「本当にいいのか?」
「いいんです」
「止めるなら今の内だぞ?」
「やるったら、やるんです!」
「でも、元に戻れるか保障は無いんだぞ?」
「やります!」
以下、文頭へループ。
10分ほどこんなやり取りをしていた、私とパパ。
何の話かというと、私を412に再育成する話です。
今日は、延期されたファミ通カップ最終週の初日。
アイテムの合成%を眺めるパパが、ブツブツ言いながらこぼした一言、
「やっぱりきついか」
これを聞いた私は、決心したのです。
パパの為に、もう一度赤玉からやり直す!
そうパパに言った直後のやり取りだったのです。
「俺はお前の能力に不満があるわけじゃないぞ」
憮然とした表情のパパ。
「武器防具まで自作して調達しないと仕事にならんというのは、流石に腹が立つがな。
だからといって、お前を再育成してまでいい武器が欲しいとは思ってない!
第一…」
そこはかとなく不安な表情を浮かべるパパ。
言いたい事は分かります。
ワンオブサウザントとなってしまった今、PMとしては変質してしまっている私がちゃんとGH-101に戻るのか。
そして、『私』としての記憶は残るのか。
「私だって不安です。でも、ご主人様が悩む顔を見る位なら、私は再育成を望みます!
たとえ、記憶が全部無くなったとしてもです!
もし、そうなったら…」
無理やり笑顔を作って、パパに抱きつきます。
「次の『私』もかわいがってね、パパ」
「このバカ娘が…」
そう呟くと、パパは寂しそうに私の頭を撫でていました。
パパと二人そろって、街のルームグッズショップへ赴きました。
「へぇ、今日はパシリ連れかい?珍しいな、あんたにしては」
どうやら、店員に顔を覚えられるくらいには頻繁に出入りしているようです。
「そうか?」
「ああ。大概一人で来ちゃ、記念アイテムとか模様替えのチケット買っていくだけだしな。
で、今日は何が欲しいんだい?」
「PMデバイスZEROを」
「ほうほうデバイズZERO…って、おい!」
黒い肌のニューマンの店員さんが、カウンター越しにパパの首を腕で引っつかみます。
「んなもん買うのに、パシリ連れてくるか、普通?!」
店員さん本人は小声で言っているつもりでしょうが、殆ど怒鳴っているようなものです。
あ、他のお客さんが出てっちゃいました。
「あの、ご主人様を放していただけませんか?」
私が声を掛けて、ようやくパパを放してもらえました。
「あ、あのなぁ、412ちゃんよ」
「はい?」
「自分がリセットされるかもしれないんだぞ、判ってるんか?おい」
「もちろん。私が使いたいので欲しい、っておねだりしたんですから、当然です」
「当然、って、おいおい…」
店員さんは帽子を左手にとって、右手で頭をかきむしっています。
「ちょっと旦那、こいつ、大丈夫か?頭の中」
大きく溜息をついたパパ。
「大丈夫、至って正気度100%だ。
俺がちょっと合成の事で口を滑らせたら、自分からリセットしてやり直したいって言い出しちゃってな。
引き止めたんだが、言う事を聞かなくって…」
「私が買いに来てもいいのですけど、ご主人様と一緒じゃないと、売ってもらえなさそうでしたので」
私がしれっと言うと、店員さんもあきれ返ってしまいました。
「妙なパシリちゃんだね、全く…OK、デバイスZEROだな。
ほらよ、毎度あり」
「ありがとうございます。あと、412もいただけますか?」
「………………」
代金と引き換えに、無言で商品を渡してくれた店員さん。
「騒がせてすまん、じゃあな」
パパが軽く手を上げて挨拶すると、向こうも同じ様に手を上げました。
「パシリが自分で使うデバイスZEROを買いに来たのは初めてだぜ………世も末だな、オイ」
呆れた口調でそう言う店員さんを後に、私達はお店を出ました。
部屋に帰ると、なんか違和感があります。
植木鉢、照明、商品棚………なんだろ?。
「おお、戻ってきたな」
隣の展示部屋から、研究員服の格好をしたご老体と、メンテの時によく顔を合わせる若い男性ニューマンさんが現れました。
「申し訳ない、研究主任。忙しいのに呼び出してしまって…」と、パパ。
あ、GRMのPM研究所の研究主任さんか!
