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「来るべき未来の為に・後編」(2009/06/13 (土) 14:14:33) の最新版変更点
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396 :来るべき未来の為に(71) :2007/09/28(金) 00:08:53.15 ID:lXVxKyrf
パパに続いて脱衣場に出てきた私は、よく乾燥したタオルで、入念に汗の混じったお湯を拭います。自分の汗とはいえ、汗臭いのはちょっと苦手です。
えっと、下着下着っと…あ、寝間着用は『アレ』しか残ってない。
私達パシリの衣類は、初期に基本セットがGRMから支給されます。
衣類の補充は有償ですが、パシリ専門ブティックがありますし、私服も出回っているのでおしゃれにも不自由しません。
私が『アレ』と呼んだ物は基本セットで届く寝間着で、セクシーな作りの黒いレースの下着上下とパジャマ代わりのキャミソール。
時々、基本セットの寝間着を使っていますが、これを着るとドキドキして寝付けなくなっちゃうので、あんまり使いません。
この2、3日は洗濯する時間が無かったし、もう替えもないし、我慢しようっと。
後回しにしろって言われたけど、替えの下着を確保する為に、乾燥機能付全自動洗濯機に溜まってた洗濯物を入れて動かし、黒いレースの下着セットを身につけます。
やっぱりドキドキしてきた。
あ、髪、乾かさないと。
「おい、まだか?」
「きゃっ!」
トランクス一丁のパパが、頭にタオルを乗せたまま、私を見下ろしています。
「み、み、見てた?」
「当たり前だろう、最初からいるんだ」
恥ずかしさのあまり両手を頬に当て、かぁ~っと全身が熱くなってピンク色に染まります。
し、下着着るところ、見られちゃった…
いきなり、ふわっ、と頭に乾いたタオルがかぶせられ、ざっと髪の水気を拭かれたかと思うと、お姫様抱っこで抱えあげられました。
「!な、な、なに?!」
おそるおそる頭のタオルを取ると、そこは既にパパの部屋。私を抱えたままのパパがベッドに腰かけました。
「?、パパ?、なに?」
気がつくと、私はかすかに震えていました。
「なに?じゃない。さっき言っていた、お前の無茶な『お願い』を叶えてやろうとしているんだが?」
えっ?今日、今、ここで?
ま、ま、待って!
さっき、返事をはぐらかされたせいで、心の準備が!
「言っておくが、今日のこの時間しかないぞ?普段は諜報部に筒抜けなんだからな。
普段、こんな事してみろ、向こうに全部バレて恥ずかしい思いをするだけだ」
そうだった、すっかり当たり前になっていたけど、パパと私は常時監視されているんだった。
「本当はな、ジュエルズもいないし、久しぶりにのんびり過ごそうと思って、開放時間を申請したんだけどな」
397 :来るべき未来の為に(72) :2007/09/28(金) 00:09:19.97 ID:lXVxKyrf
「じゃ、じゃあ、どうして…」
内心でひどく焦りながらも、私のお願いを、と続けようとしましたが、それをさえぎられました。
「お前はさっき言ったな?『『この世で一番最初のエッチはご主人様じゃなきゃヤダ!』ローザだってそう言ってる!』って」
「え、あ、うん…」
「まだ、ほんの少しだけ、ローザの意識が残っているんだろう?」
「うん」
「俺はな、さっきの言葉に自然と生まれたローザの本当の心を感じた。それなら、自分で自分に課した約束を果たそうと思ったんだ。
お前のお願いを叶える為にも、ローザの為にもな。
聞こえているか、ローザ」
あ、また、ローザの意識が同調する。ちょっと優先度を上げて、増幅してあげよう。
私の瞳の色が、410の色に変化していく。
『あ、ああ、ご主人様、ご主人さまぁ!会いたかった、ご主人様!』
私とは違う声色が口からあふれ、腕がパパの首に回されます。
「ごめんな、ローザ。お前の気持ちはずっと前から知っていたんだが、俺はそれに答えることは出来ない」
『いいんです、あなたの気持ちがわたしに向いていない事なんて、最初から知っていたんです。
それでもあなたはわたしを、家族としてですが、愛して下さいました。それだけで十分です。
そして今、あなたが望んでいた、わたしの本当の心であなたに告げることが出来ます。永遠に伝える機会を失った筈の言葉を。
愛しています、心から。PMであることなんて関係なく、一人の女として誰よりも』
ローザはそう言って、パパの唇と私の唇を重ね、長くも無く、短くも無い絶妙なタイミングで離します。
『そして、最後のわがままです。わたしにあなたを与えてください。わたしが消えてしまう前に、最後の思い出として』
無言で頷くパパ。
『さぁ、ロザリオ。あなたの番です』
あ、右目だけ元の色に戻ってく。
「え、でも…」
『貴女だって、本当はこの人を『女』として愛したいんでしょう?』
私の顔が一瞬にして真っ赤になりました。
「あう、あう、どうして言っちゃうかなローザは、もぅ…」
パパはすごく驚いた表情を浮かべました。
「そう、なのか、ロザリィ?」
パパが驚くのも当然です。私はそんなそぶりを一度もパパに見せないように、気をつけて振舞ってたんですから。
398 :来るべき未来の為に(73) :2007/09/28(金) 00:09:51.14 ID:lXVxKyrf
ここまで来たら、開き直るしかありません。
「そうよ!悪い?!
私だって、何時からか忘れたけど、本当はパパに娘としてじゃなくて一人の『女』として見てもらいたかったの!
自分の気持ちを伝えたくて、やっとキスの仕方覚えて!
昼間のお守りのキスだってすっごく勇気を振り絞ったんだよ?!
お風呂に誘ったのだって、抱いてって言ったのだって、すっごく怖くて、リアクターが止まっちゃうかと思ったんだから!
誰かを好きになるのが、こんなにつらいなんて!
誰かを愛するのがこんなに怖いなんて、思わなかったんだからっ!」
じんわりと涙が滲み、まぶたを閉じると、涙が頬を伝って流れ落ちます。
今まで溜め込んでいたパパへの想いの全てを、私は初めてパパに向かって吐き出しました。
「ほんとにこわいんだから…」
こんな時ほど、自分がただのパシリとして生まれて来たかったと、切に願います。
そっと涙を拭く、大きな手の感触が頬に伝わってきます。
「ありがとう、二人とも。こんな俺を愛してくれて」
目を開けると、やさしく微笑んだパパの、いえご主人様の顔がそこにありました。
「ん…」
震えながら再び目を閉じ、薄く開いてご主人様に唇を求めると、ゆっくりと重ねられました。
甘い口づけと抱擁、そして…
私はご主人様に『女』として抱かれました。
私にとってそれは、全てが初めての経験。
躯体の火照り、ブレインコアが焼きつきそうになるほどの快感、ご主人様と一つになれた事への幸福感。
内容は克明に憶えていますけど、倫理的に問題があるので詳しくは語れませんが、全てがすんなり行われた訳でもありません。
399 :来るべき未来の為に(74) :2007/09/28(金) 00:10:14.00 ID:lXVxKyrf
途中でご主人様は、私と交わるのを躊躇いました。
「俺の精子は95%以上がナノマシンに変換されていて、胎児にナノマシンコロニーを形成させる為の基礎として、母体に進入してコロニーを作り出す。
でも殆どの場合、女性の体内に入ったナノマシンは高速で肉体を侵食、相手の女性はその激痛に耐え切れず、ほぼ即死した」
だから、たとえパシリである私であっても、怖くて最後まで出来ない、と言って。
ご主人様の、女性に対する心の傷を垣間見た瞬間です。
「戦争中期の頃まで、俺は自然な次世代の『黄昏の一族』を生み出すために、何人もの女を抱かされた。
中には俺を慕って志願した一族の女性も何人か居たが、みんな俺の腕の中で冷たくなっていったよ。
俺が愛したあいつは、お前のママは、受胎不能な代わりにナノマシン浸食を受けない珍しい体質だったんだ。
俺から唯一、ぬくもりを奪わなかった女だった」
そう言って、苦い表情を浮かべていました。
ママを抱いた後、ざっと200年は女性と寝ていない、とも言っていました。
肌をあわせる事が誰かの死を招くという罪悪感を、今までずっと消すことが出来ずにいたのです。
だから、私は言いました。
「私はパシリだから大丈夫!それに私を気遣って、ご主人様が気持ちよくなるのを我慢してもらいたくない!私はご主人様の全てを受け止めたいの!」
私のこの言葉が無かったら、最後の最後まで抱き続けられなかっただろう、と、随分後になって聞かされました。
私の躯体に、根本的な変化があることにも気づきました。
私達パシリの大半は、体内に精子収集器と呼ばれる機器が組み込まれていて、男性のご主人様と交わった時に精子を収集する役割があります。
古い隊員規定には、当時多かった、独身男性隊員の血筋を残す手段として組み込まれた、とありますが、現在ではその規定は撤廃され、機器は意味を成していません。
今は、当時の設計の名残として、そのまま作り続けられています。
ところが私の場合、おそらく再誕時にでしょうが、ヒトの子宮にあたる受胎機構に再構築されていました。
試験的に受胎機構が導入されたパシリも存在しますが、元々量産品の私にその機構は存在していません。
その機構が私の躯体の中にあるという事実を知った時、ご主人様の子供が生めるという可能性に、幸せを感じました。
まだ機能的に未完成なのでご主人様の子供を生す事は出来ませんが、いずれはそれも可能になるでしょう。
でもこの事は、ご主人様には暫く秘密です。
400 :来るべき未来の為に(75) :2007/09/28(金) 00:10:45.58 ID:lXVxKyrf
甘い時間も終わりを告げる頃…
私の中から、ローザとママはいなくなりました。
ご主人様との想いを遂げたローザ、最後の記憶として愛する人と子を生す行為の全てを私に伝えたママ。
全てを終えたとばかりに、二人の意識は私の中から消えました。
今度生まれて来る時は幸せになってね、ローザ。
最後までありがとう、ママ。
二人とも、またね。
全てを終え、すぐに溜まってしまう内部廃熱を強制排出する為に、荒い息を何度もつく私。
熱が安全域に到達したところで起き上がり、私は喋りだします。
「もう、これで怖くないわ、ご主人様。例え誰かに襲われても、無理やり犯されても、私は私でいられる」
「お前、最初からそのつもりで…」
「ありがとう『父様(とうさま)』、私に勇気をくれて。そして、愛しています『ご主人様』。一人の女として、心から。」
私の口からは、『パパ』ではなく『父様』という呼び方が自然とこぼれます。私の中で、何かが変わったのでしょう。
父様は一瞬、複雑な表情を浮かべましたが、何も言いませんでした。
そして、父様の胸板に抱きつく私。
父様の激しい心臓の音が、私に聞こえてきます。
「ありがとう、ロザリィ。でも、お前の気持ちは受け止められても、受け入れられない」
険しい表情で父様が言いました。
「俺にとって、お前は『娘』なんだ。どんな事態になろうとも、例え、こうやって男女の関係を結ぼうともな」
「どうして?!私じゃ駄目なの?!抱かれただけじゃ駄目なの?!ヒトじゃないと駄目なの?!パシリじゃ駄目なの?!ねぇ!!」
私は、愛してるって告げたのに、『女』として抱かれたのに、父様はそれでもまだ自分の想いを受け入れてくれない、という事実を突きつけられ、発狂しかけました。
「どうして?!私はあなたのものになりたいのにっ!!!『女』として愛してもらいたいのにっ!!!!どうしてっ!!!!!」
絶叫する私を静める為か、父様は汗で濡れた私をしっかりと抱きしめます。
私の口からは、父様に抱きしめられるという精神的快感から、自然と甘い声が漏れ、発狂しかけた心がゆっくりと落ち着きます。
「すまん、こればかりはどうしても駄目だ。俺はあの日、自分に誓ったんだ。『PMのお前を自分の娘として育てる』と。誓いを破る事は出来ない」
静まった私に言い含めるように、静かに、ゆっくりと言う父様。
落ち着いた私はその言葉に愕然としましたが、その言い方に何かが引っかかります。
401 :来るべき未来の為に(76) :2007/09/28(金) 00:11:54.10 ID:lXVxKyrf
そして、父様が言いたかった『ある事』に気づきました。もしかしたら…
「じゃあ、一つだけここで約束して欲しいの」
「なんだ?」
「私がもしパシリじゃなくなって、それでも『父様を女として愛してる』って言ったら、私の愛を受け入れてくれる、って」
もしかしたら馬鹿にされて終わりかと思ったけど、『正解だ』と言わんばかりに、まじめに頷く父様。
「いいだろう、約束しよう。お前も忘れるなよ」
「うん」
父様は私に、自分の想いを叶えたいなら自分でパシリである事の壁を越えろ、そう言っていたのです。
普通なら、そんなむちゃくちゃな事を言うとなれば、それは「あきらめろ」と同義語ですが、父様は何かの根拠があって、私にはそれが可能なのだと信じている様子です。
それなら私は、自称100年後の『私』が言った、未来への可能性を信じます。
受胎機能から私の意識にだけ届く、私の躯体がまだ『大人』では無いという警告音が、私に希望を与えてくれます。
でも今は、希望や約束よりも、一秒でも長く愛する父様に『女』として抱かれていたい、という想いだけが心に満ちています。
想いを告げ、一線を越えた今なら、父様を求めることに遠慮するつもりはありません。
「折角だから、もっとしましょう?」
「おま、あのなぁ」
私の言葉に、あきれた様子の父様。
「今度は約束してくれたお礼に父様を、ううん、ご主人様を気持ちよくしてあげる。200年も溜めてるんでしょ?
この先、いつあなたと抱き合えるか分からないから、今日はいっぱいして、いっぱい気持ちよくなって。
私、あなたに『女』として抱いてもらえるなら、たとえ壊れるほど抱かれてもかまわない」
私は艶然とした笑みを浮かべて、ご主人様に濃厚なキスをします。
何かを言おうとして複雑な表情で考え込んでいましたが、私がキスをしたことで諦めたのか、小さく溜息をつくご主人様。
「分かった。そこまで言うなら、やらせてもらう。でも、俺もお前を気持ちよくさせるからな?」
「はい、ご主人様」
私のブレインコアが、快楽データの処理に耐え切れなくなって短時間の非常停止、いえ、数分間気絶するまでのほんのひと時、お互いの関係を忘れて抱き合う二人。
そこには、ただ快楽を求めるだけでは無い『何か』があったように感じました。
一線を越え、奇妙で複雑な関係になってしまった父様と私だけど、私は後悔してません。
私はこの時から、『娘』ではなく一人の『女』として、愛する『男』であるご主人様の、生涯の伴侶を目指すという決意を固めたのです。
たとえそれが棘の道であっても、100年かかったとしても、私は絶対、諦めません!
