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 今日は三月十四日、つまりはホワイト・デーだ。
 バレンタイン・デーにジュエルズ達からプレゼントを貰っていた俺は、あらかじめ用意しておいたホワイト・デーのプレゼントを一人一人に手渡す。
『マスターっ、ホワイト・デーのプレゼント、ありがとう!』
「どういたしまして」
 中身の方は、バレンタインのお返しとしてはちょっとばかり手抜き気味だが、喜んでもらえたのでとりあえずほっとする。
「父様、結構奮発しましたね。みんなの分のグロール系と手作りクッキーを用意するなんて」
 床に座っている俺に、小声で耳打ちするロザリオ。
「まぁ、バレンタインの時にみんなが作ってくれた手作りショコラ・ケーキのお返しとしては、ちょっとあれだけどな…
 あ、そうだ、お前にもな」
 ロザリオにも同じ物を渡すと、はにかみながらも受け取ってくれた。
「ありがとう、父様」
「あれ?まだ何か入ってるけど…」
 本物と見まごうばかりの造花をあしらった髪飾りを取り出し、ディアーネが小首を傾げていた。
「あ、本当です。しかも、みんなデザインが違いますね」
 オリビンも同じように手にし、全員の物を確認していた。
「ああ、それは、カエデが作った奴だ。何でも、お前達の名前は誕生月にちなんだ名前だから、それに合わせた花にした、って言ってたぞ。
 バレンタインのショコラ・ケーキのお礼だから、一緒に渡してくれ、って頼まれてたんだ」
「へぇ、こういうの作るんだ、あのヒト」
 トパーズが感心しながら、じっくりと鑑賞している。
「えっと、んと、あれ?上手く着けられないよ~」
 早速髪飾りを着けてみようとしたウラルが、勝手が分からずに四苦八苦していた。
 すると、横合いからひょいとラピスの手が出てきた。
「ウラル、ちょっと貸してみろ」
 まるで撫でただけのような早さで、あっという間に着けてしまう。
「ありがと~」
「ボクにも着けてよ、ラピス~」
「しょうがねぇな…」「なら、あなたのはわたしが着けてあげるわね、ラピス」
 髪飾りをお互いに着けながらはしゃいでいるジュエルズを眺めつつ、俺は小さく呟く。
「あれからひと月経ったのか…もう、枯れちまってるだろうな」
 ジュエルズの頭に飾られた髪飾りを見て、ふと思い出したのだ。
 パルムの地に眠るPM達に手向けた花束を。


 ひと月前――二月十四日、バレンタイン・デー。
 この時期の恒例行事ではあるが、今年は二つばかり違っていた。
 一つは、俺の受け持ちであり、謹慎が解けたカエデの研修が無事に終了した事。
 もう一つは、コロニーパージに巻き込まれて死んだ、PM達の一周忌であるという事。
 カエデの研修終了記念を兼ねて開かれた、ジュエルズ達主催のバレンタインのお茶会の後、俺はロザリオに行く先を告げずに部屋を出る。
 薄々何かに感づいているのか、普段なら行き先を尋ねるというのに、今日は何も訊かずに「行ってらっしゃいませ」としか言わなかった。

