邪気眼を持たぬものには分からぬ話 まとめ @ ウィキ スタンド・バイ・ミー

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列車の背に上った二人を、冷たく激しい風が襲う。
風圧でかすんで見えるその最先端に、牛だか蜘蛛だか解らないような背中が見える。

「……ビビってんのか、おい」
「脅えたところでなんの得もありません。状況を冷静に見て、淡々とやるべき事をこなすだけです」
「顔と違って可愛くないなお前。だいいち、あんなのどうやって倒すんだよ」
「それはこれから考えましょう」
「言ってる事が矛盾してるぞ手前!」

セブンの言う事を殆ど無視する形で、楓火はそろりと脚を前へ進めて行く。

「……ビビってんじゃねえか」

震える楓火の脚を見ながら、呆れたようにセブンが追従していく。
朧車には二本の大きな角が有る。
だいたいはあれをへし折る事さえ出来れば、退治できるものと決まっている。
しかし、はいそうですかとこなせる作業で無い事は、既に二人は痛いほどに実感しているだろう。

「……おいおい、倒し方も決まって無いのにずかずか進むんじゃねえっての」
「一応、何も武器が無いわけではありません」

そう言うと楓火は、釣り糸をこよって作った、先端が輪になっているワイヤーを取り出した。

「お父さんの持っていた釣り具から失敬してきました。これを奴の角にくくりつけ、鉄塔か何かにひっかければ列車の勢いで落ちて行くはずです」
「実はバカだろお前」


確かに、構想としては決して不可能ではない。
しかし現実はそう上手くいくものではなく、このバランスの悪い列車の上でその芸当をやってのけるのは至難の技だ。

「ですけど、これしか方法無いですから」

列車の中に武器になるような物は見当たらず、あったとしても列車一つ乗っ取るような妖相手に通用するとは考えにくい。
となれば「振り落とす」という戦法は効果的に思えるが、主導で列車が止まらない以上、朧車のみに衝撃を与えるしかない。
楓火の提案は突拍子もないように見えて、難易度は限りなく高いが、理にかなっている。
他に手段が見当たらなければ、それを選ぶしかないのだ。
出来なければ自分たちもろとも、駅に居るであろう大量の人々が犠牲になる。
やってみるしか、なかった。

「あとはどうにかしてそれを実行に移さないと……運動神経には自信ある方ですけど、いかんせん足場が悪すぎます」
「糞喰らえだな。偉そうなこと言ってるくせに」
「いいです、じゃあやりますし」
「……お前友達居なさそうだよな」
「そういう貴方は居るんですか?」
「いねーよ、畜生」

二つの足音は風切り音にかき消されながら、星空の下を駆けていく。
列車は直線に入り、ますますとそのスピードを上げていく。
本線に入ってからその加速はさらに著しい。
急なカーブが来る前に事を済ませなければ、脱線の恐れすらあるかもしれない。

「……よたよたやってちゃどの道、振り落とされて終わりだぜ」
「そう思っていたところです。では、意を決して」

二人の足は列車の加速以上に、そのペースを上げていく。
ずんぐりとした朧車の背後から、先端を輪の形にした即席ワイヤーを握りしめ、その距離があと一両分というところになった。

「来るぞ!」

どちらともない叫びで、弾かれるように二人して身を伏せる。
その頭上を、牛の尻尾のような物が、鞭のごとくしなりながら通過していく。

「……届きますね、随分と」
「こっから先は自分のテリトリーか。身持ちの固い奴は女ならそそるんだがな」

今度は斜め上から叩きつけるように、尻尾の鞭が振り下ろされる。
狙いはセブンであったようで、彼はすぐさま飛び起きて、その着弾をかわす。
楓火はその様を見て、彼が少なくとも自分よりは「手慣れて」いることを悟った。
攻撃をかわされた朧車は余裕なしと見たのか、ぐるりとその顔をこちらに向ける。

「……妖怪の話は父さんに何度も聞いてましたけど、こうして見るとなんてことは無いですね」
「強がりやがって」
「攻撃手段と弱点が、ご丁寧に解りやすく出来ているんですから」
「解ったところで捌けなきゃ意味ないけどな!」

