邪気眼を持たぬものには分からぬ話 まとめ @ ウィキ

たった一つの冴えたやり方

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jyakiganmatome

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運転室に人の影は無かった。
一人では扉も破る事が出来ずに、子供たち二人の力を借りて、ようやっと扉が空いたころには、列車はまた一つ駅を通りすぎていた。

電話は頑として繋がらず、どうやら計器を弄っても、列車を止めるのは現実的ではなさそうだった。

「朧車だ」

取り敢えず、胸の中で固まった核心を口に出す。

朧車は牛車の妖怪である。
有体に言えば、駐車場争いに敗れた牛車の怨念のようなものが形になった、それははた迷惑な物の怪だ。
今となっては牛車など、とんと見かけなくなって久しい癖に、朧車は形を変えて、今時の車に取りついては、我が物顔で乗り回すのである。
しかし列車にまで跨ってくる朧車と言うのは、流石にそうそう話を聞かない。
大かたこいつはこのまま終着駅まで気分良くかっとばし、駅を一つ、丸ごと自分のものと分捕ろうというのだろう。
駅に体ごとぶつかって叩き壊し、そこを丸ごと妖の城としようという腹積もりとみて間違いない。
かつてリムジンで同じことをやった妖怪を退治した事が有るが、こいつのそれは最早テロリズムの領分に差し掛かっている。

「こんな僻地に朧車たぁ、珍しい妖も居るもんだ」

と、ヘッドホンの彼が呟いている。
たしかにこんな場所に朧車が出て来るのは珍しい。
というのも、もともとが牛車の妖怪であるから解るように、こいつは基本的に権威と見栄の化け物なのであって、大概が公家や貴族の遺恨や意地から生まれて来る。
田舎をぐるぐるとあちこち行ったり来たりする、こんな鈍行列車に憑くのはずいぶんと珍しい話になる。
しかし朧車と一言聞いて、それが解ると言うのはこの辺りの人間では稀である。

「きみ、日の下の人間なのか」
「そういうあんたもヒノモト出か。なんとまあ奇遇なめぐり合わせじゃあねえか。そんな奇遇な事が有ったもんだから、こんな奇遇な妖が出ちまったのかもしれないな」
成程、そう言われてみればそんなものかも知れない。
妖なんて半分くらいは日の下からやってくるのだから、同郷の匂いに誘われてきたということだろうか。
だとしたら何ともはた迷惑なセンチマンタリズムを感じられたものだ。
いや、それよりもっと単純に、自分が呼び寄せただけなのかもしれない。
何せ自分が人でない事は、つい最近までぽっかりと忘れていたのだ。
考えてみれば、郷に居るころは散々妖に好かれていた。

「しかし珍しい。もう日の下からやってくる者などいないと思っていたが、こんなときでなければ嬉しい偶然だ。吾輩は東雲の外れの出なのだが、君はどこが郷か。」
「俺は、そうさな。萩の出だ。」
「萩……というと、公家か?そこは政令指定都市で、平民は住めない場所の筈だ。」
「お兄さん頭が平和だねえ。萩の宮は確かに公家の都だが、俺たちからしてみれば、萩と言えば老萩の事を言うのさ」

老萩というのは確か、今となっては椣(しで)と言われる地方の事だ。
かつては萩と呼ばれていたが、どこぞの公家がその字を痛く気に入って、都の名前につけてしまったと聞く。
それからあそこは椣なんていう名前になったんだった。
しかし椣か。
そうなるとまたややこしい話になってくる。

「お父さん、同郷の方だったのですか。彼の故郷をご存じなんですか?」

話に入りきれない楓火が、痺れを切らしたように割り込んできた。
しかしあの地方の事をこの少年の前で、自分の口から説明するのはやり辛い。

「知ってるはずだろうよ。このお兄さん、東雲の人間なんだろう?っつーことは華族じゃあねえか。華族なら俺たちがどういう人間か知らないわけは無いぜ。何せ縁の下の力持ちってやつだ。自分らの地位がどういう柱で支えられてるのか知らないほど、世間知らずだとは思いたくねえな」