 パルムの街角にある転送キューブまで行った俺は、通常の使用方法に、諜報部の人間しか知らない、しかるべき手順をいくつか追加して作動させた。
 この操作はいわば『裏技』で、私用で使ってはいけないという規則は無いのだが、使えば諜報部に行き先が筒抜けになる。
 だが、俺が向かおうとしている目的地に行くには一番早い手段だという事で、その点は諦める事にした。
 俺の目的地、それは封鎖区画の旧メルヴォア外縁部陸地帯だ。
 そこは、惑星パルム上でただ一箇所、自分の足を運んでPM達を弔える場所となっていた。
 転送が終了すると、俺は大小あわせて30個ほどの、クレーター群の側にいた。
 ここのクレーターは、『St.Valentine Dayの惨劇』と呼ばれる事もある、去年のGコロニーの余剰パーツパージによって出来たものだが、存在そのものが殆ど知られていない。
 落下誤差範囲内であった事もあるが、パージミスの方が社会的に大きく取り上げられたのと、経済的実損害が出なかった事、何よりもローゼノムに堕ちたGコロニーによる被害によって、忘れ去られてしまった場所なのだ。
 諜報部で聞いた話では、ここにクレーターが出来たのは、『不死身』による強引なパージプログラムの二重起動の影響だという。
 俺はその中でも一番大きなクレーターの中心部を目指す。
 三十分ほどかけて目的のクレーターにたどり着き、ちょっとした丘ほどの高さになっているその縁を上りきると、全体が見渡せた。
 すり鉢状の中心部には、大気摩擦で燃え残った、三階建ての建物位の大きさのコロニーの一部が、さながら墓標の如く大地に突き立っている。
 俺が知る限り、残骸がしっかり残っているのは、唯一このクレーターだけだった。
 足元に注意を払いながら慎重にクレーターの中へ降りていき、なんとか中心部にたどり着くと、花束や酒瓶、それににちょっとしたお菓子をナノトランサーから取り出して、適当に『墓標』の側に並べ、黙祷する。

 俺一人の祈りじゃ足りないのは分かっているけど、勘弁してくれ。

 心の内で、顔も名前も知らない、ここで眠りについているかつてのPM達にそう語りかける。
 それに答えるかのように、残骸から吹き下ろしてくる風が、手向けた花を何度も揺らし続けていた。

 一人きりの弔いを終え、俺はすぐにでも帰ろうと考えてたが、ふと思って、残骸の周りを回ってみる事にした。
 歩いていると、程なくして、白の中に揺れる小さな黄色が視界に引っかかった。
 近づいて見ると、真新しい包装に包まれたキクの花束が据えられ、その側にはややボロけたラッピー・ヌイミが一つ、PMのものと思しき名前が入力されたままのIDタグと共に、風雨に晒されない場所に置かれていた。
 更に歩みを進めると、所々に似たような光景が見受けられた。
 誰もがここを、捨てられたPM達を忘れていた訳ではなかった事に、俺は安堵と共に憐憫を覚えた。
 いくらその死を悼もうとも、もう彼女達は還ってこないのだ…

