とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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『日常+非日常=?』



 朝、偶然何時もより早く目が覚めた黄泉川愛穂は台所で信じられないものを見てその場に立ち尽くした。
 それは――最近は見慣れて来た白い着衣の上から、フリルも鮮やかな白いエプロンを纏った、まさに全身白尽くめのおと……?
「何、してるじゃん?」
 黄泉川はあらん限りの勇気を振り絞って、その朝の清々しい雰囲気を作り出している人物――一方通行(アクセラレータ)に声を掛けた。
「あ? 黄泉川ァ。台所と冷蔵庫のモン勝手に使わせて貰ってンぞ」
 一方通行(アクセラレータ)は振り返りもせずに答えにならない返事を返す。
 それでも黄泉川はめげずに、残り少ない気力を搾り出して声を掛ける。
「で、で、ア、一方通行(アクセラレータ)は、何してるじゃんよぉー?」
「朝飯。テメェらの分も有っからよォ」
 一方通行(アクセラレータ)はやはり振り返らなかったが、今度はちゃんと黄泉川の質問には答えた――さも当たり前のように、朝食の用意をしていると、しかも黄泉川(じぶん)たちの分も用意していると。
「えんぐっ!」
 黄泉川は思わず叫びそうになるのを両手で自分の口を塞いで押さえ込む。
(『朝飯』を作ってる!? わ、私たちの分もあるだってぇ!?)
 確かに漂うこの芳しき香りは、味噌汁か、はたまた炊き立てのご飯なのか?
「ンで、テメェは何しに来たンだ黄泉川」
「水、飲みに……」
 黄泉川は真っ白になった頭で一方通行(アクセラレータ)の問い掛けにぼんやりと答えた。
 すると一方通行(アクセラレータ)は、まるで勝手知ったるナンとやらと言わんばかりに出ていたマグカップをささっと手際行く洗うと布巾で拭いた。
 そして冷蔵庫から出したミネラルウォーターを注ぎ「ほらよ」と黄泉川に手渡した。
 しかも、受け取りやすいように持ち手を黄泉川の方に向けてだ。
「あり……がと」
 黄泉川がぎこちなくマグカップを受け取ると、一方通行(アクセラレータ)はくるっと背を向けて台所に戻る。
 テキパキと動く一方通行(アクセラレータ)と言うこの世にあってはならないものを見て、黄泉川は手にしたマグカップの事も忘れてその後姿を食い入るように見つめていた。すると――、
「じゃ、それ持ってオマエは向こう行ってろ。もう少ししたら用意出来っからよォ」
 一方通行(アクセラレータ)は振り返りもせずに黄泉川に声をかけた。
 その時黄泉川は思った。
(通い妻が居る。家に通い妻が居るじゃんよー)
 黄泉川が呆然としたままマグカップを手にリビングに向かうと、そこには先に起きていた芳川がソファーに座って新聞を読んでいた。
「おはよう、桔梗」
「おはよう、愛穂」
 黄泉川はテーブルにマグカップを置くとソファーに腰を下ろすと、今まで忘れていた呼吸を取り戻すかのように深いため息をついた。
 そして神妙な面持ちで芳川と――芳川の持つ新聞をじっと見つめた。
「で、それは何のおまじないじゃんよ?」
「え?」
「新聞……。逆さじゃん」
「!?」
 黄泉川がそう指摘した途端、芳川は手にした新聞をテーブルに放り出す。
 そして彼女にしては珍しく背もたれにだらしなく仰け反った。
「読んでやしないわよ新聞なんか――それより愛穂、一方通行(アクセラレータ)に会った?」
「あー見た見た。いつから家に通い嫁が来るようになったのかと思ったじゃんよ」
「彼、どうなってるのかしら?」
「知るわけ無いじゃんよー。むしろこっちが教えて欲しいくらいじゃん」
「やっぱり――」
「何がやっぱりなンだ?」
