同時刻。片岡優希と原村和、宮永咲。
この三人は店を出て、それぞれが家路に着くために別れの挨拶を交わしているところだった。
咲がそれじゃあねと言い、和と優希に背を向けて歩きだす。
和と優希は途中まで帰り道が同じなため、咲を見送った後に二人肩を並べて歩き出した。
*
「優希は…このままで良いんですか?」
和が、酷く落胆した様子で話し始める。先ほどの三人の会話を思い出し、目にはうっすらと涙が浮かび始めてきた。
何故なら、咲と優希も京太郎の事が好きなんだと気づいてしまったからだ。
更に、三人の思い人である当の本人は今、咲の姉と二人で出かけている。
思ってもみなかった事を今日だけで二つも知ってしまい、とても胸中穏やかではなかった。
やがて頬を伝い始めそうになる涙を、優希に気づかれないよう、そっと手で拭う。
「のどちゃんは…どうなんだじょ?」
優希もまた、ひどく落ち込んだように言葉を吐き出す。
京太郎のことをいつも、犬、ばか犬ー!などと言っては殴ったり蹴ったりしていた。
しかしその行為は、彼女なりの愛情表現だったのだ。
久と同じように、タコスを買ってこいと言っては京太郎のことをいつもこき使っていた。
だけど、決して京太郎のことが嫌いなわけではない。それに、文句を言いながらも、彼はきちんとその要求に答えてくれる。
そんな彼の優しさに、知らず知らずのうちに惹かれていたのは確かだった。
一緒に居ると、くだらないことで笑いあえる。京太郎は、一緒に居てとても楽しい存在なのだ。
「私は…」
和が優希の質問に、途切れ途切れな言葉で答え始める。
「もう少し、みんなの様子をみてみようと思います…正直、須賀君と宮永さんのお姉さんが二人で…ってのは意外でしたが…
二人の気持ちはどのような方向に向かっているのかは、まだ分かりませんから…」
それは、自分に言い聞かせているようでもあった。二人で出かけたと言っても、京太郎と照は、まだ何も始まっていないはず。
いや、できれば始まらないでほしい。そう、願いを込めながら。
「そっか。じゃあ、私もそうするじぇ」
和の答えを聞き、優希もまた、このままみんなの様子を見ていくことに決めた。
しかしこれは決して、親友である和の真似をする、という意味ではない。
今日一日で色々とありすぎて、まだ彼女は頭の中の整理が完全に終わっていないのだ。
よって、今の自分にできることは、和と同じように、事態はこれからどうなっていくのか、まずは誰がどんな行動を起こすのか
じっと様子を伺い、場合によっては自分も何か行動を起こそう。そう、結論付けたのだ。
「分かりました。お互い、頑張りましょうね」
和も、長年付き合ってきた優希の気持ちをくみ取り、自分と同じことを考えているのだと悟った。そのため深くは追及しない。
「おう!せいせい堂々といくじぇ~」
「はいっ」
そうして二人の顔にはいつもの明るい笑顔が戻っていった。
*
「ただいま~。って、まだ誰も帰ってきてないや」
玄関で靴を脱ぎ、廊下を進んで居間のソファに座りこむ。
原村さんたちと別れて、家に帰ってくるまでの間、私は色々と考えた。
京ちゃんがお姉ちゃんと二人で出かけてる。そう言ったらあの二人、すごく驚いてたな。
そして、その表情はみるみるうちに暗くなっていった。
やっぱり、あの二人も京ちゃんのことが好きなのかな?今まではそんなふうに見えなかったけど。
優希ちゃんは、いつも京ちゃんとじゃれあってて、仲の良い友達って感じだけど、原村さんに関してはちょっと意外だったな。
優希ちゃんほど仲が良いって訳でもないけど、それなりにお話ししたりもしてるし。
だから、距離感としては、ごく普通の部活仲間って感じだと思ってた。でも、違ったんだね…
優希ちゃんも、原村さんも、私にとってはとても大切な友達だ。
だけど、その二人も京ちゃんのことが好きなのかと思うと、とても複雑な気持ちになる。
京ちゃんって、実はすごくモテるのかな。
そもそも、京ちゃんと一緒にいる時間が一番長いのは、私なのに…。
でも、原村さん達と争いごとになるのは嫌だな。あと、お姉ちゃんとも。
その時、玄関のほうからガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえてきた。
そして足音がこっちに向かってくる。
「ただいま…」
お姉ちゃんが帰ってきた。
気のせいか、少しおどおどしているように見える。何かあったのかな…?