 
「よう、『使用人(サーバント)2』、久しぶり」
 不意に気配が現れ、同時に声をかけられる。
 振り向くと、手近の小さめな瓦礫の影から、音も無く430が現れた。
 かわいい顔には似合わない、凄みのある笑顔を浮かべている。
 咄嗟に武器を抜かなかったのは、気配に殺気が無かったからだが、その口調に聴き覚えがあった為でもある。
「――古いコードネームで俺を呼ぶな、『狂犬』」
 飼い主に噛み付くかもしれない『狂犬』に、PMに奉仕する『使用人』――誰が考えたのかは知らないが、どちらも皮肉なコードネームだ。
「ふん、それはお互いさまだろ。今の私は――」
「ストロベリースイートなご主人様の愛の下僕、だったか?」
 俺が茶化すと、430が噛み付かんばかりの勢いでにらみつける。
「テメェ!適当な事ぬかしてると、しりの穴増やしたうえに体中を風通し良くしてやんぞ!
 マイリトルストロベリー小ビーストご主人様の、永遠の恋の奴隷だっ!」
 ビームガンを抜く振りだけで済ませた430に少々驚きつつも、俺はその返事に小さく笑った。
「お前も丸くなったな430。以前のお前なら、問答無用でビームガンぶっ放してるぞ?
 ――まぁ、幸せそうで何よりだ」
 俺は、自分が430から感じた印象をそのまま口にし、微笑を浮かながらそっと430を見つめた。
 すると、持ち前のかわいさを十二分に引き出した笑みを浮かべる430。
 こんな風に笑ったこいつを世話役の頃に一度たりとも見た事はなかったが、その笑顔が「今は幸せだよ」と語っていた。
「おうよ!後は立場をひっくり返して、今度こそ愛しのご主人様を、って何言わせるんだよ、オマエは!」
「お前が勝手に喋ったんだろう…はいはい、俺が悪うございました。だから、それをしまえ」
 今度は恥ずかしさからか、顔を真っ赤にし、本当にビームガンを抜いて俺の下腹部に銃口を押し付けてきたので、俺は両手を挙げて自分から引いてやった。
「分かればいいんだよ、分かれば」
 ビームガンを引っ込め、頬を赤く染めたまま、ぷいとそっぽを向く430。
 これが、かつて『狂犬』と呼ばれたPMと同一人物だと、以前の彼女を知っている人間には判別できないだろう…それくらい彼女は変わった。
 変わるくらいの時間が経ったのだ。
 俺は430の姿を視界の端に移すと、巨大な『墓標』の頂点を見るかのように、空を見上げた。
「感情を持たせ、その揺らぎを利用して本来のスペック以上の能力を引き出させた、人型汎用機械ことパートナー・マシナリー。
 自分達の都合で道具に心を与え、心が生み出す力を兵器として使い潰していった結末の一つが、この場所の光景だ。
 ここは言わば、俺達ヒトが、ガーディアンズが生み出したPMの墓場だな」
「なんだよ、唐突に」
 奇妙なものでも見るかのように、俺に視線を向ける430。
「なぁ、430。
 心を持ったお前達PMと、同じく心を持ってる俺達ヒト、何が違うっていうんだろうな。
 確かに、お前達にはヒトに劣る部分があるかもしれないが、誰かと共に喜び、怒り、哀しみ、楽しむ事が出来るお前達は、絶対に『道具』や『兵器』じゃない。
 俺はそう思っているし、それを知っている奴もいる。
 だけど現実は――」
「――いつまで経っても、私達は『物』のままです。
 久しぶりですね『狂犬』、それに『使用人2』」
 高い位置から、不意に声が聞こえて来た。
「!『不死身』か?!」
 430が弾かれた様に、声の方向に視線を向ける。
 少しばかり立ち位置を変えると、声の主――GH-440はクレーター中心部の巨大な残骸の上、俺が立っている場所よりも500Rpほど高い場所にある、穴の縁に座っているのが見えた。
 俺がさっきまで立っている場所からだと、張り出した残骸などで死角になる為に、見上げていても気づかなかったのだ。
「『不死身』――いや、今はただの440、か。
 噂では聞いていたが、やはり生きていたか」
 俺の言葉に、440が小さく頷いたように見えた。
「今の私は、ワンオブサウザンドであることを明かした上で、それでも普通に接してくれるご主人様に仕えています」
 440は体勢を変えずに大きく脚を振り、その反動で座っている穴の場所から飛び降りる――俺めがけて。
 あわてて受け止めようと構えた俺の腕の中に、わざわざお姫様抱っこになるよう、器用に空中で一回転して落ちてきた。
 そんな事をしながらも、帽子が飛ばないようにしっかりと押さえているのが、実に440らしい。
「――おかげで、こうやって誰かに触ったり触られたりする事に、嫌悪する事もなくなりました」
 俺に受け止められた440が、囁く様に言った。


 440と接していた日々の記憶が鮮やかに蘇る。
 最初の主人を己が手で、しかもワンオブサウザンドの能力でひき肉にした440。
 ヒトに触れず、触れさせず、会話も極力避け続けた440。
 そんな中でも数少ない会話相手であり、いやいやながらも触れる事を許していたヒトの内の一人が俺だった。
 そんな440が一度だけ、本音を零したことがある。
「ヒトに触れると、あの時の感触を思い出すので、嫌です」
 それゆえか、数えるほどの例外を除いて、440は自分が触れたか、自分に触れてきたヒトを必ず殺してきた。
 それが例え、諜報部員であってもだ。
 まるで、そうしなければ自分が自分でいられなくなるかのように。