「「!?」」
 不毛なやり取りを繰り返していた2人は、一方通行(アクセラレータ)が2人に声を掛けるまで、彼がリビングに入って来た事に気付かなかった。

 ぎょっとして一方通行(アクセラレータ)を振り返ると、一方通行(アクセラレータ)は丁度お盆に食器を載せて運んできた所だった。
「ンだよ」
 2人の視線に眉間に深い皺を刻んで居心地悪さを顕にしながらも、一方通行(アクセラレータ)はテーブルを綺麗に拭いてから持ってきた食器を並べ始めた。
 自分たちを無視して黙々と作業を続ける一方通行(アクセラレータ)を見て、2人はバツが悪そうに顔を見合わせた。
 その気まずい雰囲気にまず耐えられなくなったのは、普段から陽気な性格の黄泉川だった。
「あ、な、何か手伝おうか?」
「俺が好きでやってンだから構わねェでくれ」
 黄泉川の申し出を一方通行(アクセラレータ)は一瞥も与えずに断ってしまう。
 断られた黄泉川の方は差し伸べようとした右手の行き場に困ってしまった。
 しかしまだ諦めきれないのか、一度引っ込めた手は胸の高さに持ち上げられたまま指が空を掻いている。
 黄泉川はその姿勢のままちらっと芳川を見るが、芳川は両掌を上に向けて『打つ手無し』のポーズを見せる。
 そして2人がそんなやり取りをしているうちに、一方通行(アクセラレータ)の方は作業が終ったのか立ち上がると、無言でリビングを後にした――と思われたのだが、
「オイ、クソガキはどォしたよ?」
 一方通行(アクセラレータ)はひょいと顔だけ出して2人に聞いた。
「起こさないと起きてこないわよ、あの子」
「わ、私が起こして来るじゃん」
 芳川がチラッと一方通行(アクセラレータ)を見ながら答える隣で、黄泉川がソファーから立ち上がる素振りを見せた。
 ところが、
「黄泉川ァ、お前は余計な気ィ使わなくていいからそこ座ってろ」
 一方通行(アクセラレータ)はそう言うと今度こそ本当にリビングを出て行った。
「わ、私、嫌われたのかなぁー」
「愛穂……、あなた大丈夫?」
「大丈夫じゃ無いじゃんよー。どーしよー桔梗ぉー」
「うわっ!? お、落ち着きなさい愛穂っ。ま、まだそうと決まった訳じゃないでしょう?」
 そうして芳川が力いっぱい抱きついてくる黄泉川をなだめていると、さほど遠くも無い場所から何とも朝に不釣合いなけたたましい悲鳴が聞こえて来た。
 そして程なくどたどたと足音が近づいて来て、
「大変、大変、タイヘ――――ン!! てミサカはミサカは驚愕の事実を報告しに来てみたりっ! あの人の胸にふくよかな物が二つ確かに付いていました!! てミサカはミサカは裸の付き合いもした事があるあの人に、まさか……、まさかぁぁぁぁあああああああああ……!!」
「うるせェ、クソガキ。埃が立つからさっさと座って大人しくしてやがれ」
「あう゛っ!?」
 リビングに入ってきたと思ったら、いきなり錯乱状態全開だった打ち止め(ラストオーダー)は後から入ってきた一方通行(アクセラレータ)に平手で頭をはたかれて2、3歩前によろめくと、頭を押さえてさも恨めしそうに一方通行(アクセラレータ)の顔を見上げた。
 そして急に一方通行(アクセラレータ)の腰の辺りに抱きつくと、
「う゛ー。じゃあじゃあ大人しくするから教えてよ! ってミサカはミサカはあなたの秘密に迫ってみたりっ!」
「こら、テメェはシャツにしがみつくな! 伸びンだろおがよォ」
「いーやーだー、話してくれるまで放さないー、ってミサカはミサカは実力行使も持さない構えを見せてみたりっ!」
 流石に背中の辺りをめくられたので抵抗を始めた一方通行(アクセラレータ)に、なおも打ち止め(ラストオーダー)は食い下がる。
「めンどくせェなァ、朝飯ン後じゃ駄目なのかよ」
