176 名前:パパと412作者[] 投稿日:2007/06/05(火) 17:32:09.05 ID:5idQqfLi
(中略)
さて、パパと412とヒュマ姉さん+440の過去編が完成しました!
パパとヒュマ姉さんが実名で登場です!ドウシテモホカノヨビナガオモイツカナカッタノヨ…
両方とも俺の持ちキャラだから、被害受けるのは俺だけ!って、いいのか俺!!
さて、いざ投下しようと思いましたが、ここで問題発生です!
原稿チェック終わって確認した所、合計約98.3Kあります!
平均10Kメモ帳10枚分、どうやって投下しましょうか…本気で困ってます。
とりあえず、前もって借用ネタを報告します。
いつもながら偉大なる小ビス子氏、若ネーヴ(アレは良作だぜ)作者さま、近作では420姉妹などなど、
その他過去スレから多数を(もしかしたら気づかないうちに)お借りしております。
もちろん、俺の身内(個人的付き合いの電源不要の仲間どもですが)にしか分からないオリジナルネタも使っておりますが、
気にせずご拝読下さいませ。
177 名前:パパと412作者[] 投稿日:2007/06/05(火) 18:07:07.49
ID:5idQqfLi
(>>174の420は絶対裏パシ通が愛読書だ、そうだ、そうに違いない…ブツブツ、え、あ、もういいの?始まってる?)
…失礼しました、パパと412作者です。
大容量ですが、きりのいい所で細切れにして投下することに決定しました。
どうなるかはやってみないとわかりませんが、お付き合い下さいませ。
『暁の中で』投下を開始します。
プロローグ:回顧
山と詰まれた死体、死体、死体…
敵と味方から滲み出した、おびただしい量の血と油
破壊されつくした町並みや自然
まとわりつく敵、敵、敵…
致命傷を何度も喰らい、全身自分の血でまみれている
しかし自分は立っている
残っていたのは自分一人
気のいい仲間達は、山の中に埋もれている
なぜ、俺は生きている
なぜ、俺は死なない
そうだ、これは夢だ
ずいぶん昔の夢だ、夢なんだ…
…パ………パp…
誰かの声がする
…パパ……
俺には子供なんていない
お前は誰だ?
…起きて、パパ。悲しい夢から醒めて、起きて…
声はいつしかパートナーマシナリーの姿を取り、近づいてくる
…あたしはずっと一緒だよ
…黄昏は暁に変わったんだから
…明けない夜は無いんだから
起きて、パパ…
pipi、pipi、pipi、……
“おはようございます。2月9日、コロニー標準時0900です”
「パp…じゃ無かったご主人様~、時間ですよ~」
PMの声がビジフォンの目覚し機能の音と重なる。
ゆさゆさ、ゆさゆさ
久々にひどい夢を見た。
戦場でただひたすら戦い続けていた、あの頃の夢だ。
この夢を見た後は決まってクタクタだ。
寝ていても気力と体力をごっそり持っていかれるので寝た気がしないし、気が付けば全身冷や汗をかいている。
起きる気配が無い俺を起こそうと、PMが小さな手で揺り動かしながら、言うなと散々注意した呼称で呼び起こす。
「パパ~、起きて下さい。そろそろ本部に向かわないと、ちこくですよぅ」
俺の体を揺り動かすGH-412が、心配げな声をあげる。
ため息のような大あくびをし、腕を伸ばしてベッドの脇で俺を揺らし続けるちっこいPMの頭をぐりぐりと撫でてやる。
「目は醒めている。だから揺らすのはやめろ、ロザリオ」
「わぷっ、あぅ、ぐりぐりするのやめて、痛いです~」
時折、ちょっとねじの抜けたようなしゃべり方をするのがこいつの癖だ。
「それから『パパ』は止めろと何度も言った筈だ。約束だろう?」
「そんなこと言ってもパパはパパですよぅ」
そう言って頬を膨らませる彼女の頭を撫でるのをやめ、軽くぽんぽんと叩くとベッドから身体を起こしてドレッシングルームへと向かう。
冷や汗と共に、夢で感じた不快感を洗い流したかった。
備え付けのシャワーを浴びて身支度を整えていると、かすかに頭痛を感じる。
これは、『あいつ』が起きたときの合図だ。
pipi、pipi、pipi、……
“おはようございます。2月8日、コロニー標準時0901です”
「おはようゴザイマス、ご主人様。体温、血圧、共に良好でス」
あたしのPM――いまだGH-101――の声がビジフォンの目覚し機能の音と重なった。
金木犀に似せた覚醒作用のある香料が鼻腔をくすぐる。
あたしのお気に入りの香りだったりする。
「おはよう、『お留守番』」
「おはようゴザイマス。
そろそろ目覚まし用の香料が切れますので、補充してくださイ」
しょうがない、また体当たりで起こされたんじゃ、身が持たない。
「はいはい。じゃ、ちょっとこっちに来て」
お留守番と名づけたこの子がろくに進化していないのは、あたしの服道楽の所為なのよね。
文字通り手も足も無いこの子は最初の頃、起きないあたしに体当たりという豪快な手段でモーニングコールをしてくれたもんだから、しょっちゅう痣やたんこぶができるという外聞的にはずかしい事になっちゃって。
まだ耳を引っ張られるほうがましな気がする…
もう痛い目は見たくなかったので、当たり障りの無いオプションの目覚まし装置(芳香剤式)を導入したけど、それでも時々体当たりで起こしてくれたりするし(「いくら起こしても起きないご主人様がいけないんデス」:101談)。
早い内に進化させよう…。
唐突に、意識に触れてくる感触。
言葉には表せないが意識通信特有の感覚が伝わってきた。
私達『黄昏の一族』―――ヒューマンの歴史が終わると思われていた500年戦争初期にヒューマンの切り札として作られた、ニューマンやビーストとは違う遺伝子改造と旧時代のナノマシン投与によって戦闘能力を人工的に強化された改良種族…『戦闘ヒューマン種』とでも言おうか、既に数えるほどしかいないその末裔たち―――に埋め込まれたナノマシンネットワークによる意識通信機構、俗に『テレパス』と呼ばれる通信手段だ。
(起きたか、リズ。今日の予定は?)
今日は向こうが起きるほうが早かったようね。
(おはよ、ルドルフおじ様。メール見てから決めるわ)
ベッドから起きると、パジャマを脱ぎながらドレッシングルームへ向かう。
起き抜けのシャワーを浴びて身体を完全に目を覚まさせるのが日課になりつつあった。
(暫く本部からのミッションで部屋を空ける。何かあったら連絡してくれ)
あらら、返答をする前にリンクが途絶えちゃった。
あたしの日課を知っているので、必ず意識を切り離すのよね。
「おじ様も妙な所で律儀なのよねぇ」
そうつぶやいて、あたしはクスクス笑った。
もっとも、20秒以上繋いでいるとひどい頭痛と吐き気に苛まされるんだけどね。
その効果たるや、極度の宿酔いに匹敵するのだ。
ああ、思い出したくも無い。
「…パ?……パパ?メールが来てるよ」
意識を引き戻すと、ロザリオが服の裾を引っ張っていた。
表情に翳りが見て取れる。
困惑と、恐怖。
それを打ち消してやるように微かに微笑んで、頭を撫でてやる。
それでやっと落ち着いたのか、いつもの表情に戻った。
「またお姉ちゃんとお話?」
「…ああ、そうだ」
「お話する時はちゃんとお部屋でしてね、って前にも言ったよ?急に静かになると心配なんだから」
俺を見上げながら人差し指を立て、しかめっ面を浮かべるとその手を振る。
「分かった分かった、そう怒るな」
「ほんとうですか?前も言いましたよ?」
「分かったって。次から気をつける」
「…約束ですよ?じゃ、おせんたくしますね~」
着替え終わった俺のパジャマなどを拾い上げるとテキパキと全自動洗濯機へ放り込み、風呂場を掃除する彼女。
その動作はよどみない。
俺は溜息をついた。
言動はまるで子供だが、その行動はPMそのもの。
俺が『教育』した分を差し引いても、そのギャップにはなかなか慣れる事が出来ないでいた。
成長すればいずれはそのギャップも埋まるだろうが、すぐにという訳ではない。
(まぁ、確かに見方を変えればこいつは『欠陥品』だな。
しかし、こいつを『育てろ』というのは…。
俺にとっては渡りに船だが、GRMもガーディアンズ諜報部も本当に何を考えている?)
風呂場からお湯を流す音と歌声が聞こえてくる。
「は~い、はは~い、ははは~い♪
いつも元気な410ぅ~♪
おこた大好き420ぅ~♪
ちょうちょ追っかけ430ぅ~♪
すぐに迷子の440~♪
ちょっとおませな450~♪
ごっ主人さま~は大好きだけど、
今日はこっそり抜け出してぇ、
みんなでいっしょにあっそびましょ~♪
パシリといっしょ、
パシリといっしょ、
パシリといっしょに
あ・そ・び・ま・しょ~!♪…」
「パシリといっしょ」とかいう子供番組のテーマソングを大声で歌いながら掃除している小さなPMの背中を見ていると、心中複雑な思いだった。
(こいつが本当に『狂犬』達と同じワンオブサウザンドなのか?)
ふと、『あの時』の事が脳裏をよぎった。
第一章:もうひとつのワンオブサウザンド
GRM情報部部長に直々に呼び出されるのは久しぶりだった。
以前呼び出された時の部長はとっくに引退し、3度は入れ替わっているはずだ。
確か、今の部長は年若い女性のニューマンだと聞いていた。
部屋にすぐさま通され、挨拶もそこそこに任務を告げられて困惑した。
「……PMの回収、ですか?」
普段ならまずやらないが、この時は珍しく聞き返していた。
標準的な身長の女性ニューマンの情報部部長―――俺よりは“かなり”若い―――は器用に片側の眉を上げ、驚きを表した。
そして、何事も無かったかのように話を続ける。
「そうだ。
例の課金騒ぎで辞表を出した同盟軍出身者のガーディアンズ、彼らに支給されたPMを全機回収する」
俺を興味深げに見上げながら、なにが可笑しいのかクスクス笑う。
「名目上は本社からなんだが、実の所は同盟軍からの要請でね、機密情報の漏洩を危惧してとの事だ。
まあ、近いうちに未使用区画となった彼らの居住区画を処分するという話が持ち上がっているからな、情報漏えいの有無を確認したいんだろう。
ガーディアンズのほうは了承済みだ。
この所、我々の後ろ暗い話も数多く挙がるようになったが、断って世間に対する心象を悪くする必要も無いというのが向こうの本音だろう」
彼女は席から立ち上がり、俺の傍まで来るとしげしげと観察し始めた。
どうみても色めいたものはなく、研究者としての眼差しだった。
「私としてはどうでもいいのだが、これも仕事だ。こなさねばならん」
俺の腕を取りながら、話が続いた。
「それよりも、私は君の事を研究してみたいね。
都市伝説とも言われた『黄昏の一族』がこうして実在しているのだから。
その中でもイレギュラーと呼ばれた『ワンオブサウザンド』の一人、“生還者”“不死者”とも呼ばれた男。
コードネーム『インフィニット』…」
瞬間、俺の腕をつかんでいた彼女の手が俺の腕から弾き飛ばされ、バランスを崩してたたらを踏んだ。
別段、俺が意識的に倒そうとした訳ではない。
単に怒声を堪える為に「掌を握りこんだ」だけであり、その時の筋肉の反動で彼女の腕がはじかれたに過ぎない。
彼女は、すぐ後ろにあったソファーにひざ裏を引っ掛けた。
白衣にタイトスカートのスーツと長めの薄い手袋、ハイヒールという非活動的な格好ゆえ、バランスを崩したまま後ろ向きに倒れかける。
反射的に伸ばした彼女の腕を俺が捕まえ、そのまま強引に引き上げた。
「…引継ぎの時に聞かなかったのか?俺をその銘で呼ぶな、と」
背筋が凍りそうな、抑揚の無い俺の言葉に彼女は息を呑む。
殺気というよりは濃密で冷たい怒気に、空間が凍りついたような錯覚が起きる。
そのまま更に引き上げ、腕で宙刷り状態にする。
悲鳴を上げる間もなく、苦痛のうめきが口から漏れた。
「や、止めて…もう…言わ……ない」
その言葉を聞き、ゆっくりと彼女をソファーに下ろす。
すると、激痛を抑え込むかのように、腕全体を抱えて上半身を屈めた。
「…詳細は……机の上のメモリスティックに…入っている。…それを見てくれ」
俺はうつむいたままの彼女にかまわずメモリスティックを手に取り、部屋を退出しようとした。
が、背中に視線を感じ、振り返る。
視線の主である彼女の顔には苦痛に加え、恐怖、憎悪、嫌悪といった負の感情が入り混じっていた。
「ばけものめ…」
その呟きはやけにはっきりと耳に届いた。
俺はその言葉に対して何も言わなかったし、反応を示すような表情を取った覚えはなった。
扉が閉ざされる瞬間に見えた彼女の表情には驚愕と後悔が浮かび、何かを言おうとして唇が動いていたが、すでに閉まった扉に遮られた。
「久々にやっちまたか…」
俺はGRM内にある社員食堂でホットショコラの入ったカップを手に、深々と溜息をついた。
どうにも、過去に触れられると激高してしまう。
フフ、と自虐的な笑いを浮かべ、片手で顔を隠すようにして俯いた。
―――皮肉なもんだな。500年以上も経つのに、俺は未だに『ワンオブサウザンド』の呪縛から逃れられないらしい―――
先ほど持ってきたメモリの内容を思い返すと、更にその顔の翳りが増した。
『元同盟軍のガーディアンズに奉仕していたPMを回収、並びにGH-410、識別番号GST685-F9を鹵獲せよ。
同個体は異能体――ワンオブサウザンドと予想される。
いかなる手段を講じてでも確実に遂行せよ』
ホットショコラを一気にあおり、薄いプラカップを握りつぶす。
「…くそったれが」
甘ったるいはずのホットショコラは、苦味しか感じなかった。
第二章:パートナーマシナリー
今の俺は『黄昏の一族』以外に3つの肩書きを持っている。
表の顔としてのガーディアンズ機動警備部隊員。
裏の顔としてのガーディアンズ諜報部特殊諜報班潜入捜査官。
そして、GRM情報部ガーディアンズ専任特別諜報官。
どんな理由かは定かじゃないが、裏じゃ水と油の組織から肩書きをもらって生きているなんて奇跡に近い。
大分好き勝手をやっては来たが、今の所はどちらからも処罰や処断を食らったことは無い。
今でこそこんな肩書きを持つ俺だが、それまでは過去を知られないようにひっそりと暮らしていた。
とはいえ、生来の能力ゆえか、つける職業は血なまぐさいものがほとんどだったが。
十年近く前、ある筋から中期契約の仕事を請けることが決まった。
なんでも、GRM研究施設の警備主任だという。
近々大きな研究が始まるのでその為の警備の強化が必要になったとか言っていたが、後になって部下から話を聞くと、警備主任が内部鎮圧作戦で死亡したという事だった。
記録によれば、『異能力サンプル躯体の暴走による事故死』となっている。
死亡原因は、PM初の異能体……通称『ワンオブサウザンド』による人間への攻撃だった。
俺が実際にPMを初めて見た時は、GRM研究施設の警備主任として着任した日だった。
そもそもはPMの研究棟内で研究主任を警備する羽目になったからだが、どうやら研究主任は俺とPMを出会わせて反応を見たかったらしい。
研究者の『好奇心』というやつは今も昔も変わってない。
そして、俺の記憶の中にある研究者の『好奇心』には不快な思い出しか無い。
研究主任の思惑など知らず、研究棟内を歩き回るPMに俺は出くわした。
最初は、何で子供がうろついているのかと不思議に思って問いただしたが、初期の彼女たちは嫌悪の表情を取り繕う事もなく、なんともそっけない態度で「稼動試験中です」という言葉だけを繰り返していた。
「なんです、今の『物体』は?」
人ではないと直感的に理解できたので研究主任に問いただすと、
「あれが私達の作っている『娘たち』だよ」
と、ただの事実であることだけが強調された、感情のこもっていない答えが返ってきた。
「知性に関してはキャストの規格以下のスペックを持つ、小型キャストとでも言えばいいのか…。
初期状態からアイテムを投与することで成長し、最終形態としてあの幼女の姿をとる生活支援機械。
パートナーマシナリーといえば、聞いたことくらいはあるだろう?」
「はい。何でも感情を持っているという話でしたが…確か、一時期人権問題で騒がれましたね。
現物を見たのは初めてですが」
俺のその言葉に、初めて研究主任に表情が浮かんだ。
目を細め、何かを噛みしめるように。
苦虫を噛み潰す、まさにその表情だった。
「ああ、そうだ。
『彼女達』は知性体としての基準である『得られた情報を元にして、次の新たなモノを創造する能力』を持ち得ないからな。どう足掻こうが、人権を得ることは不可能だよ。特に、差別意識の強いキャスト達から見れば、感情を持った出来損ないでしかないからな。
最後まで感情を持たせることに反対した『彼女たち』の生みの母であった私の元上司は、大分前に心労でここを辞めたよ。
あの騒ぎは、あの人の命日だった…」
