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「私達が出会ってから、明日で三年。 時が流れるのは早いものですね」    正しくは、僕の悪夢が始まって三年、だ。 あれから幾月が経つというのに、夢はいまだ覚めてくれない。 「あっという間に、私達も大学生。   お義母さまも私達の同棲を認めてくださったおかげで、毎日一緒に大学に通える。  まさに華々しいキャンパスライフと言えるのではないでしょうか?」    同棲してくれなければ死ぬ、と言ったのはどこの誰だろうか? 僕は下唇をかみ締めながら、眼前の女性を睨みつける。 「……少なくとも、僕の意思を反映したものではないよ」 「もぅ、意地悪なんだから――」    途端、鼻腔に甘い香りが満ちる。 気づけば彼女が僕の背中に腕を回し、その華奢な体を押し付けていた。 男ならば喜ぶべき状況なのだろうが、僕にとっては不快なものでしかない。 頬に触れる彼女の毛先を払いのけたい衝動に駆られつつ、ただ拳を握り締め、抱擁が終わるのを堪え続けた。 故に、彼女が紡ぎだした言葉を、聞き逃してしまっていたのは当然のことであった。 「――したの」 「え?」 「ふふふっ、聞いてなかったのですか?」    なにが?と訊ねた僕を軽くあしらうと、さっさと体を離し、彼女はご機嫌で居間を後にした。 先程のことが気になる僕もそれに続く。 いったい何だろうか。とても気味が悪い。 唯一、僕にとって良い話ではないという直感だけが足を急かさせた。 「ねぇ、さっき何て言ったの?」 「知りたいですか?」 「う、うん……」    気後れしながらも返答する。 依然として彼女は足を止めることない。 まるでとびっきりの悪戯を仕掛けた子供のように、その横顔は期待に満ち溢れている。 寒気がした。 何故だろうか、とても嫌な予感がする。 このままでは二度と、あの頃の日常に戻れない気がする。 日常。懐かしい言葉だ。もはやそれがどんなものだったかでさえ思い出せないが。 「じゃ、教えてあげますね」    彼女が足を止めたのは、僕達が使わずに余ってしまった部屋。今は物置と化してしまった部屋だ。 ここに何かがあるというのだろう。彼女の瞳がそう語っている。 やがて細い指先がドアノブに絡み、音もなくゆっくりとその扉が開かれた。 「―――!?」  そこに広がっていた光景に、僕は声を失った。 「今日、お医者さんのところに行ってきたんですよ」    背後から聞こえる嬉々とした声が、僕の思考を奪い去っていく。 状況を飲み込む間もなく、そっと背中を彼女が押した。 それに促されて一歩、僕は部屋へと踏み込んだ。 「そうしたらですね、ふふふっ……」    彼女が何を言っているのか、僕は理解することができなかった。 理解したとしても、受け入れることはできなかっただろう。 僕は足下に転がる紙オムツをおもむろに手に取り、無感動にそれを眺めた。 「本当は明日話そうと思ったのですけど、とてもじゃないですけど、こんな幸せなこと、一人の秘密にするのは無理でした」    室内に満ち溢れる乳製品の甘い匂いは僕を優しく酔わせる。 ああ、きっとこれは夢なんだ。 僕が見ている長い長い夢なのだ。 目を覚ませば、うなされていた僕を不安げに覗き込む母さんがいて。 いつもの待ち合わせ場所に寝坊した僕を幼馴染が不満げに待っていて。 途中で会った友人に冷やかされながらも、共に学校へと向かう。 「私、とっても幸せです」 なんでもない日常。 待ち望んだ平穏。 「これからも、ず~~っと仲良く暮らしていきましょうね」 願わくば―― 「三人、で……」 この悪夢の終焉を happy end

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