とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

CrazyAcademy ~蘇る番長伝説~-2

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だれでも歓迎! 編集
「でだ……待っててくれたのかい?」
 周囲に"何も無くなった"裏通りの中央で男が誰もいない方向へと声を飛ばす。
「……いや……彼女の事は私も前々から……気にかけていたのでな。この展開は正直ありがたい……」
 すると、男の居る地点よりも少し先に行ったところにある横道から一人の少女が歩き出て来た。
 長髪を首の後ろで纏めた髪型の年の頃が十八、十九程度に見える女性だ。
 否、そう見えるのは雰囲気のせいであって、背丈、容姿を考慮するとそれよりも幾分か歳下に見えなくもない。
 なので、ここから先では少女と呼称させていただこう。
「お前さんが駒場・利徳か……さっきの嬢ちゃんが"駒場さん"と言ったからまさかと思ったんだがな」
 友人に声をかけるかのように軽い口調で男は言葉を飛ばす。
「彼女は私が助けてから……どう言ってもついて来てな……困っていた。それに関しては礼を言う」
 男の言葉に少女こと駒場は軽い礼を一つ。
 だが、と彼女は整った顔立ちの中に険の色を混ぜる。
「仲間を傷つけた事に関しては……別の礼をさせて貰う……」
 吐き出されるのは、コピー用紙に書いてあるものをただ読むように感情が見えない言葉。
 しかし瞳の奥を見れば男には解った。
 彼女は心の奥底で、純粋に怒りを感じている。
「"スキルアウト"のボスって言うから、てっきりいかつい大男だと思ってたがまさかこんな嬢ちゃんだとはな」
 貶している訳ではない。
 むしろ賞賛していると言っても良いぐらいだ。
 何しろ男は目の前の少女から軽口をたたかなければやっていれない程の威圧感を感じていたのだから。
 会話は続く。
「……お前よりは……年上の筈だ」
「俺より背が小さいのにか?」
 男が軽い笑みを浮かべると駒場は無表情のまま小さな頷きを一つ。
「これから伸びる……それにお前の事は聞いた事がある……」
「?」
 男は首を傾げて駒場の上から下までをゆっくりと眺める。
 安物っぽいジャケットの下のぴっちりとしたインナーに、足首までしっかりと隠したジーンズ。
 全身を黒を基調とし、動きやすさを隠密性を重視した服装だ。
 きっちりとしていて健康的な美しさが見栄えているが、残念ながら結標は駒場の様な少女と面識はない。
「結標……そういう名の"座標移動"の能力者が居ると……」
「あぁ、成る程。俺の名前も有名になっていた訳だ。まぁ、最近暴れたばかりだしな」
 と、男――結標は平静を保っていた表情を少しばかり歪める。
 だが、対する駒場は表情をそのままに彼の胸の中心辺りをゆっくりと指差し、
「それにそんなサラシを胸に巻いた学生は……そう居ないだろう」
「……」
 それもそうだ。
「じゃ、始めるか」
「……あぁ」
 息抜きも済んだ。
 目の前の少女は見た目麗しいと思うが、結標には彼女を"始末"しなければならない理由がある。
 そう。"スキルアウト"のトップである彼女の始末も結標の"任務"の一つなのだから。
 両者が構える。
 片手にコルク抜きを構えた結標に対して、駒場が取るのは足を片方だけ前に出した半身の姿勢。
 ファイティングポーズというには下げ過ぎている手の位置も相俟って奇妙な構えを作り出していた。
 しかし、相手がどうだろうと関係は無い。
 ただ貫き、終わらせるのみ。
「せめてもの情けだ。眉間に一発入れて終わらせてやる」
「痛みを与えるつもりはない……か。優しいものだ……」
