4.
『――それが、私の名前ですね』
『そ。実家の近くに咲いてる花の名前だよ。これからよろしくな』
『はい。どうかよろしくお願いします』
唐突に、そんな会話が脳裏を掠めました。
これは――ご主人様と私が、初めて会ったときの記憶です。
記憶領域から過去の記憶が引き出されているのでしょうか。
『へえ。おまえも、もの食べるんだ』
『はい。基本的な活動をする分には特に必要ありませんが、
私たちはアイテムを取り込むことで成長し、機能を拡張することができます』
『ふうん。……じゃあ、後でご飯ついでになんかうまいもの買ってこようか』
『食品でなくとも、武器や鉱石などで構いませんが』
『そっちのがいいか?』
『いえ、何でも構いません』
『じゃあ、せっかくだから一緒のもの食おうぜ』
懐かしいなあ。
たった数ヶ月前のことだけど……。
この頃の私はまだ、初期形態の感情に乏しいマシナリーで。
ご主人様のこの言葉も『変わったことを言うひとだなあ』程度にしか思っていませんでした。
『……申し訳ありません、失敗です』
『……、そうなのか』
『すみません、残念ながら……』
『あー、いいっていいって。頑張ってやってくれたんだろ?』
ああ、これは私が最初の進化をして、初めての武器合成に挑戦したとき……。
決して低い成功率ではなかったのに、いきなり失敗してしまって。
……けれどご主人様は、優しく頭を撫でてくれて。
2度目で完成した<バスター>を、ご主人様は今日までずっと使い続けてくれましたね。
ヒトは死の間際に、今までの人生の出来事を思い出すと聞きます。
私たちパートナーマシナリーも、また同じなのでしょうか。
それとも、そうプログラムされているだけ?
走馬燈は続きます。
初めて部屋の外へ連れて行ってもらったこと。
ルームにお友達を呼んで、一緒に遊んだこと。
ショップを開いて、一緒に品物を並べたこと。
部屋に飾るガレージキットの箱を一緒に開けたこと。
2度目の進化を迎え、その変化に驚かれたこと。
感情が豊かになってきているねと教えてもらったこと。
どれも大切な、あたたかい思い出たち。
そして。
『あの、ご主人様』
『うん?』
『ご主人様は、その。どうして、ガーディアンズに入ろうと思ったんですか?』
自分のすべてを捧げてでも、この人の力になろうと誓った、あの日の言葉の記憶。
……そうだ。
私はそう決めたんだ。
なのに、こんなところで終わるなんて。終わりたくなんかない。
私は、私は――!!
そのとき、まだ微かに生きていた聴覚センサーが、なにかキャッチしました。
「――どうしてだよっ!!」
それは、ご主人様の声。
「どうして、こんな真似ができるんだよ!」
ご主人様は必死に訴えている。
「ガーディアンだろ! グラールに住む人みんなのために戦ってるんじゃないのかよ!」
剣を失ってなお、戦っている。
「グラールをみんなが笑って暮らせる、そういう場所にするのが仕事じゃないのかよ……っ!」
――ご主人様の叫びが、あの日のあの言葉と重なります。
あの日ご主人様が教えてくれた、“ガーディアンズになった理由”。
照れくさそうに笑いながら語ってくれた夢。
それは……、そう。この太陽系を『みんなが笑っていられる世界にしたい』。
それはあまりに曖昧で、途方もなくて、捉えかたによってはばかばかしい願い。
だけどとても純粋で、優しくて、あの人らしい願い。
本気でそれを願っているから――。
だからご主人様は、頑張るんだ。
だからご主人様は、いつも前向きなんだ。
そんなご主人様だから、私はついていこうと思ったんだ。
そんなご主人様だから、同じ未来を見たいと思ったんだ。
あの人は、まだ負けていない。
自分の信じるものを貫き通そうとしている。
だったらその支えになると誓った私が、こんなところで倒れているわけにはいきません。
お願い。
動いて、私のカラダ。
一瞬でもかまわない。
ご主人様を助けるための力を!