396 :来るべき未来の為に(71) :2007/09/28(金) 00:08:53.15 ID:lXVxKyrf
パパに続いて脱衣場に出てきた私は、よく乾燥したタオルで、入念に汗の混じったお湯を拭います。自分の汗とはいえ、汗臭いのはちょっと苦手です。
えっと、下着下着っと…あ、寝間着用は『アレ』しか残ってない。
私達パシリの衣類は、初期に基本セットがGRMから支給されます。
衣類の補充は有償ですが、パシリ専門ブティックがありますし、私服も出回っているのでおしゃれにも不自由しません。
私が『アレ』と呼んだ物は基本セットで届く寝間着で、セクシーな作りの黒いレースの下着上下とパジャマ代わりのキャミソール。
時々、基本セットの寝間着を使っていますが、これを着るとドキドキして寝付けなくなっちゃうので、あんまり使いません。
この2、3日は洗濯する時間が無かったし、もう替えもないし、我慢しようっと。
後回しにしろって言われたけど、替えの下着を確保する為に、乾燥機能付全自動洗濯機に溜まってた洗濯物を入れて動かし、黒いレースの下着セットを身につけます。
やっぱりドキドキしてきた。
あ、髪、乾かさないと。
「おい、まだか?」
「きゃっ!」
トランクス一丁のパパが、頭にタオルを乗せたまま、私を見下ろしています。
「み、み、見てた?」
「当たり前だろう、最初からいるんだ」
恥ずかしさのあまり両手を頬に当て、かぁ~っと全身が熱くなってピンク色に染まります。
し、下着着るところ、見られちゃった…
いきなり、ふわっ、と頭に乾いたタオルがかぶせられ、ざっと髪の水気を拭かれたかと思うと、お姫様抱っこで抱えあげられました。
「!な、な、なに?!」
おそるおそる頭のタオルを取ると、そこは既にパパの部屋。私を抱えたままのパパがベッドに腰かけました。
「?、パパ?、なに?」
気がつくと、私はかすかに震えていました。
「なに?じゃない。さっき言っていた、お前の無茶な『お願い』を叶えてやろうとしているんだが?」
えっ?今日、今、ここで?
ま、ま、待って!
さっき、返事をはぐらかされたせいで、心の準備が!
「言っておくが、今日のこの時間しかないぞ?普段は諜報部に筒抜けなんだからな。
普段、こんな事してみろ、向こうに全部バレて恥ずかしい思いをするだけだ」
そうだった、すっかり当たり前になっていたけど、パパと私は常時監視されているんだった。
「本当はな、ジュエルズもいないし、久しぶりにのんびり過ごそうと思って、開放時間を申請したんだけどな」
397 :来るべき未来の為に(72) :2007/09/28(金) 00:09:19.97 ID:lXVxKyrf
「じゃ、じゃあ、どうして…」
内心でひどく焦りながらも、私のお願いを、と続けようとしましたが、それをさえぎられました。
「お前はさっき言ったな?『『この世で一番最初のエッチはご主人様じゃなきゃヤダ!』ローザだってそう言ってる!』って」
「え、あ、うん…」
「まだ、ほんの少しだけ、ローザの意識が残っているんだろう?」
「うん」
「俺はな、さっきの言葉に自然と生まれたローザの本当の心を感じた。それなら、自分で自分に課した約束を果たそうと思ったんだ。
お前のお願いを叶える為にも、ローザの為にもな。
聞こえているか、ローザ」
あ、また、ローザの意識が同調する。ちょっと優先度を上げて、増幅してあげよう。
私の瞳の色が、410の色に変化していく。
『あ、ああ、ご主人様、ご主人さまぁ!会いたかった、ご主人様!』
私とは違う声色が口からあふれ、腕がパパの首に回されます。
「ごめんな、ローザ。お前の気持ちはずっと前から知っていたんだが、俺はそれに答えることは出来ない」
『いいんです、あなたの気持ちがわたしに向いていない事なんて、最初から知っていたんです。
それでもあなたはわたしを、家族としてですが、愛して下さいました。それだけで十分です。
そして今、あなたが望んでいた、わたしの本当の心であなたに告げることが出来ます。永遠に伝える機会を失った筈の言葉を。
愛しています、心から。PMであることなんて関係なく、一人の女として誰よりも』
ローザはそう言って、パパの唇と私の唇を重ね、長くも無く、短くも無い絶妙なタイミングで離します。
『そして、最後のわがままです。わたしにあなたを与えてください。わたしが消えてしまう前に、最後の思い出として』
無言で頷くパパ。
『さぁ、ロザリオ。あなたの番です』
あ、右目だけ元の色に戻ってく。
「え、でも…」
『貴女だって、本当はこの人を『女』として愛したいんでしょう?』
私の顔が一瞬にして真っ赤になりました。
「あう、あう、どうして言っちゃうかなローザは、もぅ…」
パパはすごく驚いた表情を浮かべました。
「そう、なのか、ロザリィ?」
パパが驚くのも当然です。私はそんなそぶりを一度もパパに見せないように、気をつけて振舞ってたんですから。
398 :来るべき未来の為に(73) :2007/09/28(金) 00:09:51.14 ID:lXVxKyrf
ここまで来たら、開き直るしかありません。
「そうよ!悪い?!
私だって、何時からか忘れたけど、本当はパパに娘としてじゃなくて一人の『女』として見てもらいたかったの!
自分の気持ちを伝えたくて、やっとキスの仕方覚えて!
昼間のお守りのキスだってすっごく勇気を振り絞ったんだよ?!
お風呂に誘ったのだって、抱いてって言ったのだって、すっごく怖くて、リアクターが止まっちゃうかと思ったんだから!
誰かを好きになるのが、こんなにつらいなんて!
誰かを愛するのがこんなに怖いなんて、思わなかったんだからっ!」
じんわりと涙が滲み、まぶたを閉じると、涙が頬を伝って流れ落ちます。
今まで溜め込んでいたパパへの想いの全てを、私は初めてパパに向かって吐き出しました。
「ほんとにこわいんだから…」
こんな時ほど、自分がただのパシリとして生まれて来たかったと、切に願います。
そっと涙を拭く、大きな手の感触が頬に伝わってきます。
「ありがとう、二人とも。こんな俺を愛してくれて」
目を開けると、やさしく微笑んだパパの、いえご主人様の顔がそこにありました。
「ん…」
震えながら再び目を閉じ、薄く開いてご主人様に唇を求めると、ゆっくりと重ねられました。
甘い口づけと抱擁、そして…
私はご主人様に『女』として抱かれました。
私にとってそれは、全てが初めての経験。
躯体の火照り、ブレインコアが焼きつきそうになるほどの快感、ご主人様と一つになれた事への幸福感。
内容は克明に憶えていますけど、倫理的に問題があるので詳しくは語れませんが、全てがすんなり行われた訳でもありません。
399 :来るべき未来の為に(74) :2007/09/28(金) 00:10:14.00 ID:lXVxKyrf
途中でご主人様は、私と交わるのを躊躇いました。
「俺の精子は95%以上がナノマシンに変換されていて、胎児にナノマシンコロニーを形成させる為の基礎として、母体に進入してコロニーを作り出す。
でも殆どの場合、女性の体内に入ったナノマシンは高速で肉体を侵食、相手の女性はその激痛に耐え切れず、ほぼ即死した」
だから、たとえパシリである私であっても、怖くて最後まで出来ない、と言って。
ご主人様の、女性に対する心の傷を垣間見た瞬間です。
「戦争中期の頃まで、俺は自然な次世代の『黄昏の一族』を生み出すために、何人もの女を抱かされた。
中には俺を慕って志願した一族の女性も何人か居たが、みんな俺の腕の中で冷たくなっていったよ。
俺が愛したあいつは、お前のママは、受胎不能な代わりにナノマシン浸食を受けない珍しい体質だったんだ。
俺から唯一、ぬくもりを奪わなかった女だった」
そう言って、苦い表情を浮かべていました。
ママを抱いた後、ざっと200年は女性と寝ていない、とも言っていました。
肌をあわせる事が誰かの死を招くという罪悪感を、今までずっと消すことが出来ずにいたのです。
だから、私は言いました。
「私はパシリだから大丈夫!それに私を気遣って、ご主人様が気持ちよくなるのを我慢してもらいたくない!私はご主人様の全てを受け止めたいの!」
私のこの言葉が無かったら、最後の最後まで抱き続けられなかっただろう、と、随分後になって聞かされました。
私の躯体に、根本的な変化があることにも気づきました。
私達パシリの大半は、体内に精子収集器と呼ばれる機器が組み込まれていて、男性のご主人様と交わった時に精子を収集する役割があります。
古い隊員規定には、当時多かった、独身男性隊員の血筋を残す手段として組み込まれた、とありますが、現在ではその規定は撤廃され、機器は意味を成していません。
今は、当時の設計の名残として、そのまま作り続けられています。
ところが私の場合、おそらく再誕時にでしょうが、ヒトの子宮にあたる受胎機構に再構築されていました。
試験的に受胎機構が導入されたパシリも存在しますが、元々量産品の私にその機構は存在していません。
その機構が私の躯体の中にあるという事実を知った時、ご主人様の子供が生めるという可能性に、幸せを感じました。
まだ機能的に未完成なのでご主人様の子供を生す事は出来ませんが、いずれはそれも可能になるでしょう。
でもこの事は、ご主人様には暫く秘密です。
400 :来るべき未来の為に(75) :2007/09/28(金) 00:10:45.58 ID:lXVxKyrf
甘い時間も終わりを告げる頃…
私の中から、ローザとママはいなくなりました。
ご主人様との想いを遂げたローザ、最後の記憶として愛する人と子を生す行為の全てを私に伝えたママ。
全てを終えたとばかりに、二人の意識は私の中から消えました。
今度生まれて来る時は幸せになってね、ローザ。
最後までありがとう、ママ。
二人とも、またね。
全てを終え、すぐに溜まってしまう内部廃熱を強制排出する為に、荒い息を何度もつく私。
熱が安全域に到達したところで起き上がり、私は喋りだします。
「もう、これで怖くないわ、ご主人様。例え誰かに襲われても、無理やり犯されても、私は私でいられる」
「お前、最初からそのつもりで…」
「ありがとう『父様(とうさま)』、私に勇気をくれて。そして、愛しています『ご主人様』。一人の女として、心から。」
私の口からは、『パパ』ではなく『父様』という呼び方が自然とこぼれます。私の中で、何かが変わったのでしょう。
父様は一瞬、複雑な表情を浮かべましたが、何も言いませんでした。
そして、父様の胸板に抱きつく私。
父様の激しい心臓の音が、私に聞こえてきます。
「ありがとう、ロザリィ。でも、お前の気持ちは受け止められても、受け入れられない」
険しい表情で父様が言いました。
「俺にとって、お前は『娘』なんだ。どんな事態になろうとも、例え、こうやって男女の関係を結ぼうともな」
「どうして?!私じゃ駄目なの?!抱かれただけじゃ駄目なの?!ヒトじゃないと駄目なの?!パシリじゃ駄目なの?!ねぇ!!」
私は、愛してるって告げたのに、『女』として抱かれたのに、父様はそれでもまだ自分の想いを受け入れてくれない、という事実を突きつけられ、発狂しかけました。
「どうして?!私はあなたのものになりたいのにっ!!!『女』として愛してもらいたいのにっ!!!!どうしてっ!!!!!」
絶叫する私を静める為か、父様は汗で濡れた私をしっかりと抱きしめます。
私の口からは、父様に抱きしめられるという精神的快感から、自然と甘い声が漏れ、発狂しかけた心がゆっくりと落ち着きます。
「すまん、こればかりはどうしても駄目だ。俺はあの日、自分に誓ったんだ。『PMのお前を自分の娘として育てる』と。誓いを破る事は出来ない」
静まった私に言い含めるように、静かに、ゆっくりと言う父様。
落ち着いた私はその言葉に愕然としましたが、その言い方に何かが引っかかります。
401 :来るべき未来の為に(76) :2007/09/28(金) 00:11:54.10 ID:lXVxKyrf
そして、父様が言いたかった『ある事』に気づきました。もしかしたら…
「じゃあ、一つだけここで約束して欲しいの」
「なんだ?」
「私がもしパシリじゃなくなって、それでも『父様を女として愛してる』って言ったら、私の愛を受け入れてくれる、って」
もしかしたら馬鹿にされて終わりかと思ったけど、『正解だ』と言わんばかりに、まじめに頷く父様。
「いいだろう、約束しよう。お前も忘れるなよ」
「うん」
父様は私に、自分の想いを叶えたいなら自分でパシリである事の壁を越えろ、そう言っていたのです。
普通なら、そんなむちゃくちゃな事を言うとなれば、それは「あきらめろ」と同義語ですが、父様は何かの根拠があって、私にはそれが可能なのだと信じている様子です。
それなら私は、自称100年後の『私』が言った、未来への可能性を信じます。
受胎機能から私の意識にだけ届く、私の躯体がまだ『大人』では無いという警告音が、私に希望を与えてくれます。
でも今は、希望や約束よりも、一秒でも長く愛する父様に『女』として抱かれていたい、という想いだけが心に満ちています。
想いを告げ、一線を越えた今なら、父様を求めることに遠慮するつもりはありません。
「折角だから、もっとしましょう?」
「おま、あのなぁ」
私の言葉に、あきれた様子の父様。
「今度は約束してくれたお礼に父様を、ううん、ご主人様を気持ちよくしてあげる。200年も溜めてるんでしょ?
この先、いつあなたと抱き合えるか分からないから、今日はいっぱいして、いっぱい気持ちよくなって。
私、あなたに『女』として抱いてもらえるなら、たとえ壊れるほど抱かれてもかまわない」
私は艶然とした笑みを浮かべて、ご主人様に濃厚なキスをします。
何かを言おうとして複雑な表情で考え込んでいましたが、私がキスをしたことで諦めたのか、小さく溜息をつくご主人様。
「分かった。そこまで言うなら、やらせてもらう。でも、俺もお前を気持ちよくさせるからな?」
「はい、ご主人様」
私のブレインコアが、快楽データの処理に耐え切れなくなって短時間の非常停止、いえ、数分間気絶するまでのほんのひと時、お互いの関係を忘れて抱き合う二人。
そこには、ただ快楽を求めるだけでは無い『何か』があったように感じました。
一線を越え、奇妙で複雑な関係になってしまった父様と私だけど、私は後悔してません。
私はこの時から、『娘』ではなく一人の『女』として、愛する『男』であるご主人様の、生涯の伴侶を目指すという決意を固めたのです。
たとえそれが棘の道であっても、100年かかったとしても、私は絶対、諦めません!
6 :来るべき未来の為に(77):2007/09/29(土) 03:09:03.38 ID:xGMTcrjw
その日は、珍しく夢を見ました。
夢と言っても、普段の生活を圧縮したような内容です。
夢の中で父様にお休みを言って、夢の中でも私は寝ています。
ところが、私の意思とは関係なく躯体が起き出し、パジャマから見たことも無い服に着替え始めます。
その後、いつも使っている化粧セットを取り出して使い始めました。
何やってるんだろ、私。
化粧セットが入っている箱には鏡がついていて、それで確認しながら化粧しているのですが、鏡が映した私の目は赤い色じゃなくて、明るめの琥珀色。
ファンデーションを薄く塗り、私が持っているはずの無い色の口紅をつけます。
それが終わると、父様の部屋に向かって行きます。
床に座って武器の手入れをしている父様。視界に入った時計が午前2時を指しています。
「どうした、寝付けないのか?」
こちらも見ずにそう言う父様。
『遅くまで熱心ね、あなた』
こ、この声って…
「!、なんだ、お前か。驚かすなよ」
一瞬、驚いて振り返ったものの、ほっとした様子で再び手入れを始める父様。
『ごめんなさい、あなた。
今日はロザリィも疲れていて、睡眠レベルが深いから、何とか動けます』
やっぱり、母様だ。
どうも、これが初めてじゃないみたい。
「『死者は生者に干渉するべきではない』と言っていたのに、娘の事はやっぱり心配か?」
からかうような口調の父様。
『子を心配しない親なんて、親ではありません』
軽く怒った調子で、ぷいと横をむく視界。
7 :来るべき未来の為に(78):2007/09/29(土) 03:09:39.13 ID:xGMTcrjw
「そう腹をたてるな。それは俺も同じ意見だ。
で、話があるんだろう?」
『ええ、ちょっとあなたには言いにくいのですけど、話さないといけない事が』
視線が戻り、父様をまっすぐ見据えます。
「あまり口にしたくない内容のようだな?」
『そう言わないで下さい。私も気が重いんです』
無言で先を促す父様に、ゆっくりとママが話し始めます。
『ロザリィはあなたに恋しています。近いうちにあなたを男として求め、抱いて欲しいと願うでしょう。
これはほぼ確実です』
「……勘弁してくれ、全く」
そう言って、天井を仰ぎ見る父様。
「俺に恋してる?抱いて欲しい?
