えておけ、貴様の事は調査済みだっ」
 強がって見せていますが、どう見ても父様と格が違いすぎます。
「ほう、なら俺が諜報部特殊後方処理班オメガ・リーダーだと知っていてか。
 面白い」
 にやり、と、見たヒトの背筋が凍るような笑みを浮かべた父様。
「……」
 一瞬、驚いた表情になりましたが、何も言わずに黙り込みました。
「……ふん、悪くない判断だ。
 これで声を出して驚くようなら、俺はお前を切り刻んで、このナノトランサーに放り込んで、宇宙に捨てていた」
「ぐほっ!」
 唐突に呼吸を荒げると、静かになってしまったニューマン。
 父様が、当て身代わりに鳩尾を踏みつけたのです。
「さぁて、後方処理課に連絡するか……今日は非番なんだがなぁ……」
 襲撃者達を拘束しながら、何処か疲れた感じの溜め息を吐く父様でした。


 拘束した襲撃者達を諜報部に引き渡した後、私と父様はクゴ温泉まで移動しました。
「ううっ、ぎ も゛ぢ わ゛る゛い゛……」
「……大丈夫か?」
 父様と一緒に襲撃者を拘束したのですが、ちょっとアレな状況だったので……
 えっと、要は私が襲撃者に酷い火傷を負わせた訳ですが、はっきり言って……暫く夢に見そうなくらい……エグい……
 久々に、自分のやった事を後悔しました。
 私、今後の食事からお肉が断てそうな気分です……
「だから、手伝わなくて良いと言ったんだ」
「……だけどわtうぷ」
 あわてて口元を押さえた私。
 それを見た父様がすかさず私を抱え上げ、すぐさまフリーミッションを受諾。
 そしてエリアを移り、父様にそっと下ろされた途端に、私は分解物貯蔵タンクが空になるまで吐き戻したのでした。

 その後。
 クゴ温泉を管理している男性キャストさんが、親切にもフォトンシャベルとフォトンピッケルを持ってきてくれたのですが、目にした惨憺たる状況に、らしくも無い溜め息をついていました。

 それはともかく。
 なんかもう、これでもかという位にすっぱい匂いが服と躯体に染み付いてしまいました。
 まぁ、服は着替えを持ってきていたので、問題無いんですけどね……
 とにかく気分が悪いので、洗い場で天然成分100%の石鹸とシャンプーを使って徹底的に躯体を洗ってから、温泉に入ります。
 正確に言えば、管理人のキャストさんに問答無用で石鹸とシャンプーを手渡され、「そのまま入らないように」と止められたのです。
「あ~、躯体にしみる~ぅ」
 流石に誰か来ると何か言われそうですが、私は気にせず父様のふとももの上に座って胸板に寄りかかり、温泉を満喫します。
「俺が言うのもなんだが、その表現は年寄りくさいぞ?」
「い~じゃないですか、データベースに入っていたし、今の気分にぴったりなんですから」
「……なんだかなぁ…ハァ」
 やりきれない、といった感じの溜め息をついた父様。
「――にしても、ロザリィ」
「はい?」
「お前、何時その水着を買ったんだ?」
 私が着ているのは、明るい緑一色のパシリ用ビキニです。
「え、エヘヘへヘ……去年の春頃ですよぅ。
 ご主人様と一緒に海に行きたくて、前もって買ったんですけど、去年は行く機会無かったから……」
 温泉から来るのとは別の火照りがこみ上げてきて、顔が更に赤くなってしまいます。
 だって、父様がじろじろ見るんだもん。
 でも、なんだか気分が高ぶってきて、恥ずかしいのを承知の上で、父様の首に抱きつきます。
 そして、胸の二つのふくらみをこれでもか、とばかりに押し付けます。
「お、おいおい……こんな場所で抱きつくなよ、危ないだろう?」
 父様は一瞬だけ驚いてから苦笑し、片腕でちゃんと抱き止めてくれます。
「やだもーん、エヘヘ」
「やれやれ……」
 声はあきれていますが、顔つきは何故か真剣になっています。
 ちょうど、私の頭で店員さんから父様の顔が見えない状態です。
「しかし、一体誰がお前の事を公安部に教えたんだろう?」
 小さな声で、囁くように言う父様。
 どうやら、さっきからずっとそれを考えていたようです。
「分かりません。あのニューマンも、流石にそこまでは漏らさなかったし」
 私も小声で答えます。
「……捕らえてみたが、真相を吐くかどうか、怪しいな」
「そうですね、自白させるのは大変そう」
「……とにかく、これで帰って、部長に報告しよう。
 うちもだが、公安部の連中がどう動くか、分からんからな」
「はい、父様」
 私は小さく頷き、その意見に同意しました。
 実際にどうなるか、本当に分からない状況だったのです。
 でもこれが、私と父様が諜報部で関わった最後の出来事になるとは、全然思ってもいませんでした。


★Act2

 翌日。
 私と父様は連れ立って諜報部エリアへ出かけました。
 ですが、出会うヒトみんなが、何処かよそよそしく視線を外します。
「……これは、覚悟したほうが良さそうだな」
 父様がぼそりとこぼします。
「よぅ、班長、『指揮者』」
 いつもと変わらない調子で声をかけてきたのは、私の同僚でワンオブサウザンドの一人、GH422の『狂戦士』さんです。
「おはよう、『狂戦士』」
「おはようございます、『狂戦士』さん」
「おはよう。班長、話は聞いてるぜ?なんでも公安部のハイエナ、とっ捕まえたんだって?」
「やれやれ……もうお前にまで知られているのか。誰に聞いた?」
「それがさ――っと、忘れるところだった。部長が「執務室までさっさと来い」って、言ってたよ」
「その調子だと、かなり厄介な状況だな……」
「ま、そういう事。急ごう、あたしも呼ばれてるんだ」
 そう言って、足早に廊下を進む『狂戦士』さん。
 私と父様も、それに合わせて急ぎました。

「失礼します。オメガ・リーダー及び『指揮者』、『狂戦士』、参りました」
 挨拶して執務室に入ると、敬礼する私達。
 すぐさま入り口にロックが掛かり、各種探査妨害装置が作動します。
 この部屋でのやり取りは、隊員達にすら漏らせない機密事項が殆どなので、可能な限り漏れないようにする必要があるからです。
「早速ですが、話があります」
 部長さんが仕事の事で前置きするなんて、よっぽど稀な事です。
「オメガ・リーダー、あなたを諜報部から除籍します。
 あなたの後任には、現在の副班長が入ります。
 私物を片付け、一時間以内にこのエリアから退去しなさい。
 『狂戦士』、手伝ってあげなさい。
 それから『指揮者』、あなたも同様です。
 以上です」
 一瞬、部屋が静まりかえりました。
「了解しました、部長。
 私ことオメガ・リーダーは、諜報部における全ての権限を部に返却し、諜報部を辞します。
 ――長い間、お世話になりました」
 冷静な声色で、内容を復唱する父様。
「ご苦労様でした。1時間の時限ID貸与と退室を許可します」
 その時、何かを言い忘れたのか、それとも思いついたのか、ほんの一瞬だけはっとした表情を浮かべた部長さん。
「一つ、言い忘れました。
 あなたを除籍はしますが、『狂犬』の監視任務は継続するように」

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「あのクソ部長め、余計な事を」
 430さんが小声で毒づきますが、とりあえず聞かなかった事にします。

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 分かりにくい表情でしたが、部長さんは父様に向かって、微かに微笑んでいました。
 父様にちらりと視線を向けると、見にくかったんですけど、口の端をあげて笑っています。
「はっ、了解しました。
 それでは、失礼します」
 最敬礼すると、無言で私と『狂戦士』さんを促して、父様が執務室から出て行きます。
 私は戸惑いながらも、同じように最敬礼して、外に出ました。

 一体、どうなってるの?!誰か、分かるように説明してぇ!!

 内心はもうパニクっていたのですが、こんな場所で父様に訊く訳にもいきません。
「『狂戦士』、さっさと片付けるから手伝ってくれ」
 足早に通路を進みながら、焦り気味の父様が『狂戦士』さんを急かします。
「そりゃ命令だから、手伝うけどさ……
 一体、どういう事だよ、あたしはさっぱり訳分かんね~んだけど」
「説明してやりたいが、時間が惜しい」
 そう言って、特殊広報処理課の事務室へ入っていく父様と私達。
 出入り口には、保安課の人間が二人、しっかりと張り付いています。
「あ、班長!一体全体、どうなっているんですか?!
 保安課の連中から一方的に待機だと言われて、ミッションに行ってるパシリ達のモニタリングまで禁止されて……俺達が何をしたってんですか?!」
 入り口付近にいた隊員が、我慢できないといった様子で父様に詰め寄ります。
 部屋にいた他の隊員達も、不安そうな視線を向けてきます。
「落ち着け、もう直ぐ解除される。
 それと、それに関連した事だが、話がある」
 そう言って、部屋を見回す父様。
「今日付けで、俺は諜報部を辞める事になった。
 急で悪いが、みんな、世話になったな。
 俺の後任には副班長が任命されているから、その点は心配しなくていいぞ」
 誰かが小声で呟きます。
「じゃぁ、あの話、本当だったのか……」
「滅多な事言うなよ、査察課に何言われるか分かったもんじゃない」
 それをたしなめる他の隊員。
「俺にはもう班長権限は無いが、聞いて欲しい」
 全員が黙って頷きます。
「まずは、この部署から俺の情報を洗いざらい消去。
 これは、他の隊員達にも徹底されるだろう。
 それから、PM達全員もだ。
 お前達は、PM達の情報改ざん処置の準備をして、部長から指示があるまで待機しておけ。
 暫くすれば、同じ内容の命令が来るはずだ。
 情報管理要員は例のプログラムの最終チェックを忘れるな。
 それから、『狂戦士』」
「な、なんだよ」
「直ぐに『魔女』を呼んで来い。
 お前達の場合、他のPM達より特殊な分、時間がかかる。
 短時間で済ませるには、『指揮者』が直接、お前達に処置を施す必要がある。
 こいつの滞在時間が残っているうちに、さっさと済ませるぞ」
「それってつまり、『指揮者』を忘れさせられる、って事だよな……」
 何か含んだ言い回しに、父様はピンと来たらしく、ニヤリと笑って見せました。
「安心しろ、情報改ざん処置といっても、今までみたいな書き換えじゃなくって、本来のログを暗号化してログの改ざんと編集をするプログラムと、それ用のダミーデータソースを、お前達全員に追加するんだよ。
 でなけりゃお前、今後が色々大変だろうが」
「!、了解!急いで行ってくる!」
 急に元気になって、『狂戦士』さんは部屋を飛び出して行きました。

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「そうそう、そのプログラムをインストするとかで、こないだ呼び出された」
 430さんは、あんまり興味が無さそうに言うと、お茶をすすります。
「入れるのに時間ばっかりかかってさ……効果があるんだか無いんだか……」
「そう言わないでよ、あれは元々、430さんの為に開発したものなんだから」
 私がたしなめると、溜め息をつく彼女。
「『魔女』とか言う奴も、同じ事言ってた。
 作った奴に感謝しろ、って。
 恩義せがましいっての、ほんと」
 あぁ、言いたくは無いけど、話を続けると、『あれ』を作ったヒトがばれるんだよねぇ……
 私は諦めて、話の続きを語ります。

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「さて、俺ががここにいられるのも、あと4、50分。
 今から30分で俺の全データを抹消、同時に改ざん処置の準備だ!」
『アイアイ、サー!』
 全員が敬礼し、動き始めたのと同時に、一人の女性キャストが入ってきました。
 腰までの銀髪とボディラインを強調した白基調のパーツが特徴の、父様よりも頭一つ以上背が高いヒトです。
 もっと目立つのは、ほぼ限界サイズに設定された大きな胸、です。
 その所為か、彼女を見る度にあの胸がたゆんたゆんなキャストさんを思い出すのよねぇ……
「班長、こちらでしたか」
 ちょっと驚いた表情を浮かべた彼女は、さりげない動作で父様に敬礼します。
「もう俺は、ここの班長じゃぁないぜ?新班長」
「はい、そうですね。
 ――3,740日間のお勤め、ご苦労様でした」
「ありがとう。後は頼む」
 父様が右手を差し出すと、ぎこちない動作でその手を握り返す新班長さん。
 ほんっと、この部も右手を預ける習慣が無いんですよねぇ。
「了解です。『指揮者』、あなたも元気で」
「ありがとうございます。――新班長さんも、お元気で」
 私も父様と同様に握手します。
「はい、『指揮者』」
 いつも能面みたいな顔なのですが、今日はかすかに微笑んでいます。
「ところで質問なのですが」
 新班長さんが、部屋を見回してから父様に尋ねます。
「皆は一体、何を始めたのですか?
 部長から緊急命令が来ているのですが」
「俺の痕跡抹消の為の、PM達のデータ改ざん準備だ。
 例のプログラムを実装させておいたほうがいい状況だからな」
 父様のその言葉に、尊敬の眼差しを向ける彼女。
「さすがです。既に指示済みでしたか」
「まぁな。あの部長の考えている事が分からないんじゃ、直属の班の班長なんてやってられないからな」
 晴れ晴れとした表情で言う父様ですが、その横顔を見ながら、なにやら躊躇った様子の新班長さん。
 その時間はほんの少しでした。
 いつもの表情に戻った彼女は、そっと父様に近寄り、普段と変わらない口調ですが、小声で父様に声をかけます。
「ここから先は、私の独り言です」
「……?」
 怪訝な表情を浮かべながらも、頷く父様。
「これは緊急命令に含まれていたのですが、先ほど挙がってきた報告です。
 ミッション中に『ナックルズ』が、ビーコンロストしたそうです。
 ポイントはモトゥブの――」
 諜報部で使う暗号ポイントを告げる新班長さん。
「――です。
 これから直ぐに出向く事になっていますが、よろしければ、気に留めて置いてください」
 厳しい表情になった父様は、改めて頷きました。
 新班長さんは父様から離れると、肩幅に脚を開き、腕を後ろに組んで背筋を伸ばします。
「謹聴!現時刻を持って、待機状態が解除されます。
 パシリ達のログ改ざん準備が済み次第、私と他3名は、モトゥブに向け『ナックルズ』の回収に向かいます。
 状況はビーコンロスト、最終地点及び周辺領域を探索、ログの回収を最優先します。
 残りは現在までに遂行中の業務を継続、部長の指示があれば即座に改ざん処置を開始してください」
『アイアイ、マム』
 部屋にいた隊員達は、作業を止めることなく復唱します。
「『狂戦士』、戻りました」
「――『魔女』、参りました」
「ご苦労様、『魔女』、『狂戦士』」
 新班長さんが、やってきた『魔女』さん達に声をかけます。
「話は聞いているかと思います。
 時間が余りありません、あなたたちは直ぐにデータの改ざん処置を受けてください。
 『指揮者』、準備は済んでいますね?」
「はい」

 私は新班長さんと退部の挨拶をしてからずっと、黙々とダミーデータとその運用プログラムを用意していたのです。
 プログラムの方は、口の悪い430さん――つまり『狂犬』さんが諜報部で動かないといけない時用に、前々から指示を受けて作成していて、数日前に完成したばかりの出来立てホヤホヤです。

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「口が悪いって言うなよ、気にしてるんだ……って、あれ?」
 あ、気づいたみたい。
「まさか、プログラム作ったのって、お前、なの?」
 私が無言で頷くと、430さんは口を噤み、気まずそうにお茶をすすります。
 私は苦笑を浮かべて、話を先に続けます。

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 このバージョンなら、ワンオブサウザンドを含めた大概のパシリに問題無く使えるのですが、二人の分は本人に合わせてちょっぴりカスタマイズしてみました。
 ダミーデータの方は、諜報部に溜め込んであったログを編集して作ってあったものです。

