邪気眼を持たぬものには分からぬ話 まとめ @ ウィキ

水平線、機影、不穏の雲

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jyakiganmatome

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時は大戦より流れて、現代よりは昔になる。
ネビュラ小隊の隊長、アリエス=ワイズマンは少数の部下を連れ、輸送機で大西洋を眼下に見下ろしていた。


コバルトブルーの水面に、傾き始めた日差しが眩しく照り返して輝いている。
バカンスならば絶好のシャッタースポットであったに違いない。
しかし機内の雰囲気は重々しく、ビーチボールも無ければ人数分のビキニも無い。
部下の一人、ポール=ガーランドは取りつかれたようにレーダーを眺め、神経質に時計と視線を行ったり来たりさせている。

「何時になった、ガーランド?」
「グリニッジ時刻で15時38分33秒です」
「予定通りのペースだな。少しくらいせっかちでも罰は当たらんだろうに」
「輸送機の速度はこれ以上上がりません。全速力で飛ぶのを想定したペース通りに来てるなら、それ以上ってのは高望でしょう」

お前はいつも正しいな、と苦笑して、ワイズマンは葉巻に火を付けた。
くゆる煙が視界を白く濁らせていくのは、少しばかりの現実逃避になるのかもしれない。
胸元につけたスピカ勲章は、大戦に貢献した軍人にのみ与えられているものであり、現在はよほど超人的な功績を立てない限りは贈られない代物である。
それが胸元に煌めいている事は、問答無用で「英雄」であることの証明になるわけだ。

勲章に描かれる天使は「アクアウィッチ」。
少し幼く見える顔立ちに、ブラスベルのついた杖が特徴的で、兵役についている物なら教本か何かで、必ず一度は眼にすることになる。
ネビュラ小隊のパーソナルマークには、勲章と同じ「アクアウィッチ」の姿が刻まれており、スピカの英雄を隊長とする特別選抜隊で有る事を示している。
一小隊に過ぎない規模でありながら、その権限は軍規を超越する物が与えられ、まさしくスペシャル中のスペシャルとして恥じない組織なのである。
彼らは公に出来ない重要秘匿任務や、マクロ規模での対応が追い付かない、超迅速行動が必要となった際の任務を勅命として受け取る事を専門としている。
その性質上、軍人には憧れの的となるが、一般にその名が知られる事は殆どない、希有な一団であった。


そんなエリートに似つかわしくない、緊迫した空気の流れる船内に、ひときわ小さな人影が有った。

「寒くは無いか、シズハ」

ワイズマンは葉巻の煙が、目の前で体育座りをしている子供に向かないように配慮しながら、しゃがみ込んで声をかける。

「大丈夫です、隊長。それにいつも言っているじゃないですか。階級がみんなと変わらない以上は、僕に特別な扱いは要りません」
「俺は相手がお前以外でもブランケットをかけてやるよ。優しい男だからな」
「自分で言っては台無しな台詞です」

シズハと呼ばれた子供の表情から、少し緊張の色が抜けたのを見て、ワイズマンはつられるように笑顔を返す。
どう見てもまだ小学生にしか見えないというのに、その子は皆と同じ濃紺の軍服に身を包んで、パーソナルマークを胸元に主張させている。

「だがシズハ、お前が強いのは認めるが、お前の体がまだ子供で有る事も認めなければならないぞ。
努力や才能でどうこうなる範囲の外にある問題だ」
「それは……僕だって、解っては居るつもりです」
  ライトニングカウント
「『閃光の貴公子』、なんて大層な渾名つけられちゃ、プレッシャーもかかるってもんだがな」
「マスコット扱いされてるだけです。それに値する実績はありません。ただでさえ子供なうえに、一人だけ日系なのが丁度良いんでしょう」

照れるように眼をそむけるシズハの頭を、ワイズマンは少し乱暴に撫でて窓の外を見た。
水平線の向こうには、もう祖国の陸は見えない。

「……やれやれ、女王陛下の笑顔が既に懐かしいよ」

冗談めかして笑いながら、名残惜しそうにじっと窓の向こうを見つめる。
日の光が少しずつ茜色に染まって行くのは、必要以上に隊員たちの郷愁を煽る。
それは歴戦の勇士たるワイズマンでも例外ではなく、懐のスピカ勲章の裏側、内ポケットの中の家族の写真を手で確かめて溜息をついた。



この任務の意味を、ワイズマンは理解している。
輸送機の格納庫内に眠る「アレ」が露見してしまえば、軍部にとっては傷になる。
しかしながら全てを破棄しないのは、未だ軍部には「その気」が有ると言うことだ。
存在そのものをブラックボックスとして、遠く離れた極東の島国において偽装し、あわよくばそのまま……。

魔道戦線に参加したワイズマンは、その計画の思想に共感していた。
だからこそ、この任務に対して誇りを持って臨む事が出来た。
だが、輸送機には護衛も付けずにこの少数での任務。
偽装されたフライトプランに乗って、重要秘匿物を運搬するというやり方の意図を一応は説明された。
しかし、この作戦を描いた者が、はたして作戦に対して共感の念を持っていたかどうか……。
そもそも今回の決定に対しては、軍部でも意見が割れていたという。

それでもワイズマンは軍人として優秀である。
疑念は頭の隅で処理する程度にとどめて、だからこそ人一倍、任務における集中力は飛びぬけていた。


結果的に、水平線上に浮かぶ影を最初に見つけたのは、彼であった。


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