「さっきから聞いていれば、君の言葉は粗暴に過ぎます。失礼じゃあないですか。それも、内容もどうにも喧嘩腰。見ず知らずの私の父に、何の恨みが有ると言うのですか」
「楓火」

さっと手を添えて楓火を律する。
しかし答えはあっさりとヘッドホンの彼が教えてくれた。

「俺たちはな、卑族さ」
「……ひぞく?」
「そうだ。死体の片づけや弁壺の掃除、毒の精製に殺しの仕事。そういう汚い仕事を生業とする一族が集まるのが俺たちの故郷っつーわけだ」

こちらの世界でも同様に、えた、ひにんという身分があったらしい。
しかし今となっては殆ど確執はなりを潜め、若者はそういった歴史を知らずに過ごしているようだ。
ただし、それはこの国に限った話だが。

「貴族や華族の皆々様、はては平民様でもやりたくないような仕事を、一度請け負ったら一族末代まで生業として押しつけられて、一生影から出て来るなと日蔭の土地を与えられた屑の集まり。それが俺たち卑俗っつーわけだ」

少年の言葉は耳に痛い。
自分の家は元々裕福であり、小間使いや女中が家の事を殆どこなしていたし、身分の低いものに面倒事を押しつける事もあっただろう。
卑族と呼ばれた者たちを、米の一粒にも代わらない賃金で使い走ったことなど、ざらであるに違いない。
そういった人々の地位向上の機会をことごとく奪い、都合のいい物にしておいたのは華族や貴族と呼ばれる連中である。
自分は恨まれてしかるべき立場の人間だ。

「成程、お前がきれいごとばかり並べるわけがわかったぜ。華族様の一族だもんな。そりゃあ頭の中がお花畑に決まってらあ。蛆と米の区別がつかない飯を食った事が無いんだろうぜ。ヒノモトでぬくぬく暮らしてりゃあ良いのに、こんなとこに出てきてまででかい面しやがってさ。」

少年は口元を皮肉に歪ませながら、楓火を指さしてまくしたてる。
握る拳をぐっと抑えて、奥歯を噛みしめて睨みつけた。
自分にはこの少年の言う事を受け止めなければならない義務がある。
しかし、楓火には関係の無い話だ。
だからといってこの場で少年を怒鳴りつけるのは、どうにも出来なかった。

「はっ、良いさ。代替わりしてもあんたらから見た俺らの立場なんか変わらないんだろうぜ。臭い物に蓋をしたいなら最初から近づくなってんだ。ささ、俺は席に戻って脱出の算段を立てさせて貰うぜ。これ以上話したら華族様に病気を伝染しちまうかもしれないからな。それともお靴を舌で綺麗にしてから退散したほうがよろしゅうございますか?」

少年の言動は皮肉でもあるが卑屈に過ぎた。
自分には憤りよりも、申し訳なさと呵責の念が胸中を渦巻いていく。
貴族華族が華やかに文化を咲かせていくその陰で、こういった子供たちが歴史の陰に埋もれて行く。
少年が日の下ではなくここに居るのも、そんな上下関係のいざこざから逃げてきたに違いない。
そんなところで自分たちと顔を合わせてしまっては、嫌な思いもするだろう。
少年はくるりと背を向けて、席へ帰って行こうとする。
自分にはその肩をつかむことなど、到底出来はしないのだ。







ぱしん、と乾いた音が小気味よく響いた。


「……なっ、痛、痛い!」

少年も私も、一緒に目を丸くしている。
音を立てたのは楓火の掌と、少年の紅く腫れあがった頬だった。
「……はっ、散々失礼な事を言われて頭にきたかよ。こちとら華族様と違ってやんごとない教育は受けて無いんでね、粗暴な言葉遣いで悪うござんしたな痛いっ!」