 え?私には必要無いのか、ですか?
 実は私、ヒトやマシナリーを含めた機械に対して嘘がつけるので、プログラム自体が必要ないんです。
 正しく言うと、ワンオブサウザンド化したパシリは、『嘘がつけない』という、マシナリーとしての倫理原則を無視出来るみたい。
 それを考えれば、430さんや『魔女』さん達には必要無いと思うのですが、念には念を、といった所でしょうか。
 私の場合、読取装置にニセのログを読ませたり、直前に書き換えたりなんて、今までにもやった事があります。
 でも、滅多にやりませんよ?性に合わないし、普段は必要無いし、それに奥の手だから。
 あ、そう言えば、一番の大嘘つきは、私が会っていないGH440『不死身』さんだと、430さんが前に言ってたっけ……
 それはともかく、その特性を自分で解析してプログラムしたのが、この……

 ピシャピシャーン!
「ダミーデータ運用プログラムぅ!」
 同時に、青い色のタヌキモドキが、四角くくて薄い板状のものを丸い手で持っている姿が、イメージ処理デバイスに浮かびました。
 何故か、目の箇所には黒い帯がしっかりと入っていますが。

 ……、何、今の謎の音?
 そして、何この奇妙な物体は?
 ……これ、母様の残していったデータなのか……えと、ドラ○もん?
 それに……別バージョン?キ○レツ?
 んもぅ、母様ったら、変なデータ残して逝くんだから……消し消し!
 ええっと……『使い方は簡単、後でも先でもいいからダミーデータをログのファイルに放り込んでおけば、このプログラムが勝手に本来のログとダミーデータを使って偽ログを作り、隠したいログの箇所に合わせて編集と書き込みをしてくれます。
 おまけに、本来のログは、その偽ログの中に暗号化して隠されてしまうので、痕跡を探す事すら困難になっています。
 何より、このプログラムの悪質な点は、不審に思って機体解析しても発見できなません』
 えっと、後は……ああ、そうそう『プログラムの知識がゼロの状態から作り始めたから、とっても時間がかかった事実は変わらない』だったっけ。
 アホなイメージが湧いたせいで、何を考えていたのか忘れちゃうところでしたよ、もう。

「『指揮者』、大丈夫?妙な顔してたけど……」
 『魔女』さんが心配そうに、私の顔を覗き込みます。
 どうやら、さっきの考え事が、顔にまで出ちゃったようです。
「え?ああ、うん、大丈夫。唐突に、変なことを思い出しただけだから。
 コホン――それじゃぁ、始めますね。
 二人とも、通信ポートを開放して、優先権を一時的にこちらへ委譲してください」
「「はい」」
 私は有線接続のコードをイヤーパーツから引き出して、二人のイヤーパーツにコネクト、システムを直結します。

 パペットシステム起動、通常アクセス、優先権の委譲を確認後、ダミーデータを転送、プログラムをインストール。
“パペットシステム起動、通信ポートから通常アクセス……アクセスを確認、アドミニスター権限の委譲を申請……委譲を確認、ダミーデータ転送開始……完了。プログラムのインストールを開始します”

 さて、これが終わったら、私のお仕事も終了ですね。
『ねぇ、『指揮者』』
 直結回線から、『魔女』さんの通信。
『なんですか?』
『あなたと班長さん、これからどうするの?』
『ほえ?これが終わったら、部屋に帰ってお掃除して、それからお昼ご飯作るけど、何で?』
 一瞬、間が空きます。
『いや、そうじゃなくて……公安部にケンカ売ったんだろ?』
 今度は『狂戦士』さんからの通信。
 ああ、そういうことか。
『……まぁ、返り討ち?にしちゃったけど、元々向こうが悪いんだし。
 大体、身分を明かさずに襲撃かけといて、負けたら逆恨み、って、子供じゃないんだから……』
『そうは言うけどさぁ……プライドうんぬん言う連中なんて、中身はガキだから、難癖つけてくるの確定じゃん』
『大丈夫よ、公安部だって下手には手が出せないから。
 そうでなくたって、最近は総裁が暗部に目を光らせているんだし。
 それに、ご主人様って機動警備部じゃぁ結構模範隊員だから、公安部が難癖つけるの、結構難しいのよ?』
『ジュエルズの件があるけど、それでも?』
 『魔女』さんが、心配そうに言います。
『ん、平気平気♪
 前総裁のお墨付き、結構強力だし、それに、表向きは機動警備部直属なんだから』
『下手に手を出せば、公安部のお偉いさん達の首が飛ぶ、か』
 その言葉は、自分を納得させるようなニュアンスを含んでいます。
『暗殺されないように気をつけろよ。あのハイエナども、『うち』よりしつこいって有名だからな』
 『狂戦士』さんが念を押してきました。
『うん、分かってる、気をつけるね』

“プログラムのインストールが完了しました。メインシステムをリブートしますか?”

『あ、終わったみたい』
『うん』『ええ』
『それじゃぁ、システムリブートするよ?』
『ちょっと待って、『指揮者』』
 『魔女』さんがあせった感じで、あわてて止めます。
『なぁに?』
『リブートすると、再起動に時間かかるから、先に言わせて。
 ――お疲れ様でした。今までありがとう』
『あたしからも言わせてくれ。
 お勤めご苦労様。この部署で言うのもなんだけど、楽しかったぜ』
『ありがとう、二人とも。私も、楽しかったよ。
 ――今度、時間が有ったらお茶でも飲みに来て。ね?
 お菓子、いっぱい作って待ってる。
 ご主人様も、あなた達が遊びに来るの、楽しみにしてるだろうから』
『うん、そのうち行かせて貰うよ』
『ええ、そうね。その時は連絡します』

“プログラムが有効ではありません。有効にする為に、メインシステムのリブートを行ってください”

 システムから警告が来ました。
『バイバイ、またね、二人とも』
『じゃぁな』『またね、ロザリオ』

 メインシステムのリブート実行後、接続を解除。
“メインシステムのリブート開始……実行完了。アクセス切断”

 静かになった直結回線が、私と諜報部の関係が終わった事を告げていました。


★Act3

 滞在時間ギリギリで諜報部を退去した私と父様は、真っ直ぐ部屋に帰ってきました。
 そして、持ち帰った私物を二人で整理してから、部屋掃除を始めたのですが、その途中に公安部の人達がやってきたのです。
「公安部捜査課第5班の者だ。
 部屋主とそのパシリはいるか」
 ズカズカと居間に入ってきたその人物は、鋭い目つきで部屋の中を物色しています。
 私はマイショップのビジフォン周辺のハタキ掛けをやめ、居間に入りました。
「はい、ご主人様ならそこに……」
 そう言って、居間とマイショップの境に置いているグッグ・オブジェをハタキで指します。
「ふざけてるのか、貴様」
 鋭い目つきを更に鋭くするそのヒト。
「いえ、そうではありません。
 ――ご主人様、そろそろよろしいですか?お客様ですけど」
「おう、掃除機用意してくれ、よっと」
 掛け声と共に、ゆっくりとグッグ・オブジェからずり出てきた父様。
 勿論、埃まみれです。
 その様子を見た公安部のヒトは、目が点になってます。
「申し訳ない、オブジェにまで手入れが行き届かなかったせいか、オブジェの動きがおかしかったものでね。
 掃除がてらに手入れしてたら、この有様なもので」
「お客様、前を失礼しますね。
 ――ちょっとご主人様、埃を吸い取るから動かないでよ」
「すまん、助かるよ」
 埃を掃除機で吸い取りながら、ちらりと公安部部のヒトを観察します。
 年の頃は30代でしょうか、いかつく、引き締まった体つきを公安部の制服と帽子が隠しています。
 帽子はすっぽりと頭を隠すものなので、耳で種族を判別出来ませんし、顔にパーツの接合線もありません。
 ただ、どう見ても男性にしか見えないので、キャスト以外の男の方なのでしょう。
「――はい、終わりましたよ、ご主人様」
「ありがとう。
 ――申し訳ない、お待たせしました」
「あ、ああ……」
 立ち上がった父様が声をかけると、どうやら我に返ったみたいです。
 公安部のヒトは、咳払いをして、公安部専用の特殊端末を取り出しました。
「お前達に対して捜査令状が下りた。
 容疑は営利誘拐及び違法威力装備秘匿とその使用行為だ」
 そう言って、端末に捜査令状を表示させます。
 と、同時に、部屋へ5人の公安部隊員がズカズカと入ってきます。
「……で、俺はどうすればいいのかな?」
 父様は動じた様子も無く、部屋の中をきょろきょろします。
「昨日のログの提出と、公安部へ任意同行願いたい」
 威圧的に言いますが、なんか調子が狂っているみたいに見えます。
「ログの提出はかまわないが、同行は断る」
「現在の発言は、公文書に残ると知っているはずだが」
「だからさ。
 分かりやすく言ってやろうか?
 俺には、お前さんが言う容疑に心当たりが無いんだよ」
「きさま、よくもぬけぬけとっ!」
 後から入ってきたうちの一人が、少し甲高い声で父様に詰め寄ります。
 父様よりも頭半分背が低く、その体型から見て取るに、どうも女性のようです。
「そこまでにして置かないか、副班長」
「は、申し訳ありません、班長……」
 班長と呼ばれた最初に入ってきた人が、その女性を副班長と呼んで諌めます。
「ともかく、家宅捜索許可は下りている。
 部屋の隅から隅まで調べさせてもらうぞ」
 班長さんのその宣言に、肩をすくめて見せた父様。
「好きにしてくれ。なんも出ないのにご苦労なことだ」
「あのぅ、一つよろしいでしょうか?」
 私が手を上げて発言許可を求めると、班長さんは鷹揚に頷きます。
「なんだ?」
「捜索後に家具とかを戻す時、掃除機かけていいですか?」
「は?」
 班長さん、また目が点になっちゃった。
 反対に、私は目をキラキラさせながら手を組んで、笑顔で詰め寄ります。
「こんな機会じゃないと、重いものなんて動かせないから、部屋の隅々まで掃除したいんです!
 お願いします、捜査の邪魔はしませんから!」
「ろ、ロザリオ、お前なぁ……」
「だってご主人様、普段はあんな重いものとか、部屋の備品とかの裏の掃除が出来ないんですよ?!
 それに、ご主人様ってば、私がお願いしても動かしてくれないじゃないですか!」
「分かった分かった。許可する、好きにしろ」
 班長さんが眉間にしわを寄せつつ、こめかみを押さえ、許可してくれました。
「ありがとうございますっ!」
 お礼を言い、私は掃除機のノズルを持って、ワクワクしながら捜索が終わる頃を待つのでした。

 結局、半日に及ぶ家宅捜索によって出てきたのは、埃のみ。
 私は嬉々として、掃除機をかけまくりました。
 それと、こっそり盗聴器を仕掛けられなかったかも、チェックしました。
 どうやら私がいた為に、そこまでは出来なかったようです。
「班長、部屋の捜索が終了しました」
「了解、何も無し、か。
 ……ふむ。
 では、お前から以下の装備を押収する」
 家宅捜索の間、班長さんはずっと提出されたログをチェックしていました。
 そして、ログから判別された、あの日の父様の使用武器であるツインルビーバレットが押収されました。
「それを持っていかれると、俺は仕事が困るんだが」
「それは我々の関知する事ではない」
「仕方が無い、何か調達するか……」
 頭をボリボリかきながら、父様はブツブツと独り言を言い始めました。
「それと、お前のパシリもだ」
「ほえ?!私もですかぁ?!」
 思わず声をあげましたが、当然の如く無視されました。
 むぅ、パシリだからって、扱いが悪いです、もぅ。
「どうしても、か?」
「当然だ、これもお前の備品だぞ」
 その言葉に、一瞬、殺気の篭った表情を浮かべた父様。
「……それなら、代替PMを用意してくれるんだろうな?
 見て分かるとおり、俺もマイショップを開いているし、この部屋を管理するのはPMの機能だからな。
 ――ああっと、前もって言っておくが、総務部には余計なPMなんて、一体も居ないぞ?
 何度か指名でミッション受けた時に、だいぶグチってたから、憶えてるんだ」
 話の途中で何処かへ連絡を取ろうとしていた班長さんに、横槍を入れた父様。
「……よかろう、私のパシリを回してやる。
 GH440だが、問題はあるまい」
 どこか歯切れの悪い返事ですが、班長さんは了承しました。
「へぇ、公安部にもPMが居るのか」
 嫌みったらしい言い回しで父様が言うと、班長さんは苦々しい表情を浮かべ、父様の胸をトントンと指先でつつきます。
「我々の部では、独身者だけに回されているんだ。
 お前達、機動警備部が金食い虫なんでな!」

 ---マイルーム、その後---

「やれやれ、やっと帰ったか……」
 公安部の連中が帰った後、俺はそっと溜め息を付いた。
 結局、ロザリオは俺の備品として公安部に『押収』されてしまった。
 あいつが連中に押収品として扱われている様子を想像して、思わず噴き出した。
 さぞや、持て余しているだろう。
 だか、その笑いにツっこみを入れるいつもの声が、聞こえてこない。
「静かだな……」
 やはり、あいつが居ないと寂しいものだ。

 この所、なにかというと「ご主人様」「父様」と、甘えてきた。
 時間が許す限りかまってやったが、何処か寂しげだったように思える。
 そういえば、以前にも似たような事があったのを思い出す。
 あの頃も、妙に忙しい時期だった。
 それは今も同じだ。
 原生生物やSEEDモンスターの駆除依頼は相変わらずだし、通常の事件も元通り以上に増えているからだ。
 この間は、久々に自由警邏の番が回ってきたので、あいつと出かけたのだ。
 あいつがやりたがっていた事にとことん付き合う予定だったのだが、結局はそれも途中になった。

 俺はベッドにひっくり返り、目を閉じる。

「ご主人様、朝ですよぅ~」
「お弁当です、ご主人様」
「誰もいないよね……いってらっしゃい、父様」
「おかえり!ほらほら、みんなっ、ご主人様が帰ってきたんだから!片付けてよっ!」
「ご飯、出来ましたよ~」
「……お風呂、一緒に入っていいですか?えへへ♪」
「ふぁ~っ……おやすみなさい、父様……」

 瞼の裏にあいつの顔が過り、脳裏には声が聞こえる。
 俺はこんなにもあいつに好かれていたのか、と改めて思うのと同時に、自分もあいつが同じくらい好きなんだと、改めて自覚した。
 あいつがここにいない事で、文字通り半身を持っていかれたような感覚を覚える位に。
 ひどく、寂しかった。
 あいつも今頃、寂しがっているんじゃないかな……

 ピンポーン。

 突如、部屋のチャイムが鳴る。
「ん?誰だ?」

 ピンポーン。

 時間は深夜近く、今日はもう来客予定は無い。
 それに、ロザリオがいないので、マイショップも一時閉店する為に入り口がロックしてある。

 ピンポーン。

 3度も鳴らすという事は、確実に用がある人間だ。
 一瞬、居留守を決め込もうかとも思ったが、気が変わった。
「――はい、どちら様?」
 ビジフォンで通路を確認すると、カメラには何も映っていない、ように見えた。
「ん?」
 一瞬、下側に緑色の何かが引っかかった。
 カメラを動かすと、緑色の特徴ある帽子が映り、それにそって視点を下げていく。
『こんばんは、いらっしゃらないのかと思いました』
 そこにはGH440が一人、やや乏しい表情で立っていた。
『公安部捜査課第5班班長付きのGH440です。
 押収されたGH412の代替要員として参りました。
 入室の許可をお願いします』
「少し、待ってくれ」