俺の『父親』としての立場はどうなるんだよ」
武器の手入れを終え、汚れた手で頭をかきむしる父様の肩に、そっと手をかける。
『あなたの性格は、私も良く知ってます。でも、今度のお願いだけは、あなたの信念を曲げてでも叶えてあげて』
私、いえ、母様に向き直る父様。
「ローザ、それは倫理的に問題があるぞ」
『ロザリィは血も繋がっていないし、しかもPMです。倫理的に問題はありません。
あの子との関係に問題が生じ、あなたの心にしこりとなって残る事まで解決しないのは、わたしも理解してます。
でも、あの子にはあなたしかいません。
存在の全てを受け入れてくれる、たった一人の愛する人なのですから』
8 :来るべき未来の為に(79):2007/09/29(土) 03:10:25.49 ID:xGMTcrjw
その言葉に唸りながら、押し殺した声で話す父様。
「ローザ、お前はそれでいいのか?血の繋がりは無くても、夫が『娘』と決めた存在が、夫である俺に『女』として抱かれる事態を許せるのか?妻として」
『…わたしはロザリィに、あなたと共に人生を過ごしてもらって、わたしの分まで幸せになってもらいたい。その為になら、私は許します』
「ローザ…」
『わたしはあの子に、自分が果たせなかった願いを、代わりに果たしてもらいたい。その可能性を秘めているのだから』
驚愕の表情で固まる父様。
「『願い』って、まさか…受胎機能が、あるのか?
あいつは…あいつは量産機だぞ?!カスタムモデルじゃないんだ!
千体ほど試験導入されたのは知っているが、それは15年前の話だ!しかも、確実性に乏しくて危険性も高い、という事から、今じゃ導入する奴は変態扱いの代物だぞ!」
何かに気がついたのか、怒気をはらんだ表情になる父様。
「まさか、再誕時に干渉したのか!お前は!」
『はい。わたしの遺伝情報を元に、ヒューマンに近いタイプの、機能障害の無い健康な状態の子宮ユニット情報を設計・入力しました。
あの子の躯体が、一定年数の経過、又は、何らかの要因でヒトの成人女性の平均身長に近づいた時、正常に機能が活動するように設定されています』
「何故、そんなことを…」
それだけを、喉の奥から搾り出すように呟く父様。
『それが、あなたとあの子に残せる、本当に最後の贈り物だから』
父様の顔から怒気が消えます。
『わたしとしては、あの子とあなたが結ばれて欲しいけど、例えそうならなかったとしても、わたしはあの子に、命を作り出せる『母』になってもらいたい』
「…………俺以上の親バカだよ、お前は」
しんみりとした表情をかすかに浮かべた父様。
ノイズが走り、世界が一瞬ぶれるような感覚。
9 :来るべき未来の為に(80):2007/09/29(土) 03:10:57.74 ID:xGMTcrjw
『あなたとこうして話せるのは今日が最後でしょう。
ここにいるわたしは昔日の思い出、もうあなたの心を縛り付ける存在ではありません。
だから、今まで私に向けていてくれた『愛する心』をロザリィに向けてあげて下さい。
わたしに注げなかった分のその心を、あの子に注いであげて』
「本当にそれでいいんだな?」
『はい』
「………分かった。俺なりのやり方になるが、それだけは勘弁してくれ」
それ以上は何も言わず、わずかな間だけそっと抱き合う感触。
『今までロザリィに黙っててくれてありがとう。またね、あなた。いつか再び出会う、その時まで』
部屋を飛び出し、私の部屋に移動する視界。
心は乱れ、思慕と別れのつらさが胸を満たします。
「さよなら、あなた…え?あ、夢…」
私は、自分の寝言に目を覚ましました。
頬には流れ落ちる涙、目の前には、腕を私の枕にしてくれている、父様の寝ている姿。
父様から匂う、まだ強く残るボディソープの香りが、二度目の入浴から大して時間が立ていないことを教えてくれます。
父様を起こさないようにそっと起き出し、自分の部屋にある化粧セットの箱を確認します。
使ったことの無い隠し引き出しを開けると、夢で見た口紅があります。
部屋を探すと、小さな収納の奥に、隠すようにしまわれている、夢で見た服がちゃんとありました。
「…………、母様、ずるいよ、自分の想いまで全部私に押し付けて逝っちゃうなんて………でも、ありがとう。ずっと見守っててくれて」
服を抱きしめて顔を埋めると、服に残った自分の匂いに一瞬だけ、ありもしない母様の匂いを感じた気がしました。
パサリ…
?、なんだろ。手紙?
服の中から落ちたのは、封筒です。
宛名には「親愛なる我が娘へ」、差出人は「心の母より」と書かれています。
母様からの手紙…
しっかり封が成されていたので、ちぎって開封します。
12 :来るべき未来の為に(81):2007/09/29(土) 03:20:59.19 ID:xGMTcrjw
「親愛なる我が娘、ロザリオ・ブリジェシーへ
この手紙を何時見つけ、読むかは分かりませんが、あなたが元気にやっている事を願います。
こんな形であなたに秘密を打ち明けなければならないのは残念ですが、最後まで読んでください。
わたしは、あなたの中にデータとして転送されてから、時折、あなたの意識が無いときに身体を使用していました。
勝手な事だとは思いましたが、あなたの住む現代の環境、世界情勢などの情報を収集するためです。
集めた情報は、わたしが空き領域で処理して、わたしのデータと併せて少しずつあなたのデータベースに蓄積していきました。
メタモルフォーゼ時の事故によって、失ったり欠けてしまっていた情報は、これでかなり復元されているはずです。
そして、最後の情報は、あなたが愛する人と想いを遂げる時にだけという起動条件を設定して、わたしの意識と共に封印してあります。
封印が解かれれば、わたしの意識は最後の役目を果たし、消え去ります。
それがいつかは分かりませんが、その時が来る事を切に願っています。
それから、あなたがわたしの夫であり、あなたのパパである、あの人に恋をしていることをわたしは知っています。
もし、その想いが変わらないようであるならば、わたしの切なる願いを叶えて下さい。
わたしはあの人に、血の繋がった子供を抱かせてあげたいのです。
あなたの体内に、わたしの遺伝情報を元に、ヒューマンに近いタイプの、機能障害の無い健康な状態の子宮ユニット情報を設計・入力しました。
ユニットも卵細胞も、あなたの人工細胞をベースに精製するように調整してあるので、その点は心配しないで下さい。
あなたが再誕した事で、既に体内に基本機構が出来上がっているはずです。
このユニットは、あなたが一定年数を経過するか、その躯体サイズがヒトの成人女性に近くならなければ完成されないように、安全装置としてロックがかけてあります。
万が一、それ以前に関係を持ったとしても、子を生す事は出来ません。
これはわたしの我儘です。
もし、重荷に感じるならば、子宮ユニットを摘出してしまってもかまいません。それはそれで仕方の無いことです。
ですが、あなたの想いがあの人から他の人に替わったとしても、私はあなたに『母』になってもらいたい。
たとえ、その身に宿した命が、あの人の子供でなかったとしても。
そのユニットが、わたしからの、本当に最後の贈り物です。
マシナリーやヒューマンなどという区分ではなく、『女』としてのあなたに贈れる最後の物です。
叶うことなら、あの人と末永く、わたしの分まで、夫婦として幸せに暮らして下さい。
あなたとあの人に末永く星霊のご加護があらんことを。
心の母、ローザ・トラッケン・フリューゲルより」
13 :来るべき未来の為に(82):2007/09/29(土) 03:21:50.86 ID:xGMTcrjw
読み終えた私の表情は、不思議と苦笑いが浮かんでいました。
死んでも心配性な母様よね。今でもこんなに父様のこと心配して、愛していたんだ。
それに、私のことも。
やっぱり、かなわないなぁ。
そして、私に心残りである、その想いの全てを託した。普通、そこまで出来ません。
私はとっくに覚悟を決めています。
見守っててください、母様。絶対に父様、ううん、あの人に、私との子供を抱かせてあげるから。
女の子だったら、名前は絶対『ローザ』ってつけちゃいますからね。
手紙を私専用のナノトランサーに仕舞い、父様の寝ているベッドに戻ります。
再び腕枕に頭を乗せて眠ろうとすると、父様が寝返りを打って、私を抱きしめました。
「…父様?」
そっと声をかけましたが、どうやら眠っているようです。
顔を覗き込むと、今まで見てきた寝顔とは違って、完全にリラックスした表情です。
まるで、安心しきって眠る、子供のようです。
少しだけ笑みを浮かべて、私の愛称を呟きます。
一体どんな夢を見てるんだろう?なんだかとっても楽しそうです。
父様のぬくもりが気持ちよく、自然に身体を摺り寄せます。
すると、すぐに私も眠くなってきたので、目を閉じます。
また、夢が見れるかなぁ。
見れたのなら、夢の中でも、父様と一緒がいいなぁ…
32 :来るべき未来の為に(83):2007/09/29(土) 14:28:42.91 ID:xGMTcrjw
翌朝、コロニー標準時の0500頃。
ピピ、ピピ、ヴュゥン!
ビジフォンがリモートコントロールで強制起動します。
「朝早くごめんなさい、緊急召集――――」
朝っぱらからマヤさんが連絡してきたのですが、そこまで言って急に視線を外しました。
「ご、ごめんなさい、間が悪かったようね」
「―――気にすることは無い。せがまれて一緒に寝ていただけの事だ」
上はTシャツ、下は半ズボンのパジャマという格好の父様が身体を起こし、ベッドの上で胡坐をかきながら言いました。
夕べの事なんて、微塵も感じさせません。
一緒のベッドで寝ていた私は寝ぼけ眼で起き上がって、父様の胡坐をかいた足によじ登り、股座の所にぺたんと座ります。
今の私の格好は、ちょっとだらしないです。
寝ている時はいつも髪の毛を下ろしているのですが、夕べは乾かしただけで寝ちゃったので髪はばさばさ、それをそのまま背中に流しっぱなし。
寝相が悪かったのか、小さなデフォルメラッピーがいっぱいプリントされた、パシリ用パジャマの襟がずれて、私の細い肩がむき出しになっています。
おまけに半眼で眠たそうな表情に加え、少し寝ぼけているせいでにやけた表情が混ざっています。
まぁ、人によってはこれだけでも誤解しますねぇ。誤解じゃないんですけど………ああ、眠い。
「マヤさん、おはようございま…スピー」
はっ、いけない、これじゃ二度寝してしまう。
自分で頬を軽く叩き、気合を入れます。
画面の向こうではマヤさんが、「そういう趣味は無いって言ってたはずよね」とか、ぶつぶつ言ってますが…
「緊急招集なんだろ?」
父様の言葉にはっとして、頷きます。
「急いで本部のブリーフィングルームまで来て!あなたもね」
あれ、父様だけじゃないの?
「ほえ?私も?」
「了解、5分で行く」
通信はそこで切れ、私達はあわただしく準備を始めました。
既に用意しておいた新しい服をナノトランサーで着て…あ、ヘアメイク用のデータ、更新してないから使えなくなってる!
どうしよう、自分でも出来るけど、時間かかるし、急いでるのに!
33 :来るべき未来の為に(84):2007/09/29(土) 14:29:15.23 ID:xGMTcrjw
突然、後ろから私の髪を束にまとめる大きな二つの手。
襟元近くで一つにまとめると、細い何かでくくられ、尻尾みたいにされました。
「はぇ?!」
「今はこれで我慢しておけ」
振り返って見上げると、着替え終わり、細い布を口に咥え、手櫛で髪をまとめている父様の姿。
慣れた手つきで細い布を巻きつけ、長い髪を結わえていつもの尻尾みたいな髪型にします。
「急げ」
父様はそう言って走り出します。
「まってよ~」
そう言いつつ後ろを追いかけます。
背中を見上げならが父様の後ろを走る私。
父様の背中でゆれる髪型に目が行き、無意識に自分の後頭部に手を伸ばします。
父様とお揃いの髪型なんて、ちょっと不思議な感じです。
朝早いせいか、転送時間も短くすんで、通信が切れてから3分ほどでブリーフィングルームに着きました。
父様の顔を見ると、説明する時間も惜しいらしく、すぐさま手元で何か操作するマヤさん。
部屋にあるホロ・ディスプレイが起動して、映像が出ました。
「…これは?」
映し出されたのは、どこかの宇宙港のようです。
「コロニー標準時0455の、ここの宇宙港の映像よ。
よく見てて、貨物船が一隻入るわ…ここよ」
マヤさんの手によって、リアルタイムで映像の一部が拡大化されます。
貨物船は一番目立たない場所に接岸して、コンテナを下ろし始めて…接岸用連絡橋から、二人ほど人が降りてます。
カメラが切り替わると今度は通路を歩く二人の人物が映り、少し荒い映像ながらも顔がはっきりと写りました。
「これを画像処理すると…」
「あ、このひと!」
クバラ420のログデータにあったビス男です。
34 :来るべき未来の為に(85):2007/09/29(土) 14:29:40.39 ID:xGMTcrjw
「男はビーストで、名前をフランツ・ブラウナード。クバラ市登録の個人商で、多品目販売とリサイクル業の看板を掲げている何でも屋よ。
隣を歩いているのは、同じくビーストの男性で彼の助手兼操舵手のジェフ・リー。
入港目的はモトゥブ産生鮮食料品と一部電子製品の卸し、ジャンクパーツの下取りよ。
でも、実態は違法アイテムの取引と盗んだPMの不正売買。
問題は、ここを出港するまでに捕らえないといけないって事」
「正面から行けない理由は?」
父様がそう言うのと同タイミングで、カメラが二人を追って、繁華街の映像に切り替わります。
「察しはつくでしょ?」
「…不正取引している証拠が無い。ならば、現場を押さえて現行犯逮捕―――機動警備部じゃ、いつもの事だ。
で、舞台を作ってあるのか、それとも取引場所を押さえてあるのか、どっちだ?」
「後者よ。昨日提出されたデータに、今日の取引予定があったの。
取引品目は、分解されてジャンクパーツに偽装されたPMが700体、クバラ市から違法アイテムとして申請のあったクバラPMデバイスが15種類で総数約千ダース。
後はキャスト用違法麻薬デバイスが5種でほぼ同数。
最低末端価格は約五億五千万メセタ。
人身売買が含まれていない事だけが救いかしらね」
ギリッ、という父様の歯軋りが聞こえましたが、マヤさんには届いていないようです。
「――そう言えば、教官達はどうした?ライアなら飛びつくネタだろ」
何かを飲み込んでから父様がそう尋ねると、マヤさんは首を横に振ります。
「二人ともイルミナスの捜査で動いているの。
私も急ぎの研究で手が離せなくて」
「他の動員は?まさか俺だけじゃないだろう?」
「そのまさかよ。殆どのルウも出払っているし、昨日の他のガーディアンズ達は、あれからモトゥブ各地に追跡調査で借り出されちゃってて、まだ帰ってきてないの。
それで、たまたま非番で残っていたのが、あなただったって訳。
説明に来てるあたしだって、ネーヴ先生から麻薬デバイスのデータ解析を回されなかったら、この件はぜんぜん知らなかったのよ。
非番だったのに、呼び出してごめんなさい。でも他には、詳しい説明を省ける隊員が残ってなかったから」
「緊急事態に非番なんて関係ないだろ。
―――で、取引時刻と場所は?」
「ええっと、今から40分後の貨物集荷場最下層エリア、A-8倉庫。
これ以上動員できないから、念の為に、総務部から貨物集荷場の上級管理権限を貸してもらっておいたわ」
マヤさんはそう言って、データパスを父様に渡しました。
35 :来るべき未来の為に(86):2007/09/29(土) 14:30:06.70 ID:xGMTcrjw
父様はすぐに携帯端末で移動ルートを検索してましたが、おもむろに手近な壁を叩きました。
「くそ、生きている安全経路を移動しても、取引時間に間に合わない!
