邪気眼を持たぬものには分からぬ話 まとめ @ ウィキ Return to Base~不知火~2

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 やかましい警告音で眼が覚めた。目覚まし時計は、1時間ほど前に無意識に止めていたが、身体に染み付いた条件反射は、ジャンヌをベッドから引き摺り下ろす。
 スクランブルだった。ほとんど下着のまま部屋を飛び出し、走る。走りながら、無線機の電源を入れた。単調直入に聞く。
「何があった」
「スクランブルだ、中尉。飛んでもらう。大至急だ。詳しくは直接説明する」
 あわただしい准将の言葉を聞きながらロッカールームに駆け込み、耐Gスーツを着る。ヘルメットを抱え、直接格納庫へと降りていった。

 格納庫内は、異様の様を呈していた。
 なにかあるのではない。何も無い。それが異常だった。最高でも三機しか出さないはずの特殊戦闘機郡が、不知火一機を残して、残らず消えていた。しかし、当然消滅したのではない。出撃したのだ。だが、それは逆に、ジャンヌに更なる違和感を覚えさせた。
 何故、こうなるまで自分が呼ばれなかった?
 厄介ごとには、自分は基本的に、真っ先に回される。厄介者だからだ。だというのに、緊急戦闘、しかも特殊戦がここまでやられる程の相手に、何故最強を誇る自分と不知火が最後まで残された?
 不知火の横で、セットアップ作業を行っているエンジニアと共に居た准将に敬礼する。
「中尉、来ました」
「ああ、中尉。時間が無い。急いでくれ」
 作戦担当になっているという准将から、手短な説明。すぐにフラップがやってくる。しかし妙だ。何かを隠そうとしているかのような、そんな早口。
「准将、他の機はどうしたのですか。特殊戦郡を3機以上出撃させることは、禁忌であったはずです」
「……」
 今度は黙る。ジャンヌはいらついた。警告音が耳に煩わしい。隣で、エンジニアの、出撃準備完了の言葉。
 ふと、違和感を覚えた。
 オーウェンは? 後部席の相棒はどこだ? なぜ不知火のスクランブルに出てこない?
 准将がようやく口を開いた。
「今回の目標は、ヘックスだ」
 ヘックス。
 それは、彼女が新たに開発し、その技術を上に渡した、最終的に完全独立戦闘を目指して製作した、新たな特殊戦闘機だった。
 不知火と同じようにグロウAIを搭載する、成長する戦闘機だった。しかしこちらは不知火とは違い、人間の操縦をほとんど必要としない、更に高度な自立を目指して造られた。
「暴走ですか」
「そうだ。本基地から発進したヘックスの一機が、バグにやられた。今は暴走、パイロットを乗せたまま単独飛行し……我が基地の上空にて、対地戦闘モードをとっている。この基地を、攻撃するつもりのようだ」
 やれやれ。ジャンヌは溜息をついた。どれだけ素晴らしいものを造ろうと、扱う人間がこれでは台無しだ、と思った。しかし特殊戦郡をここまで落とすとは、我ながら良いものを造ったものだな。
「分かりました。ヘックスの破壊ですね。……それで、私のフライトオフィサは、ハリー・オーウェン少尉はどこでしょうか」
 突然、音が消えた気がした。エンジニアたちも、准将も、急に黙りこくり、眼をそらす。
 嫌な予感がした。
「彼は……居ない。今回の任務は、君一人でのフライトだ。彼は……」
 先を聞きたくはなかったが、耳を塞ぐ事はできない。
「彼は、バグに喰われたヘックスの、テストパイロットだ。現在は、目標のコクピットに、居る」
 だから自分にお呼びがかかるのは遅かったのか。必要ない気を使われたらしい。全滅するまで。
 ジャンヌは納得し、不知火に乗り込んだ。


「――システム正常。オールグリン。SS-13、不知火、発進」
 滑走路を白い戦闘機が走る。上昇。ACLSのセルフテスト。クリア。エンジン、レーダー、計器類再確認。オールクリア。
 スロットルを入れた瞬間、速度計が跳ね上がった。空が近付く。
 後部に、フライトオフィサは居ない。今、彼は、破壊すべき目標の中に居る。とんだサプライズだったよ、と、心の中でぼやく。
「目標を視認。これより、撃墜、開始」
 不知火にはすぐに乗り込んだ。しかし、殺すつもりは全く無かった。ミサイルは短距離用のものを4発積んではいるが、撃つ気は無い。対空ガンでエンジンを狙い、機動力を落とす。相手のAIには不時着機能が積まれている。翼と最低限の姿勢制御機能が生きていれば、あとは子供だって生還できるだろう。
 遠くの影が近付いてくる。レーダーに目をやる。接近。あと50秒。
 スイッチを入れる。ドグファイト・モードに移行。モニタに文字。