なんで、この部屋にいるの?
「いやいや、彼女の無茶に比べたら、大した事じゃない。
しかしまぁ、デバイスZEROでリセットとは、随分思い切ったことを考える」
「主任、各種センサーとカメラ、セット完了です」
「ご苦労さん」
センサーにカメラ、って、どういう事ですか?
「ロザリオちゃんよ」
主任さんが、しゃがんで話しかけてきました。
「はい?」
「あんたのパパさんはな、あんたが元に戻らないと困るから、少しでも情報を記録しておきたいんだそうだ。
万が一の場合を考えてな。
どれだけ役に立つかは分からないが、あんたを復帰させるための情報は多いに越した事はないからね」
そうか、最悪、私が壊れてしまった場合の保険………
「パパ、ありがと………う?……パパ?どうしたの?」
PMデバイスZEROの注意書きを読みながら「………………」、なんかパパが硬直してます。
ぷしゅ~
「こんにち…あれ、取り込み中かな?おじ様」
あ、ヒュマ姉さんが来ました。仕事用ではない、地味なロングスカートのツーピースにポニテという、ラフな格好です。
そういえば、今日は非番でしたね。
「おい」
パパが、ヒュマ姉さんを手招きしています。
パパに近づくヒュマ姉さんに、パパは注意書きを渡して無言で読むように促します。
読み終わったヒュマ姉さんが何かにハッとした直後。
スパーン!!
パパが姉さんの頭を、かのハリセンに匹敵するツッコミ武器スリパック(分類:不明、レア度:★★。クバラ製)でひっぱたきました。
いい音です。
あ、特殊エフェクトで姉さんの目から星が飛び散ってる。
「…とりあえず、これで勘弁しておいてやる」
「いったぁ~い」
頭を押さえてしゃがみこむヒュマ姉さん。
でも、姉さんを何故叩く必要があったのでしょうか?
「姉さん、パパが怒るようなことを何かしたんですか?」
しゃがみこんだヒュマ姉さんに小さな声でこっそり聞くと、小さく頷いて小声で説明してくれました。
以前、パパがパシリの回収を行なった事がある(『暁の中』でを参照のこと)そうなんですが、その時の依頼人が当時GRM情報部部長だったヒュマ姉さん。
その時、ヒュマ姉さんは部下を通して仕事に必要なPMデバイスを2種類渡したのですが、パパに渡したデバイスは、パッケージの中の説明書を入れ替えて渡したんだそうです。
PMデバイスRELIVE:本来は、記憶まで全部を初期化するデバイス。
入っていたのは、ZEROの説明書。
PMデバイスZERO :本来は、能力値と経験値だけをリセットし、記憶と名前は残るデバイス。
入っていたのは、RELIVEの説明書。
とまあ、こんな状況だったわけですね。
ところが、パパは偶然その二つのデバイスを取り違って、説明文が入っていたのとは逆のパッケージに入っていたデバイスを使ってしまった、早い話が、取り違えた事で本来の目的に沿って正しく使えたという事だそうです。
そして、今日になって初めて正しいZEROの説明書をパパが読んで、このすり替えに気がついたという訳。
子供の悪戯みたいな事ですが、偶然間違って逆に使っていなかったら、実行したパパは社会的信用を失いかねません。
当時、ヒュマ姉さんはそれを狙ったんだそうですが、偶然には勝てなかったということですね。
今になって発覚して、運が良いのか悪いのか…
「これですんだなら、軽い処罰かもね」と、パパに叩かれた頭をさする姉さん。
いやぁ、どうでしょう?