 言葉は返さない。
 これから結標は駒場を"殺す"のだから。
 余計な感情移入は邪魔になるだけだ。
 だから結標は動いた。
「さよならだ」
 手に持った鉄パイプを一閃。
 瞬間、肩にかけた上着にあるポケットに入ったコルク抜きが数本掻き消える。
 それこそが結標の能力"座標移動"。
 三次元的な制約を殆ど無視して物体を移動出来るとんでもなく強力な能力だ。
 コルク抜きはその能力によって空間を飛び越える。
 目標は宣言通り駒場の眉間中央。
 速度や物理的な障害が存在しない世界を走ったコルク抜きは出現すると同時に駒場の眉間に突き――、
「!?」
 刺さらなかった。
 驚きに結標が目を見開くと同時に真横を暴風が駆け抜ける。
 瞬間的な出来事を必死に目で追うが反応が追いつかない。
 それほどの速度。
 とてもではないが生身の人間が出せる速度ではない。
 だがしかし、
「……当たらんよ」
 "駒場・利徳"は確かにその速度を持って結標の後ろへと回り込んでいた。
「くっ!」
「疾……ッ!」
 逃げる為に前へと全力で飛ぶと同時に背後からまるで金属性バットで思い切り殴られた様な衝撃が来た。
 見れば駒場が随分と遠くで蹴りを放っていた。
 なんとか直撃は免れたらしい。
 だが、次の瞬間。
「ぐぁああああああああっ!」
 結標は勢い良く壁に叩きつけられた。
 突如巻き起こった突風によって吹き飛ばされたのだ。
「……流石に座標移動による攻撃には……少しばかり肝を冷やしたが……なんとかなるようだ……」
 と言いつつも紡ぐ言葉には感情の色が見られない。
 が、結標にはそんな事に気を遣っている暇はなかった。
 壁に叩きつけられた状態からすぐさま体勢を持ち直しつつ、
「ぐ……まさか俺と同じ"大能力者"か……?」
「残念だが……それはない」
「!?」
 今度は真横から声が聞こえた。
 しかし、結標も何もせずに何度もやられる程阿呆ではない。
 振り向きもせずに声の方向へと能力を使用。
 コルク抜きを叩きこむ。
 穿ちの連続音。
「……遅いぞ」
 その音は大と小に分けられた。
 小さい方は結標の放ったコルク抜きがコンクリートの壁へと刺さった音であり、もう一つは――、
「上か!?」
 駒場が地面を蹴り放ちアスファルトを砕き飛んだ音だ。
 上空約七メートル。
 常人ではまず到達しえない位置に、しかし確かに駒場は存在していた。
 迎撃としてコルク抜きを放とうとするが、彼女の落下が途中で停止する。
 コンクリートの壁から突き出た鉄骨。そこに足を乗せたのだ。
 着地音は聞こえない。
 高速で動く彼女を目で追うのが精々なのだ。
 もはや音など何が作り出したものなのかすら判別不可能。
 だから、結標は唯一確実に敵が確認出来る視覚を持って駒場を追い、
「な」
 次の瞬間には目の前に鉄骨の内の一本が迫っていた。
「ぉ……ぉおおおおお!」
 肉体が動かせる限界速度で首を曲げて鉄骨を避ける。
 着弾音が背後で響く。
 首から熱いものが流れるのを感じるが気にしている暇はない。
 すぐさま次の鉄骨が飛んで来た。
 結標は即座に反応。
 ここまでの道程の中で見つけた盾になりそうなものを思考の中に並べて選択する。
 選び出したものはここからさほど離れていない場所に放置されていた廃自動車。
 鉄骨が突き刺さる。
 廃自動車の為か爆発は起こらなかったが、盾にもならない。
 事実として、鉄骨は多少の障害物など問題ないとばかりにその身で廃自動車の内部を真っ直ぐと突き破る。
「む……っ」
 だが、結標とてやられてばかりではなかった。
 声と共に駒場が再び宙へと飛んだ。
 穿ちの音が一つ。
 先程まで駒場が居た場所に鉄骨に貫かれた廃自動車が代わりとばかりに突き刺さり、砕けた音だ。