 俺の頬を細い指でつつき、仕草で自分を下ろすようにと440が俺を促したので、俺は回想を止めて静かに下ろす。
「私は幸運にも、普通のパシリと全く変わりない生活が送れるようになりました。
 でも――」
 残骸を見上げながら、不安そうな表情を浮かべる440。
「私は時折、本当に今のまま暮らしていていいのか、と思ってしまうんです。
 何千という姉妹たちを犠牲にした私が、ご主人様と幸せに暮らしていて――生きていていいのか、と」
「いいんじゃねえの?」
 軽い口調で430が言い、440の側まで来るとその肩に手を置く。
「あの時、コロニーから逃げずに死んだ連中は、自分が置かれていた状況全てから逃げた、だから死んだんだ。
 確かに、お前のせいで死んだには違いねぇんだろうけど、その原因はアイツら自身にあったんだ。
 ――憶えてるか?オマエが私にけしかけてきた100体のパシリ達」
 コクン、と頷く440を見届けて、430は話を続ける。
「私はあの時、アイツらにこう言ってやったんだ。
 『いなくなったご主人様を思い続けます? アホか? お前ら揃ってアホの子かァ?
  結局テメェらは現実を受け入れるのが怖かっただけだ。
  自壊して果てたヤツのが根性あらぁ。総務部の帰投命令に従ったヤツのがよっぽど利口だ。
  てめぇらはどうだ? パージされるブロックん中でいつまでもメソメソしてただけじゃねぇか』
 ってな。
 その後は、連中がぶち切れて大暴れして…全部吐き出して、あいつらはやっと納得したよ。
 失ったら二度と戻らない『なにか』を無くしたけど、悲しんでいるだけじゃ何も変わらない、自分の『夢』も叶わない、ってな。
 オマエだってそうだったんだぜ?440。それに、今のオマエは、自分の『夢』を叶えたじゃないか」
 430は440を『不死身』と呼ばなかった。
「オマエが生きてる事に文句を言う奴がいたら、問答無用でぶっとばしゃぁいいし、それが面倒なら逃げたってかまぃやしないんだ。
 パシリだって――ワンオブサウザンドとか呼ばれてる私らだって、自分が生きたいように生きていいんだよ」
「430…」
「死んだ連中に気兼ねしてるんだってぇのなら、オマエは尚更生きてなきゃ。
 生き続けて、何もしないで死んだ連中に『生きていたらこんなに幸せになれるんだ、バーカ!』って、見せつけてやればいいんだよ」
 そう言ってニヤリと笑みを浮かべた430。
 440は430に向き直ると、しっかりと抱きついた。
「ありがとう…430」
 今度は、430がしっかりと抱き返す。
「気にすんなよ、440……今度はオマエを助けてやれたな」
 驚いた表情を浮かべ、抱擁を解く440。
「――あの時の事、まだ気にしていたのですか?」
「まぁ…ちょっとは、な」
 440から視線を外し、恥ずかしげに後ろ頭をゴリゴリと掻く430。

 pipipipipi、pipipipipi

 突然、周囲に響く通信端末の呼び出し音。
「?!、そのコール音、諜報部か」
 430が驚きと嫌悪の入り混じった表情で、俺を見上げる。
 俺の通信端末は、不安感を煽るような、諜報部特有のリズムで鳴っていた。
「ちっ…仕方ない。
 二人とも、送受信機の類を全部遮断、音を立てるな」
 俺が鋭く言い、二人がそれを実行するのを待ってから、端末の音量を最大にして通信に出る。これなら、二人にも会話が伝わる。
「――こちらオメガ・リーダー」
『オメガ・リーダー、そちらの受信範囲に『不死身』の発信機を確認した。追跡――』

 ジャカッ、キュバン!