この風はワイヤーを投げても、前方には届くまい。
兎に角もっと接近する必要がある。
楓火はセブンよりも前に出ると、風に流すようにセブンにワイヤーの端を放る。

「俺にやれってか!」
「貴方の方が適任です」
「冷静に判断するってーのは、自分の安全を確保する方法かよ、畜生!」

憤りながらも、セブンはその判断を正しいことと理解している。
楓火の足取りは、攻撃をよけながら難なく前進できるような物では無いからだ。
襲い来る尻尾は単純な軌道とは言え、楓火には避けるのが精いっぱい。
それに比べれば、セブンはひらりひらりと足場の悪い列車の背中を、雑技団のように舞いながら、確実に朧車へと近づくことができた。
最後の一両目もあと残り半分となったところで、朧車が咆哮する。
吹きつける風が一段と強くなったようで、セブンは両足を踏ん張って、両手でも突起にしがみつく。

「前向いて運転しやがれ、事故るぞ!」

文句を言いながら朧車を睨みつける。
が、動きが止まったところで今度は尻尾の鞭を見舞われる。
単純なようで、その連携には厄介な物がある。

「くそったれが……似合わねえテクニック使いやがって!っつーか俺ばっか先頭に立たせてんじゃねえよ!楓火……おい、楓火!」

そこまできて、ようやくセブンは異変に気付いた。

「……楓火?」

後ろを振り向けば、楓火の姿は無い。
よもや、あれだけ言って置いて、自分が背を見せた隙にこっそり逃げたのか。
いや。

「……あの馬鹿!」

一両目の角に目をやると、かろうじて屋根の縁にしがみ付いている、いまにも落ちそうな楓火の姿が目に入る。
どうやら突風に煽られたのだろう、これでは曲がり角で振り落とされるのも時間の問題だった。

「何をしているんです。前を向いて下さい。攻撃が来ますよ」
「この期に及んで何悠長なこと言ってやがる、お前は!」
「こうなる事は解っていました。だから貴方にワイヤーを託したんです」

セブンはぎゃあぎゃあと喚きながらも、なんだかんだとしっかり重心を安定させて進んでいた。
楓火は何でもないふうな事を言いながら、ずっと足が震えていた。
確率的な見地から、それは楓火にとって「冷静な判断」だったのだろう。
自分ではおそらく、列車の最先端まで到達するのは不可能であると。
すなわち、生きてこの仕事を達成できる見込みがないと考えたのだ。

「私一人が落ちる分には、運よく助かるかもしれませんしね。ですが、この列車が止まらず駅に突っ込めば、間違いなく大量の犠牲者が出るんです」
「……馬鹿!なんだお前、俺とタメじゃねえのか!なんだってそんな……どこまでも他人事みたいに……」
「合理的に、冷静に判断しただけです。1対多数、切り捨てるなら1。1が自分で有れば尚のことです」

楓火の口調は淡々としている。
まるで与えられた数式を解くだけのような、融通の利かなさ。
状況に対して素直すぎるとも言え、自己犠牲などと言う陳腐な理由づけも、あまりにテンプレート。
自分はこの状況を少なからず、危惧してはいた。
それでも楓火と、セブンに任せたのだ。

「……糞っ、くそくそくそ!勝手にしろ!」

セブンはワイヤーを握りしめて、なりふり構わず朧車へ向かって駆けだす。
飛んでくる突風を正面から貫いて、鞭を飛んで避けるその動きは、完全に素人のそれではあり得ない。
セブンが飛びつくようにワイヤーの端を朧車の角に引っ掛けるのを見届けると、楓火はどこか安心したような表情を浮かべる。
列車は急なカーブにさしかかり、楓火は抗うこと無く手を放した。









「…………は?」

楓火は肩が脱臼するような痛みよりも、先に状況の飲み込め無さに声を上げた。
肘から先が何かに包まれるように、しっかりと固定されている感触。
地面に触れること無く、楓火の身体は宙を舞い続けている。