 それは結標の能力によってベクトルを反対に、位置を移動させられた結果。
 駒場がアスファルトの地面へと音もなく着地した。
「……一筋縄では……いかないか……」
「……お前さんも相当やるな。が、種は見えた。その機動力――『発条包帯』だな?」
「流石に解ったか」
 それは駆動鎧の運動性能を人間へと負荷する事が出来る特殊なテーピングの名称。
 装備したのが訓練された者ならば対装甲兵器用の武器でも用意しなければ勝てなくなる様な危険な品だ。
 だがそれは同時にとある欠点を抱えてもいる。
「人体に相当なダメージを与えるって事で欠陥品扱いされていたはずだが……?」
 そう、発条包帯には人間に対してのダメージを抑える等の作用を持つ安全装置が一つも付いていない。
 何しろ見た目がそのまま包帯なのだから何処にもそんなものが入る余地などないのだ。
 だからこその欠陥品。
 ある意味、時限爆弾を仕込んだドーピングをする様なものだ。
「身体的プロテクトの事か……」
 駒場はそれらを理解した上で感情の篭っていない口調で言葉をただ吐き出し続ける。
「覚悟はある……無能力の身で、貴様らの様な化物と戦い、守ると決めたのだからな」
「……」
 駒場は先程から変わらずに無表情を貫き通している。
 だが、確かに結標は彼女の言葉に重さを感じた。
 腐った世界だろうとも理不尽を押し付けてくる強者と戦い続けようという、黒くも純粋な想いを。
 結標は目を閉じた。
 勝負の場では命取りになる様な行動だ。
 しかし、彼には駒場が襲って来ないであろう事は解っていた。
 彼女はそんな無粋な人間ではない。
 だから結標は心の中で確認した。
 強い信念が在る。
 それも目の前にだ。
 覚悟で強者に劣る全てを埋めようとしている"漢"が結標の瞼の裏には確かに焼きついていた。
 数秒後、結標はゆっくりと目を開き、言葉を紡ぐ。
「一つ……聞きたい事がある」
 問いかけと共に駒場を見れば彼女は腕を組んで堂々と立っていた。
 隙を見せない鬼気に満ちた少女は、それでも結標の問いに対して律儀に口を開く。
「なんだ……」
 結標も駒場も構えを解かないまま、目を合わせて動きを停止させている。
「何故そこまでする必要がある。何か理由があるのか」
「……大切な守るべきものが……多くあるからだ」
 それだけだ、とばかりに駒場は再び構えた。
「そうか」
 間髪入れずに相槌を返す。
 続いて結標は肩にかかっていた制服の上着を鉄パイプを持っていない手で掴み、投げ捨てる。
 駒場はそれを目で追い、地面に落ちるところまで見届けた後、結標に視線を戻し、
「良いのか……着ていれば、目晦まし程度には使えたかもしれんぞ」
 何か企んでいるのではないかというニュアンスを込めて疑問が放たれる。
「お前さんにそんな手は通用しないだろう。それに――」
「……?」
 だが、結標は鉄パイプを片手に構えたまま、姿勢を低くして笑みを浮かべた。
 歯を見せ、口端を吊り上げた凶暴な笑顔を。
「気に入った。お前さんは正々堂々とぶっ潰す」
 それだけだ、と先程の駒場と同じ様に足に力を込めて構える。
 対する駒場は構えたまま相変わらずの無言の無表情――。
「―――」
 ではなかった。
 目を見開いて呆れた様な、キョトンとした歳相応の少女の様な顔を見せる駒場。
 彼女がそんな顔を、しかも敵である自分に対して見せるとは予想外だ。
「どうした?」
 問いかけると駒場は自分の表情に気づいたのか慌てる様子もなく即座に元の無表情へと戻った。
 どうやら彼女の意外な一面を見る事が出来たらしい。
 戦闘の途中だというのに眼福だと思うのは不謹慎だろうが、感想というのは否応無しに出てしまうものだ。