暫くして、PM達に主人を補佐する為の技能訓練が始まった。これは、実働データを元に、更なるデータの向上を図るものだという。
それを最初に見た時、ほほえましく思った。
子供が一生懸命何かを行なう様というのは何故か心が和む。
PMに幼女――身長以外の身体つきは成熟した女性とほぼ変わり無いのに幼女というのも変だが――の姿を与えたのは、ストレスを緩和させる意味合いもあるという話を聞いて納得した。
戦闘訓練まで含まれているのを見たときは正直面食らったが、ガーディアンズが採用していることを考えるとそれはしごく当然のことなのだろう。
流石に夜伽の訓練もあると聞いた時は「それは倫理的にNo!だろ?」と言って笑ってごまかしたが、それを教えてくれた研究員も、笑っているのか泣いているのか分からない困った表情を浮かべていただけだったのを、今でもはっきりと覚えている。
そんなある日、本社の幹部がここを訪れた。
無論、俺には警護任務が廻ってきた。上に立つ人間の警護には、責任者の出番というわけだ。
棟内の視察と研究成果を確認しながら、広い研究棟のあちこちを廻る。
先導する俺などいないかのように向こうはお構いなく動き、俺もお偉いさんの気を惹かない様に警護を続けた。
お陰で、色々な話が耳に入ってきた。
「…という事なら、2体目はまだ確認はされていない、そういうことだね?」
「はい。未だにどういう条件で目覚めるのかも、どのような能力を発現するのかも全てにおいて不明です」
「が、それらの能力を意図的に再現できなければ、研究の意味は無いぞ。
ガーディアンズも、あの存在に気づいている」
「企業にとって有益であるものは何でも使う…企業の理念は我々も理解しています。
ですが、感情プログラムを持たせたがゆえに発生する、数万体に一体の確率で現れる奇跡的『欠陥』能力を持ったPMを見分けるのは現状では不可能です。
あまりに範例がありません、今しばらく時間がかかります」
「ワンオブサウザンド――ふん、我が社の命運を分ける存在が、たかがパシリとは皮肉だな」
―――ワンオブサウザンド―――
かつて己を示し、呪縛した言葉。
その日の俺はそれ以後の記憶が曖昧だった。
間も無くして、俺は契約を途中で打ち切った。
その後、数少ない周囲の反対を押し切ってガーディアンズに入った。
自己満足だと分かっていたが、世に出たPMに少しでも近い位置から守ってやりたかった。
心があるPM達に、戦闘兵器だった己と同じ苦しみを味わせない為に。
年月なんて、あっという間に過ぎていった。
ガーディアンズに入ると、色々うわさのあった諜報部入りを志願した。
主人に売り飛ばされ、呆然としていたPMを回収した。
形も分からない主人の死体の前で呆然としているPMを保護した。
進んで彼女らのバックアップをした。
散々煙たがられたし、何度も殺されかけた。
一度は本当に殺された。
助かったのは、この呪わしき身体のおかげだ。
任務の度にわざとそっけない扱いをし、自分の気持ちを悟られないようにしていたが、いつの頃からか、口うるさいものの彼女らのとげとげしさが和らいだ。
何処かでばれていたのかもしれない。
そして…GH-410、識別番号GSS988-B2。
あの時の女性ニューマンとGH-410の表情は脳裏に焼きついている。
交渉に赴いた時に見せた、買収に応じなかった彼女達の怒りと苦悩と悲しみと…
去り際のGH-410の「心遣い、ありがとう」という呟きと両目を閉じたままの悟ったような微かな微笑み。
その後の、『狂犬』の任務失敗と離職願い。
あの時、新しい部長は条件付でそれを受諾した。
その真意は測りかねる部分もあるが、あの時の俺は胸の内で喜び、明るい未来が訪れるよう星霊に祈っていた。
今、あいつは幸せにやっているという。
そして俺は、特殊後方支援班と呼ばれた、彼女らを管理する部署から外された。
一体になったPMを管理するのにたくさんの人手は必要ないという、いわば規模の縮小による人員削減。
残留を希望した嘆願書を出したものの、部長はそれを見ることもなく新しい部署への転属を命じた。
たった一人残されたあいつが心配だった。
俺は機動警備部に新規に配属された。
諜報部特殊諜報班潜入捜査官という肩書きを隠して。
そして、1月18日。午後4時58分。
今日は設備管理課からの指名ミッションとして、PM回収作業に従事していた。
あまり知られていないが、この時間帯にこうやって主人のいなくなったPMを回収しているのがガーディアンズの総務部設備管理課とGRMの業務だ。
もっとも、この仕事にわざわざ俺を指名するという事は、裏の仕事としてGRMや諜報部からの意向もあるのだろう。
こんな時はろくな事がない。
今日は俺一人かと思っていたが、情報部の中年男性ヒューマン(外見は当然俺より年を食ってる)が一人、相棒のGH-440を連れて同行している。
男が言うには、何でもPMを狙った侵入者事件に関連してとの事だが、男は詳細は言わなかったし、俺も聞こうとも思わない。
どんな事件かは大方予想はついているし、あらかじめ諜報部から渡されている情報で裏付けも取れていたからだ。
「パシリは玩具じゃない。犯人はそんな簡単な事が分かっちゃいないんだ」
引き合わせの時に渋い顔をしながら、男はぼそりとそう締めくくった。
ミッション自体は滞りなく進行していった。
実際、大概のPM達の対応は予想範囲を超えることは無かった。
事情を説明し、該当PMのバックアップ終了後にPMデバイスZEROとPMデバイスRELIVE――これまでの記憶はそのまま、ボディ形状、戦闘レベル、生産レベル、名前だけをリセットするGRM側にしかない特殊デバイスだ――を手渡す。
彼女らのとる行動はその後、ほぼ三通りに分かれる。
思い出という行動記録データを保持したままボディリセットする為にデバイスRELIVEを使用するか、デバイスZEROで思い出を完全に抹消して初期状態に戻るか、あるいはその場で自ら全てのデータを完全抹消して全機能の停止を選択――要は自殺だ。
時折、自らの武器でブレインコアを破壊しようとする躯体もいるが、それを説得して、デバイスではなく俺の手で自殺用のバーチャルプログラムを入力し、納得する死を与えた。
GRMにすれば回収できれば問題は無いと俺は判断したが、澱のように疲れが溜まっていくのを感じていた。
気持ちのいい仕事じゃない。
PMだとしても、一部は目の前で自殺していくのだから。
助けてやろうと手を伸ばしても、その手を拒まれるのだから。
稀に、ほんの数%にも満たないが、再課金が確認されることもあった。
最初にその例外を知った時、該当PMに教えてやると花が咲いたように笑顔を浮かべていた。
裏で諜報部に所属する俺の日常では当たり前のことだが、俺の行動は可能な限り監視されている。
ましてやコロニー内でのミッション中、行動なんて瞬きの回数まで筒抜けだ。
どうせ行動が筒抜けならばと、分かっている限りは彼女らに教えてやっていった。
いたたまれない仕事であったが、幸運なPM達の笑顔だけが救いだった。
今日一日の今現在で回収されたのは合計315体。
そして、本日回収予定数は後一体。
最後の最後になって最重要PMであるGH-410、識別番号GST685-F9の暮らしている部屋の前まで来た。
「ここか、あんたの目的の部屋ってえのは」
男は、異動してから滅多に抜かないという支給品のブドゥキ・ハド・カスタムをナノトランサーから取り出した。
銃を構える姿はしっくり来るほど様になる――かなりの使い手だ。
「間違いないぞ、おっさん。この部屋も3ヶ月が過ぎた」
資料を頭の中で検索しているのであろう440は、不満を隠そうともせずぶっきらぼうに答えた。
「…フゥー、末期の水を取るって感じだなぁ、今回の仕事は」
重い溜息を吐くその足元で、あからさまに嫌そうな表情を浮かべる440。
「そういう事言うなよな、おっさん。」
440が低い位置にあるロック端末に取り付く。
「さてと、はじめるぞ」
440が聴覚センサーユニットに内装されている接続端子を引っ張り出して端末に接続すると、個人情報から推察された、当たりと思しき数字を片っ端から打ち込んでいく。
その間、約二秒。
ドアは――開かない。
「あーもう、ネタが尽きたぞ。どうするんだよ」
440が悪態をつきながら振り向くと、俺は中年ヒュマと目をあわせる。
俺の詳細は、この男に通達済みのはずだ。
しかたねぇといった素振りで肩をすくめる男をみて、俺は襟元のマイクを口に引き寄せ、呟くように通信する。
「こちら諜報部特殊諜報班『サテライト0』、案件GRM-PM144598-A8、状況P-1につきマスターキーを使用する」
状況P-1、それはPMを非常回収する場合の専用コードを指す。
大概は、複雑な事情を持つPMがらみであり、そして犯罪まがいの行為の後に使用される、誰からも敬遠される非常コードだ。
今まで数え切れないほど使用した。
うち1回は、主人をひき肉にしたGH-440を回収した件だった事を思い出して歯噛みする。
ロックが解除された音が聞こえ、入り口が開く。
同時に愛用のダブルセイバーを取り出し、部屋の中に飛び込んだ。
奇妙なほど静かに静まり返った部屋だった。
通信機にザッ…とノイズが入る。
『こちら本部。サテライト0、動体反応はない。カウンター裏にPM特有の金属反応を検知、確認せよ』
事務的な口調で通信が入る。
「サテライト0、了解」
最低限の返答を返す。
店舗まで改装された室内を慎重に回り込み、カウンター裏を確認する。
そこには、血のごとく赤黒いオイルの海があった。
オイルの海の中心に、首が胴体と離れて腹がかっ捌かれているGH-410の成れの果てと、フォトンリアクターのエネルギーが尽きて動かなくなったハンゾウがあるだけだった。
「本部、こちらサテライト0。目標の残骸を確認」
『了解した、サテライト0。ビジフォンのデータを転送後、全アイテムを回収せよ。塵ひとつ忘れるな』
「サテライト0、了解…すべて、だな?」
『そうだ、全てだ』
ゆっくりと背後から近づく気配と、ヒッと鋭く息を飲み込む音がする。
「だから言ったろうが、見るんじゃねえって」
男の声がするほうへ視線をやると、男とその足にしがみつく440がいた。
「おおおおおおおっさん、うぅっ…ぉぇぇぇぇぇ」
あまりの光景に440は腰が砕け、座り込んだ。
そして、えづきながら吐しゃ物を床にぶちまけた。
PMとはいえ、流石に胸糞悪くなる光景だ。
この程度なら俺は見慣れているが、耐性の無いであろう440には刺激が強すぎたようだ。
男は、440の背中をさすりながらカウンターの向こうへ連れて行く。
「すまんな、そこは任せる。こいつがこの調子じゃ、検証なんてさせられんよ」
「…了解した」
現場をゴーグルでざっとスキャニング、データを転送する。
破壊されたPMの小さな手に握られている枯れた薔薇に気づいた俺は、それをそっと引き抜くと胸の上に置いて両手を組ませる。
(カチャン…)
その服から何かが落ちた。
「…PMデバイス…か?」
412と手書きで数字が打たれているが、今日のメンテナンス後に解禁される予定の進化デバイスのようだ。
主人がいたとしても、フライングゲットはありえない。
裏事情を知っている俺は奇異に感じた。
この手のアイテムは厳重に管理されている為、たとえ研究者であっても外部へ持ち出すのは極めて難しい。
はっとして、改めてゴーグルを取り出すと仔細に検分を始めた。
そして…
「……ブレインコアが無い」
リアクター類が人間で言う所の心臓なら、ブレインコアは脳だ。
しかも、キャストほどではないにしろ、感情を有することが出来るほどの高性能な代物だ。
第一、あまりに特殊すぎて特定の闇市でも無ければ出回らない代物でもある。
つまり、出回ればすぐに足がつく。
「一体、どういうことだ?」
答えを出すにはまだ決定打が足りなかった。
第三章:PMデバイス
「お帰りなさいませ、ご主人様」
自分の部屋に戻った俺は、自分のPM――この頃はもちろん410で、まだ『ローザ』という名前だった――の出迎えを受けた。
「おう。今日の売れ行きは?」
「2種の武器、計4つが売れました。他にはありません」
時間は既に翌日の早朝、4時を回っていた。
生あくびをかみ殺しつつ、ローザが夕食にと作っておいたモトゥブ風スパイシア・ライスを暖めなおしてそそくさと詰め込み、作り置きしてあったお手製のクリームスープをゆっくりと味わった。
不可解な現場を立ち去れたのは30分ほど前だった。
後方処理班が俺と一緒に後始末を行なっていったが、やはりブレインコアは出てこなかった。
連中いわく、誰かが明確な目的があって持っていったのではないか?
一体何の為に?
あまりに情報が足りなかった。
「………じんさ…ごしゅ…ご主人様!お休みになるのでしたら、ベッドでお休み下さい!風邪を引きます!」
どうやら、食べ終わってうたた寝をしていたらしい。
「ん、そうだな…。後は頼む」
「はい、お任せください!」
手際よく後片付けを始める後ろ姿を見て、ふと、ナノトランサーのリストを確認する。
メセタ表示のひとつ上に、PMデバイス412が表示されている。
帰りがけに、何とは無しに買ってきたものだった。
(後で食わせてやるか。普段はたいした物もやってないしな)
そして、思い出して苦笑した。
(そういやこいつ、ウワバミだったな)
短時間で育てるのと予算の都合で、餌として与えていたのはほとんどジュース類だったが、出来るだけ出費を抑えるために材料を集めてハッピージュースを作って与えた事もあった。
数は大してそろえられなかったが、それを与えた時は喜んできれいに全部飲み干した。
(最初はちょっとした晩酌相手だったが、しまいにゃ俺の分まで横取りしてたっけ)
連鎖的な思考で、ついでに一杯やろうとハッピージュースを2本取り出し、ローザに声をかける。
「一杯付き合え」
「え?よろしいのですか?」
俺が手渡すと、躊躇無くボトルのキャップを開ける。
グラスを出すのも面倒だったが、ラッパ飲みしようとするPMの姿を見て流石に持ってくる。
「…今更だが、お前には普通の酒の飲み方を最初から教えないとダメか?」
「は?」
間の抜けた表情を浮かべた彼女から、ハッピージュースのボトルを取り上げる。
それを、サイドボードの上においた二つのグラスに均等に注ぐ。
注がれたグラスを手渡すと、彼女は小さな両手でしっかりと持った。
そのグラスに、俺が手に持ったグラスを軽く当てる。
チィン…
澄んだガラスの音がきれいな音色を奏でる。
ローザはその音に一瞬ポカンとした浮かべた。
「…不思議な音、ですね。ガラス同士がぶつかり合って発生する単なる現象なのに。
心に響くとでも言えば良いのでしょうか…」
目を閉じて微笑みながら、今の音を頭の中で反芻している様子だった。
俺はそれを見ながら、グラスを傾ける。
俺が二杯目を飲み終わる頃になって、ローザはやっと目を開け、グラスの中身をなめるようにちびちび飲みだした。
その様子は、好物を最後までゆっくり味わう子供と変わらない。
時間をかけて最初の一杯が空になった所で、自分と彼女のグラスに改めて酒を満たす。
「…PMデバイス、売り出したのは知ってるな?」
唐突に俺が切り出すと、二杯目をちびちび飲み出した彼女はコクリと頷く。
「はい、公示情報のメールで確認しています」
俺はトランサーから、PMデバイス412を取り出して彼女に見せた。
「帰りがけに買ってきたんだが、使ってみるか?」
「PMデバイス412…これ、私が前に欲しいといっていた物ですね?」
「ああ。外装、性格プログラム、武装、戦闘プログラム、これらの追加・変更及び補正だな」
グラスを手近な場所に置いたローザの小さな手に、デバイスをポンと乗せる。
じっと見ていたかと思うと、
ヒョイパク、モギモギ…
更に、先ほどの飲みかけのハッピージュースを手に取り、一気にデバイス諸共流し込む。
「ちょ、おまっ!」
止めるのも間に合わず、グラスは空になった。
「ごちそうですね!」(///ヮ//)=3 ゲプッ
(;゜Д゜)…オイオイ
直後、光の繭に包まれ、メタモルフォーゼが始まった。
光が消え去ると、そこには今までの410の姿ではなく412となったローザがいた。の、だが…
『メインプログラムのリブートに失敗しました。性格プログラムに致命的な欠損を確認、ROMユニットの一部が損壊。非常コード発動、ブレインコアを強制停止します』
ブレインコアから独立している、ブレインコア診断・監視用デバイスによる無機質な音声警告が彼女の口から発せられ、同時にぽてっと倒れた。
――――数時間後――――
我に返り、周囲を見渡す。
ここは、何処だ?