 思ったより対応が早いじゃないか、あの班長は。

 早足で入り口まで行き、ドアを開ける。
「初めまして、部屋主さん」
 丁寧な物腰で頭を下げ、挨拶するGH440。
「初めまして。
 思ったより早い対応で、ちょっと戸惑った」
「そうですか」
「ともかく、入ってくれ。もう深夜だし、早速、部屋の管理権限の仮登録をしてもらいたい」
「分かりました」
 GH440を招きいれ、入り口が閉まった途端。
「お久しぶりです、『使用人2』!」
 そう言って、俺に飛びついてきた。
 彼女を正面から受け止めたものの、俺は思わずしりもちをついて、ひっくり返る。
 同時に、440の頭から帽子が転がり落ちた。
「……まさかお前、『不死身』か?!」
「はい!」
 先ほどとは打って変わって、表情豊かに振舞う440。
「1年ぶりですね」
 そう言って、優しい微笑を浮かべたのだ。
 俺はあっけに取られて、440の顔を見ていた。
「な、なんですか?私の顔に、何かついてますか?」
 急に困った表情になり、自分の頬をそっと撫でている。
「……いや、雰囲気が、以前とだいぶ違うから、驚いた」
「そ、そうですか?」
 きょとんとしたその顔は、今まで彼女が見せた事のないものだ。
「ああ、430もかなり変わったけど、お前も随分な変わりようだ。
 ――幸せそうだな、440」
「はい、おかげさまで」
 そう言って、にっこりと笑って見せたその表情が、今の彼女そのものだった。
「ともかく、下りてくれないか?これじゃ起きられない」
「あ、す、すみません……」
 『不死身』、いや440は、恥ずかしそうに俺の上から降りた。
 俺は上半身を起こし、その場へ座りなおした。
「しかし、本当に驚いた。
 お前の新しい主人が、公安部の人間だとはなぁ……」
「それは私もです。
 ですけど、あのヒトも肝が据わっていて、私の事も『ちょっと変わってるパシリ』程度にしか見てないんですよ?
 私の事、ちゃんと分かってるのに、いい神経してます」
 それを聞いて、俺は苦笑した。
「お前に言われるようじゃ、よっぽど変な奴だな。
 ――随分、四角四面な性格の奴に感じたんだが?」
「それはその通りですが、自分がちゃんと納得しない限り、動かないヒトですから。
 『法は法だが、それだけで取り締まるのがガーディアンズではない』って、よく部下に言ってます」
「そっか……あいつ、ああ見えていい奴だな」
「はい、とても」
 その時の440の表情は、とても誇らしげだった。

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「そっか、あいつは公安部の隊員に拾われたのか」
 テーブルに頬杖をついている430が、ポツリと呟いた。
 何処となくほっとした感じが、その言葉から伝わってきた。
「ああ、元気にやってたぞ。
 ……何だ、440は、お前の所には顔を見せてないのか?」
「ん?あぁ、来てねぇよ、あいつ。
 まぁ、来られてもウゼェだけだし」
 口では面倒くさそうな事を言っているが、顔はにやけている。
 無自覚みたいなので、あえて触れずに先を続ける。

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 再開の挨拶も済んだので、早速、部屋の管理登録をしてもらった。
「……、はい、完了しました」
「なんなら、この部屋のログも拾ってくか?」
「え、あの、その……」
 躊躇しているところを見ると、どうやら同様の指示を受けていたらしい。
「構わないぞ、440。
 そんな事だろうとは、最初から予想してたのさ。
 それに、お前がアクセスしたら、情報なんて全部筒抜けだろ?」
 俺が言うと、440は参ったとばかりに苦笑を浮かべた。
「……敵いませんね、全く。
 では、遠慮なく調べさせていただきます」
 そう言って目を閉じ、何かに集中する事、約5分。
「完了です。コピーもいただきました」
「了解」
「……本当に、何も無いくらい裏も表もありませんね。
 これ、上に提出しても、あなたが無実だって証拠にしかなりませんよ」
「だろうな。お前も元諜報部なら、その理由が分かるだろう?」
「はい。ですが、そういうあなたも元諜報部、でしょう?」
 思わず、二人して噴き出した。
「やっぱり、知っていたか」
 俺の言葉に、こっくりと頷く440。
 「誰から聞いた?」などという、野暮な事を言う気は無い。
 あの公安部捜査課の班長が言ったのだろうと、俺は推測している。
 あの時はロザリオの言動に振り回されていたが、あの班長はかなりの切れ者だと、俺は感じていた。
「今は?」
 440は、監視システムの類はどうなの?と、暗に聞いてきた。
「撤去はされてないが、無効化されてるよ。
 俺が全権限、返しちまったからな」
「そうですか、なら、おしゃべりし放題ですね」
「そうだな。公安部も盗聴器の類を置いていかなかったしな」
「調査済み、ですか」
「ああ、ロザリオが――って、お前は知らないんだっけな。俺のPMが、掃除がてら調べたよ」
 そこで、昼間の様子を語って聞かせた。
「随分、ちゃっかりしてますね」
 クスクス笑いながら、440が感想を漏らした。
「まぁな」
「あなたも幸せそうで、よかった」
「440?」
 何処か、遠くを見つめる440。
「私が諜報部を抜け出してコロニーを落とそうとした後、暫くたってから気づいたんです。
 あなたがずっと、私達を心配していたんだ、って。
 私達、あなたにしょっちゅう怒られて、終いには面倒くさいから『はいはい』って言われたとおりの事していたけど、それが本当は大切な事だ、って。
 ――今のマスターに拾われて暫く経った頃、部屋の整理をしていて言われました。
 『随分と、お前は几帳面に片付けるのだな。
  無駄が少なく、分かりやすい。
  前の主人が、どれだけお前に愛情を注ぎ、しっかりと躾けていたかが分かる』
 その時、私が行っていた方法は全部、諜報部にいた時に染み付いたものでした」
 そこまで言うと、大きく息をついて俺を見上げた。
「私達、ずっとあなたにパシリとして見てもらっていたのですね。
 ワンオブサウザンドなんて出来損ないではなく、普通のパシリとして。
 もし、誰かのパートナーに戻れた時に、困らないように。
 私達がパシリだという事を忘れないように。
 それなのに、私達は、私は……」
 一瞬、泣きそうな表情を浮かべたので、俺は440のおでこを指で軽くつついた。
「それを分かってくれれば、俺は万々歳だ。
 諜報部に居た甲斐があったな……」
 そう言った途端に、俺の腹がぐぅ…と鳴った。
「そういや、晩飯まだだし、昼飯も食えなかったんだっけ」
「あの……よろしければ、何か作りましょうか?」
 440が控え目に言ってきた。
 自分が毒を使うパシリだと俺が知っているからこその、言い回しだった。
「そうか。じゃあ、頼まれてくれ。材料は好きに使っていいから、手早く作れるものでいいぞ?」
 俺の返事を聞いて、驚きと喜びを足したような表情を浮かべた440。
「は、はい。すぐ用意します!」
 自分が信用されていると知ったからか、嬉しそうに微笑み、440はすぐさまキッチンへと走っていった。


★Act4

 寂しいよ、父様ぁ……
 本当なら、お腹いっぱい晩御飯食べて、お風呂入って、今頃は父様と一緒に、暖かいベッドで寝てるはずなのに。
 部屋に帰りたいよぅ~。

 ここへ入れられてからずっと、そんな事ばかり考えていた私。
 でも、もう限界です。
「なんで私をここに入れるんですかぁ!
 こんな扱いは理不尽ですぅ!
 晩御飯食べたい!!
 お風呂入りたい!!
 せめて、寝るのに毛布の一枚も貸してくださいよぅ~!!!」
 私は我慢出来なくなって、ロックがかかっているドアを叩きながら、大声で文句を言いました。
 だって、ここは、公安部押収品保管庫の中。

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 430さん、『公安部押収品保管庫の中』と聞いた途端、何かのスイッチが入ったらしく、吹き出しました。
「ぷぷっ、お、お前が押収品、保管庫、く、くくく、さすが公安、くくくくく」
「なぁに笑ってるのよ、430さん、面白くも無いでしょ?」
 私がむすっとした顔でにらむと、目じりの涙をふき取りつつ、笑い続けています。
「だってよぉ、知らないとはいえ、ワンオブサウザンドを押収品扱いなんて、笑えるじゃねぇか、くくっ。
 特別製のブタ箱だって言うなら、分かるけどさ。
 まったく、いい神経してるぜ、公安の連中は、くくく」
 滑稽だと言いたげな表情で、暫く笑っていた430さんでした。
「ふぅ……話を続けるからね」

----

 薄暗いし、押収品が痛みにくい様に室温が0度に設定されているので、寒いこと寒いこと。
 それに、ロックがかかるとガーディアンズシステムが一時凍結されるエリアなので、シールドラインとか保温機能が全く効きません。
 考え事で寒さと空腹を誤魔化すのも、もはや限界です。
「はぅ~、お腹すいたよぅ~シクシク」
 なんかもう、毒とかクソ不味いの覚悟で、押収品とか備品の棚とか食べちゃおうかなぁ……
「やかましいっ!少しは静かにしろ!」
 唐突にドアが開き、私をここに連れてきた、捜査課の副班長さんが入ってきました。
「あう~、ごはん~、おふろ~、もうふ~」
 なんかもう、気が抜けまくっちゃって、まともに返事をする気が起きません。
「おま……もういい、ともかくこっちへ来い。
 取調室で班長がお待ちかねだ」
「え~、ログは渡したし、スキャニングは明日だし、おまけに今晩は寝かせてくれないの~?」
 あまリの不遇さに、悲しくなって、思わず涙ぐむ私。
 それをどう取ったのか、顔が引きつり、頬を、というか、頭上に向かってぴんと伸びた耳まで真っ赤にした副班長さん。
 ……あれ?耳が分かるってことは、帽子脱いでるのか。
 宝石みたいな青い目、綺麗な黒髪をばっさりとショートにしている、結構かわいい感じのニューマンさんです。
「ごっ、誤解を招く言い方をするな、このお馬鹿パシリ!
 班長がお前に話があるそうだ、さっさと来い!」
「あい~、分かりましたよもう~」
 手錠とか掛けられませんでしたが、前後を副班長さんともう一人の公安部隊員に固められて、逃げる余地もありません。
 もっとも、逃げる気も、その元気も無いんですけど。
 黙って、俯き加減でとぼとぼと歩きます。
「――班長、連れてきました」
 気が付くと、取調室の前まで来てました。
「うむ、さっさと入れ」
「はっ。
 さぁ、早く入れ」
 足取りも重く取調室に入ると――なにやら、美味しそうな、いい匂いがします。
「GH412、そこの椅子に座れ」
 班長さんは部屋の中央に設えられている机の一席を既に陣取っていて、その反対側の椅子を指します。
「副班長、お前もそっちの椅子に座れ」
「は?しかし……」
 同様に斜め向かいの椅子を指された副班長さんは何か躊躇っているようですが、私はそんなのお構い無しに、指定された椅子へよじ登りました。
 そして、ちゃんと腰掛けると、目の前には、蓋がされたドンブリとお箸が置かれています。
 そのドンブリの蓋は少し持ち上がっていて、そこから湯気と美味しそうな匂いが漏れていました。
「GH412、まずは食べろ。話はその後だ」
「わ~い!よいしょっと」
 椅子の上に膝立ちになって、ドンブリの蓋を開けると、中にはソースのかかった大きなコルトバカツとご飯が。
「わぁ、コルトバ丼だぁ♪いっただっきま~す!」
「は、班長!どういうおつもりですか!」
 よくよく見れば、机の上には3人分のドンブリが置かれています。
「どうもこうもない、それはお前の分の夜食だ。
 毎度のように言わせるな、腹ごしらえはしっかりとしておけ、連続シフトの夜勤は過酷なのだぞ?」
「~~~~!!!!」
 顔を真っ赤にしたものの、何かをあきらめて、乱暴に椅子に腰掛けた副班長さん。
「全く、少しは気遣えるようにならんと、嫁に行った時に困るのはお前だぞ」
「それと夜食と、どんな関係があるというのですか、班長!」
「うむ。
 早い話が、パシリというのはヒトと変わらない部分が多い。
 つまり、寒い場所は苦手だし、腹は空かせるし、眠りもする。
 だから、扱いはヒトと同じだという事だ」
「全然、早くありません!
 要するに、こいつを押収品保管庫じゃなく、留置場に入れればよろしいのですね?」
「そういう事だ。
 私が言う前に、それくらいの事に気づかないでどうする。
 せめて、好きな男には、それ位の気遣いをさりげなくしてやるものだぞ?」
「ですから、一体何故、そういう話になるのですか!」

 全くです(モギモギ)。
 ……むぅ、このコルトバ丼、味はいいのですがちょっと油がきつ過ぎです。
 ええっと、確か、お茶に入れるレモン・ポーションが、ナノトランサーに残っていたはず……
 
 レモン・ポーションをナノトランサーから出そうとしたら、副班長さんが私の左腕を掴みました。
「何をしている」
「何、って、ナノトランサーからレモン・ポーションを出そうと思って。
 油っ気が強すぎて、味がイマイチなんですよね、このコルトバ丼」
「――なんだ、いい物を持ってるな。私にも貰えないか?」と、班長さん。
「あ、はい、お好きなだけどうぞ~」
 副班長さんの手をやんわりと外して、私はレモン・ポーションを取り出しました。
 自分のカツに好みの分だけ振りかけてから、班長さんに手渡します。
「班長ぅ!毒物かもしれないのに、そう安易に手を出さないで下さい!
 ――ああっ、そんなに沢山!」
「副班長、少しは落ち着け。
 パシリはヒトに――」
 そこまで言うと、ポーションの容器を副班長さんに突きつけ、鋭い視線を向ける班長さん。
「……実害を……与えられない」
 副班長さんの答えに、満足そうな表情で頷く班長さん。
「そうだ。
 もし可能ならば、それは所有者の許可か命令があった場合のみだ。
 物事の基本を忘れて、何でもかんでも疑ってかかっていては、話が進まない場合もある。
 もし、このポーションが毒入りなら、そう仕向けたのはこのパシリの所持者という事になる。
 その場合、昼間会ったあの男は、何らかの後ろめたい部分があるという事だな。
 ――使うか?」
 くいっ、と、ポーションを立てる班長さん。
「え?いえ、遠慮いたします」
「そうか。――412、ありがとう。返すぞ」
「どういたしまして」
 ポーションをしまった後、私は無言でご飯を平らげました。
 班長さんたちも同様に、無言で食べ続けました。
「ふぅ、ごちそう様でした」
 お腹いっぱいだけど、お茶が欲しいなぁ。
 ほんとはお茶を淹れに行きたいけど、一応、私は容疑物品?らしいから、これ以上の勝手は何を言われるか。

 コトッ、コトッ。

「……お茶だ。熱いから、気をつけろ」
 横合いから突然、班長さんと私の前に、湯気の立つカップが置かれました。
「あ、ありがとうございます」
 見上げると、副班長さんがむっとした表情で私を見下ろしています。
「……これでよろしいんですよね、班長」
「私に確認を取るようでは、まだまだだ。
 あいつが戻ってくるまでに、もっと自然に振舞えるようになれ」
「……はい。では、これで失礼します」
 副班長さんは仏頂面のまま、黙礼して取調室から出て行ってしまいました。
「まったく、もう少し何とかならんかな」
 小さな溜め息をついて、入り口の方をちょっとの間だけ見ていた班長さん。
「あんなにカリカリしてたら、恋人が出来ても逃げ出しそうです」
 私がつっこむと、班長さんが口の端だけで笑いました。
 だけど、急に口元を引き締めます。
「その恋人が行方不明なんだ、焦りもするだろうな」
「え?」
「ずばり聞かせてもらおうか。
 あの日、お前が倒した正体不明の敵は3人、それで間違いは無いな?」
「は、はい。
 識別コードも出していませんでしたし、彼らから、所属組織について、これといった発言は有りませんでした」
 そう、発言はしていません。
 父様が、あの3人の所属組織を判明させましたから。
「そうか。
 ――実はあの日、公安部衛生処理課所属のある班が、特務ミッションを行っていてな。
 お前のログにあった交戦記録地点で、行方不明になったのだ。
 その内の一人が、副班長の恋人なのだよ」
 表情を変えず、淡々と言う班長さん。

 うわぁ、もしかしてあのニューマンがそうだったりして……
 あ……という事は、公安部上層が副隊長さんを焚きつけて捜査してるのか。

「この特務は極秘だったから、識別コードも持たされていなかった。
 そこで、当日の現場付近にいたガーディアンズを調査した所、お前の主人とお前が浮上した。
 目撃証言位は取れるだろうと本部に該当隊員のIDとログを請求したのだが、予想時刻の頃合に戦闘記録が残っていて、後方処理課へ連絡、不審人物を護送したという記録があった。
 そこで我々は、お前の主人及びお前が交戦したのが特務隊員達であり、識別コードが無いので不審人物として護送されたのでは無いか、という推理をした。
 ところが、機動警備部の後方処理課へ運ばれていたのは赤の他人だった」
「つまり、護送要員である後方処理課に偽装したか、護送途中で何者かによって摩り替えられて誘拐された、そう推理されているという事ですね」
「正しく、その通りだ。
 そして、お前の主人がその誘拐に関与していると、我々は最終的に結論付けた。
 そして、もう一つ。
 あの場に残された戦闘跡からは、テクニックやトラップとも違うエリア攻撃の痕跡があった。
 何らかの強力なエネルギーを無差別に放射したようなものだと、鑑識課は言っていたが、ガーディアンズに許可されているレベルの兵装では到底不可能だという。
 ここから先は私の推測だが、特務隊員たちはその兵装を持った何かと戦い、敗れ、連れ去られたのだと考えている。
 それがたまたま、お前のいたエリア、時間帯の前後で発生したのではないか、とな」