 仕方が無いだろう。
 そんな事を考えてながらも約十秒、結標は駒場と睨み合っていた。
 続く緊張状態の中、張り詰めた糸の上を歩く様に駒場は口を開いた。
「お前は……何故そちらに居る……?」
 先程の疑問に対する答えともとれる疑問が結標へと飛ばされる。
 問われたならば、問いかけた者として応えねばなるまい。
 故に結標は眉を立てた真剣な表情を浮かべつつ、何時殺されるか解らない己の仲間達の事を思う。
「……俺も大切な奴らを守らなきゃらなねぇんでな」
「……そうか」
 駒場の感想は短いものだが、先程の結標と同じ様に何か思うところはあったようだ。
 無表情だった彼女の顔の中、変化が起きた。
 変化は眉が立つだけのものだったが、それだけで彼女が本気になったという事が結標には理解出来る。
「お前さんと会えて良かったと思うよ。そして残念だ」
「確かに……残念だ。だが、お前と会えたのは幸運だったかも知れないな……」
 両者共に一息。
「俺はお前さんを倒して仲間を救い出す為に先に進む」
「私はお前を倒して仲間を、泣いている者達に手を差し伸べる為に往く……」
 ならば、
「譲れないな」
「あぁ……譲れない」
 世界規模で見れば小さな路地裏での喧嘩に等しい戦いの相手が、結標にとっては巨大な壁に見えた。
 だが言葉通り、彼にとってこれは意志を、意地を譲れない戦いだ。
 それは駒場にとっても同じだろう。
 故に両者は目の前の相手を全力をもって叩き伏せようと意志を決める。
 時間にすれば数分の会話だったかもしれない。
 しかし、それは彼らの心を確かに前へと進めていた。
 覚悟の再確認。
 それが完了した後に待っているのは、前に進む為に行う最後の決着だけだ。
「行くぞ!」
「応……ッ!」
 場にゆったりと留まっていた風は一瞬にして暴風と化した。
 裂帛の気合と共に駒場が地面を蹴り砕いたのだ。
 大小様々な大きさのアスファルト片が大量に宙を舞い、結標の視界を塞ぐ。
 こんな状況ではとてもではないが狙いを定めて能力を使う事は出来ない。
「終わりだ……結標・淡希――」
「!」
 不意に後ろから聞こえる声。
 もはや誰かなど考える必要すら無い。
 結標の体は動いた。
 前へと向かって。
「先程と同じ逃げの手は……通用しない――ッ!」
 前転する様な形で前方に飛び出した結標の視界は真逆。
 逆さになった駒場は片足で着地し、その足を使って地面を更に蹴る。
 強化された足が放つ一撃は単なる踏み込みだとしてもコンクリートすら砕く力を持つ。
 高速。
 視覚で捉える事すらも難しい速度だ。
 駒場はその速度と慣性を持って空中を横に一回転。
 結標へと回し蹴りを繰り出して来た。
 喰らえば間違いなく結標の肉体は粉微塵。
 もしくは壁の染みとなるだけだろう。
 だが、結標はそんな結果を甘んじて受け入れるつもりは毛頭無い。
 だから彼は使う。己に与えられた忌むべき能力を。
「お」
「!?」
 口から漏れるのは一音の叫びだ。
 絶叫とも取れるそれは、突如として発生する位置を変えた。
「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「な……ッ!?」
 自分の体を駒場の真後ろへと"座標移動"させる。
 吐き気がこみ上げて来るが構っている余裕は無い。
 意表はつけたがまだ駒場は動き、戦意に満ちているのだから。
「だが……その程度……ッ!」
 その証明として、彼女は回し蹴りを中断しようと無理矢理蹴り足を地面へと振り下ろそうとして、
「ぁ……」
 勢いを持った足の行き先にある物を視認した。
 其処には鉄パイプが一本突き立っていたのだ。
 加速した蹴りはもはや止められない。
