「はぁ…。お姉ちゃん、行っちゃったよぅ…」
照が出て行ってから、もう10分以上も経っているというのに、咲は今だに一人で玄関のドアをぼーっと眺めていた。
(いってらっしゃい。なんて言ったものの、やっぱり少し寂しいな…)

「ううっ…京ちゃん…っ」
考えれば考えるほど、むなしくなる。
気がつくと目には自然と涙が溜まっていた。それをゴシゴシと手で拭いとる。
「はぁ…京ちゃんは、お姉ちゃんのことが好きなのかな…」

 今までは、ただそばで眺めているだけで満足だった。
しかし、いざ誰かが京太郎と仲良くしている、という事実を目の当たりにしてしまうと途端に胸がチクチクと痛み出してくる。
その相手が実の姉なだけに、尚更このショックは大きいのだ。

「はあ…………」
涙でチラチラと光っている手を見つめ、大きな溜息を吐く…そのとき

 プルルルルッ
 プルルルルッ

「あっ…」
家の電話の鳴る音が聞こえた。慌てて居間に戻り、ううん、と咳払いをしてから受話器を手に取る。

「はいっ、宮永です」
「もしもし…私、原村と申します…」
(あ、この声…)
「は、原村さん!?」
「…あ、宮永さんですか?」
「うんっ!私だよっ。どうかしたのっ?」
連休に入ってから、初めて聞く部活仲間の声に、どこか安心感を覚える。

「実は今日、これから優希と一緒にタコスのお店に行くのですが…もしお暇でしたら、宮永さんも一緒にどうかなと思いまして」
「あっそこって、前にも三人で行ったとこ?」
「ええ、そうです」
”そこ”とは以前、片岡優希が試験で赤点をとった際に、原村和と三人で勉強会を行った店のことである。

「行く行くっ!ちょうど今日は暇だったんだ」
友人からの嬉しい誘いに、咲の気分はみるみるうちに晴れていった。
咲の元気な声を聞き和も電話越しに、ふふっと笑い声をあげる。

「良かったです。それでは――で待ってます…」
「うんっ分かった!じゃあまた後でねっ」
「はい」

ガチャ。

「さてと…着替えなくちゃ。何を着ていこうかな…」
受話器を置き、さっそく咲は出かける準備を始める。


 *

その頃、京太郎と照は目的地の駅へと到着し、街中まで移動する最中だった。

「そういえば京ちゃん、買いたいものってなに?どこのお店にいくの?」
二人で肩を並べて歩きながら、照が尋ねる。
「ああ~っ…ええと…」
その問いに対して、京太郎は少しの間口ごもる。
「あれ、京ちゃん…?」
どうして黙ってしまうんだろう?と不思議に思い、照は京太郎の顔を見上げる。
「・・・・!」
すると、そこでバチッと目が合ってしまった。二人とも自然に足が止まる。そして、ほぼ同時にお互い目をそらす
「ああ…いやっ。買い物は後にして、とりあえず飯でも食いに行きませんかっ…?」
「そ、そうだね。うん、分かった…」
(買い物は後回しで良いんだ…あ、もしかして京ちゃん、お腹空いてるのかな?)
「じゃあ、行きますか」
「うん…」
こうして二人は、再び歩き始める。

「・・・・・・・」
胸に手を当てると、ドドッ…ドドッと勢いよく振動が伝わってきた。
(なんで私、こんなにドキドキしてるんだろう…)

この感情が一体何なのか分からなくて、モヤモヤした気分になる。
ふと、自分よりも少しだけ前を歩いている京太郎の背中を見てみると、とても広いことに気がついた。
腕や足も、すらっとしていて長い。
(京ちゃん、大きくなったんだなぁ…)

 昔はちょっと私よりも背が高かっただけなのに、今ではこんなにも身長に差がある。
照は、まだ自分が長野で暮らしていた頃のことを思い出し、懐かしみながらほんのりと口元を緩めた。

 *

「原村さん、優希ちゃん!お待たせっ」
「こんにちは。宮永さん」
「おお~咲ちゃん!久しぶりだじぇ!」
待ち合わせ場所の店の中へと入った咲を、和と優希が笑顔で迎えてくれた。
椅子を引き、二人の向かい側に座る。

「あははっ久しぶりって言っても、たったの二日ぶりだよ?優希ちゃん」
「んぁ~?そうだったっけ?」
「最後に会ったのは金曜の部活でしたので、二日ぶりですね」
「そうか~。あっ、そこのお姉さん!チキンタコス四つ追加注文だじぇ!」
「………まだ食べるんですか?今の注文で十二個目ですよ?」
「ええっ!?私が来る前にもうそんなに食べてたのっ?」
「我が胃袋は底知れず!まだまだいくじぇ~!」
両手を腰にあて、エッヘン!とポーズをとる優希。それを見た咲と和はお互いに顔を見合わせ、困ったように笑いあう。

「宮永さんは、何にしますか?」
和がテーブルの上にメニューを広げ、咲の前へと差し出す。

「うーん。どうしようかな…。原村さんはもう何か頼んだの?」
「はい。私はついさっき紅茶を。もうすぐくるはずです」
「そっか。じゃあ私はオレンジジュースにしようかな」

