邪気眼を持たぬものには分からぬ話 まとめ @ ウィキ

笑ってはいけない宇宙サークル―1―

最終更新:

jyakiganmatome

- view
メンバー限定 登録/ログイン
「がふぅううううううっ!?」

無機質な声と共に告げられる、死刑宣告。
黒ずくめの人物が音も無く入室し、読み上げられた名前の少女の尻を容赦なく叩く。
室内は張り詰めた空気に支配され、ただ、その刑の執行を見守るのみ。
その空間に置いて勝者は無く、その室内に置いて、笑いは無かった。

「……もう嫌っ!こんなの……」

ヒステリックな声と共に、机に突っ伏する別の少女。
緑色の、片眼を隠した前髪が特徴的なその少女は、木高 由。
その隣に座るのは、白い髪と赤い瞳、物静かな佇まいを見せるボーイッシュな少女、ウルキス。
そして銀色の髪に可愛らしい眼帯と、小さな体躯がやけに似合う少女は蹈鞴 心だ。
角になって、さらに隣に位置する席には金髪の少年、エイト=ワイズマンが続く。
残った二つの席のうち、一つはたった今処刑された、欧米人的特徴を備えた少女、六連星 縁。
最後に残った席に座るのが私、竜胆 楓火だ。

六人は今、宇宙サークル部室に集められ、中央に並べられた机に座って、お通夜のような面持ちで顔を並べている。
縁に至っては処刑のダメージが色濃く残っているようで、未だその眼は虚ろだった。

―――なぜ、こんな事になってしまったのだろう。
やや簡素にはなるが、説明せねばなるまい。
私たちがこの地獄へと招待された、その経緯と言う物を。




「はいはーい、これから宇宙サークルの合宿に行くっすからねー。とっととバスに乗るっすよー」

わりと早朝。
冬休みもまっ只中の有る日に呼びだされた私たちは、乗せられた如何にも妖しいバスの中で閉口していた。
まあプリムさんが呼びだして来た訳なんだが、後ろからドロシーがぼそぼそ言う声がした時点でいろいろ気付くべきだったと思う。
と、いう感じの精神的ダメージは、隣で青い顔してる蹈鞴先輩の方が多分でかいんだろう。
縁さんと由さんは割と余裕そうにしているが、エイトとウルキスは既に大分やばいテンションになっている。
多分彼らもドロシーの関与を察知したんだろうが、なぜ私たちが呼ばれたのかは今一解らないままだった。

「あと、これから24時間は基本的に、こちらの指示通りに動いてくれたら自由にしてて良いっす。
 ただし、何が合っても「笑ってはいけない」っすよー」

訳の解らんバスガイドのコスプレをしたプリムさんにツッコむ間もなく、仮面をした謎の軍勢にバスに押し込まれてからそろそろ10分。
合宿とか言ってもどこに連れて行かれるのか解らない上、聞いても応えてくれないプリムさんに蹈鞴先輩が軽くキレ気味になってからも
同じだけの時間が経っている。
強いて言えば精神面を鍛えるための合宿で有る、とだけは言われている。

「……笑うのを我慢するだけで精神面を鍛えるとか、効果あるのかねぇ」
「がふー、皆で出かけるの初めてだから楽しみなのデスー」

蹈鞴先輩とよすがさんは特に温度差がある感じである。
しかし、その光景がどことなく雰囲気を和らげる効果のある物であるとも感じられた。

「いやー、でも合宿なんていうなら、先に言ってくれればいろいろ用意して来たんですけどねー」
「……合宿って普通、部長とか顧問の先生が企画する物じゃないですかね…」

由先輩とウルキス先輩も温度差は広い。
常時躁と常時鬱の差が激しすぎるのがうちのサークルの基本なのだが、そう考えると今回の人選はなんとなく、テンションの高低や
常識の高低が丁度バランスよく配分された気がしないでも無い。
それは今までの二人組を視てもそうだし、残ったエイトと私に関しても同じことを言える。

「楓火ちゃん、今日DS持ってきてねーの?俺持ってきたんだけどポケモンやれない感じ?」
「すみません、今日は無いです。急いで出て来たもんで……」

しかし、緊張を持続させるって言うのはやはり体力が居る物で、バスの中は笑いこそないものの、何処となく軟化した和気あいあいのムードに
包まれつつあった。
このゆるーい感じはいつもの宇宙サークルである。
どうせ企画自体もゆるーい物なのだろうし、笑ったら笑ったで適当な罰ゲームが待っているのだろう。
それを視てまた盛り上がれるのなら良いじゃないか。
ちょっとしたオリエンテーション気分で楽しもう。
皆言葉にはしないが、大体そんな空気が流れ始めつつあった。

それが行けなかった。


「次は、西区3丁目。西区3丁目でございます」


アナウンスとともにバスが止まり、バス停から人が乗ってくる。


股間からキノコの生えた射月さんとすばるわんである。


「ふぉぼっ!」

エイトが吹いた。思わず吹いた。
ついでによすがさんもやっぱり吹いた。


「デデーン」
「エイト、よすが、アウト」


無機質な声と共に、黒ずくめの真尋さんがダッシュで現れた。
あ、やばいこれ。もうこの時点で企画がヤバいの確定した。
強烈な音と共にジャーマンスープレックスを決められる二人と、無言で帰って行く真尋さんをあぜんとした顔で見守る由さん。
車内はこの時点で再び空気を張り詰めさせる事になるのは当然だった。

「なんですかーこの企画ー!めちゃめちゃ怖いんですけどー!!」
「よすが!?返事しろよすがァ―――!!」

由さんと心先輩が倒れた二人を起こす。
また絶妙に意識を失わないレベルのダメージを与えられたらしく、二人は覚醒したまま痛みで無言になっている。

「プリムの奴、日ごろからストレス溜まって居るとは思ったが……」
「いやこれドロシーの入れ知恵ですって。絶対みんな洗脳されてますよ」
「……しかもあの二人、そのまま席に座りましたよ……」