「駄目駄目駄目ぇー、美味しい食事を味わうには心身共に健やかでなくてはいけないのっ! ってミサカはミサカは舌先三寸であなたを篭絡しようと努力してみたりっ!!」
「チッ。なンだっつうンだその言い草わ……。クソッ、ンな事しててせっかく焼いた魚が冷めちまったらどォしてくれンだテメエはよォ?」
 酷く鬱陶しそうな表情を浮かべた一方通行(アクセラレータ)はブツブツ文句を言う。
 しかし、打ち止め(ラストオーダー)の飽くなき探究心に折れたのか、そう言いつつも自分の首の後ろに手を回してリボンを解いた。
 すると、一方通行(アクセラレータ)が身に付けていたエプロンの胸の辺りがふわりと前に落ちて、興味心身に見上げていた打ち止め(ラストオーダー)の顔を覆う。
「わぷっ!?」
「抱きついてっからだ。バーカ」

 そんな中、ソファーの上で2人のやり取りを眺めていた芳川と黄泉川は目に飛び込んで来た光景に凍り付いていた。
「ナニ、ソ、レ……?」
「あン? テメェらにも付いてンだろうがよ」
 芳川が掠れた声でそう言ったのを聞き逃さなかった一方通行(アクセラレータ)は、2人の方に向き直ると胸を張って見せた。
 そこには何故か、シャツを押し上げる2つの膨らみが見て取れるが……。
「いや、だ、だから、何でそうなってるの?」
「あァそっちか。たまにな……、女みたくなる時があンだよ」
 今度は珍しく悲鳴に近い叫び声を上げた芳川に、一方通行(アクセラレータ)は面倒くさそうに答えた。
 それから何か思いついたらしく片方の眉を持ち上げると、
「な、芳川ァ。テメェ原因判ンねェかなァ? 多分ホルモンバランスのせいだと思うンだが……、こうなっちまうと、戻るまで落ち着かねェんだよなァ」
 そう言って肩をすくめると、シャツの下で膨らみが微かに揺れた。
「戻るのそれ?」
「あ? だから今そォ言っただろォが」
 芳川の何と研究者らしからぬ答えに、一方通行(アクセラレータ)の眉間に深い皺が刻まれる。
「あ、ああ、そ、そうね」
 こりゃ話になンねェな、と判断した一方通行(アクセラレータ)は深くため息を付いてから「飯にすンぞ」と言いながら腰に打ち止め(ラストオーダー)を纏わり付かせたままリビングを出て行った。
 それから程なくして、打ち止め(ラストオーダー)の妨害を乗り越えて朝食の準備が出来た。
 今、目の前にこれでもかと言うくらい、純和風の朝の食卓が広がっている。
 それらを黙々と平らげて行く4人。
 初めの頃こそは、皆が皆、一口口に運ぶごとに一方通行(アクセラレータ)の腕を称賛したが、「いいから黙って喰いやがれ」と言われてからはこの状態が続いている。
 その、皆を黙らせた張本人はと言うと、皆がソファーに座って食事する中、一人床に膝立ちで食事していた。
 芳川たちはその姿を見ていると何故か背筋が伸びてしまう。
 そんな息詰まる食卓では黄泉川が味噌汁のお椀をテーブルの上に置いた。
 その途端、
「黄泉川、味噌汁のお代わりは?」
 一方通行(アクセラレータ)がお茶碗と箸を置いて黄泉川の方に手を伸ばしてきた。
「じ、じゃ、貰う、じゃん」
「あァ」
 黄泉川から味噌汁のお椀を受け取った一方通行(アクセラレータ)はすっと立ち上がると台所に向かった。
 終始この調子で誰かのお椀が開くと『お代わり』を聞かれるのだ。
 一方通行(アクセラレータ)が床に膝立ちだったのも、どうやら素早く給仕為の様だ。
 台所から戻ってきた一方通行(アクセラレータ)は黄泉川にお椀を渡すと、今度は芳川のご飯茶碗に目をつけた。
「芳川は?」
「私はもう結構よ。ごちそうさまでした」
 若干頬を引き攣らせる芳川は、先ほど3杯目を完食したばかりだ。
 芳川に上手くかわされた一方通行(アクセラレータ)は、次の狙いを打ち止め(ラストオーダー)に決めたようだ。
