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第二十×章」(2007/01/12 (金) 23:11:24) の最新版変更点

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第二十×章「再来」 小鳥のさえずりが聞こえる今は朝方。 遥か彼方の山頂から微かに太陽が顔を覗かせている。 街を見渡せる丘の上に、その男はいた。 初夏だというのに黒い外套を着込んだその男は、花を片手に立ちすくむ。 目の前には薄汚れた石碑があり、その横には小さな墓がぽつりと建っている。 微かな朝焼けを背に、男は口を開く。 「まさかな…お前までいなくなるとは思わなかったよ」 男はしゃがみ込んで、手に持った花を墓に供える。 男は墓を見据えたまま言葉を紡いだ。 「えとさんが消え、蛹が去ったこの街で、お前だけが残った。だがそのお前ですら消えてしまうなんて、さ」 吹いた風が水仙の花を揺らした。 「思えば―――ここが始まりの場所だったな」 丘には桜の木が青々と葉を茂らせている。この街を全て見下ろすかのようなこの桜は、この街を開拓した三人の人間が植えたものであるという。 桜の葉に思い出を刻み、花に咲かせては酒と共に過去に耽(ふけ)る。そうしてこの街の人々は刻を重ねて来たのだという。 「あの三人の末裔……最後の一人だったのに」 「…石…覇……」 「ああ、俺だ。よくも俺を勝手に殺してくれたな」 その声は以前と変わりなかった。 緊張がほぐれ、その緩みからか笑いが漏れた。 「は…はは、だよな。お前がそう簡単に死ぬ筈がないよな」 「当たり前だ。俺が死んでは、あの二人に顔向けできぬ」 男はふと思い立ったようにポケットを漁ると、ビンを取り出し石覇に投げた。 「ワンカップだけど、飲めよ」 「すまない」 腰を降ろすと二人は語り合い始めた。事件の真相・綺羅祭壇の傾き・選挙の進行状況・そして――― 「綺羅祭壇はどうするんだ。向こうはあの事件を隠蔽しようとしている。生き証人のお前がいるとすれば、只じゃ済まないだろう」 「俺は倒れた後、ある病院に運ばれた。闇医者の病院だが―――腕はいいらしくてな。こうして酒を飲めるのも闇医者のお陰だ。 その闇医者も律儀なもんでな、俺の事は一切口外しないと言った。」 「そうじゃない、今後だよお前の。……あの研究所でかくまってやろうか?」 「あそこか……じゃあ、世話になろうか」 「ちなみにお前の容体は?」 「絶対安静。」 「おまっ……」 蒸せる男を尻目に、石覇は東を見詰めた。 「安い酒だけどさ…ほら、飲めよ」 石を流れる酒は、どこか涙にも見えた。 「……人伝に聞いたよ。お前の最期を。 あれぞまさしくお前だ……。汚れを知らない狼め。最期までその誇りを捨てなかったか」 菊の花が揺れた。朝の澄んだ風が丘を駆け抜けてゆく。 一通り言いきったのか、男は再び口に酒を注いだ。漏れた溜め息は重い。 「…仇は取るよ、石覇」 缶を墓に置いて男は立ち去ろうと腰を上げた。遠い朝日に目を細めて。 石覇と刻まれた墓と桜の木が、朝焼けを浴びていた。 「その必要はない」 男はその声を背に聞いた。直後に聞いたのは石の―――墓の砕ける音。 男は腰に差した木刀に手を掛け、振り向くと同時に構えた。 「誰だ」 短く問うが、その答えは返ってこなかった。 否、聞くまでもなかった。 180を超える男が、陽を抱いて直立している。 その姿は紛れもなく――― やりきれない憤りを胸に仕舞い、男はポケットから缶を取り出し、一口飲む。そして 「綺羅祭壇は止まる事を知らない。あの大黒屋の事だ。この事件はもみ消し、すぐに手を打ってくるだろう。」 「だがな石覇……お前一人で暴れても、組織には勝てんぞ。……宛てでもあるのか?」 「……ああ、奴なら…」 「珍しいじゃないか。お前が他人を認めるなんて。どんな奴だ?」 「そうだな…」 石覇は東を見据えた。 「太陽―――とでも言っておこうか」 「随分と抽象的じゃないか。だがお前が認めるほどの者なら異議は唱えない。」 男はすっくと立ち上がる。石覇もそれに続いた。 「して、その太陽の名前は?」 「ハク…という」 「そうか…わかった。」 男は丘から街を見下ろす。夜が明けて間もない街はまだ静かに眠っている。 「……魚京よ、」 「なんだ石覇?」 「ハクを頼む。……嵐の予感がするのだ。」 「嵐、か…」 嵐という言葉に魚京と呼ばれた男は眉をひそめる。 赤く燃えている東方を余所に、蒼天は暗雲に犯され始めていた。 fin
