投稿日:2010/01/12(火) 01:00:14
「お邪魔しまーす……律、どこ?」
「んー、キッチンにいるから入っておいでよー。今誰もいないから」
田井中家の玄関。靴を脱ぎながら呼びかけると、奥から律の声が返ってくる。
貸しっぱなしだったCDを返せとメールを送ったのがついさっきの話。
そのメールに「んじゃー取りにきて」という非常に誠意のない返事が来たのもついさっきの話。
「……そして出迎えもないと来たもんだ。良い態度だな、全く」
やれやれと悪態をついてからすっかり間取りを覚えてしまっている廊下を歩いていく。
「んー、キッチンにいるから入っておいでよー。今誰もいないから」
田井中家の玄関。靴を脱ぎながら呼びかけると、奥から律の声が返ってくる。
貸しっぱなしだったCDを返せとメールを送ったのがついさっきの話。
そのメールに「んじゃー取りにきて」という非常に誠意のない返事が来たのもついさっきの話。
「……そして出迎えもないと来たもんだ。良い態度だな、全く」
やれやれと悪態をついてからすっかり間取りを覚えてしまっている廊下を歩いていく。
「こら律。ずっとCD借りてたくせにその態度はないだ――」
ガチャリとキッチンの扉を開けながらそう言って、私はあれ、と呟いた。
「なに、料理してるの? 珍しい」
てっきり冷蔵庫でもあさっているのかと思いきや。
意外にも律はオーブンレンジを真剣な顔で覗き込んでいる。
そういえばさっきからふわふわと漂う甘い香り。もしかして……お菓子でも作ってるのだろうか。
ガチャリとキッチンの扉を開けながらそう言って、私はあれ、と呟いた。
「なに、料理してるの? 珍しい」
てっきり冷蔵庫でもあさっているのかと思いきや。
意外にも律はオーブンレンジを真剣な顔で覗き込んでいる。
そういえばさっきからふわふわと漂う甘い香り。もしかして……お菓子でも作ってるのだろうか。
「へっへー、見てみて、澪」
と、律がなんだか妙に嬉しそうな顔でこちらを見た。
その手にあるのは、どうやらたったいまオーブンから取り出したばかりの……。
「……ガトーショコラ?」
「そそ。なかなか良い感じに焼けてると思わない?」
「……た、確かに。これ本当に律が作ったの?」
「失礼なこと言うなっつーの。チョコレート溶かすとこからやってんだぞー。すっげー手間かかってんだからな!」
ぷんぷんと口を尖らせながら、律はテーブルの上に手の平よりもひと回り大きいケーキ型を置く。
ふわりと良い香りのそれは、律の言う通りなかなかの出来栄えで……かなり美味しそうだ。
と、律がなんだか妙に嬉しそうな顔でこちらを見た。
その手にあるのは、どうやらたったいまオーブンから取り出したばかりの……。
「……ガトーショコラ?」
「そそ。なかなか良い感じに焼けてると思わない?」
「……た、確かに。これ本当に律が作ったの?」
「失礼なこと言うなっつーの。チョコレート溶かすとこからやってんだぞー。すっげー手間かかってんだからな!」
ぷんぷんと口を尖らせながら、律はテーブルの上に手の平よりもひと回り大きいケーキ型を置く。
ふわりと良い香りのそれは、律の言う通りなかなかの出来栄えで……かなり美味しそうだ。
「へへ、ヨダレが垂れてますわよ、澪ちゃん」
「ばっ、ばかなこと言うな」
と言いつつ、なんだか不安になったのでとりあえず口元を拭っておく。
と、そんな私を見て、律はけらけらと楽しそうに笑うと、
「ね、ちょっと味見してみてくれない?」
「え、いいのか?」
「うん、これ練習だから」
そう言って律はケーキの端をフォークで掬い取ると、それを私の口元に持ってくる。
鼻先で漂うあまーい香り。
ダ、ダイエット中なのに……という思考は二秒ほどで消え去り、私は素直に口を開いた。
「ばっ、ばかなこと言うな」
と言いつつ、なんだか不安になったのでとりあえず口元を拭っておく。
と、そんな私を見て、律はけらけらと楽しそうに笑うと、
「ね、ちょっと味見してみてくれない?」
「え、いいのか?」
「うん、これ練習だから」
そう言って律はケーキの端をフォークで掬い取ると、それを私の口元に持ってくる。
鼻先で漂うあまーい香り。
ダ、ダイエット中なのに……という思考は二秒ほどで消え去り、私は素直に口を開いた。
「……どう?」
「い、意外……」
「え、マズイ?」
「美味しい」
「コラ、んじゃ意外ってどういうことだ!」
キレの良いツッコミをもらってふたりで笑うと、律もケーキを一口ぱくり。
「おー、結構イケるじゃん。やるな、あたし」
「……でも、なんでまた急にケーキなんて。お菓子作りの趣味なんてなかっただろ?」
「まー今まではね。でも、今回はちょっと好きな人にあげようと思って。練習してたんだ」
「…………」
ごく、と喉が鳴った。
好きな人って……そんなの、聞いたことないぞ。
「い、意外……」
「え、マズイ?」
「美味しい」
「コラ、んじゃ意外ってどういうことだ!」
キレの良いツッコミをもらってふたりで笑うと、律もケーキを一口ぱくり。
「おー、結構イケるじゃん。やるな、あたし」
「……でも、なんでまた急にケーキなんて。お菓子作りの趣味なんてなかっただろ?」
「まー今まではね。でも、今回はちょっと好きな人にあげようと思って。練習してたんだ」
「…………」
ごく、と喉が鳴った。
好きな人って……そんなの、聞いたことないぞ。
「律、好きな人、いるの?」
「うん、いる」
「そ、そか」
あまりにはっきりと答えられ、戸惑う。なんだよ、好きな人って。そんな素振り……今まで見せたことなかったじゃないか。
……って、あれ、なんだろ、これ。私……なんで泣きそうになってるんだ?