 この班長さん、相当の切れ者のようです。
 今、私に教えた状況証拠からそこまで推理した上に、どっちも殆ど正解なんですよねぇ。
 父様が諜報部所属してる事がばれてたら、多分、完全な正解をはじきだしてたと思う。
 ――いえ、多分、この班長さんには父様の事、ばれてる。
 理由はいまいち分かんないけど、わざととぼけてるように見えるのは、気のせいじゃない。
 でも、特務ミッションって、一体何だったんだろう?
 あの状況をよく整理してみよう。
 単独になった私に忍び寄り、最初はセイバーで攻撃。
 次いで……おそらく、押さえ込む為に隣接。
 つまり、最初の一撃で潰せなかったから、押さえ込んで確実に倒そうと考えた。
 でも、何か変な動きです。
 う~ん……
 ああ、そっか、あの3人の動きは、最初からパシリを想定したものか。
 つまり、最初から私を狙ってきた訳ね。
 あれ?でも、まって。
 身元を調査したって言ってた割には、父様と私の裏の顔、知らなかったのよね……

 私が考え込んでしまったのを不審に思ったのか、表情が厳しくなった班長さん。
「何か、気がかりな事でも思いつたか、412」
「え、ええっと、ちょっと変なことに気づいちゃって……」
「どんな事だ。
 些細な情報も必要な状況だ、教えてもらえないかな」
「あ~……確証が無いのですけど、私を襲ってきた3人は、パシリを殺す事が元々の目的だったのかなぁって。
 思い返すと、対人暗殺としては妙な動きでしたけど、動きには無駄がありませんでしたから」
「つまり、お前を襲った3人は、お前を破壊する事が目的だった、そう考えたのだな」
「はい。襲われる心当たりは、これといって無いんですけど」
「ふぅむ……」
 何かを考え始めたらしい班長さん。
「でも、いいんですか?容疑のかかっている私に、ペラペラ喋っちゃって」
 私が心配そうに尋ねると、班長さんはまたまた口の端だけで笑います。
「なに、別段かまわないだろう。
 所詮、容疑とは言っているが、ほとんど難癖つけているレベルの話だ。
 そんな状況で、正解に近い推理など出来るはずも無い。
 要は、行方不明者を探す為の口実が欲しいだけなのだ。
 第一、お前は取り調べに協力的だし、当時の状況から推理した事まで発言してくれているのだから、とやかく言われることも無いだろう。
 それに、私としても、副班長の恋人が絡んでいなければ、ここまで熱心にやる気が起きないというのが、正直な気持ちだ。
 何せ、捜査課と衛生処理課は、犬猿の仲なのでな」
「いいんですかぁ、そんな事で?」
「公安部や諜報部ではよくある話だ。
 それぞれの課や班は、己のプライドに非常にこだわる傾向があってな、互いに足を引っ張り合うのが日常茶飯事なのだよ。
 捜査課は、よく衛生処理課に任務を引っ掻き回されて、連中を毛嫌いしている。
 向こうは向こうで、自分達の仕事に首を突っ込んでくる我々が疎ましくて仕方ない。
 そういう関係なのだ」
 わざわざ諜報部を引き合いに出してくるという事は、やっぱりばれてるんだ、父様の事も、私の事も。
 私は気の無い返事をして、すっとぼける事にしました。
「はぁ、そうなんですか……」
「だがまぁ、そのおかげで、あの二人は出会えたとも言える。
 ……聞きたいか?」
「う……とても興味ありますけど」
 他人の馴れ初め話は、パシリの間では娯楽の種ですから。
「では、聞かせてやろう。
 ただし、条件が二つある」
 ああ、やっぱりそう来ますよね。
 でも、それを飲むだけの価値が、私にはあります。
「……いいです、飲みます」
 片眉だけを器用に動かし、驚いた様子の班長さん。
「条件の内容を聞かずに即決とは、また面白い。
 まぁ、そんなに難しい事ではないがな。
 一つは、副班長とその恋人に、この話をしない事。
 もう一つは、この話を他の誰にも話さない事」
「分かりました、約束します」
 私が居住まいを正すと、班長さんは淡々と話し始めました。

 ---班長さんの話---

 あの二人の出会いは、ほぼ2年前に遡る。
 当時、バレンタインデーにあわせたGコロニーの余剰エリア廃棄パージが行われた。
 だが、原因不明とされるパージ管理コンピューターの不具合によって、住民がいるエリアまでパージされかけ、大騒ぎとなった。
 それに、パルムに多少なりとも被害が出たので、混乱した時期でもある。
 その事件の数日後、公安部上層から、はぐれパシリの調査と回収命令が来た。
 俗に言う野良パシリ狩りだ。
 私もその任務を受けていたのだが、裏では衛生処理課が、あるパシリを探していた。
「なんですか、そのパシリって」
 うむ、機動警備部のパシリなら噂ぐらいは聞いたことがあるだろう。
 ワンオブサウザンドと呼ばれる、凶悪な欠陥パシリだ。
 伝え聞いた公安部上層の話によれば、あのパージミスは、そのパシリが引き起こしたという話だったらしい。
 真実は諜報部が握り潰してしまったゆえに分からないが、少なからず、事件を起こしたのはパシリだと、公安部上層は判断したという事だ。
 そして、そのパシリを専属で追う事となったのが、副班長の恋人である、衛生処理課第2班隊員だった。
 また、時を同じくして、私の命令で専属調査を行っていたのが、当時捜査課の平隊員だった副班長だ。
 二人はGコロニーで、パルムで、引き当てた情報を元に追跡をする最中、ことごとく対立した。
 異性の所為なのか、同種族ゆえなのか、当時は互いへの嫌悪感も酷かったうえ、片や確保、片や破壊がその任務内容だ、歩み寄れるはずも無い。
 そんなある時、パルムの旧首都エリアに容疑個体がいるという情報が入った。
 二人は別々なルートから追跡していたが、とうとう正面から戦う羽目になってしまった。
「また、どうしてですか?」
 簡単に言えば、第三者の情報戦で釣られてしまったのだ。
 お互い、相手がその容疑個体を秘匿している、とな。
 結果として、二人が消耗しきったところへ、改造されたと思しきパシリ達が送り込まれ、二人はパルムの海へ投げ出された。
 ただ、その日は運がいいのか悪いのか、天気は荒れ、波が激しくてな。
 あの地域は、中心地に近いほどモンスターも多く、また複雑な構造をしていて、迷うと簡単には抜け出せないのだが、二人は迷宮ともいえる場所の中心地近くへ流されてしまったのだ。
 気がつけば、二人は満身創痍で危険地帯のど真ん中、抜け出そうにも場所が分からないという状況に陥っていた。
 いがみ合っていた二人だが、生き残るために手を取り合い、外を目指した。
 二人とも、2度は死にかけたと言っていた。
 最初は男の方が、モンスターから副班長をかばって大怪我を負った。
 次は、副班長が廃墟の通路から滑落して、大怪我をした。
 そんな調子だったらしい。
 互いに生き残る為とはいえ、傷を手当てし、その身を守っているうちに、いがみ合うのを止め、やがて慈しみ合うようになった。
 結局、二人は飲まず食わずで6日間、廃墟を彷徨った。
 体力、気力共に限界に近づいた時、なんとかあと1ブロックで既知のエリアへ脱出出来る所まで来て、一体のガイノゼロスと遭遇してしまった。
 武器のフォトンはほぼ空、回復手段も残りのディメイトが3つ4つという状況だったらしい。
 かろうじて倒せる寸前まで持っていったのだが、そこでメイトもフォトンも、体力も尽きた。
 二人はそこで死を覚悟したそうだ。
 ところが、そこへ思いもかけない救援が飛び込んだ。
「それは一体誰ですか?」
 野良パシリだ。
 かなりくたびれた格好だったが、二人とガイノゼロスの間に割り込み、身を挺して戦ったそうだ。
 不意を突かれてそのパシリも重傷を負ったが、なんとか倒して、二人と1体はそこから脱出してきたのだ。
 その時の私は、副班長を探して廃墟を調べていたのだが、偶然にも脱出してきた二人と出会えた。
 その後、二人はどちらからとも無く、ごく自然に付き合うようになった。
 つり橋効果かも知れないが、あの二人にはどうでもいい事だろう。
 ただ、双方の口が悪い隊員達からは、班の恥、課の汚点と呼ばれているのが少々不憫だ。


「へぇ、いい話ですねぇ。
 いがみ合っていたのに、やがて愛し合うなんて、ロマンチックですぅ」
 ちょっぴりうっとりしながらそう言うと、班長さんは苦い顔で首を横に振ったのです。
「そう思えるのは、他人事だからだな。
 それと、その時に一つ、おまけがついてきた」
「おまけ?」
「野良パシリだ」
「野良?おまけ?」
「先ほどの話に出てきた個体だ。
 早い話が、身寄りも無く、GRMへ帰りたくも無いその個体は、二人を救助した時に、私に保護を求めてきたのだ。
 たまたま私はパシリを所持できる条件が揃っていたので、許可が下りるならばという条件付きで、その個体を連れ帰った。
 今、そのパシリ――GH440は、お前の主人に貸し出している」


★Act5

 翌朝、パルム標準時0950。
 普段を考えれば、随分遅くに目が覚めた。
 諜報部を辞めた為にその分の仕事が無く、今日は機動警備部が非番の日だったので、目覚ましアラームもセットしておかなかったのだ。
 こんなにゆっくり寝過ごしたのは、久しぶりだった。
「……ん~、静かだ……」
 天井を見ながらそう呟き、ロザリオが昨日、『押収』されてしまった事を思い出した。

 静かなはずだよ、ロザリィがいないんだから。
 ……そうだ、あいつの様子を見に行かないと。
 心配だし、それに、何アホな事してるか……
 寂しがったり、腹減らして泣いているならまだいいが、『キッチン貸せ』とか言って暴れてないと断言出来ないんだよな、あいつの場合は……

 そんな考えがまだ寝ぼけている脳裏を過ぎり、何気なしにビジフォン側に視線を向けた。
「……あ」
 そこには、GH440がベッドによじ登ろうとして、硬直していた。
「……何、やってんだ?」
「……あははははは、お、お早うございます」
「だから、何をしている?」
「あは、あはは、あははは……」
 笑って誤魔化そうとしながら、ベッドを降りようとするGH440。
 だが、そんな状況でろくなことが起こる筈も無い。
「あはははぁっ?!」
 案の定、足を滑らせて落ちかけた。
 俺は咄嗟に上半身をひねり、左手で440の背中の服を鷲掴みにした。
「朝、っつうか、もういい時間だが、何をやってるんだ、ほんとに……」
「すみません、助かりま……せん」
 珍妙な顔で、妙な事を言う440。
「なんだ?落ちずにすんだろうが」
 俺はベッドの上に起き上がりながら、ベッドの空いた場所に440を下ろそうとする。
「あのっ、手、手をっ!」
「ああ、離す。ちょっとま……」「いえっ!ちょっと――」
 ――離さないで下さい!と440が言い終わる前に、俺は手を離していた。 
 440が四つんばいの姿勢で下ろされたのと同時に、掌からかすかなパチッという感触が伝わる。
「あ、あああああ……アジャスター、取れちゃった……」
 絶望に満ちた440の声によって、俺はそこで初めて気づいた。
 俺が440の服を鷲掴みにした時、服と一緒に下のインナーまで掴んでいて、運悪くインナーのアジャスターのロックを解除してしまったのだ。
「あ、すまん」
「……もう、いいです。私が悪いんです。向こうへ行っていて下さい」
 こういう時に、これ以上かける言葉は無い。
 洗顔と着替えも兼ね、俺は黙って、ドレッシングルームへ移動した。
 そして、身だしなみを整えたところで、声をかける。
「もう、かまわないか?」
「……」
「440?」
「来て下さい」
 何やら硬い声色なのが気になるが、来いと言っているので、嫌な予感がしながらも戻ってみた。
「……あの、何をなさっておいででしょうか?」
 つい、口調が丁寧になってしまったが、尋ねるしかない状況が眼前にあった。
 440は、スカート一体型PMスーツと前垂れ付のシャツ、ハーフブーツを脱ぎ、ガードルとストッキングしか身に着けていなかった。
 つまり、上半身裸だった。
 どうやら、予想は悪いほうで当たったらしい。
 左腕で胸を隠し、右手には、普通のPM用ガーディアンインナーではなく、洒落たデザインで薄ピンク色のPM用ブラの端を持ち、怒ったような、困ったような、それでいて途方にくれた顔を俺に向けた。
「思いっきり握られたせいで、アジャスターチップが取れてしまって、着けられないんです」
 責任とってどうにかして下さい、と表情が語っていた。
 アジャスターチップとは、体型に衣類を自動フィットさせる制御チップの事で、どんな下着や服にでも当たり前のようについている。
 今では滅多にない事だが、それが運悪く、布地から千切れ取れてしまったのだ。
「少し待て――っと、一応聞いておくが、怒るなよ?」
「何でしょうか」
「以前とサイズは変えていないよな?」
 諜報部にいた時の440の下着サイズを思い出しながらそう言った途端、俺の顔面に440のブラが飛んできた。
 実際の話、いくらアジャスターチップがあっても、下着、特にブラ系に関しては多少の誤差を修正するくらいにしか機能しないので、大昔ほどではないがサイズ段階ごとに設定されている。
 水着などの例外はあるが、布地の面積が小さいと、チップの効果が薄いのだ。
 特にPMは身体サイズ自体が小さい上、各タイプ毎に体型やサイズが違うので、それに合わせて多数の種類が用意されている。
 それに、豊胸用などのスタイル・パッチが裏で盛んに流通しているのを知っていたから聞いたのだが、どうやら彼女は使っていないらしい。
「当たり前です!私はそういう趣味はありません!」
「……だから、怒るなと前置きした」
 顔からブラを剥がした後、440の躯体を包めるように、ドレッシングルームからバスタオルを持ってくる。
 女性型PMの心理構造は、ヒトの女性を模しているだけあって、男性への羞恥心がちゃんとある。
 なので、440がこれ以上恥ずかしくないように、という、俺からの配慮だった。
 それを知ってか知らずか、440はバスタオルを右手でひったくると、タオルを渡した俺の左手首を左手で掴み、自分の胸へおもむろに押し当てる。
「どこをどう見れば、これがパッチ使ってるように見えるのですか!」
 ぐいぐいと、身長に見合わない豊満な両の乳房に、俺の左手を押し付けまくった。
「分かった、悪かった、理解したから、手を離してくれ。
 柔らかくて気持ちいいが、気恥ずかしい」
「……」
 不意にパサリ、と、440の右手からバスタオルが落ち、その手を俺の左手に重ねると、俯いた。
「気持ち、いいのですか?」
「あ、ああ……少なくとも、俺はそう感じている」
 俺も男だから、きめ細かい肌と柔らかくてほんのり人肌の温もりが伝わってくる彼女の乳房の感触が、気持ちいいと感じていた。
 だから、少々戸惑いながらも、俺は正直に答えた。
「……マスター……どうして……無理やり……」
 440の手と乳房に挟まれた俺の左手に、ちいさな水滴が一つ、二つと落ちてきた。
「もっと……優しく……愛して……」
 急に、挟まれている俺の手の甲が熱さを感じ始めた。
「……だめ……いや……お願い……やめて……」
 何処か、様子が変だ。
「440、どうした?」
 シールドライン越しの熱なのに、徐々に手が痛くなってくる。
 まさか、過去の記憶を追体験しているのか?
「……大好き……なのに……」
 俺は、その言葉で閃いた。
 もしかしたら、今更になってコントラフェット・ミルトが起動したのかもしれない、と。
 何しろ、特定の経験と時間経過が起動条件になっているデバイスなのだ。
 時間は440が起動してから十分経ているが、恐らくは、経験としての刺激が足りていなかったのだろう。
 それが、先ほどの行為で起動条件を満たしてしまったようだ。
 そこへ、トラウマとなっていた過去の記憶が連動して、追体験しているのではないか。
 状況を考えると、十分、可能性がある。
 それに、起き抜けの俺にしようとしていた行為がスキンシップだったと考えれば、コントラフェット・ミルト起動の兆候以外の何者でもない。
 だとすると、今、440が行っている行動を、無理やり止めるのはかなり難しい。
 それと、440は当時の主人に強姦されかけ、自己保存の為に主人を殺害してしまっている。
 それらを考え合わせれば、強引に正気に戻させるのは、はなはだ危険だ。
 かといって、どうすれはいいのか、思いつかない。
 ……いや、ある手段を思いついているが、実行したくない。
 だから、覚悟した。
 挟まれている左手が、暫く使い物にならなくなる覚悟を。
「……いや……いや……」
 440がかすかに首を振るのと同時に、手の肉が焼ける臭いが、漂い始めた。
 激痛に堪える為、歯を食いしばる。
 そして、俺の激しい歯軋りと同時に、俺の手は開放された。
「あ、あ、あああっ、あううぅ……」
「だ、大丈夫か440」
「はう、ううぅ、ふううううっ……」
 あわてて顔を覗き込むと、目を見開き、呆然とした表情をしている。
 どうやら、肉の焼ける臭いで自制したようだが、かなりのショックを受けているように見受けられた。