あやふやな記憶を反芻すると、錯乱しながらローザを抱え、シャトルに乗ってGRMのPM研究施設に強引に押し入ったようである。
普通なら、施設不法侵入で捕まってただろう。
肩書き、恐るべし…。
今居る場所は定期メンテでPM達を診断する施設の待合ロビーで、そこにあるソファーに座っているのだと、やっと理解する。
「ミスタ・ルドルフ、検査が終わりました。お話がありますので、こちらへ」
ナース風のパーツに身を包んだ、女性キャストのPMメンテナンス要員が俺を呼びに来た。
診断室に入って驚いた。
見知った顔の研究主任が、表示された診断カルテを深刻な顔で仔細に検分していたのだ。
更に、ニュースでよく見るGRM開発局長の姿もある。
あっけにとられていると、先ほどの女性キャストが椅子を勧めてくれた。
「――来たか。とにかく、腰掛けてくれ。話はそれからだ」
研究主任に言われるまま、デスクチェアに腰掛ける。
「状況は複雑だが、簡潔な部分から言おう。君のPMは…」
僅かに間が空いて、ため息に言葉が乗って出てきた。
「無事、再起動した。現在はスリープモードだが」
「はあ…」
俺は未だ、衝撃から立ち直れていない。
情けないようだが、合いの手を入れているのも反射行動だ。
研究主任は、更に話を続ける。
「ただ、幾つか不明な点と問題があってね…」
綺麗に整えてある髪をわしわしとかきむしる。
「こちらで判ったのは、君が使ったPMデバイス412に何らかの欠陥があったということだけだ。
製造段階の検品ではその製品自体に問題無いのが報告されているので、出荷後に発生したものと見て調査中だ」
「はあ…」
「メタモルフォーゼの過程はバックアップに残っていたので仔細が判っているのだが、酒との関連性は不明だ。
影響があったとしても、ほんの微細なものと推測される」
「…はあ…」
「残る問題点と不明な点は…まあ、当のPMに会った方が話が早い」
主任は、ナース姿の女性キャストに頷いてみせる。
しばらくすると、その女性キャストに連れられて412の姿になったローザがうつむいたままやってきた。
「ほら、あなたのご主人様がいますよ」
顔をあげ、俺を確認したのか泣き出しそうな表情になり、伊達めがねを外して手で目をこする。
反射的に立ち上がった俺の足に抱きつくと、
「ぅっぅっうっ、うわぁぁぁぁぁぁぁん!」
そのまま、感極まって泣き出した。
「ごわ゛がっだよぅ~、じんじゃうがどおもっだよぅ、パパぁ!」
泣きじゃくるローザの背中を撫でてやろうとした手が、止まった。
「………………………………………………パパ?」
ギギギときしみ音が聞こえてきそうな動きで、首を主任に向ける。
主任が、更に頭をかきむしってため息を吐いた。
「外聞的に一番問題なのは、『それ』だな」
主任は再び診断結果に目を通す。
「PMデバイスの影響とプログラムの損傷から回復を図るために自己修復が試みられているんだが、どういうわけか君を『パパ』、すなわち主人ではなく父親として認識しているようだ」
唖然としたままの俺の態度を話を促すためのものとして受け取ったらしく、更に続ける。
「何らかの相互作用があったのか、本来はブレインコアのROMに焼付けされている基本動作の一部がいくつかのROMごと完全に消滅、上書きされるように増設されたRAMに、改良された学習プログラムが組み込まれている。
性格デバイスもオリジナルからは変形しているし、プログラムも自己改変している。
主人に追従させるための擬似恋愛機能はデバイスユニットごと完全消失、それによって生じた空間を利用してブレインコア自体も増強・再構築されている。
無論、基本プログラムもだ。
唯一といってもいいのは、412としての能力自体に変化が無いことだけだ。更に…」
おいおい、まだ何かあるのか?
「…異能体に変化したと見られる。確率は99.987703%。能力は不明」
ディ・ラガンの尻尾で頭をぶん殴られた時以上の衝撃に襲われた。
「――我が社で調査し、データが正式に確認された三体目のワンオブサウザンド、ということになる」
今まで黙っていた開発局長が口を開いた。
「そして、最後の問題点だ。
この個体はワンオブサウザンドという事を抜かしても、PMとして生まれながらPMとしての絶対条件を超えているのだ」
「………P……M…の…絶対条件…?」
局長は未だに泣きじゃくっているローザに近づき、ひざ立ちになってゆっくり頭を撫でている。
「…検査の為、この子に標準的な知性測定用論理・非論理演算テストを行わせた所、ランクAA、通常キャストと同じ『人権を有することが出来る高度知性体』であるという結果が出た。
PM、パートナーマシナリーは法律上、ただの『物』だ。
感情こそ与えられているが、人権は存在しない。
何故なら、基準となる知性が及ばないからだ。
が、ここに例外が発生した。
さて、世間は、政府は、GRMは、特にPMを持つ連中はどうすると思う?」
反射的に俺は局長の胸倉をつかんで持ち上げた。
「ふざけるなよ、何処まで心持つモノを弄ぶ気だ」
冷ややかな口調の俺に、局長は勤めて冷静に語る。
「…君の怒りは尤もだ。
だから、落ち着いて聞いて欲しい。
この子の存在は、ここにいる面々しか知らないんだ」
「なに?」
局長を持ち上げた腕から力が抜ける。
「何故、と思う君の疑問にひとつの回答をあげよう。
我が社の中に、極秘だが、ある種の結社が潜伏している。
連中の目的は私もよくは知らない。
だが、PMに知性を持たせる事で混乱を引き起こそうとしていた事は事実だ。
その一環として、製造ラインに彼らの製作した特殊なPMパーツが乗せられ、市場に出回っていったのだ。
運良く我々が発見したものはメンテの時に回収されていったのだが、そうではないものもある。
実稼動したパーツを回収した彼らは、定期メンテの度に、メンテにまぎれて集約して行ったのだろう。
そして、我々が確認していた幾つかのブレインコアのうち、最後の一個が回収されなかった。
そう、君が回収し損ねたブレインコアだよ。
では、それは何処に?」
局長の視線はローザに向けられたまま。
「それは、この子の頭の中だよ」
あまりに突飛も無いことだと冷静に受け止められるというが、それは本当だと今更ながらに知った。
「では、こいつはメイドイン結社ということか?」
淡々と尋ねる俺に違和感を覚えたのか、泣き止んだローザが俺の顔を見上げていた。
「YesでありNoでもある。
GRMで作られたことに変わりは無い。
君のPMであることに変わりは無い。
結社の仕組んだ状態になったとしてもだ」
「なら、高度知性体への変容はどう…」
どうやって引き起こさせる、そう言いそうになって気がついた。
「流石に判ったようだな。
その通り、PMデバイスだよ。
あまりにも内部構成が複雑すぎて現在もまだ解析中だが、PMデバイスにトリガー因子を加えたか、基本プログラムをトロイの木馬で組み込んだのだろうな。
ガーディアンズ達なら、面白そうなものに興味をそそられて使うだろうと踏んでの事だろう。
そうすれば、既に大量のパーツを撒いている分、どれかが発動する。
我々が気づいて発売を遅らせなければ、実際にそうなっただろう。
…もっとも、我々の実験結果では、ブレインコアが該当しなければ問題無い事が確認されている。
だからこそ、発売に踏み切ったわけだ。
確認されていた最後の一つを回収できるものと踏んでな。
まさか連中も、検品出荷後のデバイスに不良品が発生してそれが使用されるなどという、不測の事態までは考慮してないだろうし、知性体へ覚醒するだけでなく異能体になるとはそれこそ思ってもいないだろうがね。」
PM達が高度知性体に変化し、PMが本来の機能から開放されたとしたら、色々な意味で間違いなく大混乱になる。
あの500年戦争が再来する可能性だってある。
少なからず、ガーディアンズはコロニーごと、一時的にしろ無力化されるだろう。
おそらく、それが本当の目的のはずだ。
しかし、何故、ローザを利用したんだ?
俺の疑念が昨日の仕事を思い出させた。
刻まれたPM
抜き取られていたブレインコア
試作品らしきPMデバイス412
そして
情報部部長がクスクス笑っている顔
あれは、俺が回収するべき物が既に無いための笑いだとしたら…
定期メンテの時間を指定した理由が、俺をPMから離す為なら…
確証は、無い。だが、勘が当たりだと告げている。
「…局長」
俺の緊迫した様子に、ただならぬ何かを察してくれたらしい。
「なんだね」
「情報部部長の事ですが、彼女がその結社と関わっている可能性はありますか?」
「公式には無い」
「では、非公式では?」
「……私が個人的に調べた範囲では、彼女の父はニューマン、母はヒューマン、共にガーディアンズにいた。
彼女が幼いうちに両親ともミッション中に死亡、彼女は父親の親戚に預けられている。
彼女の数少ない親類の口から、預けられていた親類の家で相当な迫害を受けていたことが判っている。
その後、彼女が自立してからその親類は旅行中にテロに巻き込まれて死亡している。
テロを行ったのは結社だという話だ」
「…俺の推論が正しければ、そのテロ自体、彼女から結社への依頼ということになります。
おそらく、それが最初の接触でしょう。
テロを依頼するほどに彼女を突き動かしている動機が、彼らにとって非常に便利で利用しやすい条件だったはずでしょうし、彼女も結社を利用できると考えたのでしょう。
双方の利害が一致して、彼女は結社の一員となった」
「その動機とは?」
俺は、今得た情報で補正しながら、ひらめいた推論を淡々と語った。
「種族差別に対する憎悪と、自分が生まれるきっかけになったガーディアンズへの恨み。
ガーディアンズを揺さぶるのに、PMは実に使いやすく効果的な手段だと判断したのでしょう。
そして、俺という、内部にフリーパスで出入り出来る手駒がいる…」
更に俺は語った。
俺の立場を利用して容易に俺のPMと接触できる事、仕事を利用してPMを簡単に俺から引き離せる事…
つまり、GRMにパイプを持つ俺のPMを焦点にしてパーツを秘密裏にかき集め、自ら情報操作をする事で会社や俺の不信感を俺のPMと自分からまんまと外し、疑惑のかからない状態で完成体を作成したのではないか。
混乱をもたらすだけではなく、完成体を必要とする理由が有るがゆえに。
「…こう考えれば、あの時の不可解な笑みに納得のいく説明がつく」
――俺を興味深げに見上げながら、なにが可笑しいのかクスクス笑っていた、あの笑みに。
だが、本当にそれだけか?何か、引っかかる気がする。何かが…
トントン、トントン
古風にドアをノックする音に、全員が緊張した。
来客を写すモニタには、ニューデイズの服装に身を包んだ年若いビーストの女性がたたずんでいた。
「――入りたまえ」
研究主任が招き入れると、彼女は同盟軍形式の敬礼を行った。
「局長、情報部部長の行方が判らなくなりました。
部長は結社の連絡員との接触の後、流しの個人フライヤーに乗り込みました。
これを追跡しましたが都市部の渋滞中に目視から外れ、発信機を頼って追跡を試みましたが発信機が発見され破壊された模様。
以上です」
「場所は?」
「旧首都西、リゾート地帯の近くです」
「局長!」
今度は、一般人用に流布されているパーツ姿の男性キャストが飛び込んできた。
「廃都西区に大規模爆発を観測、旧発電施設が消失しました!