「……ッ!」 
 ぞぶり、と。
 肉を突き破る生々しい音が聞こえ、駒場が声にならない叫びを上げた。
 だがしかし、この程度の痛みでは彼女の意志は潰えない。
「がぁあああああああああああああああああああ!」
 獣の様な咆哮が路地裏に響き渡る。
 駒場の口から放たれたとは思えない程一つ感情に満ちたもの。
 負けられない。
 その意志が具現化したかの如く、駒場は痛みを無視。
 強靭な脚力をもって鉄パイプを圧し折る。
 が、少しの時間さえ稼げれば十分だ。
「さっきの言葉――」
 結標は拳を振り上げる。
 自分の体を移動させた反作用で意識が朦朧として能力は使えない。
 だが、両の拳は作れる。
 故に結標はそれを実行した。
「そっくりそのまま返させて貰う!終わりだ、駒場・利徳――ッ!」
「―――」
 破裂する様な轟音。
 同時に駒場の体が壁に叩きつけられた。
 後に残るのは拳を振り下ろした状態の結標と壁からずり落ちる駒場の姿。
 暫くして、結標が膝をついた。
「ぐ……っ」
 胃液が逆流してくるのを感じる。
 無理矢理にでも"トラウマ"を振り切って自分の体に対して能力を使ったせいだ。
 だが、勝った。
 本当にギリギリの境界ではあるが結標は駒場に勝利した。
 それだけは確かな事。
……しかし、恐ろしい、奴だ……。
 壁に叩きつけられて気絶した状態の駒場へと視線を向ける。
 まだ体が落ち着いていないせいで視界も若干揺らいではいるが、彼女の姿は在った。
 瞼を閉じて、力なく俯く駒場は歳相応の少女が眠りについている様にも見える。
 ただし彼女の体はぼろぼろで、鉄パイプの突き刺さった足の傷からは止め処なく赤い液体が漏れていたが。
「……ぐ」
 観察していると駒場の眉がぴくりと動く。
「……起きたか?」
 どうやら痛みで目を覚ましたようだ。
 当然と言えば当然。むしろ足に鉄パイプを刺した状態でぐっすりと眠っていられたら大したものだ。
「……私は……負けた、のか……」
「あぁ、俺の勝ちだ」
 おぼつかない足取りだが結標は立ち上がり、壁に寄りかかる駒場を見下ろす。
 弱々しく息を吐くその姿は、先程まで戦っていた鬼神の如き存在とはとてもではないが思えない。
 それほどまでに彼女の体は疲弊していたのだ。
 だが、駒場は苦しむ表情は見せず、ただゆっくりと目を伏せた。
「……殺せ」
 放たれるのは感情の篭らないただ原稿を読んでいるだけの様な声。
 彼女は最後まで自分の在り方を貫こうというのだ。
 静寂が裏通りに再び満ちる。
 どれほどそれが続いただろうか。
 十秒過ぎた頃には沈黙の中に風が吹いた。
 二十秒が過ぎた頃には駒場の足を中心とした赤い水溜りが出来た。
 三十秒が過ぎて、
「嫌だ」
「……は?」
 予想外の答えを返したせいか駒場が間抜けな声を上げてコチラを見た。
「何故俺が敗北者の言う事を聞かなきゃならないんだ?」
「そのために、お前は来たのだろう……?」
 問いに、呆気に取られた様な面白いぐらい感情を含んだ声が返ってくる。
 対する結標は思わず笑いそうになるのを堪えながら答えを紡ぎ出す。
「任務内容は簡単に言えば"スキルアウト"の鎮圧だ。別にお前を殺す事じゃあねぇ」
「……だが一番確実で……手早い方法は……」
「お前を殺す事だろうな。だがな、言った筈だぞ。俺はお前が"気に入った"と」
「――まさか」
 結標の言葉に駒場が僅かな驚きを見せる。
「その通りだ。見逃すわけじゃあねぇが、一つだけ選択肢をやる」
「……なんだ?」
 結標の言葉の途中で再び駒場の表情が切り替わる。
 信念という仮面に覆われた強固な無表情へと、だ。
 が、結標は特に気にせずに強い口調で言葉を駒場へと放った。

