邪気眼を持たぬものには分からぬ話 まとめ @ ウィキ

Return to Base~不知火~

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jyakiganmatome

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「敵機、撃墜」
「敵機撃墜、敵機撃墜」
 こちらの報告に合わせ、背後のフライトオフィサが二回続けて復唱をする。その後続けて、「グッド・キル!」。
 心なしか調子が低いのは、きっとこの状況のせいなのだろうな、と、コクピットでサイドスティックを握るジャンヌ中尉は思う。
 煙を引きながら、たった今自分が撃墜した敵機が地面へと落ちて行く。それを目で追う。そこには、簡単な地獄ができあがっていた。赤茶けた砂漠に、未だ煙を上げ続ける戦闘機の残骸が散らばっている。
 ほとんどが敵。少しだけ味方。今更ながら、無謀なほどの戦力差だったな、と感じている。
 落下していた最後の敵機が、残骸たちの中に混ざる。ざっと地上を見回してみたが、動くものはない。脱出したパラシュートも見当たらない。敵も、味方も。
 無線ラインを本部に繋ぐ。
「敵機、全滅を確認。レーダー、敵影なし。オールグリーン。オーヴァ。こちらSS-13」
 眼下を見下ろし、一度だけ息を吸って、
「全滅だ。私以外。コンプリートミッション。RTB……」
 報告を済ませ、一息つく。
 すると、目の前の小型パネルに、無機質な文字列が浮かび上がった。

 MISSION_CMPL
 RTB_

 戦闘機に積まれた、空戦補助を行う戦術AI。そのインターフェイスが持つ、簡易コミュニケーション機能だった。
 ジャンヌ中尉は、その文字列を、彼女の持つ最も暖かな眼差しで眺める。
「ああ……帰ろう、不知火」
 スロットルを押し込む。
 アフターバーナーを残しながら、白い戦闘機は瞬く間に超音速になる。


 帰るなり、上官に呼び出しを喰らった。
 ルームに入って敬礼するジャンヌの横には、疲れ切った表情を浮かべ、フライトオフィサのオーウェン少尉が付き添っている。彼に対して別段悪気はなかったが、罪悪感も無い。
 上司であるリッター准将は、目の前でいかつい髭面を困ったように撫で、
「フライトの記録を見せてもらったんだがね、うむ、君は、もう少し部隊の仲間を保護しようという気には、ならないのかね」
 いつもと同じような台詞だった。きっと相手もそう思いながら喋っているのだろうな、と勝手に想像を巡らせながら、気をつけの姿勢を崩さずジャンヌが答える。
「私は、私の行動に問題があったとは思いません。あの状況では、バックアップに回れば私が撃墜されていました」
「だがね、味方機を囮のように使うのは、その……。もしも失敗していれば、こちらが全滅していたかも知れない」
「私は一人で敵機を全滅させ、帰投した。これは事実で、結果だ。あの状況では、最善の策だった」
 准将は溜息をついてしばらく黙る。
「言葉遣いには気をつけたまえ、中尉」
「それでは准将どの、自分は退室してもよろしいでありますでしょうか」
 また溜息。もういい、と言って、准将はジャンヌと少尉を部屋から出す。敬礼。回れ右。
 しかし、オーウェン少尉が出て行ったところで、自分だけ引きとめられた。
「ああ、中尉。実はだね、君が開発している、例の機体なんだが……」


 部屋を出て少し歩くと、待っていたらしいオーウェンが、ジャンヌに声をかけた。よれた金髪は、軍人らしからぬ長さをしている。
「はは、全く……お前は、もう少しおれの身にもなってくれよ。毎回毎回、おれとお前はセットで大目玉なんだ。頼むから、もっとまっとうな戦士になってくれ」
「あんたに言われる筋合いはない。パイロットはフライトオフィサより格上だ」
「お前が肩書きをかさに着てると、違和感があるぜ。誰よりも、そんなの気にしない奴のくせに」
 ジャンヌは黙っている。オーウェンは、彼女の後ろを歩きながら、その銀色の髪を眺める。自分も背は高いが、彼女もまた高いので、目の前にある。軍人にしてはやや長いが、それでも女性にとってはかなりのショーヘア。染めたり、脱色したようなむらは無い。本人は、子供時代に戦争に巻き込まれた時に恐怖で色素異常になり、その後遺症なのだと言っていた。そのせいなのかは分からないが、彼女は瞳も普通とは違い、見る角度によって七色に変わる。いつだったか、それを綺麗だと言ったら、何故か殴られた。