爆発直前に、小型フライヤーが墜落していくのが同盟軍に目撃されています!」
「分かった、直ぐに調査隊を出す。定時連絡を欠かすな」
「「はっ!」」
開発局局長は、俺に向き直ると意味ありげににやりと笑った。
「どうせ事のついでだ、君に仕事を頼みたい」
「…言わなくていい。どうせ巻き込まれたんだ、とことんやらせてもらう」
「話が早くて助かる。ダルガンには、私から話をしておこう」
まるで近所の知り合いにでも話すような軽い口調で言うので、怪訝な表情になっていたのは確かなんだろう。
まるでいたずらっ子のような表情で、局長は続ける。
「子供の頃からの悪友でな」
そう言うと、ローザの頭を優しく撫で、
「お前も行くといい。パートナーマシナリーは、主人と共にあるものだ」
「…うん。ありがとう、おじs…きょくちょうさま」
「はっはっは、おじさんでいいぞ。肩書きは窮屈でいかん。なあ、ガーディアンズ」
そう言って、俺の肩をぽんと叩く。
…この若造が。
顔にも口にも出さないで、軽く頭を下げると部屋を出た。
第四章:追跡
その足で、パルムにあるガーディアンズの支部へ移動する。
受付には、見慣れた格好の女性が俺を待っていた。
「…認識票を確認しました。
現在、ルドルフ・Fさんに指名で依頼が来ております。
お受けになりますか?」
「もちろんだ。急いでいる、ブリーフィングは後回しでいいな?」
「問題ありません、現場に急行してください。それから…」
「私が同行します」
後ろから声をかけられ、振り返る。
そこにはルウ(No.2795)が立っていた。
普段、俺が呼び出したときに来る躯体だ。
「詳細は聞いています。環境汚染を調査する必要もありますので、くれぐれも先走らないようにとの総裁からの伝言です」
いつもの抑揚に乏しい言葉を聞いて、瞬時に冷静なる。
「了解。打ち合わせは機上で行なおう」
「では、行きましょう」
すぐさまGフライヤーが用意され、俺達は現場へと急いだ。
―――フライヤー機内―――
「じゃあ、シャトルは墜落じゃあなく、砲撃されたってことか」
「はい」
操縦桿を握りながら、ルウはそっけなく答えた。
「墜落した爆発現場の規模から、シャトル搭乗者の生存率は―」
「1%以下、だろうな」
「その通りです。
墜落場所はエネルギー生成プラントの中心部です。
移動するには、地下のメンテナンス区画を通り抜けるしかありません。
直前の衛星写真から、大型マシナリーの機影が現場付近で確認されています。
機体はアダーナ・デガーナのバリエーションの一つです。
超長射程高射砲と長距離連装ミサイル、対地掃射用マシンガンを複数装備した、局地戦闘タイプである可能性が87%」
「…じゃあ、どうやって近づく?」
俺が目標付近のマップを呼び出すと、そこに、距離にして1500mほどの赤い線が表示される。
「砲撃の使用できない旧市街地を突破します。幸い、最短コース上に徒歩で移動可能な陸路が残されています。
ただし、イルミナスの妨害が入る可能性が65%あります」
「イルミナスだと?」
「あなたが先ほどから結社と呼ぶ存在です。
かつて『黄昏の一族』を生み出した首脳者達の影響を最も色濃く残す組織でもあります」
ははは、と、自虐的な笑いが出る。
「俺の周りには、今でも過去の亡霊がやってくるのか?」
「そのようです。
今回のターゲットである女性もあなたと同じ『黄昏の一族』ですから」
「…なっ、馬鹿な!あいつはどう見ても…」
食って掛かろうとする俺を無視して、人物レポートがすっと差し出された。
「経歴詐称はよくある話ですが、種族を偽るのは容易ではありません。
外見はフォトン・ミラージュによる偽装でごまかせますが、遺伝情報まではそう簡単にいきません。
ですが彼女の場合、両親から受け継がれてる遺伝子構成の影響で、検査機器からはどちらの種族としても認識されてしまっています」
丹念に経歴を見ていくと、まだ24歳のヒューマンの女性となっていた。
名前はリゼリア・ローズ・フォリス。オリジナルの外見はヒューマン。白い肌で紫色の髪に琥珀色の瞳。
紫色の髪に琥珀色の瞳。それは『黄昏の一族』共通の外見的特長だ。
大まかな経歴はこうだ。
Gコロニー生まれ。
両親はガーディアンズ。
両親と死別後にニューデイズの親戚に引き取られる。
成績優秀で特待生として15歳で医科大学を卒業。
医師としての研修中にローグスに拉致。
三年の空白の後、再び医師として研修を行い病院に着任。
わずか半年でGRM傘下の病理研究所に転職、更に三ヶ月で主任に昇進。
翌月、異例の抜擢で所長に就任からさして日をおかずに解任、情報部に引き抜かれている。
情報部部長に就任したのは2年前。
「それから」
俺が読み終わるのと同時にルウは話を続ける。
「彼女の寿命は推定23歳とされています」
寿命を知る為にテロメア計測を行うのは、いまや普通の事だ。
病院の健康診断の項目にも含まれ、先天異常の早期発見や自分の身の振り方を決める指針として、当たり前のように成人前には必ず行われる。
家庭用の測定器が体温計と同じように並べられ、同じくらい売れていく。それだけ生活に浸透しているのだ。
「テロメア測定誤差なんて、よくある話だろ」
ルウは微かに首を振り、
「測定誤差最大年齢が23歳です。つまり、彼女の肉体は既に死んでいるも同然です。
話は変わりますが、通常、両親が異種族の場合における遺伝子の種族分化の確率は50%、つまり、男女に分化するのと全く同じです」
「ニューマンとビーストの子供なら、必ずどちらかにしかならない、そういう事だな?」
「その通りです。
ところが彼女の場合、両方の遺伝子特性が発現するという、きわめて異常な状態で誕生しました。
それが、彼女の寿命を削る結果を招いたのです。
外見はヒューマンのままですが、高い精神力などはニューマンの、環境にあわせた柔軟性はヒューマンのそれをそのまま色濃く受け継いでいます。
専門医の見解では、おそらく先天的な遺伝要因によるハイブリッド種族への変異ではないか、とのことです」
「先天的遺伝要因…」
「総帥は、『黄昏の一族』が持つナノマシンの影響があるのだろう、と推測していますが、今現在の詳細は不明です。推測の域を超える情報は有りません」
彼女の母親のプロフィールを出す。
ごくありふれた、ごく普通の女性。きれいな金色の髪に鮮やかな緑の瞳…
ずきり、と頭が痛む。
俺の遺伝子提供ソースとなった一族の第一世代。
当時、<串刺し公>の二つ名で呼ばれていた槍の名手、俺達第二世代の母の一人として選ばれた女性によく似ている。
俺のPMの名前は彼女の名前をもらってつけたものだ。
俺も含め、大勢いた『彼女の子ら』と、よく一緒に遊んでくれた。戦闘訓練もさんざんしてくれた。
今となっては、古い昔話でしかないが。
確か、第一世代は際立った特徴が与えられなかったはずだ。それに、彼女は普通に子供が居たと聞いている。
その子供は特に秀でた所もなく、普通のヒューマンとして一生を過ごしたはずだ。
その子孫か、あいつは。
ずきり、と頭が痛む。
なんだ、この頭痛は…
「パパッ!!」
さっきまで後ろの席で静かにしていたローザが突然、ルウの操作している操縦桿に飛びついて思い切り倒した。
「な、お前!」
錐揉みしながら機体が右にそれると、フライヤーに衝撃が伝わってきた。
「砲撃です。距離6800m」
機体を立て直しながら、冷静にルウが対応する。
ずきり、と頭が痛む。
「パパ、またくる!」
「I have control!」
すかさず操縦優先権をかっぱらい、機体を下に押し込む。
直後、機体の上空で爆発音、衝撃波と破片が機体を叩く。
けたたましい警告音が鳴り響く中、ナノトランサー内に設置されている俺専用の記憶バックアップシステムから、警告と共に過去の記憶と詳細データがリロードされてきた。
この記憶バックアップシステムは、ナノマシンネットワークを利用して、俺の脳からあふれ出た記憶の保存と再生を行う。
500年以上の記憶を、脳みそだけで蓄えてなんておけるはずも無い。
「…精神感応兵器とは、やってくれる!」
100年ぶり位だと、おおさっぱに計算する。
「ルウ、お前じゃ回避行動は無理だ!突入ポイントを指示してくれ!」
「分かりました―」
ずきり、と頭が痛む。
この頭痛は、精神感応兵器が使われたときにナノマシンネットワークが過剰反応し、その刺激が頭痛として感じられるという、俺の持病だ。
記憶が転写されるまで忘れていた。
瞬間、気が緩む。
「あぶない!」
ローザの声に我に返ったが、間に合わない!
直感的にそう判断したが、機体は予想直撃点よりもわずかにポイントがずれ、砲撃をかわしきっていた。
「パパ、わたしがやる」
ローザがいつの間にか隣のパイロットシートに座っているルウの膝の上にちょこんと座り、操縦桿を握っている。
「あい はぶ こんとろーる!」と、ローザ。
「くっ…You have control!」
操縦権を渡すと、どっと冷や汗が噴出す。
「…この子があなたを『パパ』と呼ぶのはいささか疑問ですが、それはさておき」
ローザの操作にあわせて推力コントロールをしながら、この状況下で冷静にツっ込むルウ。
「私の知る限り、精神感応兵器に超長距離遠隔兵器は存在しません」
中に人間が乗っているとは思えない回避機動を取りつつ、目標ポイントへGフライヤーが猛然と加速する。
耐GシートでキャンセルしきれないGに耐えながら、俺が答えてやる。
「この、砲撃は、感応装置、を、照準用、の子機につか、ってるんだ!
そして!
ロー、ザ、は、何故かその波動を感知している!」
不意に砲撃が止む。
相手の砲撃の最低射程より手前に割り込んだからだ。
記憶の中から、この手の敵が使う次の戦闘パターンを引っ張り出す。
「次は弾道型ミサイルだ!ルート変更!水面すれすれまで降下、音速でぶっちぎれ!」
「はは~い!」
水と廃墟の世界の中に急降下で飛び込む機体。
コンクリートジャングルの中をすり抜けながら、水平飛行で水面すれすれを音速でかっ飛んでいく。
Gフライヤーのソニックブームが水面を湾曲させ、水面に設置されていた機雷を巻き込みながら後方に盛大な水柱を吹き上げる。
再び頭痛、今度の数はさっきまでの比じゃない。
「「来る!!」」
巻き上げた水と遅れて爆発する機雷、林立する廃墟にかく乱されたミサイルが、後方に12本の火と水の柱を作る。
再び頭痛がして、その瞬間、イメージが割り込む。
十代前半くらいの少女。
フ、と頬をゆがめて俺は笑った。
『うるせぇぞ!!しょんべん臭い小娘がぁ!!!』
心の内だけで叫ぶと、一瞬だけ敵の感応装置のネットワークに割り込み、それを少女に叩きつけるイメージで送り込む。
直後、ミサイルの軌道がおかしくなり、明後日の方向に飛んでいって爆発した。
「…パパ、こわい」
聴覚システムを押さえてローザがぽつりと言った。
おそらく俺のネットワークにリンクしているのだろうが、苦痛は感じない。
「ローザ、操縦桿を離さないように」
素早く操縦桿に手を伸ばし、ルウが機体を安定させる。
「目標、沈黙しました。現状報告をお願いします」
「…『テレパス』を逆手にとって、向こう側の感応装置で俺の精神圧を増幅して、相手の精神に直接打撃を送り込んだ。
久々だったんで手加減してられなかったから、運が良ければ気絶、悪ければ脳が損傷して廃人かな」
はは、と気の抜けた声で小さく笑う。
右の頬に生暖かい、ぬるりとした感触と、ぽたり、ぽたりと音を立てる鉄の匂いがする何か。
敵に負荷をかけた反動で、眼球を支えている筋肉の毛細血管が切れたらしい。
既に大まかな出血は止まっているが、血の涙を流すその姿は異常な光景だ。
「レスタ!」
右目の痛みがすぅっと引いていく。
「パパ、もういっかいやる?」
今の回復はローザのした事だ。
俺は軽い驚きを感じながら、首を横に振る。
「ありがとう、助かる」
垂れた血を服の袖で拭くと、袖にべっとりとこびりつく。
袖についた澱んだ血には、何か細かい物が何度も光を乱反射させ、すぐに消えた。
俺の血液中のナノマシンだ。
そう、俺の奇跡的『欠陥』はこれのせいだ。
じゃあ、ローザの場合は?
ナノマシンネットワークと同じ機能の精神感応能力。
それだけだろうか。
いや、それはあくまで二次的なものだろう。キャストにだって、中には使える奴も居る。
では、一体何がこいつの奇跡的『欠陥』なんだ?
「ルドルフ、着陸します。戦闘準備を」
予定と違う地点にフライヤーが降下する。
アダーナ・デガーナが沈黙した今、そこは目標に一番近い降下地点に変わっていた。
俺達の乗ったフライヤーは、アダーナ・デガーナの陣取っていた広大なプラットホームに着陸する。
大して離れていない場所に、アダーナ・デガーナが横転したまま沈黙していた。
機外に出て、敵の機体を確認。
追加ユニットが背面に設置された、120mm速射型高射砲、12連装長距離ミサイルを主装備としたアダーナ・デガーナ対高高度・対空戦仕様であるのが見て取れる。
似たような大型マシナリーとは過去に体験済みだが、明らかにそれらよりは小ぶりな機体だ。
装甲ハッチが開いたコクピットの近くに、特殊なパイロットスーツを身に纏った小柄な人影が倒れている。
この距離では、状態を確認できるはずも無い。
「後方支援をお願いします」
ルウがそう言って慎重に人影に近づいていき、状況を確認する。
意識が無いらしく、手早く検査し拘束すると、こちらに振り返る。
「複数箇所の打撲は負っていますが、生命活動自体は問題ありません。
脈拍、呼吸、体温共に正常値誤差範囲です」
そう言って手際よく手当てを始める。
「脳波に若干の乱れが生じていますが、意識障害は確認できません」
近寄ると、10歳くらいの少女が手足を拘束され、横たわっていた。
「本来ならこのままフライヤーに拘束して帰還時に回収するべきなのですが、イルミナスの手の者が放置しておくはずはありません。
ですが、このまま連れ歩く事も生還率を下げるだけであって得策ではありません」
「…証人として、連れ帰る必要がある、か」
どちらにしろ、このまま放って置くわけにもいかない。
「まずは覚醒させるべきでしょう」
「…それ以外にないか」
「有りません」
にべもなく返答が帰ってくる。
「起こすだけなら薬物によって覚醒する事も可能ですが、困難です。また、脳の活動が不安定な状態での薬物による覚醒は危険を伴います。現状のまま覚醒させると意識障害が残って証言を取る時に不利な事態を招く確率が71%あります。
安全且つ確実に起こすには精神面からの喚起が必要です」
こちらを振り返り、表情の乏しいいつもの顔に何かをうかがう様子を感じる。
「本来、あなたのプライベートに関わる事ですが、緊急事態なのでお許しください。
…『黄昏の一族』の中には、ナノマシンネットワークの共鳴を利用して、相手の意識…つまり脳波を操作する手段があるという情報があります。あなたがそれを編み出したとか」
怯えの様な表情をはっきりと浮かべ、ルウは続ける。
「彼女を起こして同行させるのが現在の最善の策です。
……………………………………お願いできますか?」
俺はため息をついた。
「…しょうがない、緊急事態だしな。こいつもネットワークを持っているようだから可能だろう。
ただ、成功するかはやってみないと分からないぞ?」
ついついいつもの癖で、ローザをかまう時の様にルウの頭を軽くポンポンと叩く。
「あんまり、その事を他人に言いふらすなよ?」
「…はい、記憶しました」
俺が叩いた帽子を両手で押さえ、ルウはほっとした表情を浮かべる。
「さて、それじゃ周囲の警戒を頼む」
返事を聞くよりも先に座り込んで意識を集中させると、周囲から音が消えた。
真っ暗な世界がイメージとして喚起される。
相手の波長に合わせる為、意識の波をゆっくりとリラックスした状態に持っていく。
己の意識を水面に模倣したイメージで呼び起こすと、真っ暗な世界に波打つ水面が現れる。
波の広がるイメージを更に広げ、別な波と重なる場所を見つけた。
『捕らえた』
波をたどり、中心点を目指す。
雫が水面を叩くように、何度も上下する中心点を探りだす。
『…いい状態じゃ無いな』
普通の意識の波長に重なって、ある種の独特なリズムで波が発生している。
洗脳を受けた人間特有の、しかもかなり性質の悪いタイプの波形だ。
ちょっとでも失敗すれば俺も廃人になりかねない。
『ちときついが、やるしかない』
己の波を、相手の洗脳以外の波に合わせる。
自分の意識がかなりぐらつくが、こらえる。
そのまま、波を共鳴させて意識をリラックスさせ、波を小さくしていく。
洗脳の影響を受けた波だけが、際立つ。
洗脳の波に全く同じ周期で逆の波を作り、波をあわせる。
最初は少しぶれるが、きれいに重なると徐々に小さくなり、すっと消えた。
最後に仕上げとして、意識を覚醒するまで波の力を高めてやる。
力強い感じで波が動きだすと、俺の意識がはじき出されるのを感じる。
逆らわずに波に乗り、そのまま相手の意識から遠ざかった。
「…ふぅ」
意識を外界に向けると、座り込んだ自分が大量の汗をかいている事に気がついた。
「パパ、だいじょうぶ?」
小さなハンカチで、俺の顔の汗をぬぐっているローザ。
「大丈夫だ」
立ち上がろうとして、少しふらつく。
だいぶ消耗したようだ。
酒でもあれば良かったが、あいにくミッション中に持ち歩く習慣が無い。
「ご苦労様です、ルドルフ」
ルウが少女を抱えて近寄ってきた。
「各種パラメータ、覚醒レベルに到達。血圧上昇、α波、β波安定。
彼女の脳波は正常です。まもなく覚醒しますが、この場を移動しましょう。
あと3分22秒で廃都監視衛星がここの観測範囲に到達します。私たちを確認されるのは問題があります」
「了解。メンテナンスルートへ移動すれば問題ないか?」
「いえ、管理施設へ向かいます。そこを通れば上空から確認される事はありません」
少女を抱えなおすルウ。
その動きが覚醒を促したのか、ルウに抱えられていた少女が目を開けた。
「…ここ、どこ?」
瓦礫混じりのプラットホームに下ろされる少女。
「廃都西部地区第6区画発電施設のプラットホームです。目が覚めましたね。
あなたの姓名、種族、年齢、所属組織をお答えください」
手早く拘束を解かれ、ルウに詰問される少女。
彼女にすれば、目が覚めると見知らぬヒューマンとキャスト達にいきなり囲まれた状況は危険に感じる事だろう。
「おい、ルウ。まずは自分から名乗るべきだ」
俺が助け舟を出そうとそう切り出すと、憮然として切り返す。
「彼女は敵である可能性が98%です。安易にこちらの情報を与えるべきではありません」
思わず溜息をつく。
時々融通が利かなくなるのが『このルウ』の癖だ。
「最低限は教えてやれ。ローグス相手だって、取調べの場合はこちらの身分を明かすんだからな」
少女は辺りをゆっくりと見渡す。
俺と視線が合うと、一瞬硬直する。
「こわい、おじさん…」
俺の脇でウンウンと頷くローザ。俺はその頭を軽く小突く。
「いたっ!あ、で、でもね、やさしいよ?」
取り繕うように、腕をパタパタ振って少女の前に出て行く。
「…うん、大丈夫。もう、怖くない」
俺は目線を少女と同じ高さに合わせる。子供目線に落とさないと、どうにも会話がしにくい。
「俺はガーディアンズ機動警備部所属、ルドルフ・F。
彼女は同じくガーディアンズのルウ、で、このPMが俺のパートナーのローザだ」
「…おうち、どこ?なまえは?パパとママのいるところ、わかる?」
ローザの問いにこくっと首を縦に小さく振り、少女はぽつりぽつり答える。
「…お家、モトゥブ。リリアナ。ビースト。11歳。パパ、知らない…」
垂れ耳で髪の毛と色が同じなので気がつかなかったが、リリアナと名乗った少女はビーストだった。
別段、小ビーストではないらしい。
やや薄い金髪と浅黒い肌、青みの強い緑の瞳。
「…ショゾクソシキって良く判んないけど…ママは『海の牙』って呼ばれてる…」
わずかな間が空くと、ルウが口を開く。
「…検索完了。
『海の牙』、通称タスクはモトゥブにあるローグスの中でも変り種の、女性だけの集団です。
戦闘力、組織力共に上位のローグスですが、ここ5年ほどなりを潜めています。
噂では、上位幹部が離脱したために組織の運営を一時中断しているという話があります」
落胆の表情こそ出さなかったが、流石に困った。
ルウには言わなかったが、足手まといになりそうなら、この少女をフライヤーに残していこうと思っていたのだ。
しかし、それでは問題がありすぎだ。
ローグス首領の母親と言うからには、子供とはいえ相応の操縦技術を身につけていると思っていいだろう。
そうなれば、フライヤーを盗まれる可能性がある。
それに、ここに残す事は再び連れ去られる危険性が残っている。
「連れて行きましょう」
「…分かった。ルウがそう言うのなら。応援は期待できないんだろ?」
ルウは珍しく躊躇った後、
「はい、応援はありません」
とだけ言った。
彼女が来た時点で分かっていた。
本来ならば沈黙を守る宣誓書類に署名をするべき類いの事件なのだ。
今回の彼女は、いわば情報端末の役割でここに来ているのだから。
「…行くぞ」
そう言って、俺は施設へと足を向けた。
フライヤーのフォトン・ミラージュ装置を起動した後、俺の後を追って小走りに駆け出すルウ。
その前を大股に歩きながら、俺は疑問を口にする。
「しかし、なんだってローグス首領の子供が、アレに乗ってたんだ?」
と、アダーナ・デガーナを親指で指さす俺。
「不明です」
「…あのね…」
小走りに移動しながら、リリアナが話に割り込む。
「…おねーちゃんに会いに行く途中にね、誘拐されたの…おねーちゃんには会えたけど、あたしを誘拐したのおねーちゃんだったの…おねーちゃん、あたしを利用するって言ってた…」
「「…おねーちゃん?」」
異口同音に聞き返す。
「ちっちゃい頃遊んでくれた、リゼリアおねーちゃん。パルムでお仕事してるって…遊びにおいでって…」
「…あ」
そういうことか。
呼び寄せて、この子の能力を利用した訳か。
しかし、その目的がさっぱり判らない。
彼女――リゼリアは一体何の目的で動いているんだ?
