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第十三章「プライド」 前編 「ねぇ。私、あなたが好きなの。」 ハクの前に現れた少女はそう告げた。 カツン。カツン。 次第に少女はハクとの距離を詰めてゆく。優雅なその歩みは、どこか獲物を狙う蛇を連想させる。 カツン。カツン。 ハクは無意識の内に後ろに退いた。だが数歩下がったところで壁にたどり着いてしまった。 カツン。カツン。 少女は動揺するハクの様子を小動物を愛でるように眺める。 カツン。カツン――― 呂姫はハクの目の前に立ち、舐めるようにハクを見つめる。 黄金のしなやかな髪が、白く玉のような肌が、小さな甘い唇が、ハクの全てを魅了してゆく。 理性だけが、今のハクを保たせていた。 「そんな怖い顔しないで…ね?」 呂姫の細い両腕が首に回り、彼女は顔を近づける。銀の眼は蒼天のように澄んでいて濁ることを知らない。水晶の瞳に見据えられ、ハクは抵抗すら忘れていた。 ―――とすん、と。 ハクの躯に呂姫の躯が重なる。やわらかい甘い香りが、耳元に聞こえる吐息が、確かに感じるぬくもりが、胸から伝わる小さな鼓動が、ハクの理性を次第に壊してゆく。 そして悪魔は囁いた。 「ねぇ……私と……一つに……」 呂姫は静かにその唇を近づけた。直に感じる彼女の吐息に、目前に迫る甘い唇に、ハクは本能に抗う術を失った――― 一切の抵抗も出来ずにハクは為されるままになる。 唇が近付く寸前、あたしは笑った。 ―――大した事ないわね。大黒様も何でこんな奴に興味を持ったのかしら――― 直後。 「――――ッ!?」 あたしは床に倒れた。唇が触れ合う寸前に……ハクが突き飛ばしたのだった。 「―――――――」 ハクは無言のまま軽蔑するかのように睨みつけてくる。その眼は冷たく、恐怖さえ感じた。 「な、何よ…」 あたしは困惑していた。完全な拒絶。嫌というほどの敵対心。それを全身に浴びようとは夢にも思わないから。 「――お前は綺羅祭壇の回し者か」 彼の声は否定を許さない。彼はあたしの一瞬の油断を見抜いて、その裏にある策略をも見抜いていた。全てを悟った彼の前に、あたしは何も言えなくなる。 「こんな……人の心を踏みにじるような事までして……納得いかねぇ……!」 彼は怒りを露わにするかのように、握った拳で空を切った。その怒りは行きどころを無くして、声だけが教室に響く。 あたしは悔しかった。 あたしは自分に自信があった。今までこんな拒絶を受けたことなど、なかった。 認められない、受け入れられない。それが―――悔しい。 「…………」 彼はあたしをいないかのように無視して扉へと向かう。 あたしは悔しくて悔しくて、憎くて憎くて、…彼を叩きのめしたくなって。 気付けばあたしは、教室にあった傘で振りかぶっていた。 そしてまた気付いた時には、傘を弾かれ赤い模造刀を顔に突きつけられていた。 「お前らの頭に伝えろ。俺はお前らなんかには負けない。必ずやこの学校を治めてみせる、ってな!!」 彼はそう言い残して教室を去った。 ―――ガタン。 何の音か理解するのに数秒掛かった。……それはあたしが床に崩れ落ちた音だった。 認めたくない。認めたくなかった。誘惑に失敗したことも、武が及ばなかったことも。そして、拒絶されたことも。 けれど現実は優しくなんかなくて、教室に惨めに崩れてるあたしと、情けなく骨が折れた傘が全てを証言している。 「……くぅ……」 彼が憎い。他人にこんな強い意識を持ったのなんて初めてで。 悔しくて悔しくて、制服をきつく握りしめてるあたしがいた。けど何も変わらない。現実も何もかも。握れば握るだけ皺が増えてった。 だけど。 一つだけ変わってしまっていた。 たった一つだけ。 fin

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