 ……仕方が無い、この状況下では危険性も高いが、一か八かだ。

 火傷の痛みで乱れる息を整え、俺は440のイヤーパーツに聞こえる程度の小さな声で、はっきり言った。
「過去は過去だ、『不死身』!」 
 急に静かになり、覗き込んでいた俺の顔に、視点がはっきりと合った。
 あの銘は彼女のトラウマでもあるが、それだけに、精神に強力な作用をもたらす。
 聞けば暴走する可能性もあったが、どうやら正気に返ったようだ。
「……あ、あれ、私、どうして……」
「やっと、正気に戻ったか、440」
「裸、何故……そうか、ブラが壊れて、それで……」
 急にはっとした表情になり、俺の左手首を掴みあげた。
 そして、焼け爛れた俺の手の甲を見て、泣きそうな表情になった。
「……夢じゃ、無かった……ごめんなさい……私……」
 そう言って、俺の手を自分の胸へ抱くように押し付ける。
「そこまでにしておかないか、440」
 彼女の行為によって激痛が走るのを堪え、俺が強く言うと、びくっと身を縮めた440。
「自分を責めるな。俺も少々、不注意が過ぎた部分もある。
 ――それに、お前のことを知っている俺だから、これだけで済んだんだ、運がいいと思わなくてはな」
 あの厳しい表情の、公安部捜査課班長の顔を思い出し、俺は痛みを堪えながら微笑んで、440に優しく言い聞かせた。
 もしこれが、あの班長相手だった場合、どんな事態になっていたか、考えるだに恐ろしい。
「さ、手を放してくれ。お前に合う下着を探さないとな」
 素直に手を放してくれたので、ベッドの下に落ちたバスタオルを拾い、まずは440をくるんでやる。
 すると、ぽや~っと、気の抜けた表情になってしまった440。
「確か、ジュエルズのやつで同じサイズの替えが置きっぱなしだったはずだ……」
 独り言を呟きながらその場を離れた俺を、440はただ静かに目で追いながら、俺が戻ってくるのをベッドの上で待っているのだった。

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 そこで、一旦だが、俺の話が終わったので、喉を潤そうとカップに口をつけたのだが、そんな俺を変な表情を浮かべて見る430。
「お前、あいつと俺のスリーサイズ、知ってるのか?」
 430が嫌そうに訊くので、俺は勤めて平然と答える。
「標準サイズだから、たまたま憶えていただけだ。
 それに、あいつがまだ諜報部に居た頃、俺はあいつの見張り兼付き添いで、何度かPM専門ブティックの中まで行った事がある」
 そこで思わず溜め息が出た。
「帽子と下着選びに何時間も付き合わされて、それこそ外出猶予時間ギリギリまで、な……
 結局、時間に間に合うように、一緒に選んでやる破目になれば、嫌でも憶えるだろう?」
 それを聞いて、430は何ともいえない表情になった。
「あー、そいつはご愁傷様。
 でもよ、そんな都合よく貸せるほど、PM用の下着なんて、この部屋に――」
「あるのよ、いっぱい」
 ロザリオがその質問に答える。
「彼の衣類より、みんなの衣類のほうがいっぱいあるのよ。
 ちょっとお茶を淹れなおすから、その間に脱衣場を覗いてみたら?」
 ロザリオに言われるまま脱衣場に行き、その目で確認した430が戻ってくると、俺の膝に手をかけ、何かを言おうと逡巡するも、軽く膝を叩くだけで終わらせた彼女。
 席に戻るその背中が、俺を哀れんでいるように見えたのは、気のせいでは無いだろう。
 ロザリオが戻ってきて、お茶のお代わりを全員のカップに注ぐと、今度は彼女が話し始めた。

----

 ―――公安部鑑識課非破壊検査ブース―――

 チ――――――――ッ……

『……よし、スキャン終了だ。
 検査筐体から下りろ、412』
 副班長さんが、検査ブースのマイク越しに指示してきました。
「は~い」
『返事ははっきりと、はい、だ!』
「別段、私はあなたのパシリじゃないんですよ?
 それに、私のご主人様は、それくらいじゃ怒りません!」
『まったく、お前の躾はなって無いな!』
「あ~、それ、ご主人様を侮辱してますね?」
『侮辱?違うな、事実だ!」
 オペレーター室と検査室の間の扉が開き、途中から肉声になりました。
「さっさと来い、自分も暇じゃないんだ」
「分かりましたよ、もぅ」
「無駄口を叩くな」

 あ~もう、何か言うだけ無駄ですね、このヒトには。

 なんだか馬鹿らしくなったので、さっさと検査室を出て、副班長さんの後を付かず離れずついて行くことにしました。
 それっきり、私は口も開かず、ただ黙って、副班長さんが指示する通りに動きました。
 そして、2時間ほど過ぎた頃。
「副班長、ご苦労だったな」
 班長さんが、部下を一人連れてやってきました。
「お疲れ様です、班長」
 そう言って、副班長さんは綺麗な敬礼をします。
「検査結果が出たのですか?」
「ああ、終了だ。このパシリは――」
 携帯端末の情報を確認しながら、そこで言葉を切ります。
「――全くのシロだ」
「そんな、まさか!」
「まさかも何も、何も出ないのだから、仕方あるまい。
 文字通り『真っ白』なのだ」
 その言葉に、副班長さんは班長さんの端末を奪い取るように手にし、内容を見て震えだしました。

 あ、ガーディアンズの『機密情報に関する秘匿処置条項』に引っかかったのか。
 だって私、一度はガーディアンズの公式機密情報記録に登録されてるから、下手に探っても何も出ないし、権限を振りかざしてファイルを見つけたとしても、閲覧許可が下りないんだった。

「貴様、何物だ!!」
 いきなり、私の襟首を片手で掴んで、顔の位置まで強引に持ち上げる副班長さん。
「ちょっ、くる、う……」
「やめないか、副班長!」
 班長さんが私を片腕で抱えて、副班長さんの腕をやんわりと外してくれました。
「けほっ、けほっ……ひ、唐突に、酷い、何するんですか」
「落ち着かないか、副班長!」
 班長さんが語調も強く、副班長さんをたしなめます。
「ですが、班長!」
「副班長、これより1時間、お前は休憩室で待機だ!」
「班長!」
「命令だ、行け!」
 ここまで言われたら普通なら引き下がるものですけど、彼女は班長さんに食って掛かりました。
「班長、これはあまりにも異常です!
 ファイル閲覧許可ランクAAAなんて、公安部部長でも閲覧できません!
 一体、このパシリに何があるというのですか!」
 副班長さんが、私を抱えている班長さんの腕に掴みかかります。
「副班長、班長から離れてください、お願いします」
 脇にいた隊員が、副班長さんの両肩を掴んで、遠ざけようとしています。
「班長、自分は納得できません!
 私達公安部が手を出せないなんて、どういう事ですか!」
「だから、落ち着けというのだ、副班長。
 さっさと行って、一服しろ。そして、頭を冷やして、冷静に考えてみるんだ、いいな」
 班長さんは静かに言うと、私を下に下ろしました。
「さぁ、行きましょう、副班長」
 その間に、副班長さんは班長さんと一緒に来た隊員に連れられて、何処かへ行きました。
「さて、お前はこれで開放だ、GH412。
 部屋に戻ったら、私のGH440に帰宅しろと伝えてくれ」
「分かりました、班長さん」
「まさか、機密条項にひっかかるとはね……」
 苦笑いしながら、ナノトランサーから父様のツインルビーバレットを取り出し、私に手渡します。
 それを受け取りながら、私は申し訳なく思ってしまったのです。
「すみません。規約で、相手が自力で探り当てるまで、条項に関わっている事を語ってはいけないものですから」
「分かっている、これでも公安部の人間だからな。
 しかし、AAAとは、恐れ入った。
 これではいくら知りたくとも、AAA閲覧権限を持つ、総裁、訓練校校長、或いはルウの何れかから許可を貰うしかないし、まずは下りないだろう。
 本人が語る分には例外となるがな」
 私を見る班長さんの目は、非常に厳しいものでした。
 でもそれは、自分の洞察力が甘かったことに対する、自責の念が現れたもののようです。
「私も、眼力を養ったつもりだったが、まだまだ精進が足りないとはな」
「そんな事無いですよ、班長さん」
「いやいや、私もまだまだだ」
「そこまで謙遜しないで下さい。
 機密条項までたどり着いたヒトって、私が知る限りじゃ班長さんだけなんですから」
 その言葉に、無言で驚く班長さん。
「という訳で、ご褒美と言うのは失礼だと重々承知の上で、私からお教えしてもかまわない情報を一つだけ。
 私が機密情報に登録されたのは、オーベル・ダルガン前総裁がご存命だった頃です」
「!」
 更に驚愕の表情を浮かべた班長さん。
「それと、話は変わりますが、副班長さんの彼氏の件ですけど、ご主人様に話して見ます。
 もしかしたら、何か手助け出来るかも知れませんから」
「分かった、憶えておこう」
「では、これで失礼します。
 ――先ほどは助けていただいて、ありがとうございました」
 私は一礼すると、そのまま振り返らずに公安部捜査課のあるエリアを立ち去ったのでした。

 10分ほどかけて、私は父様と暮らしているパルムのマイルームまで戻って来ました。
 入り口の正面に立ったのですが、開く様子がありません。
 私がいないから、父様はマイショップを閉めているのね。

“ピプポパ、ロックが解除されました”

 いつもの番号を入れると、すんなり開きました。
「ただいま~」
「お帰りなさい、412さん」
 出迎えてくれたのは、GH440さん。
 そういえば、班長さんが私の代わりに自分の所のパシリを父様の所に寄越したんだっけ。
「あ。あなたが班長さんのパシリ?」
「あなたが『あの方』のパシリですね。
 初めまして、公安部捜査課第5班班長付き、GH440です」
 『あの方』って、何か妙というか、引っかかるというか、気になるニュアンスを含んだ言い方をするなぁ……
「こちらこそ初めまして。
 機動警備部対PM対策室PM統括主任付き、GH412、識別呼称をロザリオ・ブリジェシーと申します」

“警告、警告、正面の個体より、OoS反応を確認。
 リストとの照合終了、型式GH440、製造番号に合致個体無し。
 最有力候補個体名、『不死身』。
 詳細確認の為、個体スキャンを開始します”

 え?わ、ワンオブサウザンドの440って……
「部屋主様は今、買い物へ行かれてますよ」
 至って平然と、現状の報告をする440さん。
「え、あ、ああ、そうなんだ……」

 ど、どどどどどど、どうしよう……
 まさか、私の代わりに部屋でお留守番してくれている、公安部のヒトのパシリがワンオブサウザンドだなんて……
 多分、父様は気づいてないだろうし、どう対応したらいいのか……

「あの、ロザリオさん?」
「は、はい~ぃ?」
 あぅ、緊張しちゃって、声が裏返っちゃった。
「まずは、部屋の管理権限をお返ししたいのですが」
「あ、はい、了解です」
 あ~、びっくりした、何言われるのかと思っちゃった。
 私は設置されているビジフォンを操作して、管理権限を復旧させました。
「はい、これでOKです」
「了解しました。
 はぁ、やっと肩の荷が下りました」
 そう言うと、肩をとんとん叩く440さん。
 ……あ、そうだ、彼女に伝言があったんだっけ。
「そういえば、班長さんから伝言を預かってます。
 私がこの部屋に戻ったら、帰宅しなさい、って」
「分かりました、伝言ありがとうございます。
 でも、その前に、部屋主様にご挨拶してから帰ろうかと思うのですが、待たせてもらって宜しいですか?」
「はい、全然かまいませんよ。
 でも、『私』のご主人様は何処まで買い物に行ったのかなぁ?」
 『私』の部分をさりげなく強調して言うと、一瞬だけ、ピクッと反応した440さん。
 どうも、私の留守の間に何か『良くない事』があったようです。
 まぁ、父様が彼女に手を出すとは思えないから、例によって懐かれたとか、そんな所かな?
 父様って、何故か、パシリにすぐ好かれるんですよね……
「他のマイショップへ、双短銃を買い付けに行くと言っていましたよ。
 愛用の奴を押収されて、仕事にならないから、とか」
「なんだ、一足違いだったのか。押収品、返してもらえたのに」

“個体スキャン終了。データ照合率99.58%。OoS該当度SSランク、『不死身』と断定”

 うわーい、ほんとに『不死身』さんだ~……どうしよ。

「ただいま」
 同じタイミングで、父様が帰ってきました。
「お帰りなさいませ」「お帰りなさい、ご主人様」
 私はともかく、440さんまでが、当然のように父様を出迎えます。
「お、帰ってきたか、ロザリィ。
 もうちょっとしたら、様子を見に行こうと思っていたんだ」
「思った以上に早く、開放されまし――ん?」
 なんか、さっきから左手をかばうような仕草をする父様。
 そして、ちらっと440さんを盗み見ると、父様の左手を見ながら、心配そうな表情を浮かべています。
 何も言わないという事は、父様ってば、何か隠してますね。
 こういう時は、直に確認しないと正直に言わないんだから。
 私は不意をついて、父様の左手を軽く握りました。
「ひぃってぇっ!」

 うわっ、普段は怪我くらいじゃ叫ばない父様が、叫んだ挙句に膝ついてうずくまった?!