「でも澪に太鼓判もらったし、これで本番もおっけーだな」
「……そ、そうだ、ね」
ずき、と胸が痛む。律が笑うたびに、ちくちくと心の奥が痛い。
「うん、いる」
「そ、そか」
あまりにはっきりと答えられ、戸惑う。なんだよ、好きな人って。そんな素振り……今まで見せたことなかったじゃないか。
……って、あれ、なんだろ、これ。私……なんで泣きそうになってるんだ?
「でも澪に太鼓判もらったし、これで本番もおっけーだな」
「……そ、そうだ、ね」
ずき、と胸が痛む。律が笑うたびに、ちくちくと心の奥が痛い。
「へへ、喜んでくれるといいな」
「だ、大丈夫だよ、これ美味しいし」
「だよな、ガトーショコラ好物だし」
「そう……」
「お礼にちゅーとかしてくれるといいなあ」
「そう……」
「へへ、本番までにもっと上手に作れるようにならないとな」
「そう……」
「てことで、誕生日楽しみにしてろよ、澪」
「そう……………………って、え?」
ぼんやりとした頭で、律の言葉を繰り返す。あれ、いま律なんて……。
「だ、大丈夫だよ、これ美味しいし」
「だよな、ガトーショコラ好物だし」
「そう……」
「お礼にちゅーとかしてくれるといいなあ」
「そう……」
「へへ、本番までにもっと上手に作れるようにならないとな」
「そう……」
「てことで、誕生日楽しみにしてろよ、澪」
「そう……………………って、え?」
ぼんやりとした頭で、律の言葉を繰り返す。あれ、いま律なんて……。
「た、誕生日って……私の?」
「他に誰がいんだよ」
「え、ガトーショコラって……」
「澪、好きだろ」
「じゃ、これ……私のために練習して?」
「うん」
けろっと答える律に、私はぱちくりと数秒の瞬きを繰り返してから、
「お、お前……そういうのは普通本人に隠れてやるもんだろ!」
「えー、だって澪にあげるんだから、澪の意見訊いておきたいじゃん?」
「そ、そりゃそうかもしれないけど……私はてっきり」
「てっきり?」
ひょい、と顔を覗き込まれて思わずのけぞった。勝ち誇ったような笑み……あーもう。完全にしてやられた。
「……ばか律」
「わ」
突然ぎゅうと抱きしめられた律は、驚いたように声をあげて、顔をあげる。
「他に誰がいんだよ」
「え、ガトーショコラって……」
「澪、好きだろ」
「じゃ、これ……私のために練習して?」
「うん」
けろっと答える律に、私はぱちくりと数秒の瞬きを繰り返してから、
「お、お前……そういうのは普通本人に隠れてやるもんだろ!」
「えー、だって澪にあげるんだから、澪の意見訊いておきたいじゃん?」
「そ、そりゃそうかもしれないけど……私はてっきり」
「てっきり?」
ひょい、と顔を覗き込まれて思わずのけぞった。勝ち誇ったような笑み……あーもう。完全にしてやられた。
「……ばか律」
「わ」
突然ぎゅうと抱きしめられた律は、驚いたように声をあげて、顔をあげる。
「び、びっくりした。まさか澪からこんなことしてくるとは……」
「全部律のせいだぞ」
「え、な、なにが……んぐ」
ぽかんと開いた唇に口付けると、律の顔がみるみる赤に染まる。
「み、澪、いきなり何して」
「……ちゅーして欲しいとか言ったのは律だろ!」
「そ、それは誕生日の話で!」
「うるさい! いいの!」
「逆ギレかよ……」
呆れたようにツッコミを入れる律をもう一度強く抱きしめる。
甘いチョコレートの香りと、律のシャンプーの香り。大好きな香りに包まれて、頭がくらくらする。
なにもかも、律のせいだ。顔がにやけてしょうがないのも、全部全部。
「……ね、律」
耳元で囁くと、律がわずかにくすぐったそうに身を捩る。
「なんだよ?」
「誕生日、楽しみにしててもいいの?」
「……へへ、もっちろん。ただし」
律は得意気に笑うと、
「……お礼はさっき以上のものでヨロシク」
そう続けるのだった。
「全部律のせいだぞ」
「え、な、なにが……んぐ」
ぽかんと開いた唇に口付けると、律の顔がみるみる赤に染まる。
「み、澪、いきなり何して」
「……ちゅーして欲しいとか言ったのは律だろ!」
「そ、それは誕生日の話で!」
「うるさい! いいの!」
「逆ギレかよ……」
呆れたようにツッコミを入れる律をもう一度強く抱きしめる。
甘いチョコレートの香りと、律のシャンプーの香り。大好きな香りに包まれて、頭がくらくらする。
なにもかも、律のせいだ。顔がにやけてしょうがないのも、全部全部。
「……ね、律」
耳元で囁くと、律がわずかにくすぐったそうに身を捩る。
「なんだよ?」
「誕生日、楽しみにしててもいいの?」
「……へへ、もっちろん。ただし」
律は得意気に笑うと、
「……お礼はさっき以上のものでヨロシク」
そう続けるのだった。