気のせいかもしれないが、イルミナスのヒューマン原理主義の為にしては、それ以外の部分が見え隠れしているように俺は感じる…
…そういえば、何故俺がこの事件にここまでかかわってる?
よくよく考えれば、今回の騒ぎの発端は俺が彼女に呼び出されてから始まっている。
俺がここまでかかわるように仕向けられているとしたら…
俺が彼女の目当てということになるぞ?
本当か?自意識過剰じゃないか?俺。
例えそうだとして、一体、俺の何を望んでいる?彼女に有益そうな物は…
「ここから先は危険です。戦闘準備を」
ルウのその言葉に、思考が中断され現実に引き戻される。
扉も無い、黒々とした建物の入り口だけがそこにあった。
「了解。
ローザ、ここを抜ける間のリリアナの警護は任せるぞ、いいな?」
「は~い!」
元気のいい返事をすると、リリアナの手を取るローザ。
「きをつけてね。ここからはあぶないから、あたしからはなれないでね?」
「…うん…」
ローザの手をぎゅっと握り返す少女。
そして、全員がゆっくりと建物に踏み込んだ。
構造物の中に、人の気配は全くなかった。
時折現れる、廃墟をねぐらとした原生生物も特に悪さをする事もなくおとなしかったし、イルミナスの連中も見かけない。
やがて、目標地点が近づき、管理施設から外へ出た。
そこは爆心地さながら、見ただけじゃクレーター以外何も無い場所だった。
焼けた諸々の匂いが充満し、吐き気を催した。
すぐ傍にある形の残っていたビルの壁面の途中、ここから100mくらいの高さに、小型フライヤーがかろうじて原型をとどめ、突き刺さっているのが見て取れる。
見えているのはそれでも後部の姿勢制御と動力ユニット位だが、カーゴ部分は見当たらない。
ぶつかった時に吹き飛んだのだろう。
「イルミナス達は撤収した模様です。撤収した理由は不明ですが、何らかの条件を満たしていると考えるべきです」
「て事は、後は残骸しか…それも残ってないかもなぁ」
「ですが、調査は必要です。
あなたには周囲の探索をお願いします。私は中心部と制御ネットワークを調査します」
「了解。ローザ、リリアナとさっき入ってきた入り口の傍で待機」
「…はーい」
ちょっとふくれっ面で返事を返してきた。
「待ってください。始める前にこれを」
ルウが唐突に何かを手渡す。
「有毒物質が充満している箇所がある可能性があります。このマスクを着用して下さい」
「…手際がいいな」
「この施設に残されていたものです。年月は経っていますが、使用に耐えます。
キャストといえども危険ですので、ローザも身につけるように」
「むぅ~、わかりましたよぅ」
更にむくれるローザ。
では始めましょうか、とルウが切り出そうとすると、リリアナが彼女の口を手で塞ぐ。
「…ちょっと静かに…」
そう言って、両手を耳に当てると周囲を警戒する。
「…こっち…」
フライヤーの突き刺さっているビルの真下、そこにある瓦礫に近づき、耳を押し付ける。
「…この下、何かいる…」
「マシナリーの動力源反応を複数確認」と、ルウ。
「…パパ、このしたにPMがいっぱいいる…かず…315」
ローザの言葉に、ルウが怪訝な表情を浮かべる。
「精密な計測をしないのに、数が判る筈がありません」
その言葉に、ぶんぶんと首を振るローザ。
「わかるよ、わかるんだもん、どうしてかわからないけど、わかるんだから!
うそじゃないもん!うそじゃないもん!!
みんなとじこめられてるのがわかるんだもん!
せまいコンテナのなかにいっぱいいれられて、みんなけがしてる!
…ひとりだけ、そとにでたの?ここにくるの?
え?ヒューマンのおんなのひとといっしょ?」
第五章:それぞれの姿
「事の真偽を確かめるには、どうしたらいい?」
俺がそう言うと、少しの間があってからルウが口を開く。
「この瓦礫を切り崩せば、確認が取れます。コンテナが落ちているという事は、下側が空洞になっているのでしょう。瓦礫を落としても、コンテナの強度からすれば破損は問題無いはずです」
ですが、と更に続ける。
「瓦礫の量が半端ではありません。通常の個人兵装では不可能なので、私のSUVウェポンで吹き飛ばします」
「それはそれでむちゃくちゃな提案だな。崩落する危険性が高いんじゃないのか?」
「問題ありません。発電プラントを支えるための基礎ですので、劣化を加味しても崩落する可能性は0.005%です。それに、私が使うのはこれです!」
俺はあわてて傍にいた二人をかばう位置に立つ。
「ローザ、リリアナ、入り口まで下がってろ!」
SUV転送ゲートの波動が視覚効果を伴って起動する。
「SUVウェポン起動申請、メテオマッシャー、起動」
天空から喚び出された巨大な腕が、瓦礫をなぎ払って吹き飛ばす。
ヒュ~ッ、と思わず俺は口笛を鳴らした。
「…なるほど、流石だ」
俺の褒め言葉に、微かに頬を染める。…そういや、最近は感情を見せるようになってきたけど、誰かの影響だ
とか言ってたな。
それはさておき、瓦礫の下にはぽっかりと大穴が空いていた。
空洞は広くて深く、やや奥のほうに落ちたコンテナは、少しひしゃげているが無事残っている。
よく見れば、コンテナの天井に人間がやっと通れる位の穴が内側から開いていた。
誰かが強引に内側から破ったようだが、その中からほんのかすかに音が聞こえてくる。
センサーでも拾いきれないこの音を聞き取るとは…リリアナはすさまじい聴覚能力の持ち主だ。
「…流石に数は判らんか」
いくらなんでも、音だけで数が判るはずも無い。
「あそこに、コンテナ管理の端末があります」
ルウが指差す場所、俺達がいる場所に近い側に観音開きの扉と簡素なキーパッドがかろうじて確認できた。
しかし、操作するには降りるしかない。
この高さでは飛び降りるのはまず無理だし、何より上がってこられるかどうか。
「この形式のコンテナなら、端末を破壊すればセーフティが働いてハッチのロックが開放されます」
「…この距離じゃ、精密射撃モードのライフルでもぎりぎりだな」
「問題はもう一つあります」
ゴーグルを、と促され、取り出してかけてみる。
赤外線、紫外線、X線などの計測が瞬時に行なわれ、なじみ深いアイコンと強度メーターが表示される。
“Shield line:Type normal Def・Pow:170”
「なるほどな、シールドラインか」
内側からぶち抜くならともかく、真っ向からやるには分が悪すぎる強度だ。
「私の装備では、同じ角度から同じ位置へ正確に3連射しなければなりません。破壊できる確率は…」
「何が足りない?」
ルウの言葉を遮って、そう切り出す。
何が言いたいのかは分かっている、次の手をさっさと考えるのが建設的だ。
「…精密射撃用の銃の補器が足りません」
「バイポッドはそこら辺のガラクタを使うとして、高精度のセンサースコープが無いか」
「せめて、2点観測用のレーザーでもあれば…」
珍しく言葉尻を濁すルウ。
「パパぁ、これじゃダメぇ?」
「パパは止せって…はいぃ?」
ローザの声で振り返ると、直径50センチほどの金属製の球体がふわふわと間近に浮かんでいた。
「お前、これ何処で見つけてきたんだ?」
「えっと~、え~っと、さっきのあがーな・でがーなのはんじりつがたしゃげきセンサー。
くるとちゅうでみつけたから、ひろったの♪」
「拾ったの、って、お前が操作しているのか?」
「そうだよ~♪」
得意そうな顔で、満面の笑みを浮かべるローザ。
感応装置を使えば確かに俺でも動かせるが、単体では只の半自立・センサー特化型マシナリーだ。
普通は何らかの制御・操作装置が必要だが、それも無いのにローザは苦も無く操っている。
マシナリーを制圧・操作する能力。
これがローザの致命的『欠陥』能力だった。
今は1機しか動かしていないが、これを何十機、何百機と同時に、有機的に連携させて操れるとしたら…。
1PMが1個大隊に匹敵する戦闘能力を持つ事になる。
あまりの恐ろしさに、鳥肌が立った。
「パパぁ、ルウにあわせればいいの?」
「あ、ああ」
「じゃあ、はじめるよ~」
既に即席のバイポッドを作り、待機していたルウ。
「センサーのシンクロ完了、各種補正完了。シュート」
ドンドンドン!
音の切れ目が無い3連射。
一瞬だけ、小さな火花が見て取れた。
「成功です。ハッチが開放され始めました」
コンソールが破壊され、コンテナのハッチが完全開放された。
ハッチの中から、動きの鈍いPM達がゆっくりと現れる。
脚、胴、腕、頭…少なくともどこかを破損しているらしく、ぎこちない動きで全ての躯体が現れた。
その数…
「確認しました。…315体、全てパートナマシナリーです。ルドルフ、ローザの言った事は事実です」
俺も改めてゴーグルをかけ、暗視モードで仔細に観察する。
流石に数は分からないが、410から450までの基本仕様のPM躯体が下の部屋にひしめいている。
ん?基本?315体?
昨日の仕事はなんだ?
終了済みの個体数と、数は合う。だが、一部はデバイスを使用しているんだぞ?
そして、はたと思いつく。
スペアはどうした?
背中を冷たいものが流れた。
「そうか、こいつら全部、スペアPMか」
「バックアップや、メインPMが部屋にいない時に使用する、補佐PMですか?」
「ああ。それも、昨日俺が回収した分全部と同数が、ここにいる」
「いえ、もう一体が女性と一緒に脱出したと、ローザは言っていました。
ローザの言葉が事実だと確認できた今、もう一体とヒューマンの女性があのコンテナから先行して脱出してる事は確かです。周囲の…」
警戒を、と続ける前に、ルウはライフルを入り口に向ける。
「…油断が過ぎるな、『インフィニット』」
俺の事を、呼ぶなといった銘で、呼ぶなと言った相手がそう呼んだ。
「リリアナから手を離せ、GRM情報部部長。
いや、イルミナスの手先、と言ったほうがいいか?
リゼリア・ローズ・フォリス」
俺はゆっくりと振り向く。
入り口まで下がらせたリリアナの左腕を締め上げ、右手のダガーを少女の喉元に突きつけて入り口の前に佇む、煤けたやや小柄な女性ヒューマン。
紫色の髪、琥珀色の瞳。
GRM情報部部長、リゼリア・ローズ・フォリス。
黄昏の一族の血を引くもの。
その足元には、リゼリアを支えているGH-440がいる。
口をパクパクと動かし必死に何かしゃべっているが、発声装置を破損しているらしく、何も聞こえない。
「ふん、そんなのはもうどうでもいい。
PMによるガーディアンズ組織の破壊というあたしの計画は失敗した。
ここにいるあたしは死人なんだ。
連中もあたしを見捨てた。
きっちり置き土産までしていったよ」
リリアナの拘束を解くと素早く当て身をいれ、気絶させる。
フフ、と苦い自虐の笑みを浮かべ、大きく溜息をつくリゼリア。
「パパとママを見捨ててヒューマンを劣等種と呼んで蔑む連中、そいつらを守ると吹聴するガーディアンズ。
そんな連中なんて、死んでしまえばいいって思ってた」
先ほどと口調が変わる。こっちが地なのだろう。
「でもね、ほんとは分かってた。
みんな一生懸命生きているだけなんだって。
自分が優位なんだって、そう思わないと生きていけないだけなんだって。
…イルミナスに踊らされていたあたしが言うのも、変だよね」
苦いままの顔が、無理やり笑みを作る。
痛々しい笑みだ。
「自分の願いを叶える為に、この子まで利用しちゃった…
失敗までして…義姉さん、怒るかな?…
叩かれる痛みも、利用される苦しさも判っていたのに…
義母さんの悩みも、義父さんの辛さも知ってたのに…
痛いの、嫌だよね…
心が痛いのは、もっと嫌だよね…
分かってたのに、あたし、わかってたのに…
いつも後から、やってから後悔して…」
440が支えきれずにしりもちをつく。それと同時に、彼女がゆっくりと座り込んだ。
リゼリアの独白はだんだん小さくなっていく。
「差別なんて、当たり前だった。
小さい頃、おばさんが、泣きながら私を叩いてた。
こんな事したくないのに、しないともっとあんたが痛い目に遭う、って。
あんたを叩く手の痛みより、もっと心が痛いよ、って…
助けてあげたいのに、助け方がわからない、って…」
近くの壁に、とさり、と寄りかかる。
「心の痛さ、わかってたのに。
PM達の事、わかってたのに。
悲しくて、つらくて、心が痛いの…
わかってたのに…
あたしのわがままに、まきこんで…
ごめんね…」
傍でルウが囁く。
「あのGH-440は『彼女は腹に致命傷を負っている、早くしないと死んじゃう!』とずっと叫んでいましたよ」
リゼリアの支離滅裂な独り言。
既に過度の出血による意識の混濁が起こっていたからだ。
「ごめんね、義父さん、義母さん、義姉さん、リリアナ、みんな…」
壁に身体を預けたまま、壁を滑って上半身がゆっくりと前のめりに倒れた。
俺は、急いで彼女に駆け寄ってその手をつかみ、脈を図ろうと長めの手袋を脱がした。
現れた皮膚全体が粉を吹き、地割れのように深く、細かくひび割れている。
クローン体などでよくある、肉体が自己崩壊を起こしている典型的な症状だ。
ムーンやコスモアトマイザーでは、ここまで死に掛けてる肉体を賦活することは出来ない。
彼女の脈拍は、微かにしか感じない。
周囲をうっすらと覆っている煙で判らなかったが、腹を貫通する傷から大量に出血し、しゃがみこんだ足元に血だまりを作っていた。
シールドラインも完全に破損している。
極音速の高速弾頭を使った実弾兵器でもないと、今時こんな傷にはならない。
「はやく…にげ…て……P、M、が、自爆…」
そこまで言うと、彼女の身体から完全に力が抜けた。
「…この」
くずおれたリゼリアを俺は抱き起こし、
「馬鹿野郎がぁ!!」
怒鳴りつけた。
「心拍数、血圧、共に危険域まで低下。今の罵声で若干改善しましたが、危険域のままです」
脇で冷静に診断するルウをそっちのけで、俺は怒鳴り続けた。
「何がごめんね、だ!謝るなら、生きて当人に面と向かって謝れ!