 突然、440がシッガ・ボマを抜いて発砲した。
 あらぬ方向に撃ちながら、440が俺に『一芝居打つ』という合図を送っている。
 更に、430が別な合図と共にバーストを抜いたので、とある事をふと思いついた。
 それについては、間違っていた場合には俺が440に恨まれるだろうが、この際やるしかなかったので、二人に『了解した』という合図を返す。
「―ちぃっ!」
 俺はわざと激しく舌打ちし、通信端末に響くよう、足音も激しく440から離れる。ただし、ゆっくりとだ。
 そして、440がわざとらしく飛び掛ってきたので、俺はそれに合わせて大仰にひっくり返る。
「くそっ!」『どうした、オメガ・リーダー』
「ごきげんよう」
 440が俺の通信端末を左手で鷲掴みにして奪うと、マイクに向かってぼそりと囁いた。
『今の声――』

 メキッ、じゅぅぅぅぅ…

 通信端末が握り潰されるのと同時に、440の掌からすさまじい熱が発せら、通信端末が融けた。
「熱っ!」
 通信端末の成れの果てが、440の掌から俺の肩口に零れ落ちた。
 高ランクのシールドラインであろうが、これだけ高温となった物体が直接付着すれば、しっかり火傷になる。
「あら、ごめんなさい」
 涼しい顔で倒れている俺の上から降りると、手をはたいて残骸を掃った。
「ばかやろう!一芝居打つだけだろうが――あ~あ、服が焦げた…おまけに火傷かよ」
「これで言い訳がたつでしょう?」
 世話をかけさせるな、と、言った表情の440。
 まったく…腹立たしいが、確かにその通りなのだから、仕方ない。
「――そうだ、なっと!」

 ビュン、ズバッ!

 俺は跳ね起きながらクリムゾンを抜き、440の帽子を上下真っ二つに切り飛ばした。
「!、私の帽子!」
 別に火傷への腹いせではなく、430が俺に出した合図通りに『440の帽子を切り』飛ばしただけだ。
 440に発信機が仕込んであるとすれば、彼女が一番執着している帽子だ――俺も430もそう予想したからだが、それを440に説明する手間が惜しかったのだ。
 案の定、半分の大きさになってくるくると飛んでいく帽子の中から、小さく黒い何かが零れ落ちる。

 タァン!じゅっ…

 構えていたバーストを下ろしながら、430はほっとした様子でため息をつく。
「ふぅ――これで、発信機は消滅っと。
 見慣れたヤツだからまさかとは思ったけど、諜報部時代の帽子をまだ使っていたのかよ…
 私らの装備には、オマエにも発見できない発信機がたっぷり仕込んであったのを忘れたんか?」
 430はそう言うが、その発信機を受信できるのは諜報部の人間が持つ装備だけだし、受信範囲も大して広くない。
 人員削減された現在の諜報部では、よほどの事が無いと発見できないだろう――今回のような偶然でもない限り。
「あああああああ、私の一番のお気に入りぃ~」
 両膝と両手を地面に着いて、がっくりとうな垂れる440。
「オマエ、帽子フェ――コレクション、まだやってたのかよ」
 430が途中であわてて改めながら尋ねると、440は無言で頷く。
 そんな440をかわいそうに思ったのか、責めるような視線を俺に向ける430。
 俺は430に「大丈夫だ」という意味で頷いてみせ、
「――お前の一番のお気に入りはこれだとばかり思っていたんだが…違うのか?」
 ナノトランサーから少し古びた440用の帽子を取り出し、ちょっとだけくるくると指先の上で回して見せた。
「………!、それ、どうして!」
 帽子に視線を向けた440が、驚きのあまり、弾かれたような勢いで立ち上がった。
「ん?ああ、諜報部の体制が変わった時に、不要だからって処分されそうになった奴を、俺が記念に貰ってきた。
 本当は、今日ここに置いて行こうと思って持ってきて、忘れていたんだが…」
 帽子を失った440の頭の上に、俺が手にしていた帽子をちょこんと乗せてやる。
「晴れてお前の手元に返った訳だ。
 これで、お前が諜報部に残してきたものは、データ以外綺麗さっぱり無くなった事になるな」
 440は地面に座り直すと帽子を外し、いとおしそうにゆっくりと撫で回しながら、しんみりした表情を浮かべる。
「――これ、一番最初に被っていた帽子なんです。
 あんな事が無ければ…私…わたし……」
 嗚咽をかみ殺す為にか、帽子を抱えて、そこに顔を埋める。
 俺と430は、440の気が済むまで、その場でじっと佇んでいた。