私がヒュマ姉さんにこっそりある事を耳打ちすると、声にならない悲鳴を上げながらすごい勢いで去っていきました。
ゴメンねヒュマ姉さん、言いたくなかったけど、言わないとさすがにまずいと思うの。
私、パパがヒュマ姉さんを叩いたあのスリパックで、昨晩キッチンに出た『G』を潰したんです。
パパには言ってないというか、言いそびれたというか…さっさと洗って消毒しておくべきでした。
気を取り直して、私は覚悟を決めます。
「いいですよ」
「…分かった」
恐る恐る私の口にデバイスを入れるパパ。
もぎもぎ、ゴクン。
「ごちそうですね!」
瞬間、躯体から大量のフォトンが放出されるのが分かりました。
ほんの僅かな時間が、気の遠くなるような永遠に思えましたが、光が散ると目の前にパパがいます。
パパと判る『私』がいます。
「パパ!私、パパがパパだって分かるよ!」
手も足も無いけど、私はパパに飛びつきます。
「は、はは、良かったぜ、全く」
私を受け止めたパパは、そのまま床にへたり込みました。
主任さん達も、私が無事なのを確認すると、ほっとした様子で帰っていきました。
ただし、調査機器はそのままです。
私の進化過程を研究して、次世代の為にデータを集めるそうです。
研究されるのは嫌だけど、今回は大目に見ます。
だって、心配して来てくれたのは本当なんだもん。
翌日から、パパは私のご飯を集めにイベントに出かけました。
結局は殆どのご飯を買ってくることになったんだけど、私はパパの気持ちで幸せ一杯、お腹が一杯です。
そして、改めて412になるまでには色々ありました。
1日目:まだ赤球
「こんにちは、ロザリ…ひっ!」
ルテナちゃんがやってきたのですが、赤球の私を見て腰を抜かしました。
「あう、あう、あう」
「あ、いらっしゃいルテナちゃん」
「い、い、い、い、い」
「い?ああ、『一体どうしたの?』ってこと?」
カクカク首を縦に振っているので、事情を説明してあげると、よろよろと帰っていきました。
2日目:へんしん、青球!
「今日はお泊りに…あれ、いないの?」
きょろきょろと辺りを見回すトパーズ。
「いらっしゃい、トパーズ。私はここよ」
「…………………え~~~~~~~!!!!!」
「あら、どうしました?トパーズ」
彼女の後ろからゾロゾロと、姉妹達がやってきました。
「あ、みんな、いらっしゃ~い」
「……………」
みんな、私を見て絶句。
「ね、ねえ、あなたほんとにロザリオ?」
ディアーネがわざわざ聞きます。
「ほんともなにも、私はロザリオよ。ね、私の宝物食べちゃったトパーズちゃん?」
「…本物だよ、間違いない」
「お泊り、やめよっか」
「しょうがない、412に戻ったら、連絡して。それまではおとなしく向こうにいるから」
あう、泊まっていっていいのに、帰っちゃった。
3日目:まだ青い玉
こっそり、ヒュマ姉さんが来ました。
「ほんとに青球…」
「あ、いらっしゃ、い?」
急に抱きつくヒュマ姉さん。
「こないだはよくもやってくれたわね!あんな汚いスリパックを~!!」
「だから、アレは偶ぜn~ング、ン、ン゙~!、!、!」
ピ―――――――!
生まれて2度目の、内部廃熱の排出不良によるブレインコアの非常停止。
しかも、2度目も同じ原因……私にとって、女性の胸は凶器なのかも知れません。
4日目:あとちょっと
「……週間パシ通の配達ですけど、ロザリオさん、ですか?」
週に一回、パシ通配達の仕事をしている顔なじみの430さんが来ました。
「あ、ども。いつもご苦労様」
「…あなたの事で、記事が載ってますよ」
「ほえ?」
「あたしには真似出来ません。じゃ、また来週」
……………
『こいつはM?それともS?自分の為にデバイスZEROを買う412!』
“442談:ご主人様のためといいつつ、叩かれるのを好んでいるような性格……”
店員のコメントはともかく、この442のコメントは……
……偶然とはいえ、腰が抜けるほど驚かせた仕返しに、こう来たか。
ルテナ、後で絶対しばく!