ふざけた事抜かしたまま、あの世になんか逝かせてやるか!!
お前は死なせねぇ!俺が死なせねぇ!生かしてその罪、償わせてやる!!」
俺がそう叫んだのを聞いて、後ろからローザが話しかけてきた。
「パパ」
「…パパは止せと言っているだろうが」
「おねえちゃん、しんだの?」
「まだ死んでねぇ!」
「そっか。じゃあ、みんなでかえろうね」
「ったりめぇだ!」
振り返ると、にっこり笑ったローザがいる。
「じゃあ、わたし、ガンバってくるね!」
パタパタと手を振るローザ。
「!、おい!」
「みんな、たすけてくるぅ!」
止める間も無く、小柄な人影が穴に飛び込む。
「くぉの、バカ娘がぁ!何が出来るって…」
穴の中から、一度だけフォトンアーツの音が聞こえた。
あの音はおそらくスピニングブレイク。
落下の勢いをPAで消したんだろう。
穴の中のざわつきが消え、リズムを伴って小さくなっていった。
「…まさか、PMの自爆を止める気か?本当かどうかも分からないのに」
立ち上がって穴に駆け寄ろうと思ったが、腕の中で小刻みな痙攣が始まった。
まずい。
彼女の背中側の穴に大型の負傷用パッチを貼り付けて穴を塞ぎ、地面に横たえる。
右手でブーツに仕込んであるセラミック製のナイフを引っ張り出すと同時に、シールドラインを解除。
袖をまくった左手首にナイフをあてがい、動脈まで一気に掻き切る!
「!、ルドルフ、何を?!」
大量に吹き出ようとする血をコントロールするため、ナイフを捨てた右手で素早く傷口部分を押さえる。
ルウが俺の出血を止めようとするが、それを振り払って、流れ出た血を彼女の腹に空いた穴と口の中にたっぷりと注ぎ込む。
一気に失血したためか、かなり頭がクラクラする。
くそったれ、肉体が自壊するまでに間に合うかどうか怪しいぞ!
「あなたの行為は非論理的です。そんな事で、彼女の負傷が治る事はありません!」
「黙って、見ていろ」
「こんな…こんな行為は無駄です!一体…こんな事をして、彼女が助かる見込みなんて…!」
錯乱しているルウを見れるとは、と、貧血の頭で考えて思わず顔がにやけた。
「…なぁ、ルウ」
貧血で顔色が悪くなっている俺が唐突に話し出したので、錯乱度合いが増したように見えた。
「は?はい?」
「俺がどうして『インフィニット』なんて呼ばれていたか、知ってるか?」
俺がいたって正気だと判ったらしく、落ち着きを取り戻しながら答えた。
「生きて帰るのが不可能な作戦で必ず生きて帰ってきたから、という話なら知っています」
「確かに生きて帰ったさ。
だが、実際はちょっと違う。
俺は戦場で何度も死んでいる。
それこそ、ここで死に掛けているこいつみたいにな」
出血の量が減ってきた。
筋肉が血管を収縮させ出血を弱めようとする反射行動だが、毛細血管や細い血管からの出血は弱められても動脈までは押さえられない。
だが、それでもまだ足りない。
無理やり傷を開き、更に血を流す。
更なる激痛に歯を食いしばる。
「くっ…。
俺はな、戦場で死んで、それから蘇生をしているんだ。
何度もな。
それが、俺の致命的欠陥能力。
体内に半永久的に定着させた、負傷を回復させ代謝機能を促すナノマシンが本来の機能を果たさず、その代わりに完璧に死亡した状態から細胞レベルの完全蘇生を行なう。
俺を殺すには、倒した後に原子分解レベルで破壊しないとナノマシンによって細胞レベルから蘇生してしまうんだ。
俺に壊死は起こらないし、老化もしない」
だがこの身体、腐りはしないが毒は喰らうし病気には感染する。
しかし、一旦死んでしまえばそこからナノマシンが活性化して、細胞を正常で若々しい遺伝子情報に書き換え、失った部位や破損した部位を完全高速再生し、毒でも病気でも、例えガンであっても治癒して蘇生してしまう。
病や毒の苦痛、死への恐怖、生き返る苦しみを何度も経験するしかない、死を許されない身体だ。
過度の出血で、星霊の御許まで意識が飛ぶ。
今までに何度と無く経験した死の世界だ。
そして、意識が強引に肉体へ引き戻されると、完全に傷が塞がっていた。
驚きに目を見張らせて、ルウが俺の身体を診察している。
「どういう身体をしているのですか、あなたは?」
「傷跡が全くないだろ?」
俺のふざけたような言い回しに、返す言葉を失ったように黙ってしまう。
いくら完全蘇生をするといっても、肝心のナノマシンを血と一緒に半分近くくれてしまった後だ。
失った血とナノマシンまでは流石にすぐには補給されないし、2リットル近い出血の負荷は流石にきつい。
だが、これくらいやらないと、ナノマシンの量が足りないだろう。
後は時間との勝負だ。
手持ちのメイト類を全部出し、トリメイトを1本だけ残して全部を彼女の腹の傷と口に更に流し込み、更に全身に降りかける。
肉体を完全に再生させるには、ナノマシンと細胞にこれくらいのカロリーが必要だし、感染症による負荷が蘇生の障害になる心配もある。
残していた分は、自分に使用する。
気休めでしかないが、失った分の血と体力を何とかする為だ。
貧血による目眩はあるが、先ほどよりは少し楽になる。
「…ふぅ。
こんな俺を、研究者達はどうしたと思う?
お決まりの実験さ。
今更どうこう言うつもりは無いが、俺の能力を発揮する条件を満たせないのがわかって、連中は諦めたよ。
ま、俺の体から得られた技術で今のガーディアンズは恩恵を受けてるがね」
「…それは、一体何ですか?」
「スケープドール」
端的に答えてやる。
「スケープドール自体はあの当時よりも以前からあったが、俺の身体で得た技術によって更に改良されたって話を聞いている。
ちゃんと蘇生しなかったり、異常状態が回復しなかったりという蘇生事故も殆どなくなったという話だ。
俺もずいぶん使ってるよ」
「では、あなたのナノマシンがその能力を完全に発揮するための条件は何なのですか?」
言おうかどうか躊躇ったが、普段から冷静な彼女が取り乱すほどの行為を行なった理由位は、はっきり伝えておこうと思った。
ここまで見ているのなら、知る資格は十分にある。
「…血だよ」
「血、ですか?」
「…………俺の血液中には、死亡した肉体の再生を促し、その後活性化させるためのナノマシンネットワークが形成されている。
さっきも言ったが、負傷を回復させ代謝機能を促すナノマシンが本来の機能を果たさず、その代わりに完璧に死亡した状態から細胞レベルの完全蘇生を行なう。
そして普段は、新たな細胞を作り新陳代謝を促すのではなく、細胞内の遺伝子情報を若く健康な状態に書き換えて、現在ある細胞を常に最良の状態で維持するように機能している。
とは言っても、抵抗力としての代謝能力は人並みだから、毒や病気まで防ぐほどの能力ではないし、細胞自体の代謝速度は、遺伝子書き換えによって細胞の老化そのものが非常にゆっくりな為に、それこそ人並み以下だ。
死んだ時以外は、欠損部位の修復速度なんてそれこそ普通の人間にも劣る。
ただ、こんな能力でも、それらが完全に機能するにはいくつかの条件があってな。
成人している事、遺伝的に劣勢な事、そして何より…」
ちらりとルウを見る。
「血液型が適合しないといけないって事だ」
「…まさかとは思いますが、その可能性は天文学的に低いのでは」
「その通りだ。
俺の知る限り、俺の血液型と同じ奴は、俺の遺伝子母体になった女性とその子孫、後は数えたほうが早いくらいに少ない。
そして、こいつは成人かつ遺伝的に劣勢な上、何の因果か俺の『母親』の子孫で同じ血液型だったって事さ」
機内で見せられたレポートに記されていたリゼリアの血液型。
アレを見なければ、この手段は思い出す事も無かった。
自意識過剰かと思っていたが、彼女には俺を狙う理由がちゃんとあった。
俺を狙った理由は俺のナノマシンだったのだと、今ならはっきり分かる。
既に余命が無い状態から生き残るための最後の手段。
「あらゆるテストがなされたが、生まれ持った血液型が俺と同じ血液型じゃないと俺のナノマシンは『正常』に機能しないんだ。
骨髄移植まで試みられたが、骨をナノマシンに侵食(くわ)れちまってな。
この方法が上手く行ったのは、俺と同じ血液型だった俺の兄弟の一人だけさ。
…作戦中に完全消滅したけどな」
動かすのもだるいが、なんとか身体を壁に寄り掛かる。
「さて、後は肉体が復活するエネルギーに耐えられるかどうかだけだ。
リゼリア・ローズ・フォリス。
お前は、死んでは駄目だ」
数分後、瀕死状態というよりは死亡状態の彼女がピクリと動いた。
それから五分もすると、静かだったリゼリアの身体の周りに陽炎が立ち昇り始める。
肌がうす赤く上気し、荒い呼吸を始める。
経験上のことで分かっているが、この方法で蘇生させた場合、全身の細胞がナノマシンによって活性化を始めると、弾かれたように全身全霊で大暴れする。
あまりの力に自分の手足を自分で千切りかねない。
「そろそろ始まるな」
そう言って、彼女の身体を抑えつけようと身体を動かす努力をする。が、身体に力が入らない。
「まずい、ここで暴れさせたら意味が無くなっちまう」
「私が抑えます。あなたは休息を」
「ひとりじゃ無理だ。昔やった時は、大の男が10人がかりでやっと抑えられたんだ」
「それでしたら、私の他に後4人いれば抑え切れます」
「その四人をどっから連れてくる気だ!くそっ、誰かいないのか!」
手を借りたいが、リリアナが目覚める気配は無い。
彼女は、一度とはいえ強引に覚醒させられたために今だ消耗しているのだろう、なかなか自然に目覚めないし、そんな状態での薬物による覚醒はそれこそ効果が薄い。
一瞬、何かがぞわりと背筋を撫でる感触。
強固な基礎を何かがかすかに揺らした。
戦場で聞きなれた音が遠くから耳に届く。
反射的に、ここの入り口の奥に目を向けた。
靄と暗闇の向こうに、確かに何かがいっぱいいる。
暗闇の中にいくつもの光。
その光がゆっくりと近づいてくる。
「敵、か?」
身体が利かないこんな時に!
幾人も歩く足音がゆっくりと迫る。
そして…風が吹き、靄がゆっくりと流れた。
「ただいま~、パパぁ!」
能天気な声が中から聞こえた。
先頭を歩いてきたのは、煤と埃にまみれたGH-412―――ローザの姿だった。
その姿を確認して、気が緩む。
昏倒しそうになった俺を、複数の410が駆け寄って支えてくれた。
「…お前、なぁ…」
ぅぅぅぅぅ、ゥォォォオオアアアアア!ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!
怒る気力も切れかけた所に、リゼリアが暴れだしてルウを吹き飛ばす。
「ローザでも誰でもいい、とにかくあいつが暴れるのを抑えろ」
「は~い!いくよ、みんなぁ!」
あ、みんな?
「は~い!」×315体
ワ~ッ!!!!!!!!!!
足の踏み場もないほどのPMが、よってたかって一人のヒューマンを抑え込んだ。
確かに抑えはしたが…
「やっちゃいました!」×315体
「…本当に『殺っちゃいました』になるぞ、お前ら」
あふれかえったPMどもの集団からやっと上半身を出した俺は、悪態をつくのが精一杯だった。
第六章:手に入れた未来
ぼんやりとした白い世界。
ここは、どこだろう。
白い天井、薬品の匂い。
ああ、また泊り込んじゃったのかな?あたし。
そうだ、病院、やめたんだっけ。
研究所は…こんなにきれいじゃない。
情報部の寝室は、茶色い天井だった。
ここは、どこ?
のろりと首を動かす。
椅子に座ってこっくりこっくり居眠りしているのはパシリ…GH-412と440。
今にも落ちそうな彼女達に腕を伸ばすと、医療用の寝巻きに包まれた自分の腕と、点滴のチューブが見える。
違和感を感じて、まじまじと自分の腕を見る。
健康的な色合い、そしてはりとつやのある年若い女性の皮膚。
これは、あたしの腕?