 日が傾き始めた頃、俺は自分が切り飛ばした440の帽子を手に、二人と別れの挨拶を交わした。
「じゃあな、二人とも。これからも、ご主人様と上手くやれよ?」
「うん」「はい」
 神妙に頷く二人に向かって軽く手を振り、踵を返して歩き始めた。 
「ちょっと待ってください」
 不意に440が俺を呼び止める。
「なんだ、まだ用があるのか?
 諜報部にはそれらしい報告をするって言っただろう?」
「しゃがんでください」
 あまりに真剣な様子に何事かと思い、目線が同じ高さに来るように片膝をつく。
 すると、440は俺にそっと耳打ちをして、走り去って行った。
「あいつ、なんて言ったんだ?」
 430が興味津々と言った表情で、俺に近づいてくる。
「あいつの今の名前だよ、430。名前は――」
 その名前を口に乗せた瞬間、強い風が吹いた。
 430にちゃんと聞こえたかどうかまでは判らないが、走り去る440を見送る430の表情は実に満足そうだった。


「――父様、父様」
 腕に軽い肘打ちと、小さい声ながらロザリオに呼ばれた事で、俺は回想から呼び戻された。
 俺に注意を促す彼女の視線の先には、ジュエルズが集まっていた。
「マスター、どう?」
 思い思いの位置に髪飾りを着けた彼女達に、いつもの如く感想を求められる。
「ほぅ…花の色合いが髪の色と干渉してないのか。いい物を貰ったな、みんな。よく似合ってるよ」
 微笑みながら言ったつもりだったのだが、ウラルが寂しげな表情をする。
「マスター、あんまり嬉しそうじゃないの…どうして?」
 そう、ポツリと言われてしまった。
 ひと月前の事を思い出していた所為なのだろう、俺の微笑みは憂いを帯びていた。
「…お前達にも、それぞれにご主人様がいたら良かったのにな、と、ふと思ったんだよ」
 それは俺の本心でもあったのだが、憂い顔を誤魔化す為にそう言うと、途端に全員が抱きついてきた。
 誰も何も言わなかったが、その表情は彼女達の内心を如実に語っていた。
「…すまん。お前達の気持ちを考えない、不用意な一言だったな」
「そんな事無いの。マスターが心配してくれてるのが分かったから、みんな嬉しいの」
 ウラルが再びポツリと言うと、全員が頷いた。
「――さて、ひと段落着いたみたいだし、カエデさんの所に行って、髪飾りのお礼を言いに行かない?」
 ロザリオが提案すると、再び全員が頷いた。
「そうね――マスター、お付き合い下さいませんか?あたし達だけでGコロニーに移動すると、色々と問題がありますし」
 ガーネッタの言葉に、トパーズがうんうんと頷く。
「そうそう、ボクを目の敵にする保安部の奴がいて、いつもウザいんだよね」
「案外、あんたが気になってたりして」
 サファイアがつっこむと、無い無い、と手を振るトパーズ。
「ま、かまわないぞ。
 ――ふむ、どうせだから、お茶菓子でも持っていくか」
『さんせーい!』
「じゃぁ、あたしはクッキー」「ボク、ケーキ持って行く!」「とっておきのプリン…」
 それぞれがお菓子を取りに、おしゃべりしながら俺の部屋を出て行く。
 楽しそうに笑いながら歩いていくその姿を見て、俺は自然と微笑んでいた。 

 あいつらの笑顔という花が、憂いを帯びることなく、一日でも長く咲いていて欲しい。

 彼女達の背中を見ながらそう願わずにいられなかった、今年の三月十四日だった――。

 ―――終わり―――




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