――お待たせ致しましたー!
先に和の紅茶、続いて咲のオレンジジュースを店員がテーブルへと運んできた。


「二人とも、この連休は何をしてたのだ~?」
タコスをあむあむ頬張りながら、優希が二人に質問をする。
「そうですね…とくにこれといっては…。暇な日はほとんどネット麻雀をして過ごしていました。」
「そっか!咲ちゃんは?」
「わ、わたし?」
和の話を聞いていた咲がストローから口を離し、優希のほうを向く。
「そうだじぇ」
「うーん。私も特になにも…。お姉ちゃんと一緒に買い物に行ったくらいかなぁ?」
「えっ?今お姉さんはこちらに帰ってきてるんですか?」
「うん。明日の夕方に東京に戻るんだ」
「ほぇ~そうだったのかぁ~…」
「あの…せっかくお姉さんが帰ってきてるのに、私たちと遊んでても大丈夫なんですか?」
和が少し遠慮気味に咲に尋ねる。
「うんっ。今日はお姉ちゃんも家に居ないし、私も予定が無かったから暇してたんだ。だから誘ってくれて嬉しかったよっ」
「………」
えへへっと二人に対して笑顔を向ける咲。しかし、その笑顔は無理をして作っているものだと和はすぐに気がついてしまった。
声をかけるべきか、そっとしておくべきか…。そう迷っている間に優希が咲に話しかける。
「咲ちゃんのお姉さんは今日どこかに出かけてるのかぁ…?」
「えっ…あ…」
一瞬、肩がぴくっと震え、それから咲の顔がピシッと固まってしまった。
その様子を見て、あっ何かまずいこと聞いちゃったかな?と優希が少し焦り始め、和はただじっと咲の顔を見つめている。

「実は…今、お姉ちゃんと京ちゃんが二人で出かけているんだ…」

「・・・・・・・」
咲の言葉を聞いて、一瞬その場が凍りついたように静まり返った。それからすぐに和と優希が同時に声をあげる。
「ぇえっ?きょ、京太郎が…!?」
「すっ須賀君がお姉さんとですか…!?」
そして、二人がテーブルに手をついてガタッと立ち上がり、咲のほうへ身を乗り出す
「うぇっ?うん…」
咲はそんな二人の姿を見て驚き、びくっと身を震えさせながら返事をした。
すると…

「えっ?」
「じょっ…?」
「優希…?」
「のどちゃん…?」
こんどは和と優希がお互いの顔を見合わせて、自分たちが今、全く同じ反応をしたことについて驚き始めた。

「あの…と、とりあえず…二人とも座ったら?」
一体今、何が起こったのかいまいち理解できていない咲が、やっとの思いで二人に声をかける。
「そ、そうですね。お騒がせしてすみませんでした…」
「ご、ごめんだじぇ…」

ガタガタッと二人が席につき直し、無言のままそれぞれが自分の飲み物を口にする
「・・・・・・・・・・・・・」
沈黙状態が続き、さっきまでは全く聞こえなかった、食器がカチャカチャと鳴る音や周りの客達の話し声が三人の耳をつく。

(二人とも急に黙っちゃって、どうしたんだろ…もしかして、この二人も京ちゃんのことが…?)
(さっきの優希の反応…。やはり、優希は須賀君のことが好きなのでしょうか…?それに、宮永さんもずっと暗い表情のまま…もしかして…)
(のどちゃんも咲ちゃんも、さっきから様子がおかしいじぇ…。まさか、この二人も京太郎のことが好きなのか…!?)

「・・・・・・・・・・・・・」

この沈黙状態を一番先に破ったのは、和だった。
「宮永さん、あの…須賀君とお姉さんは二人きりで出かけるほどの親密な仲だったのですか…?」
「わ、私もそこが気になるじぇっ!もしかして付き合っているのか…!?」
「え…ええと…」

二人とも、素直に自分も京太郎のことが好きだということを言いだせないまま、今はただ照と京太郎の関係について、咲から聞き出すしかなかった。

「昨日お姉ちゃんに聞いたら、別に付き合ってるとかそうゆうのは無いし、京ちゃんのことはなんとも思ってないって言ってた」
「なんだ…そうなんですか。」
(良かった…)

「そっか!付き合っている訳ではないんだな!」
(ふぅ…安心したじぇ…)

「うん。でも…」
「はい…?」
「じょっ?」

「京ちゃんは、お姉ちゃんのこと…どう思ってるんだろう…」


「……い、言われてみれば…。須賀君の気持ちはどうなんでしょう…」
「そ、そもそもっ!なんで京太郎と咲ちゃんのお姉さんは今日一緒に出かけることになったのだ…?」

「それは、なんか京ちゃんが買いたいものがあるからお姉ちゃんに選ぶのを手伝ってほしいって頼んだみたいなんだけど…」
「買いたいもの、ですか…なんでしょうね?」
「んん~ぅ…。近いうちに誰かの誕生日があるとかか…?」

「でっでも、少なくとも部活のメンバーの中には今月誕生日の人は居ないよね…?」
「ええ、確かに…。それに、友達の誕生日があるとしても、それだったらお姉さんではなく男性の方にお願いするはずです」
「ぐっ…。のどちゃんの言うとおりだじょ…」

(うん。確かに…原村さんの言うとおりだ。)

「やっぱり、京ちゃんはお姉ちゃんのことが好きなのかな…」
俯き気味になり、咲がぼそっとそう呟いた。

「………」
「………」

再び、三人の間に沈黙が生まれる。
最終更新:2009年11月27日 19:55