第二十×章「再来」 小鳥のさえずりが聞こえる今は朝方。 遥か彼方の山頂から微かに太陽が顔を覗かせている。 街を見渡せる丘の上に、その男はいた。 初夏だというのに黒い外套を着込んだその男は、花を片手に立ちすくむ。 目の前には薄汚れた石碑があり、その横には小さな墓がぽつりと建っている。 微かな朝焼けを背に、男は口を開く。 「まさかな…お前までいなくなるとは思わなかったよ」 男はしゃがみ込んで、手に持った花を墓に供える。 男は墓を見据えたまま言葉を紡いだ。 「えとさんが消え、蛹が去ったこの街で、お前だけが残った。だがそのお前ですら消えてしまうなんて、さ」 吹いた風が水仙の花を揺らした。 「思えば―――ここが始まりの場所だったな」 丘には桜の木が青々と葉を茂らせている。この街を全て見下ろすかのようなこの桜は、この街を開拓した三人の人間が植えたものであるという。 桜の葉に思い出を刻み、花に咲かせては酒と共に過去に耽(ふけ)る。そうしてこの街の人々は刻を重ねて来たのだという。 「あの三人の末裔……最後の一人だったのに」 「安い酒だけどさ…ほら、飲めよ」 石を流れる酒は、どこか涙にも見えた。 「……人伝に聞いたよ。お前の最期を。 あれぞまさしくお前だ……。汚れを知らない狼め。最期までその誇りを捨てなかったか」 菊の花が揺れた。朝の澄んだ風が丘を駆け抜けてゆく。 一通り言いきったのか、男は再び口に酒を注いだ。漏れた溜め息は重い。 「…仇は取るよ、石覇」 缶を墓に置いて男は立ち去ろうと腰を上げた。遠い朝日に目を細めて。 石覇と刻まれた墓と桜の木が、朝焼けを浴びていた。 「その必要はない」 男はその声を背に聞いた。直後に聞いたのは石の―――墓の砕ける音。 男は腰に差した木刀に手を掛け、振り向くと同時に構えた。 「誰だ」 短く問うが、その答えは返ってこなかった。 否、聞くまでもなかった。 180を超える男が、陽を抱いて直立している。 その姿は紛れもなく――― やりきれない憤りを胸に仕舞い、男はポケットから缶を取り出し、一口飲む。そして 「…石…覇……」 「ああ、俺だ。よくも俺を勝手に殺してくれたな」 その声は以前と変わりなかった。 緊張がほぐれ、その緩みからか笑いが漏れた。 「は…はは、だよな。お前がそう簡単に死ぬ筈がないよな」 「当たり前だ。俺が死んでは、あの二人に顔向けできぬ」 男はふと思い立ったようにポケットを漁ると、ビンを取り出し石覇に投げた。 「ワンカップだけど、飲めよ」 「すまない」 腰を降ろすと二人は語り合い始めた。事件の真相・綺羅祭壇の傾き・選挙の進行状況・そして――― 「綺羅祭壇はどうするんだ。向こうはあの事件を隠蔽しようとしている。生き証人のお前がいるとすれば、只じゃ済まないだろう」 「俺は倒れた後、ある病院に運ばれた。闇医者の病院だが―――腕はいいらしくてな。こうして酒を飲めるのも闇医者のお陰だ。 その闇医者も律儀なもんでな、俺の事は一切口外しないと言った。」 「そうじゃない、今後だよお前の。……あの研究所でかくまってやろうか?」 「あそこか……じゃあ、世話になろうか」 「ちなみにお前の容体は?」 「絶対安静。」 「おまっ……」 蒸せる男を尻目に、石覇は東を見詰めた。 「綺羅祭壇は止まる事を知らない。あの大黒屋の事だ。この事件はもみ消し、すぐに手を打ってくるだろう。」 「だがな石覇……お前一人で暴れても、組織には勝てんぞ。……宛てでもあるのか?」 「……ああ、奴なら…」 「珍しいじゃないか。お前が他人を認めるなんて。どんな奴だ?」 「そうだな…」 石覇は東を見据えた。 「太陽―――とでも言っておこうか」 「随分と抽象的じゃないか。だがお前が認めるほどの者なら異議は唱えない。」 男はすっくと立ち上がる。石覇もそれに続いた。 「して、その太陽の名前は?」 「ハク…という」 「そうか…わかった。」 男は丘から街を見下ろす。夜が明けて間もない街はまだ静かに眠っている。 「……魚京よ、」 「なんだ石覇?」 「ハクを頼む。……嵐の予感がするのだ。」 「嵐、か…」 嵐という言葉に魚京と呼ばれた男は眉をひそめる。 赤く燃えている東方を余所に、蒼天は暗雲に犯され始めていた。 fin

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