「おいクソガキ、テメェはスプーンで飯零すたァ、どンだけ不器用なンだっつゥの」
 と言いながら、床や服に零れたご飯を摘み上げる。
 そして、
「オラオラ。テメェはその頬に付けた飯粒を何処に持って行くつもりだ」
 と言って摘み上げると、あろう事か口に運んでしまった。
「「コブッ!?」」
 その光景を見てしまった芳川と黄泉川は、それぞれお茶と味噌汁を拭いた。
「わーいわーい、何だかお母さんみたいだね、ってミサカはミサカは素直に現状を喜んでみたりっ! でもでも、そーしたら私が『パパ』? ってミサカはミサカは超えられない壁を前に愕然としてみる」
「(チッ)」
 一方通行(アクセラレータ)は、ひとり百面相をする打ち止め(ラストオーダー)に小さく舌打ちすると、元の位置に戻って静かに食事を再開した。
 そんな一部始終を共に体感した芳川と黄泉川は顔を見合わせると、
「(確かに理想の母親像よね)」
「(むしろ私からしたら嫁に欲しいくらいじゃんよ)」
 小声でそう言い合うと、もう一度確認するかのようにチラッと一方通行(アクセラレータ)の方を見た。
「ンだよ?」
「「いぇ、別に何でも……」」
 一方通行(アクセラレータ)に睨まれた2人は、不埒な事を考えていた事を誤魔化す為に目の前にあった湯飲みをぐっとあおった。



~・~・~・~・~・~・~・~・~・~


 室内に固い音を響かせながら白い人物が入ってきても、その事を気に留めるものは誰もいない――筈であった。
「お? そんなもの下げて来て。そいつは一体どうしたんだにゃー」
 そう言っておどけた調子を見せるのは、こんな薄暗い場所でもサングラスを外さない金髪の少年、土御門元春である。
 すると、その言葉に釣られるように部屋のそれぞれの場所に離れて思い思いの事をしていたもの達が顔を上げると一方通行(アクセラレータ)に注目する。
 皆の注目の的になった一方通行(アクセラレータ)は、自分の左手に下げられた物をしばし見つめてから気持ち持ち上げて見せると、
「あ? 見て判ンねェのか」
「花なのは判るにゃー。それをどうするのか聞きたいんだにゃー」
 土御門がそう食い下がるが、一方通行(アクセラレータ)の方はそれ以上話をする気も無い様子で、何事も無かったように杖の音を響かせながら歩き出す。
「誰かの命日……か何かでしたか?」
 そう言ったのは優しげな顔立ちの少年、海原光貴――姿を借りて行動しているアステカの魔術師エツァリ――である。
「あ! なぁるほどにゃー……。って、んな訳あるかっ!?」
 海原の言葉と、その後の土御門のノリツッコミに一瞬立ち止まった一方通行(アクセラレータ)だったが、
「…………」
 背中越しに無言で暫く2人を見つめた後、小さく鼻で息を吐くと目の前のテーブルに手提げを置くと、その中から花の鉢植えを取り出した。
 くすみひとつ無い真っ白な八重のパンジー――一方通行(アクセラレータ)はそれを一緒の袋に入っていた水受けの皿の上に載せながら、
「道端で花なンか売ってるうるせェガキどもがいたンでな……頂いて来た」
「ん?」
「え?」
「あ?」
 その一言に、既に興味を無くしかけていた3人が一斉に一方通行(アクセラレータ)の方を振り返る。
 そして、そんな彼らの記憶にはある光景が思い浮かんでいた。
 それは実に取るに足らない日常のとあるひとコマ――そこでは子供たちが路上に並べた色とりどりの花を売っていた。
 社会勉強の一環なのだろうか? 子供特有の熱心さと無邪気さでだれかれ構わず道行く人を見つけては声を掛けている。
 通行人は嫌々ながら――その実満更でもなく、子供たちに手を引かれて植木鉢の前に連れて行かれる。
 そして、花がひとつ売れるたびに上がる大歓声。
