邪気眼を持たぬものには分からぬ話 まとめ @ ウィキ

逃亡戦、出撃、蒼き翼竜

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jyakiganmatome

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煙がたなびく中、シズハはうっすらと眼を開ける。

「……被弾!左舷被弾、操舵室に直撃!」

一瞬、何が何やら理解できなくなったが、どうやら攻撃が輸送機に直撃したようだった。
数人の隊員が詰めていた操舵室の中央を貫くようにして、破裂した壁とフレームが操舵席とシズハの居た後部を分断するように横たわっている。
吹き飛んだ座席に押しつぶされた身体……あの靴は、ポールが機嫌よさそうに新調していた物だ。
フレッドはその隣に居たはずだが、見当たらない。
そこにあった大きな穴から、少しずつその色を赤紫に染め始めた水面が見える。
ワイズマンは……。

「……隊長……隊長!?」
「……無事か。運が良いのも実力のうち、だな」

覆いかぶさるようにして、ワイズマンは爆発の衝撃からシズハを護っていた。

「……はっ、腰から下がやけに寒いと思えば、膝の先が無いのか。これはこれで貴重な体験ではあるな」

ワイズマンの下半身は、破片に挟まれて確認できない。
しかし、夥しい鮮血とその顔色が、既に手遅れである事を如実に語っている。

「敵は、どうやら「アレ」をなるべく無傷で持ち帰る気らしい……あえて低威力の爆薬を使うわけだ、仇になったな」

口端をつり上げたワイズマンは、先ほど懐から取り出した鍵を、シズハへと押しつける。
シズハは眼を丸く見開いたまま、声も出せずに激しく首を横に振る。
しかしそれを制するように、ワイズマンは抜けて行く力を振り絞るようにして、シズハの顔を押さえつけた。

「……今出来るのは、お前だけだ。隊長命令だぞ」
「ですがっ……でも、そんな、無理です!僕に「アレ」に乗れって言うんでしょう?」
「出来るさ、閃光の貴公子なら適役だ。大戦の英雄を駆るには……なぁに、全力で逃げるだけだ。後は俺たちが体当たりしてでも食いとめる」
「でもそれじゃあ!」
「どの道俺はもう駄目だ。操舵席のラスティも、あれじゃ脱出は不可能だと悟ってる。今「アレ」を持って逃げられるのは、お前だけなんだよ」
「……見捨てていけって言うんですか」
「……もとより俺たちは、死ぬ覚悟で来てるのさ。今回の任務内容を聞いた時から、生きて帰れるとは思っていなかった」

そもそもが、この任務は「行動が知られた時点で失敗」という類の物であった。
もしも他国にその存在が露見したなら、輸送機ごと詰んでいる物を処分してでも秘匿せよ、という言まで与えられている。
ネビュラ小隊は英雄として、エリートとして、強い権限を持つ特別な存在であったが、それゆえに存在を疎まれる事も少なくない。
この作戦を描いた者は、あわよくば自分たちと積み荷をまとめて処分できれば僥倖、とでも考えていたかもしれないし、その可能性は高いとワイズマンは思っていた。
シズハがこの任務に同行するよう指示されたのも、エース級の実力を持つ少年兵という存在が、いずれ眼の上の瘤として成長するのを嫌われた、と考えて間違いない。
そういう疑念があったからこそ、ワイズマンはある程度、この状況を想定できていた。

徐々に弱々しくなる鼓動に、ワイズマンは眼が霞んでいく感覚を覚える。
そして自分の胸の勲章を引きちぎり、シズハの手に握らせた。

「……お守りだ。さあ、忘れ物は無いな。行け、シズハ。任務を完遂させろ」
「隊長……」
「たった今から、お前が隊長だ」

二度目の衝撃が、輸送機の身体を大きく揺らす。
第二射はどうやら、動力部を狙われたようだ。

乱暴に涙をぬぐうと、シズハは格納庫へ向かって駆けだした。






「はぁ……はぁっ、はぁ」

格納庫でシズハを待っていたのは、一機の飛行機である。

青と白のセレモニー用カラーのようなペイントに、まるで白鳥のように長い機首、特徴的な逆進カナード翼。
その姿はかつての大戦で、魔道戦線に終止符を打った青い竜を象っていると言う。
2対のジェットノズルの形状は、ベルの形を模している。

キャノピーを開き、コックピットに乗り込んで自分の背丈になんとかシートを調節する。
計器のスイッチを順番にオン。
キャノピー内部に広がる液晶モニターに、手短な起動画面が映し出される。

三度目の衝撃。
輸送機がそのコントロールを失い、シズハの重心が著しく傾いていく。
その攻撃で操舵室が完全に吹き飛んだ事を、おそらくではあるが察し、動揺が胸を支配する。

SYSTEM:BLUE ORCHID

蒼き蘭。
それはこの機体の制御AIの名でもあり、この機体の名の由来にもなっている、魔王。

「……ブラスベルの音の導きで、蒼き竜は空へ舞う」

資料室で読んだ、おとぎ話のような、脚色された戦記物の内容を、無意識のうちに口につく。

「緊急電源稼働済み、カタパルトロック正常、ハッチ緊急解放」

目の前を遮るハッチが開き、斜陽が眼前に映し出される。
輸送機はどうやら空を向いたまま、背中から落ちようとしているのだろう。

「システムオールグリーン、進路クリア、アイハブコントロール」

バーナーを全開にして、カタパルトの射出タイミングを自機から遠隔制御する。
胸元のスピカ勲章、描かれた天使の彫刻を、力強く握りしめる。

「……どうか、天使の加護がありますように」

シズハの手に委ねられた蒼白の機体が、産声にも似た唸り声を上げる。
その機体の名は――――――――――――






「行くよ、Z-105………ナイト・オブ・ワイバーン」


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