「第十三章」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「第十三章」(2006/11/27 (月) 22:48:25) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
第十三章「プライド」
前編
「ねぇ。私、あなたが好きなの。」
ハクの前に現れた少女はそう告げた。
カツン。カツン。
次第に少女はハクとの距離を詰めてゆく。優雅なその歩みは、どこか獲物を狙う蛇を連想させる。
カツン。カツン。
ハクは無意識の内に後ろに退いた。だが数歩下がったところで壁にたどり着いてしまった。
カツン。カツン。
少女は動揺するハクの様子を小動物を愛でるように眺める。
カツン。カツン―――
呂姫はハクの目の前に立ち、舐めるようにハクを見つめる。
黄金のしなやかな髪が、白く玉のような肌が、小さな甘い唇が、ハクの全てを魅了してゆく。
理性だけが、今のハクを保たせていた。
「そんな怖い顔しないで…ね?」
呂姫の細い両腕が首に回り、彼女は顔を近づける。銀の眼は蒼天のように澄んでいて濁ることを知らない。水晶の瞳に見据えられ、ハクは抵抗すら忘れていた。
―――とすん、と。
ハクの躯に呂姫の躯が重なる。やわらかい甘い香りが、耳元に聞こえる吐息が、確かに感じるぬくもりが、胸から伝わる小さな鼓動が、ハクの理性を次第に壊してゆく。
そして悪魔は囁いた。
「ねぇ……私と……一つに……」
呂姫は静かにその唇を近づけた。直に感じる彼女の吐息に、目前に迫る甘い唇に、ハクは本能に抗う術を失った―――
一切の抵抗も出来ずにハクは為されるままになる。
唇が近付く寸前、あたしは笑った。
―――大した事ないわね。大黒様も何でこんな奴に興味を持ったのかしら―――
直後。
「――――ッ!?」
あたしは床に倒れた。唇が触れ合う寸前に……ハクが突き飛ばしたのだった。
「―――――――」
ハクは無言のまま軽蔑するかのように睨みつけてくる。その眼は冷たく、恐怖さえ感じた。
「な、何よ…」
あたしは困惑していた。完全な拒絶。嫌というほどの敵対心。それを全身に浴びようとは夢にも思わないから。
「――お前は綺羅祭壇の回し者か」
彼の声は否定を許さない。彼はあたしの一瞬の油断を見抜いて、その裏にある策略をも見抜いていた。全てを悟った彼の前に、あたしは何も言えなくなる。
「こんな……人の心を踏みにじるような事までして……納得いかねぇ……!」
彼は怒りを露わにするかのように、握った拳で空を切った。その怒りは行きどころを無くして、声だけが教室に響く。
あたしは悔しかった。
あたしは自分に自信があった。今までこんな拒絶を受けたことなど、なかった。
認められない、受け入れられない。それが―――悔しい。
「…………」
彼はあたしをいないかのように無視して扉へと向かう。
あたしは悔しくて悔しくて、憎くて憎くて、…彼を叩きのめしたくなって。
気付けばあたしは、教室にあった傘で振りかぶっていた。
そしてまた気付いた時には、傘を弾かれ赤い模造刀を顔に突きつけられていた。
「お前らの頭に伝えろ。俺はお前らなんかには負けない。必ずやこの学校を治めてみせる、ってな!!」
彼はそう言い残して教室を去った。
―――ガタン。
何の音か理解するのに数秒掛かった。……それはあたしが床に崩れ落ちた音だった。
認めたくない。認めたくなかった。誘惑に失敗したことも、武が及ばなかったことも。そして、拒絶されたことも。
けれど現実は優しくなんかなくて、教室に惨めに崩れてるあたしと、情けなく骨が折れた傘が全てを証言している。
「……くぅ……」
彼が憎い。他人にこんな強い意識を持ったのなんて初めてで。
悔しくて悔しくて、制服をきつく握りしめてるあたしがいた。けど何も変わらない。現実も何もかも。握れば握るだけ皺が増えてった。
だけど。
一つだけ変わってしまっていた。
たった一つだけ。
fin