邪気眼を持たぬものには分からぬ話 まとめ @ ウィキ 翼ある者 後編

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20.翼ある者 後編



「…間に合って…… オルドローズ……」


何度もそう言って、自分は走っている
"洪水の瓶"から出る水を凍らせ続けて その上を滑るように

箱庭の研究所へは、二人で向かっていた



「しっかり掴まってるんだよ フラーテル。」

「うん……」


この少女を連れて行くために、自分はJ3に反抗した
でもそれだって関係ない

もとより、主は一人だ。


「あの人の言っていた可能性に… 賭ける
 じゃないと、魔女は死ぬわ  だから、式尋の計画は潰す」




「それは困りますね "氷の前奏曲"。」


研究所の入口まで続いていた氷の道を区切るように、白い影が見える
それは闇の中では目立つ白いスーツを着た 男だった


「邪魔だよ 曹 光龍」

「邪魔になるように立っています」

「通さないつもりなら、あたいにも考えがある
 一々優しくなんてできないからさ」


「えぇ…、もちろんあなたは通しません
 上からの命令ですからね」


男はそう言うと、手に持っていたパイポを咥えた


「…そうかい」

「あなたが通ると言うなら、私が全力で食い止めましょう
 負け戦は嫌いでしたよね?」

「その通りよ あんたが相手なら、あたいはここで止まらないと」


「懸命な判断です。」


やれることは全てやったはず
"黒い布を羽織ったフラーテル"も光龍の横を通って研究所内に入ったようだ

自分は無事を祈ることしかできないが……


―――…


突然、光龍と対峙していると 大気が更に冷たくなるのを感じた。



「じゃあ光龍、あたいはそこを通らないけど
 少し、遊んでやるよ」


「…?  あなたは馬鹿なのですか?」



――そうだな、いいとこのお嬢様なら こんなこともしなかった
  魔女のために 少しでも道を広げておいてやろうなんて



「Start Vorspiel―――」



降り始めた雪に触れて

氷の仙女は走り出す




――――――――――――――……





暗い、何も無い場所で
私は薔薇を見た。

曼珠沙華にも似たそれは
この世のモノとは思えないほど美しくて


―――あぁ 今此処にいるのは  私だけ

   なら、まだ希望はある



――――…




長いようで短い、数分の沈黙から 魔女は目覚めた
崩れた壁を背に 見下ろす男と目が合う




「よかった まだ崩れないんだな お前は
 俺の体の一部になる以上 ある程度は頑丈でなければな」


――この男は私の体を奪うつもりだったらしい
  今までの9人は、強さを試すテストのようなものか

ボロボロになり、雪にまみれたローブも気にせず
魔女は男を睨みつけた


「残念だったわね 式尋。
 私はそれほど打たれ強くないの」


そう言うと、魔女は立ち上がった


「では何故立つ?」

「尽きせぬ渇望が 私を動かしているの
 ちっぽけな蝋燭の、小さな望み」

「…たしか外に出るとか、施設の実験体を助けるとか言っていたな
 理解はできんが、よく頑張ったよ」

「…あなたには一生解らないでしょうね」

「理解するつもりもない 死して我が肉体となれ」


向かい合っていた式尋が、右腕をこちらに伸ばしてくる
避けて、反撃を


できるはずがなかった

薬の効果もほとんど消え、立ち上がったことすら奇跡であったからだ
もはや動くことすら叶わない


―――こんな、中途半端なことしかできなかったなんて


ただ迫ってくる男の右手を見つめる他ない――




「おるどろーずっ……!」



突然、声が聞こえた
それは式尋の後ろの闇の中からだった


何もないはずの 場所から



「…光龍め、誰も通すなと言ったんだがな」


そう言うと。式尋は魔女から離れて"闇"を掴んだ


「…っ!!」

「"暗闇"が着ていた布でここまできたか 童が」



羽織っていたと思われる布は式尋によって破かれた
声を聞いた時は幻聴かと思ったが 魔女は感知した



「フラー…テル……」

「あぁ、これがお前と仲の良かった実験体か
 この体はいらんな… 塵だ」

「おるどろーず… ごめんなさい…
 どうしても…会いたくて……」


「願いは叶ったんだ 丁度良いな?」


赤い右腕が動き
少女の顔を片手で鷲掴みにして 宙吊りにする


「あ―――――――」


フラーテルは恐怖で動けず、魔女も体が動かなかった

動くのは 唇だけ――



「封煉… やめ…て……」




「答えは、NOだ」




次の瞬間

少女の胸は貫かれた




ドシャ、と地に捨てられた少女は
壊れた人形のように 崩れ落ちる





「―――――――ッ!!!」


頭が真っ白になった


圧倒的な絶望感が 体を這い上がってくる
胸は焼けるよう熱く 眼は少女だけを見つめている




「邪魔だな 後で掃除させよう
 せっかく私が作った箱庭をこれ以上汚されては敵わん」


男は、再び魔女の元へ歩いて行く



「……死して 屍 拾うモノ有ラズ
 実験体は死ぬために生まれてくるのね」


もう"視えていない"眼で空を見上げて、魔女は男を見つめなおす

魔女に触れて溶けた雪が、涙のように頬を伝う