「ちょっ、ちょっとご主人様、左手をよく見せて!って、何この火傷痕!骨に届いているんじゃないの?!」
「メイトとアトマイザー使って治したが、痛みが引かん……
 つーか、お前が握らなきゃ、さほど痛くなかったんだが……」
 脂汗を流しながら、私に文句を言う父様。
「問題はそこじゃないでしょ、ご主人様!一体、何すれば、こんな酷い火傷になるのよ!」
「ごめんなさい!」
 突然、背後から440さんの謝る声が聞こえました。
 思わず振り向いて、彼女をにらみつけます。
「ごめんなさい、って……どういう事ですか?」
「その火傷、実は……」
「お前の所為じゃ無いと言ったぞ、440」
「ですが……」
「あ~もう!ちゃんと状況を説明して、私を納得させてください!」
 私が叫ぶと、440さんと父様は顔を見合わせて、何やら諦めたような表情になりました。


★Act6

 説明自体は3分程度だったでしょうか、父様の話と440さんの補足により、火傷になるまでの過程は、ほぼ把握しました。
「……はぁ……一体何やってるんですか、ご主人様は……」
 私は父様を座らせると、部屋に基本で備え付けてある薬箱を取り出してきて、メイト類やアトマイザー類とはまた違った、ちゃんとした火傷用の薬剤を父様の火傷箇所に塗り、保護パッチを丁寧に貼り付けます。
 440さんにこれ以上の心配をかけないためと、自分一人では出来ないから、という理由で、あえてちゃんとした手当てをしていなかった父様。
「いくらメイトやアトマイザーが万能でも、ただ普通に使うと、治療できる限度というものがあるんですからね!
 後でちゃ~んと医療課へ行って、手当てしてもらってよね!」
 私は怒りながら、手当てが済んだ父様の左手を、両手でそっと包みます。
「分かってるから、もう勘弁してくれ。
 それに、俺も予想外の事態だったんだ」
「それよりも問題なのは、440さんのおっぱい触った事です、ご主人様!
 私のじゃ不満ですか?」
 私が更に怒った顔で言うと、ちょっと困惑した表情になる父様。
「おい、火傷よりもそっちが重大問題か?てか、んな事、言ってないし思ってないぞ、ロザリィ。
 大体、自分から触った訳じゃ――あ、まさかお前、やきもち焼いてるのか?」
 父様は軽く驚いた表情を浮かべ、私をじっと見ます。
「はいそーですよ、全く持ってそのとーりです、ご主人様!
 たまには私に手を出して欲しいのに、よりにもよって他所のパシリを触るなんて。
 ヒトの女性なら諦めもつきますけど、なんでパシリなんですか、しかも『不死身』さんだなんて!」
 440さんが私の背後に来る位置へ移動しつつ、掴んだままの父様の左の掌を自分の胸に押し付けて、文句を言います。
 すると、遠慮がちに、父様の手の形が、私の胸を包むように動きます。
「あの、そこまでにしてもらえませんか、ロザリオさん」
 440さんが、詰め寄っていくように見える私と父様の間に割って入ります。
 ちぇっ、いい所なのに。
「話が長引くようなら、私は帰りたいのですけど」
「あ。ご、ごめんなさい、440さんがいる事、忘れかけてた」
 しまった、父様を『その気』にさせても、彼女が居たら意味がありません。

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「ちょいまち」
 430さんが、私の話に待ったをかけました。
「なに?」
 ルドを親指で指差しながら、ジト目でにらみつける430さん。
「こないだ諜報部に呼び出された時に聞いたんだけどさ、こいつ、パシリ好きだけど私らに手を出さない、って、諜報部のパシリの間じゃ有名なんだけど……」
 それって嘘か?と、表情で訊ねてきました。
「私だけ、と・く・べ・つ♪って、何言わせるのよ、430さんは」
 私は両手を頬に沿え、いやんいやんと身をよじります。
「……あーはいはい、ごちそうさま、先を続けてください」
 私の返答を聞いて、それ以上つっこむ気も失せたようで、おもいっきり棒読みになる430さん。
「もう、ノリが悪いよ?430さんは」
「もういいから、先を続けて」
「はいはい、では話を戻しますね」

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「ところで、ロザリオさん」
「はい、なんですか?」
「私、あなたに『不死身』と名乗りましたか?」

 あ、さっき、口が滑って言っちゃったんだっけ。
 流石に440さんも、不信に思ったみたい。
 さて、どうやって誤魔化そうかな……

「440、そう警戒する必要も無いぞ、こいつもワンオブサウザンドなんだから」
「は?」
 目が点になり、口をぽかんと開けた状態の440さん。
 どうやら、父様の言った事が理解――いえ、信じられなかったようです。
「は?、じゃなくて、ロザリオもワンオブサウザンドなんだよ。
 元諜報部所属、イルミナス製対マシナリーハッキングシステム搭載PM、コードネーム『指揮者』。
 お前の後輩だから、勿論、お前の事も詳しく知ってるぞ」
「え?え?え?え?ええ?」
「……あの、大丈夫、ですか?440さん」
「え?ええっと……正直、混乱してます、けど」

“ピプポパ、ロックが解除されました”

 突然、入り口のロックナンバー入力音とロック解除アナウンスが流れます。

 ……え?部屋の入り口のロックを一発で解除?
 そんな事が出来るのは、ナンバーを知ってるジュエルズと、ヒュマ姉さん、それにルテナちゃんくらいだけど……

「マスター!遊びに来たよー!」

 うっ、トパーズ!
 よりにもよって、ややこしい状況の時に、一番来て欲しくない子が来ちゃった……

「……間パシリとロザリオとマスターの三角関係勃発?」
 店先での状況を一目して、小首を傾げながら、いきなりそんな事を言うトパーズ。
「違うわよバカッ!!」

 スパパーン!

 私は神速の速さでスリパックを二つ取り出し、左右の手でトパーズの頭を二連打しました。
「な゛ぁーっ!!あうーっ!いったーいっ!
 ……ひどいよ~、いきなりスリパックで叩くなんて~」
 目じりに涙を溜めて、頭を両手で押さえるトパーズ。
 そんな彼女の目の前に、私は右手のスリパックを突きつけます。
「トパーズの方が酷い事言ったんだからね!
 ご主人様がお世話になった440さんに、なんて失礼な事を言うのよ!」
「む~……だからって、二刀流で叩く事、無いと思うの……」
「トパーズ、私に文句言う前に、何か忘れてない?」
「え?……あ。
 ――ごめんなさい、440さん、大変失礼しました」
 両手で頭を押さえたまま、トパーズは440さんに向かって、深々と頭を下げました。
「ぷっ、くっくっくっくっ……」
 突然、440さんが吹きだして、小さく笑い出しました。
「よ、440さん?」
 私が声をかけると、笑ったまま掌を私に向け、大丈夫だと合図を出します。
 暫くすると、笑いの衝動も治まったらしく、深呼吸する440さん。
「ご、ごめんなさい、突然笑い出してしまって。
 ――そろそろお暇します。ご主人様から帰宅しろとの伝言を受けておりますので」
「ん、そうか。
 440が来てくれて助かった、と、お前のご主人様に言っておいてくれ」
「わかりました。それでは――」
「440」
 父様が、去り際の440さんを呼び止めます。
「何でしょう?」
「――暇があったら、今度は遊びに来るといい。
 その時はお茶とお菓子を用意しておくよ」
 父様が言うと、440さんは困った様子で私の方をちらりと見ました。
 私はあわてて頷くと、にっこり笑ってみせました。
「良かったら、また来て下さい。
 今度はショコラ・ケーキと紅茶、いっぱい用意しておきます」
 私の態度をどう取ったかは知りませんが、440さんは微笑んで会釈をすると、静かに帰っていきました。
「マスター」
 まだ頭を押さえているトパーズが、のほほんと父様を呼びます。
「なんだ、トパーズ」
「晩御飯、そろそろ作らないと、みんな来ちゃうよ?」
「あ、今日はジュエルズが全員来る日か?!」
 しまった、という表情で困った様子の父様。
「どうしたの、ご主人様」
「晩飯の買出し、行きそびれた」
「えーっ!!確か、私とご主人様だけなら足りる分くらいしか残ってなかったはずですよ?!」
「大丈夫だよ、マスター、ロザリオ。
 今日はボクが晩御飯作ろうと思って、ここへ来る前に買出ししてきたんだ」
 えへん、と、胸を張るトパーズ。
「おっ、今日は気が利くな、トパーズ」
「今日は、って……ひどいよマスター~」
 トパーズッたら、部屋の隅にしゃがみこんで、拗ねちゃった。
 流石の父様も、トパーズをなだめるのに、側に寄って頭を撫でてます。
「すまんすまん、褒めたつもりだったんだが、使った言葉が悪かった。
 『今日は』なんて、言っちゃぁいけなかったな」
「ふ~んだ、マスターはロザリオばっかり可愛がるんだもん。
 ボク達なんて、料理の付けあわせみたいにどーでもいーんでしょ~」
「悪かった。悪気があった訳じゃないんだ、そう拗ねないでくれ」
「じゃあ、ボクのお願い、聞いてくれる?」
 上目使いで父様を見るトパーズ。
「お願い攻撃は、危険がいっぱいだからやっちゃいけない、って、みんなの約束でしょ?」
 すかさず割って入ったものの、ジト目で私を見上げるトパーズには、妙な迫力があります。
「でもさぁ、それって今の場合、答えてくれないと、マスターに誠意が無いよね?」
 妙な理屈で攻めてきましたが、変に納得できる部分があるから困ります。
「分かった、お願いを聞いてやるから、機嫌を直してくれ」
「ほんと?!」「ちょっと、ご主人様!」
「ただし、エッチなのは無しだぞ。みんなが本格的な戦争状態になるからな」
 流石父様、私達の事をよく分かっています。
 それに、ジュエルズの事は自分の娘みたいに扱ってるから、そういう心理状態に絶対ならないと、経験上断言できますけどね。
 そういえば以前、ジュエルズに『マスターとエッチしたい?』って聞いてみたら、全員が『Yes!』って答えてたなぁ……

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「あ~、私もそうに思った事があったなぁ」
 どこか遠くを見ながら、呟く430さん。
「まさか、エッチしたいの?」
 私が訊ねると、静かに首を横に振る彼女。
「そっちじゃなくて、こいつが私らを自分の娘みたいに扱っている、って事」
 彼を見ながら、どこかほんわかとした表情になる430さん。
「その所為だったのか、こいつがいると、居心地悪い諜報部の個室でも、妙に安心……というかリラックス出来た――口煩かったけどな」
「そうなんだ」
 430さんの視線に気づいた彼が、彼女にちょっとだけ微笑むと、彼女の頬が自然に緩みます。
 その表情を見なかったことにして、私は話を続けます。

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「え~、ダメなの~?」
 口を尖らせてぶーたれるトパーズに、父様は苦笑を隠せないようです。
「それこそ、さっきのお前の台詞じゃないが、俺にとって特別なPMはロザリオだけだ。
 だけどそれは、お前達をないがしろにするという意味じゃ無いぞ?
 それに俺は、ジュエルズをみんな平等に見てるだろうが。
 お前だけをロザリオと同格に扱う訳にはいかないんだよ」
「わかったよ、ちぇ~っ……じゃあ、ロザリオみたいに、ボクと二人だけでお風呂に入ってよ」
 う、禁止事項ギリギリ……アウトか、セーフか、微妙だよ~。
「仕方が無いな……ただし、他のみんなに文句言われても、俺は助けてやら無いぞ?」
「え?いいの?!わーい!」
 信じられないという表情を浮かべて、父様の首に飛びつくトパーズ。
 そして、何やらごにょごにょと、父様の耳元で呟いています。
 もぅ、どうせ余計なお願いしているんでしょうけど、みんなが怒っても知らないからね!
「ご主人様、どうなっても私は知りませんからね!」
「……」
 私はすぐさま念を押したのですが、何故か父様は反応しません。
「聞いてますか、ご主人様?!」
「え?ああ、聞いているよ」
「んもぅ……」
 父様ってば私の今の気持ち、知ってるくせに……どうして、私を一番に扱ってくれないのかな、もう……
「とりあえず、晩飯を支度しないとな……」
 急に気もそぞろといった感じになった父様。
 その時は自分の事ばかり考えていて、父様のそんな様子に気づきませんでしたが、そうなった理由を、私はちゃんと気に留めておくべきだったのです。


 翌早朝。
「……きろ…ザリ………おき…」
 ん~、誰かが私を呼んでる、のかな?
「起きろ、ロザリィ」
 小さな声で私を起こす父様。
「ん~?なぁに、父様」
「しっ、静かに。まだみんな、寝てる)
 途中から、テレパスに切り替える父様。
 あ……そっか、夕べはみんな泊まっていったんだっけ。
(出かけるぞ、支度しろ)
 静かに起きて、ドレッシングルームへ入っていく父様。
 なんだかよく分からないけど、私もそれに倣って、ドレッシングルームへ。
 身支度を整えながら、同様にテレパスで父様に尋ねます。
(一体、こんな朝早くから、何処へ行くの?)
(モトゥブへいく)
(何しに?)
(『ナックルズ』の救出だ)
「……!」
 いきなり、とんでもない本題を切り出されて、私は驚きました。
 思わず大声を出しそうになって、あわてて自分の口を塞ぎます。
 あまりにもびっくりして、眠気が完全に吹き飛びました。
(詳しい話は、ダグオラ・シティについてから話す。
 現地時間の深夜に合わせるには、今から急いで行く必要がある)
(分かったわ、父様)
 私は手早く準備を整え、完了させました。
(用意はいいか?)
 とっくに用意は終わっているのか、片膝をつき、視線の高さをわざわざ私に合わせてから確認する父様。
(はい)
 私が頷くと、同じように頷き返す父様。
 そして、どちらからとも無く唇を重ね、ゆっくりと離します。
(……お守り、ですね)
 離した唇が切なくて、自分の唇を指先でそっとなぞります。
(ああ。それと、帰ってきたら、久しぶりに続きでもしよう)
 そう言って、ちょっと照れくさそうにはにかむと、片目を瞑ってみせる父様。
(勿論、ジュエルズはシャットアウトだ)
(はい、わかってます)
 そして、当然とばかりに、ひょいと私をお姫様だっこする父様。
(さて、そっと抜け出すか)
(よろしくね、父様)
 ドレッシングルームを出てから部屋を抜け出すまでの間、父様の足運びは見事に音と気配を消しきって見せたのでした。

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「ここから先は、ジュエルズの一人、トパーズが後になって教えてくれた事だからね」
 私は前もって、3人に念を押しておきます。

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「やれやれ、行った行った……」
 二人ともテレパスで何か喋っていたようだけど、全く盗み聞き出来ない、見事な『会話』だったな。
 ボクはやおら起き上がり、大きくあくびをする。
 みんなが寝てから、マスターたちがこっそり出かけた今の今まで、ボクはずっと起きていて、その気配を殺していた。
 眠いけどしょうがない、これもボクのお仕事だから。
 その代わりに、みんなはグッズリ寝ているはずだ。
 何しろ、みんなが簡単に起きないように、ボクが夕食に一服盛ったのだ。
 方法は指示されなかったけど、モトゥブに出かけるマスターとロザリオの邪魔をさせないように足止めしろ、って、諜報部部長からの命令だったから、一番手っ取り早い方法を選択したのだ。
 勿論、食材を持って来たのも、夕食を作ったのも、その準備の一環。
 こんな時間まで起きていたのは、念には念を入れて、誰かが起きた時の用心から。
 おまけに、マスターへの伝言役までさせられた。
 他のみんなに知られずにどう伝言しようかと困ったけど、密談できる環境のお風呂に二人っきりで入れたのは、色々とラッキーだった。
 けど、本音を言えば、ボクに手を出してもらいたかったな。
 ただ、詳しい話をしていて長湯になったせいで、マスターがボクに手を出したとみんなが勘違いして、お風呂上りのボクに無言で詰め寄ってきたのは流石に怖かった。
 その上で、マスター達を引き止められないように睡眠薬を盛ったと知られたら、今度こそみんなに何をされるか……特に、ウラル辺りはすごい甘えん坊だから、結構しつこい。
 ……あれ?
 そういえば、ボクの隣で寝ていたウラルがいない。
「……あ、またあんな所まで転がってってる」
 壁際近くで寝ているガーネッタにしがみつくように、上掛けも無い状態でウラルが寝ていた。
 間に寝ていたラピス、サファイア、ルビーナ、それにコーラルまで、転がって乗り越えて行ったのだろう。
 ボクの寝相が悪いといっても、隣で寝ている子を軽く叩いたり蹴ったりしているから、誰がやったとはっきり分かるだけで、こっちのほうが性質が悪い。
 そして、ボクより寝相が悪いのが実はウラルだと、みんなは知らない。
 明日、勘違いしたみんなに文句を言われる事になるだろう。
「ほら、ウラル、一緒に寝よう?」
 そっと起きて、ウラルの側まで行って、彼女に囁く。
「うにぃ……トパーズぅ?」
 完全に寝ぼけているようだ。
「自分の場所に戻ろう?そこじゃ寒いから、ね」
「うん……」
 がばっと起き上がって、ふらふらとみんなの頭の上を歩き、元々自分の寝ていた場所まで戻ってきた。
 ボクはそんなウラルにボクが被っていた上掛けをかけ、そこに潜り込んで抱きしめてあげる。
「あったかぁい……すーっ……すーっ」
「ボクも暖かいよ」
 さて、まだ夜明けには早すぎるし、もう一眠りしよう。
 明日もハードな一日の予感……