バスの座席に無言で据わるキノコ男とでかい犬。
もう画面的にちょっとヤバいのだが、笑うわけにはいかない。
もう一度笑ったら現役プロレス部のジャーマンスープレックスが待っているのだ。本家より辛い。
だとしても

「……ま、でもこの企画、確かに精神面の修行には良いかもしれないな。
 でも俺を混ぜる意味が今一わからんよな。真尋のスープレックスくらいじゃダメージ受けないし」

と、蹈鞴先輩は当然ながら、ちょっと緊張感が薄めでいらっしゃる。
それに普段からローテンションなウルキス先輩も大丈夫そうだ。
そんな事言っているうちに、信号待ちでバスが停車する。
信号の赤い所がフェム先輩の尻だった。


「んがっくく!!」


「心、ウルキス、楓火アウトー」
「いや僕笑って無いですよ!?」

即座にバスの後部座席から、髪の毛の黒い東雲先輩がすっ飛んできた。
しなやかな蹴りが一瞬で三人分の尻をド突いていく。
ぎゃあ!と悲鳴が響いたのでちょっと聞こえづらかったが、席についた射月さんが「ママは小学4年生」を音読している。
私はどっちかというとそれでアウトを貰った。

「なんスかこの企画。恨みでもあるんですか」
「鉄心!早くプリムにあやまるのデス!」
「なぜ俺が悪いと言う結論が真っ先に出てくる!」

流石にこの事態には、車内の緊張も高まらざるを得ない。
自然と口数が少なくなり、皆の会話も減って行った。
割と笑い上戸な感じの由さんがアウト貰って無いのが意外だったが、この黙祷状態では逆に落ち付かなそうな雰囲気も由さんらしい。

「……これ、あの企画が元だとするとバスの中だけで結構仕掛け有りますよねー」
「……由さんは余裕ですね。僕はもう帰りたいんですが……」
「最終的にはダウン系乙女という奥義がありますからー」

薬の力まで活用しようとしているあたりも由さんらしい。
だが、実際身がまえさえすれば、笑うのは割と耐えられる物だ。
次のバス停で純白先生がワゴンに乗せられて乗車してきたが、皆何とか耐える事が出来た。
この調子で行けば多少疲れはするものの、被害は割と抑えられるのではないだろうか。
そう思ったのがやっぱり間違いであった。


「…………っつぁー…熱っ……」


すばるわんの中から聞こえて来た声が野太い。
この時点で既によすがちゃんがヤバそうな感じになっている。


「……あー、毛皮っ……蒸れる……」


しかも多分これ声がアベルさんだ。
この暑がり様からして狼男化してから納まっているのは間違いない。
面識のある由さんの堤防がちょっとヤバい所に来ている。
これで後ひと押し来られたら私も危ない。

そう言っているうちに、次のバス停に停まる。
ここであの二人が降りてくれればちょっと助かる。
また違う人が乗って来ても、このじわじわ続く波の持続が停まるだけで大分違う筈だ。


と思ったらもう一匹すばるわんが乗ってきた。


「………熱っ……」


槐先生の声だ。
なぜケモノばかりケモノの中に入れるのか。


「………ショートコント、紙芝居」


スケッチブック持参で有る事を警戒するべきだった。
エイトはもう吹いたが、最後までとりあえず見せてくれるようだ。


「でででーん、はじまりはじまりー」


訳の解らないテンションでページをめくったら、超リアルなフレディ・リンが出てくる。
誰が許可を出したのかさっぱり解らないが蹈鞴先輩が堕ちた。
先ほどからネタの狙い撃ちっぷりが激しい気がしないでも無い。
しかしウルキス先輩と由先輩さえ笑わなければなんとかなる気もする。
逆にあの二人が笑うとつられて仕舞う確率は高いだろう。


「リンは三部なので居ない」


メタネタである。
それを理解できる人間がこの場に何人いると言うのか。
全員が全員槐先生のようにメタ視点から世界を視ているわけではない。


「ふぃー」


アベルさんだと思われていたすばるわんがきぐるみの頭をとったら、中からやっぱりアベルわんが出て来た。
耐えきれず由先輩が撃沈する。
まさかこの流れで全員持っていくつもりか、主催者。
というか由先輩の「ひひっひ」なるひきつった笑いのせいでちょっとこちらが不味い。
しかも真顔でアベルわんが射月さんのキノコを捥いで食べた。
私はここまでのようだ。


「ちょっとお客さんがた、静かにしてくれませんかねぇ」


運転手の声は火陰さんだ。
由先輩をたたみかけて誘い笑いを起こす積りであろう。
既に由先輩は腹を押さえて地団太を踏む次第で、軽く引きつけを起こし呼吸困難になっている。
そこまで笑う事有るのかと思って振り向いたらあのおっさん、道草を食ってのご参加だ。
というか道草食って声は変わらんのか。
どういう分量調整をしたらそうなるんだ。


「ありがとうございましたー」


槐わんのネタがあれだけで終わった。
同時にウルキス先輩が撃沈する。そこ?笑う所そこなの?
言う前にエイトが吹き出し、よすがちゃん以外全員がアウトとなって催しが終わってしまう。


「エイト、心、ウルキス、楓火、由、アウトー」


アナウンスとともにあかし先生がいい笑顔で乗ってきたが、この先は出来れば想像するまい。
望むべくは、第二話がちゃんと描かれる様、私たちが生きてこのバスを降りる事だけである。
記事メニュー
目安箱バナー