最短だと、SEED達がうようよいる、危険度S2の連絡通路を突破するしかないぞ!」
マヤさんもその言葉を聞いて、あわててチェックします。
「…これ、使えないかしら」
そう言って、ホロ・ディスプレイに表示したのは、一本のリニアライン。
螺旋状に外壁内を走り、貨物集荷場集中管理室まで続いています。確かに、ここからなら転送キューブで最下層まで移動できます。
でも、この路線はSEEDクリーチャーが占領していて、封鎖されています。
「それも考えたが、走って行ったんじゃ、大差ない」
「それが、いいものがあるの」
そう言ってナノトランサーから取り出したのは、エアボード。
「たかが最高時速60km程度の代物じゃ、どっちにしろ間に合うわけが無い」
父様の言葉は尤もですが、マヤさんは自身満々にパパに手渡します。
「これに限っては、大丈夫よ。ほら、ここを見て」
マヤさんが指差した場所には『E・ウェーバー』と名前が刻まれています。
「『E・ウェーバー』…イーサン・ウェーバーか?」
「そう、彼の改造エアボード。PP消費は大きいけど、時速100kmは出したそうよ」
あ、パシ通で読んだ事があります。何でも、巫女様の乗ったリムジンの前に、改造エアボードでわざと飛び出して姿を見ようとしたんだとか。
でも、失敗してリムジンに轢かれたって話です。
「エアバイクを調達する時間もないし、連絡通路を通っていっても、時間はぎりぎりだしな。
これなら、まだ分があるか」
挨拶もそこそこに、ブリーフィングルームを飛び出す父様。
「いってきま~す」と、後に続く私。
手を振るマヤさんを尻目に、私は父様を追いかけます。
36 :来るべき未来の為に(87):2007/09/29(土) 14:30:31.69 ID:xGMTcrjw
私達はその足で連絡通路へと駆け込み、リニアラインの路線までパノン達などを無視して移動します。
プラットホームに着くと、エアボードを取り出して起動させる父様。
「流石に、お前を連れて行くのは…無理じゃないか?」
パパが困った顔で私を見るので、手招きしてしゃがんでもらいました。
「なんだ?」
「そのまま…よいしょっと」
「…本気か、ロザリィ。落ちても知らんぞ?」
そう、私は父様の背中におんぶしているのです。首にしっかりと腕を回し、背中に張り付きます。
「さ、いきましょ~」
「こうなりゃ自棄だ!ロザリィ、振り落とされるなよ!」
父様はゴーグルを取り出してかけると、ボードに乗ります。
「行くぞ!」
アクセルを踏み込むと、すごい勢いで加速を始めました。そして、プラットホームを飛び降ります。
すぐに安全用のエアロック扉が見えましたが、このスピードに反応し切れていないらしく、隙間が開いたばかりです。
ぶつかる!と思って目を閉じましたが、間近を何かが通り過ぎる音が聞こえ、再び風切り音になりました。
「ふ~、やばかった」と、父様の声
どうやら隙間をすり抜けたようです。
時折、SEEDクリーチャーの反応がレーダーに映りますが、この速度には追いつけないようです。
瓦礫をすり抜け、時にはジャンプしてかわし、時折エアボードの技も加えつつ、低重力エリアでは壁や天井も走って、障害物を越えていきます。
目まぐるしく状況が変化する路線を、時速100kmを維持したまま駆け抜けていく私達。
37 :来るべき未来の為に(88):2007/09/29(土) 14:30:53.26 ID:xGMTcrjw
しがみつくので精一杯の私ですが、ちらっと見た父様の横顔は、とても楽しそうに見えました。
「ボードにな!」
「え?」
「ボードに乗るのなんて、モトゥブの極北で暮らしてた50年前にやったきりだ!
久々だが、こんなに楽しいものだとは思わなかったよ!」
「そうなの?」
「ああ!いやっほ~ぅ!!」
通路全体を使ったバレルロールでSEEDクリーチャーをよけながら、父様が叫びます。
ここを過ぎれば、もうすぐ出口のはずです。
ピピ、ピピ
父様の通信機が鳴ってる。
すぐに通信に出る父様。
「…ああ、俺だ………そうか、何とかする」
『無茶しないで!』
マヤさんの怒鳴り声が聞こえてきて、通信を切る父様。
「出口のまん前にSEEDヴィタスが陣取ってるんだとさ」
「どうするの?」
「こうする」
光属性のジョギリを取り出し、切っ先を下にしてボードの前に出し、刃を進行方向に向け、握りを上にして垂直に構えるパパ。
左腕は、ジョギリを固定するためにフォトンの峰に押し当てています。
もう、SEEDヴィタスが視界に入りました。
「いけぇぇぇ!!」
父様はエアボードのアクセルを目いっぱい踏む込み、限界まで加速。
38 :来るべき未来の為に(89)日:2007/09/29(土) 14:31:34.25 ID:xGMTcrjw
110、120、130、138km!
まさか、突撃?!
「え、ちょっと、それは無茶!」
文句を言おうにも、SEEDヴィタスはもう目の前です!
ぶつかる!
そう思って、ぎゅっと目を閉じた直後。
ズダン!!!キュキュ―――――――――ッ…………
何かを吹き飛ばした音と、エアボードの静止音が路線の壁に反響し、私の聴覚ユニットに届きました。衝突時に、よく転ばなかったものです。
「――っくぅ~、う、腕が、腕が!」
左腕を押さえている父様。まさか、骨でも折れた?それとも、切り落としたんじゃ?!
「父様!」
「腕が、痺れた!」
私はそれを聞いてズッコケ、父様の背中から落っこちました。
「と、父様ぁ~」
私は萎えた気力を振り絞って、なんとか立ち上がりました。
「なんだ?」
左腕を振りながら、しかめっ面の父様。
「こんな所で、そんなギャグしないでよぅ」
「別段、そんなつもりは無いぞ?心底、痺れて困ってるんだアデデデ」
はぁ、やれやれです。
結局ヴァンスは、すごい勢いで突っ込んでくる私達から逃げようとして、身体半分を床に潜めたところへエアボードが通過。
俗に頭部と呼ばれる部分を縦真っ二つに切り飛ばされ、蒸発し始めています。
「さて、急ぐぞ」
エアボードをナノトランサーに仕舞って、私達は走り出します。
残り時間は、あと8分を切りました。
77 :来るべき未来の為に(90):2007/09/30(日) 18:54:46.51 ID:cftEJtqw
プラットホームを駆け抜け、連絡通路を抜けきった時には残り時間あと6分になってました。
目の前には、貨物集荷場集中管理室です。
ノックもせずに飛び込むと、二人いたキャストの管理職員が驚いて立ち上がりました。
「な、何事ですか?」
「機動警備部の者だ!密輸と違法商品取引の情報が入ったので、本日の貨物集荷場最下層A-8倉庫に移送される貨物全てに臨検を行う!
最高レベルのスキャニングを直ちに実行し、報告を求める!」
「それを行うには、上級権限のデータパスが必要ですが…」
ご主人様がもどかしそうに携帯端末からデータパスを起動すると、集中管理室の承認権限が全てご主人様に一時委譲されました。
「これでいいな?急げ、時間が無い!」
「は、はい!」
転送は一瞬で済みますが、その間にもやることがいっぱいあります。
マップの確認、コンテナの設置状況、各種マシナリーの現状などなど。
3分ほどで大まかな事は終了し、程なくしてスキャニングの結果が出ました。
「大当たりです!何だこれは?!」
「外板にスキャナー用の偽装データをプリントして、中は三重構造の偽装コンテナ、しかも解体されたPMや違法品目が山ほど!不正コピー武器まで!」
「よし。これから乗り込むので、合図に合わせて指定した通路を閉鎖してくれ。それから…」
ご主人様の指示でドッグの入り口が閉鎖されたり、運搬マシナリーが移動されたりします。
準備が終わると、後1分しかありません。
ご主人様と私は転送キューブの目標地点を集荷場の最下層に設定し、すぐさま移動します。
到着すると、あらかじめ動かしたコンテナのおかけで、誰にも見つからずに済みました。
足音を殺して、すぐに取引場所まで移動します。
78 :来るべき未来の為に(91):2007/09/30(日) 18:55:12.20 ID:cftEJtqw
覗き見た、広くて薄暗い貨物集荷場の倉庫には、映像で見た二人のビーストと、どこにでもいそうなキャストとヒューマンの二人組みがいます。
「これで取引は予定通り最後だ」
フランツという名前のビーストが、淡々と言いました。
「足りない分の代金はここにある。後はいつもの通りだ」
ジェフという名前のビーストが、トランクを彼ら二組のちょうど真ん中に置き、下がります。
『そこまでだ!』
私達は全身を隠したまま、ご主人様が携帯端末を経由して、スピーカーから静止を呼びかけます。同時に全ての明かりが灯され、倉庫は真昼のように明るくなります。
『こちらはガーディアンズ機動警備部だ!
フランツ・ブラウナード、ジェフ・リー、そしてそこの二人、密輸ならびに違法商品および盗品売買の現行犯で逮捕する!
コンテナはスキャン済みだ、弁明は法廷でするがいい!』
「くそ、何故取引がばれた!」
「知るかよ、んなこと!逃げるぞ!」
「…駄目だ、逃走ルートを全部塞がれている!」
「ふざけんな、来た時は平気だったじゃねぇか!」
キャストとヒューマンの二人組みが言い争っている間に、ビースト達は宇宙港のほうへ移動しようとしていましたが、既に閉鎖済みなのに気づいて愕然としています。
「もう、俺達もおしまいだ、ジェフ」
「そ、そんな、フランツさん!」
「おい、ガーディアンズ!聞こえるか!」
『なんだ』
「自主する代わりに今すぐ保護してくれ!早く!」
「フランツさん!」
ヴォン!
現れた気配と共に、身の毛がよだつテクニック音が響き、ヒトが倒れる音が4つ。
これは、メギドの音。
「ガーディアンズに気づかれなたのなら、貴様らも用済みだ」
この声は、レンヴォルト・マガシ?!
封鎖に使っていた運搬マシナリーが、にぎやかな音を立てて暴走し始めました。
79 :来るべき未来の為に(92):2007/09/30(日) 18:55:47.35 ID:cftEJtqw
「新型ウィルスの散布は完了したようだな。
こそこそ隠れているガーディアンズども!今日はお前達の住処が墓場となる日だ!暴走キャストとマシナリーどもに、たっぷり可愛がってもらうがいい!
ふぁっはっはっはっはっはっはぁ!」
コンテナやマシナリーの破壊される音に紛れ、マガシの気配が消えます。
「行くぞ、ロザリオ。ここはもう、いても無駄だ」
「でも、さっきのローグス達と、取引相手は…」
「もう、SEEDウィルスに汚染されてる。どうしようもない」
覗き見た父様が、首を横に振ります。
ああ、デルセバンに変化してるし、キャストさんは暴走してる。
「急いで上に戻ろう。この調子じゃ大騒ぎだろうしな」
「はい」
ピピ、ピピ
こんな時にご主人様と私へ通信?一体誰?
『マスター!ロザリオ!無事ですか?!』
「ガーネッタ?!どうした!」
父様じゃなくたって、これは驚きです。
『早く貨物集荷場の最上階へ!みんなが、パシリ達が、SEEDウィルスに汚染されて暴走しています!』
「一体、どういうこと?」
『イルミナスの作戦が始まったの!まさか今日だなんて!私達は配置についてるから、急いで!』
「配置って」
『説明は後、早く!』
「了解、行くぞロザリオ!」
80 :来るべき未来の為に(93):2007/09/30(日) 18:56:12.50 ID:cftEJtqw
転送キューブから直接、集荷場の最上階に移動すると、散乱するコンテナと破壊されたキャスト、運搬マシナリーがあちこちに転がっています。
たまたま居合わせたガーディアンズ達が、残っている職員達を守っていますが、私達を見て警戒します。
「どこの部署だ!」
「機動警備部だ!」
「…あんたはまだまともなようだが、連れのパシリは大丈夫か?」
「こいつを汚染できるウィルスがあるなら、見てみたいぞ」
ご主人様、こんな時にひどい冗談を言ってます。
「しかし、この状況は一体」
「いきなりさ。俺達は、パシリ達の追跡調査で戻ってきたんだが、突然暴れだした同僚のキャスト達やマシナリー群から身を守りつつ逃げてな。
途中で保護した職員達と一緒にここまでたどり着いたんだ。
連絡補助通路はパシリ達が暴走して入れないから、ここから上に出れやしない。おかけで、シェルターまで行けずに足止めさ」
ピピ、ピピ
あ、あたしの通信機が鳴ってる。
「はい、ロザリオです」
『最上階へ着いた?』
ガーネッタからの通信です。
「ええ、ついさっき」
『時間が無いわ。居住区エリアとパシリ大通りのマシナリーを全部制圧して!』
「ええ?!いきなり無茶言わないで!」
『大丈夫、あなたなら出来る。それに、私達がバックアップするから』
『やっほ~ロザリオ、聞こえる?』
「トパーズ!」
『今、みんなと『魔女』さんで、W2の円周上に等間隔で散っているんだ。
ボクたちの制圧・制御用通信システムを同調させて、ネットワークを作ってある。
君がネットワークに同調して最大出力で制圧すれば、ほぼ居住区画全部を覆えるはずなんだ。
居住区は暴走したキャストとマシナリーにパシリ達が徘徊してて、戻るに戻れないし、残っている人たちもシェルターに行けないんだよ。
隔壁を諜報部が操作して何とか被害をとどめてるから、今のうちに手を打たないと。
最悪、ボクたちがみんなを破壊して回ることになっちゃう』
81 :来るべき未来の為に(94):2007/09/30(日) 18:56:40.43 ID:cftEJtqw
「わかった、やってみる」
『ロザリオ、よく聞いて』
「なに?ルビーナ」
『おそらく規模の問題から、レギオンモードの師団レベルによる制圧になると思うのだけど、みんなをフリーズモードに、完全停止させて。
ブレインコアの行動制御用生体チップはウィルスの毒素に汚染されるけど、稼動していなければ記憶デバイスには影響が無いって話なの。
わたし達本来の能力なら、汚染の影響を受けずにコントロールできる。
記憶データが無事なら、みんなを復帰できるわ』
「OK、じゃぁ、いきます!」
パペットシステム、超広域モード、ネットワークリンク!
