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【菖蒲】決着、そして始まり【蒼蘭】

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jyakiganmatome

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「よし、白髪ネギを刻んでくれ!」
「ほわっちょー!」

そこは邪気シティテレビの第3スタジオ。
人気番組「フードファイト豚の餌」の収録が今まさに行われている。

この番組の料理対決に勝利する事は、ミシュランの3つ星に等しいネームバリューを得ると同義だ。
星の数ほどの新進気鋭の料理人たちが、誰もこぞって参加を夢見るフードファイト。
魔王の座から退いて10年以上、ようやく見つけたラーメンと言う名の道。
その極みへと至る近道がこの番組である事は間違いない。

戦争の終結と共に、魔族のしがらみを捨てるため魔王という肩書を手放した。
しかし戦いの魔王としての舞台を降りた心には、ぽっかりと穴があいたような気持だった事は否めない。
最初は趣味に過ぎなかった料理というジャンルが、その穴にぴったりと嵌って、いつしか新たな生きがいになっていた。

「竜胆菖蒲…正義の味方でなくなった今の貴様も、同じ気持ちなのだろうな」

我は隣のキッチンで一心不乱に料理を作る対戦相手に視線を移す。
何やら怪しげな工程をせっせと進めては居るが、我とてラーメンを作り続けて早5年。
貴様がどんな変わり種で来ても、我の王道を極めたラーメンが負けるとは到底思えない。

「先生…本当にそれで大丈夫なんですか。私死ぬほど不安なんですけど、今後が」
「…盟君。この勝負の結果がどうなろうと、やってみる価値はあると思うんだ
 ラーメンと言う完成された文化に風穴を開ける。それは自分の殻を破る事にもなると思うからね」

向こうも家内をアシスタントに選んでの参加、息はぴったりだ。
あの子も包丁さばきは中々の物だが、元飲食店経営者のアリア、そして理論的にサポートを行ってくれるセシリア。
こちらとてアシスタントの腕で負けているつもりは無い。
ならばここからは純粋な……そう、料理人としての腕で競うだけの事だ。



「出来た!」
「こちらも出来あがったぞ」

我と菖蒲、二人ほぼ同時に料理完成のコールを行う。
麺類を賞味するのは速さが命、出来あがった方から先に審査が行われるこの協議で、僅差だが我が先手を取れたのは大きい。

「ではまず蒼蘭選手のラーメンから…」

緊張が無いと言えば嘘になる。
しかし、審査員だろうが一般人だろうが、食べ物を出すからには相手はお客。
いつもと同じ、礼節を弁えた所作でラーメンを運ぶ。

「ほう、これは塩ラーメンですな!この味、本物の名古屋コーチンを使っている!」
「下ごしらえも丁寧だ…透き通ったスープのあっさりした味に白髪ねぎは相性抜群だな!」
「麺も極上ですね。コーチンのガラスープにコーチンの卵を練りこんだ固麺とは贅沢です」
「このチャーシューの上手い事…!豚と鳥の味わいがこれほど絶妙に共存したラーメンは中々無いであります!」

よし、反応は上々だ…!これはもらったに違いない!
我は思わずドヤ顔でアリアに親指を立てたが、タイミング悪く観てもらえなかった。
しかし勝てそうなのは間違いない!悪いが竜胆、この勝負は我の勝ち―――――――――――


「続いて竜胆選手のラーメン……おや、これは?」
「これは、ちょっと…どうなのですかな」



―――――――――――な、なんだ、あれは…あのラーメンは、一体…!?



「吾輩のラーメンは小麦粉の代わりに、蕎麦粉を使ってあります」



電流が走った。
小麦粉の代わりに、蕎麦…!?なんだ、それは…我の中には無かった、全く新しいラーメンの発想…!?

「無論、このじゃじゃ馬素材を生かすのは苦労したよ。蕎麦粉の麺を生かすには普通のラーメンスープではくど過ぎる。
 醤油をベースに鶏がらではなく、利尻昆布と鰹節を使う事がその答えとなった」

…麺だけでは無いのか…!?
我の中のラーメンと言う概念が、音を立てて崩れて行くような…この、ショックは…!

「ラーメンと言うジャンルは、あまりに煮詰まりすぎた…極める事は可能性の否定を生んでしまう。
 これから必要なのはその可能性を切り開く、新たなるラーメンの開発…」

「それこそが新たな世代の料理人だと、吾輩は思ったのだ」

…嫌な汗が噴き出してくる。
我は思いあがっていたのではないか?
ラーメンと言う分野をうわべだけ捕らえて、教科書をなぞって100点を取って、枠の中で満足していたのではないか?
この竜胆のラーメンは、今までになさすぎる、新し過ぎるラーメン……。
しかし、その柔軟な発想力は、我には無かった物だ…!

「さあ、審査員諸君。眼で楽しむのも良いが麺が伸びる。冷めないうちに食べてみてくれたまえ」
「あ、いや、これ蕎麦なんで」
「嫉妬ですか、醜いですね」

「竜胆選手レギュレーション違反により、勝者、蒼蘭選手!!」















……竜胆が、スタッフに取り押さえられて会場から連れ出されていく。
しかし、我の心は晴れなかった。

一瞬スレ違った竜胆と、眼が有った。

「…蒼蘭君、君は解っているはずだ…本当の勝者がどちらなのか」
「ッッ……!!!」
「先生もう恥ずかしいから喋らないでください」

…我の心を専有するこの感覚…これが、敗北感と言う物か。
戦場に身を置いていた時も、これほどの悔しさは感じなかった。

「…作ってやる、我も…新しい料理を!!」




その辺りから間違いなく蒼蘭は変な方向に進み始めていたという。
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