「俺の僕になれ」

 沈黙。
 涼しい風が裏通りに吹き込んできた。
 ビルとビルの間にあるせいか、風は冷たく心地よい。
「……直球過ぎるのでは、ないか?」
「敗者に口答えする権限はねえ。それにこんな所で死んでどうする勿体ねえ」
「何……?」
 吐き捨てるような結標の言葉に駒場は眉を顰める。
 しかし、動けない相手を恐れる必要はない。
 結標は一息。
「学園都市に居る"スキルアウト"は約一万」
 地面に落ちていた学生服の上着を拾い上げて肩にかけながら彼は空を見上げながら言う。
「それだけの戦力をもしも手に出来るとしたらどうだろうなぁ、海原?」
「交渉の材料にはなりますね」
「!」
 駒場の顔に険の色が浮かぶが結標はそれを手で制止。
 どこからともなく聞こえて来た声に問いかけを続ける。
「出来るか?」
「ええ、出来ます。ですが自分達はその様な仲の良い関係ではなかった筈ですが?」
 尤もな返答だ。
 だが、結標は駒場へと歩を進めつつ言葉を止めない。
「借りにしておけ」
「借り……ですか」
 言葉の調子に海原が頬を掻く姿が脳裏に浮かぶ。
「なんなら証明書に血判も付けてやる。それとも爆弾の付いた首輪でも付けてやろうか?」
「……解りました。それにしても良く気づきましたね。"あの人"からも言われて更に工夫したつもりなのですが」
「?」
 結標が首を傾げると海原は相変わらずの妙に親しげな口調で疑問に解を返す。
「気配ですよ。断ったつもりでいたのですが」
「ああ、そんな事か」
 体を屈め、駒場の顔を覗き込む。
「俺らみたいな"空間使い"の認識からはその場に在る限り逃げられん。覚えておけ」
「成る程。しかし、そう考えるとつくづくあなた方は"化物"ですね」
 悪びれもしない海原の言葉に駒場の傷の具合を見ていた結標は振り向き、笑みを浮かべる。
「それをお前が言うか。お前も十分に"化物"だろうがよ」
「……色々言い過ぎたようですね。失言でしたか?」
「構わねぇよ。実際そうだからな」
「はは、それは良かった。それでは、自分はこれで失礼させて貰いますよ」
「おう。悪ぃな、頼んだぞ」
「礼を言う必要はありません。後で色々と補填して貰いますので、では」
 姿を見せていなかった海原の気配が突如として消える。
 前々から思っていたが彼女は一体何者なのだろうか。
「……話を勝手に進めていたが……私は"上"に従うつもりは毛頭――」
「黙ってろ」
「ぐ……」
 今まで黙っていた駒場の右足を止血の為にきつく縛って黙らせる。
 鉄パイプは予め抜いておいた。
 失血多量になる恐れはあるが、裏通りに落ちていた物だ。妙な細菌が付いている可能性が高い。
 それに結標はこの近くの病院には腕の良い医者が居るという事を知っている。
 だから彼は自分の胸に巻いたサラシを剥ぎ取り、駒場の足へと更に巻きつけて彼女を抱え上げる。
 体勢は俗に言うお姫様だっこ。もしくは横抱きといった形だ。
「行くぞ。ちっと揺れるかもしれないが……舌、噛むなよ」
「待て……人の話を……」
 聞かない。
 結標は僅かに焦りの篭った駒場の抗議を無視して病院の方角に検討を付け、
「後は任せるぞ、"一方通行"」
「私の携帯?……何時の間に……いや、それよりも待て、それは大切な……」
 能力を使って駒場のジャケットから接収しておいた携帯電話を彼女が出て来た横道へと放り込む。
 金属がアスファルトにぶつかる音は何時まで経っても聞こえない。
 だが結標は確認しない。
「スジが通っちゃいねぇ連中が居る。俺が行きたいところだが、今回はお前に譲ってやるよ。じゃあな」
 駒場の抗議も無視して結標の姿は裏通りから掻き消える。
 残ったのは多少の血痕と破壊の跡。
 何度目か解らない風が裏通りを吹き抜けた。


   ●


 裏通りを風が吹き抜け、学園都市最強――"一方通行"の名を持つ存在の服を揺らす。
 その存在は、どこまでも白かった。
 白い髪に白い肌。そして色彩極端な黒と白を基調とした服。
 彼女は片手に妙な形をした杖を突き、白の中にアクセントとして混じった真紅の瞳を動かす。
「はン。譲ってやるだァ……?誰に向かって言ってンのか解ってンのか、あいつ」
 横に口を開いた悪魔の様な笑みの中、しかし彼女は暴れる様な事はしない。
 自分の獲物は今さっき何処かへと連れ去られてしまったし、殆どの敵対者は叩き伏せてしまった。
 正直手持ち無沙汰なのだ。
「……」
 取り敢えず結標が投げて寄越して来た携帯を開いてみる。
 いきなり家族写真が出て来た。
「~~ッゥ」
 閉じようと思うがそこは我慢。
 良く見てみれば画面には居心地の悪そうな顔で、だが何処となく幸せそうにはにかんでいる駒場の姿があった。
 彼女の横には小学生くらいの男の子が一人。
「……ふン」
 それを見て一方通行は目を細める。
 大体の事情は飲み込めた。
 あの女は"無能力者"の分際で場違いにも、"守る為の戦い"をしていたのだろう。
 結果として結標に気に入られたから良かったものの、下手をすれば殺されていた様な戦いに、だ。
 そうまでして守りたかったものを余所に、一方通行は携帯を操作して一つのリストを呼び出す。
 呼び出された画面にはこう表示があった。
『無能力者襲撃・要注意人物』
 正直なところスキルアウトがどうなろうと知った事ではないが、
……力の誇示ねェ。
 こういった連中が気に入らないのは同感だ。
 力のあるものが理不尽にも弱者を蹂躙し、弄ぶ。
 気に入らない。
 全くもって気に入らない。
「あァ、仕方がねェ。仕方がねェ」
 結標に乗せられた様で気に食わないが、それでも一方通行の心は乗り気だ。
 だから彼女は天に向かって反逆するように獰猛な笑みを浮かべて告げる。
「欲求不満だしよォ、やってやるかァ」