 ここからそう遠くない場所で繰り広げられていた、彼らとは全く関係の無い筈の平和なひとコマ……。
「おいおい、まさか……、冗談、だよなぁ?」
 土御門が遊びの無い口調で彼がそう言うと、
「一方通行(アクセラレータ)、どう言う事か説明してください」
「貴方一体何してきたの?」
 海原も結標も、彼らにしては珍しく厳しい顔で一方通行(アクセラレータ)を見つめた。
 しかし、当の一方通行(アクセラレータ)は唇の端を吊り上げて笑みの形にすると、
「おいおいおォい。俺が何して来よォがテメエらにあれこれ言われる筋合いはねェ筈だよなァ。大体いつかららテメエらは正儀の味方になっちまったンだ、ンンッ?」
 厳しい表情の3人に背を向けたまま、あざけるように言い放った。
 その一言に3人が押し黙ると、彼らの間に重苦しい空気が流れる。
 そして静まり返った室内には、ビニール袋の擦れる音や、時折一方通行(アクセラレータ)が漏らす微かな呟きだけが支配した――そんな時、
「ちょっと出掛けて来ます」
 そう言って海原は立ち上がると出口に向かって歩き出した。
 すると、
「おい海原。だったらついでに缶コーヒー買って来てくンねえかな。4人分よォ……」
 この状況でまさかの使いっ走り扱いに、海原は無表情に一方通行(アクセラレータ)を見据える。
「……判りました」

「おう、頼ンだぜ」
 そして静かに海原が出てゆくと、一方通行(アクセラレータ)は深い溜息をついた。
「ふー……、しっかし今更だがキタネェとこだなァここはよォ。花ァ飾ったくらいじゃどォにもなンねェなァこれは」
 そう零すと杖の音を響かせながら部屋を出て行ってしまった。
 後に残されたのは土御門と結標――その結標は土御門に視線を送ると、
「何なのあいつ?」
「ふ。奴の考える事は俺には判らんにゃー」
「フン」
 土御門が肩をすくめながら答えたのを、鼻で軽くあしらった結標は、今の騒動に興味を無くしたかのようにソファーに深く座ると片膝を抱えて床を見つめた。
 所詮は赤の他人同士、一方通行(アクセラレータ)が何をしようと、海原が何処に行こうと知った事では無い。
 結標がそんな事を考えていると、先ほど出て行った一方通行(アクセラレータ)が戻って来た――その手にマグカップと白い布切れをぶら下げて。
 結標は、目の前を横切ってゆく一方通行(アクセラレータ)を目だけで追う。
 そんな一方通行(アクセラレータ)は先ほどのテーブルまで行くと、まずテーブルに布を置いてから、マグカップを鉢植えに斜めに寄せた。
 それを数回繰り返すと、そのマグカップを椅子のひとつの上に置いた。
 そして先ほどテーブルの上に置いた布切れを手に取ると、
「え?」
 一方通行(アクセラレータ)がテーブルの上を拭いている――その光景に結標は小さく声を上げると身を乗り出した。
「ちょ、ちょっと一方通行(アクセラレータ)ァ!? 貴方今度は一体何の真似よ?」
 背中から大声で名前を呼ばれた一方通行(アクセラレータ)が振り返る。
「あ? テーブル拭いただけだろォが。何目の色変えてンだテメエは」
 確かにそうなのだが、結標としては何だか居心地が悪い。
 最近、某所で居候の身となった結標。
 そこの家主は教師で、結標に色々な事を教えてくれる。
 その中には家事もあった。
『結標ちゃんは中々教え甲斐が有りますねー。ねえ結標ちゃん。結標ちゃんは女の子ちゃんなのですから、家事は出来た方が色々といいのですよー』
 そんな家主の言葉を思い出して、結標はむすっとしながらソファーの上で両膝を抱えて一方通行(アクセラレータ)を睨んでいた。
(あの場所は本来私の場所なのに……。花だって本当は女の私が飾るのが筋ってモンでしょ! それが判んないのかしらあいつ……?)