「勝手なことばっかり言いやがって……」

目の前には、セブンの姿があった。
ワイヤーの片方を朧車の角にひっかけ、もう片方をぐるぐると手首に結び付けている。
手首からはワイヤーで切れたのだろう、鮮やかな血が風に舞って、それでも伸びきったワイヤーを放そうとはしない。
そして、もう片方の腕も、決して楓火を放そうとはしなかった。

「見栄ばっかり張ってるんじゃねえよ!」

朧車の尻尾が襲いかかるのを、身体を揺らしてどうにかかわす。
きょとんとする楓火の方を向いたまま、尚もセブンは声を張り上げる。

「綺麗なセリフばっかりだ……どっかから持ってきたような言葉ばっかり並べやがって!何が合理的だ、馬鹿馬鹿しい」

楓火は腕を強く握られる。
それは痛いほど、押しつぶすほどに強く、決して楓火を放そうとしないかのように。

「自分で納得してるなら、何でお前は泣いてんだよ!」
「……えっ」

楓火はそこまで言われて、ようやく風に流れる雫が、自分の涙だと自覚した。

「生きたいに決まってんだろ、誰だって」
「でも私は」
「駅で家族が待ってんだろ」
「……私は」
「会いたいんだろ」
「…………私はっ!」
「死にたくないんだろうが!」
「………………死にたくないっ!」
楓火が叫ぶと共に、列車は再び急なカーブへと差しかかる。

「だったら生きて帰んだよ!」

セブンはワイヤーを握りしめ、カーブの遠心力で身体が振られていく先に、鉄のポールが有るのを確認した。

「だがこれでよーく解った。楓火、お前は罪深いぜ。自分の命一つで何百人もの命を救おうだなんて、ふてえ話だとは思わねえか」
「……でも私は」
「助けたいんだな、それでも」
「……はい」
「だったら良いぜ、お前の「罪」は決まってる。金でも無く地位でもなく、この世で一番高いものを欲しがってやがる」

「お前は誰よりも『強欲』だ」

セブンの両脚が、鈍い光に包まれて、迫ってくるポールに触れる。
まるで交通事故のような強烈な音。
楓火もその瞬間には、トマトが弾けるが如き光景を想像した。
朧車もまた、それで決着がついたものと一瞬、気を緩めた。



「勝手に終わってんなよ」

朧車はその声を確かに聞く。
セブンと楓火、二人の身体はポールに弾かれるようにして軌道を変え、カーブの勢いを利用して、その位置を列車の前方へと振っていた。

「その涙目かっぽじってよーく見とけ。楓火、こいつがお前の罪の形だ」

セブンの両脚には、まるでテレビの中のヒーローのような、どこか浮世離れした造形の靴。
先ほどまでは普通の革靴で有ったことを、楓火はしっかりと記憶している。

「……セブン、貴方……」
「そうさ、こいつが俺の眼だ。お前の「罪」を、「武器」にする。あんなポールくらいなら、飛び石と変わらなくしちまうくらいのな」

二人の身体は列車の進行方向上にある。
慣性が二人から離れていくごとに、列車との距離は狭まっていき、目の前には朧車の背中。

「……私は強欲ですか」
「そうだな、なんでもかんでも一人で犠牲が賄えると思わないこった」
「しかし、目の前のこいつは私よりずっと罪深いと思いますよ」
「そりゃあ同感だ。列車も駅も丸ごと自分の物にしようなんて、全くふてえ野郎だな」
「でしたら懲らしめてやらないと」
「んじゃあお前も手伝うんだな」
「刑罰はどの程度になるんでしょうね」
「列車乗っ取り自爆テロだぜ?だったら俺はお似合いのが有ると思うがね」

楓火、セブン、二人とも両脚を朧車の方へと向ける。
朧車が振り向くだけの時間は与えられない。
狙いを定めて尻尾をふるう時間も、与えられない。
時間すら満足に与えてはいけないほど、この妖怪は罪深い。




「「死刑だな」」




二人分の体重のドロップキック。
列車の速度そのままの交差法。
そして、セブンの両脚の武器の威力。

兎に角、朧車が列車の後ろに吹っ飛んでいくには、どうやら十分な威力だったようだ。



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