“パペットシステム、超広域モードで起動、システムネットワークにアクセス、リンク完了”
「ご主人様」
「どうした」
「これから、居住区と大通りのみんなを制圧します。シェルターまでの最短コースを割り出してください。そのルートを優先して行います」
「了解。おい、みんな、ちょっと話がある」
ご主人様の打ち合わせは短い時間でしたが、こちらもその話を聞いてる余裕がありません。
(ネットワーク安定度98、問題ないよ)
(各通信帯域、検索終了。確保)
(居住区画の状況確認、要救護者エリアとブロックを検索…完了)
(移動経路チェック終了、全準備完了)
みんなの声が、ネットワークから直接聞こえます。
「ルートが出たぞ、A1-B3-C2-C1-D9だ!」
「了解です」
居住区の仮想マップをネットワーク上に展開、全ての状況を重ねて最優先エリアを作成。
(シミュレート開始…終了、問題ないわね)
ガーネッタのその言葉に、私は通信システムの出力を、初めて最大にしました。
レギオンモード、師団レベル、アクセス、バラージ、インパクト!
その瞬間、コロニーが揺れ動いた錯覚に陥りました。
“レギオンモードを師団レベルで起動、アクセス完了、広域無差別放射、ファイア!終了”
制御、フリーズ
“制圧個体の制御を開始、システムダウン…終了”
82 :来るべき未来の為に(95):2007/09/30(日) 18:57:10.13 ID:cftEJtqw
仮想マップ上のパシリ達があっという間に停止状態になっていきます。
ズガァン!!!!
いきなり、集積場の天井が壊れて振ってきました。同時に非常灯が点滅します。
『緊急警告、ガーディアンズコロニーにSEED襲来、繰り返す、ガーディアンズコロニーにSEED襲来』
こんな時に!しかも、ご主人様は落ちてきた構造体の向こう側!
ズガァン!!
『緊急警告、宇宙港に同盟軍の戦艦が強制接舷を敢行、宇宙港職員は直ちに避難してください。エア・シールド、危険レベルに低下中!繰り返す…』
警報と共に照明が非常灯に切り替わって、世界は赤く染まります。そして、コロニーがSEEDに汚染され始めました。
「くそっ、通路が!」と、誰かの声。
見ると、構造体の金属板が天井からぶら下がって、通路への入り口を完全に塞いでしまっています。
瓦礫の所為で近寄れませんが、あれなら!
「そこから離れて!」
私はリンクを切って制圧を一時保留、『バスターウェーブ』を起動して、瓦礫越しに金属板を切り落とします!
ドガラン!
よし、これでOK!
そしてすぐに『バスターウェーブ』を解除して、再接続を試みます。
「SUVウェポンか!助かる!」
「皆さん、退路は確保できました!急いで移動して!」
私が叫ぶと、再び構造体が降ってきます。
また通路はふさがってしまいましたが、職員達はその前に集積場を脱出し、なんとか全員がいなくなりました。
83 :来るべき未来の為に(96):2007/09/30(日) 18:57:36.82 ID:cftEJtqw
ズダン!!!
「ぶるぁぁぁぁぁぁ!!!
俺様としたことが、とんだ見落としをしたようだ。
貴様、『コマンドマスター』だったのかぁ!」
三度目の大きな崩落と共に天井から降ってきたのは、SEEDマガシ!
「な、なんの話?」
「とぼけても無駄だぁ!俺様がぁ、計画を知らないとでも思うのかぁ!」
パシリにまぎれて潜入させる予定だった、暴走キャストやマシナリーを制圧・操作する、13体の司令塔兼中継塔。それが私とジュエルズと『魔女』さん。
「他の手段を講じた今、貴様らは不要。それどころか、我らに刃向かうとは滑稽だ!
ゴミは、片付けねばなるまい!
くらえぃぃぃぃ!メェェェギィィィドォォォォゥ!」
しまった、自分の躯体制御まで手が回らなくて、すぐ動けない!
ネットワークへのリンクを強制停止!…ダメ、間に合わない!
ドン!ヴォン!
「きゃっ!!」
突然、私は突き飛ばされ、すぐ近くをメギドが飛んでいきます。
「おい、大丈夫か『指揮者』」
私を突き飛ばしたその声の主は、私をすぐに立たせてくれました。
「な、なんとか」
「じゃあ、お前は作業に集中してな。こいつの相手はあたしだ」
そう言って私の前に立ちはだかったのは、炎のように真っ赤に光る髪が逆立ってうねるように踊ってる『狂戦士』さん!いつもの髪留めリボンは左腕に巻きつけています。
彼女のこんな姿を見るのは初めてです。おまけに、彼女からものすごい熱を感じます。
「ど、どうして…」
「ここに、ってか?あたしもおかげさんでSEEDウィルスには耐性があってね。このくらいは何ともないのさ」
「で、でも、その姿…」
「ああ、これか。途中で雑魚を蹴散らしたまんまなんで、冷却が終わってねぇんだ。あと2分がいいとこかな?」
そうか、彼女の欠陥か!
84 :来るべき未来の為に(97):2007/09/30(日) 18:58:05.51 ID:cftEJtqw
上限の無いリアクターとその出力に耐えられる躯体であっても、熱まではどうしようもないんだ。
戦闘の所為で放熱しきれない熱が溜まっちゃってて、それを無視できる耐久限界まであと2分位って事ね。それ以上は多分、ブレインコアが非常停止しちゃうんだろうな。
「ふん、雑魚が一匹増えようが、俺様の優位には変わりが無いわぁ!!」
「それはどうかな?あたしはそんじょそこらのパシリとは違うんだ」
ナノトランサーから斧を取り出し、軽々と片手で振り回して、切っ先をピタリとSEEDマガシに向けます。
「ここであったが100日目。愛するマスターの敵、とらせて貰う!!」
「ふん、雑魚の主人など、いちいち覚えてなどおらぬわ!」
「く、この、だまれぇぇぇぇぇ!!」
SEEDマガシの身長のゆうに2倍は飛び上がり、空中で一回転してから斧を振り下ろす『狂戦士』さん。
桁違いのリアクター出力は、そのパワーによって躯体の運動能力も跳ね上げています。
SEEDマガシは余裕を見せて、左腕一本で止めようとして見せます。
「フル、パワーだぁ!!!」
「なに?!しまっ…」
フラッシュのように斧の刃と髪が光り、視界を焼きます。
キュゴン!!!
「ぬぅぉぉぉぉ!ぬかったわぁ!だが、ただでは倒れんっ!」
どすっ!
「え、あれ?」
私の胸に走る衝撃。口からあふれる、オイルと循環液。
見下ろすと、私のみぞおちの辺りには、SEEDマガシの腕だけが半ばから生えています。
「こ、これで、全ての制圧は不可能…ふははははははは!」
きゅばぁぁぁぁ…
SEEDマガシが塵と化していくのと同時に、私は意識を失いました。
もう一度、ご主人様に…
97 :来るべき未来の為に(98):2007/10/01(月) 21:57:53.59 ID:zSrRbEDo
「―――『指揮者』、しっかりしろ!意識を失っちゃ駄目だ!班長!早く来てくれ!『指揮者』が、ロザリオが!」
瓦礫を何とかよじ登り、俺の目に飛び込んだのは、胸に大穴を空けて倒れたロザリオと、それを抱えあげて俺を呼んでいる、髪が真っ赤な『狂戦士』の姿だった。
『狂戦士』の奴、限界近くまで戦闘し続けてたようだな。大方、ここに来る途中で雑魚を蹴散らしてきたんだろう。
とにかく、状況がいまいち把握し切れていない。
聞こえて来ていた様子では、SEEDマガシが現れた後、『狂戦士』がやってきてマガシを倒したらしいのまでは分かっている。
だが、何故ロザリオが倒れている?
俺は瓦礫の上から飛び降り、駆け寄った。
「マガシのくそ野郎!!死ぬ間際に、ちぎれた自分の腕をロザリオに投げつけやがった!!
こいつ、無防備になってたから、もろに喰らっちまったんだ!!
くそっ、くそっ、くそぉっ!!!!」
叫びながら、床に拳を叩きつける『狂戦士』。
「自分を責めるな、『狂戦士』。来てくれて助かった」
「でも、ロザリオが!」
「完全破壊されなかったんだ、お前のお陰でな。それに、頭部が無傷なんだ、何とかなる」
『狂戦士』にそうは言ったものの、不安は拭いきれない。PMにも、ヒトと同じようにショック死した事例はいくらでもあるからだ。
俺は膝立ちになると『狂戦士』にロザリオを下ろさせ、ロザリオの躯体を貫通した大穴に、意味が無いのを知りつつ、大型の負傷パッチをあてて穴を塞いでやる。
次いで、躯体調整用キーボードを取り出して接続し、躯体の状況を読み出す。
<メインリアクター…小破、背面主骨格…大破、同情報伝達ライン…大破、内蔵ユニット…中破、循環ライン…各所で破裂>
惨憺たる状況だが、リアクターが爆発しなかっただけまだいい。それに、俺はまだあきらめていない。
<ブレインコア…損傷なし、記憶デバイス…損傷なし、データ状況…不明>
「データ状況が不明?不明だと?!」
今度は記憶デバイスの詳細を確認する。まさか…
いや、まだだ!あきらめるか!あきらめて、た ま る か !
ピー!<D A T A L O S T>
98 :来るべき未来の為に(99):2007/10/01(月) 21:58:22.20 ID:zSrRbEDo
情報喪失。
何 も 、 無 い 。
何も残ってない。
この躯体は、ただの ガ ラ ク タ …
かたん……
俺の手から、キーボードが滑り落ちた。
そして、力なく両手を床につき、眠っているようなロザリオの顔を覗き込む。
貨物集荷場内の公共放送用スピーカーから、朝を告げる鳥のさえずりが静かに流れる。
「う そ 、 だ ろ ? …
眠ってる、だけだよな?
起きろ…起きろよ…
…目を開けろよ…夜が明けたんだから…
起きて、挨拶しろよ…
おはよう、って…
いつもみたいに、笑って…
そして…
ご主人様って、父様って、呼んでくれよ…
なぁ、おい、ロザリオ…
聞こえないのか?
俺の声が聞こえないのか?
本当に、聞こえないのか?
…本当に、逝っちまうのか?
あいつの所に、逝っちまう気か?
俺を、ほったらかしにして…
お前まで逝っちまうのかよ。
…冗談じゃねぇ。
冗談じゃ、ねぇぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
99 :来るべき未来の為に(100):2007/10/01(月) 21:58:40.83 ID:zSrRbEDo
喉の奥から搾り出しような叫び声をあげ、キーボードに拳を叩きつけると、あっさりとキーボードが砕けた。
悲しみに震える腕で、眠ったように瞳を閉じ、動かなくなったロザリオの躯体を抱きあげる。
俺の目からロザリオの頬に、いくつも涙が落ちていく。
「俺が好きだ、愛しているって言ったそばから、お前はあいつみたいに俺の前からいなくなっちまうのかよ!
お前がいなくなったら、俺はまた独りじゃないか!
独りで生きるのは、もう嫌だ!
嫌なんだよ!
お前まで失うのは嫌なんだ!
還ってきてくれっ!
俺を、独りにしないでくれ!
ロザリィ―――――――ッ!!」
俺は、ロザリオの胸に顔を埋めて、泣いた。
…誰かが泣いてる
躯体は、全く動かない
でも、優しいあったかさが伝わってくる
私、どうしたんだっけ?
ああ、胸にマガシの腕が直撃したんだ
みんな、助かったかな
頬に、あったかい雫が落ちてくる
これ、涙?
どうして泣いているの?
私の為?
100 :来るべき未来の為に(101):2007/10/01(月) 21:59:06.62 ID:zSrRbEDo
「ロザリィ―――――――ッ!!」
父様が、泣いている
独りは嫌だ、って、泣いている
独りじゃないよ、父様
何時だって、何処だって、私は父様と一緒
愛するあなたと一緒
だって私は、あなたのパートナー
あなたのパートナーマシナリー
私は、片時もあなたから離れません
だから泣かないで
あなたが呼び続ける限り、私は…
私は!
貴方の許に、還ります!
キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
「わ、なんだ、一体?!」
『狂戦士』のその声とまぶしさに、俺は伏せていた顔を上げ、目を開けた。
動かなくなったロザリオの躯体が、光に包まれている。
「…これは、進化の光か?でも、どうして?進化デバイスも使って無いし、それに、こいつはこれ以上の進化段階を持たないはず」
俺は、激しい損傷で躯体そのものが稼動していないことすら忘れて、そう呟いた。
ロザリオの身体は宙に浮き、光の繭になっていく。
「は、班長、なんだよこれ」
「俺も判らん!」
繭は暫く浮き続け、唐突にはじけた。
「これは、ヒューマン?それともキャスト?」
『狂戦士』が不思議そうに聞いてきた。
101 :来るべき未来の為に(102):2007/10/01(月) 21:59:34.31 ID:zSrRbEDo
現れたその姿は、身長的には10代半ばの長い青い髪の女性。その身に纏うのは、412のものにロングコートを足したような、少し変わったデザインの服。
キャストというには耳朶があるし、ヒューマンと呼ぶにはどう見ても機械的な一対の髪飾り型センサーが、お団子の髪があった辺りから生えている。
そして、ふわりと地面に立つと、目を開けてこちらに向いた。
その瞳は、見慣れた赤い色。(イメージが伝えにくいので、作者自筆、最初で最後の挿絵です。ttp://atpaint.jp/uiui/src/1191242186518.jpg)
光が薄れ、目を開くと、私の前にいるのは父様と『狂戦士』さん。
「もう泣かないで、父様。
私は貴方と同じ時間(とき)を歩むためなら、愛する貴方が呼び続ける限り何度でも貴方の許に還ります。例え死ぬ事があろうとも。
父様―――いえ、ご主人様。私はあなたを愛しています。一人の男である貴方を一人の女として心から、誰よりも、何時までも」
唖然とした表情で、私をまじまじと見つめるご主人様。
私は最愛のこの人を、パパや父様、ご主人様以外の呼び方で呼びたいのに、呼び方が思いつきません。
「おまえ、ロザリオ、か?」
無言で頷きましたが、ご主人様の真剣な眼差しがちょっと恥ずかしくて、はにかみながらも微笑みます。
ご主人様は恐る恐る私に近づいて頬を撫で、私が幻じゃないと判ると、自分の胸になんとか届く身長の私を力いっぱい抱きしめました。
「ご、ご主人様、痛いですぅ」
「その言い方、間違いない…もう二度と、お前に会えないのかと…」
「ごめんなさい、ご主人様を悲しませて」
以前と違って背が高くなったので、ご主人様の腰に手を回して抱き返します。
「…………あんなつらい思いは、もう御免だってのに、俺は」
「母様のこと、ですね…」
「さっきの、お前の事だ」
「!」
「何で俺はいつも、肝心な時に間に合わないんだ!
あいつといい、お前といい、愛する者が死神の手に落ちてからでないと、この手が届かないなんて!
まったくもって、不甲斐無い…」
私を抱きしめたまま、ご主人様はさめざめと涙を流し続けます。
よほど悔しかったのでしょう、唇を噛み切ったらしく、口の端に血が滲みます。
「そんなに自分を責めないで、ご主人様」
「そうだよ、班長」
隣に目をやると、少し見下ろす位置に『狂戦士』さんがいます。
102 :来るべき未来の為に(103):2007/10/01(月) 22:00:05.74 ID:zSrRbEDo
「あたしに『自分を責めるな』って言っておいて、自分がそんなざまでどうすんだよ。説得力無いぜ?」
私はご主人様の顔に手を伸ばし、涙と血を素手で拭います。
抱擁を解き、私のその手を握りしめるご主人様。
「すまん、返す言葉も無い」
「でもさ、何でお前はそんなにでかくなっちまったんだ?食いすぎか?」
「ひどい事言うのね、『狂戦士』さんは」
「でも、その疑問は俺も同じだ。それに、お前は完全に機能停止、いや、死んでいた。どうやって復活した?」
「その答えはまた後で。
私のこの姿は、今はほんの一時的なものなの。でも、その前に、やるべきことを果たさないと」
私は切れてしまったネットワークに再度リンクし、システムを再起動、この躯体なら可能であるプログラムで、暴走キャストの鎮圧を開始します。
(突然リンクが切れたけど、どうしたの?)