 結標が悶々とそんな事を考えている側では、土御門が何やら椅子の上で海老反りなりながら、
「惜しっ! 後もうちょっとだにゃー……、あー見えそうで見えないスカートの中ってのは、男の浪漫を掻き立てるにゃー」
 などと何か呟いていたそんな時だった。
「ただ今戻りました」
 そう言って海原が帰ってくると、皆の視線が海原一人に集まった。
 そんな海原の胸には紙袋が抱かれていて部屋の中にコーヒー独特の香ばしい香りが漂う。
 その香りに一方通行(アクセラレータ)は目を細めながら、
「遅ェと思ったら何処までコーヒー買いに行ったンだ?」
「たまには缶では無く本格的なコーヒーでも如何ですか?」
 そう言いながら海原は一方通行(アクセラレータ)が掃除していたテーブルの上に紙袋を置くと、中からコーヒーの入った紙コップを取り出して並べてゆく。
「フン」
 面白くないと言わんばかりに鼻を鳴らした一方通行(アクセラレータ)は、布とマグカップを手に取ると部屋を出てゆく。
 すると、入れ替わるように海原の周りに土御門と結標が寄ってきた。
「「で、どうだった(の)?」」
 そんな2人に海原は軽く肩をすくめると、
「子供たちは何事も無く花を売ってましたよ――それとなく話を聞いたんですが、どうやらちゃんとお金を払って買ったみたいで……」
 その言葉に土御門が唖然とする。
「あいつが花に金をにゃー……? あ、いや……まぁ、一方通行(アクセラレータ)は利害でもなけりゃ一般人には手を出さない事は知ってるが……」
「『心気クセェあいつらにはぴったりだ』とか言って、沢山ある中からこの花を買って行ったそうです」
「モ、モノまね……、かにゃ?」
「?」
 小首を傾げた土御門からの突っ込みに海原は訳も判らずキョトンとした。

 結標はそんな2人を置いて腕組みをして真剣に悩んでいた。
「辛気臭いは余計だけど……、一体何がしたいのかしら?」
 そんな時――。
「『物想い』、『純愛』、『心の平和』」
「「「!?」」」
 背後からの声に3人が振り返ると、そこにはキャスターテーブルを押した一方通行(アクセラレータ)がいた。
「テメエらにぴったりの花言葉だろ?」
 そう言いながら一方通行(アクセラレータ)はキャスターテーブルを押して近づいてくる。
「それより食いモン用意したからテメエらそこに座れ」
 確かに彼が言うように、キャスターテーブルの上には皿に乗ったケーキが3つと、切り分けられた残りのホールが大皿に乗っていた。
「オイ、これ……?」
「俺が焼いた」
 呆然としながら事情を聞いてきた土御門に、一方通行(アクセラレータ)はぶっきら棒に答える。
「な、何ですか今日の貴方は?」
「…………」
 その答えに唖然とする海原、そして何だか負けた気分に打ちひしがれて声も出ない結標。
 何が何だか判らないままの3人は、一方通行(アクセラレータ)言われたとおりに椅子に腰掛けた。
 すると一方通行(アクセラレータ)は、ひとりひとりの前に皿に載せられたケーキと、その皿の上にフォークを添えてゆく。
 そして、手際よく全員の準備が整うと、
「ヨシ、食え」
 3人は何だか餌付けされた犬の気分を味わいながらもケーキにフォークを入れる。
「(な、何でこんな事になってるのかにゃー?)」
「(し、知りませんよそんな事。貴方が何かしたんじゃないでしょうね?)」
「(何か色々と人生が嫌になるわ……)」
「オイ! こそこそ話してねェでさっさと食え!」
 一方通行(アクセラレータ)の言葉に、3人はおそるおそるケーキを一口口に運んだ。と次の瞬間――。
「「「!!」」」
 無言で3人の肩が大きく震えた。
 それを見た一方通行(アクセラレータ)はにわかに眉を寄せると、
「どうだ、食えそうか?」
 不安そうに3人の顔を覗き込んだ。
 ところが、
「食えそう何てもんじゃ無いにゃー。これは中々良く出来たチーズケーキぜよ」
「(……しゃくだけどおいしい)」
「大変申し上げにくいのですが……、僕は貴方の事を見くびっていました」
 程度の差こそは有れど、3人ともケーキと、それを作った一方通行(アクセラレータ)に称賛の意を表す。
「フン。俺も炊飯器なンかでケーキ焼くのは初めてだったからちィと味が心配だったんだが……。そォか、食えたか」
 一瞬不穏な発言があったような気がしたが、美味しい事は確かである。
「おい。見ての通りおかわりもあるから遠慮すンじゃねェぞ」
 その言葉に3人は、それぞれの思いを胸にケーキに挑み――そしてケーキは瞬く間に平らげられた。
 今は皆満足そうに海原の買って来たコーヒーを飲んでいる。