   ● 


 柔らかい太陽の光が白い空間を照らしていた。
 照らされているのは綺麗に整えられた個人用の病室だ。
「う、ん……」
 その部屋の隅にあるベッドでは一人の少女――駒場・利徳が寝息を立てていた。
 彼女の表情は穏やかで安らぎに満ちたもの。
 ふと、鳥の鳴き声が静かな寝息に重なり、一つのゆったりとした音楽を作り出す。
「お姉ちゃん、起きないねぇ」
「そうだね。まぁ、かなり肉体的に疲弊していたけど、もう後は起きるのを待つだけさ」
 それを近くで聞く者が居た。
 一人は小学生くらいの元気そうな男の子だ。
 彼は時折心配そうに駒場の顔を覗き込んではまた椅子に戻って退屈そうに足を揺らす。
 その隣に立つのは、カエルの形をしたピアスを耳に付け、白衣を着込んだ女性だった。
 カエルピアスの女性は笑顔で少年と少女の事を見る。
 心配そうに姉の起床を待つ少年。
 きっと彼は彼女が起きた時、笑ってくれる事だろう。
 それを果たす事こそが医者の本懐。
 故にカエルピアスの女性は少年の頭に手を置き、笑顔を見せる。
「はやく起きると良いね?」
「うん!」
 元気一杯に返答する少年。
 カエルピアスの女性は少年の視線が再び駒場へと向かうのを待ってから視線を移す。
 窓の外、遥か向こうに存在するであろう窓の無いビルへと向かって。
 その視線は何処となく悲しげで、しかし心配そうに子どもを見る親の様にも見えた。
 答えは何処にもなく、ただ音楽が響き続ける。
 眠り姫はまだ起きない。


