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第二十×章「再来」


小鳥のさえずりが聞こえる今は朝方。
遥か彼方の山頂から微かに太陽が顔を覗かせている。
街を見渡せる丘の上に、その男はいた。

初夏だというのに黒い外套を着込んだその男は、花を片手に立ちすくむ。
目の前には薄汚れた石碑があり、その横には小さな墓がぽつりと建っている。

微かな朝焼けを背に、男は口を開く。

「まさかな…お前までいなくなるとは思わなかったよ」

男はしゃがみ込んで、手に持った花を墓に供える。
男は墓を見据えたまま言葉を紡いだ。

「えとさんが消え、蛹が去ったこの街で、お前だけが残った。だがそのお前ですら消えてしまうなんて、さ」

吹いた風が水仙の花を揺らした。

「思えば―――ここが始まりの場所だったな」

丘には桜の木が青々と葉を茂らせている。この街を全て見下ろすかのようなこの桜は、この街を開拓した三人の人間が植えたものであるという。

桜の葉に思い出を刻み、花に咲かせては酒と共に過去に耽(ふけ)る。そうしてこの街の人々は刻を重ねて来たのだという。

「あの三人の末裔……最後の一人だったのに」

「安い酒だけどさ…ほら、飲めよ」

石を流れる酒は、どこか涙にも見えた。

「……人伝に聞いたよ。お前の最期を。
あれぞまさしくお前だ……。汚れを知らない狼め。最期までその誇りを捨てなかったか」

菊の花が揺れた。朝の澄んだ風が丘を駆け抜けてゆく。

一通り言いきったのか、男は再び口に酒を注いだ。漏れた溜め息は重い。

「…仇は取るよ、石覇」

缶を墓に置いて男は立ち去ろうと腰を上げた。遠い朝日に目を細めて。
石覇と刻まれた墓と桜の木が、朝焼けを浴びていた。






「その必要はない」

男はその声を背に聞いた。直後に聞いたのは石の―――墓の砕ける音。
男は腰に差した木刀に手を掛け、振り向くと同時に構えた。

「誰だ」

短く問うが、その答えは返ってこなかった。
否、聞くまでもなかった。

180を超える男が、陽を抱いて直立している。
その姿は紛れもなく―――


やりきれない憤りを胸に仕舞い、男はポケットから缶を取り出し、一口飲む。そして

「…石…覇……」
「ああ、俺だ。よくも俺を勝手に殺してくれたな」

その声は以前と変わりなかった。
緊張がほぐれ、その緩みからか笑いが漏れた。

「は…はは、だよな。お前がそう簡単に死ぬ筈がないよな」
「当たり前だ。俺が死んでは、あの二人に顔向けできぬ」

男はふと思い立ったようにポケットを漁ると、ビンを取り出し石覇に投げた。

「ワンカップだけど、飲めよ」
「すまない」

腰を降ろすと二人は語り合い始めた。事件の真相・綺羅祭壇の傾き・選挙の進行状況・そして―――

「綺羅祭壇はどうするんだ。向こうはあの事件を隠蔽しようとしている。生き証人のお前がいるとすれば、只じゃ済まないだろう」
「俺は倒れた後、ある病院に運ばれた。闇医者の病院だが―――腕はいいらしくてな。こうして酒を飲めるのも闇医者のお陰だ。
その闇医者も律儀なもんでな、俺の事は一切口外しないと言った。」
「そうじゃない、今後だよお前の。……あの研究所でかくまってやろうか?」
「あそこか……じゃあ、世話になろうか」
「ちなみにお前の容体は?」
「絶対安静。」
「おまっ……」

蒸せる男を尻目に、石覇は東を見詰めた。



「綺羅祭壇は止まる事を知らない。あの大黒屋の事だ。この事件はもみ消し、すぐに手を打ってくるだろう。」
「だがな石覇……お前一人で暴れても、組織には勝てんぞ。……宛てでもあるのか?」

「……ああ、奴なら…」
「珍しいじゃないか。お前が他人を認めるなんて。どんな奴だ?」

「そうだな…」

石覇は東を見据えた。



「太陽―――とでも言っておこうか」

「随分と抽象的じゃないか。だがお前が認めるほどの者なら異議は唱えない。」

男はすっくと立ち上がる。石覇もそれに続いた。

「して、その太陽の名前は?」
「ハク…という」
「そうか…わかった。」

男は丘から街を見下ろす。夜が明けて間もない街はまだ静かに眠っている。

「……魚京よ、」
「なんだ石覇?」
「ハクを頼む。……嵐の予感がするのだ。」
「嵐、か…」


嵐という言葉に魚京と呼ばれた男は眉をひそめる。
赤く燃えている東方を余所に、蒼天は暗雲に犯され始めていた。


fin