 そんな折、結標が急に一方通行(アクセラレータ)向かって、
「一方通行(アクセラレータ)、貴方一体どうしちゃったのよ?」
「あァ、どォって?」
 すると今度は海原が、
「そうですよ。花を飾ったり、掃除をしたり、手作りケーキをみんなに振舞ったり。普段の貴方からは到底考えられません」
「普段ってなンだよ?」
 急に何だとばかりに、一方通行(アクセラレータ)はいぶかしむような表情を見せる。

「まず花です。何で花なんか買ってきたんですか?」
「花はアレだ。ガキどもに捕まって仕方なく……」
 何故かばつが悪そうに海原に答える一方通行(アクセラレータ)。
「じゃ、いきなり掃除始めたのは何故? もしかして私にあてつけたんじゃ無いでしょうね?」
「ハァ? 掃除ってただテーブル拭いただけだろォが。花ァ飾ンのにテーブルがキタねェんじゃ格好つかねェからよォ。それにケーキ食えるようなテーブルこれしかねェだろ? 大体あてつけって何だ? 俺がテメエに何張り合うっつゥンだよ」
「ぇ……、ぁ……、じゃ、じゃあケーキは何よっ!? 最近家事全般見習い中の私に対する挑戦じゃないの? 『テメエの実力じゃァ俺の影すら踏む事は出来ねェンだよォ』とか思ってんじゃないでしょうね!?」
「モノまね……、流行ってるのかにゃー?」
「頭大丈夫かテメエ……? ケーキはたまたま……そンな気分になったから焼いたンだ。ここ数日、どォも何かしてねェと落ち着かなくてな……」
 何だか妙なテンションで食い下がる結標にちょっと気おされ気味な一方通行(アクセラレータ)と言う珍しい光景が繰り広げられていたのだが、
「ゥ……っっ……」
「ど、どうしたのよ急に?」
 結標は、一方通行(アクセラレータ)が急にテーブルの上に突っ伏してしまったので、彼女にしては珍しく慌ててしまう。
「さっきから下っ腹の辺りがな……っっ。ンなァンかめンどクセェ事になりそォな気がすっから……ゥ。悪ィが帰らせてもらうぜ」
 そう言って一方通行(アクセラレータ)は椅子から立ち上がると、キャスターテーブルを押しながら……、と言うか少しもたれ掛かりながら歩き出した。
「大丈夫なんですか一方通行(アクセラレータ)? 医務室で休ま――」
「あそこは駄目だ。これ以上ふざけた真似されたら俺はこの場所を消す……まだここには利用価値があるからなァ……」
 一方通行(アクセラレータ)はそう言うと、それ以上何か言いたそうな海原を無視して部屋を出て行った。
「帰っちゃった……」
 結標はそう言うと、脱力してテーブルの上に突っ伏した。
 その時、今まで沈黙を保っていた土御門がグイッとテーブルの上に身を乗り出してきた。
「それより気が付いてたかお前ら」
「いたんですか土御門?」
 土御門の言葉に水を差すような海原の一言に、土御門は口をまっすぐにつぐむと肩を震わせた。
「鬱陶しいから声を消して泣かないで下さい――で、何がですか?」
「んー……、オホン。よろしいかな各々方、一方通行(アクセラレータ)に胸があったの気がついたかにゃー?」
「え?」
「ま、まあ、うすうす……」
 土御門の言葉に唖然とする結標と、何故かばつが悪そうに視線を虚空にさ迷わせる海原。
「この土御門サンの見立てでは結標より大きいと見た! しかもノーブラ!!」
「それで?」
 力強く人差し指を立てて豪語する土御門に、その馬鹿さ加減に我に返った結標は本来のクールさで冷ややかに返した。
「さすが空間移動能力者は露出狂が多いだけあって――」
「あの世の果てまで飛ばしてあげましょうか?」
「それはご免被るにゃー」
 土御門と結標が漫才を繰り広げる横で、にわかに現実に帰って来た海原がテーブルに両手を付いて立ち上がった。
「しかしですよ! 何故彼に『胸』があるんですか? まさか性転換して……?」
「俺が掴んだ情報よると、一方通行(アクセラレータ)は今、体が女性化してるらしいにゃー」
「「!?」」
 土御門の思わぬ一言に2人の驚きの眼差しが集中する。
「か、科学側では性別反転もアリなんですか?」
「科学側って何の話してんのよ?」
「ま、これも噂なんだがにゃー。暫くしたら元に戻るらしいから、俺らはいーつも通りに接してやればいいんだにゃー」
 そう言ってから土御門はコーヒーの残りをお茶でも飲むようにすすった。
 そして土御門の言葉に、海原と結標は顔を見合わせると一方通行(アクセラレータ)の出て行ったドアをただ黙って見つめるのだった。



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