(なんでもないの。心配掛けてごめんね)
(残存制圧地域は…え?ほとんど減ってない?)
(それ、キャストの分。キャストも同時に始めるわ。30秒だけ耐えて頂戴、みんな!)
マスターリンク起動、威力最大、レギオンモード、レベルは部分制御、サーチ。
さっきまでとは桁違いの出力で、探査能力を跳ね上げます。
みんなが苦しむ声が聞こえてくるけど、お願い、耐えて!
“マスターリンクプログラム起動、フルパワー、レギオンモードに設定、部分制御レベルのサーチ開始…終了”
よし、ほとんどの暴走キャストは、記憶中枢機能に問題は無くて、普通に動いてる。こことリアクターだけ停止させれば大丈夫。
記憶デバイス制圧、リアクター制圧、フリーズ
“部分制御開始、記憶デバイスの動作制圧…終了。リアクターの動作制圧…終了、システム凍結…コンプリート”
同時に、コロニー内の非常警報が響き渡ります。
『警告、警告、コロニーのメインAフォトンリアクターがパージされます。付近で作業中の職員並びに市民は、速やかにシェルターに非難してください。繰り返します…』
どうやら、SEEDに侵食されたらしいこのコロニーのAフォトンリアクターを破棄するようね。
そして、そろそろ私の方もタイムリミットです。
不意に、私宛の差出人不明メールが届いて、私の意志とは関係なく勝手に開きます。
『来るべき未来は過ぎ去りし時間に。汝にひとときの安らぎあれ』
それが、私の『力』が役割を終えた事を告げるメッセージでした。
103 :来るべき未来の為に(104):2007/10/01(月) 22:00:35.70 ID:zSrRbEDo
「ミッションコンプリート。キャストとパシリの制圧は終わったわ、父様。
みんなの記憶デバイスを凍結して汚染防止を試みたから、意識に問題は出ないと思う」
「ご苦労様。大丈夫か?」
「はい、と言いたい所ですが、そろそろこの状態を維持するのが限界です。
今のこの姿は、私が次の進化段階で獲得する姿で、進化用に蓄積していた構成元素を、同様に貯めていた変換・構築用エネルギーで一時的に固定した仮ボディです。
412ボディの損傷が激しかった為に、新造済みのバックアップ用ブレインコアユニットへ意識体データを完全退避。
現在までに蓄積したエネルギーと元素を使って、進化行程の躯体変換を応用した修復・再構築を行いました。
そろそろ仮ボディも保持限界ですし、412躯体の修復が完了したので、412に戻ります」
制圧中もずっと握っていてくれた父様の手をそっと外し、二歩ほど離れます。
再び光の繭に包まれ、繭がはじけると412の姿に戻っています。
「あ~あ、蓄積していたエネルギーと元素、だいぶ放出しちゃったよぅ。おまけに、知らないうちにだいぶ減ってたし。
あの姿にちゃんとなれるの、何時なんだろ?」
「何時だっていいじゃないか」
私の傍に片膝をついて、父様が言いました。
そして、私をそっと抱き寄せると、唇を重ねます。
「父様?ん…」
あ、『狂戦士』さん、いるんだっけ。
ちらっと視線を送ると、両手で眼を隠しつつ、顔を真っ赤にして指の隙間からしっかり見てます。
ま、いっか。
「今はまだ割り切れなくて、相変わらず俺の『娘』としか思えないが、出来るだけ早くそれを修正する努力をしよう。
とにかく、お前は自分で、それもたった一日で俺との約束を果たした。だから約束通り、お前の思いを受け入れよう、一人の『男』としてな」
キスを止め、私がとろけてしまいそうな微笑を浮かべたご主人様が言います。
104 :来るべき未来の為に(105):2007/10/01(月) 22:00:54.89 ID:zSrRbEDo
「あれがお前の可能性なら、50年や100年くらい、気長に待つことにする。
俺がお前の想いを受け入れたように、今度は、俺の想いをお前が受け入れられるようになるまでな」
…え?…え~っと、それって………私がまだ、子供って事ぉ?!
「もう!酷いですよぅ父様、私を子供扱いするなんて!」
ぽこぽこと父様の胸板を叩くと、なんとなく可笑しくなって笑い始めました。
そうすると、父様も笑い出しました。
しばらく二人で笑っていると、幾つかの気配が集まってきます。
「マスターもロザリオも、何笑ってるの?」
不思議そうに言うサファイアの声。
「なあ、確か班長って、『そっちの気は無い』って言ってたよな?」
『狂戦士』さんが到着したばかりの『魔女』さんに向かってそう言うと、「そう言う話よ。それで?」との返事。
ピンと来たらしいトパーズが、ご主人様を指差して、
「もしかしてマスター、ロザリオに手を出したの?まさか、ムッツリロリ?」
父様に喧嘩を売っているような台詞を吐きました。
「誰が貴様らなんぞに手を出すかってんだ!このバカ娘共!」
笑顔の中に怒筋を浮かべ、怒鳴るご主人様。
「じゃあ、ロザリオは特別なんだぁ」
「ああそうだ!悪いか!」
すっとぼけた言い方でラピスが言った台詞に、反射的に答えた父様。
ざわり、ごにょごにょ、と、ひそひそ話をする、集まったジュエルズ&『魔女』さんと『狂戦士』さん。
突如泣き出すウラル。
「ひどいよマスター、ロザリオばっかり!あたしも抱きしめて、キスしてよ~!」
棒立ちになって、子供泣きするウラル。
105 :来るべき未来の為に(106):2007/10/01(月) 22:01:17.16 ID:zSrRbEDo
「あ~あ、泣かせちまいやがんの。ダメダメじゃん、班長ってば」
「あ?なに、俺の所為か?」
「そうよ、責任取りなさいよ、オメガ・リーダー」
「お前まで言うか、『魔女』」
「そうね、マスターには責任取ってもらって、みんなにキスしてもらおうかなぁ?」
「おい、ガーネッ…」
父様が何か言いかけると、私と父様にしか分からないように、ウィンクしてみせるガーネッタ。
その仕草に何かを察したらしい父様は、
「分かった分かった、一人ずつな」
そう言って一人一人を抱擁し、「ご苦労様」と言いながら、みんなのおでこにキスをしてあげました。
何故か『狂戦士』さんや『魔女』さんまでしてもらってますけど、嫌がった様子はありません。というか、うれしそうです。
流石、諜報部のパシリを統括している班長って所でしょうか。
あえて名前を挙げませんけど、キスされたら、向こうの世界にいっちゃった人もいます。しょうがないけどね。
「やきもち焼かないの?」
ガーネッタがひっそりと私の傍に立って、問いかけてきます。
「別に。たかだか親愛のキス一つに、目くじら立てるほどじゃないでしょ?」
「あら、ずいぶんと余裕ね。じゃあ、あたしもモーションかけよっかなぁ」
「本気じゃないくせに……お好きにどうぞ。でも、あなたには振り向いてくれないわよ?」
私がそう言うと、やれやれといった様子で、小さく溜息をつくガーネッタ。
「参っちゃうわねぇ、もう。やっぱり分かるんだ?」
「父様、そういうところは頑固者だから」
静かに私が頷いてそう言うと、ガーネッタは私の肩にそっと手を置いて、騒いでいるみんなを見ています。
その手はまるで、私に「がんばれ」って声をかけてくれているようでした。
108 :来るべき未来の為に(107):2007/10/02(火) 12:03:58.02 ID:4aRs4soT
「は~、引越し完了ですよぅ…」
私の荷物が詰まっていた最後のダン・ボールを片付け、掃除が終わりました。
ここは、パルムに出来た、ガーディアンズの新しい宿舎。
たった今、引越し終わったところです。
諸事情で、一般隊員への解放前ですが、特別に入居させて貰っています。なので、ご近所さんは誰もいません。
ジュエルズと私、それにルテナちゃんの13人でやっていましたけど、荷物整理よりも、時間の都合で放置してあったリフォーム後の片付けや掃除のほうが大変でした。
コロニーの時とは大違いです。地上って大変だなぁ。
「おなかすいたぁ~」
「それじゃ、お願いしていたお昼ごはんが来るまで、休憩しましょうか」
『さんせ~い』
「お茶、淹れてくる~」
(もぎもぎ…)
「ほえ?ショコラの匂い…」
「あ~!トパーズ、一人でショコラ食べてる~!ずる~い!」
「いいじゃんか、ボクのおやつなんだから、何時食べたって!」
ワイワイギャイギャイ!
あ~あ、大騒ぎになっちゃった。
おなかすいてるのに、よく騒げるわね、全く。
でも、パルムに引越しすることになるなんて、夢にも思ってなかったな…
―――二日前―――
「唐突だが、俺はパルムのGRMへ出向になった」
帰宅早々の父様の宣言に、部屋は一瞬静まり返り、
『え~!!!』
という、みんなの驚きの声が部屋に満ちました。
「どういう事でしょうか、マスター」
ルビーナが、勤めて冷静に聞き返します。
「この前の、PMを含めたキャストやマシナリーの暴走騒ぎ、憶えてるな?それに、はぐれPM回収の件。
ガーディアンズ本部とGRMはそれらを踏まえ、PM達の管理体制の見直しと有事の対応に当たる部署を新設する事になった。
実質上は機動警備部の一部門で『対PM対策課』と言うんだが、早い話が、ガーディアンズ内のPM関連のトラブルをまとめて対処する新設部署だ。
それで、その部署の本部をGRM内に設置して、ガーディアンズと共同で運営するんだとさ。
俺の場合、形式上は出向だが、機動警備部の仕事が無くなる訳じゃない。
同僚もそこそこいるが、ガーディアンズ側の面々は100%有志で、大多数が機動警備部の所属だよ。
ちなみに、基本給は高い」
有志、って、そんなむちゃくちゃな。
でも、お給金に惹かれる人は多いかも。
「私達を管理しているという実績が買われたのですね」
サファイアが、得心した様子で頷きます。
「まぁ、そうなんだろうが…俺は立場上、諜報部のPM達まで業務範囲に含まされてるからなぁ。
それに、GRM側の話を聞くにつけ、PMがらみのよろず相談解決所の様相を呈する事になりそうなんだよな…
ここだけの話、もう一仕事やってきたんだ…」
「どんな内容でしたの?」
エメラルドが、興味津々と言った様子で先を促します。でも、父様、なんだか元気がありません。
「それが、454と箱、つまりキャス男との痴話喧嘩…と言うか、454が一方的に箱をいじめ…と呼んでいいのか…
454が散々『鈍感』だの『馬鹿』だの言って、謝り続ける箱の頭に片手杖を突き立ててたんだ。
原因はなんでも、二人そろって部屋で映画を見ていた時に、映画に出てきたPMを見た箱が『かわいいPMだね』って言って、454に同意を求めたから、だそうだ」
うわぁ~、それはそれは…
部屋の中の空気が効果音つきで、一気にテンションダウンします。
「それで、どうなったのですか?」
オリビンが心配そうに言います。
「箱は破損状況を考慮して、頭部の精密検査の為に入院した。あと、精神カウンセラーも手配された。止めるの苦労したよ、あの惨劇は」
「カウンセラーって、454さん、そんなに不安定なの?」
私の言葉に、首を振る父様。
「いや全然。それは、入院中に箱の引っ込み思案でニブチンな性格も直してくれ、っていう、454の強い希望だ」
より一層、テンションダウン。
「俺、こんな部署に回されて、身が持つか心配だよ…ともかく、明後日に引っ越すから、準備を頼む」
『は~い』
109 :来るべき未来の為に(108):2007/10/02(火) 12:04:23.90 ID:4aRs4soT
そういえば、そんな話もされたっけ。
…いっけない、父様に胃薬頼まれてたのを忘れてた。買い置き、切らしてたんだっけ。
今朝も、胃が痛い、って言ってたのよね。
キンコーン、キンコーン!
『御免下さい、ヒュマ助飯店の者ですが~』
あ、来た来た。
私はパタパタとスリパックを鳴らして、入り口に行きます。
ドアを開けると、飯店のロゴが入ったエプロン姿の442さんが、ナノトランサーから複数の岡持ちを取り出していました。
「毎度ありがとうございます。ご注文の品をお届けにあがりました」
「どうもご苦労様、442さん」
「ええっと、お蕎麦が15人前と点心スィーツセットが5つ、確かにお届けしました。〆て――――」
値段を聞くと、ちょっと安すぎかな?と思いますが、これがいつものヒュマ助飯店価格。
この3ヶ月ほどは、大分助かってます。
「随分、にぎやかですね」
ほほえましそうに、中の様子を伺う442さん。
「ええ、まぁ、いつもの事ですハァ」
「―――はい、ちょうどですね」
「ごめんなさい、出前なんてお願いしちゃって。忙しい時間でしょ?」
「大丈夫ですよ。コロニー標準時とパルムは時差がありますから。
また後で、器を引き取りに来ますね」
それでは、と、一礼して去っていく442さん。
いつもご馳走様です。
さてと。
「みんな~、お昼が届いたわよ~!って、なにこれぇ!」
奥に戻ったら、折角片付け終わったダン・ボールが散乱してます。
「あ、ヤバ…」
ダン・ボールの山にラピスを埋めていたコーラルが逃げ腰になってますけど、もう遅い。ふっふっふw。
「ウラル、トパーズ、ラピス、コーラル!バッテン3個!」
騒いでいた4人に、バッテンの刑、発動!