粉を吹いた、深い亀裂が細かく入った皮膚、それが自分の肌のはず。
なのに、それが無い。
トントン
扉をノックする音が聞こえる。
入室許可を求める古風な手段だ。
口が渇ききって、声が出ない。
ゆっくりとドアが開く。今時、自動じゃないただの押し戸だ。
「…お、目覚めたか」
黒とも取れる紫の髪、琥珀色の瞳、精悍な顔立ちに浅黒く焼けた肌、全身をクラシカシリーズで固めた男。
記憶を探るが、なかなか思い出せない。
男は412をそっと抱え上げると、今まで412が座っていた椅子に腰掛け、440を己に寄りかからせた。
PM、男、インフィニット…
「君、か、ワンオブサウザンド」
擦れた声が何とか出る。
「その呼び方は止めろ、小娘」
不機嫌なのを隠しもしないし横暴な言い回しだが、顔は笑っている。
思わずあたしも微笑んだ。
「そう、その顔のほうがいい。畏まった口調も、もうしなくていいんだ」
「どう、いう、事?」
男は手近にある備え付けのビジフォンを立ち上げ、何かの電子書類を表示する。
無言で促され、その書面をゆっくりと黙読する。
『死亡診断書
リゼリア・ローズ・フォリス
24歳、女性、ニューマン
個人フライヤーの墜落事故に遭遇。
全身の70%が深度4の火傷。
全骨格の60%以上が複雑骨折。
各主要臓器の破裂損傷。
状況は即死』
簡潔に内容をまとめると、そういう内容だった。
「あたし、しんだ、の?」
あまりに喋りにくそうなのを見てとったのか、水差しをあたしの唇に当て、ゆっくりと水を流し込んでくれた。
「………おいしい」
自然とそう呟きが漏れるほど、ただの水が例えようもない甘露に感じる。
――――そういえば、一体何日眠っていたんだろう。
「そうだ。ニューマンの君は、もうこの世には存在してない。
ここにいるのは、ヒューマンのリゼリア・Fだ」
「そっか。とうとう無職か」
含ませてもらった水のおかけで、咥内が湿り気を帯びて、喋り易くなった。
「それだけじゃない。
今までの戸籍上から来る経歴は一切使えない。
土地、口座、保険、そのほか全部まとめて、何にもない♪」\(゚д゚)/ パアッ
ワザとアホ面にして大げさなポーズを決める男の姿に、自然と笑みがこぼれた。
「…今までのしがらみも全部消えたんだよ」
その言葉が脳裏に染み渡るまで、ちょっぴり時間がかった。
「でも、あたし、そう長く生きられない…」
「そう言うと思ってな」
ナノトランサーから、小さな計測器を取り出す男。
「君の私物から拝借してきた、テロメア計測器だ。
俺の口から言う事はもう無いよ。
…さて、看護士を呼んでくるか」
412を抱っこしたまま、男は部屋を出ようとする。
そういえば、ちゃんと名前を聞いた事も無かった。
「あの!」
ちょっと大きな声で呼び止める。
乾ききっていた喉が、ひりひりして痛い。
「なんだ?」
「…名前、ちゃんと知らないの。教えてくれますか?」
男は個人端末を操作する。
すると、私の枕元に置かれていた見知らぬ個人端末から着信音が聞こえた。
「今更名乗るのは恥ずかしいよ、送ったカードでも見てくれ。
じゃあな」
足音が遠のいて、聞こえなくなった頃。
端末を手にとってカードファイルを確認する。
「ルドルフ・フリューゲル。ガーディアンズ機動警備部所属。ヒューマン。男性。年齢…」
パタンと端末を閉じる。
「534歳って冗談…よね?」
ガタタン、と大きな音がすぐ脇から聞こえてきた。
「っつぅ~、帽子、帽子…」
そういえば、一緒に440が眠りこけていたっけ。
あの人と412がいなくなったので、寄りかかるものがなくなって椅子から転げ落っこったのね。
「大丈夫?」
まだ少しかすれた声で、声をかける。
すると、帽子を右手に持ち、左手でおでこを摩りながら、よろよろと440が立ち上がった。
「は、はい大丈夫です、ご主人様。イタタタ」
「ご主人様?」
この子は私のパシリじゃない。というか、あたしは別にガーディアンズに入ったわけでもないし。
「え?だって、私をあなたのパートナーマシナリーとして登録したって、あの方が」
「フリューゲル、さんが?」
「はいぃ。違うのですか?」
再び端末を起動して確認してみた。
いくつもの電子書類と証券の中に、この子の所有権があたしの名義で登録されている。
「…あのおじ様ったら」
自然と口からそういう呼び方がこぼれた。
不安そうな440に視線を向けて微笑みながら、帽子を取った彼女の頭を撫でてあげる。
「ええ、そうね、あなたの主人はあたしよ」
ほっとした表情を浮かべる440。
ふと思いついたので、この子に聞いてみた。
「ねえ、ガーディアンズって、どんな所?」
第七章:パパと412
ローザという名前のPMは、この世にいなかった。
今回の事件で、彼女は過去の自分とは違うモノとして生まれ変わったからだ。
そんな彼女に、俺は新しい名を送った。
ロザリオ。
薔薇(ローザ)ではなく、百合(ロザリオ)。
かつての彼女への手向けと、新しい彼女への祝福として。
そして、わずかに月日が流れる。
「は~い、体操の時間だよぅ!」
定期メンテの時間だというのに、ロザリオは元気いっぱいだった。
ここはGRMのPM調整施設内にある屋内総合運動場。
「いっちにぃ、さんしぃ、ごろうくしちは…、お~い、そこの450さん。そうそう、君。どうしたの?」
彼女と一緒に体操しているのは、運動不足になっているスペアPM達、約二千体だった。
きちんと整列しながら体操しているが、そのうちの何体かは確実にリズムがずれている。
「…はい、おっしまい♪呼ばれた子は、ちゃんとメンテして帰ってね~」
バイバ~イ、と、ぶんぶん手を振るロザリオ。
「すごい光景ですね、主任」
若手の研究員があっけにとられて見ていた。
「あの412が一人で掌握しているんですか、あのスペアPM達」
主任と呼ばれた人物がほうけたままの若手研究員の傍まで来ると、ファイルを手渡した。
「感心しているのは結構だが、仕事をしたまえ。ちゃんとメンテしてやらんと、あの412が怒るぞ。」
若手研究員はげっそりとした表情を浮かべた。
「勘弁してくださいよ、お茶に[自主規制]が入ってたり、金的ヘッドバッドされたり、もうこりごりです」
「ならば、さっさと行って来い。それから…」
「口外無用、ですよね。分かってますよ、俺だって死にたくはないっスから」
若手研究員が発破を受けて部屋を出るのと入れ替わりに、当のPMの主人である俺が入っていった。
「世話になってます」
俺は頭を下げずにそう言った。
「なぁに、世話になってるのはこちらのほうだ」
次のグループと体操を始めたロザリオ。
それを、二人は見下ろしていた。
「結局、アレがあいつの真の『能力』ですか?」
「広域かつ大量のマシナリーを制圧・制御するマシナリー掌握能力。
結社―――イルミナスの連中がPMに付け足したマシナリー掌握能力、それが致命的『欠陥』を引き起こした結果の産物だよ。
対マシナリーに特化された高出力・高密度・高精度通信装置と制圧・制御能力、それらを支える限界の無いエ
ネルギーリアクターに、そのエネルギーに耐えられる非常識な強度の躯体。
こちらで押さえたブレインコアのデータから判明した能力を遥かに超えた、恐ろしい能力だよ。
理論上はありとあらゆるマシナリー、更には他の異能体も掌握できる。
当の彼女は意識してないだろがね」
「制御下にあれば、数万体を同時に有機的に展開できる…確かに恐ろしい能力だな」
「もっと恐ろしいのは、戦闘能力を有するPMがガーディアンズだけでも20万体いるということだよ。
仮にだ、あくまでも仮にだ。
彼女が反乱を起こしてPM達を制御下に置いたとすれば、惑星の一つくらいは苦も無く制圧できるだろうという試算が出たよ」
俺は溜息をつく。
「戦略級…違うな、殲滅級兵器のPM、か」
「ある意味、今まで確認されてきたどの異能体よりも危険な個体だよ。
だがね…」
俺に向き直る研究主任。
「あの子は、本当の意味でまだまだ子供だ。
いい事も悪い事も、まだしっかりと理解していない、子供そのものなのだよ。
以前の記憶はしっかり残ってはいるが、それは今のあの子の経験ではない。
その記憶をあの子が見たとしても、それは教科書を見ているに過ぎんのだ。
ではどうするか。
答えは単純明快だ。
より良くなるよう育ててやればよい。
善き指導者に、良い手ほどきを受け、より良い経験をつむ。
そうすれば、あの子は兵器になどならんよ。
君がそれを証明しているじゃないか」
「俺が?」
「そうだ。
喜びを分かち合い、世の不条理に怒り、共に哀しみ、集い楽しむ。
生まれはどうあれ、それは人間の心そのものだよ。
善き指導者、善き先達、切磋琢磨し競い合う仲間、それを目指す次の世代。
一人では学べない、大切な事だ。
君はそれを十分に受けて生きてきた。
だから、君は今ここにいる」
俺は古い記憶を呼び起こす。
やさしく、強く、笑顔で微笑みかけてくれた『母親』。
仲の良かった『兄弟』たち。
自分にとっては天使のようでアイドルの存在だった少女。
いつも自分を追っかけまわしていた年下の少女と、それを追いかけていた少年。
ライバルであり、無二の相棒だった同い年の男。
そうだ、そうだった。
戦場は確かにひどい場所だったが、いい思い出も沢山有るじゃないか。
外部記憶装置に流れてしまった思い出も、捨てたもんじゃない。
普通の人間より遥かに多いこの経験を、俺が生かせばいいんだ。
「…ああ、確かにそうだな。
俺には伝えられる事が沢山有る」
「今度は君がそれを次の世代に与える番じゃないのかね?
善き指導者、善き先達として。
それが例えPMだったとしても、君が伝えた事は次の『なにか』には伝わっていくはずだ。
それが『人間が生きた証』という事だと、私は思っている。
はっはっはっはっはっは…
君より年下の男が偉そうな事を言ってしまったな」
主任の言葉に、俺は首を振る。
「そんなことは無い。
いくら長生きしたって、人生の密度が濃いわけじゃ無い。
俺は今まで色々な経験をしてきたが、普通の人間よりその密度は薄いんだろう」
運動場内に視線を泳がせる。
ロザリオが一生懸命、みんなと体操をしている。
脇では先ほどの研究員が一緒に運動させられていた。
「………俺はいつの頃からか、外見的に歳を取らなくなった。
能力から考えれば、確かに不思議な事じゃない。
だが、それ以前はそれでもゆっくりと歳を重ねて行ったんだ」
主任は何も言わずに先を促す。
「…俺にも、かつては人生を共に歩もうと誓った女性がいた。
同じ一族のヒューマンで、俺の事も良く理解してくれていた。
『子供は産めない身体だし、先におばあちゃんになって、先に星霊の御許に旅立つ身だけど、それでもわたしと一緒になってくれますか?』
それが、彼女のプロポーズだった。
戦争後期のあの頃は、今よりも沢山の一族がいて、俺達を祝福してくれた。
物資も乏しかったが、幸せだったよ。
だが暫くして、彼女は当時の不治の病にかかっている事が分かったんだ。
八方手を尽くしたが治す手段が見つからず、結婚して1年と経たないうちに彼女は星霊の御許に旅立ってしまった。
それ以降、俺は戦場に入り浸るようになった。
あの頃の俺は、死んで、彼女の所に行きたかったんだ。
だが、この身体の能力のせいで、死ぬ事は出来なかった。
ちょうどその頃からさ、黄昏の一族の『ワンオブサウザンド』、不死身の『インフィニット』という呼び名がついたのは。
身体は正直なもんさ。
あれ以来、俺は何も変わっちゃいない。
本当の俺の心は、あの頃に凍てついたままなんだ…」
突然聞こえてくる、駆け足のリズムを刻む軽い足音。
「パパ~!終わったよぅ!」
大声をあげ、ボスン、と俺の脚にロザリオが抱きついた。
「…そうか」
その頭を軽く撫でてやる。
俺の脚に抱きついたまま俺を見上げて、楽しそうな表情で昼食の話を始めるロザリオ。
「えへへぇ~♪
今日は早く終わったら、ヒュマ助さんのお店でご飯食べるんでしょ?
早く行こうよ~。
それでね、デザートにパフェ食べたいな~。
……それから、
……それからね……」
何が食べたいのか沢山喋りたいようだが、上手く説明出来なくて似たような言葉を繰り返す。
そして、少しの間だけ視線を外して考え込む彼女。
「…あのね…えっとね…あと、あれだ!」
何かを思いついたらしく、抱きついたままぴょんぴょん飛び跳ねたが、そのまま俺の顔に視線を戻すと、不意に跳ねるのを止めた。
「……?……パパ?」
「……なんだ?」
ロザリオが俺の顔をまじまじと見上げ、怪訝な表情を浮かべる。
「……何で泣いてるの?パパ」
「……泣いてる?俺が?」
「うん」
頬に手を伸ばすと、確かに濡れている。
指先についたのは、透明な液体だった。
「なにかあったの?パパ」
不安な表情を浮かべるロザリオ。
何でも無い、と、微笑んでやろうとするが、頬が引きつったようにしか動かない。
それを見て、今にも泣き出しそうな表情になるロザリオ。
「なにかあったのね?パパ(グスッ)」
何でも無い、と、言おうとしたが、喉が詰まって言葉にならない。
「やっぱりなにかあったんだ………ぅ……ぅっ…ぅっ…」
顔をゆがめて、
「ぅ…ぅぅ…うわぁぁぁぁぁん!」
大粒の涙をこぼしながら、ロザリオは大声で泣き出した。
何でも無い、と、泣き出したロザリオをあやそうと思うが、身体が動かない。
「うぁ~ん!あ゛ぁぁぁぁぁん!
パパが(ヒック)、パパが、がわいぞうだよぅ!(ぐしぐし)
あ゛~ん!う゛わ゛ぁぁぁぁぁぁん…」
かわいそう?俺が?
俺がかわいそうだと、ロザリオが泣いている。
そんなことを言われたのは初めてだ。
でも、何かがふっと軽くなった。
ああ、そうか。
俺は、誰かに知ってもらいたかったんだ。
凍てついたままの、本当の心の痛みを。
そして、共に泣いてもらいたかっただけなんだ。
俺の中で、何かがカチリ、と音を立てた。
自然と身体が動き、膝立ちになるとロザリオを抱きしめる。
そのまま顔を近づけ、泣き止まない彼女の耳元で囁く。
「泣かなくていい、ロザリオ。俺は大丈夫、大丈夫だ…」
ぎゅっと彼女を抱きしめ、目を閉じる。
そして、妻が死んだあの時に流せなった涙を、嗚咽をかみ殺して枯れるまで流し続けた。
俺の凍てついた本当の心が、再び時を刻み始めた瞬間だった。
第八章:暁の中で
俺は目覚ましも無しに、ふと目が覚めた。
壁に掛かった時計を見る。
パルム標準時0530。
設備は整っているが、どこか安っぽさは否めない造りの部屋。
パルムにしては珍しい、木造の家屋の一室だ。
今時珍しい、綿の入った上掛けとマットレス式のシングルベッドにサイドボード、椅子だけが置かれているせまい寝室には、織りの粗いカーテンのかけられた大きな窓が一つ。
足元には無造作に脱ぎ散らかされた服。
ロザリオは隣の元子供部屋を寝室としてあてがわれ、まだ眠りについているはずだ。
カーテンの隙間から、かすかに白み始めた空が覗いている。
上半身を起こすと腕を伸ばしながら、大きくあくびをする。
ベッドから起きると、着替えもそこそこにテラスに出た。
いつもと違い、安物のスラックスにシャツ、ジャケット、シューズという格好。
外に出ると、風に乗って漂う草木の強い香りが鼻を突く。
ここは、パルムでも辺境にあたる山の中だ。
「おや、大将!もう起きなすったんかぁ!」
この山荘の女将が、台所から顔を覗かせて声をかけてきた。
「朝食はもうすぐだが、どうするかねぇ!」
「すまないが、出かけてくるよ!」
「おや、いつもの所かい!じゃあ、用意はしておくから、いつでも声かけなぁ!」
手を上げて了承の旨を伝えると、テラスの柵を飛び越えて森の中へ歩き出した。
薄く靄が掛かった暁の中、俺は静かな森をゆっくり歩く。
少し歩く度に原生生物たちと出会うが、この周囲の原生生物たちはおとなしく、人間達を襲う事は無い。
反対に、興味深げに近づいてきては匂いを嗅いだり、舐めてみたり。
暫く歩くと、横合いの茂みから黄色い塊が四、五体、俺に飛び掛ってきた。
『きゅ~、きゅ~♪』
足元に絡みついたり、飛び乗ってきたり。
「久しぶりだな、お前ら」
この森にコロニーがあるラッピーたちだ。
身体を摺り寄せたり、軽くついばんだりしたあと、俺の周りを囲みながら一緒に歩き出す。
もう、何世代も前からの付き合いだ。
暫くすると、先頭の一体が走り出す。
「そんなにはしゃがなくても大丈夫だぞ?あいつは何処かに行きはしないよ」
程なくして、目の前の森が開けた。
ここはちょっとした草原だ。
花が咲き乱れ、まだ暗い中を蝶が飛び交う。
その一番奥に、大きな岩で出来た粗末な墓標が一つ、場違いな雰囲気を漂わせていた。
その岩の手前には、いくつもの花輪が手向けられている。
『きゅきゅ、き~♪』
近くで一羽のラッピーが、手羽先で器用に花を摘んでは何かを編んでいる。
『き~きゅ、きゅりきゅ~♪』
出来上がったそれを持って、俺のほうに駆け寄ってきた。
花を編んで作った冠だ。
あいつが何世代も前のラッピーたちに教えてやった遊びだ。
その遊びが、ここのラッピ―たちには定着している。
『きゅりぃき?』
花冠を俺に差し出す。
「ありがとう」
素直に受け取って、それを岩のてっぺんに乗せる。
「久しぶりに時間が取れたから、来てみたよ」
<ありがとう、あなた>
幻聴ではない。
この下に埋まっているあいつ、最愛の妻の思考パターンを模したキャストのブレインコアと、それに直結された、彼女の記憶を吸い上げた外部記憶装置からの『テレパス』による通信だ。