 二人して、エレベータに乗る。地下格納庫と直結した、戦闘機を動かすための大型のものだった。人間二人が乗るには広すぎてもったいないが、本人たちは気にしない。
 やってきた地下格納庫は、広く、薄暗い。黄色っぽい安い照明が、等間隔に光を放っている。
 そしてその中に浮かび上がり、横一列に並んで恭しく鎮座しているのは、鉄で出来た、空の戦士たちだった。
「ここはいいね。神々しい気持ちになる。綺麗だ」
「そうかね。おれには、地獄の死神さんたちの休憩室に見える。さっきの戦闘をもう忘れたか。こいつらは毎回一機ずつ、ああいう小隊に付き添っては、自分一機だけ帰還してくるような……そういうやつら、だろう」
 ジャンヌはオーウェンを無視して、すぐに歩き出す。慌てて後を追う。
 ここに鎮座している戦闘機は、全て最新鋭の同型機たちだった。毎回、戦闘の際には一機から二機が出撃。小隊の援護を行う。他の戦闘機の追随を許さないほどの抜群の機動性と、桁違いの性能を持った戦術人工知能を搭載している。その次元違いの戦闘性能は、何者も寄せ付ける事がない。敵も。そして、味方も。
 やがて、列の一番左の機体にたどり着いた。この機体だけ、他のものとカラーリングが違う。他のくすんだ灰色ではなく、もっと薄い、古い雪のようなくすんだ白色をしていた。ジャンヌは右前面から、右側面、背面、左側面、と機体を眺めている。オーウェンは離れた位置からその様子を眺めていた。
 機体シリアルナンバー、SS-13。パーソナルネームは、「不知火」。
 自分とジャンヌが乗り、幾度となく共に飛んだ愛機だった。もっとも、フライトオフィサの自分がジャンヌを差し置いて愛機などといったら、それこそ殺されるだろう。
「しかし、毎回思うんだが、ジャンヌ……この、カンジ、ってのは、本当に文字なのか? おれにはぐにゃぐにゃした落書きにしか見えないよ」
 軽口を叩き、機体前面に書かれた文字を指差す。油性ペンキの筆書きで、『不知火』。
「それに、見たところ3文字しかないみたいなんだが……どうしてこれが「シラヌイ」になるんだ?」
「私に聞くな。ニッポンという国は、字を書くのが遅い国だったんだろうさ」
 そうは言うが、このジャンヌは、オーウェンでも知っているほどのジャパンかぶれだった。ニッポンのアニメや漫画にやたらと詳しいし、ジャパニメーションも好んで見る。何やら大きなロボットが戦っているような内容だった気がする。それに漢字にもニッポン語にも詳しい。機体の漢字だって、彼女が自分で書いたものだそうだ。
 きっと本当はこの謎めいたネーミングにも意味があるのだろうが、説明するのが面倒なのだろうな、とオーウェンは想像した。
 ジャンヌが機体の真下の床を開け、太いコードを引きずり出す。それを機体に接続し、外付けフラップを引っ張ってきて、中に乗り込んだ。
 機体をウェイクアップさせる。床下のコードは、外部電源のコードだった。エンジンは入れないまま、コクピットのモニタが次々と点灯してゆく。
 やがて、インターフェースモニタに、ジャンヌが心待ちにしている相手が現れた。

 GOOD_MORNING_JEHANNE

「ああ……おはよう、不知火」
 声をかけ、ジャンヌがコンピュータ機器類のチェックを開始する。オーウェンはフラップに寄りかかったまま、技術部門の人間など足元にも及ばないほどの、彼女のエンジニアとしての才能を眺めている。200近く存在する膨大なチェックリストが、彼女がキーボードを叩くたびに、恐ろしい速度で消化されていく。
 彼女は、天才だ。少なくとも、オーウェンはそう思っている。
 自由自在に空を飛び回り、地上ではエンジニア、電子技術、兵器開発……何でもこなす。この格納庫に並んだ最新鋭の戦闘機郡たちも、彼女が設計・製作をしていた。積まれている戦術AIの基礎理論やプログラミングまでも全てやったというのだから、頭が上がらない。
 そしてその上での、この、戦闘機乗りとしての、戦いの才能だった。戦闘機の中と外を製作し尽くした彼女は、何を血迷ったか、自ら志願をしてこの国の戦術空戦隊に入隊し、そして自身が作り上げた鋼の騎士の、最後のパーツとなった。まるで、自分さえもこの機体の一部だとでも言わんばかりに。
 彼女は天才であり、そして、それを帳消しにするほどの変人だ。自ら進んで空軍で戦っている事も、本来ならばもっとずっと上の階級に上がれるにもかかわらず、中尉で居続ける事も、全て含めて。そしてその理由は、フライトオフィサであるオーウェンも、知らない。