 ENGAGE_

 RDY_GUN_

「行くぞ。不知火」
 一回目の交差が訪れる。相手は既にミサイルは積んでいないのを知っていた。残りの武装は対空ガンだけだ。まずここでやり過ごし、反転して後ろに付く。その後エンジンの一部を破壊、出力を低下させるつもりだった。最低でもコクピットは守らなければならない。
 すぐに、甘すぎた事を知った。
 相手は仮にも、不知火の同型機を落としつくしていたのだ。
 ヘックスは信じられない動きをした。すれ違ったかと思った瞬間に、反転して後ろに付かれた。完全にタイミングが遅れた。ブースト。大Gで反転。間に合わない。敵のガンが火を噴く。紙一重で回避。フルスロットルで加速し、離脱。何とか逃げ切った。速度はこちらに分があるようだが、それでも本当にぎりぎりだった。
 自分の呼吸が荒い。恐ろしい相手だと感じた。何よりもあの機動性は、危険すぎる。自分には勿論だが、何よりも搭乗員が危ない。人間のことなど全く考慮しない飛行だった。
 まるで、人間など必要ないと、そう言っているような飛行だったのだ。
「ばかばかしい」
 口に出し、サイドスティックに圧力をかける。旋回。まだ敵機は背後だ。
「まったく、ばかばかしい」
 機械が人間を制御するなど、SF映画だけの話だ。現実は違う。どれだけ戦争が機械化されても、人間の血は流れ続けるだろう。何故って、戦いは人間同士が始めるものだから。
 ふと思った。
 自分は、果たして、人間なのだろうか。
 思考の間隙に、警告音が滑り込む。敵機接近。出力を上げる。ガンを回避。
 本当に、恐ろしい性能だ。遠慮も配慮も無く、ただ敵機を、自分を落とすためだけに飛び回る死神だった。
 殺すしかないかもしれない。
 ハリー・オーウェンを、殺すしかないかもしれない。
 そんな考えが、頭を過ぎった。

 その瞬間、敵に隙が生まれた。一瞬の事だった。こちらが急激に減速をかけた時、敵機が突然背面方向へと回り、上面やや前方をこちらに向けた。
 瞬間的に、トリガーに指をかける。これを引けば終わる。敵は撃墜され、爆発する。距離が近いため衝撃が来るだろうが、それでも敵は確実に爆発し……
 そう、爆発する。
 この角度では、エンジンだけを狙えない。燃料に引火し、爆発が起こる。パイロットは助からない。
 だが、この悪魔のような旋回性能を持つ相手では、これが本当に最後の機会かもしれない。その思いは消えない。少なくとも、今現在の不知火と自分で、これ以上の好機を意図的に引き出せるかは、わからなかった。
 引金は、結局引かなかった。
 自分でも、理由が分からないが、とにかく引くのが躊躇われた。エンジンだけを狙い、相手の不時着を誘発する。そう決めたのだ。
 その時、黙っていた不知火が、突然インターフェースを起動した。


  WHY?_


 何故。
 何故、撃たなかったのか。何故、殺さなかったのか。何故、絶好の機会を逃したのか。
 不知火は、そう言っていた。
 ボイスコミュニケータを起動し、不知火を音声認識モードにする。
「不知火、あれにはハリー・オーウェン少尉が搭乗している。殺す事はできない。エンジンを狙い――」
 モニタが点滅する。文字が浮かぶ。

  ITS_NOT_POSBL_TO_UNDSTND_

 理解不能。
 理解できない、何故敵を庇うのか。何故攻撃してくる相手を守ろうとするのか。殺さなければ、殺されるのに。
 ジャンヌが反応する前に、不知火は更に文字を紡いだ。

  SEND_THE_CONTL_

 その瞬間、機体が揺れた。未体験の衝撃が、ジャンヌを襲う。
 奪われたのだ。コントロールを。
 不知火に。
「不知火、よせ。何をしている」
 叫ぶが、不知火は止まらない。不知火はいまや、完全に機体を制御していた。こんな機能はないはずだった。不知火の緊急停止機能を起動する。反応なし。不知火は止まらない。
 今、不知火は、ヘックス以上の機動性を持って、ヘックスを追い詰めていた。搭乗者を省みない、機械による、機械のための飛行。大G。身体が軋む。呼吸がうまくできない。吐き気が起こる。胃液が喉まで上がってきた。
 揺れ動く視界の中、ミサイル照準の中に納まるヘックスを見る。

  RDY_MSL_

 冷たい文字が浮かび上がる。
 揺れる視界の中、それだけが、妙にくっきりと。

 やめろ。不知火。やめてくれ。それにはハリーが乗っているんだ。撃ってはいけない。殺してはいけない。たのむ。不知火。やめてくれ。止まってくれ。止まれ、不知火。止まれ。止まれ。

 そう叫んだつもりだったが、自分が実際にどんな声を発しているのかは、分からなかった。
 目の前で爆発。





 交戦開始から4分59秒。
 SS-13不知火の発射したAAMⅢ-4ミサイルにより、AGH-01ヘックスは撃墜された。







 格納庫の中で、不知火のシートに体を埋める。
 あの一件以来、何故か、不知火は全くリアクションを返さなくなった。
 バグでも、エラーでもない。ただ、静かにモニタが光っている。
 まるで、悪い事をした子供が、布団の中にもぐって、怒られるのを恐れているようだ、と、ジャンヌは勝手に思っていた。

 彼女は黙ったまま、不知火の全てのデータをアンインストールした。



 数日後、ハリーの遺品の一つが、自分に届けられた。
 覚えも無く、一体何なのかと思い、その小さな箱を開けた。
 自分とハリーの名前が彫られた、銀の婚約指輪だった。




 しばらくして、とある辺境の空軍要塞が、突如壊滅するという事件が起きた。
 壊滅といっても、原因は不明で、ただ基地内のデータ、武器、兵器、機器類など、あらゆる備品が破壊されつくしたという。
 さらに不可思議な事に、人間の死者はゼロだった。行方不明者が一人出ただけだ。


 行方不明者の名前は、ジャンヌ・シュレーディンガー元中尉。
 彼女はこの事件の重要参考人として、国ぐるみで終われる身となった。

 同時に、破壊されつくしたと思われていた兵器の中から、不知火というパーソナルネームを持っていた戦闘機が一機消えていたが、それには誰も気付かなかった。






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