小さな蝋燭は消え もはや死しか残されていない体に炎が宿った
禁断の焔…呪怨の焔は燃ゆる


全身に力が戻った



「ふむ、どうやら目も見えないほど朽ちたが
 "眼"の力で俺を捉えることはできるようだな

 しかし、そこまで衰弱していたのでは 俺の体にはなれんな
 残念… 本当に残念だ 一緒に殺してやれなかった」


残念そうに式尋は肩をすくめる
しかし男の言葉も聞かず 魔女は一気に地を蹴った


「刻炎――」


一瞬で距離を縮め、式尋の顔の前で手をかざし 紅い炎を放った



耳を劈くような爆発音と共に 式尋は魔女と同じように、壁まで吹き飛ばされた




「くっ―――!!」


初めて男は苦痛の声を上げた
炎そのものは無効化されるが

先ほどの技は炎だけではなく カマイタチのように全身を切り裂く衝撃があったからだ


式尋は体を再構成しようとしたが、その傷は消えない。



「…バラバラに、なると思ってたけど
 もう一度……っ…」


再び炎を当てようと、手をかざそうとすると
急に魔女は膝をついた


「最後の命を燃やしても、この程度なんて…
 後少し…動くことができたら……」



「は、はは…
 驚いたぞ…箱庭の魔女よ

 最後にあんな技を隠していたとは! だが、これでようやく俺の勝ちだ」


今度こそ、と呟いて
式尋は魔女を貫くべく動いた


「そうだ、所詮実験体がロイヤルガードに勝とうなどと
 馬鹿な話なのだ 俺は最強の体を作り、究極の眼となるおと…!?」



目が見えない魔女には、何が起きたのかわからなかった

振り上げられた右腕が"消滅"し、式尋が私から離れた
そして、"フラーテルが消えている"






「やればできるじゃない オルドローズ
 さすが、わたしの親友ね」



「………マリア……?」




式尋が立っていた場所に、一つの形が成されている
懐かしいその声の主が 魔女の目の前に立っていた



「"雷神"…? な、な、何故ここにいる!!
 貴様は事故で消滅したはずだっ!」


式尋は突然の出来事に混乱しながらも、違う腕を再生させて"雷神"を指差した
魔女には見せなかった、恐怖を浮かべた表情で



「来るの… すごく遅くなっちゃったけど…
 ちょっと頑張ってくるから 見ててね、オルド……」


「………うん。」


銀色の魔女が頷くと、金色の雷神も返した



既に飛び掛ってきている式尋を、雷神は軽くかわし
空中に滞在している刹那の間に 四肢へ拳を打ち込んだ



「―――がぁっ!!!」


男が叫び、着地して次の攻撃に移ろうと地面を跳ねると
獣から作られた手足は砕けて消えた


雷神の拳から流された雷が体内で暴発し、式尋の体はばりばりと小さな動物に食べられているかの如く
再生より少し早く咀嚼されてゆく


「―――じゃあね、詰め物。」


最後に、雷神は封煉の残った僅かな体を 頭を残して消し飛ばす


頭さえ残れば生きることができる男は口元を歪ませた


「(瞬時に体を再構成、殺して、殺して、雷神の、力も、奪って、俺が)」



ぢりっ



笑い声を上げた式尋の、最後に見た風景は
降り続く雪の白でもなく 灰の箱庭でもなく
己を灼き尽くす紅い炎だった


――――…




「マリア、今まで…どこに行ってたのよ……
 私… あなたが…… どこかへ連れて行かれたのかと思って…それで……」


「…ごめんね 皆、いなくなっちゃったけど……
 わたしだけは、あなたとずっと一緒にいたかった…

 でも、それができなくて また会うのに5年はかかっちゃうのかな…」



雷神は、魔女をしっかりと抱きとめて 頭を撫でた


「そう…ね……
 これで、私は外へ出れるんだから…

 いつでも会えるようになるわ……」


撫でられた感触すらも、感じることができなくて
魔女の眼は、ずっと会いたかった人の形しか見えない


「翼が欲しいって、言ってたもんね…」

「うん… でも、もう違うの……」

「違う…?」


魔女はくすぐったそうに微笑み、小さく口を開いた


「雪がね…
 天使さんが落とした、白い羽根に見えるの……」

「…うん……」

「それを見てね… 一度飛べたら、それでいいって…思ったの。」

「でも、それは寂しくないの…?」

「あはは… だって、私が飛び立ったら…
 こんな風に二人でいることも出来ないじゃない……」

「………そうね」

雷神もくすり、と笑い頷いた


「あなたを空からでも探せる翼なら欲しかったけれど……
 もう傍にいれるもの………

 それに… ここまでこれたのは、私に足があったから…」


徐々に、魔女の瞳は虚ろになっていく


「…疲れた?」

「ちょっと… ね……」


魔女は口を閉ざし、眼を瞑ってマリアの手を握って
別れを告げた



もう、喋ることもできないから―――
最後に、アナタに、フラーテルに言いたかったこと




「ありがとう……
 オルドローズ・スカーレット………」



マリアの腕の中に残った、"服"を抱き締めて

雷神も深い、眠りについた







――――――――――――……







数時間後 箱庭に倒れていた少女は組織によって保護された
     消息不明となった式尋 封煉の後にロイヤルガードとなった曹 光龍は
     今回の記録を全て抹消し、箱庭の双子には眼が与えられた




魔女の物語は終わり、一の物語が始まる