邪気眼を持たぬものには分からぬ話 まとめ @ ウィキ

最前線、反撃、水色の魔女

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jyakiganmatome

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「――――ダイダルウェイブ」


夕日が照らす赤い空。
その声に少し遅れて、耳をつんざくような爆発音が響いた。
戦場に似つかわしくない少女の声に頭を上げれば、どうやらその声の主と思しき影が、疾風のように駆けて行く様が眼に映る。
兎のように真っ赤な瞳と、粉塵の中に生える漆黒のローブ。
杖に取り付けられたブラスベルが、鬨の声のように鳴り響く。
ブラスベルの音の導きで、蒼き竜は空へ舞う。

死屍累々の荒野と化したこの地で見たその光景は、まるで現実感のあるものではない。
しかし、まだ傷の痛みを如実に感じ取れるほどはっきりとした意識の中で、立て続けに響く爆音が、
これが夢ではない事を補償する。

空を覆い尽くす漆黒の群れが、鈴が鳴るような声と共に落とされていく。
銃と機械とで身を固めた兵士たちが、手も足も出ずに終わったその悪魔たちを、成人もしていないであろう少女が薙ぎ倒していく様は、全く筆舌に尽くしがたい。


「……あれは、天使だ」


ワイズマン曹長の呟きは、普段ならば「寝ている時に言うんだな」と軽口を叩かれるような物であろう。
しかし、その場にいる誰もが、その呟きに対して頷いた。
あれは天使。
暴虐の限りを尽くす悪魔の手から、我々を護るために使わされた天使に違いない。

見た目だけ見れば、黒衣に深紅の瞳とは、まるで魔女のそれとしか思えない。
しかし彼女が本当に魔女で有れ如何で有れ、孤独な戦場で死を覚悟した男たちにとって、その姿は天使以外の何物でもなかった。



魔道戦線。
魔界の最高権力者たる5人の魔王。
彼らが人間界に関わった結果、その力を失った事にかこつけて、人間界へ進攻してきた魔族達。
その兵力、まさに300億を数えた。

魔族軍の放った超広範囲結界は、魔族以外の物が能力を使えなくなるという、信じがたい脅威にして、彼らにとっても無二の切り札であった。
人間たちは能力を封じられ、文明の利器に頼るだけでは魔族の物量と素早さに対抗する事は出来なかった。
その絶望的戦況をひっくり返したのは5人の魔王のうちの一人と、その傍に居た一人の少女で有ったという。
巨大な竜と化したその魔王は、まるで太陽が怒り狂ったような炎によって、一瞬のうちに魔族軍の4割を消し飛ばした。
その圧倒的力によって、戦争はひとまずの終結を見せるのだが、その魔王と少女を戦いの場へ導くにあたって、勝利への道を示す立役者となった、もう一人の少女がいたという。


桐生 茜。当時18歳。
今となっては伝説の存在と化したその少女は、大戦の英雄として歴史書に名を連ねている。
雷光の魔王・ジャンゴ=マキャフェリや軍神・ジュリオ=ジュースター、星屑の魔女・レイン=サニーサニー等と比べれば、知名度としてはやや明るくない。
しかし、その大戦の最後を飾った大規模戦闘、「魔道戦線」に参加した軍人たちにとって、彼女の伝説はひときわ輝かしい物となっている。
魔族以外が戦えない戦場において、彼女の希有な生い立ちが、人類の反撃の狼煙となった。

聞けば知るだろう、彼女の武勇を。
知れば語るだろう、彼女の優美を。

絶望的状況からたった一人で戦線を切り開き、勝利への道導を描いた少女。
彼女の存在は軍人たちに、今尚として語り継がれる。
男たちは時として祈り、時として縋り、時として焦がれ、そしていつしか憧れだけが異名となって、歴史の中に刻まれた。

魔道戦線の天使、「アクアウィッチ」。

その姿はスピカ勲章に、まさしく天使として描かれる。
若い兵士達にとって、その天使が誰なのかは、歴史に明るくなければ知る事でも無いのかもしれない。

そして、語り継がれる当の天使本人も、おそらくその事実を知らないでいる。



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