パパには内緒だけど、売られた喧嘩は買う主義なのです。
5日目:ちぇーんじ、ドラゴン!
パパも寝入っている真夜中。
「おいおい、あのパシ通読んだ時はまさかと思ったけど、マジで進化途中かよ」
あ、口の悪い430さんが来ました。
「かわいくなっちまって」
ニヤニヤしながら、つんつん私をつつく430さん。
無言で彼女の周りを飛び、一瞬見せた隙を狙って背中に張り付きます。
「うわ、なん……あひゃひゃひゃひゃ、ら、らめぇ、そこは、きゃはははは……」
わきの下、背筋、首筋を無言でくすぐり続ける私。そのまま外へ誘導し、ほっぽりだしてドアにロックします。
通路で倒れたまま、笑いすぎで悶絶してますが、知りません。
6日目:じれったいな、もう
ドアが開くと同時に、二人のパシリが倒れこんできました。
格好からすると、441と411です。
ピクリとも動きません。
くぅ、きゅるるるるるるぅ…
………パシリにしては珍しい、行き倒れのようです。
パパが処分に困っているモノメイトを40個ほど店から出して彼女らの脇に置くと、二人とも1本ずつだけ飲んで、仕舞ってしまいました。
「ん~、はぐれパシリって実際は結構多いし、あんまり施しちゃダメってご主人様に言われてるけど、こういう時はいいよね?」
わざと彼女たちに聞こえる様に言い、私のお小遣いで買っておいた、おやつ代わりのインスタント・コルトバヌードルを3つ全部出して、そっと手渡します。
「誰かあなたたちを待ってるんでしょ?早く行ったら?」
何か言いたそうな表情ですが、私は有無を言わせず外に出る様に促します。
「それ食べて、元気出してね」
ドアを閉めて、二人が立ち去るまで待ってから呟きます。
「第五段階まで進化したはぐれパシリって、目立つから大体覚えてるんだよね。がんばれ、ご主人持ち」
7日目:ねんがんの412
「よし、これで……」
パパから差し出されたギガソウドを平らげた私。
「何時食べても……微妙な味」
キュゥゥゥゥン!
光に包まれ、宙に浮いた感覚が失せた。
脚が床に触れ、躯体を支えている。
自分の記憶ではなく、ローザの記憶でさんざん見た赤い服。
これが410の姿。
「これで、とりあえずは仕上げだ」
パパが取り出したのは412デバイス。
差し出されたそれを、私は無言で食べる。
再びの進化。
青い髪、緑の服、ちょっとうっとおしいけど、トレードマークの伊達眼鏡。
これが私、これこそ私。
GH-412。
私そのもの。
「おかえり、ロザリオ」
「ただいま、パパ!」
ほっと安堵の表情を浮かべたパパの脚に、いつものように飛びつく私。
こうして、私は打撃特化型PMとして再誕しました。
え?性能ですか?
他の打撃特化型の人にでも聞いてください。
能力は推して知るべし、です。
パパは、私の能力よりも、私が無事に元に戻れた事を喜んでいます。
よほどうれしいのか、最近はミッションに連れて行ってもらえる事が多くなりました。
特訓場所がドラSとかにランクアップしちゃったけど、一緒に出かけられるのが楽しみです。
また騒がしい日々が来るのかもしれないけど、それまではパパと過ごせる時間を満喫しようと思います。
それでは、皆様とパートナーのパシリ達に星霊の導きがありますように。
―――おしまい―――