一族の誰かが俺に気を利かせ、慰めになるならと、墓と共に作ってくれたものだ。
最初はその存在を知らなかったし、暫くは作り物のあいつを嫌悪して近づかなかったが、時が経つにつれそれは薄まり、気が向くと自然と足を向ける様になっていた。
気がつけば、作り物であり記憶の残滓でしかないあいつが、思い出を語り合える唯一の相手になった。
妻が死んでから既に200年、ここはこの世界で唯一、俺が思い出と共に心静かにくつろげる場所だったのだ。
凍てついた心のままで。
<ここ数年来ないから、いい人でも出来て、忘れてしまったのかと思いましたわ>
くすっと笑う、懐かしい声。
「そう言うなよ。今でも俺はお前以上の女に会った事は無いぞ?」
<いつもながらお上手ですわね>
「やれやれ、お前には敵わんよ」
過去に何度となく交わしたやり取り。
どちらからともなく言葉が途切れ、静かになった。
自然の音しか聞こえない、あいつといるだけの静寂の時間。
ここを訪れるようになって初めて、この静寂が心地よいと思えた。
一度朝靄が深くなり、次第に薄まり始める。
上を見上げると、サンライトイエローの光が空を染め、夜が明けたことを告げていた。
<なにか、いい事がありましたか?>
「なんだ、唐突に」
<晴れ晴れとした心が伝わってきます。何かが吹っ切れたかのように>
「そうか?」
<ええ>
ラッピーたちが唐突に森に消えていった。
<…そうか、あの子ですね。あなたのPM>
かさりと軽い足音が、草を踏みわけて近づいてくる。
「…やっぱり来たな」
薄靄の中から現れる小さな人影。
製造ロット番号PMGA00261C5D7-B5、パートナーマシナリーGH-412。
ロザリオだ。
いつもとは違ってお団子に丸めた髪を下ろし、普通のバレッタで止めている。
服はいつもの物ではなく、来る途中の山ふもとの洋裁店で、無理を言って急いで仕立ててもらった物だ。
長袖で膝丈までのフレアのワンピースに、いつも来ている服と同じ色合いのベスト、白いオーヴァニーソックスと茶色のショートブーツ。
花を模した、と女店主の言ったワンピースは白をベースに、肘から袖口、腰から裾に向かって白から赤みの強いオレンジへとグラデーションを描いている。
<かわいい子ですね、あなた?>
「そうかい?」
<わたしの子供の頃に良く似ています>
あいつは俺の視覚情報を受信し、そう感想を漏らした。
「泣き虫で、甘いものが大好きで、ちょっと間が抜けてて…」
<ますます似ていますね>
くすくすと笑いが聞こえてくる。
<こっちにいらっしゃい、おしゃまさん>
墓標の前まで来たロザリオ。
手には何処からかつんできたらしき百合の花。
<まぁ、ロザリオの花!>
それを墓標の前にそっと手向ける。
植生としては、この辺に生える花ではない。
「わたしとおんなじ名前の花。ふもとの町で買ったの」
確かにふもとの町で少し小遣いをせがんできたが、何を買うかまでは聞いていなかった。
「パパがおはかまいりだって言ったから、お花を買ったの。
でも、どんなお花がいいのか分からないから、お店の人にえらんでもらったの」
普段と違う、ぶっきらぼうなしゃべり方。
それにやさしく話し掛けるあいつ。
<……そう、あなた、ロザリオって名前なのね?>
「うん。でもね、ちょっと前まではローザって名前だった」
<あらあら、わたしと同じ名前を付けたのですか?あなた>
そこで俺に話を振る。
「俺としては母さんの名前を付けたつもりだったんだが……」
<説得力に欠けますわよ?>
声は相変わらず笑っている。
<ロザリオちゃん?>
「はい」
<この人の事、好き?>
「うん!わたし、パパが大好きだよ♪」
そう言って満面の笑みを浮かべ、俺の脚に抱きつく。
<そう、良かった……>
「ローザ?」
何かおかしい。
<わたしとあなたが出会えた記念に、わたしからあなたに贈り物をして良いかしら?>
「なぁに?」
<名前をもう一つ、受け取ってもらえるかしら?>
こくりと頷くロザリオ。
「どんな名前?」
<……ブリジェシー>
「ブリジェシー?」
<そう、ブリジェシー。
あなたの髪に似た色の花よ。
ほら、そこに咲いているわ>
ブローディア・ブリジェシー。
俺の足元に咲く、30センチほどの丈の、青紫色のユリ科の花。
ずいぶん昔に、花が好きだった女房の為に植えたものだ。
消えることなく残っていたのか。
<あなたの名前はロザリオ・ブリジェシー。どうかしら?>
顔を輝かせるロザリオ。
「わぁ、ありがとう!」
<それともう一つ>
「もう一つ?なぁに?」
木々の間を縫って風が届き、朝靄を吹き払っていく。
<この人があなたのパパになったように、わたしがあなたのママになります>
「……ママ?ママになってくれるの?」
<あなたを子供として生む事は出来なかったし、抱きしめてあげる事も出来ないけれど……
わたしはあなたのママです。
これからずっと……>
「ほんと?ほんとなのね?」
<ええ>
俺の脚から離れ、今度は墓標にしがみつくロザリオ。
「ママ、名前をありがとう!パパとおんなじくらい大好き!」
<あらあら。ロザリィ、折角の服が汚れますよ>
俺の目には、一瞬だがあいつの姿が墓標にダブって見えた。
<今日は良い日でしたわ。
子供が産めない身でしたけどこうやって子供は出来るし、あの人の憂いも消えたようですし……
もう、わたしがいなくても平気ですわね、あなた?>
やはりそうか。
「俺はもう大丈夫だ。だけどな、いきなりこいつはママがいなくなるんだぞ?」
<大丈夫です、この子は十分に強い子です。
ロザリィ?>
「なぁに、ママ?」
<わたしはもう、星霊の御許に旅立ちます。
ほんのわずかな時間しかお話出来ませんでしたが、わたしはあなたのママです。
いつでもあなたを見守っていますよ。
忘れないでくださいね?>
「うん」
<パパのことをよろしくね。あの人、寂しがりやだから心配で……>
墓標から離れ、胸をどんと叩くロザリオ。
「だいじょうぶ、任せて!」
墓標を浮かび上がらせるようにオレンジ色の木漏れ日が射す。
<うふふ、たのもしいわ……
あなた、ロザリィ。お別れです。
二人に星霊のご加護がありますように……>
唐突に通信が切れる。
埋められていてメンテすることが出来ない、装置そのものの稼動限界が来たのだ。
「おやすみ、ローザ。またな」
さよならは言わない。いつかまた、めぐり合わせがあることを信じて。
「大丈夫だよ、パパ」
ロザリオは胸に手を当て目を閉じる。
「ママの心と記憶は、ここにあるから」
三つ目の贈り物か。
最後まで気の利く女房だ。
やっぱりお前は最高の女だよ、ローザ。
いいかげん、俺も前に進む事にしよう。
過去に背負ってきたものは多く、果てしなく重いが、歩みを止める必要はないと知ったから。
男として、ヒューマンとして、そして、ロザリオの父親として。
PMの父親なんて妙なもんだが、あいつがそれを望むのなら。
二人でゆっくり歩いていこう、未来に向かって。
たとえ今は暁の中だとしても、朝は必ず来るのだから。
エピローグ:そして
その日は、朝から忙しかった。
朝早くにGRMからの長期ミッション要請をうけ、パルムに。
詳細を聞き、今後の予定を打ち合わせ終えると既に夕方。
いざ部屋に戻ろうかと思うと、今度は諜報部からの呼び出し。
これもまた今後の打ち合わせが長引き、気が付けば既に夜中だった。
請けた仕事のどちらもが『PMを育成・観察し、そのレポートを定期的に報告せよ』というもの。
GRMのほうは『ランダムに選出したガーディアンズ諸氏によるPMモニタリング評価の一環として』と言う話であり、他にも同僚達が百名単位で呼び出されていたが、要はロザリオを育成してそのデータを報告しろという事らしい。
ロザリオの一件については、ガーディアンズ本部は勿論、諜報部にも詳しい事は報告していない。
俺は最初から、あいつの件は全てを握りつぶすつもりだったのだ。
誰かがもらさない限りは。
第一、GRM開発局とガーディアンズ総裁はこの件の沈黙を約束してくれたし、研究主任はいわば共犯者。
他に誰が諜報部に…
(…おじ様、起きているかな?)
ピンポーン!
こんな時間に、呼び鈴?!
誰だ一体。
それに、今の『テレパス』…おじ様だと?
ロザリオが寝ぼけ眼で起き出して、ビジフォンを起動する。
「あ、あの時のヒュマ姉さん」
入り口の映像には、確かにリゼリアが映っている。
「こんばんは。何かごようですか?」
『えっと、おじ様いらっしゃる?』
(いなかったらどうしよう…)
「おじ様?パパのことですか?」
また、パパって言いやがった。
ちゃんと約束したんだが、なかなか止めようとしない。
約束の内容としてはこうだ。
人前でパパと呼んだら、大好物を一回おあずけ。
十回言ったら、連絡通路Aの敵を一人で全滅させる特訓。
約束してからあまり日は経っていないが、既に一回、連絡通路Aでの特訓をしている。
無言で壁の表に『×』を書くと、ペンの音でこっちを振り返る。
泣きそうな顔をするな、お前が悪い。
ロザリオの頭を軽くぽんぽんと叩き、相手を変わる。
「よう。こんな時間に、俺に用か?」
『はい。お伝えしたい事があります』
(良かった、いてくれて)
この『テレパス』はリゼリアが無意識にやってるのか、五月蝿いな。
仕方ない、中へ入れるか。
「今、開ける」
入り口のロックを解くと、彼女と、それに付きしたがうGH-101がそこにいた。
「あん?お前、あの440はどうした?」
「あの、その事なんですけど…」
「こんばんワ、ルドルフ様。その440は私でス」と、101。
「詳しくお話しますので、中に入ってもよろしいですか?」
「…ああ」
中に招き入れると、物珍しそうに店を見た後、おずおずと部屋の奥に入ってきた。
「実はあたし、ガーディアンズに入ったんです」
俺と一緒に床に座り、彼女はそう切り出した。
「なに?!」
「この子の話を聞いてたら、あたしでも出来そうだったので」
と、101を撫で回す。
「昨日、訓練校を卒業して、今日から配属だったんですけど、引越しの準備に手間取っちゃって。
それで挨拶が遅れちゃったんです」
見てください、とライセンス証を取り出す。
ヒューマンとしての彼女の経歴が、そこにあった。
実に巧妙に『彼女』の経歴が作られていた。
これを疑うのは、よほどいかれた奴か切れ者だけだろう。
そして、何故か俺と同じID。
「あたしの戸籍を作る際に、おじ様を遠縁の親戚という事にして、便宜を図っていただきました」
なるほど、俺の戸籍は一族によって意図的に操作されているから、一族特有の独特な手順を踏めば、細工を依頼するのは容易だろう。
だが、一体誰が行ったのだろう?
その手の細工をしてくれる連中は、相応の地位や身分が無いとその存在すら知ることが出来ないのに。
「上手い方法だが、一体誰に?」
「学生時代の先輩です」
俺の疑問に、あっさりと返事が返ってきた。
こいつの年齢と本当の経歴から考えると、先輩といっても二十代後半から三十代前半が上限のはずだ。
「若いのに、そんなことが出来る要職についている奴がいるのか?」
リゼリアがきょとんとした顔で俺を見る。
「おじ様、ご存知でしょ?」
「誰をだ?」
「私の先輩」
「ぁあ?」
いくら考えても思い当たる人物はいない。
「いや、知らないな」
「本当に?」
「くどいな、思い当たる奴はいないんだよ、マジで」
「今日というか昨日というか、会ったって言ってましたよ?」
「今日?」
えらいさんの顔は忘れずに覚えているが、今日会ったのは二人。
GRMの開発局長と、諜報部部長…って、まさか?!
「諜報部部長が、お前の先輩ぃ?!」
確かにあの部長なら可能だろうが、これには驚かずにはいられなかった。
「知らなかったんですか?おじ様。
じゃあ、元タスクのナンバー2だって事も…」
「知らん!
初めて知ったわ、そんな話!
あの部長は経歴が一切謎なんだ、誰も出自を知らないんだよ!」
静まり返る部屋。
「…は、話を戻しますね。
で、ですね、復帰組でもないのにいきなりGH-440を連れて行くのは変だし、それで440をリセットしたんですよ」
「…………………………………………なるほどな」
要はリゼリアが諜報部部長にロザリオのことをばらしたのか。
親しい間柄なら口も軽くなるだろうし、要点が抜けていたとしても、話が伝わるのは早い。
あの部長を先輩だと言い、尚且つ知られざる前歴を知っているという事は、相応の付き合いがあるのだろう。
こいつの経歴で『ローグスに拉致』とあったが、空白期間を考えれば、実際はローグスをやっていたといやでも推測出来る。
俺と同じIDにしたのも、裏事情込みで全部ひっくるめて俺に面倒を見ろ、と、あの部長は言っている訳か。
ま、仕方ないか。
今更、乗りかかった船を下りることも出来ないし、後は何とかするしかない。
「話は分かった。
今日はもう遅い、部屋に戻って寝るんだな」
「実はその事で相談が……」
非常に嫌な予感がしたが、あきらめた。
「で、なんだ?」
少々萎縮しながら答える彼女。
「……ぢつはその、寝る場所も無いくらい荷物を散らかしちゃって……」
俺の脇にいる101から聞こえる溜息。
俺に近づいてきて、こっそり耳打ちする。
「実ハ、大量の洋服で私の倉庫があふれたのデ、私が怒っテ、全部吐き出したんでス」
おいおい、PMの倉庫からあふれるなんて、何着持ってんだ?
「……仕方が無い、今晩は泊めてやる」
少しうつむき加減で、クックック、と俺は笑った。
ビクッとする、ロザリオとリゼリア。
ロザリオは、俺が笑った理由を正しく理解して、身を隠すようにリゼリアに抱きついた。
「ね、姉さん、かかかか、かくごしたほうがいいですよ」
「や、やっぱり?」
頬を染め、別な意味で戦々恐々としているリゼリアに、ロザリオが震えながらしゃべる。
「p……ご主人さまのきょういくてきしどうは、口には出せないほど怖ろしいです」
良く我慢した、一個『×』を消してやろう。
「お前たち」
再びビクッとする二人。
「明日から、一般生活の何たるかを……」
二人に顔を向け、クックック、と俺は再び笑った。
「俺がみっちり仕込んでやる。覚悟しろよ?」
「「ひえ~~!」」
抱き合って震え上がる二人。
「ご主人様はそれ位したほうがいいでス」
101が俺の脇で、器用に頷いていたのだった。
―――おしまい―――
部屋掃除の様子:諜報部の記録より
ルドルフことパパ(以下パパ)
:「……………………ほらほら、さっさと手を動かす!
いるものといらないものをより分けて…
ロザリオ、それはリサイクルだ、入れる場所が違う!
リゼリア!!そこで捨てる服を未練たらしく見てるんじゃない!!」
リゼリアことヒュマ姉さん(以下ヒュマ姉)
:「だっておじ様~」
バキン!
ロザリオこと412(以下412)
:「姉さん、何かふんだ」
ヒュマ姉:「あ~!無くしたと思ってたあたしのガラスのイヤリング!よくも踏んだわねぇ!!」
ポカッ!!
412 :「あ゛~!!ぶった~!!姉さんがぶった~!!パパぁ!!」
パパ :「だから最初に足元を片付けろと何度も言っただろうが!!
二人ともバツ一個、ロザリオはまたパパって言ったからもう一個追加!」
ヒュマ姉&412:「「ひど~い!!」」
ヒュマ姉:「あんたのせいだからね、ファザコン!」
412 :「あなたのせいでしょ、ひびわれゾンビ!」
ヒュマ姉:「なんだって~!」
412 :「なによ~!」
キュキュ、キュキュ。
ヒュマ姉&412:「「……あ、またふえた」」
パパ :「もっとつけて欲しいか?ぁあん?」
ヒュマ姉&412:「「やだよぅ~!」」
パパ :「もうすぐ20個だぞ、特訓は何処にしようかねぇ?」
ヒュマ姉:(んもぅ、おじ様のSぅ~!!)
パパ :(テレパスで筒抜けだ、バカたれ)
キュキュ。
412 :「あははは!パパにバッテンふやされてるの!あははは!」
キュキュ。
ヒュマ姉:「バカな子ねぇ、言わなければいいのに」ウププ
チョンチョン
ヒュマ姉:「なによ?」
クイックイッ
412 :「……あれ…」
ヒュマ姉:「………あ、20個…」
パパ :「……よし、決めたぞ!!」
ビクッ×2
パパ :「『最凶の砂獣』Cで、血反吐を吐くまで周回だ!」
ヒュマ姉&412:「「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!(本気泣き)」」
パパ :「泣くくらいなら、手を動かして片付けろ!
ポイント稼げばバツは減るって、最初に言っただろうが!!」
ぴたっ!
………黙々………
―――4時間経過―――
412 :「お、おわったよぅ~」
ぽふっ!ずるずるずる…
ヒュマ姉:「疲れた~」
ぼふっ!
パパ :「やれば出来るじゃないか、二人とも。
バツは……ほう、全部消えたか。
それならご褒美に、ヒュマ助さんの所に晩飯でも食いにいくか」
101 :「ルドルフ様、それは後日にでモ」
パパ :「あん?」
―――く~っ、く~っ…
パパ :「しょうがねえなぁ…よっ、と。
お前、結構軽かったんだなぁ」
く~っ、く~っ…
パパ :「よかったな、やっとベッドで寝られるぞ。
……ゆっくり眠れ」
く~っ、く~っ…
412 :「パパぁ…むにゃむにゃ」
パパ :「ほんとにしょうがねえなぁ、よっと。
あとは頼むぞ、101」
101 :「了解しましタ」
パパ :「お疲れさん」
101 :「お疲れ様でしタ、お休みなさいまセ」
パパ :「ああ、おやすみ」
ぷしゅぷしゅ~、ガチン
―――おしまい。おやすみなさい、よい夢を―――