   ●


 駒場が寝息を立てている病室の真正面にある長椅子には現在、二つの人影があった。
「あの人はまだ起きないようですね」
「ま、ゆっくり待ちゃ良いさ。で、他の"スキルアウト"の連中はどうなってんだ?」
 人影の一つである結標はそう言いながら、隣に座る茶髪の少女へと声をかける。
 柔らかそうなセミロングの髪型を持った彼女は、髪と同じ様に柔らかい笑みを浮かべると、
「基本的に厳重注意の後、一箇所に集めて"管理"する様です」
「一箇所にって事ぁ、寮かなんかに入れるってわけか」
「えぇ、そうです。ただし彼らは基本的に"備品"扱いとなりますので、出動時は問答無用でしょうが」
「ケッ、"スキルアウト"生活を抜けたと思ったら、今度はもっと深い場所へご招待、か」
「あなたがそれを選ばせたんでしょうに」
 茶髪の少女は苦笑を見せると、どこぞの学校指定の制服の裾を揺らしながら立ち上がり、
「まあ、これで学園都市の戦力は増強されましたし、駆除する必要も無くなりました。万々歳ですね」
 柔らかい口調で物騒な事を言う彼女は窓の向こうを見る。
 そんな様子を横目で見ながら結標は口端を吊り上げた笑みを浮かべ、
「学園都市だけじゃあねぇだろう?」
「ええ、勿論。"自分達の戦力"も十分に」
「良い知らせだ。ワクワクするじゃねえか」
「ですが、"スキルアウト"の中にはまだ"グループ"の傘下に入る事に納得していない人々も多く居ます」
「そう言うのは俺の前に連れて来い。殴って解らせてやる」
 腕を自慢げに掲げる結標に向かって茶髪の少女は微笑み、一言。
「そう言うと思いまして」
「ん?」
「準備をしておきました」
「は?」
 疑問に首を傾げた時だ。
「―――ッ!」
「ぬお!?」
 爆音が響いた。
 しかし爆音と言っても別段爆弾が爆発したとかその類ではない。
 音はバイクのエンジンが放つ爆音であり、その発生源は外から来ていた。
 なんだ、と思い窓枠に手を突いて外へと身を乗り出す。
 そこには――、
「テメェが結標かぁ!?」
「俺らの新しいボスになるってーならここで俺らを倒して見せいやぁ!」
「ヒャッハー!汚物は消毒だァーッ!」
「覇王はただ一人よォ!貴様は天に還るが良い、結標ぇッ!」
 明らかに頭の悪そうな連中が病院の外を埋め尽くしている光景が広がっていた。
「……おい、海原」
「はい?」
 ゆっくりと横へ首を動かしてみると、変わらずに茶髪の少女こと海原は笑みを浮かべて答えて下さった。
 まったくもってムカつく女である。
「なんだあの世紀末に出てきそうなモヒカン頭とかマッチョの軍勢は」
「ですから、納得いっていない"元・スキルアウト"の人々です。今さっき言っていたではないですか」
「……てめぇ、まさか最初からこのつもりで……」
「頑張って下さい。あぁ、あと下手に病院に被害を出さないでくださいね?貴方の口座がマイナスになりますから」
「チッ、やりゃあ良いんだろ!やりゃあ!」
 再び振り向き、窓枠に足を乗せて身を乗り出す。
「おい、テメェら!今すぐそっちに行ってやるからちっと待ってろ!良いか逃げんじゃねえぞ!?」
 結標の言葉に怒気と殺気に満ちた咆哮が上がる。
 中には手に持った火炎放射器を振り回して自爆する者も居た。本当に馬鹿だ。
「あと海原、お前も逃げるな」
「あ、バレましたか?」
「バレましたか?じゃねえ!あとでたっぷり仕返ししてやるから覚悟しておけ!」
「……いやですね。自分には心に決めた人が……」
「頬を赤らめるなクネクネすんな気持ち悪ぃ!」
 叫びつつ、妙な動きをする海原を背に走り出した。
 後ろから病室の扉を開けてカエルピアスの女性が怒りの声を上げてくるが結標は取り合わない。
 結標の表情は笑顔であった。
 これからどん底の闇の世界が待っているというのにその表情は笑顔だった。
 駆け抜け、病院の入り口を出ると、そこには入り口を囲むようにして陣取る馬鹿ども。
 どいつもこいつも一筋縄ではいかなそうな格好と中身をした奴らだ。
 だが、結標は笑う。
 そして、周囲を埋め尽くす馬鹿の海に向かって宣言する。
「俺が新しくテメェらの番長になった結標・淡希だ!」
 腕を組んで堂々とした結標の姿に、裏路地の猛者どもも笑みを浮かべ、各々の武器を構える。
「文句のある奴ぁ――」
 結標の踏み込みと共に砂埃が舞う。
「かかってきやがれ!」
 瞬間、周囲の高まりは最高潮を向かえ、怒涛の勢いを持って結標を潰そうと襲いかかって来る。
 だが、結標は怯まない。
「オラァ!」
 裂帛の気合と共に放たれる蹴りが怒涛の波の先端に居た男の顔面にめり込み、押し倒す。
 ドミノ倒しの要領で幾人かが巻き込まれるが、それでも数は減らない。
 叫びは続き、空へと昇る。
 その戦いは壮絶ながらもどこか楽しそうで、爽快で病院の人々も気づけば窓を開き眺めていた。
 風はそれら全てへと吹き込み、祝福する。
 季節は秋を迎えようとする頃。
 世界を巻き込む戦いが起きようとしているというのに、学園都市の一角は相も変わらず賑やかであった。


   ●


 病院の外で大暴れする集団を見ながら一方通行は呆れた顔を浮かべていた。
 病院の二階に設置されたカフェのオープンテラス。
 彼女はそこに設置されたテーブルに座りながら、戦場の光景を見下ろす。
「……」
 そこで暴れるのは何処かで見かけた赤い髪の馬鹿と其の他大勢の馬鹿ども。
 総じて、
「馬鹿ばっか……」
 ぼそりと呟く声は誰にも聞かれる事なく消えて行った。


   ●


 余談だが、一方通行の守る"大切な存在"も現在進行形で結標達が大暴れする病院の患者である。
 故に、現在一方通行達の所属する"グループ"のメンバーの一人は大いなる苦難に襲われていた。
「なんだかあの人がこっちに居る気がするってミサカはミサカはいきなりエスパーに目覚めてみる!」
「だぁああああああああ!そっちには怖いお姉さんがいるだけなんだぜぇえええええい!」
「なんで貴方はさっきからついてくるのってミサカはミサカは問いかけながら逃げてみるー!」
「待つにゃぁああああああああああ!」
 メンバーの名は、土御門・春香。
 結構裏で苦労する人である。


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