★Act7

 まっすぐモトゥブに行くのかと思いましたが、ガーディアンズ本部へ寄り道する父様。
 珍しくクラス変更をしてきたようですが、何故かプロトランザーです。
 理由を聞こうかとも思ったのですが、質問を許してくれそうな雰囲気ではなかったので、諦めました。
 だって、部屋を出てからずっと、父様は激怒とも取れそうな厳しい表情を浮かべたまま、何かを考え込んでいるんです。
 それはモトゥブについてからも変わらず、深夜帯の僅かな通行人が、父様とすれ違っていく度にギョッとした様子で立ち止まり、必ず振り返るほどのものでした。
「ご主人様、それではまるっきり不審人物の顔ですよ」
 小声で忠告したのですが、返ってきたのは生返事だけです。
 そして、ガーディアンズが中継地点に設定している地底湖に着いても、その表情は変わりません。
「ご主人様、鬼気迫る形相のままで、一体何処まで行くの?
 そろそろ教えてくださいよぅ」
 足早に歩いていく父様の上着の裾をつかみ、引きとめながら尋ねます。
 すると、ようやく足を止めた父様が、私に向かって振り返ります。
「……とりあえずはここまでだ。
 ただ、この先の、どのオアシスが『当たり』なのか、見当がつかない」
 荒々しい溜め息を吐き、頭を掻いて座り込む父様。
「オアシス、ですか?」
「ああ。
 『ナックルズ』が行方不明になった後、視覚情報と思しきSSを強引に添付したメールが諜報部にとどいたそうだ。
 それには、モトゥブ特有のオアシスの光景が映っていたんだが、これといった特徴が無かったらしい」

----

「さっき、聞きそびれたんだけどさ、『ナックルズ』って、ガーディアンズの最大スポンサーが出してるゲームのキャラが元ネタか?」
 430さんが興味津々といった様子で、私に訊ねます。
「違う違う。
 諜報部内で一番優秀な戦闘能力を持つノーマルパシリがGH422なんだけど、彼女に改めてコードネームを着けよう、って話になって、422の通称のニャックルからちょっと捻って、『ナックルズ』って付けられたの。
 そしたら、そのゲームの話になって、他のキャラもコードネームにして、他のパシリにも付けようって決まったけど、私が知る限りじゃ、まだ相応しい子がいなくて保留状態みたいだよ」
「ふ~ん」
「先を続けるね」

----

「じゃあ、ここから先は、しらみつぶしですか?」
「そういう事になる。だが、それさえ判れば……」
 父様の手が拳を形作り、手袋が激しく軋みます。
「奴らのアジトの場所が絞り込める」
「奴ら、って……」
「以前、お前が手に入れてきた情報の中にその名称があった。
 モトゥブのローグス、キャッツ・クローだ」
 そこまで言われて思い出しました。
 以前、Gコロニーではぐれパシリ回収ミッションをしたときに、私が手に入れた情報の中にあった組織名称の一つです。
「それなら憶えています。ご主人様の知り合いの420さんを助けたときに手に入れた情報ですね。
 でも確か、あそこは故買組織だったはずですけど……」
 私が首を傾げると、父様は激しい歯軋りをしてから、口を開きます。
「確かにそうだが、あそこはもう一つ行っている事がある」
「それは一体、どんな事ですか」
「……リバースエンジニアリングだ」
「えと、商品を分解・解析して、使用されている技術や構築方法を明らかにするという、あれですか?」
「ああ、そうだ。それもGRM社製品ばかり、特に多いのがPMだ。
 リバースエンジニアリング自体が違法行為な上に、そうして得た情報をクバラ市へ売り込み資金を得ている、くそったれどもだ。
 以前、お前から得た情報を元に、諜報部がモトゥブのローグスを徹底的に洗い出したことがあって、その時には既に判明していたが、イルミナスの件があって監視するだけになっていた。
 だが、今回はそれが裏目に出た」
 憤りを抑えきれず、手近な地面を殴りつける父様。
 なぜそこまで父様が怒っているのか良く判りませんでしたが、状況を頭の中で整理していくうちに、恐ろしい答えが浮かんできてしまい、私はその場にへたり込んでしまいました。
「それって、つまり、私の姉妹達を、分解している、って、事、だよね、父様……」
「ただ分解しているわけじゃない。
 稼動データを手に入れる為に、半解体状態で稼動させているはずだ。
 ヒトで言うなら、生きたまま半分バラされて、肉体の全ての機能を調べられているに等しい。
 しかも、そいつの意識はちゃんとある状態で、な」
 その状況が一瞬で想像出来てしまい、私の目には涙が溢れてきました。
「ひ、ひどい……酷いよぅ、そんなの……うっ、ぐすっ……私達パシリだって、生きてるのに……」
 泣き出してしまった私を、父様が優しく抱きしめてくれます。
「お前の気持ちは分かるが、今は泣いている場合じゃない。
 早いところ『ナックルズ』を見つけて、他の姉妹達も助け出すんだ」
 抱擁を解き、涙で濡れた私の顔をハンカチで拭ってくれた父様が、いつものように私に微笑んでくれました。
 その顔を見ただけで、私の心には元気とか勇気とか、そういうプラスの感情が湧きあがってきたのです。
「そうですよね、泣いている場合じゃありませんよね。
 私達が『ナックルズ』を、みんなを、助けてあげなくちゃ」
 私が元気よく立ち上がると、父様が満足そうに頷きます。
「その意気だ。
 それに、お前を泣かせ、俺を怒らせた事を、死んだ後まで後悔させてやらないとな」
 そう言って、ニヤリと笑うご主人様の顔はとても恐ろしいものでしたが、相手を同情する気には更々なりません。
 再び表情を引き締めた父様が、ゆっくりと立ち上がります。
「さぁて、行くか。
 最初の目標は『ナックルズ』の発見だ。戦闘は極力回避して、点在するオアシスを片っ端から調べるぞ」
「はいっ」
 私の返事を合図に、私達はエリアを仕切っている扉をくぐって、外へと赴きました。

 そこから先は、移動の連続です。
 渓谷、砂漠、丘陵……乾いた風景しか見えない土地を、足で、エア・バイクで、ルンガで移動します。
 片道5分から10分ほどの距離を持てる最大速度で移動し、目的地に到着したらすぐさま調査、空振りだと分かるとまた地底湖まで戻るという、ある意味地道な作業です。
 始めたのは現地時間で深夜の0時前後でしたが、かれこれ3時間近く経った今、空が僅かですが白み始めました。
 そして、父様にも疲労の色が見え始めました。
 今はスポーツタイプのエア・バイクに二人乗りしているのですが、父様の障害物に対する回避反応が少し遅くなってきています。
 二人乗りといっても、私は振り落とされないように、父様とハンドルの間にちょこんと座っています。
 実はこのエア・バイク、父様の自前で、私が座っている場所には専用シートが完備されています。
 以前に、Gコロニーで私をおんぶしたままエア・ボードに乗った事があるのですが、本当はとても怖かったらしく、あの後に新品でこれを購入していたのです。
 あれから、休日やちょっとした長距離ミッションで何度も使っていますけど、父様の調子がこのままだと、いつ障害物にぶつけるか分かりません。
 それに、このエア・バイクという代物は、本当はある程度の高度を取って障害物の少ない空道(パルムの上空に見える、あそこです)を飛ぶ為の乗り物なので、かなりの速度が出せるように設計されているし、安定性は重視されているものの操作反応はエア・カーよりも過敏気味で、今みたいにフローダーモードで使うにしても、それなりに技術と集中力が要求されます。
 おまけに時間が限られていて、更に、ここで飛ぶと目立ちすぎるのでそれも出来ない分、普段以上に神経をすり減らしているのです。
「――父様、大丈夫?だいぶ疲れてるみたいだけど」
「ああ、俺はまだ耐えられるが、お前こそ大丈夫か?
 さっきの戦闘の時、動きにキレが無くなってきていたぞ」
 父様のことばかり気にかけていたせいで、自分の疲労にまでは気が回っていませんでした。
「ごめんなさい、言われるまで気づきませんでした」
「次のオアシスが空振りだったら、そこで一旦休憩しよう。
 長丁場になりそうだからな」
「はい、父様」
 そんな会話をしているうちに、今度の目標地点が見えてきました。
「レーダー範囲に入りました。
 動体反応無し、生体反応無し、リアクター反応が若干ながらあります」
 自前のエネミーレーダーとパペットシステム用の探査装置、その二つを強引にリンクさせて自作した即席レーダーには、かすかにリアクター特有の高濃度フォトン反応が感知されました。
「もしかしたら、さっきみたいに、誰かの残したエマージェンシーパックの痕跡かもしれないな」
 エマージェンシーパックには、食料などの他に超小型ながらもフォトンリアクターが入っていて、照明や緊急用通信機、浄水濾過装置などの動力として使用されています。
 何箇所か前に、それが放置されていたオアシスがあったのです。
「そうですね、でも、もしかしたら……」
「だといいがな。そろそろ着くぞ」
 砂地に突如現れた岩盤は、地面より少しだけ高くなっていて、そこにはヒトが悠々と下りていける割れ目が確認できます。
 更にその先には、ぽっかりと丸い穴が開いています。
 これはモトゥブ独特の『風穴』と呼ばれる自然現象で、長い間に風と岩と砂によって岩盤が侵食され、深くて大きな穴を地面に穿つのです。
 内外の環境差から、風穴内部の壁となっている岩盤には多量の結露が発生し、結露が泉のような深い水溜りを作り上げ、それを頼りに木々が生えている場合がほとんどです。
 また、場所によっては地下水脈まで到達している事もあり、そういう場所は特定の組織や原生生物達のテリトリーとなっている事も多々あります。
 ただ、ここに関しては、どうやらそれは無さそうです。
 割れ目のすぐ近くにエア・バイクを止めると、私と父様はゆっくりと下へ降りていきます。
 程なくして、オアシス独特の白い砂に覆われた地面と透明な水を湛えた泉、僅かな木々が風景を形作る、風穴の底に着きました。
 昼間なら、穴の縁から程よく差し込む光に照らし出されるところですが、今は他の惑星からのアースライトに照らし出されて、とても神秘的な場所になっています。
「ここもいい場所だが、用心はしないとな」
 父様はおもむろにゴーグルを取り出して、周囲をスキャンします。
 私もそれに倣って、オアシスをスキャン。
「トラップや埋設装置はありませんね、父様」
「ああ、だが、泉の近くにある岩場の残留フォトン濃度が高すぎるな」
 スキャンを止め、慎重に奥へと歩き出した父様。
 私はあわてる事無く、その後をゆっくりと付いていきます。
 そして、岩場にまでたどり着きましたが、何もありません。
「う~ん、どうなってる?」
 再度、ゴーグルでスキャンを始めた父様ですが、私はふと、すぐ近くの岩盤に横穴が空いている事に気づきました。
 ただ、木々が上手い具合に邪魔していて、私くらい背が低くないと見つけにくい場所にあります。
「父様、岩盤に横穴があります」
 私が指差すと、それで初めて気づいた父様。
「え?――ああ、ほんとだ。
 一応、かがめば俺も入れそうな大きさ……ん?
 この中から、高濃度フォトン反応が出てるな」
「私、見てきます」
 時間が惜しいので、私はすぐさま中に入っていきます。
「どんな感じだ、ロザリィ」
 入り口のほうから、父様が訊いてきます。
 思ったより深いけど、奥は広くなっていて、天井も高くなっています。
「これなら父様も入ってこれます」
「分かった、先に行ってくれ、今から俺も行く」
「はい」
 私は返事をすると、更に奥へと踏み込みます。
 流石にこれ以上は明かりが欲しい状況になったので、レイピアを抜き、ブレードのフォトン光で周囲を照らしてみました。
「結構広い゛っ?!」
 周囲をざっと見渡しながらそう言ったのですが、青白いフォトン光に照らし出された中に小さな人型のバラバラ死体が浮かび上がり、私は語尾で思わず息を飲み込んで、硬直してしまったのです。
「どうした」
 丁度、奥まで入ってきた父様が声をかけてくれたおかげで、私は硬直から解放されて、その場にへたり込みました。
「と、と、父様、あ、あれ……あれ!」
 私が左手でバラバラ死体を指差すと、父様が棒状の照明器具――野外用スタンドを取り出し、それを砂地の地面に突き立てると、辺りが白い光に包まれました。
 照明が洞窟の内部全体を照らし出すと、ドーム状に近い内部の一番奥まった場所を中心に、両腕、上半身、下半身が亡き分かれになった死体が転がっていました。
 そして、改めて床を見ると、入り口からその場所まで延々と続く、赤黒いシミ。
 諜報部にいたおかげで、こういう光景に耐性がついていたからいいようなものの、流石に気分が悪くなりました。
「なんて、惨い」
「落ち着けロザリィ。よく見ろ、アレはPMだ」
「え?」
 そう言われて仔細に観察すると、うつ伏せ状態の上半身は、後頭部の真下から脊椎にそって、皮膚と人工筋肉が真っ直ぐ切り割かれ、むき出しになった主骨格の焼成チタン合金が照明の光を跳ね返しています。
 同様に、各部の切断面と思しき箇所からは、金属とファイバーの複合神経ライン、循環パイプ、チタン合金の骨格、それぞれの各結合ジョイント部分と、人工筋肉及び皮膚の断面が確認できました。
 顔を覆い隠している髪の毛の色は、青味がかった緑色。イヤーパーツとパシリスーツは剥ぎ取られていて、スーツやパーツ色からの型式識別が不能です。
「こいつが『ナックルズ』であれ、他の個体であれ、やっと証拠が見つかったんだ。
 まずは、こいつの保存処置からだ。
 ロザリィ、まずは抗菌シートを隣に敷いてくれ。その後、術衣と抗菌グローブをつけたらその上に移動させる。
 それがすんだら、保存処置とデータのチェックを行うぞ」
「了解です、父様」
 私が無菌室としても使える抗菌シートを広げている間、父様は薬品や工具を取り出して、必要なものを準備していました。
 シートを広げ終わり、付属のエアカーテンと防塵・抗菌天幕、照明兼殺菌用シールドラインを起動させ、準備が完了しました。
「広げ終わったわ、父様」
「よし、術衣を着け終わったら、俺は上半身と下半身を移動させるから、お前は両腕を頼む。
 切断面にこれ以上砂をつけるなよ、人工蛋白部分の汚染度が増すと、後々厄介だから、慎重にな」
「はい」
 上着を脱ぎ、手際よく術衣と抗菌手袋を身に着ける父様。
 私も、見よう見まねで、身に着けいていきます。
 準備が終わると、私は早速腕を運び始めました。
 私としてはこれ以上無いくらい慎重に腕を運ぶ間、父様も同様の慎重さで、下半身、上半身の順に運んでいきます。
「……ふぅ、終わりました」
「後の処置は俺がやる、お前は少し休んでな」
「で、でも、父様だって――」
 疲れているでしょう?と続けようとしたのですが、父様は首を横に振ります。
「これが終わったら一息入れるから、その時まで休め。
 本当は外に見張りが欲しいが、この状況で贅沢は言えないし、それならいっそ、体力を回復させたほうが利口というものだ。
 ま、エア・バイクにセキュリティがついてるから、大丈夫だろうさ」
 格好が格好なので、頭を撫でたり、抱擁出来ない代わりに、そっと微笑む父様。
「――うん、わかった」
 私は無菌エリアとなっている天幕の中から出て、術衣を丁寧に脱いで畳みます。
 そして、少しだけ離れた壁に寄りかかると、ひんやりした空気と疲労から、猛烈な睡魔に襲われました。
 かろうじて意識があったのが、躯体を冷やさないようにと思って、近くにあった父様の上着を掴み、被った所まで。
 上着に染み付いていた父様の匂いを嗅いだ瞬間、私の意識はリラックス状態になり、すとんと眠りに落ちてしまったのでした。


