邪気眼を持たぬものには分からぬ話 まとめ @ ウィキ 遠き月を見つめて 後編

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16.遠き月を見つめて 後編



―――――また、昔の夢を見た
"私"だったものの、最後の記憶

最後から最期を繋ぐ記憶の破片…


それが徐々に繋がり、一つの形を成す


『私は昔から魔女であった 生まれる前も、後も』




――――――――……




寝心地の悪いベッドに、何か振動を感じて目を覚ました


ベッドの寝心地が悪いのは、深く眠り過ぎないように自分が選んだからだが
この"揺れ"はそういうものじゃない

明らかに人為的に行われている


もう殆ど治ってきている胸の傷を触りながら、魔女は部屋を見回した


いや、見回すよりも前に目に入った


「…なんでいるのかしら。」



床で寝ている水色の髪の少女がいる
ベッドの"足"をしっかりと掴んで揺らしているので、不快な揺れは彼女のせいだということはわかった

しかし、それも些細なことだ


ベッドが揺れていた理由は判明したものの、新たに問題が発生してしまった


数日前に命のやり取りをしていた相手が 自分の部屋に寝そべっている
9人目との戦いは終わり、さっさと最後の戦いに向けて体を休めておきたい魔女にとっては重大なことだ


魔女は一旦頭に手を当て、最後の記憶を辿ってみる。



………………………


氷仙との戦いに決着が付き、いつも通り部屋に戻ったはず。
今までと違い、敵を殺さなかっただけで 何も変わることは…

無かった、と思いたかった

でも私は知っている


泣き出した氷仙が子犬のようだったから
何故か部屋まで着いてきた彼女を私は注意しなかった

一日で帰る、そう考えていたから


………………………


魔女は戦いの後になると、肉体の回復のために睡眠をとる
一日に2時間ほど起きて食事をとっては寝る、といった感じに生活を変えていた

この数日間においてはほとんど起きることもなかっただろう


それでも彼女、氷仙 霧子はここに居る


もう一度寝たところで氷仙がいなくなるわけでもなさそうなので、魔女は起こすことにした



「氷仙、起きなさい」

ベッドから降りて、寝ている氷仙を揺さぶる

「…んー………」

「人の部屋の床でよく寝れるわね」

「うーん………」

「…起きなさいと言っているでしょう」

「ん…? おるどろーず……?」

「…そうね。」


数回言葉をかけられて、ようやく氷仙は目覚めたようだった
まだ眠たそうな肩を掴み、しっかりと起き上がらせる


「……ん、おはよ」

今が朝なのかはともかく、普通に挨拶をされてしまった


「あなたじゃなかったら、起きる前に刺していたのよ」

本心からではないが、あまりのマイペースさが憎々しく感じてくだらないことを言った
彼女とはもう"済んだ"、と魔女は考えているので何をしようとも思わない


「まあ待ちなよ あたいだってね、用も無しに何日もこんなとこいないよ」

やはり何日もいたようだった
しかし、魔女には氷仙が残る意図が掴めなかった

再戦をしようという様子でもない


「…メガネ、どうしてくれようかって思ったわけさ」


「メガネ……? あなたがかけていたアレのことかしら」

「そう、アレ。」


アレとは、氷仙がかけていたメガネだ
上部にのみフレームがついており、軽くてオシャレな感じのメガネではあった

「戦いの途中で壊れたのでしょうけど、アレがないと困るようには思えないのだけれど」

「困るの。あたいの数少ないお洒落アイテムなんだから… けっこう高いんだよ
 どうにかしてくれないと帰れないし」


はぁ…、とため息がでる
要するに氷仙はかけていたメガネと同等のものをよこせと言っているようだった


「そこまで面倒見きれないわ」

返す義理もないので、魔女は部屋を去ろうとする

「…何かくれるまで帰らないよ」


「勝手にどうぞ。 ただ、私はあなたを感知しないけど」


バタン


ドアを閉め、どこか適当に歩くことにした
部屋から出る瞬間に聞こえた叫びのような物の主が帰ってくれることを期待しながら、魔女は廊下を歩く



――どうにも、息苦しい

魔女はこの施設そのものが嫌いであった

施設内の壁は全てクリームのような色で統一されており、一見綺麗だが見ていて気分が悪くなる
必ず血の匂いは漂っていて 常に籠に入れられているようだ

外の世界こそ知らないが、"外"に近い箱庭によくいる理由もそれだった


窓から見える景色も、灰色の塀だけで 見る意味すらない





カツ、カツ、カツ




窓から視線を前に戻すと、こちらに近付く人間がいた
髪は灰色が少し入ったような白で サングラスをかけている男

スーツを着込んでおり、一目でこの施設の者ではないことがわかる
年齢は20前後といったところだろう




カツ、カツ、カツ




男との距離が徐々に狭まってゆく



カツン――




すれ違い、少しして男が立ち止まった





「オルドローズ・スカーレット… でしたか
 あなたで間違いありませんね?」



「…あなたが10人目かしら?」



答えるまでもない、と魔女は先に自分の質問をする
お互い背を向けたまま 魔女は"八紘錦"をケースから出した




「いえいえ 私はただのエージェントですよ
 あなたがいたら、これを渡すように頼まれたのです」

「…エージェント?」


意外な言葉に魔女は振り向く
同時に男も振り向いた     手には封筒が見える


「あなたの10人目からの手紙です
 戦う場所、時間などが書いてありますので どうぞ」


サングラスをかけた男に封筒を渡され、武器をしまいつつソレを開封した



「…手紙ね。」

「ええ。 では、私はこれで
 機会があればまた会うかもしれません。 『箱庭の魔女』」


魔女が中身を確認するのを見て、男はその場から去っていった

最後に言い忘れたのか、名前まで名乗っていったが
曹 光龍(ソウ ガンロン)という名前を聞いて初めて中国人だということに気付いた



「…あれも、相当な使い手だと思ったけれど……」


そして男が完全に去ったことを確認して、魔女は手紙を封筒に戻した



「また、戦わないと… いけな…い………」



ドン、と壁によりかかる


「―――――っ……」


治りかけの傷口と、頭が痛い
体は痺れて力が入らなかった



「まだ… まだ大丈夫……」



床に手をつき 荒い呼吸を整える




「まだ―――動く。
 まだ、戦える まだ、話すことができる


 あと、少しでいいの…」




『実験体は、成人まで生きることさえも難しい』




"組み込まれてから、まわり続けた歯車は
徐々に朽ちて 止まっていく


心が止まれば体が止まる

体が止まれば        命が止まる


だから私は 心だけでも止めるわけにはいかない"





魔女の体は 崩壊を始めた