返す刀で、手の甲でもう片方の頬をひっぱたく楓火。
言い終わる前に殴られて、少年も若干眼に涙を溜めている。
自分はと言うと、すっかり二人の間に入って行けず、思わず杖をとり落としていた。

「ええ、全く失礼です。それ以上見下すような言葉を並べていたら、次は蹴りが飛ぶところでしたよ」

楓火は元々怒りっぽい性質だが、こんなに激昂する楓火を眼にするのは初めてになる。

「卑族だ華族だと了見の狭い事を。私が身分や立場を盾に刃に、他人を虐げるのを好むように見られていただなんて、腹立たしい。ああ、腹立たしい!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、痛い。すごく顔が痛い……うがー!」

殆ど少年の言う事も聞かず、楓火はその手をつかんで捻り上げる。

「貴方の手が汚かろうとそうで無かろうと関係はありません。卑族だとかいう人を相手に話をしているつもりは無い!貴族だろうと神様だろうとお呼びでない!”列車の中は綺麗に使え”と、注意しているようには聞こえませんでしたか。卑族だからとそれが許されると思っているのなら、卑族を馬鹿にしているのは貴方の方じゃあないですか!失礼です!自分で自分に謝りなさい!」

本当に、こんなに怒る楓火を見たことはなくて、自分はすっかり、ぽかんとしてしまっている。
しかしながら、楓火の言葉は実に迷いなく、心の真ん中を突き刺してきた。


   ・・
「私は貴方と話をしているんです!」






特急の線路との合流地点が見えてきたころ、楓火と少年は揃って車両の最後部に居た。

「わけわかんねーよぉ……なんで俺がこんなことしなきゃならねーんだよぉ…」
「脱出が不可能なのは、列車の速度を見れば解る話です」
「そりゃ解ってるけどよー……」
「第一、列車を止めなければこの速度のまま邪気街駅に突っ込んで、甚大な被害が出ます。駅では母と妹が出迎えに来てくれているんです」
「俺、関係ねーもんよー……」
「貴方は列車に乗っています。関係が皆無とは思いません」

列車内に朧車の本体は見当たらず、後を残すは「上」か「下」かという話になっていた。
朧車はその存在を隠す妖怪にも関わらず、プライドだけは高い奴で、おそらくは見晴らしのいい屋根にいるだろう。
しかし自分のこの脚では、列車の屋根に上っても、風圧で煽られて振り落とされるのが眼に見えている。
子供たちに掛けるしかなかったのだ。

「おそらく妖怪は列車の先端部に居ますね」
「じゃあ前の方から昇れば良いじゃねえか!」
「仕方ないでしょう、前の方ほど妖怪の力が強いせいか、窓を壊せたのが最後尾だけなんですから」
「くっそー……ヤクい。マジヤクい」
「日本語が喋れるのなら日本語でお願いしたいですね」
「んだよ、「3×3EYES」読んで無いのかよ」
「愛読書はトラッカーの「マネジメント」です」
「嫌な餓鬼だ!」
「お互い様です」

割れた窓から顔を出し、、がしりと縁をつかんで脚をかけて、外に躍り出る。
列車の屋根は高く、子供の背丈ではよじ登るのも一苦労で、ここで失敗すればその瞬間に挽肉になるのは決まっている。
それでも楓火と少年に掛けるしか、今のところは手段が無いのだ。

「即席のフックロープを作って正解でしたね」
「お前、学校でそういうの教わってんの?」
「ボーイスカウトですよ。漫画雑誌よりは有用な知識が手に入るでしょう?それに私の名前はお前ではありません」
「俺だって名前は貴方じゃねえよ」
「では改めて自己紹介といきましょう」
「カーテンと金具の即席フックで列車の壁にへばりついてか?」
「この際様式がどうのと言っている場合ではありませんから」
「はっ。見識を改めるぜ。お前全然堅物でもなんでもねぇわ」

「初めまして、竜胆 楓火です」
「セブン=ブギーマンだ。覚えておくのを許してやる」 



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