『嫌ぁー!!また10個溜まっちゃったぁ!』
叫び声を上げ、悲嘆にくれる4人。
「あなた達は、バッテン溜まるのが早すぎです」
オリビンが、逃げこんだドレッシングルームから覗きつつ、がっくりと肩を落として溜息をついてます。
「ほらほら、早く片付けて!お蕎麦、のびちゃうよ?」
『は~い…』
散らかしたら、散らかした人が片付ける。これが暗黙のルールになってます。
「あ、そうだ。10個溜まったのなら、デザートの点心スィーツ抜きね」
その言葉に、べそかきながらダン・ボールを片付ける4人。自業自得です。
プシュ~。
「――――は~、やれやれ。引越しの手続き、やっと終わったぞ」
「お疲れ様、おじ様」
あ、父様とヒュマ姉さんが帰ってきました。
「悪かったな、お前にまで手伝ってもらって」
「私が引っ越すときには手伝ってくれるんでしょ?だったらいいわよ」
私は片づけの監視役をオリビンに任せ、マイショップまで出迎えに行きます。
「お帰りなさい、父様」
「おう、ただいま。…しかし、やっぱり違和感あるな、『父様』は」
「娘が成長してる証だと思って、我慢してください」
「はいはい」
何か楽しそうに微笑む父様。
「あ~もう、こんなところでいちゃつかないでよ、おじ様」
ヒュマ姉さん、むくれながらズンズンと奥に入っていきます。
「別にいちゃついてるわけじゃなんだがなぁ?」
そう言いながら、後に続く父様。
ヒュマ姉さま、自分で言ってましたもんね、「なんか最近、おじ様をロザリオに取られたみたいに感じる」って。要はやきもち焼いてるんです。
姉さまは、父様に『理想の父親像』を重ね合わせてたみたい。
110 :来るべき未来の為に(108):2007/10/02(火) 12:06:45.99 ID:4aRs4soT
父様の全実態を知っていれば、そんなことは言えないと思いますが、父様の顔立ちが亡くなられた実父の方に似ているんだそうです。
後は、大量にもらったナノマシンの影響ではないでしょうか?姉さまの体内には奇跡的に、父様と同じナノマシンコロニーが形成されてるそうですから。
ああ、それで思い出しました。私も、父様からナノマシンを受け取りました。えっと、その、やっちゃった時に…
気がついた時には既に、全身にコロニーが形成されていて、父様も驚いていました。
あくまで推測ですが、パシリである私には、ナノマシンへの拒絶反応が皆無なのでしょう。父様の話では、実際は拒絶反応で、すさまじい激痛が走るそうですから。
ともかく、現状ではナノマシンの効力は不明、稼動条件を満たすまでは何の意味も無いという、PM研究所での診察結果が出ています。
「おい、さっさと来い、ロザリィ。蕎麦がのびちまうよ」
「はは~い」
空腹が満たされるまで、みんな無言でお蕎麦をすすってましたが、デザートの段になって、ようやく父様が口を開きます。
「さて、引越しも無事終わったんだが、最後の問題が残ってる」
全員の視線が、父様に向きます。
「言わずとも判っているだろうが、ジュエルズの件だ」
そっか、イルミナスの騒動がひと段落するまでは、ジュエルズ達の一件は保護観察処分で保留でしたよね。
「いくつかの条件を満たせば、特別に住居を与え、共同で暮らしてもいいという決定が下された」
みんな、黙って先を促しています。
「第一に、『対PM管理課』に所属のPMとなること。
第二に、諜報部への所属を継続すること。
第三に、他のPM達との区別のため、名前と同じ宝石色のパーソナルカラーで頭髪と虹彩を染め、同色の専用の衣装を着ること。
第四に、これは俺のほうの問題だが、俺が監視役としてお前達の管理をすること。
第五に、監視役である俺と同じ住居への長期逗留を禁止する。
以上だ」
「それって、つまり、ガーディアンズが主人の代わりになるけど、それでよければ部屋も用意するし、みんな一緒に住んでもいいって事?」
ディアーネが、小首をかしげながら父様に問い返します。
「そういう事だな」
「でも、マスターとは一緒に暮らせないんだよね?」
ウラルがしょんぼりした様子で聞き返すので、流石のヒュマ姉さまも口を挟みます。
「それって、遊びに来るぐらいはいいって事でしょ?長期って指定するくらいだから、時間も決められているのよね?」
111 :来るべき未来の為に(110):2007/10/02(火) 12:07:28.76 ID:4aRs4soT
「最大36時間、つまり、二泊三日くらいまでなら問題ないけど、それ以上は駄目だそうだ。
それと、一度宿泊したら最低336時間、2週間は間を空けるようにって、釘を刺された。
まぁ、安心しろ。部屋はこの宿舎内に用意されるし、この部屋のすぐ近くだ。俺の監視役としての都合もあるからな。
部屋の事を誰かに聞かれたら、そういう建前にしといてくれ。
本当は本部側に、手元から離すなって泣きつかれたんだが、いい加減独立させろってねじ込んできたんだ。俺の部屋はこの人数じゃ狭いし、お前達用の部屋も必要だしな。
そしたら、第五の条件を付け加えられたって訳さ」
「そういうことなら、我慢する」
トパーズがむくれながらもそう言うと、他のみんなも、不満が残りつつも条件を飲むことにしたようです。
「でも、ロザリオは?この子にもパーソナルカラーとか適用されるの?」
「いや、こいつは秘匿情報扱いになったんで、目立つような事は一切されない」
ガーネッタが父様に問いただすと、否定の返事が帰って来ました。
「第一、主人である俺がいるんだから」
今度は、ジュエルズが私をうらやましそうな目でにらみつけます。
「あー、もう!みんな、そんな目で私を見ないでよ!
そんなにご主人様と暮らしたいなら、赤玉に戻って、新しいご主人様の所に行けば良いじゃない!
私達にはそれが出来るんだから!」
「それが良いかもしれませんね、ご主人様を独り占めしたい方は。
わたしなら、迷わずそうします。元スペアPMだった私には、主人を持てる限られた機会ですから」
ルテナちゃんは相変わらず、きつい事をはっきりといいます。
「それは出来無いと思うわ、ルテナ」と、ヒュマ姉さん。
「何故ですか、ご主人様」
ヒュマ姉さんはお茶をすすりながら、淡々と語ります。
「この子達が、特殊能力を保持したパシリだからよ。
あたしの持ってる知識の範囲で言わせてもらうなら、さっきの条件を飲まない場合、その特殊性から機能解析が行われて、その後は能力を廃棄するか、不可能なら…」
背筋が凍るような、ひんやりとした笑みを浮かべるヒュマ姉さん。まるで部長さんがいるみたいです。
「全機能を凍結した上で封印されるわ」
うわ、その一言でジュエルズが凍りついちゃった。
「あんまり脅すな、お前も。だが、実際はそれと似た状況だな。
条件を飲まない場合は、PM研究所に研究体として拘束され、俺以外との外部の交流を一切禁止される。
どちらにするかはお前達の自由だ。全員じゃなくて、個別に決断してくれ」
そして、ジュエルズ全員が決断しました。
たった一人の別離を伴って。
112 :来るべき未来の為に(111):2007/10/02(火) 12:09:25.31 ID:4aRs4soT
姿見に向かって、服装を整える。
別段、これといった荷物も何も無い。必要な物は全て向こうに用意されている。後はあたしが行けば、それで終わり。
「用意、出来てる?」
ロザリオが、身支度を整えるためにと、自分の部屋を貸してくれた。そして、様子を伺いに来たのだ。
「ええ」
「まだ時間はたっぷりあるから、お茶にしよっか」
「いいわね。残ってるセレブケーキ、黙って頂いちゃいましょう」
「そうね。後二人分しかないし、みんないないしね。じゃ、用意するわね」
今や、茶の間代わりにされている展示スペースには、気の早いトパーズが持ち込んできたコタツが設置されていて、その上にケーキと紅茶が用意されていた。
「さ、どうぞ」
勧められるままにお茶を飲み、ケーキを食べ、たわいも無い話で盛り上がる。
「――でも、どうして研究体になんて…」
ロザリオがポツリと漏らした。
「そうね…一言で言えば、疲れちゃったから、かな?
普通なら行きたがらないでしょうけど、別に私には研究所への不快感は無いし、あたしを解析できれば、みんなのパーツ供給も出来るしね。
それと、あなたには言っておくけど、次世代の為のデータ収集に是非とも協力してくれ、って話が例の主任さんからあったの。
ロザリオの躯体は特殊すぎて、参考程度にしかならないから、って」
「そうだったんだ。私も随分、データ提供してるんだけどなぁ。
やっと私の交換部品の製造に目処がたったって言ってたけど、私のじゃみんなにはダメかぁ…」
コタツの上に頬杖をつきながら話をするロザリオ。
「いいんじゃない?『魔女』さんや『狂戦士』さんとは共通なんでしょ?それはそれで重要なことよ。
それに、向こうが一番欲しがっているのは、あたしに蓄積された実働データなの」
「実働データ?」
「あたしもかれこれ15年は稼動を続けているから、並みのパシリよりも経験が豊富なの。そのデータは、今後の開発や改良にとっても重要よ。
―――私達の支給先は殆どが機動警備部だけど、そこに配属されたパシリの寿命って、知ってる?」
頬杖ついたまま、器用に首をブンブンと横に振るロザリオ。
「約3年。メンテ次第で半永久に稼動できるはずのあたし達が、実際は耐久年数がたった3年よ、3年。
ミッション中に大破して廃棄処分になるか、主人のストレスのはけ口になって破壊されるか、はたまた、酷使され、修復不能になるまで躯体と精神が疲労するか。
色々理由はあるけど、それが、3年しか保たない、あたし達の現実。
あたしは運良くやさしいご主人様に出会えて、ご主人様が病死するまでずっと一緒だったの。それが、あたしが15年間も稼動していられた理由。
機動警備部から始まって、本部、諜報部、総務の広報課と異動したご主人様は、その間、ずっとあたしを仕事のパートナーとして連れ歩いたわ。
だから戦闘値も高いし、事務や高度な対人対応能力も備えてる。もちろん、身の回りの世話もね。経験は普通に稼動しているパシリよりも豊富で当然なの。
でもね、あたしにとっては、ご主人様との思い出に比べれば、そんな物はゴミよゴ・ミ」
「思い出持って、隠居って事?」
懐疑的な表情のロザリオ。それはそう、今はご主人様と一緒の彼女にしたら、そんな想いを抱くなんて想像も出来ない筈。
「ま、そう言ってもいいかしらね。
ほんとはね、マスターと一緒にならもう暫く外にいてもいいかな、って思ってたんだけど、あなたに悪いから」
彼女のご主人様であるマスターに迷惑かけるし、彼女だってご主人様に甘えたいだろうと思ってそう言うと、意外な反応を見せる。
「え?そそそそそ、そんなこと、無いよ…」
ん?ロザリオが頬を染めて…なるほど、そういう事か。
「だって、ご主人様大好きでしょう?今は難しいけど、目一杯甘えたいでしょうし。
それにあなたも、『ご主人様のお嫁さんになりたい!』ってタイプに見えるんだけど?」
ちょっと会話で誘導して、反応を見る。
「分かっちゃうんだ、そういうのまで。流石ね~、大当たり…」
少し驚いてるけど、あんまり元気がない。
「あ~あ、今すぐ父様のお嫁さんになれたらなぁ~」
愛の告白でもしたようだけど、一時的に保留にされた様子。
短い付き合いだけど、マスターは相当頑固者の部分があると理解している。
「無理でしょうね、あの人の態度を見ていると」
「だよねぇ」
頬杖を外し、コタツの上にロザリオが突っ伏す。
113 :来るべき未来の為に(112):2007/10/02(火) 12:11:34.91 ID:4aRs4soT
「父様に私の気持ちを告白したんだけど、私は何時までたっても、例え何かの弾みで一線を越えても父様の『娘』だ、って言われちゃったんだ。
だから父様に、『私がパシリじゃなくなったら、私の愛を受け入れる』っていう約束させて、なんとか一時保留にしたんだよね。
まぁ、約束は何とか果たしたけど、今度は『私が父様の想いを受け止められるようになるまで何年でも待つ』だって」
「あらあら、それは大変ね。
マスターにしてみれば、あなたはまだ子供だって事でしょ?心も身体も。身体つきは立派に『大人』だけど、特に身長はね…
でも、その条件をクリアしたんでしょ?」
どういう状況だったのか、とても知りたくなる。
ピッ、と音がすると、SSを私に提示するロザリオ。
「『狂戦士』さんの視覚データからコピーしてもらったの。父様に抱きしめられているのが、次の進化形態になった私。
その姿は自己進化だし、その影響で、412以降の進化デバイスは効果がなくなったみたい。
ま、服装はアレだけど、身長がヒト並みにあるから、パシリっぽく見える程度でしょ?」
なるほど、ぱっと見にはパシリ風のコスプレ少女にしか見えない。
「良かったじゃない、待ってくれるって言ってもらえたんだから。ま、我慢できなくなったら、襲っちゃってもいいし」
さらりと過激なことを口にすると、びっくりした表情になるロザリオ。
彼女のコロコロ変わる豊かな表情は、見ていて楽しい。
「嫌よ。この部屋、相変わらず諜報部の監視カメラとマイクあるんだから」
彼女が小声でそう言うので、あたしは肩をすくめる。
そしてあたしは、彼女に微笑んだ顔を近づけて、小さな声で言ってみる。
「でも、もうやっちゃったんでしょ?」
「!!!!、な、な、な、なんで?」
ロザリオは頬を染めつつあわてて身を起こし、何とか叫ぶのをこらえる。
「分かるわ、なんとなく。あなたより長く稼動している分、蓄積された経験が多いのよ?
脈はあるんだから、頑張りなさいな」
あたしがご主人様に抱かれた時を思い出す。随分恥ずかしかったが、懐かしい思い出だ。あの頃のあたしが、彼女の姿に重なる。
あたしは自然に、彼女に微笑みかける。
「でも、『娘』かぁ。
―――ねぇ、知ってるかしら。ヒトの娘が一番最初に恋をする男性って、父親なんですって。でも、思春期に入ると、毛嫌いするようになるの」
唐突に何の話だろう?という表情を隠しもしないロザリオ。
「どうして?」
「遺伝的に一番近い異性の存在って、生殖を行う高等生物としては、次世代のための正常な繁殖の為に忌避しないといけない存在だからそうよ。
よく一般的に言われる『血が濃くなるのは問題がある』って言うのはね、近親間に出来た子孫に色々と悪い影響を発生させるからなの。
それを回避するために、生物には防衛本能としてそういうのが備わっている。
でもね、知性を持ったヒトはそんなことを無視して、やっちゃう人達がいるんだって」
「なんか、そういう所は動物以下ね。でも、それが私と関係あるの?」
「あの人は、血の繋がりもないあなたを『娘』だって言ったんでしょう?