――ならば。
不意に、私のココロに呼びかけるものがありました。
・・・ ・・・・・・
――目の前にあるモノを喰らい、己が剣とせよ。
それに応じるように、駆動系の一部が再起動し、今やスクラップ同然の四肢に僅かな力が蘇ります。
ノイズ混じりの視界。
目の前にあったのは、私と同じに、ぼろぼろになった<バスター>。
真っ二つに折れた<ランス>。
ほとんど粉々の<ツインスティンガー>。
それはどれも、過去に私が作ったものでした。
私の代わりにご主人様を守ってくれるよう、願いをかけて作った、思い出の品々。
ご主人様が今日まで大事に使い続けてくれた、私の分身。
けれどそれももう、こんなにぼろぼろに壊れてしまっています。
武器が、泣いている。
ご主人様を守りきれなかったことを、私と同じに悔やんでいる。
私には、そんな風に見えました。
・・・ ・・・・・・
――ならば、目の前にあるモノを喰らい、己が剣とせよ。
再び、何かが私のココロに呼びかけました。
「……ぅわああああぁぁぁぁっ!!」
私はその呼びかけのままに吼え、目の前の武器たちにかぶりつきました。
それこそ飢えたけもののように、無我夢中で噛み砕きました。
呼びかけが、この金属の脳のどこかに最初からプログラムされていたものだったのか。
それとも、星霊さまのお導きだったのかはわかりません。
でも、今はその意志のままに――!
いとおしい私の分身たち。
これまで私のかわりにご主人様を守ってくれて、ありがとう。
あなたたちにはもう、仇なすものを払う力はないかもしれない。
だけど、お願い。
最後に、私にその怒りを、悔しさを、……立ち上がるための力を、分けてください――!
パーツにこもった想い出も、何もかもすべて。
全部まとめて咀嚼し、飲み下し、私の一部へと。
すべてを平らげた、その瞬間。
どくん。
脈絶え絶えだったフォトンリアクターが、大きな鼓動を打ちました。
「……あ……」
どくん。どくん。
リアクターの出力が上がってゆきます。
これは……過去に何度か、経験した感覚。
どくん。どくん。どくん。
出力はさらに上がってゆきます。
視界の隅に映った、私の『生産レベル』のステータス。
70を少し超えた程度だったはずのそれは、今の“食事”で大きく上昇し――
“レベル80”を指していました。
リアクターの中のエネルギーがスパークし、全身に流れてゆきます。
私のカラダがゆっくりと浮き上がり、淡い光が包みます。
<EVOLUTION>
SYSTEM RECONSTITUTING
STAND BY...START
光が、眩しく大きく広がってゆきました。
――真っ白な輝きの中。
ライトブルーの外皮が融けて、光の粒子になってゆきます。
今までカラダの奥底に蓄えられてきたエネルギーが、形を成してゆきます。
腕の、脚の感覚が延びて、広がっていって――。
カラダ全体が、何か別のものに変化してゆくのがわかります。
暖かい感触。
全身に溢れ出す力、力、力。
とどまることなく、とめどなく。
――これだけの力があれば。
ご主人様、今、おそばに!
「やああああぁぁぁぁっ!」
光をまとったまま、私は床を蹴り、ご主人様のほうへと向かって跳びました。
「ごぉ!?」
そのまま、進路上にいた金髪男にぶつかります。
今度の体当たりは男を吹き飛ばすだけの威力があったようで、
男は床を転がって、白いキャスト男の近く、壁際のコンテナに激突しました。
目の前には、傷だらけの身体を床に横たえるご主人様。
フォトンの輝きに包まれた私を、不思議そうに見つめています。
「ご主人様……」
私はその場に跪きます。
同時に、カラダを覆っていた光が薄れ始めました。
これまでの鉄の外皮とは違う、柔らかな感触が私のカラダを覆っていきます。
RECONSTITUTING COMPLETED.
PARTNER MACHINERY FOURTH FORM
“GH-410”
SYSTEM START.
きらきら舞い散る光の粉の中。
ご主人様が、あっけにとられたような表情で私の名前を呼びました。
「――まさか、おまえなのか?」
「はい。私です」
ご主人様の瞳に映った、微笑む私。
後頭部で二つにまとめた栗色の髪、大きな金色の眼、白い肌、赤く清らな花弁のドレス。
その姿は、ヒューマンの少女をそのまま小さくしたよう。
――そう。私は今、最後の進化を果たしたのです。
現在の型番はGH410。今までの形態とは違う、“戦うパートナーマシナリー”。
「ご主人様、たった今から、私は――私は、あなたの剣です!」