 そんな彼女の最も愛している機体が、この不知火だった。愛している、というのは、比喩ではない。本当に彼女はこの戦闘機を愛している。少なくともオーウェンにはそう見えるし、彼女自身も言っている。こうして不知火の点検を行っている時の彼女は、彼の見るほかのどのシーンの彼女よりも、生き生きとしていた。
 不知火は、特別製だ。外見はほとんど他の機と変わり無いが、中身のAIは全くと言っていいほど違っている。ただの戦術補佐としてのAIではなく、ジャンヌ自身が彼女に合わせてパーソナリティを組み上げた、まさに彼女のためだけの機体だった。同時に、彼女が試作的に開発した「成長する人工知能」を搭載している、唯一の機でもある。毎回の戦闘行動を経て、学習し、知識を蓄え、そしてそれを機体制御へ、あるいはジャンヌにフィードバックする。考える機械。そのせいで、この不知火の点検項目は、他の機の3倍もある。

 点検が終わった。ジャンヌがキーボードを仕舞い、溜息をつく。問題なし。このまま飛べないのが残念なようだった。
「終わったか」声をかける。
「問題ない。いつでも飛べる」
「そんな作業、そこらのエンジニアに任せておけばいいものを。実際、他の奴らは、みんなそうしてる。いや、まあ、不知火に関しては、エンジニア泣かせだけどな」
「私は、自分以外に不知火を触らせたくないだけだ」
「わかってるよ。ハニーだもんな。お前の」
「これしか無いだけだよ」
 不知火と別れの言葉を交し合い、フラップに降りる。不意に、自分を寂しそうに見つめる少尉の視線に気付いた。
「なんだ?」
「ああ、いやあ」
 珍しく、気の無い返事だった。彼らしくない。しかしすぐに、いつものにこやかな笑顔になる。
「ちょっとした、サプライズがあってな。近々、お前を驚かせる事になると思うから、覚悟しておいてくれ」
「プロポーズはお断りだよ、私は」
「そんなんじゃないさ。お前なら、プロポーズよりも驚くぜ。きっとだ」
 二人でフラップを降り、後片付けをして、エレベータに向かう。今度は、居住区画へ通じている、人間用のエレベータ。
 狭い個室で、不意にオーウェンが口を開いた。
「おまえ、覚えてるか。初めて会った時。おれがフライトオフィサに選ばれて、初めてのブリーフィングの後。最初は、まるで機械みたいなやつだ、こいつは気が合わない……そうとしか思えなかったな。何でもロジカルに考える、ハートの無い、論理的頑固者。しかも無口。なのに、俺も何を思ったかな、その後しばらくしてから、廊下でお前に聞いたんだ。俺たちは正義と悪、どちら側で戦ってるんだろうな、って。そしたら」
 少し笑う。
「戦いに正義も悪も無い、強いて言えば、殺さず勝てば正義、殺して勝てば悪、だからこの世には悪しかいないよ、私たちも含めて……って。その時初めて、ああ、こいつとは気が合うな、って思ったんだ」
 エレベータが到着する。ジャンヌ中尉は無言のままだ。
 無言のまま外に出る。目の前には壁があり、右へ進めば男性用、左へ進めば女性用居住区だった。
「それじゃあな、中尉。夢の中でも、どうぞ素敵な空を」
 オーウェンが右へ折れる。その背中へ向けて、唐突にジャンヌが声をかけた。
「サプライズ、楽しみにしているよ。どうか盛大に驚かしてくれ」
 別れの挨拶にしてはひねくれていたが、オーウェン少尉は軽く笑って、ラフな敬礼を返した。




→To be Continued
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