野手

選手 在籍年数 ポジション 獲得タイトル 総評

鈴木愛理
(た)
14年 捕手 B9(1) 巧みなリードとシュアな打撃で低迷期の広島を支え続けた名捕手。
掲示板で話題を提供し盛り上げたチームの頭脳兼ムードメーカー。
14年間の広島での活躍後は新天地を求めオリックスへ移籍。

高山一
(カズ)
10年 内野手 新人王 最多本塁打(1) B9(5) AS(2) GG(1) 第4年度最優秀新人。
しかしその後はホームランバッターならではの悩みを抱え、低迷期を経験する。
しかし、努力を重ね、チームの協力を受け、広島の中軸を担うスラッガーとして活躍した。
早期の引退を惜しむ声もあったが、その息子がさらなる強力な打者となり広島のクリーンナップとして活躍するであろう。
余談だが、鈴木愛理の名セリフ「ナに~」を言わしめたのは彼。そのときは気にしてなかったのか、機転を利かせたのかはわからないがほとんど無視状態でさらりと流した。

宗一郎
(たっつん)
12年 内外野手 新人王 月間MVP(1)  第6年度最優秀新人。
高山一低迷期になかなかの打率を残し、チームを支えた。
その反面、本塁打数が少なくパワーヒッターとしては物足りない感があったが、30歳のとき初の30本を達成。
その後衰えにより再び本塁打数は減るも勝負強い打撃でチームを支えた。
)
ニートナイト様
(夜の変質者)
16年 外野手 盗塁王(3) ベストナイン(6) ゴールデングラブ賞(8) オールスター出場(7) 球界屈指の俊足と巧打で40台になっても先頭打者を務めた中年の星。
広島の外野の要だった。
惜しまれながらの引退。
)
しじん
(しじん)
12年 遊撃手 ゴールデングラブ賞(4) オールスター出場(1) 30歳のときに広島に移籍して以降、引退まで常に二遊間を担った守備の達人。
さらに打撃でも3割を超える成績を毎年のように残し、ニートナイト様との1・2番コンビはリーグ屈指の出塁率を誇った。
晩年はさすがに成績が落ちたが、スケ貼りにも熱心で、チームの支柱の一人であった。
引退後、息子が入団し、二遊間を守り続け。

投手

選手 在籍年数 ポジション 獲得タイトル 総評

桜井舞人
(kamui)
13年 先発 AS(1) 広島一筋で先発として投げ続けた縁の下の力持ち的存在だった。
引退まで衰えぬナックルとスタミナは、広島先発陣を支えた。
捕手として息子が入団したと同時に、惜しまれつつもユニフォームを脱いだ。

江夏豊
(桑田)
14年 先発 AS(1) 広島一筋で先発として投げ続けた頼もしい投手。
直球で押す投球は多くの観客を魅了した。
ペナ開設以来の豊富な経験を引き継いだ息子が、再び広島のマウンドに立つ。

マルッチ
(ヤン)
15年 中継ぎ 最優秀中継ぎ(3) AS(4)  一時期先発もあったが、やはりこの人は中継ぎとして活躍に尽きる。
新たな球種に手を出さず、ひたすらストレートとカットボールを磨き続け、相手打者をねじ伏せていった投球は見事の一言。
また、チームの頭脳としても大活躍。まさに縁の下の力持ちであった。
なかなか家族ができなかったが、最後にはできちゃった婚。しかも見事に息子が誕生し、引退。
最後まで、中継ぎエースとしてあり続けた男には最大級の賛辞を送るべきだろう。

ゼットン
(お手上げ)
16年 抑え 最多S(5) 月間MVP(8) AS(3)  2年目から抑えをこなし続けた名左腕。
彼が出た時点で9回フィーバー仕様のhighペナ界だが勝ちは決まった。
最終的に歴代4位の474Sを挙げる。
家族にも恵まれ、息子に後を託して引退。

ラブクック
(リオン)
8年 先発 最優秀選手(1) 最優秀防御率(1) 最優秀投手(2) 沢村賞(1) 月間MVP(2) オールスター出場(3) 当時の日本一のチーム、オリックスから11年度に移籍してきた。
移籍初年から引退まで、安定感抜群のピッチングを披露し、セの打者に苦渋をなめさせた。14年度においては白熱のタイトル争いを制し、沢村賞も獲得した。
ひまちゃんとの2枚看板は他球団にとっても脅威の存在であり、これからも偉大な投手として語り継がれていくだろう。

ひまちゃん
(美貴様)
19年 先発 最優秀防御率(1) オールスター出場(6)   広島の大エース。
若い頃はエンジョイ熊井と、その後ラブクックと2枚看板として広島投手陣を引っ張った。
決め球はやはりストレートであろう。後にスイカップを取得し打者を翻弄した投球は、常に広島の投手にとって大きな目標であった。
結婚・跡継ぎが長年の悩みであったが、できちゃった婚の末に息子が誕生。引退と共に旅に出る。

美貴帝
(美貴帝)
13年 中継ぎ/先発 最優秀中継ぎ(4) オールスター出場(1) 若い頃は中継ぎで、その後は先発として広島投手陣を支えた万能投手。
中継ぎの時期はみじゅ・マルッチとの中継ぎエース争いを繰り広げた。そのなかで4度の最優秀中継ぎを獲得した後に先発へ。転向後は毎年二桁勝利を挙げ、18年度には驚異の20勝を記録した。
広島日本一の年に立てたフラグが効果を発揮し次の年は開幕12連敗。結果的には10勝をあげるものの引退の道を選んだ。

編集長2
(石川梨華之助)
19年 先発 日本シリーズMVP(1) 広島黄金期~その後の低迷期を支えた広島の大エース。
先代が中日を引退しその後に広島に転生入団をする。
初年度から先発として登録されローテーションを守り、21年度からエースに起つと打線の援護が薄くとも黙々と投げ続けた。
派手な活躍や記録はないものの19年度日本シリーズは、すばらしい活躍を見せ日本シリーズMVPの栄誉に輝いた。
3942 2/3回を投げた広島の英雄は、4人の子を授かりその息子(娘?)が再び広島に入団し、エースを目指す。