第30章 「訣別」


放課後のとある教室。
男子が二人話し合ってる中に、一人の男がドアを開けて乱入した。

「ハク、大変だ。マズい状況になった。」

男の名はソーマ。納得高校の交換留学生である。
彼は一枚の紙を手に、息を切らして男子のいる机に駆け寄った。

「ソーマか……なんか用かよ。」

ハクはそう告げるとソーマを睨みつける。その眼には明らかな疑惑と微かな敵意の色があった。
しかしソーマは違和感を感じつつも、言葉を続けた。

「…これを見てくれ。」

手に持っていた紙を机に広げると、ソーマはグラフを指さした。

「なんだコレ……新聞か?」

ハクの向かいの席に座るボブが呟いた。ソマレは頷き、説明を続ける。

「ああ、これはこの街の大学の新聞部が作ったこの街の新聞さ。友人がその新聞部でね、僕も定期的に読んでるんだ。」

「で、それがどうしたって言うんだよ。」

ぶっきらぼうにハクは答える。だがソマレは気にしなかった。否、気にしないよう努めた。

「このグラフ……綺羅祭壇の支持率を統計したものなんだ。」
「うぇ、先週よりも30%もあがってるじゃん…」
「そうなんだ…。先日、嵐があったのは覚えてるかい?」

ああ、と二人は短く答えた。

―――それは先週。
沖縄から北上してきた台風がこの街に直撃した。
学校やハク達に被害は無かったものの、神社や古い民家、畑などはかなりのダメージを受けたという。

「台風と綺羅祭壇、どう関係があるんだよ。」
「その台風があった後にね、綺羅祭壇が動いたのさ。怪我人の手当てや被害のあった箇所の修理。そして被害にあった農家へは、綺羅祭壇から補助金が出たらしい。」
「そういや、今週から知らない人がよく保健室に来てたな…。」
「そうさ、この学校の保健室も一般の人の為に解放されたんだ。……先生がHRで言った筈だけど……」
「だってオレら先生の話なんて聞いてないからなー。あはははは…」

ボブは恥ずかしそうに笑うが、向かいに座るハクは依然として険しい表情だった。

「でもソレとハクがどう関係するんだ?」
「まず綺羅祭壇のイメージがよくなり、大人たちの信用を得る。そしてその子供たちも自然と綺羅祭壇にいいイメージを持つようになる。選挙にもきっと影響が出ると思うよ。」
「なるほど……あ、でもこの学校での綺羅祭壇のイメージは悪いじゃん。そう簡単に覆るか…」

「……あの『殺人事件』……だよな。」

暫く黙っていたハクが口を開いた。
『殺人事件』―――それは数週間前に起こった。

夜遅くの保健室で、一人の教員が殺害された。
そして同時に一人の生徒が行方不明となった。
目撃者は保健室の先生だが、精神的な問題で有休をとっている。
問題は、殺害された教員が綺羅祭壇の幹部であることから、殺害された理由が綺羅祭壇に関することだと噂されている事。
噂によれば、『綺羅祭壇の反対派に殺された』『教員が綺羅祭壇を裏切った』『教員が綺羅祭壇に刃向かう生徒を殺そうとした所を返り討ちにされた』『綺羅祭壇の秘密基地を知りすぎてしまったために口封じされた』などと様々である。

「その事件は綺羅祭壇とは一切関係のない事が警察の調べでわかったんだよ。」

「……まじでか?」
「……なんだって?」

二人は声を上げた。
ソーマは机に広げた新聞を裏返すと、一つの記事を指差した。

「…『警察の調べによれば、犯人は外部の人間である可能性が高く、校内の金品が盗まれていた為に強盗殺人として調査を進めている。尚、同時期に行方不明となった当高校の生徒との関連性はないと判断している。』……ってね。」

「…………」

二人は返す言葉が無かった。

二人は記事を何度も読んだが(ただしボブは逆向きなので読むのには困難を極めた)、ソーマの言葉に偽りがない事を知ると、溜め息を漏らした。

「……ヤバいじゃん、どうするよハク……。

………ハク………?」

ボブが質問を投げかけるにも関わらず、ハクは記事をじっと見つめていた。

「……どした?なんかあったのか…?」
「この『行方不明の生徒』……」

記事の一部を指差す。
そこをボブが(逆から)読んだ。

「え?………なになに、
『行方不明となった石覇響慈君(17)は……』
……
……
………何ィィ!!」

ボブが大声を上げた。
間違いがないかと何度も読み直すが、書かれた名前が変わることはあるはずもない。

「石覇って……まさか……」
「君達、知り合いなのかい…!?」
「ああ、ちょっとな…」
「君達知らないのかい?石覇君がどこに行ったか!!」
「さぁ……オレらは何も……」

ボブが言葉を繋げようとしたその時に、ハクが突如立ち上がった。
ガタンという音だけが、声を失った教室に響いた。

「知ってたらどうするんだ?」

ハクの言葉は冷たく鋭い鉄の剣となってソーマを刺した。

「どうって……報告するん……」
「綺羅祭壇…大黒屋にか?」
「!?
……何故ここでその名前が出てくるんだい?」

「決まってるだろう。お前が綺羅祭壇の人間だって言ってるんだよ!!」

ハクの言葉が走り去った教室には沈黙だけが残った。ソーマがそれを打ち破るまで。

「…まさか、そんな訳な……」
「相馬 麗…『綺羅祭壇主席の大黒屋と同期であり、二人は親友である』…お前の担任だった先生から聞いたよ。」
「…………」

ソーマは口を閉ざし、ハクの言葉を受け止める。だがハクの斬撃は止まなかった。

「お前は親友に頼まれてこの俺に近づいたんだ。俺を監視するのか破滅させるのかは知らないが……」

その先の言葉をハクが繋げる前に、閉ざされてていたソーマの口が開いた。

「その話、誰に聞いたんだい?」

ソーマの言葉は先ほどのとは違う。どこか影のある言葉だった。

「そんなのは誰だっていいだろ!綺羅祭壇のリーダーの親友だったことには違いない!!」
「『親友だった』ね。今は違う。彼はもう…僕の親友だった『大黒屋』じゃないんだ……」

ソーマは俯き、苦虫を噛むように呟いた。彼は知らずに拳を堅く握っていた。

「……なんとでも言ってろ、綺羅祭壇のスパイとはこれ以上交える言葉はねぇよ。」

そう吐き捨てると、ハクはドアを乱暴に開け去っていく。
ボブも足早に教室から出ていった。

一人。
残された男は遠い窓から、校門を出る二人の少年を見送った。


憂いを含んだ顔が朱に染まる。


太陽は次第に傾き始めた。


  ―――『訣別』fin

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年01月11日 15:12