邪気眼を持たぬものには分からぬ話 まとめ @ ウィキ

決死戦、追撃、黒い猟犬

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jyakiganmatome

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「レーダー確認しろ!」

ワイズマンの叫び声に、ポールが飛び跳ねるような勢いでレーダーを凝視する。

「……き、機影、熱源、ゼロ!異常在りません!」
「2時方向にこちらに接近する影が有る。目視で確認を行え!」

ポールが双眼鏡で指定された方向を除く。
確かにそこには、こちらに向かって徐々に大きくなりつつある機影が確認できた。

「しょ、所属不明機、こちらへ向けて高速接近中!タイプは…ひ、人型機動兵器と思われます!」
「海のど真ん中で単独航行できる、ステルス性能をもった人型兵器か…隠してる意味が無いな。こんなことを出来る機体は、シベリアの猟犬位なものだ」
「……ぶ、ブラックハウンドですか?」

GPX-300・強行偵察型。
通称をブラックハウンド。

共産圏において共同開発された、特級秘匿任務用単独行動兵器。
量産性を殆ど無視して単独性能を極限まで上げ、その高い隠密性をもって少数機でキナ臭い任務をこなすための機体で、俗に「口封じ」とも呼ばれる。
それが単独でこちらに向かってくると言う事は、隊員たちの緊張を一層張りつめさせるに十分なものであるに違いない。

「……戦闘配置につけ」

声を張り上げようとして、ワイズマンは喉に力が入れ難い事に気付いた。
無理もない話である。
その性質ゆえに、ブラックハウンドを駆るのは単騎で任務をこなせるだけの腕を持ったパイロット、エース級である事を疑えない。
大してこちらの小型輸送機には、輸送目的の「本命」を除いては、一機の護衛用戦闘機しか搭載していない。
それもまた高性能な機体ではあるのだが、ブラックハウンドを相手取るとなると、パイロットに死を宣告するに等しい意味を持つ。
ブラックハウンドと一般戦闘機との戦力差は、長槍とナイフに等しいとまで言われている。

その戦闘機のパイロットとして待機していた隊員は、名をリカルドと言った。
リカルドは落ちついた声で了解の旨を伝えると、迅速に格納庫に向かう。
隊員の誰もがその姿に向かって、短い敬礼を送った。
輸送機はリカルドがブラックハウンドと交戦している間に、全力で宙域を離脱する手段を取るしか無かった。

「シートに付け。アフターバーナー全開で宙域より離脱する」
「……了解」



輸送機が加速を始めるとともに、カタパルトがリカルドの機体を射出した。
小隊の乗る航空輸送機は、戦闘機を離陸速度まで瞬時に加速させることのできるカタパルトがついているのが最大の特徴である。
その代わりに、格納可能機体数は2機というのが欠点である。

「……海の女神の加護を祈るしかないか」

リカルドは自嘲気味に笑うと、機首を上げてブラックハウンドを11時方向に捕らえて飛行する。
レーダー類が一切通用しないブラックウンド相手には、有視界戦闘による機銃しか対抗手段が無い。
いざとなれば対正面射撃による特攻も覚悟の上だ。

「おいおい、サシでやる気か?」

ブラックハウンドのパイロットは、薄暗いコックピット内で苦笑を浮かべる。
バック・パックと長距離航行用プロペラントタンクをパージしたブラックハウンドは、まさしくコミックの世界に出て来るような「ロボット」へとそのシルエットを変貌させる。

「ナメるなよ、女王の働きアリ風情が」

手持ち式の機銃を構えたブラックハウンドは、脚部のジェットを噴射しながら、小刻みに姿勢制御をおこなって悠然と狙いを定める。
対するリカルドは機体を傾けながら、フラップとバーナーの絶妙な操作によって急速にブラックハウンドへと機首を向けた。


1分34秒。
輸送機のレーダーは、リカルド機のシグナルをロストした。

「リカルド……」

ワイズマンは額を抑え、奥歯を強く強く噛みしめる。
幾恵の戦場を渡り歩いても、親しんだ仲間が先逝く痛みを慣れるわけではない。
しかし今は悲しんでいる暇など微塵も与えられない。
リカルド機が落とされたという事は、ブラックハウンドは再び輸送機へ向かって追撃してくる事になる。

「……相手はエースか」

ワイズマンは、覚悟を決めるところに来たと感じた。

「シズハ、シミュレーターの成績はあれから上がったか?」
「えっ……は、はい、一応必修課程をこなせる程度には」
「そうか。ならば……お前に渡す物がある」

ワイズマンは懐の家族の写真、そのさらに奥にあった小さな鍵へと手を伸ばす。


その瞬間、強烈な衝撃が船体を襲い、耳をつんざく爆音が轟いた。
それは皮肉にも、彼がかつて遭遇した天使の奏でる物にもよく似ていた。


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