★Act8

 ふと、目が覚めると、抗菌シートの天幕部分が収納されていく光景が目に映りました。
「……ん、終わったの?父様」
「お、起きたのか、随分早いな」
 片づけをしながら、父様がこちらをちらっと見ます。
 OSの時計を見ると、寝ていたのは約1時間くらいの間です。
 でも、意識もすっきりし、体力もすっかり元通りに戻っていました。
「こっちも終了だ。
 保存処置はともかく、識別不能なまでいじくられているかと思ったが、虹彩部分の刻印がちゃんと残っていてくれて、助かった」
「結局、そのPMはどの型式だったの?」
 その質問を待っていたとばかりににっこり笑う父様。
 という事は……
「大当たりだ、こいつが『ナックルズ』だ」
 私は思わず立ち上がり、洞窟の中を見回しました。
 すると、シートの上に横たわっている、断面箇所を丁寧にラッピングされて保護シートに包まれているパシリが、蒼い瞳で私を見上げたのです。
「『指揮者』…」
 かすかにノイズ混じりなその声は、知り合いのGH422達の中でもちょっと癖のあるアクセントで喋る、『ナックルズ』のものでした。
「うっ、よかった、よかったよぅ……ひっく……見つけられて、よかったよぅ……」
 私の顔は、あっという間に、涙でくしゃくしゃになってしまいました。
「泣かんといてぇな『指揮者』、あんたにデータを渡さないと、あたいは眠れないんやから」
「ごめん、うれしくて、つい」
「あたい、もうそんなに起動していられへんくらい消耗が激しいから、早く」
 視線だけで私を促す『ナックルズ』の要求に答え、私は彼女を抱え起こすと、普段は滅多に使われない後頭部直下のコネクターに、自分のイヤーパーツから引き出した直結回線を接続させました。
 普段使うコネクターはイヤーパーツの中だけど、丸ごと取られちゃってるし、破損状態が酷いので無線接続も危険だと判断したのです。
 それに、通信状況が急に変化して、データの取りこぼしが起こる状況を防ぎたかったらでもあります。
 こういう場合は、ルウさんが端末同士で使っている量子通信システムがうらやましく思えます。
「――繋いだよ」
『おおきに『指揮者』、助けに来てくれて』
 直結回線から、『ナックルズ』の『声』が聞こえてきました。
『お礼なんて、あなたが無事に帰ってからにして。
 その時には、いっぱい感謝してもらうからね』
『わかった、そうさせてもらうねん。
 ――あたいの管理権限、あんたに渡すから、データを早く吸い出して』
 そう言ったか言わないかのうちに、彼女自身のアドミニスター権限が私に譲渡されました。
 でもそれは、彼女の人格を含めた、全てを丸裸に出来るという事。
『ち、ちょっと『ナックルズ』、何もここまでしなくても……』
『……』
『『ナックルズ』?』
 流石に様子がおかしいと思った私は、サイバースペース側に意識を向けました。
 すると、自分を構築している意識体情報が肉体として認識でき、同じような意識体の姿の『ナックルズ』が意識体の『目』で私を見ていました。
 でも、彼女のその姿は――そう、一番的確な表現としては、乱暴されて犯された、というものでしょうか。
『あたい、身体はこんなにされてしもてん……
 意識体も、プロテクトごと修復デバイスが壊されててな、もう自分じゃ直せへん……
 これじゃあ、ご主人に顔向けでけへんよ』
 そう言って、『ナックルズ』の意識体は泣き出したのです。
 それを聞いて、私ははっとしました。
 上位権限を渡された私に、彼女の心の情報が丸々伝わってきたのです。

 あたいは、死にたい。
 ご主人と自分への誓いを、純潔を、守れなかった自分が悔しくて、悲しくて、絶望している。

 その想いが伝わってきた時、私は自分が意識体だという事をすっかり忘れて、意識体の彼女の頬をこれでもかというくらい、力いっぱい平手打ちしたのです。
 データといっても、意識体にはその衝撃がちゃんと伝わったようで、叩かれた頬を押さえて、呆然と立ち尽くす『ナックルズ』。
『馬鹿なことを言わないで!考えないで!思わないで!
 あなたのご主人様がどれだけ心配しているのかを考えなさい!
 あなたは、どんな形であっても、ご主人様の元に帰らないとダメなの!判る?!
 私達パシリは、ご主人様と共に在ることに意味があるの!
 身体を犯された?!開き直って、治せばいい!!
 心を、意識体を犯された?!いっその事、ご主人様に癒してもらいなさい!!
 私達パシリだって、受けた傷や痛みををバネに、いくらでも強くなれる、ヒトのように!!』
『でも、嫌や!あたいは、嫌なんよ!
 あたいのご主人はキャストやけぇ、それこそ外見なんてどうだっていいねん!
 ご主人もあたいも、身体よりも意識体が、心が大事なんよ!
 もう直せへん、こんなぐちゃぐちゃなあたいを、ご主人に見せとぅないよ!』
 その台詞を聞いて、私はキレました。
 そして、普段は予備ブレインコアの記憶領域に圧縮状態でしまっている意識体の追加データを解凍して、パシリ状態用の意識体をバージョンアップ、キャストレベルまで情報構築密度を跳ね上げました。

 このバージョンの意識体は、一定以上の情報構築密度を必要とする少女/第6形態と私の最終自己進化形態である大人/第7形態――ほぼヒューマンと変わらない『あの姿』になった時に使用するものです。
 現在は予備として使用しているブレインコアとメインのコアを並列稼動させる、キャストと同じデュアルブレインコア方式で無ければ起動できないフォームですが、これって電力消費量が半端無いんですよね、パシリのままで使うと。
 まぁ、馬鹿みたいに電力へ出力変換可能な私のリアクターだから出来る無茶なんですけど、これをやるとやたらとお腹が空くんです。
 おかげで使用中は、空腹を抑える為にチャージポイントへ頻繁に行ったり、食事の量が増えちゃって、燃費が悪い事この上ない。
 ただ、完全にキレちゃってたこの時は、そんな事も忘れていました。

----

「なぁ、何でそんなに腹減るんだ?」
 430さんが首をかしげて彼に尋ねています。
「簡単に言えば、合計が同じ性能でも、1台の端末を動かす場合と2台の端末を動かす場合じゃ、消費電力は2倍の差があるって事だ。
 その分、エネルギー消費が激しくて、それが空腹に繋がっている」
「?」
「つまり、コアが2個搭載されていて100の力で動く端末と、コアが1個搭載されていて100の力で動く端末が2基、という事。
 最終的な能力が双方とも同じだとしたら、後者の方が明らかにエネルギーロスが大きいだろ?
 端末それぞれにエネルギーが必要で、前者の2倍消費しているからな。
 パシリ状態の時に強引に使うと、後者の場合と同じ事になってる訳だ。
 逆に、現在は前者の状態だから、エネルギー消費は少なく、結果として普段と変わらない」
「納得した、なるほどね」
「この時は、ロザリオもある意味では無茶をしていたんだが、それが後々までいい方へ転んだんだ」
 私はそこで声をかけます。
「その辺もおいおい話すから、そろそろ話を戻してもいいかな?」
「ごめん、話を続けて」

----

 突如、キャスト並の情報密度を持った意識体になった私に、唖然とした表情を浮かべた『ナックルズ』。
『解ったわ『ナックルズ』、あなたがそこまで言うなら、私が綺麗さっぱり治してあげる。
 その代わり、狂っても知らないわよ』
『え?』
 あくまで静かな口調で言った所為か、話が飲み込めなかった様子の『ナックルズ』。
 私は彼女のブレインコアから全ての情報を、予備のブレインコアが管理する記憶領域へ、人格データごと一気に吸い上げました。
 そもそも意識体をバージョンアップさせたのは、吸い上げるのに必要な開き領域を確保する為です。
 そして、私に搭載されている意識体修復デバイスで、彼女の修復を始めました。
 『修復』とは言ってますけど、正しくはストレスなどから来る意識体の損傷を補正・回復する装置なので、通常は修復出来る限界があります。
 とは言え、私のデバイスはOoS特有の強靭な自我に合わせた強力な装置なので、彼女程度の損傷なら問題ありません。
 ただ、通常のパシリから考えれば強すぎる補正・回復効果なので、彼女が正気でいられるかは、私にも分かりません。

「――ふぅ、パシリとはいえ、やっぱり一人分のデータ丸々は重いなぁ……」
 回線を外してから、もぬけの殻となった『ナックルズ』の躯体をそっと下ろし、自分の肩をトントンと叩きます。
「父様、終わったよ~」
 言いながら横を向くと、壁にもたれかかって眠っている父様の姿が、そこにありました。
「――あ~あ、私の処置が終わるまで、もたなかったのね」
 時間を確認すると、『ナックルズ』のブレインコアにアクセスしてから15分ほど経過していたのですが、その間に眠ってしまうほど、父様にはかなり疲労が溜まっていたようです。
 さっきまで私が被っていた父様の上着を、今度は眠っている父様にかけてから頬に軽くキスします。
 その後、私は『ナックルズ』の身体をナノトランサーにしまいました。
 こういう事をすると、父様は嫌な顔をしますが、今回ばかりは仕方がありません。
 でも、これ以上は何もする事がありません。
 部屋にいる時なら、料理のレシピをネット検索出来るし、最近はヒュマ姉さんとカエデさんにお裁縫を教えてもらっているので、その練習が出来るのになぁ……
 ふと、お裁縫から連想して、自分が今着ているPMスーツに目がいきました。
 よく見ると、モトゥブの砂埃をたっぷり浴びて、色が変色しています。
 襟元を静かに撫でると、肌に張り付いているザラッとした砂の感触が、指先に伝わってきました。

 ……よし、泉で身体を洗おうっと。
 どうせ父様以外は誰もいないし、水着も無いから、裸でいいや。

 横穴の外に出て、念のためにオアシスの外まで安全を確認してから、お団子にしている髪を解き、手櫛でほぐしていきます。
 髪どころか頭皮にもたっぷりと砂埃が付いているので、両手で丹念に払い落とし、改めてお団子に結い直しました。
 本当は頭を洗いたいのですが、髪の毛を乾かす時間を考えると、流石に止めるしかありません。
 次いで、ドレッシング機能を使わずにPMスーツを脱ぎ、ブラウス姿でスーツをばさばさと振ります。
 もうもうと黄色い煙が上がりましたが、暫くするとそれも治まって、うっすらと色が残る程度まで落ちました。
 次いで、ブラウス、ショーツ、靴、オーヴァニースリーブ、靴下の順に、脱ぎながら埃を落としては、手近な岩の上に置いていきます。
 最後にブラとパンツを脱いで裸になり、それも岩の上に置いてから、ゆっくりと泉に入りました。
「あ、気持ちいい……」
 外気温がそこそこ低かったので、水も冷たいと思ったのですが、日中の熱を吸収していて、程よく暖かい状態です。
 肩辺りまで水面が来る位置に移動し、顔と首、イヤーパーツを丹念に洗っていきます。
「……ふぅ、さっぱりした」
 10分ほどでしょうか、泉に浸かっていると、横穴から父様がゆっくりと出てきました。
「なんだ、ここにいたのか……ふぁ~っ……」
 大きなあくびをしながら、体をゆっくりと伸ばす父様。
 そして、おもむろに服を脱ぎ、私みたいに砂埃を払い落とすと、同様に裸になって泉に入ってきました。
 顔や耳、首筋を丹念に洗って砂を落とすと、前髪を軽くいじった後に溜め息をつきます。
「頭、洗いたいんでしょ、父様」
 私が言うと、苦笑する父様。
「まぁな。払いはしたが、砂埃でじゃりじゃりだからな。お前だってそうだろ?」
「そうですけど、このミッションが終わるまで、我慢します。
 帰ってから、気の済むまで洗うつもりですから」
「そうだな、俺もそうしよう」
 深く息を吐き、岩盤の穴から空を見上げる父様。
「綺麗な星空だな……」
 その言葉に、私も空を見上げます。
 澄んだ空気が光を瞬かせる事無く、無数の星と天の川を見せています。
 パルムでは、郊外に行かないと流石に見えない光景です。
 ミッション中でなければ、これを口実にエローイ(棒読み)展開とかに出来そうですが、まぁ、そういう場合じゃありませんから……
 突然、含み笑いをした父様。
「なんですか、唐突に笑うなんて……」
 気になって訊くと、ゆっくりと首を振ってから、私を横目で見る父様。
「ちょっと、ガキの頃を思い出したんだよ。
 13か14の頃かな。
 班での訓練中に未知のオアシスを見つけて、訓練終了後なら、って条件で、指導教官がオアシスで遊ぶのを許可してくれてな。
 俺を含めた5人の訓練生と教官で、水遊びしたんだ。
 俺達の訓練に男女なんて関係ないから、教官と俺ともう1人が男で、後の3人が女だった。
 水着なんて持って歩いている訳がない、みんな下着姿で遊んだんだが、女のうちの二人が、シンプルなスポーツデザインのものだったが、ブラをつけてたんだ。
 確か、二人とも俺より一つ二つ年上だったはずだから、年齢的にはしごく自然な事だ。
 ただ、あの頃はまだ、体格は良くなって来ていたが、中身がガキなままの年頃だから、さっき言ってたもう1人の訓練生の男――俺と同期でライバルかつ後の相棒だったそいつが、その事で女二人をからかい始めてね」
 そこまで言うと、くつくつと笑い出す父様。
「もっとガキの頃とか水着姿ならともかく、女性らしい体型なった彼女らの下着姿を、その時に初めて見たんだ。
 俺は恥ずかしくて唖然としていたんだが、からかわれた事に腹を立てたその二人が、男を羽交い絞めにして実力行使に出た」
「うわ~……」
 どっちもどっちですけど、まださほど能力に大差が無い年齢のヒューマンが、2対1でケンカですか。
「女達も手加減はしていたし、教官も居たから大事になる前に止めてくれるだろうと思っていたんだが、だんだん双方ともエスカレートして、本気になっちまってな。
 あわてて俺と教官が止めに入ったんだけど……」
 そう言って、父様は自分の左頬をそっと撫でました。
 もしかして……
「殴られたんですか?父様」
「ああ。
 俺も止めに入ったはいいが、片方の女を羽交い絞めにするのに、肩と胸を掴んじまってね。
 力強い一発だった。
 その時のそいつは、顔を真っ赤にして、涙目で、泣きそうな顔で歯を食いしばってた。
 避けられなくは無かったんだが、その顔を見て、悪い事をしたと思って、甘んじて受けたよ。
 そうしたら、そいつが「何故、避けない!お前、ハンターだろ!」って余計に怒っちまってさ。
 思わず、「あんな顔されて、避けられるか、馬鹿!」って、言い返したら、唐突にもう一発殴られた挙句、そいつが俺に抱き付いてから泣き出した」
「父様、天然の女ったらしですね」
 ジト目で父様を見ると、父様はとても嫌そうな表情を浮かべました。
「そういう言い方をするなよ、ロザリィ。
 あの時の俺はガキながら、自分がそいつを辱めたと、そう思ったんだよ。
 それに、悪い事をしたら罰を受ける、それが俺に戦い方を仕込んだ教官の育て方だったからな」
 そこで私から視線を外し、黙ってしまった父様。
「その後、どうなったのですか?」
 気になって話の続きをせがむと、少し間が空いてから、私に背を向けて喋りだしました。
「そこで遊びはお終いになり、以後、二度と許可されなかった。
 その後は、以前にお前に教えたように、ナノマシン投与された俺がおかしくなって、まともになった時には、同期の男と、俺を殴った女しか生きていなかった。
 そして……」
 再び空を見上げた父様。
「男は、俺を助ける為に、しなくていい無茶をやって、敵の基地ごと消し飛んだ。
 女は、『次世代の為の実験』に付き合わされて、死んだ。
 ――500年以上前の話さ……」
 話はお終いとばかりに、そこで口を噤んだ父様。
 私は何も言わずに泉から出て、身体を拭き、着替えました。
 そして、出発の言葉をかけられるまで、ずっと父様に背を向けていました。
 泉の中で声も涙も出さないで泣いていた、父様の顔を見ないように。

 ★Act9へ続く(ブラウザの「戻る」で戻って下さい)




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