「お帰りなさい。お姉ちゃん」
「うん…ただいま。お父さんは?」
「まだ帰ってきてないよ」
「そう…」
やっぱり、お姉ちゃんの様子がおかしい。なんだか元気がないみたいだ。
もともと口数は多い方じゃなく、普段は静かな性格だけど、今のお姉ちゃんは明らかに何かあったって顔をしている。
「部屋で休んでくるね」
私にそう言い残し、すたすたと自室へと向かい歩き出すお姉ちゃん。
ちょっと、心配だな…。何かあったの?って聞くくらい、良いよね…?
それに、せっかく東京から帰ってきてるのに、すぐに部屋にこもっちゃったらお話も出来なくて寂しいよ。
「あの…お姉ちゃん!」
私はソファから立ち上がり、廊下でお姉ちゃんを呼び止めた。
「ん、なに?」
お姉ちゃんが私のほうを振りかえる
「今日、なにかあったの…?」
私がそう聞くと、一瞬お姉ちゃんの肩がビクッと震え、それからすぐに目をそらされてしまった。
「…………」
返事がかえってこない。
「おねえちゃ…」
私がもう一度、お姉ちゃん、と呼びかけようとしたそのとき
「咲、ちょっと話したいことがあるから部屋まできて」
お姉ちゃんがそう言い、またすたすたと歩き始めた。私も黙ってその後を追う。なんだろう、話って…。
*
二人でベッドの上に座り、向かい合う。
だけど、お姉ちゃんはなかなか話を切り出そうとしない。
さっきからずっと俯いたままだ。
「ねえ、お姉ちゃん。話って…?」
仕方なく私から話しかけてみる。
「うん…あのね、実はさっき…」
「うん」
「京ちゃんに告白されたんだ」
え…今、なんて?
京ちゃんに告白された?お姉ちゃんが?
「え…そうなの…っ?」
「うん。ごめんね…」
頭の中が一瞬真っ白になる。
薄々思ってはいたけど、やっぱり京ちゃんって、お姉ちゃんのことが好きだったんだ…。
いつから?それに、お姉ちゃんは何で私に謝るんだろう?駄目だ…頭の整理が全く追いつかないよ…。
「今日私を買い物に誘ったのは、実はデートだったんだって…」
「そう、なんだ…」
そっか。京ちゃんは最初からそのつもりで…。
私は目を閉じ、すうーと深呼吸をして、その事実を受け入れるために頭の中で複雑に絡み合っている何かを一つずつ解き始める。
けれど、自分でもびっくりするくらい、その絡まりは簡単に解けてしまった。
だって、京ちゃんが好きなのはお姉ちゃんなんだもん。
私や原村さん、優希ちゃんでもなく、今私の目の前に居るお姉ちゃんのことが、好き。
だから今日、デートに誘って告白をした。それでもう、この物語は完結したんだ。
そう考えると、なんだか急に心の中にあったモヤモヤが晴れていった。なんだかとてもすっきりした気分だ。
私は中学生の頃からずっと京ちゃんのことが好きだったのに、それが叶わぬ恋だと分かってしまった瞬間にスパッと何かが吹っ切れた。
意外と諦めが早い性格なのかな、私って。
「咲、本当にごめんね」
相変わらず私に謝り続けてくるお姉ちゃんの肩に、手を置く
「謝らなくて良いよ。お姉ちゃん」
「え、でも…咲は京ちゃんのことが好きなんでしょ?」
「うん。でも、もう好きだったに変ったよ。過去形になった」
「…咲は、それで良いの?」
「うん。全然平気。むしろ、お姉ちゃんのことを応援するよっ」
まあ、本当はまだちょっとだけ辛いんだけどね…。
「…ありがとう」
「頑張ってね。お姉ちゃん」
「うん。ありがとう。」
*
翌日、お姉ちゃんは東京に帰っていった。またお父さんと二人きりの家になっちゃうのは少し寂しいけど、仕方がない。
私はお姉ちゃんを笑顔で見送った。
そしてこの物語はこれで完結したと思い、清々しい気分だった。
だけど、この物語は色々なパートへと別れていくために、私の知らないところで着々と動き始めていた。
それを私が知るのは、この物語の中盤から終盤にかけたあたりになる。
今私がいる場所は、まだまだ物語の序盤にすぎなかったんだ。
*
最終更新:2009年11月28日 21:54