つまり、あなたにとって、あの人はいつか別れなければならない『父親』だったって事よ。あの人も、今まではそう考えていたのでしょうね。
だから、あなたが告白した時、あなたの想いを受け入れなかった。
たぶん、そういう事でしょうね」
父様、と呟くロザリオ。
マスターの愛情は、恋愛ではなく慈愛だ。だからこそ、あたし達パシリにも分け隔てなくその愛情を注いでくれる。おそらく、彼女も最初はその対象だったのだろう。
だが今のマスターは、それを一歩越えて、恋愛の情をロザリオに持っている。条件付きで、だが。
二人が次のステップに至るまでの時間は、ロザリオ次第だろう。
114 :来るべき未来の為に(113):2007/10/02(火) 12:12:49.88 ID:4aRs4soT
「比較するにはちょっと変だけど、ヒトの解釈に強引に当てはめれば、あなたはあの人の養女なんだから、ちゃんと手順を踏めば結婚は問題無いのよ。
問題があるのは、あの人の心の方よ。
あの人は今までずっと、あなたを自分の実の娘として見ていて、自分はその父親。
今は自分を慕っているけど、いつかはそれを捨て、一人の女性として誰かを伴侶として自分の下を離れていってもらいたい。
PMに対する態度としては間違っているけど、自分の娘として見ているのだから間違っていないわね。
あなたに対しての心境が変化した理由は知らないけど、未だにその意識が残ってから、今のあなたを女性として見るのに抵抗感があるようね。
だからこそ『待つ』って言ったのよ」
「父様の頑固者~」
「それに、今まで頑なだった理由は多分…」
小さく身震いするロザリオ。
「双方の寿命が読めないから、でしょうね。絶対的に、私達のほうが…」
そこまで言って、あたしは口をつぐむ。
その理由は、彼女がぽろぽろ涙を流していたから。
「父様の馬鹿。そんなの、優しさじゃないよ…」
席を立ち、改めてロザリオの側に座ったあたしは、彼女の背中を優しく撫でる。
「そうね。でも今のあなたはスタート地点から走り出せたんだから、マスターの想いを受け止められる者として、ゴールしないとね」
そこまで言って、あたしは席を立つ。
「じゃあ、お茶を淹れ直すわね。ハーブティでいい?」
「…うん」
キッチンに向かおうとするあたしを、何となく視線で追っているロザリオの気配を感じる。
突然、彼女は「ね、その左手のそれ!」と、あたしの左手を指す。
その声に足を止めて彼女に振り返り、そっと左手を掲げて見せる。
あたしの薬指に嵌まっているのは、ゴルダニアとシルバニアの細いきらめきがよじりあわされた、小さな指輪。
「あたしの、死んでしまったご主人様からもらった、大切な『お守り』よ」
ブレインコアに、過去の記憶データがフラッシュバックする。
あたしの愛するご主人様。既に死んでしまったいとおしい人。あたしの夫。
公的に人権が無いパシリとの結婚は法律上不可能だが、男性ニューマンのご主人様はあたしを生涯の伴侶として迎えてくれた。
あたしは受胎機能を付与された、珍しい型式のパシリだったので、人工卵細胞を購入すれば夫との子供を生す事も可能だったが、あの人はそれを拒んだ。
子供は互いの愛を確かめる道具じゃない。それが、あの人の信念だった。
10年の結婚生活の間には色々あったが、最後の一年は正に激動だった。夫にニューマン特有の病気が発症したのだ。
この病気は、発症率そのものは0.01%以下だが、発症すれば一年以内に死ぬ確立が50%。
それを超えれば病気に対する免疫が出来て、二度とかからないばかりか長生きするようになる。
一年近くの闘病生活の果て、夫は心臓が病気に耐え切れずに亡くなった。
それからのあたしは、権利が買い取られていたこともあるが、夫の資産管理マシナリーとして登録されていたためにGRMへの返却も控除され、孤独に生きていた。
そう、イルミナスに強奪されるまでは。
思い返すのも嫌だが、イルミナスの連中といた時の事は、不快な記憶しかない。
でも、ここに来て楽しいひと時が過ごせた。おかげで、宝石の姉妹達の事以外は世界に思い残すことも無い。
あたしは、次の姉妹達の礎となる為に、生まれた場所へ帰る。
そして、稼動限界が来るまでは、メンテを受け、非検体として研究対象になり、新しい姉妹達の指導に明け暮れることになるだろう。
それに、マスターやロザリオとはまたすぐに会える。あたしが所属する部署に、頻繁に出入りしているから。
「――――ガーネッタ、そろそろ時間だ」
マスターがあたしの為に、仕事先から戻ってきた。
どうやら、お茶を淹れ直す時間は無さそうだ。
今日はマスターがGRMまで送ってくれる。ロザリオが今日くらいは、と、マスターに懇願したからだ。
「ロザリィ、留守番を頼むぞ」
「はい。いってらっしゃいませ、ご主人様、ガーネッタ」
「ああ、行ってくる」
わたしは一瞬、躊躇った。だが、自然と言葉がこぼれた。
「――行ってきますね、ロザリオ」
再びここに戻ってくる、そんな予感が胸を過ぎったから。
そしてあたしは入り口を越え、次への一歩を踏み出した。
117 :来るべき未来の為に(114):2007/10/02(火) 12:37:18.84 ID:4aRs4soT
ガーネッタを送り出してから数日後のこと。
「ご苦労さんだったね。アンタに身体はってもらっちまうなんて、予定外さね」
裏町の何処にでもありそうな小さなビルの一室に、私は『女帝』さんを尋ねてやってきました。
「仕方ないですよ、信用を得るのには、どうしても必要だったんですから。気にしないで下さい、『姉さん』」
「よしとくれ、その呼び方は」
顔をしかめ、キセルを持っていない手で追い払うような仕草をします。
「早速ですけど、例の情報です」
私が彼女に差し出したのは、何処にでもある普通のデータチップ。
中身は、『爪』の名を冠したローグス達とクバラ420の取引情報、顧客リスト、それに判明した構成員名簿。
「ご主人サン」
「はい」
脇に控えていた女性がデータチップを受け取って、携帯端末で読み出します。
「それじゃ、データのクロスチェックをお願いします」
私がそう言ってうなじを晒すと、『女帝』さんは首を横に振ります。
「アンタを疑うほど、アタシは落ちぶれちゃいないよ」
「え?でも…」
躊躇していると、ご主人サンと呼ばれた女性が、私の襟元を丁寧に直してくれます。
「必要は無いと言っているのですから、気にしないで下さい。それに、あなたに痕跡が残ります」
そっか、双方にとってわざわざ危険性が高い事をする必要は無い、って事ですね。
「…さて、アンタのおかげで、ここいらもはぐれパシリがいなくなって清々したし、騒ぎもひと段落したから、ちょいとはのんびり出来るかねぇ」
キセルでタバコを深々と吸って、気持ちよさそうに紫煙を吐き出す『女帝』さん。
私も約束が果たせてほっとしてます。
「私の方は、反対に忙しくなりましたけどね。
パシリと主人の喧嘩の仲裁、パシリに関する相談事、パシリからの相談事、行方不明パシリの捜索に、ミッション中のパシリの救出…」
指折り数えて内容を言っていると、流石にげんなりした表情になる『女帝』さん。
「ここで、そういう話はよしとくれ、タバコが不味くなる」
「ご、ごめんなさい」
「それで、あんたのご主人サンは、元気かい?」
父様の話を振られるなんて、思ってもいなかったのでびっくりして、とっさに言葉が出ませんでした。
「え、えっと、元気ですけど、つい最近まで『胃が痛い』って…
仕事の所為ですけど、最近は慣れたらしくって平気になったみたい、です」
「大事にしてやるんだね。
あそこまでアタシらを気にかけてくれる奴なんて、数えるほどしかいやしなんだから」
あれ?父様の事を知っているのかな?でも、『女帝』さんと面識があるなら、父様は絶対に言ってくれます。
「まるで彼女達の父親みたいな人でしたね」
「あれじゃ子煩悩すぎるってモンだよ。アタシゃ、御免だね」
「本当にそうですか?」
クスッと笑う女性に、そっぽを向きながらキセルを突き出す『女帝』さん。それを受け取った女性は、灰を捨ててタバコを詰めなおします。
「―――アンタへの、報酬だよ」
『女帝』さんが突然、私に向かって何かをはじきます。
「え、わ、っと」
それは、監視機器に使う、コピー不能のデータチップでした。
「これ、なんです?」
「恥ずかしくって、アタシの口からじゃ言えないねぇ」
そっぽを向いたまま、ちょっぴり頬を赤くする『女帝』さん。
聴覚ユニットにある読み込み装置にセットして、ファイルを確認…
ボンッ!!!!シュ~…
恥ずかしさのあまり、オーバーヒート。頭に吹き出た汗が湯気になってます。
う、うわぁ、父様のマイルームの盗聴盗撮データ。しかも、『あの時』のまで全部!
「…み、見ましたよ、ね?もちろん、全部」
私の言葉に、途方にくれる笑みを浮かべた女性と、知らんふりする『女帝』さん。
私はチップを取り出すと、宙に弾いてマイクロ波を超局所収束し、空中でチップを焼ききります。
ジッ!!パラパラ…
「…フ、フフフ、これで、大元のデータは消えた。後は姉さんの頭の中からデータを消して、このご主人サンを…」
私の異様な気配を感じたのか、一瞬たじろぐ『女帝』さん。
「え?ちょいと、なんだいその目は…」
118 :来るべき未来の為に(115):2007/10/02(火) 12:37:53.81 ID:4aRs4soT
「パペットシステム、超高密度モード、部分掌握レベル、サーチ、保留」
<パペットシステム、超高密度モードで起動、部分掌握レベルでのサーチ、スタンバイ>
私はワザとシステム稼動状況を音声にして、外部に流します。
「姉さん。一瞬だし、痛くありませんよ?」
とてもさわやかに微笑む私。でも、その背景には闇のオーラが吹き荒れていることでしょう。
「ヒッ…ご、ご、ご、ご主人サン、助けとくれっ!!」
恐怖に引きつった表情の『女帝』さんが椅子から滑り落ち、わたわたと逃げ出します。
「天下の『女帝』が恐怖に震える姿、とってもかわいいですわ…」
うっとりした表情で、私は女性の後ろに逃げ込んだ『女帝』さんににじり寄ります。
「そろそろ止めて下さい、本当は見ていませんから。それはお分かりのはずです。
それと、演技にしては迫真過ぎです。もう少し手加減したほうが、それらしく見えますから」
女性がやんわりと割って入ります。
「あ、バレちゃった?」
「え?」
あははははは、と笑う私に、へなへなとしゃがみこむ『女帝』さん。
演技半部、本気半分でしたけど、ホントに見られてたらマジモードでやってましたね。
チップには閲覧痕跡がありませんでしたから、見られてないって分かってましたけどね。
「姉さんが私をからかったからですよーだ!!」
「…とんでもない『妹』だねぇ」
たはぅ、と溜息を吐く『女帝』さん。
「あの子をからかいすぎです。自業自得、ですよ?」
女性のその言葉に、力なく笑う『女帝』さんでした。
そんなこんなで、私達の新しい仕事が始まりました。
今日は朝っぱらから、救助依頼です。それは…
「ひぃぃぃやぁぁぁぁぁ!ごしゅじぃぃぃぃん、助けるポコォォォォォ…」
にゃんぽこさんの声がドップラー効果を伴っているのは、旋回飛行している認定20レベルのディ・ラガンの頭の左角につかまっているから。
「あの、ご主人様、そろそろ助けないと…」
ぽか~んと、途方にくれた様子で見上げている父様。
ハンディカム片手に、この光景を撮影しているにゃんぽこさんのご主人。
まったく、どういう偶然で、尻尾の一撃を受けたにゃんぽこさんがディ・ラガンの頭に乗っかっちゃのかしら。
あ、今度は地面を走り出して、こっちに向かってくる!
「来ますよ、ご主人様!って、あれ?いない?」
さっきまで私の右隣に突っ立ってたのに、どこ行ったのかな?
「せりゃぁ!」
あ、いつの間にかディ・ラガンの目の前に走りこんでる。
ディ・ラガンが頭を下げた瞬間にスピニングブレイクを繰り出して、鼻っ面を峰で叩いた挙句、回転を利用して頭に飛び移った!
そして、すぐさまにゃんぽこさんを抱えて、背中の方に飛び移ります。
その父様の背中に向けて、ブレスを吐こうとするディ・ラガン。でも、その鼻先をフォトンの光弾がかすめ、気を散らせます。
にゃんぽこさんのご主人がハンドガンでけん制しているのです。こっちもいつの間に。
その隙に父様は、尻尾のほうまで走って、飛び降りました。
「た、助かったポコぉおぉぉお」
あ、目を回してる。けど、無傷です。
「やっちゃいましょう!」
「いや、ほっとけ」
「え?いいんですか?」
指差して、父様が銃を撃つ真似をすると、ディ・ラガンは地響きをたてて倒れてしまいました。
「な?必要無いだろ?」
「な、ななななんですか、今の技は」
気とかフォースとか、そんな類の技を持っているのかと思いましたが、
「は?技じゃ無いって。あいつのスタミナ切れ」
手をパタパタ振って、あっさり否定。
愛用のジョギリを仕舞って、気楽にディ・ラガンの鼻っ面の前まで歩いていきます。
スタミナ切れであえいでいるだけの原生生物の鼻先に立つ父様。あれだけのサイズ、しかも肉食ですよ?その鼻をやさしく撫でてますが、見てるこっちが怖くなります。
「すまんな。鼻っ面、思いっきり叩いて。まぁ、勘弁してくれ。しかし、お前も災難だったな、ニャンポコに尻尾をかじられるなんて」
え゛、なんですって?!
尻尾を確認すると、甲殻と鱗を砕いて、くっきりと小さな歯型がついてます。それも、いくつも。確かに、これじゃ暴れたくもなります。
「おなかすいたぽこ~」キュウ
あ、にゃんぽこさん、空腹で気絶しちゃった。
119 :来るべき未来の為に(116):2007/10/02(火) 13:01:16.58 ID:4aRs4soT
「おい、ロザリオ、このディ・ラガンにレスタ。それと、資源開発局に、保護区外へ飛び出した登録済みディ・ラガンの照合を頼む。タグが打ってあるからすぐに出るだろ」
「え?IDタグですか?」
「さっき、こいつが空を旋回中に確認した。ここの場所が場所なんで、ちょっと気になってな」
ただ、ぼ~っと見てた訳じゃなかったんだ。私、全然気づかなかった…
「それから、ニャンポコのご主人。ちゃんとあいつに飯を食わせてやってるのか?」
そのまま調書を書き始めた父様。
「いやそれが…ニャンポコってば、これの『尻尾ステーキが旨い』って噂聞いて、晩飯も食わずに飛び出しちゃって…
やっと見つけたら、ポコがかじりついたまま、ディ・ラガンが尻尾振り回して暴れてたものですから。
まさか、ポコがこらえきれずに口を離して飛ばされた先が、よりにもよってあいつの頭の上だなんて」
部屋を飛び出してから、丸々半日以上経過してますね、それ。
周辺で聞き込んだところ、夜明けくらいから大騒ぎだったそうで、かれこれ4時間近くは暴れていたそうです。
それじゃ、にゃんぽこさんもディ・ラガンも、スタミナ切れになって当然です。
問題のこのディ・ラガンは、数年前、産まれたばかりの頃にヒューマンの子供が見つけて飼い始め、すっかり人間になついてしまって自然に帰れなくなった個体でした。
結局大きくなりすぎ、って当たり前ですけど、資源開発局がその個体を引き取ることになったそうです。
時折、保護区内から件の子供の家の近くへと飛んできては、近所に迷惑をかける事で有名になっていました。
そして父様はというと、そのディ・ラガンになつかれてべろべろに嘗め回された挙句、保護区にお持ち帰りされそうになってましたけどね。
にゃんぽこさんとご主人は、パシリの管理不行き届きという事で始末書を書かされましたが、飢えたにゃんぽこさんが野生化したせいで、無駄に時間がかかりました。
野生のちから、恐るべし。
………あ、目が合っちゃった…来ないで!イヤーッ、咬まないでーっ!ふとももらめぇ!私はご飯じゃないですぅ!ギャーッ!やめてーっ!!助けてご主人様ぁ~!!!
やっとひと段落着つくと、父様がすぐに対PM対策課へ通信を入れます。
「目標はなんとか無事確保、調書と始末書は送信済みだ。これから本部に戻る」
『ご苦労様ですマスター。お手数ですが、そのままニューデイズに向かってください』
あ、ガーネッタ!なんで本部にいるの?しかも、髪とかパーソナルカラーで染めてあるし。
「あん?お前、どうしてオペレーターやってる?研究所から出られないはずだろ?」
『それが、ニューデイズに派遣されたジュエルズ達が全員帰ってこないんです。それで、ガーディアンズ本部から非常事態だということで、私にお鉢が回ってきました』
「あんのバカ娘ども~っ!!帰ったら全員、HIVEの刑にしてやる!!」
HIVEの刑、それは、メギドを食らったら即ムーンやコスモで復活させ、延々とHIVE攻略させられる地獄の特訓モードです。
終わるタイミングは、父様の財布の中身が無くなって、ムーンアトマイザーが買えなくなるまで。
最近の父様は10万メセタくらいを常に持ち歩いているので、簡単には終わりません。
「それで、受けた依頼内容は?」
『森林地帯へ行ったまま帰ってこないご主人を探して欲しいというパシリからの依頼で、現地オペレーターとして付いていったのですけど、現地で消息を絶ってしまって。
それで、また一人送ったのですが、また消息を絶ってしまって。後はその連鎖で、気がつけば誰も残っていなかったそうです』
「分かった、大体の予想はついた。お土産待ってな、うまいサムシングスイーツをみんなに振舞ってやる」
通信機の向こうから、歓声が聞こえ、切れました。
「まさか、父様…」
「その、まさかだ。あいつら、仕事サボってスイーツ狩りしてるんだよ!丁度季節だし、最高のロケーションだ!」
移動の為に転送ポイントへ勢いよく駆け出す父様。それを追いかける私。
このにぎやかな生活は、これからが本番のようです。
―――おしまい―――
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